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思いを伝える術を知る時に…



「ありがとうございます。運んでいただいて。」


りんは、天音をおぶって城の前まで連れてきていた。

そんなりんに、星羅は丁寧にお礼を伝えていた。

突然倒れた天音だったが、大事には至らず、今はスヤスヤと、りんの背中で眠っていた。


「ええねん。」

「ええねん?変な言葉ー。」

「ちょっと、華子!」


自由人の華子は、ここでも本領発揮。

初めて会う人でも構わず、思った事を口にする。

そんな華子に星羅は注意をするが…。


「ええんや。よう、言われるから。」

「…。」


りんはそう言って、ヘラっと笑って見せた。

星羅は、そんな少し変わった喋り方の男をじっと凝視した。


「さすが、するどいな姉ちゃん!そう、何を隠そうわいは、天音の知り合いや!」

「いや、天音の名前呼んでたし…。あ、もしかして、天音の彼氏!」


何を思ったか、りんはそんな誰でもわかる当たり前の事を言ってみせる。

そして、それに見事に突っ込みを決めた華子は、興奮して2人の関係について詰め寄った。

華子は、この手の恋愛話が大好きだ。


「んなわけないやろ。1回しかまだ会ったことないんやから。」

「なーんだ。」


しかし、りんからの返答は、華子の想像したものとは違った。

その答えに華子は、つまんなそうに口をとがらせた。


「何や、姉ちゃんも聞きたい事あるんか?」


りんは、ずっと自分の事をじっと見つめる星羅の怪訝な表情に気づき、そう尋ねた。


「…そのピアス…。」


りんはブルーのダイヤの形のピアスをしていた。

なぜだか星羅は、キラリと光ったそのピアスが目につき、思わず言葉にこぼしてしまった。


「なんや、そんなに気にいったんか!でもいくら美人でもこれは、あげられんなー。」

「え?」

「これは、わいのお守りやからな!ほな、ちょっとおっちゃん!この子運んだって!」


りんは、持ち前の明るさで星羅の疑問を鮮やかにかわし、ピアスの話はすぐに切り上げ、城の守衛に天音を無理やり渡した。


「じゃ、わいはこれで!天音によろしゅうー!」


そう言って、りんはそそくさとその場を去っていった。


「かっこいいけど、何か変な人だね、星羅!」

「…。」


星羅はなんだか歯切れの悪い、モヤモヤとした気持ちを引きずりながら、彼の去っていく姿を、またじっと見つめていた。



****************


―――― 次の日


「もー、びっくりしたよ!」

「ごめんなさい…。」


天音は昨日倒れてから、次の日の朝まで、ぐっすり眠り続けた。

そして、今朝目覚めたばかりの天音の体調は、だいぶ良くなっていた。

華子もそんな天音を見て、ホッと胸を撫でおろした。


「あんなに、ふらふらしてたのに外に出て来るなんて、そんなに見たかったの?」

「…うん。まあ…。」


華子は、そんなに天音が即位式を見たがってたなんて、思いもしなかった。

天音自身も、華子に昨日の出来事について、たった今聞いたところで、熱のせいとはいえ、無意識にあんな行動に出た自分に驚いていた。

天音は正直、城の外に出てからの出来事は、意識も朦朧(もうろう)としていて、あまり覚えていなかった。


「まあ、星羅も食い入るように見てたし!あ、でも結局顔は見れなかったけどー。」

「私は別にそんなんじゃ。」


華子は、また不満気にその事を話していた。華子は天使教の顔が、相当気になっているようだ。

華子に茶化された星羅は、またクールに興味なさそうに、プイッと窓の外の方を見た。


「そっか、あんまり見えなかったんだね…。」


天音も華子同様に、どこか残念そうにそうつぶやいた。


「そ!人すごいし、顔には布かかってたし。まったく結局人は、顔だっつーのにー。」


華子の結婚の条件はどうやら顔らしい。


「それより、あの人誰!?」

「へ?」


すると、華子が思い出したように、急に天音に詰め寄った。

