それでも希望はいつでもこの胸に…
「何…言ってるの……かずさ……?」
天音は震える唇で、なんとか声を絞り出してみせた。
しかし、その動揺を隠すことは、無理というもの。
「……。」
天音の問いに、かずさは当たり前のように、何も答えてはくれない。
わかっているでしょ?というかずさの目は、天音の怯える目を見つめるだけ。
「わ、私……。」
かずさのその強い眼差しから逃れる事はできないとわかっているのに、それでも知らないふり…。
だって、それを認めてしまったら…。
「それはさせん……。」
すると突然、天使教の間に、そこにいるはずのない彼の声が響いた。
「え…?」
*****************
「くっそー!!城に入れろ!!」
「させるか!!」
その頃城の前では、すでに国の兵士と反乱軍達がぶつかり合っていた。
まだ城に残る兵士達は、何とか城を守ろうと戦っていた。
彼らは決して、反乱軍達を城の中には入れようとはしなかった。
「何故だ!!もうこの国は!!」
シドは剣を交える兵士に向かって必死に訴えた。
この城に残るのは、わずかな兵士と天使教だけ…。
彼らはがこの城を守る理由とは……。
「今の天師教様は、我々を人として接してくれた!!今までの天師教様とは違うんだ!!」
『よー!ごくろうさん!』
京司は兵士達にも垣根なく、普通に気さくに声をかけていた。
そんな彼の人柄を慕う兵士は少なくない。そんな兵士達が今もこの城に残り、天使教を守ろうとしている。
「……。」
シドが奥歯を噛みしめた。
…わかってる…。
「他の上の位の方達は、我々をただの道具としてしか見ていなかったが、あの方は違ったんだ!」
シャキーン
剣の擦れる嫌な音がシドの耳に響き渡る。
「あの方に罪はないのだ。」
「そんなの…わかってるよ!!!」
シドが苦しそうに兵士の剣をかわしながら、叫んだ。
それでも、終わらさなければならない。
*****************
「…天音。お前には死んでもらう。」
「じい……?」
その言葉を吐いた人物の姿を捉えた京司が、彼を呼んだ。子供の頃からずっと呼んできたその愛称で…。
しかし、今目の前に現れた彼は、京司の見た事のないような鬼の形相だった。
「士導長様……?」
そして、星羅も彼の顔を見るなり顔をしかめた。
なぜ彼がここに現れたのか、そして、そんな言葉を天音に投げかけたのか、見当もつかない。
「天音を殺さなければ、この世は終わる…。そうだろう。預言者殿。」
士導長がゆっくりと天音に近づきながら、かずさへと同意を求めた。
自分の言っている事は間違ってはいないのだと、みなに分からせるために。
「天音こそ、神が選んだ石の力を使える者……。そして神は、自分が再びこの世に復活できなかった時のために、別の手段を用意した。自分の力を託した石を使って、この世を終わらせてもらう。それができるのは、神に選ばれし伝説の少女だけ…。」
「な……!?」
りんがかずさの発した真実に声を漏らした。
それが奇跡の石にまつわる真実…。
「し、しらない……。」
天音は今も怯えた声で、どこかうわ言のように、そう口にするばかり…。
その真実に天音がこんなに怯えているのか、それはりんにはわかるはずもなく、彼は眉間にしわをよせた。
「私は元は歴史学者だ。この国の歴史を調べるうちに、その真実へとたどりついた。」
今度は、士導長がゆっくりと口を開いた。
士導長は奇跡の石についても、伝説の少女にまつわる話も既に調べつくし、全てを知っていたのだ。そして、士導長がなぜこんなにこの国の歴史を、石の事を血眼になって調べつくしたのか?
