下っ端騎士団員の任務は悪役令嬢の護衛らしい
「ちょっ、お、お嬢様!?」
「あはは! スティル! お早く来なさいな!」
無茶言うなよ、このお転婆が!
俺こと、スティル・バディーはこのクラント王国の騎士団員。
それも下っ端。
ようやく騎士団学校を卒業して、仲間と切磋琢磨して、訓練に励んで国を守るための遠征とかに行くぞ!
て思ってたのに。
騎士団員就任初日に出た辞令で、
「お嬢様のお守り」
と来たもんだ。
いや、お守りではない。護衛なんだが……
やる事は子守りと変わらん。
その護衛対象てのは、
「ほら、スティル! 置いていきますわよ!」
と自分は馬に乗ってサッサカと走り去っていく、あの小娘。
容姿端麗、スタイル良し。言葉使いも作法も徹底的に仕込まれた、この国きっての貴族の令嬢。
「お、お待ち下さい! フランシーヌ様!」
フランシーヌ・ラ・ベッキーニ。
フワフワサラサラな金髪の奥に潜むのは、悪魔の微笑み。
きっと誰もが騙されている。
あの屈託のない笑顔の裏に潜む悪魔に。
しかし、出掛けるなら俺の馬も用意して欲しいな、全く。
こちとら、護衛が仕事なんだからフル装備なのに。
お陰でガッチャガッチャいって重たくて走りにくいわ!
これ訓練と割り切るべきか……
「スティル! 全然追い付けないじゃありませんの? もっと早く走りなさいな!」
そう言うあなたは、しっかり前を向いて手綱を握りなさいな!
余所見してたら落っこちますわよ、もう!
しかし、そろそろ息が上がって来たぞ……
いくら訓練で走り込みしてるとはいえ、装甲付けて馬を追い掛けるのは正直キツすぎだ……
あぁ、ほら……
お嬢様の馬が遠くに……
ハァハァ……
ちょ、ちょっと休憩……
「キャァァァァァァァァ!!」
させてくれないかよ、お嬢様は!
まったく、甲高い悲鳴あげて、何だよもぅ!
俺は膝に手をついて息を整えていたが、お嬢様の悲鳴を聞いて、すぐに走り出した。
あー、酸欠で頭がボーッとする。
兜が暑い。汗がダラダラ……
早く体を拭きたい……
その為には、早くお嬢様を屋敷に戻そう!
そうだ、そうしよう!
悲鳴が聞こえたのはこの木陰の辺りだな。
どこだ、どこに……
「スティル……、ス、ス……」
俺から見て二時の方向。
お嬢様を肉眼で確認。
同時に、地面にへたり込むお嬢様の先。
十二時の方向。
倒れているお嬢様の馬の首元に食らいついている狼を確認。
俺は静かにお嬢様に話しかけた。
「お嬢様、よろしいですか? 声を上げずに私のところまで来て下さい」
「そ、そんな事言われたって、こ、こ、腰が……」
「では、私がそばに参るまで動かず、お声を上げず……」
「そ、そんなこと、む、む、無理ですわ……」
うーん、こんな弱っちいお嬢様は見たことない。
いつも偉そうにいばり散らして、甲高い笑い声を上げて、無駄な自慢ばかりして、人を見下すような態度で接して、相手を貶めることが大好きなあげく、
「私の足の指を舐めたら許して差し上げますわよ」
とイライラからの八つ当たりで給仕の侍女に迫るお嬢様。
それを咎めたら、父親に泣きついて俺は一週間の禁固刑を食らったし。
そんなお嬢様が、たかが狼に恐れをなして腰を抜かして震えている。
あれ?
これはもしやチャーンスでは?