天音は急にそんな風に振れれて、華子が何の事を言っているのか、見当もつかない。


「名前聞くの忘れたー!」


そんなポカンとしている天音の横で、華子がまた突然叫び出した。

しかし、天音は華子が何の話をしているのか、さっぱりわからないまま。


「何か変なしゃべり方の人で、わいは天音の知り合いや!て言ってた。」

「あ、わかった。りん!」


天音はそのしゃべり方でピンときた。

昨日この町に来たばかりの天音が出会った人は数限られている。

その中で、そんな喋り方をするのは、この町の入り口であった彼だけなのは、間違いない。


「りんて言うんだー。紹介してよ!」


華子がニッコリと笑った。華子はまだ一目しか会った事のない、りんを気に入っているようだった。

確かにりんは背がすらっと高くて、顔もキリっとしているし、話も面白い。

一般的にはモテる部類に入るのだろう。


「へ?でも会ったのは1回だけだし。」


りんに会ったのは、この町に入る時のただ1回だけ。

正直、そんなに親しいわけでもない。


「あなた、妃になる気あるの?」


横から星羅が冷ややかにそう言った。

確かに、根本的な問題はそこ…。

さっきまでは天使教の顔がどうのって言っていたのに、華子はどうやら気が多いらしい。


「まぁ、それはそれ!妃になれるとは限らないしー。で、彼どこに住んでるの?」


いわゆる肉食系女子の華子は、グイグイと天音に詰め寄る。

そんな華子に、結婚出来れば誰でもいいのだろうか…。。と思わず突っ込みたくなる。


「しらなーい。」


しかし、天音は本当にりんの素性は何にも知らない。

彼は、この町に何をしに来たのかも、答えてはくれなかった。


「えー。でも、町に行けばまた会えるよね!」

「ていうか、何でりんが出てきたんだっけ?」


天音は、そもそもの疑問に立ち返った。

そういえば、一体どこからりんが出てきて、どうして華子がりんをしっているのだろうか。


「彼が、倒れたあなたを運んでくれたのよ。」


冷静な星羅が、天音のその疑問に即座に答えてくれた。


「そうだったんだ!今度会ったらお礼言わなきゃ!」


天音はやっとここで、りんが助けてくれたのを理解した。

…そっか。りんも、即位式見に来てたんだ。


『知らんでー、城の中におもろいもんなんて、何もないで…。』


りんは、城になど、この国になど、興味がないのかと思っていたが、そうでもないのかもしれない。

天音は密かにそんな事を考えていた。




****************




「ふぁーー!」


京司は、あの鯉の池のある、中庭に来て、池の前の岩に腰かけて呑気に、大きな欠伸をしていた。


「いるわけないか…。」


周りを見まわした京司が、ポツリと寂しげにつぶやいた。


「おや、玄武、いえ天師教様。」


そこに現れたのは、京司が望んでた人物ではなかったが、京司はその懐かしい声の方に、振り返った。


「なんだ。お前か。いいんだぞ、昔のように呼んで。」


京司の視線の先に立っていたは、士導長だった。

士導長と京司は顔見知り。なぜなら士導長は、京司の幼い頃の教育係だった。

そんな士導長は、京司の幼い頃を知っているからこそ、彼を天使教と呼ぶ事にまだ慣れていないようだ。


「いえ、めっそうもありません。」

「…天師教…か…最悪の名前付けられたもんだな。」


京司はまたそう言って、嫌気のさしたように、鼻で笑った。

彼は天使教になりたくてなったわけではない。

それは士導長もよくわかっていた。


「…なんで俺の名は、コロコロ変わるんだろうな?」


京司はどこか寂しげに、遠くを見つめていた。

彼の事を京司と呼ぶものは、この城にはいない…。


「それは、あなた様が成長なさったから。」

「あー。その模範解答は、もう聞き飽きた…。」


京司はふてくされたように、そう言って、目を伏せた。

わかっている。いくらあがいたって、この現実は変えられない事ぐらい。

