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そこに奇跡はないのなら


カツカツカツ


城の地下にある、暗い通路には、京司と数人の兵士達の足音が響き渡った。


ギー

重く厳重な鉄の扉に兵士が手をかけ、その扉は不気味な音を立てて開いた。

その扉の中には、いくつかの牢屋がずらりと並んでおり、その中の牢屋には、反乱者と呼ばれる者が何人か捕えられている。

そして、その中の一つの牢屋の前で兵士が足を止めた。


「おい!ツキト。」


兵士が鉄格子の向こう側で、冷たい床に寝転んでいた月斗へと呼びかけた。


「あ?」


しかし、月斗は不機嫌な声を出すだけで、起き上がろうとはしない。


「起きろ!」

「は?」


月斗はその言葉に顔を歪め、そして兵士の横に立つその男を寝ころんだまま、視線だけをそちらに向けた。

京司の顔には、やはり今日も薄い布がかけられているため、月斗からはその顔は見えない。


「お前達は席を外せ。」

「!?何を…。」


兵士は驚きのあまり声を上げた。

京司は兵士達に、2人きりにするように指示をするが、兵士はもちろんそんな危険を伴う事をさせるわけにはいかないと思っている。


「いいから!これは命令だ!」

「…ハッ。」


しっかりと教育をされているこの国の兵士達は、天使教の命令に逆らう事などできるわけがない。

兵士達は仕方なく、鉄格子の扉の外へと歩いて行った。


「お前が月斗…。」


京司がその薄い布越しにじっと月斗を見つめる。

その目つきの悪い人相は、札付きの悪だと一目瞭然だ。


「は?お前誰?何しに来たわけ?」


急に起き上がって鉄格子の前に立っていた月斗は、いつもと何ら変わらない、無礼な口調で京司に話しかけた。


「俺は天師教。」

「は?何でそんな奴がこんな所に来るんだよ。」


京司はなぜか、自分が天師教であるという素性を、意図も簡単に打ち明けた。

それは、自分の事をちゃんと話さないと、話もできないと思ったからだった。

しかし、そんな京司の信じがたい言葉に、月斗は半信半疑で、睨み返した。

普通なら、天師教みたいな偉い人間が、のこのことこんな所まで来るはずはない。


「話をしに。」

「ハ?話?ならもっと近くに来いよ。」


そう促され、京司は月斗のいる牢屋へと一歩また一歩と近づいた。

するとその瞬間。


―――― しまった。


そう思った時にはもう遅い。月斗の手が鉄格子の間をすり抜け、京司の顔を覆ていた布を破り、はぎとった。破れた布からは、天使教の顔が露わになる。


「お前が天使教?」


その顔を凝視した月斗が、思いっきり眉をひそめた。


「ハハハハハ!!俺と変わらないような年の坊ちゃんじゃねーか。それが、天師教様だ神だって崇められてるなんて、笑えるな!」


月斗は突然大声で笑出だし、わざと天師教をばかにするような罵声を京司に浴びせた。


「そうだな。」


京司は、そんな月斗の言葉を冷静に受け止め、ただ一言だけ言葉を吐いた。

なぜなら、その事を一番よくわかっているのは、京司本人なのだから。


「は?」

「お前の言う通りだよ。」

「…。」


月斗は思わず黙った。まさか、こんなにあっさり肯定されるなんて、思ってもいなかった。

しかし、正直まだ、この男が本当に天使教かどうかなんてわからない。


「お前はなぜ、国に反発する?」

「は?」


突然の京司のその問いに、月斗の表情がまた一変した。


「なぜだ…。」

「お前にはわかんねーよ!」


その瞬間、月斗は鉄格子に顔をくっつけ、京司を鋭く睨みつけた。

そして確信した。

やはり、この世間知らずなお坊ちゃんが、天使教に違いないと…。


だから、この国はこんなになってしまったんだ……。


「あんたには、一生わかんねーよ!天師教さんよ!」


ボン!!