「ス、ス、スティル……、早く私を助けて……」
「えーと、聞こえないんですよねぇ。どなたをお救いすれば?」
「あ、あなたね! 私よ、私をはやくお助けなさいな!」
「そんな大きな声出したら、あの狼。お嬢様に食いつきますよ?」
「う……」
お嬢様の目尻がジンワリ涙ぐんで来た。
「わ、私を誰と心得ておいでですの? あのベッキーニ公爵の……」
「そのベッキーニ公爵の娘たるフランシーヌ様が、まさか給仕達をネチネチいじめていると知れたら、どうなりましょう?」
「う……」
「まさか、ドレスをちょーっと汚してしまった腹いせに、自分の足を舐めたら許すなんて仕打ち。お父上がお知りになったら……」
「あ、足ではなく、足の指よ!」
「私が咎めたら、何だかんだ言いがかりを付けて、私、 一週間も禁固刑を食らいましたからねぇ」
「そんな小さいこと、チクるから……!」
「……では、私はこれで。どうぞ、狼の腹の中に収まり下さい」
「あ、あなた……! 主人を見捨てるのですか!?」
おぉ、すごい目で睨んできた。
しかし、これがあのフランシーヌとは。
いつも威張ってずる賢くてヘラヘラしているフランシーヌと同一人物ではない感じだ。
キッと鋭く睨みつける目からは涙が溢れ、気丈に振る舞うその口は僅かに震え、腰が抜けて動けない。
あの悪役令嬢が、このザマとは。
いつもイジメられてる給仕さんたちに見せたやりたいなぁ。
あ、いけね。
仕事しないと。
「任務なのでお助けしたいのはやまやまですが、そんな態度では……」
「では、どうしろと?」
「そうですねぇ、あー、こんなのはどうです?」
俺は兜の中で、お嬢様を眺める目を細めた。
因みに、兜はバイザーを下ろしているため、お嬢様に俺の顔は見えていない。
さらに言えば、任務中は常に装甲を付けているから、お嬢様は俺の顔を知らない。はず。
兜外すのは任務が終わって部屋に戻ってからだからなぁ。
故に、お嬢様は俺の顔を知らないということにしておこう。
さて、お嬢様の希望に答えましょうか。
「正座で三つ指ついて『意地悪してごめんなさい、もうしません』て言ったらいいです」
「な、な、な!? 何てこと……、そんなことできませんわ!」
「では、私はこれで。失礼します」
「あ、や、ちょっと、待って、待って、待ちなさい!!」
と声を張り上げて立ち上がるお嬢様。
それを見て顔を上げる狼。
あーもう、ダメじゃん。
狼のやつ、完全にお嬢様をロックオンだ。
「あなた、やっていいことと悪いことが……!」
「ガルル、ウグルァァァァァァァ!」
「えっ!?」
「お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
あーぁ、条件反射だよこれ。
お嬢様が声を張ったと同時に狼が飛びかかってきやがった。
もぅ、しゃぁねーな。
俺は腰に下げた鞘から剣を抜いた。
「お嬢様! どけーーーー!」
俺はお嬢様を手で払いのけると、即座に剣を両手で持ち、横に構えた。
飛びかかる狼。
その大きく開かれた口に横一文字で剣を薙ぎ払う。
剣は口の両端に差し込まれ、狼が飛び交かった勢いで口は大きく裂けていく。
やがてそれが首元に達すると、狼の首と体は離れ、それぞれが自慢にドサリと落ちた。
夥しい血が吹き出し、斬られた頭部の口から下は、舌をだらし無く垂らしピクピクと震えていた。
「あ、あぁ……」
俺は刃に付いた血糊を払うと、チンと鞘に剣を収めた。
「お嬢様、お怪我はありませんでしたか?」
と振り返ると、
「ス、ス、ス、ス……」
「す?」
「スティルの馬鹿! 最低! お父様に言いつけてやるんだから!」
と屋敷の方へ向かって走り去ってしまった。
おかしいな、こういう時って、
「スティル、ありがとう! あなたは最高の護衛ね!」
とか言って抱き付かれるものでは?
俺は首を捻り考えているとあることに気が付く。
それは、フランシーヌのしたたかさ。
それに気付いた俺の顔が青ざめてきた。
俺はもしかしたら墓穴を掘ったのかもしれないと……
「お、お、お、お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
時既に遅し!
俺は急ぎお嬢様を追い掛けたが、すでにお嬢様の姿は遥か先。
馬がないのに、何故あんなに速く走れるのか?
これなら馬いらねーだろ! なんて思いながら、俺はまたガッチャガッチャと走り出した。
「おおおお、お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
屋敷に戻った頃。
俺の前にはこめかみをピクピクさせている旦那様と、その後ろで笑いをこらえているお嬢様の姿があった。
その後、旦那様から俺に禁固刑を言い渡されたのは言うまでもない。
俺の主人であるフランシーヌ・ラ・ベッキーニ。
その悪役令嬢っぷりは屋敷の給仕たちの中では有名である。
その悪役っぷりについてはいつか触れてみたいと思う。
禁固刑が明ける頃。
この国と他国との戦争が始まり、俺はたった一人生き残る事となった。
生き残った俺は旅をすることに決めた。
主人を失ったはぐれ騎士として。