彼はもうあの頃のような子供ではない。


「天師教様は、こんな所で何を?」


士導長が話題を変えるようにそんな事を尋ねた。

これ以上京司に、辛い顔をさせたくはなかったからだ。


「…鯉を見に。」


京司はとっさにそんな嘘を吐いてみせた。


「ホッホッホ。あなた様のそういう所を、私はお慕い申しております。」


そう言って士導長は柔らかく笑った。昔と何ら変わらないその笑顔で。

士導長にはわかっていた。それが京司のとっさに出た嘘だった事は。


「まったく、お前は変わんないなー。」


京司もその笑顔に、ホッとした表情を浮かべ、少しだけ笑った。




****************




「やはり、花火の予定などなかったそうです。」


昨日の即位式での花火の打ち上げについての、報告が老中へとあがっていた。

この国での実際の政治を取り仕切っているのは、老中と呼ばれるこの男だった。

50歳近くになる彼の目は、いつでもつり上がっていて、いかにも厳しい人物である事を表している。


「いったい誰が何のために…。」


老中は、なぜ急に花火が上がったのか、不思議に思い、調べさせていた。

どんな些細な事であろうと、この国に反する者への火種は、すぐに消さなければいけない。

それが、この国の政治を任されている彼の責任なのだ。


「まぁ、天師教様に危害が及ぶ事はなかったですし…。」


隣で士官が、そんな呑気な事を口にした。

士官は老中の補佐的な人物で、いつも老中にゴマをすりながら、くっついて歩いているだけの無能な人物だった。


「…」


老中はそんな士官とは反対で、未だ眉間にしわを寄せたままだった。

何事もなかったものの、彼はまだ納得はしていないようだ。



****************



―――― 次の日


「そういえば…。」


風邪がすっかりよくなった天音は、また城の中で迷子になりたくないと思い、城の中を覚えるため、1人散策していた。

そんな時、ふと思い出した事があった。


「あの時、泣き声がした…。」


即位式のあの日、朦朧とした意識の中で、この城のどこかから、誰かの泣き声のようなものが聞こえたのを思い出した。


「こっちの方だったかな?」

「そっちへ足を踏み入れては、だめよ。」

「え…?」


天音は背後から聞こえたその声に、思わず振り返った。そこにはフードを頭からかぶった、いかにも怪しげな女が立っていた。体格と声からして、女なのは間違いない。

しかし、そんな怪しげな格好にもかかわらず、天音は全く危機感を持たず、同じ妃候補の人かもしれない、と呑気な発想をしていた。


「あ、私方向音痴みたいで…。」


何故か威圧的なオーラをかもし出すその女に、天音はなぜか言い訳をするように、そんな事を口走った。

いくら人見知りのしない天音でも、このオーラの前でたじたじになるのも無理はない。


「この印。」


彼女が指さしたその床には、三日月の形の印が刻まれていた。


「月?」

「この印より向こうは、王家の敷地。月の印は王家の象徴よ。」

「へー、そうなんだ。」


その月の印は、天音が初めて目にしたものだった。

無知な天音は、もちろんその印が王家の象徴だなんて話も今日初めて聞いた。


「月は、闇の支配者」


彼女が今度は冷たく、意味深な言葉を口にした。


「…どういう意味?」


そして、そんな彼女の言葉の意味を理解する事ができない天音は、キョトンと首を傾げた。


リーンゴーン

その時、二人の会話を遮断するように、鐘の音が鳴り響いた。

その鐘は、もうすぐ始まる夕食の時間を知らせる鐘だった。


「運命。あなたは信じる?」


彼女は大音量の鐘の音など全く構う事なく、低い声でポツリとつぶやいた。

しかし、天音は正直それどころじゃない…。夕食の時間だから、もう行かなければならない。

時間を気にしないところを見ると、どうやら彼女は、妃候補ではないのかもしれない…。


「もう、あの池には行かない方がいいわよ。」