それは…
「この国を終わらせるわけにはいかない。あのお方が残したこの国を。」
「あの方?」
その言葉に疑問を投げかけたのは、華子だった。
「前天師教様だ。私は…前天師教様に救われたのだ。」
――― それはずっと昔、今の天使教、京司の生まれる前の話。
私の村は大規模な山火事にあり、燃えていた。
『うわーーー!!』
そして私は何とか村から離れた場所に逃げてきたものの、大火傷を負ってもう助からないと思っていた。
『おい!!大丈夫か!!』
そんな時、もうろうとする意識の中で、私の手をとったのは、成人したばかりだった前天師教様だった。
子供の頃から体が弱かった天師教様は、寺のあるとある山まで祈祷に来ていた。その帰りに私を見つけて、医者を呼び、手当をしてくださった。
それから、彼はなぜか私を気に入って下さり、私は天師教様の傍にお仕えするようにと、城に迎え入れられた。
『この国は面白いな。』
『はい?』
『こんないろいろな歴史があるのに変わらないものがある。』
『なんですか?』
『星は太古の昔から変わらないのだろう?』
天師教様は、私の話す歴史の話にも、楽しそうに耳をかたむけてくれた。
そして、今の天使教様、玄武の宮様がこの城に来てからは、教育係として玄武の宮様にお仕えするようになった。
『じい、私はあの子の傍にいてはやれない…。お前があの子の傍にいてやって、守ってやってくれ…。』
そう、私はこの御恩は一生かけてお返しすると誓った。そして、玄武の宮様を守ると…。
「私は誓ったのだ、あのお方に。どんな事があっても、この国と天師教様をお守りすると!!」
「じい…。」
もちろん京司も、そんな話は一度も聞かされた事はなかった。
士導長はずっと前天使教との約束を守り、今もこうして自分の傍にいてくれる事は、素直に嬉しい。
でも…
「天音。お前はここで死ぬんだ。この世を、この国を滅ぼされるわけにはいかない!!」
士導長はそう叫びながら、天音に向かって剣を突き出した。
そこにいる彼は、いつも天音達に優しく穏やかな声で授業をしてきた彼ではなかった。
そんな彼の姿に、星羅も華子も驚きは隠せない。
彼の持つこの国と天使教に対する忠誠心は、並大抵のものではない。
「…。」
天音は下を向いたまま、声も出せずに立ち尽くしたままだった。
「お前も、やっと死ねて本望だろう。」
天音が士導長のその言葉に、わずかながら体を震わせた。
「499年は長かっただろう。」
「……え…。」
天音が少しだけ顔を上げ、自分へと突きつけられた剣先を虚ろな目で見つめた。
「お前はあの日、死ぬはずだった人間だろう。」
……ちが……う……。
「あの日、地球が滅びた日、2000年の12月31日。」
……やめ………て…。
「―――天音1人がこの地球に生き残った。」
☆
――――それは2000年12月31日 20世紀最後の日に遡る
「寒いねー。」
マフラーをぐるぐる巻きにし、その中に顔をうずめた天音は、予備校の帰り道、優実と2人、いつも通り家路へと向かっていた。
「そうだねー。」
「今日こそ雪降るかなー?」
この頃の天音は寒い日はそればっかりだ。
「あんた、ここの所毎日、雪雪うるさい!子供じゃないんだから!」
天音のそれは重症。毎日のように顔を合わせている優実も、うんざりだった。
天音はなぜか毎日、雪が見れるかとワクワクしながら、子供のように空を見上げていた。
もう、いい年をした高校生だというのに。なんなら、もうすぐ高校生活は終わりを向かえようとしているのに…。
「そんなに怒んなくても…。」
天音は口を尖らせ、不満げな顔を優実へと向けた。
「そんな事より、受験の心配したら?」
2人は今高校3年生。もうすぐ受験が控えているため、大晦日でも予備校に通わなければいけない苦しい立場。
雪が見たい。などという子供のような事ばかり言っている場合ではない。
「はいはい。」
天音は仕方なさそうに、適当に返事を返した。
別に受験生だからって、そんな小さな希望くらい持っても、罰は当たらないはずだろうに…。
内心はそう思いながら…。
「じゃ、また来年。」
十字路にさしかかり、優実はあっさりそう言って、天音の家の方向とは別の道へと方向転換してみせた。
今日は今年最後の大晦日。
しかも街では、20世紀最後の日というだけで、浮足立っているというのに、なんともあっさりな挨拶だ。
「あ、ちょっと冷たいなー。よいお年をーー!」
天音は優実の背中に、そう呼びかけた。
まあ、学校も予備校も同じで、毎日のように顔を合わせているのだから、無理もない。