その瞬間、小さな爆発音が鳴り響き、辺りには煙が立ち込めて、周りが一切見えなくなった。


「ゴホゴホ。」


京司は煙を吸い込み、大きくせき込んだ。


「天師教様!大丈夫ですか!」

「いいから、あいつを探せ!!」


兵士が、その音を聞きつけ、京司の元へ駆け寄って来たが、時はすでに遅し。

牢屋の鉄格子はなぜか大きく曲がっていて、そこに月斗の姿はなかった。


「脱走者だ!早く探せ!」


兵士達は慌ただしく走り出した。


「くそ!!」


そして、京司の叫びが冷たい地下の牢屋にこだました。


****************



「私のせいで、あの人捕まっちゃったんだよね…。ツキトって言ってたっけ。」


その頃、天音もまた、月斗の事を考えながら、ぼんやりと城の中を歩いていた。天音は、どうやら考え事していると、じっとしている事ができないらしい。


「どこへ行くの?」


その時、聞き覚えのある、少しハスキーな女の声が、天音の背後から聞こえた。


―――この声は…


「え…、あなた…。」


ぼんやりと歩いていた天音に話しかけたのは、以前池の近くで出会った女だった。


「そっちはだめよ。」

「えー、またー??この間は池に行くなって言うし…。」


彼女に行く手を阻まれたのは、これで2回目。

天音は不満気に口をとがらせた。


「私はただ、考え事してたら、ここに着いちゃっただけだよ。」

「ツキトの事…?」


その女は全て見透かしたように、天音の考えていた事を言い当ててみせた。


「え?なんでわかるの?」


自分の考えることを言い当てられた天音は、驚いて目を丸くした。

彼女は、人の心が読めるような力でも持っているのだろうか…?

そんな考えが天音の頭には浮かんでいた。


「あなたは知らないのね。月斗は有名な悪人よ。」

「え…。」

『そいつは悪者なんだよ。』


天音の頭には、あの男の子の声が響いた。

反乱者と呼ばれていた月斗だったが、自分の目でその現場を見たわけではない天音には、信じられなかった。


「窃盗や、国の公共物破壊などは数えきれないほど。その時、人をケガさせた事だって、何度もあるそうよ。」


しかし、そんな天音の考えを、真っ向から否定するように、女は冷たく言い放った。


「…。」


天音は、返す言葉が見つからない。

月斗と会ったのは今日が初めてで、彼の事など何一つ知らない。

それでも…。


「それでも、彼は悪くない?」

「でも、なんだか寂しそうだった…。」

「さびしそう?」


予想もしなかった天音の一言に、女は眉をひそめた。あんな悪党面の彼が寂しそうに見えるなんて、理解できないと言わんばかりに。


「もう一度会って、彼と話しがしたい…。」


彼を放っておけない…。

なぜだかそんな気持ちが、天音には生まれていた。


「…彼は逃げたわよ。この城の牢屋から脱走をした。」


彼女は押し黙った後、静かに口を開いた。


「逃げた?」

「ええ。天師教のミスでね。」

「天使教さんの??」


何でもお見通しの彼女は、この城の事もなんでも知っているらしい。


「今なら引き返せるわよ…。」


そして、静かに低い声で彼女は天音に言った。

シンと張り詰めた空気の城の廊下に、彼女の声だけが少し響いた。


「え…?」

「咲き誇る前に散った方が美しい。」

「どういう事?」

「…この奥には、天師教のいる天使教の間があるわ。」


彼女はゆっくりとその方を向いた。


「でも、私は行かないよ。だって、ほら、これ月の印でしょ。」


彼女の向いた方向の先には、以前彼女に教わった月の印が仰々しく描かれていた。

その先には足を踏み入れては行けない。

もし、足を踏み入れた事がばれたりしたら、もうここには居られない。妃にはなれないのだ。

それを教えてくれたのは、彼女なのに…。


「怖いの?」

「え?怖い?」


彼女は、長く続くその廊下の奥を見ているようだった。真っ暗なその先に、何が見えるというのだろうか。

天音は彼女の質問攻めに、困惑した表情を浮かべる事しかできない。


「あなたは、なんのために妃になるの?」


そんな天音に、彼女は畳みかけるように、問い続けた。


「それは、村の、じいちゃんのため…。」


天音は、そんな彼女の冷静で何の感情も感じない声に、なぜか怯えながら、何とか答えようと声を絞り出した。


「本当に…それを望んでいるの?」

「え…。」


キラッ

その瞬間天音のピアスに何かの光が反射し、キラリと光った。


「くすっ」


その時、彼女が初めて口元に笑みを浮かべた。そして彼女は、そこで質問を止めて急に押し黙った。


「あ、あの…。あなたは…。」


今度は天音がその沈黙に耐え切れず、口を開いた。


――― 彼女はナニモノ?


「私はかずさ。あなたの味方ではないわ。」


彼女はまた天音の心の中を読み取ったかのように、冷たい声でそう答えた。


「え…。」 

「その思い、全て消えたと時、あなたはどうする?」

「どう…いう…。」


そう言うと彼女は、突然走り去って行った。天音の踏み入る事のできない、敷地の方へ…。

かずさは一体何者だろうか?