「え…それって…。」


彼女が言っているのは、おそらく鯉のいる、あの池の事だろう。

しかし、なぜ彼女は知っているのだろうか…。天音がそこに行った事を。


「もう行くんでしょ?」

「え…、あ…、じゃあ。」


天音は戸惑いながらも、その場を去った。

彼女は、一体何者だったのだろうか…。

時間がなくて聞きたい事も、まともに聞けなかった。

そんな事を考えながら天音は、食堂へと駆け足で向かった。


「天音おそーい!!」

「ごめん、ごめん。」


華子は待ちくたびれてた様子で、そこに姿を現した天音に呼びかけた。


食堂では、夕食時に点呼を必ず取るため、部屋ごとに座る場所が決まっている。

点呼のチェックの者がテーブルを回って、全員がそこにいるのかを確認するのだ。

そしてその点呼に間に合わなかったものは、自動的に妃候補からは外され、この城を追い出されるという、厳しいルールがしかれている。

だから、天音も駆け足で食堂へと向かったのだ。


「何してたのー?」

「また迷っちゃって…。」

「もぉー!さ、食べよ。」


お腹が空きすぎた華子は、さっそくテーブルに並べられた料理に箸をのばす。

天音は不思議な女と出会った事は、何となく言わないでおいた。


「いただきます!」

「あ、ねー、月の印が王家の象徴だって知ってた?」


天音はさっきの彼女の言葉が気になって、二人にも聞いてみた。


「へ?もちろん常識だよ。ね、星羅。」

「…ええ。」


そう、それはこの国の常識。もちろん2人は知っていた。

やはり、この事を知らないのは、天音だけ。

本当にここに来てから、天音は自分が知らない事が山ほどある事を痛感していた。


「そう…なんだ。」

「知らなかったの?めずらしーね。」


華子は、いろいろと知らない事の多い天音をただ、ただ、珍しがっていた。

そんな華子とは対照的に、星羅は天音を鋭い瞳で見つめた。


「…どうしてあなたみたいな人がここに?」

「え…?」


星羅が声のトーンを低くし、天音に問う。

天音は、星羅のあまりにも冷たいその目に言葉を失った。

星羅は、天音のようなこの国の事を何も知らない者が妃候補としてここにいる事が、信じられないといった目を天音に向けていたのだ。


「私は…。」


天音が戸惑っていたその時…


ドーーーン!!


低い地響きのような強烈な爆発音が城に響き渡った。

天音達のいる食堂のテーブルや食器もカタカタと音を立てている。


「キャー!」

「何事だ!!」


周りの妃候補達もざわつき始め、すぐさま兵士達は慌ただしく駆け回る。


「な、何!?」


天音も今まで聞いた事のない、爆音に驚いて、思わず立ち上がり、ただ周りをキョロキョロと見回す事しか出来ない。

しかし、この部屋の中では、特に何も変わった様子はなかった。

そして、星羅はしかめっ面で、眉をひそめた。


「近くでガス漏れがあっただけだ。ここには、何の危害はない。食事を続けて問題ない。」


1人の兵士がすぐ様食堂に現われ、妃候補達にそう説明をした。


「びっくりしたー。今の音、絶対この近くからだよね?」


華子は、兵士のその言葉に、すぐに落ち着きを取り戻して、席に座り直した。


「反乱者の仕業かもね。」


まだ周りはざわついていたが、星羅はいつものように、冷静にそうつぶやいた。

どうやら星羅は、ただのガス漏れだとは思っていないらしい。


「はんらん…?」


天音は、今まで自分には無縁だったその言葉に、首を傾げその言葉を口に出してみた。


「ふーん。星羅はそう思うんだ。まー、城下町にはいろんな人いそうだしねー。」


華子はいつもと同じトーンで、呑気にそんな事を言うだけで、反乱者というその言葉に危機感はあまり持っていないらしい。


「反乱って…何のため?」


天音は困惑した表情で2人に尋ねた。

平和な村で育った天音には、全く理解できなかった。

誰が何のためにそんな物騒な事するのか…。

そして、この町ではその言葉は当たり前なのか……?


