74 大魔法使いの帰還 終末の日
終末の日 それはあらゆるものが終わりを迎える日
北の森 過去の時代
ねえ、一緒に冒険しようよ。
ソマリがエランと出会ったのは偶然のことだった。いつものように禁断の魔法書の保管されている『秘密の図書館』に無断で忍び込んで魔法の勉強をしていて、エランを見つけたソマリは「君、そんなところでなにしているの?」と冷たい声でそういった。
『ああ、よかった。ようやく私を見つけてくれる魔法使いに出会えました! 私の名前はエラン。エランって言います。私を見つけてくれた世界の救世主たるあなたの名前はなんていうんですか? 教えてください』
エランはとても明るい声でいう。
ソマリは内心、とてもめんどくさいことになったな、と思ったのだけど、禁断の魔法書に封印されているくらいだから、この魔法使いは(幼い声の印象とは違って)とても強力な力を持った魔法使いであることはまちがいないのだろう。あまり逆らわないほうがいいのかもしれない。
「……ソマリ」
とソマリは自分の名前をエランに言った。
『ソマリ。私を見つけ出してくれた救世主。あなたはとても『幸運な男の子』ですね』
ふふっと嬉しそうに笑ってエランはいった。
そんなエランに対して無言のまま、ソマリは(我慢しきれずに)そっと本を閉じようとする。
『あ、待ってください! 本を閉じないで! 私の話を聞いてください」焦った様子でエランは言う。
「……悪い魔法使いの話は聞かない」
小さな声で囁くようにソマリは言う。
『その心がけは立派です。でもソマリ。あなたは一つ勘違いをしています。私は『悪い魔法使いではありません』と自信満々な様子でエランは言う。
「……とてもそうは思えない」ソマリは言う。
『あら、ずいぶんと失礼なことを言いますね』と怒った声でエランは言う。
『私は悪い魔法使いではありません。私はどちらかというといい魔法使いです』とエランは言う。
そんなエランの言葉を聞いてソマリはまた、そっと本を閉じようとする。
するとエランは『あ、待ってください! まだ大切な話が終わっていませんよ!』と行ってソマリの本を閉じようとする行動を止めた。
そんなやり取りが二人の間で何度か続いた。
その間、ずっとソマリは飛行禁止区域である秘密の図書館の崖になっているような大きな空洞の中で体に巻きつけたロープだけを命綱にしながら、小さなランプの明かりだけを頼りにして、ずっとエランと会話をし続けていた。
そんな風にしてソマリが秘密の図書館い忍び込んで本を盗み読みしていたのは、もうずいぶんと前からのことだった。
『このままだとこの世界は終焉を迎えてしまいます。その終焉を回避することができるのは、今、この本を手にしている幸運な男の子である、ソマリ、あなた一人だけなのです』エランは言う。
『私たちはみんな誰もが夢を見ているのです。ソマリ。あなたは自分が生きているこの世界の存在を疑ったことはありませんか?』
『知っていましたか? ずっと昔は、それはもう本当に昔の話ですけど、魔法が疲れる魔法使いの女性はみんな焼き殺されてしまうひどい時代があったのです。だから私はこうして本の中にずっと隠れて暮らしてきたんですよ』
ソマリは無言。
でも、それでもエランは一人でしゃべり続けていた。
ずっと本に閉じ込められていて孤独だったのだろう。
エランは言葉に、誰かとの会話に、……誰か違う人に会いたくて仕方がなかったのかもしれない。
「エラン。君の本当の年齢は?」久しぶりに口を開いてソマリは言う。
『あら、女の子に年齢を聞くなんて失礼ですね、ソマリ』エランは言う。
ソマリは無言。
無言のまま秘密の図書館の崖をロープを握って、上に上に向かって登り続けている。
『……そうですね。だいたい千年くらいでしょうか。私が生きてきた時間は。もっともその大半は、この本の中に閉じ込められていた時間ですけどね』とエランは言った。
千年。
……千年を生きた孤独な女の子の魔法使い。
そんな言葉を聞いて、ソマリはもうエランの閉じ込められている本を閉じることをやめることにした。
そのソマリの優しさにおしゃべりのエランが気がついたのは二人が真っ暗な秘密の図書館を抜け出して地上にある世界最大の大図書館の明るい室内に、こっそりと何事もなく戻ったあとだった。
そのあとで、エランはもうあんまり一人で会話をすることはしなくなった。
大魔法使いの帰還
突然帰ってきたソマリお兄ちゃんの姿を見て、メテオラはドアのところで呆然としてしまう。そんなメテオラを見て、ソマリお兄ちゃんは楽しそうな顔でふふっと笑った。
「どうしたんだいメテオラ。そんなとこに突っ立ってぼーっとしてさ。ほら、ここは僕とメテオラの家なんだから遠慮なく中に入りなよ」とソマリお兄ちゃんが笑顔でメテオラを手招きしてくれる。
「……はい。わかりました」
メテオラは言われるがままに家の中に入ってそっと後ろ手でドアを閉めた。それから料理を続けるソマリお兄ちゃんの姿に目を向けながら、メテオラはカバンを下ろし、杖を置き、帽子を脱いで、静かに切り株の椅子に腰掛けた。そしてしばらくそのまま、ソマリお兄ちゃんの背中を観察し続ける。
「よし、できた」
そう言ってソマリお兄ちゃんはてきぱきと行動し、お皿に料理を盛り付け、台所と丸テーブルを何度か往復して晩ごはんの準備を整える。
ソマリお兄ちゃんの動きは手際がよく迷いがない。この家のどこになにがあるのか、それを全部把握していなければできない動きだった。それは考えてみれば当たり前のことだった。だってこの家はもともとソマリお兄ちゃんの家なのだから。
「よし、完成だ。我ながらいいできだね。どうだいメテオラ。おいしそうでしょ?」
丸テーブルの上に用意された晩ごはんの料理の献立はミネストローネ、きのこのパスタ、それにライ麦パンとブロッコリーのサラダだった。飲み物はにんじんジュース。
それらはどれもとてもおいしそうだった。
ソマリお兄ちゃんの料理の腕はマグお姉ちゃんにも負けていない。だけどその中でもとくにメテオラの目を引いていたのは透明なコップの中に注がれたオレンジ色のにんじんジュースだった。
そんなメテオラの視線に気がついてソマリお兄ちゃんは笑っている。
「はい。すごくおいしそうです」
メテオラは正直な感想を言う。