彼女はいつも意味深な言葉を残していく。

天音にはかずさの言いたい事が、さっぱりわからなかった。

そう、まだその時は、その言葉の意味が分からなかっただけだった。



****************




――――― 次の日


「我々の国、地球国は今では一つの国を形成しておるが、謎の多い国じゃ。」


歴史の授業を担当するのは、士導長だった。


「昔は争いの絶えない国だったこの国をまとめたのが、自らを天使教と名乗った、救世主じゃった。」

「…。」


天音は士導長の話を真剣に聞いていた。

天音は興味深い話が聞ける、歴史の授業が一番好きだった。


「そして今の天師教様は、その救世主の子孫じゃ。」

「ZZZ」


真剣に聞く天音の横で、華子はやっぱりコクリコクリと首を縦に振り、居眠りをしていた。


「華子。」


それを見かねた士導長が華子を指名した。


「か、華子!さされてるよ!」


天音が見かねて、必死に揺さぶって、華子を起こそうとしている。

その姿を見て、周りの妃候補達はクスクスと笑い声をあげ、星羅も呆れ顔でその様子を見ていた。


「え?は、はい?」


何とか起きてくれた華子は、寝ぼけ眼のまま、なんとか返事を絞り出した。


「地球国が形成されたのは、何年前かの?」


士導長はそんな華子を見て見ぬ振りをし、質問を続けた。


「えっと、だいたい200年前?」

「うむ、その通り。」


なぜか、士導長のその問いに、華子はすんなりと答えてみせた。


「華子すごいじゃん!」


横にいた天音が小声で華子を褒めた。


「いや、常識だから!」


華子はまんざらでもない様子で得意げにそう言った。華子は幼い頃からちゃんと学校に通っていたらしく、天音とはちがって、一般的な常識は持ち合わせていた。


「しかし、それ以前は、一体この国はどうなっていたのか…。」


そして士導長はまた授業を進めた。


「この地球は一度滅びておる。」

「え!?」


すると突然天音は、なぜか士導長の言葉に過剰に反応し、大きな声を出して驚いてみせた。


「どうした?天音?」

「いえ、は、始め聞いたんで…。」


その声は、もちろん士導長の耳にも届いており、その反応に士導長は眉をひそめた。

思わず声を出してしまった天音は、自分でもなんでこんなに動揺しているのか、よくわからない。

しかし、胸の鼓動が、微かに早くなっているのを、確かに感じていた。


「その昔、地球は滅びたという言い伝えがある。」

「はい!ど、どうしてですか?」


天音はいてもたってもいられなく、手を大きく上げて、その疑問を士導長に投げかけた。


「うーむ、それはいろいろな説があってのう。」

「…。」


天音はなぜだかわからないが、その理由が無性に気になって仕方ない。

なぜこの地球が滅んだのか…。


「昔、この地球は、今の国という形とは違って、一つの星と呼ばれていた。そしてその星の中には、たくさんの国があったそうじゃ。国と国は時に助け合い、時に争い合った。」

「争い…?」


リーンゴーン

その時タイミング悪く、鐘が鳴った。


「おっと時間じゃ。続きはまた今度じゃな。」


そう言って、歯切れの悪い所で、士導長は授業を終わらせてしまった。


『その昔地球は滅びた。』


その言葉を聞いた時、天音は確かに違和感を感じた。

何かしっくりこないような…。

…私…何か忘れてる?