「…何のため?決まってるでしょ。国に不満があるからよ。」


そんな事もわからないのか、といった表情で星羅は淡々と答えた。

そして、また冷たい視線が天音へと向けられた。


「国に不満…?」


天音は、その言葉を自分の中で消化ができずに、戸惑いの表情を浮かべる事しかできない。

国に不満がある人がこの町にはいる…。

やはり、天音はそれすら知らなかったのだ…。


「…さっきは、ごめんなさい。言い過ぎたわ。」


困惑し、食事どころではなくなった天音に、突然星羅は、素っ気なく謝罪の言葉を口にした。


「あ、えっと、なんだっけ?」


しかし、この騒動で、天音はさっきの星羅の口にした事など、すっかり忘れていた。


「ごちそうさま。」


覚えていないならいい、と言わんばかりに星羅はそそくさと、席を立ち、その場を去った。


「星羅変なのー。」


華子は、そんな星羅の態度に口をとがらせた。


「私、何か気に障る事言ったのかな……。」

「そんな事ないよ。機嫌悪かっただけだよー。」


華子はそう言って、天音の肩を持つが、天音の不安は拭えなかった。




……私は、何も知らない…。それは事実だ。





****************





「物騒やなー…。」


りんは、城の前にできた人だかりを見て、ポツリとつぶやいた。


「何の被害もない。ただのガス漏れによる爆発だ。」


兵士達は町民達にもそう言って回っている。

しかし、りんは疑問に思っていた。その音が城のすぐ近くから聞こえていた。

ガス爆発が城の近くで起こるなんて、どう考えても不自然だ。


「…反乱……か……。」


りんがその言葉を、誰にも聞こえないくらいの小さな声でつぶやき、空に浮かび上がった月を見上げた。





****************





「天師教様、先ほどの爆発による被害はありません。」


もちろん天師教の京司の元にも、報告があがっていた。


「そうか。」


京司が窓の外を見ながら答えた。

城の前に集まっていた人々は、ゾロゾロと家路につき始めていた。


「爆弾を仕掛けた反乱者は、こちらで捕らえました。」


兵士はありのままの事実を包み隠さず、京司に伝えた。

やはり、あれはガス爆発ではなく、爆弾を仕掛けた者が確かに居たのだった。


「…反乱者。」


京司はその言葉に、なぜか違和感を覚えた。


「こちらで対処致しますので。」

「…。」


京司は目線をまた窓の外へと移した。


お前は何もしなくていい。

そう言われているのは明らか。


わかっている…。




****************



天音は食事の後も、まだ先程の事が気になっていた。

村で暮らしていた時には、考えた事もなかった。

この国に不満を持つ者がいるなんて。

天音はそんな風に、考え事をしながら、一人城の中をウロウロと歩いていた。


…あれ、こっちって…。

気がつくとそこは、見覚えのある場所だった。天音は無意識のうちに、また池のある中庭へと辿り着いてしまっていた。


『池には行かない方がいい。』


天音はふと、先程の彼女の言葉を思い出した。

しかし駄目だと頭では思っていても、天音の足は、真っ直ぐとその方向へと向かっていた。


「何してるの?」


そこには、あの時と同じように、ぼんやりとどこか寂しげな瞳で池を見つめている京司がいた。

そんな彼に、天音は話しかけずにはいられなかった。


「天音!もう来ないかと思った。」


すると、天音の姿を捉えた京司が嬉しそうに、まるで無邪気な子供のような笑顔を天音に見せた。


「え…あ、うん。月が綺麗だから見に来たの。」


京司のそんな笑顔に、池にはいかない方がいいと言われた、彼女言葉はもうどこかへと吹き飛んでしまった。

やっぱり彼に話かけてよかった。なぜかそう思ったのだ。


「ああ、そうだな。この庭は月がよく見える。」


京司もそう言って、空を見上げた。


「あの…あなた。」

「京司。」

「あ、京司は、えっと……、何しにここへ?」


…そんな事聞きたいんじゃないのに!