さすがに3が日は、予備校を休む予定の彼らが、4日後にはまた顔を合わせるのはわかりきっている。
この時はそう思って何も疑わなかった。
いや、誰が疑うのだろうか…。
これが最後だと……。
「ハックショーン!寒い!これはマジで雪降るんじゃない!?」
天音は優実と別れ1人家路の途中、女子とは思えないような、大きなくしゃみを豪快にかましていた。
しかし、そこは閑静な住宅街で、幸い近くに人の姿はない。
「あれ、天音?」
「あ…青。」
と、思っていたが、そこで幼馴染の青に出くわしてしまった。
さっきの豪快なくしゃみを見られていない事を、天音はひそかに願いながら、平然を装った。
「予備校の帰り?」
「うん!青は?」
「買い物。母さんに頼まれて。」
天音達いわく、自分達とは頭の作りが違う青は、もうすでに推薦入学を決めており、受験戦争には不参加が決定しているご身分。
そんな彼が買い物に行こうが、何をしようが誰も文句は言わないのだ。
「そっか。ねえ、今日ホント寒いよね!雪降るかな?」
「え…。」
ここの所の天音の口癖がまた発せられ、青はきょとんとした顔で天音を見た。
「20世紀最後の日くらい降るよねー。」
…知ってる。君は見たいんだろう。
青も知っていた。終業式の日も、天音はその口癖をつぶやいていたのだから。
口癖を通り越して、もうそれは病気の様に。
「降るんじゃないかな……。」
青が何の気なしに、ポツリとその言葉をつぶやいて見せた。
「やったー!青の勘はあたるもんね。」
そう言って、天音は無邪気な笑顔を青に向けた。
「それは、たまたまだよ。」
「だって、こないだだって、すっごい晴れてた日に、傘持ってたの青だけだったし。」
青の勘はよく当たる。
それは幼い頃から、ずっと傍にいた天音には当たり前の事。
「だから、まぐれだって…。」
「ふーん。そっか…。」
「じゃあね。」
「うん。じゃ、よいお年を!」
天音は、そそくさとこの話を終わりにして、その場を立ち去ろうとした青に従い、今日に相応しい決まり文句を口にし、青とは反対の方へ1歩を踏み出した。
「天音!!」
すると、天音の背中からは、さっきまでの彼からは想像もできないような、切羽詰まった声が追いかけてきた。
そして、天音は髪をなびかせながら、何事かと後ろを振り返った。
「また、会える?」
すると、天音の目に入ったのは、不安そうな顔でこちらを見ている青の姿。
そう、彼の癇はよく当たる…。
「へ?新学期会えるじゃん。」
しかし、天音には、青が不安に思うような心当たりはまったくなく、きょとんとして首を傾げた。
「いや、何でもない。」
そう、それは当たり前。
また、新学期になれば学校で会える。家だって近所なんだから、いつだって…。
そう、来年も、またその次の年も……。
青は自分にそう言い聞かせ、なぜか突然感じた胸騒ぎを追い出し、平常心を取り戻した。
「…今日はきっと降るよ雪。」
「本当!やった!」
そして、青はその言葉をそっと天音になげかけた。
青にはわかっていた。
天音が喜ぶその言葉が…。
…なんとなく予感はしていた、でも簡単には言いたくなかった。
「ちゃんと、見ろよ……。」
「じゃーね!」
小さく青がつぶやいたその言葉は、天音のいつも通りの明るく大きな声にかき消された。
「…ちゃんと見ろよ。アイツと…。」
天音が去っていた後も、その場に立ち尽くす青が、ポツリと小さくつぶやきながら、今にも雪が落ちてきそうな曇天の空を見上げた。
――――― 例えもう会えなくても、君が笑顔で笑っているならそれでいい。
☆
まるで時が止まっているかのように、誰もその場から動く事はなく、空気が一瞬にして凍り付いた。
「どう…いう事…?」
困惑の表情の星羅が小さくつぶやいた。
士導長が何を言っているのか、全く理解できないという顔で…。
それも無理はない…。
――― 地球が滅びた?天音1人が生き残った?
そんな訳のわからない言葉を羅列され、理解しろと言われても無理な話。
「天音。死ね。」
しかし、士導長にはそれを説明している時間はない。
まだ、彼女が全てを理解できていないうちに、彼女を殺さなければ……。
――― この世はオワル
それだけは、阻止しなければならない。
士導長はなんの躊躇もなく、天音に剣を振りかざした。
「やめ!」
りんが叫ぼうと口を開いたが、我に返った時にはもう遅い…。
ここから叫んだ所で、その剣を止める事は無理だ。
「天音!!」
華子が彼女の名を精一杯叫んだ。
それを阻止するには、天音にその剣を避けてもらうしかない。
しかし、放心状態の天音に、華子の声は届かない…。
―――どうして裏切る?