しかしその答えはわからずじまいで、天音はそんな消化不良のまま、次の授業を受けるしかなった。




****************




「あ!りん!」


天音が町をフラフラ歩いていたりんを見つけ、彼の名を呼んだ。

その日の放課後も天音達は、町に来ていた。

そう、それはりんに昨日のお礼を言いに行くためだった。


「昨日はありがとう。また助けてもらっちゃったね。」

「本当に助かった。天音を探してくれて、ありがとう。」


華子と天音が、真っ先にりんにお礼を言った。


「ええって。」

「あ、私華子!名前覚えてね!」

「おう。わいはりん。」

「で、こっちは星羅。」


今日は星羅も無理やり華子に連れられて来ていた。

それは、昨日のように、何かあった時のために。

やっぱり冷静な星羅がいた方が、何かと助かるという華子の考えからだ。


「おう!美人のねーちゃんやな。」


りんはそう言って、星羅に笑いかけた。


「どうも。」


星羅は、いつも通り不愛想に答えただけで、全くりんに興味を示そうとしない。

星羅は正直、この手の軽い男は苦手だった。

星羅はその美しい容姿から、そういう男達に言い寄られる事が多い。そんな男達にまともに相手をしているほど、星羅はバカではない。


「いやー美人を笑わすのは難しいなー。」

「星羅はいつもこうだから。」


りんはそうおどけて言うが、やはり星羅はニコリとも笑わない。

そんな星羅の代わりに、華子はそんなフォローになっているのか、よくわからない言葉を吐いた。


「そうか。でも、天音は無事間に合ったみたいやな。」

「うん!そうじゃなきゃ、今ここにいないもんね。ありがとう。りん。」


天音は、もう一度りんにお礼を言った。

あの時りんがいてくれなったら、今の自分はここにいないかもしれない。それは、事実だ。


「ねぇ、りん…。月斗の事なんだけど…。」


天音は気になっていた、月斗の事をりんに尋ねた。


「これは極秘情報やけど、城を脱走したらしいで。」

「へ?月斗って、昨日捕まったって言ってた、この町の問題児でしょ?」


どこからその情報を仕入れたのか、月斗は小声で3人だけに聞こえるように、そうささやいた。

そして噂好きの華子も、どこから聞いていたのか、月斗の事を知っていたようだ。


「私…悪い事したかな。」


天音がポツリとつぶやいた。


「何でや??」

「だって、彼は私を町まで案内してくれたの。私が道に迷ってたから。ただそれだけなのに…。」

「彼は、この町の犯罪者よ。捕まって当り前よ。」


そこで口を挟んできたのは、星羅だった。星羅も彼の悪行の数々を小耳に挟んでいたため、彼が捕まるのは当然だと思っている。


「でも…。昨日は悪い人には見えなかったよ。」

「昨日?あなたは、彼の何を知っているの?」

「…知らないけど…でもそう感じたんだもん…。」


星羅の威圧感に押され、天音の声はだんだんと小さくなっていったが、天音は自分の直感を信じていた。


「あっはっは!やっぱ、おもろいなー、天音。」


するとりんが、その張り詰めた空気を一気に壊すほどの大きな笑いを見せた。


「?」


天音は突然笑い出したりんを、きょとんとした目で見つめている。

一体どこに、そんな面白い要素があっとのか、天音には見当もつかない。


「…。」


星羅はそんなりんに、ただただ冷たい視線を送るだけだった。


「星羅、そんな怖い顔せんと、女は愛嬌やで!」


そんな星羅に向かって、りんがニッと笑った。


「何がいいたいの?」


星羅はそんなりんに対して、いぶかしげな表情を浮かべた。

いつも冗談ばかり言っているお調子者のりんだったが、初めて会った時から、星羅は彼の持つ独特な雰囲気に、なぜか違和感を感じていた。


「美人は笑った方がいいって事や!ほな、またなー。」

「…。」

「あ、うん、またね。」


そう言ってりんは、嵐のように、あっという間に去って行った。

そんな彼の背中を、星羅はやはり腑に落ちない表情で見つめていた。





****************





「天師教。」

「母上…。」


夕食後、皇后が珍しく京司の部屋を訪れていた。


「あまり食べていなかったようだけど…。」


皇后はあまり夕食を食べていなかった京司を心配して、彼に会いに来たのだった。


「何かあったの?」

「…。」


しかし京司は顔を伏せたまま何も答えないが、皇后にはわかっていた。