天音は月の光に照らされた彼の顔にドキドキしながら、そんなどうでもいい事を聞いてしまった。


「あー。鯉に餌やりに?」

「あ、そっか。」


天音同様に、京司もそんなどうでもいい答えでその場を誤魔化した。

君が来るのを待っていた…。

何て、口が裂けても言えるわけはない。


「そーいや、天音は村から来たっていってたよな?」


天音に興味深々の京司は、彼女の村について尋ねた。


「うん。私の村は輝夜村。すっごく小さな村なんだけど、村の人達はみんないい人で、野菜とかも自分で作ってたんだよ。」

「平和な村なんだな。」


京司は、どこか寂しそうに遠くの空を見つめた。


「え、うん。そうだね…。」


そんな彼の寂しげな表情に、天音はまた少し戸惑った。

何が彼をそうさせているのだろう。

天音も京司の事が、だんだんと気になり始めていた。


「ここは、物騒な所だもんな。」

「へ?もしかしてさっきの爆発の事…?やっぱり、はんらん…とかなの……?」


天音は気になっていた事を、そのまま京司に投げかけてみた。

星羅の言っていた事は、やっぱり本当なのだろうか。


「……誰に聞いた?」


京司が今までとは違う、低い声を出した。


「え、あの、同じ部屋の子が反乱の人がやったんじゃないかって…。」

「ふーん。」


京司は、ごく一部の人間しか知らない真実が、どこからか漏れてしまったのかと危惧したが、どうやらそうではないらしい。

その事に少し安堵したが、もちろん京司は真実を口にする事はしない。

しかし、反乱者がやったのではないか、と考える者がこの国に居る事は確か。


「……私、何にも知らなかった。そういう、不満とかある人がいるなんて…。」

「不満か…。」


京司はその言葉に目線を地面に落とした。


「何が不満何だろう?」


そんな京司には気がつかず、天音は何気なくその言葉を口にしてみた。


「え…。」

「おかしいよね!?不満があるなら言えばいいのにね。そんな爆破?とかじゃなくて。」


天音の曇りのない瞳が、まっすぐ京司に向けられた。

京司は、そんな天音の突き刺さる視線に、思わず目を見開いた。

彼女は正しい。そう考えるのが当たり前なのに…。

しかし、凝り固まった概念を持った大人達は、そんな単純な考えができなくなっている。


「言えないんだ…。この鯉と同じ。」


京司は、そんな真っ直ぐな彼女の視線から逃げるように、少し俯いた。

この国は、いつからそんな国になってしまったんだろう…。

京司がぼんやりと鯉を見つめた。


「人間とコイはちがうよ。」

「え…。」


天音が少し厳しい声でそう言ってみせた。

その声に京司はまた、顔を上げて、彼女を見た。

すると、天音は真剣な表情で、まだ真っすぐ京司を見つめていた。


「だって人間には言葉があるじゃん!それって、自分の気持ちを伝えるためでしょ。」


天音は京司に必死に訴えかけた。


「…そうだな。」


京司は、そんな天音の訴えに思わず頷いた。

天音は当たり前の事を言っているだけ。

京司は自分もいつの間にか、周りの大人達と同じような考えになっていた事に、気がつかされていた。


「やっぱり、天音は面白いな。」


京司の周りには、そんな風に真っすぐに何かを語る者はいない。

彼の周りにいる大人は、自分の機嫌を伺う者ばかり。

誰も本音でなんて話てこない。


「へ?私?」


そんな天音は、ただきょとんとした表情を浮かべているだけ。

京司のその言葉の真意は理解していない。


「天音は恵まれた環境で育ったんだな。」

「え?そうかなー?」


天音の真っ直ぐで、素直な考えはきっと育ってきた環境によるものだろう、と京司は考えた。

しかし、天音はいまいちピンと来ない。自分はただ村で育ってきただけなのに。


「お前みたいなの奴が、この国に必要なのに…。」


京司がポツリと小さな声でつぶやいた。

この国を動かしているのは、頭の固い大人達ばかり。

それではダメな事は、京司もわかっていた。


「へ?私バカだよ。」

「アハハハ。」


しかし、やっぱり天音はその真意がわからず、的外れな事を口にした。

そんな天音を見て、京司はまた大声で笑った。

やっぱり彼女と話していると、何故だか心が落ち着く。


「あ、そういえば、京司も即位式見に行った?」


そう思っていた矢先、天音は京司が凍りつくような一言を発した。


「……天音は?見たか?」