やっぱり、ヒトは裏切る生き物……。
あんなに天音に親身になっていた彼が、天音を何の躊躇もなく殺しにかかる。
やっぱり人間は…。
カキーン
その時、耳をつんざくような金属音が、天使教の間に響き渡った。
それは、剣と剣が擦れる音。
「…なぜ…。」
士導長が目を大きくを見開いて、目の前にあるその顔を見つめていた。
士導長が天音に振りかざす剣を、彼が自分の腰に刺していた剣で止めていた。
京司が天音の前に立ちはだかり、士導長の剣を止めていたのだった。
「…。」
その音に、少しだけ天音が顔を上げた。
そんな天音の瞳には、彼の背中だけが映っていた。
☆
―――― 2000年12月31日 午後16時
天音は青と別れ、いつもの帰り道を1人歩く。
そして、帰り道の途中にある、いつもの公園の前を通りかかった。
「へーックション!!」
「え…?」
何の気なしに通りかかった公園から、大きなくしゃみをする声が聞こえて、天音は思わず足を止めた。
そして、公園の中へと、ゆっくり視線を送った。
その公園は、遊具か2、3個あるくらいでそんなに大きくないため、入り口からでも全体を見渡す事ができる。
「さみーな!いつまで待たせるんだよ。」
すると、口を尖らせ、そんな文句を吐きながらこちらへ向かってくる人物が1人だけ居る事に、天音が気が付いた。
「…?」
天音は目をしかめて、遠くからこちらへ向かって来るその人物が、誰なのか見定めようとしていた。
正直、天音はあまり目がいい方ではない。
「……やっと、会えた。」
「………あ………。」
目の前に立つ彼の姿を見た天音が、小さく声をもらした。
☆
リーンリーン
頭に響く鈴の音が大きくなる。
『闇を見て。』
『あの時死んでた方がよかったのかな…?』
『ここに雪はもうない。』
『それは夢だから?現実だから?』
リーン
『ずっと気づかなかったの?』
リーン
『じゃあ、一緒に見ような!雪!!』
………そうだ……夢…じゃない……。
『ハハハ。お前変わってんな―。』
『何と比べて?』
『名前は?』
『天音だよ。』
『天音か…。いい名前だな。』
『うん。おじいちゃんが付けてくれた名前だもん。』
『そっか。』
『あなたの名前は?』
『京司』
「なぜです……。天師教様。」
士導長が歯を食いしばる。自分の剣を止める彼の力は、並大抵なものではない。
「…もう、やめろ。じい。」
「なぜですか!この国を……!!」
士導長の目が悲しみに歪んで、目の前にいる愛しい彼を睨む。
「お前がこの国を親父の事を思ってるのはわかってる!!でも、この国はもうダメなんだ。」
京司もどこか寂しげな瞳で、士導長の歪んだ瞳を見つめた。
「なぜ……。」
「俺の手で終わらせなければ、終われないんだ。」
カキーン
その瞬間、士導長が力を緩め、彼の剣は簡単に弾き飛ばされ、床に転がった。
「天音!!」
華子は、京司の後ろでいつの間にか床に座り込んでいた天音に駆け寄った。
「天音?」
しかし、天音は華子の呼びかけには答える事無く、地面を見つめたまま小刻みに震えていた。
その様子が普通でない事は、誰が見ても明らかだ。
「お…思い出した…。」
未だ焦点が合っていない彼女の目は、地面を見つめたまま。
そんな天音が、うわ言のようにつぶやいた。
「あの日も雪で……。みんな死んだんだ……。」
「え?」
華子が小さく発する彼女の声を、何とか拾い上げようとするが、その言葉はわけのわからないものばかり。
「お父さんが私を……。」
「…お父さん?」
焦点の合っていない彼女の目には、何も映らない。
華子はそんな天音の肩を抱き、彼女の言葉に耳を傾ける事しかできない。
「シェルターに入れた。」
天音はフラフラとおぼつかない足で立ち上がって、床に転がるその剣を手に取った。
「天音…?」
星羅もまた、明らかに様子のおかしい天音を心配し、彼女の元に近寄ろうとした。
「―――おわらせる。」
天音がその言葉を吐き捨て、次の瞬間、剣を握ったまま扉の外に向かって勢いよく走り出した。
「天音!!まちー!!」
りんが叫んだ所で、その声は天音に届くはずもなく、彼女の背中はみるみるうちに小さくなる。
「お、追いかけるわよ!!」
星羅が慌てて、そんな天音を追いかけようと駆け出した。
あんな天音は、未だかつて見た事がない。
今の彼女が何をしようとしているのか、全く見当もつかないが、このまま放っておくわけにはいかない。
「あれ?かずさいないけど…。」
全く慌てるそぶりを見せない華子が、冷静に辺りを見回して、ポツリとつぶやいた。
気がつくと、いつの間にかそこにかずさの姿はない。
一体いつから居なくなったのか?誰も気がつかなかった。