彼はおそらく、自分のせいで脱走者を出してしまった事を、気に病んでいるに違いないという事を。


「…石…。」


その時、京司ボソッと小さくがつぶやいた。


「え?」

「母上は俺が幼い頃、奇跡を呼ぶ石の話してくれましたよね。」

「…ええ。」


京司が言っているのは、この国の王家に伝わる石の伝説。

初代天使教の持っていた奇跡を呼ぶ石が、荒れた世を救い、平和へと導いたという、代々伝えられている、伝説についてだった。

京司もまた、その話を幼い頃に母から聞かされていた。


「その奇跡の石があれば、今の世は変わるのでしょうか…。」


京司は遠くを見つめ、うわ言のようにつぶやた。


「天師教?」


皇后は、京司の今にも消えてしまいそうなそんな表情に、心配そうに彼を呼んだ。

京司は月斗を逃してしまった事、そして彼に言われた事によって、自身を失くしかけていた。


「俺の力なんかじゃ…。」

「天師教…。その石は、今はどこにもない。その奇跡の石は、昔から王家に伝わる石だった。けれど今は封印され、そのありかは誰も知らない。」

「え…?」


京司は目を見開き、母の顔をじっと見つめた。

奇跡の石の話は、架空のおとぎ話だとばかり思っていた。

しかし、今の皇后の口ぶりでは、まるで本当に存在するもののようだ。


「実在するものなんですか?」


京司は意を決して、その真実を尋ねてみた。


「…さあ、今となっては誰もわからない。でもその石が封印されたのは、その石の力を、正しく使う事ができなくなったからだと聞いているわ。」

「…石の…力…。」

「ねえ、天師教。自分にもっと自信を持って。あなたは人の心がわかる優しい子よ。」


母が諭すように京司に語りかける。


「…。」

「あなたなら、きっとこの世を平和へと導く事ができる。私はそう信じているわ。」


母の優しい言葉に京司は、ただ頷く事しかできなかった。



****************


「あれ?星羅手紙?誰から?」


華子は星羅が手に持っているそれを見つけた。


「別に。」


しかし、星羅はそっけなく答えた。

この地球国での伝達手段は、手紙だ。

もちろん妃候補宛に、この城に手紙を届ける事も可能であった。


「ケチー!」


そんなそっけない態度に、華子は口を尖らせ、不満気に叫んでみせた。


「いいなー。」


星羅のその手紙を見て、天音がうらやましそうに、声をもらした。

天音には誰からも手紙は届いていない。


「天音も書けばいいじゃん、家族に!」


天音の寂し気な表情を見て、華子がそう言った。しかし…


「…うちの村には、手紙を配達しに来る人がいないんだよ。」


もちろん手紙を配達するのは、人間だ。

天音の育った小さな村は、へんぴな場所にあるためか、配達人がわざわざ訪れたりはしないのだ。

そればかりか、天音の村は、他の町や村との交流する事もほぼないような、閉鎖的な村だった。


「そうなんだ…。」


そんな村がある事に華子は心底驚いたが、それ以上に、天音に返す言葉が見当たらなかった。



****************



その夜、天音はまたあの池に足を運んでいた。

しかし、今日は京司の姿はなかった。


「今日は、満月だー。」


この中庭には天井がなく、月がよく見える。

大きな満月が天音をまるで見下ろしているようだ。


「じいちゃんも、見てるかなー。」


天音は、そんな満月を見て、無性に寂しさを感じていた。


「やだな…ホームシックかな…。」

「誰?」


その時、突然天音の背後から、聞き慣れない声が聞こえだ。

確かな事は、この声は、京司ではない。


「何やっているの?」


天音が恐る恐る振り返ると、そこには、天音と同じくらいの年の青年がいた。

背も天音と同じくらいで、少し低いが、綺麗な顔立ちで、サラサラの茶色い髪の美少年という言葉がぴったり。

天音は突然話かけられ、驚き慌てたが、それが兵士や先生ではない事に少し安堵した。


「月を…見てたの。」


――― 青い目


よく見るとその少年の目は、まるで吸い込まれそうなほど、青く澄んだ色をしていた。


「今日は満月…。」


そして少年は、どこか儚げにつぶやいた。


「え、うん…。」


…この声…どこかで…。

その時、天音はその声に聞き覚えがある気がした。


タッタッタッ


すると少年は、突然駆け出して去って行った。


「あれ?行っちゃった?」


彼もこの城の人間なのだろうか?