京司は目を伏せ、おそるおそる天音に聞いた。

もし、天音があれを見ていたのなら…。


「私は見れなかったよ。私遅れて行ったし、しかも体調悪くてフラフラだったのだから、てん、てん…」


天音はその名が出てこなくて、言葉に詰まった。

妃候補にまでなったというのに、天音はまだ、天師教の名前を覚えていなかったのだ。


「天師教?」

「そう!天師教さんも見れなかった。」

「あははは!」


京司は全く想像のしていなかった天音の言葉に、また大声で笑った。


「へ?」

「天師教にさん付けって。」


天音は、またきょとんとしているだけだが、京司は腹をかかえるほどに、笑った。

そしてその笑いは、京司の安堵の気持ちを表していたのだった。


「でも、残念だったなー。あんな日に風邪ひくなんて…。」

「そんなに天師教を見たかった?」


残念そうな天音に対して、自分の正体がばれていない事に、すっかり安心しきった京司は、好奇心でそんな事を尋ねた。


「やっぱり、ブサイクなのかな?」

「は…?」


そしてまた、京司の予測を超えた天音の言葉に、京司は目を丸くした。


「だって、村の人も言ってたよ。妃を募集しないといけないなんて、よっぽど…。」

「クックック。」


京司はこらえきれなくなり、また笑った。

…コイツ本人目の前にして何を!


「あ、でも京司なら会った事ある?天師教さん。」

「え…。」


唐突にそう言われ、京司は笑いを止め、言葉を失った。

しかし、目の前の天音は、目を輝かせて、興味深々に聞いてくる。

そう、彼女は何も知らない…。


「どうしたの?」


そんな困惑顔の京司の様子に、天音も気がついて、彼の顔を覗き込んだ。


「知りたい?天師教の事?」


京司が真面目な顔で、天音を真っ直ぐと見つめた。


「え?うん、まー…。」


天音はそんな京司の真っ直ぐな瞳に、少し困惑しながら答えた。


「そうだなー。顔は、俺といい勝負かな?」


京司は真面目な表情を一変し、悪戯に笑いながら、まるで天音をからかうような一言を口にした。


「もー、何それー!」


京司のそんな冗談に、天音も思わず笑った。


「そろそろ私部屋に戻らなきゃ、また迷子になってると思われちゃう。」

「ああ。」

「じゃ、またね。」


そう言って天音は、その場を去っていた。

そして京司は、またその寂しげな瞳を月へと向けた。



「いい、勝負?本人なのに?」

「え…?」

「彼女何も知らないからって、からかいすぎない方がいいんじゃない?」


その聞き覚えのない声に、京司がゆっくり振り返った。

天音の帰ったそこには、1人の見知らぬ女が立っていた。

灰色のローブをまとい、フードを深くかぶり、顔は半分しか見えない、いかにも怪しい女。

その女はどこからどう見ても妃候補には見えない。

この女は侵入者か?

様々な憶測が京司の頭を駆け巡った。


「何者だ?」

「怪しいものではないわよ。私はちゃんと許可をもらってこの城に出入りしているのよ。天師教様。」


口元に弧を描き、その女が彼の名を呼んだ。

そう、それは京司が一番嫌いは呼び名。


「俺の顔を知ってるなんて、十分怪しいけど。」


京司は冷静な声で、そして、わざと彼女を挑発するような言葉を吐いた。


「クス。せっかく月の印教えてあげたのに。でも何も知らないのは、あなたも同じね。」

「は?」


女は独り言のようにそうつぶやいた。

そう、彼女は、先程天音に月の印の事を教えた、あの女だった。

しかし、京司にはその言葉の意味はわからない。


「不満は一体何なのか…。外には、あなたの知らない世界がたくさんあるのよ。」

「お前…。」

「クスクス。まだまだね玄武様は。」


その女は、まるで全て見透かしているかのように、妖艶に笑った。

その鼻につく笑いを見て、京司は眉をひそめた。


「鯉の方が、 人間よりよっぽど幸せね。」

「オイ!待て。」


京司の声を振り切り、急に彼女は走り去ってしまった。

城の奥のほうへと…。


「なんなんだ…。」


京司は唖然とした表情で、その場に立ち尽くしていた。

あの女は何者なのか…?

あんな怪しい女がこの城に出入りしているなんて、見聞きした事もない。

そんなモヤモヤした感情のまま、京司は池を後にした。














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