「…。」
りんは口を結んだまま走り出し、先頭を行く星羅の背中を追いかけた。
☆
「…全部あなたのシナリオ通りね……。」
かずさが小さくつぶやいた。
「かずさ…。」
その男の姿は、いつものようにカーテンによって隔てられていて、声しか聞こえない。
でも、かずさには分かっている。
彼がそこにいるのは確か。
「でも、また同じ事を繰り返すだけ。」
「…。」
「これで満足?また終わって……何もなくなる……。」
「お前はどうなんだ?かずさ。」
いつもとなんら変わらず、かずさは淡々と言葉を紡ぎ出し、彼に畳み掛ける。
しかし彼からの返答はなく、逆に返ってくるのはかずさへの問いかけ。
「…私には未来を変える力はない。でも…誰かに言って欲しかった……。」
感情を出す事を止めたのは、いつからだったのだろう…。
未来に何も期待しなくなったのは、いつからだっただろう…。
だって、期待した所で何も変わらない…。
感情を出して、叫んだ所で何も変わらない…。
「誰かに言って欲しかった。この世に預言なんてないって。でもそんな事は、誰も言ってはくれない。だから、何度も死のうと思った。こんな力なんていらない………。」
でも…。それでも……。ヒトは希望を捨てられない…。
「でも……見たかった。」
「……何を?」
男は恐る恐るかずさに問う。
「私の予言した未来と違った未来を。私の予言が外れた未来を。」
☆
「いいの?あんたは行かなくて?」
華子が天敵の彼に向かって、珍しく自分から話しかけてみせた。
「俺はここに居なきゃいけないの。」
そう言って京司はまた、そこに仰々しく置かれた椅子にゆっくり腰掛けた。
華子と京司は、天音を追いかける事はなく、まだこの天使教の間に留まったままだった。
天音信者の華子なら、真っ先に天音を追いかけると思っていたが、そんな京司の考えは、まんまと外れたのだ。
「逃げた方が天音喜ぶよ?」
「バカか?お前。」
華子はわざと可愛らしく首を傾げて、いたずらっぽくそう言ってみたが、京司から返ってきたのは、いつもの彼らしい憎たらしい言葉だった。
「はあ??」
そんな返しに、華子が腹を立てるのはわかりきっている。
毎度毎度のやり取りに、京司は心底呆れ返っていた。
「俺が死ななきゃこの国は終わらないだろ。俺は憎まれて憎まれて討たれなきゃ、意味ねーんだよ。」
京司はまた自虐ネタを口にして、口元に笑みを浮かべ天井を見上げた。
「…あんたヒーローになりたいの?」
華子は、まださっきのバカと言われた事を根に持っているのか、京司を睨みつけながら、その言葉を投げかける。
「誰がヒーローだなんて思う?」
フンと鼻で笑いながら、彼の目はまだ天井を見つめている。
「天師教の事なんて、すぐにみんな忘れていくよ。」
「…でも、そんな事望んでないよ。天音は……。」
怒りが収まりつつある華子が、小さくポツリとその言葉をこぼした。
☆
「何故だ……。どこで間違えた……。」
男が力なく声を出した。
彼が困惑している事は、かずさにはその声から簡単に予測できる。
これが、今までしてきた事へのツケ…だというのに…。
「あなたが最初に見捨てたのよ…。私達人間を……。」
かずさがどこか冷たい声で、そう語りかけた。
「…教えてくれ……天音……。」
男はまた、力なくつぶやいた。
まるで、何かにすがるように。
バタン
「はぁはぁ…。」
その時、その部屋の扉が勢いよく開き、そこには息を切らした天音が立っていた。
そう、この部屋は、以前天音が監禁されていた部屋。
そしてその男は、以前と同じようにカーテンの奥にいて、姿は見えない。
「天音。お前は使教徒を集めた。そして、ここへ戻って来た。なぜだ…。」
「はぁはぁ…。」
天音は息が上がったまま、ズカズカと部屋の中へと進んでいく。
「なぜこの国は変わってしまったのだ…?」
「……。」
天音に彼の声が届いているのか、それは分からない。
天音はただ、そのカーテンの奥を見透かしているかのように、一点を見つめている。
「なぜ人は神を見捨てるのだ…。……天音……。」
「私は……。1人生き続けた………。」
天音はカーテンの前まで来て、足を止めた。
「天音…。」
そんな怒りに震える天音を、かずさは心配そうな目で見ている事しか出来ない。
「誰も居なくなって…1人……たった1人……。499年間……。」
それは重い十字架。それとも呪い?
「どうして死なせてくれなかったの……?」
天音が震える声で訴え続ける。
―――死なせて。大切な人のいないこの世界では、生きていけない。
「うわーーーーーーーーーーーーーー!!」
「「天音!!!」」