そんな事を思いながら、天音はまた月を見上げた。



****************


「おい!」

「おお、これは天師教様。」


京司が城の長い廊下で、その姿を見つけ呼び止めたのは、士導長だった。

京司は1人にはなりたくなくて、この城をウロウロとしていた。


「なあ、お前、妃候補の指導してるんだろう?」

「はい。」

「何を指導しているんだ?」

「歴史、漢詩、お茶、お花、作法などなどでございます。」


士導長はそんな京司の問いにも、ニッコリと笑って答えた。


「何のために?」


しかしその答えに、京司は眉間にしわを寄せ、怪訝な顔をみせるばかりだ。


「ホッホッホ。」

「なぜ笑う?」


士導長は、何故かうれしそうに笑った。

彼にはわかっていた、京司の妃になるものに必要なのは、教養だけではない事を。

しかし、それを見極めるのも士導長の役目なのだ。


「さすが、天使教様ですね。まあ、教養というやつです。」

「教養ねー。で、お前が妃を選ぶのか?」


京司はどうやら妃の事が、気になっているようだ。

それもまた、士導長にはお見通し。


「それは、皆で総合的に判断して。」


しかし、士導長からは、無難な答えしか返してこない。


「ふーん。なんでお前らが選ぶんだ?俺には選ばせないくせに…。」

「おや?もしかして、誰かいらっしゃるんですか?お慕いしてる方が…。」


士導長は少し京司をからかうように、また笑ってそう言った。


「…いるわけないだろう。この城から一歩も出れないのに…。」

「そうですか…。」

「でも、俺の女は俺が選ぶ。ただそれだけだ。」

「ホッホッホ。」


士導長の目には、やはり京司は昔のやんちゃな少年のままに映っている。

京司は昔から生意気で、士導長に逆らってばかりだった。

士導長の前でだけは、昔の自分のままの姿を少しだけ見せられる。京司にとって彼はそんな存在だった。


「お前らが選んだ女と結婚する気はない。」

「ホッホッホ。それは、それは困りましたな。」


士導長にとって、京司はまるで、孫のような存在だった。

生意気な所は、昔となんら変わっていない。士導長はそれが嬉しくて、思わず声を上げて笑った。


「しかし、私は天師教様がお認めなさる方を、選ぶ自身がありますぞ。」

「お前に?」


士導長は自身満々に答えた。それは、京司を幼い頃から知っている士導長だからこそ言える言葉だった。


「ま、せいぜいがんばれよ。」


そんな士導長を京司もまた慕っていた。


****************


「いつになったら、妃決めてくれるんだろう…。」  


天音がポツリとつぶやいた。


「へ?」


突然そんな事を言いだした天音を、華子が怪訝そうな顔で見た。

天音達がこの城に来て、そろそろ1ヶ月が経とうとしていたが、毎日授業をただこなしていくばかりで、一向に妃が決まる様子はない。


「妃になるのって、そんなに勉強しなきゃいけないのかな?もっとすぐなれるんだと思ってた!」


天音の、すぐ村に帰れると思っていた安易な考えは、もろくも崩れ落ちた。

いろんな事を学ぶ事は、とてもためになるが、そろそろじいちゃんの事も心配になってきていた。


「まあ、すぐには無理だろうけど、私も授業眠くてさ。でも天音、歴史の授業はいつも真剣に聞いてるじゃん。」


そう、天音は歴史の授業が一番興味があって、いつも真剣に聞いていた。


「だって、私この国の事何にも知らなくて…。」

「ふーん。」


天音は村で育ったせいか、国などとは関わりのない世界にいた。そのため、ここへ来てからというもの、自分が何も知らない事を、思い知らされていたのだ。


「私、町に行ってくるね。」

「へ?またー?毎日、毎日飽きないの?」


華子は授業にも飽き、町に行く事も飽きてしまったようだが、天音は毎日のように町を見に出て歩いていた。


「飽きないよ。それに行きたい所があって。」

「ふーん。一緒に行こうか?」


華子はまた、天音が迷子になるのではないかと、少し心配しているようで、そう申し出てくれた。


「大丈夫だよ。もう町の道も覚えたし。今日は1人で行くよー。」

「そう?」


しかし、毎日町に出歩いている天音は、流石にもうこの町にも慣れてきていた。

それに今日は、1人で行きたい所があったので、天音は華子の申し出を断った。


「うん。じゃ、いってくるね。」


そう言って、天音は笑顔で部屋を後にした。



****************



「月斗さんありがとうございました。」


1人の男が、深々と月斗に向かって頭を下げた。彼は月斗の仲間の1人だ。


「月斗さん。さすがですよ!コイツを逃がすために、わざと捕まって、しかも自分まで城から脱走するなんて。」


月斗の隠れ家では、仲間達が月斗を囲んで褒め称えていた。

そう、月斗は城に捕まっていた仲間を逃がすために、わざと捕まったのだった。

まさか、あそこに天使教が現れるとは思っていなかったが、月斗はそれを利用して、脱走を図り、仲間も逃がす事に成功したのだった。


「あんな場所に長居は無用だからな。」


コンコン

その時、彼らの小屋をノックする音が聞こえた。


「だ、誰だ…。」


月斗と仲間達は眉をひそめて、警戒するように扉の方へと視線を移した。

こんな場所にある小屋に、人が訪ねて来る事なんてまずない。

月斗も警戒をし、身構えた。その瞬間…。


「あのー!!」


外から聞こえたのは女の声。


――― この声は?


どこか聞き覚えのある声に、月斗は警戒心を解いて、扉をゆっくりと開けた。


「あ、よかった。居たんだね。」


扉を開けると、そこに居たのは天音だった。


「あれ、あんた…。」


以前、天音と月斗が小屋の前で話していたのを見た男も、天音の事を覚えていた。

なぜなら、月斗が自分達以外の、しかも女と話している所なんて、今までほとんど見た事がないからだ。


「すごくない?私ちゃんとここまでの道、覚えてたみたい。」


天音が月斗に向かって、満面の笑みでそう伝えた。

しかし、月斗は、天音のその言葉に、眉のシワをより一層増やしていった。

天音がこの道を覚えたという事は、月斗にとっては不都合な事なのだ。


「お前…。ちょっとコイ。」


そう言って月斗は、天音の手を引っ張り、無理やり外へと連れ出した。


「お前…。やっぱり城の回しもんか?何しに来た!」


月斗は、やはり機嫌の悪そうな声で突然叫んだ。


「ち、違うよ。こないだは、ありがとう。それから、なんか私のせいであんな事になって…。謝りたくて…。」


天音はやはり、自分のせいで月斗が捕まってしまった事を気にしていた。


「…お前のせい?」


しかしその言葉を聞いて月斗はまた、顔を歪めた。


「でも、あなたは反乱者なんかじゃないよね?」


天音は疑いのない真っすぐな瞳で、月斗の鋭い瞳を、何の躊躇もなく見つめた。


「は?お前が何知ってんだよ。見ただろう、町の奴らが俺を見る目。」

「…。」


『窃盗や、国の公共物破壊などは数えきれないほど。その時人をケガさせた事だって、何度もあるわ。』


確かに彼女もそう言っていたが、天音はそんな事信じたくなかった。

それは彼の寂しげな瞳が、そうさせているのだろうか。


「何が…不満なの?」

「あ?」

「何が望みなの?」


そして天音は、その理由を知りたかった。


「は?そんなのお前に言ってどうする。」

「私に何かできる事ある?」


天音の必死な瞳は、月斗を捕らえて離そうとしない。

そして月斗は、知っていた。天音と同じこの瞳を持つ人間の事を…。


「もう、気がすんだろう。帰れ。」


月斗は天音のその視線から逃れるように、そんな言葉を吐いてプイっと横を向いた。


「花火…。」


しかし、まだ天音には、月斗に伝えたい事があった。


「花火また上げてね!」


天音はニッコリと笑ってその言葉を言って、その場を去った。


「くっそー!」


月斗は天音のその言葉に、その場にしゃがみ込み、うなだれた。

天音のその瞳は、月斗のよく知る人にとても似ていた。

それは、どこか強く真っ直ぐで迷いのないその瞳。


****************



「あれ?こっちだっけ?」


人の能力というものは、そう簡単には変わる事はない。

やっぱり天音は、裏山の帰り道で迷っていた。


「こっちよ。」


こんな人気のない場所で、幸運にも天音に話しかけてきた人物がいた。


「あれ?あなた…。」


しかし、その声の主を見て天音は眉をひそめた。

その時声をかけて来たのは、城で出会った、不思議な雰囲気を持つかずさだった。

なぜ彼女がこんな所にいるのだろうか…?その疑問は当然のように頭に浮かび上がる。


「彼に、月斗と何を話す事があったの?」

「え…?」


天音の鼓動がドキリと波打った。


…もしかして、後をつけられてた?

そんな考えが、天音の脳裏をよぎった。


「奇跡の石…。」


かずさがポツリとつぶやいた。


「へ…?」

「奇跡の石があれば、この世は変えられる。」

「き、きせきのいし?」


突然かずさから発せられたその言葉に、天音は首を傾げた。

そして、聞きなれないその言葉を、ただ繰り返して言葉にしてみたが、天音の頭には、はてなマークが並ぶばかり。

訳の分からない話を唐突にし始めるかずさに、やっぱり天音はついていけない。


「やっぱりな!ねーちゃんもそっち関係なんか!」


するとそこで、助け舟のように、あの独特なしゃべり声が天音の耳に飛び込んできた。


「あれ、りん?」


そう、なぜかそこに現れたのは、りんだった。


「天音がこの裏山の方に歩いて行ったのが見えたんや。何しに行ったんか気になって、ここで待っててみたら、まさか、ねえちゃん、じゃなくて、かずさと降りてきたんでびっくりしたわー。」

「りんも、かずさを知ってるの?」

「あー、戴冠式の日、たまたま知りあったんや!なあ。」


そう、りんとかずさが顔を合わせるのは、あの日以来だった。

そしてりんは、もうとっくに気がついていた。

かずさの放つこのオーラから、ただ者ではないという事を感じていた。

しかし、りんのその問いに、かずさは何も答えず、目を細めて訝しげにりんをただ黙って見ていた。


「で?石の話し聞かせてくれるんやろ?」


りんがニコニコしながら、かずさに話しかけるが、かずさは、一切笑みなんて見せる事はなく、むしろ怪訝な顔を見せるばかり。

りんもどうやら、その奇跡の石を知っているようだ。


「奇跡の石はその名の通り、奇跡を呼ぶ。使う者によるけど。」

「奇跡?」


天音は、この奇跡という言葉に、いまいちピンとこないようだ。


「そう。」

「奇跡って何?」

「…さあ?それは人によって違うんじゃない。でも、その石があれば望みは叶う。」


…人によって違う…?なんだそれ?

天音は、かずさのその言葉に、ますます分からなくなっていくばかり。なぜ、そんな石の話しを、かずさがしだしたのか、分からない事だらけで、天音は困惑の表情を浮かべている。


「私にはそんな石必要ないよ。」

「ハッハッハ。さすがやなー。」


りんが急に大声で笑いだした。

その様子に、かずさは眉にしわをよせて、天音はポカンとした顔でりんを見た。


「なぜ?普通の人なら、叶えたい望みを持っているものでしょ。」

「その望みに奇跡が必要なの?」

「…じゃあ、あなたの願いは?」


かずさが急に低い声を出し、それを天音に問う。


「へ?」

「あなたの望みは?夢は?」

「…それは、妃になって、村に戻って、じいちゃんと、村のみんなのためになる事をしたい…。」


詰め寄るように、かずさに問いただされて、天音はタジタジになりながら答えた。

そう、それだけが、天音のたったひとつの望み。


「確かにそれに奇跡はいらんなー。」


りんがそこでまた、ニッと笑った。

そう、天音にだって夢や望みはあるが、それと奇跡がどう関係するというのだろうか…。


「ちがうわ。」


しかし、かずさはなぜかそれを認めようとせず、冷たい声でつぶやいた。


「あなたの本当の望みは…。」


天音の苦手な、その全てを見透かしたような瞳が、じっと天音を見つめる。



「え…?」




「天音ー!」

「え?華子?」


聞きなれた声に呼ばれ、天音は我に返った。

天音は、かずさの問いに、まるで闇にでもに引っ張られるような、不思議な錯覚に陥っていた。

そして気がつくと、いつの間にか、天音達は町まで戻って来ていた。


「探したんだよ!大変なんだってー!」

「へ?」

「てか、何してんの?誰?」


華子は天音が、りんと見た事のない女といる事に、思わず眉をひそめた。


「えっと…。」


天音は急にそう問われて、何と答えていいのかわからず、言葉に詰まってしまった。

かずさとの関係性を問われた所で、それに相応しい言葉は天音には見つけられなかった。


「天音、あなたは石を必要とする人間。あなたが石を見つけるのよ。」

「え…?私?」


かずさは華子に構わず、また石の話を続けた。


「え?何の話?」


華子には話が見えず、きょとんとした顔で、かずさを見た。


「まー、今日はこの位でお開きやな!また、時間に間に合わなくなったら、困るやろ?」


りんは、その不穏な空気を察してか、そう言って、この話を終わらせてくれた。


「じゃ、帰ろ。天音!」

「え…うん。」


そう言って華子は、急がせるように、天音の腕を引っ張った。

しかし、天音はかずさの話がまだ消化できないままで、後味が悪く、胸にモヤモヤが残ったまだった。


「行くよ。」


しかし、華子は何かに焦っているかのように、天音を促した。


「あ、うん。ねえ、…かずさは、占い師?」


最後に天音が、どうしても気になった事を口にした。


―――彼女はナニモノ?


「…それも悪くないかもね…。 」


そうかずさは小さくつぶやいて、天音に背を向けた。

これ以上は、何も聞くな。と言わんばかりに。






「かずさ、あんたは何が目的や?」


天音が去った後、りんは背を向けるかずさに、その真意を問いただした。

彼女は、奇跡の石の存在を天音に知らせるかのように、話し始めた。それは何を意味するのか。

彼女は敵か、それとも味方か…。


「私に目的はないわ。」

「は?どういうこっちゃ?」

「あなたもこのレースに参加するんでしょ?」


かずさが不適に笑って、後ろを振り返った。


「レース?」


その言葉に、りんは顔を歪めた。

これは奇跡の石をめぐり繰り広げられる、レースだと言いたいのだろうか。


「私には、ただの退屈しのぎにすぎないの。」

「これはゲームかいな?たち悪い奴やなー。」


りんにもわかっていた。

この石の存在を知れば、手に入れたい人間は、きっと大勢いるに違いない。


「私よりたちの悪い大人は、この国にたくさんいるわよ。」


かずさはまた、意味深な事をつぶやいた。

この石を、喉から手が出るほど欲している者がいる。それにも関わらず、天音はきっぱり言った。


ーーーー自分には必要ないと。


「このレースに天音は、不可欠よ。」

「…。」


その言葉の意味を、りんはまだ何となくしか、わかっていなかった。

しかし、かずさには、わかっていた。

天音の背負う運命に、この石が大きく関わる事を…。









































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