バカが信じる世界
――― 花火大会当日
「準備は万全だろうな?」
京司は城の廊下を、足早に進んで行く。
最近では毎日、目が回るほど忙しく、時間が惜しいと感じているせいか、早歩きが当たり前になっていた。
「もちろんです。天師教様。」
彼の後ろを、士官がニコニコと気持ちの悪い笑顔を浮かべ、手をすり合わせながら、金魚のふんのようについてくる。
「いいか。失敗なんかしたら、俺らのメンツは丸潰れだからな!」
京司は低い声を出し、珍しく厳しい言葉を士官に浴びせた。
この大会を企画したのは、天使教の彼本人。
それは、今や国中に知れ渡っていた。
この大会を成功させる事が、彼の権力に関わる事は、言わずとも知れている。
「も、もちろんです。」
そんな京司の様子に、士官は少しうろたえながらも、笑顔を崩す事はない。
今回の企画の総指揮は天使教のため、士官が彼の腰巾着として、彼からの指示を受けているのは、言うまでもない。
この大会が終わるまでは、彼の指示に従って立ち回らなければ、自分の首が飛んでもおかしくない。
その事を士官は恐れていたため、彼にへこへこついて行くしか選択肢はない。
「…絶対に…成功させる。」
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「では、準備をしてもらう場所へと案内しよう。」
次の日の昼過ぎ、約束通り見張りの男は、天音達の泊まっていた宿の前でご丁寧に待ち構えていた。
なぜなら、花火大会の準備をする場所へと、彼が案内をする事になっているからだ。
必要な機材などは、昨日のうちに、彼らによってチェックされ、その場所へと運ばれているらしい。
「よし!いざ出陣!!」
そう言って、誰よりもやる気満々のさりが、我先にと、見張りの男の後について行く。
「おう!!」
天音もそれに続いた。
「…。」
そんな天音の顔を、横を歩く優実が、訝しげにじっと見つめた。
「目、腫れてる。」
優実が真顔でポツリとつぶやいた。
「へ…?」
天音はポカンと口を開けたまま固まり、足を止めた。
しかし、優実はそれ以上は何も言わずに、天音の横を何事もなかったかのように、通り過ぎて行った。
どうやら、彼女には、全てお見通しのようだ。
そしてかずさもまた、いつも通りの涼しい顔で、天音を追い越していった。
「おーい!おいてくぞー!」
すると、誰よりも早く先を行くさりが、大声で叫んでいた。
どうやら、彼のやる気は、あり余り過ぎて行き場がないようだ。
「待ってよ!」
そんなさりの声を聞いて、天音はクスクス笑いながら、さりに追いつこうと駆け出した。
もう、目をはらしている暇なんてない…。
あとは、前を向いて進むだけ。
だってもう1人じゃない。
…絶対に成功させる。
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月斗は、今日も朝早くから小屋の前で、なにやらせっせと作業に没頭していた。
「月斗は、セッティングしに行かんでいいんか?」
りんは、そんな月斗を見かねて、彼に声をかける。
今回の花火は、城の隣にある小高い山から上げる事になっている事は、皆に周知されていた。
そして、民衆達は、それを広場から眺める事となる。
どうやら、国の狙いとしては、お城と花火のコラボが見どころらしい。
もちろんその情報を、りんが誰よりも先に仕入れていたのは、言うまでもない。
「バーカ。城の方からあげてどうすんだよ。」
月斗は手を止める事なくそう言って、口元に笑みを見せた。
「ふーん。そういうもんかいな…。」
そう言って、りんは興味なさそうに、ファーと大きな欠伸をしてみせた。
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今回の大会に参加する花火師達は、花火を上げる事になっている、城の東側にある裏山で作業を続けていた。
重い空気の中、誰1人、無駄口をたたく者はいない。
天音達も、さり達の作業を手伝い始めると、あっと言う間に時間は過ぎ、日はもう傾き始めていた。
花火大会の開始時刻は夜7時。
時刻は刻一刻と近づく。
「見張りは?」
「どうやら、いないみたいだな。」
「ここまで来れば、もうバカな事はしないと思ってんだろう。」
作業をしていたはずの花火師達が、コソコソと話し始めた。
見張りの数は徐々に減っていき、今は見渡す限り誰もいない。
花火師の1人が言った通り、チェックも厳重にしたし、ここまで来れば変な事はしないだろうとふんでいるのか、彼らは、城の方の手伝いへと借りだされているようだ。
「で?姉ちゃん。その計画ってのは?」
そこに居た花火師達が、天音の元に集まり始めた。
花火師達には、作業中にこっそり手紙を回すという何とも古典的な方法で、この花火大会を潰したいという、天音達の計画が伝えられていた。
どうやら、この計画を、見張りにバレる事なく、彼らに伝える事に成功したようだ。
彼らは確かに、興味を示してくれている。天音は、彼らの反応を見て、そんな手応えを感じていた。それなら話は早い。
「みなさん、手紙見ていただけたとは思います。私はこの花火大会を、天使教の思い通りに成功させたくない。」
「…。」
かずさが、花火師達を前に、話し始めた天音をじっと見つめた。
「みんなで、ぶっつぶしちゃいましょう!」
そう言って、天音がニッコリ笑顔で笑いかけた。
「俺らだって、無理やりこんな事やらされて、むしゃくしゃしてたんだ。」
「ここは、いっちょ手貸してやるか。」
花火師達はみな、口々に不満を漏らし、天音への協力を約束してくれた。
やはりこの中の誰1人、天使教のため、国のために花火を作っていた者なんていなかった。
そんな彼らの心を掴むのは、天音には容易な事だった。
「上げてほしい花火は、このさりが用意したもので!」
ゴロゴロ
さりはこの日のために見張りに隠れて、こっそりと用意していた花火を出した。
「え?」
「俺らが作った花火は?」
花火師達がその提案を聞き、訳がわからないといった顔で首を傾げた。
「嫌々作った花火じゃ何も伝わらない。だから、みなさんが作った花火は、最後にぱーっと打ち上げちゃいましょう!」
そう言って、天音はまた満面の笑みを見せた。
この大会は、本来なら、花火師達が用意した花火を、一発ずつ上げていくという、なんの趣向もない、普通の花火大会だった。
もちろん、天音の提案はそれとは違うもの。
「ぱーっと??」
「はい!ぱーっと。うさばらしで。」
「ハハハ、そりゃいいや。」
花火師達は、まだその全容を理解できていなかったが、天音のその言葉を聞いて、
思わず笑いだした。
今まで、嫌な思いだけを抱えて作業をしてきたが、天音の笑顔は、その場の空気をアッと言う間に一変させた。彼女の笑顔には、そんな不思議な力があるのかもしれない。
優実はそう思いながら、彼女の話に黙って耳を傾けていた。
「逃げ道は、ここにいるかずさに任せてますから、安心してください!」
天音はそう言って、かずさの方をちらりと見た。
「彼女なら、確実に安全な道がわかるから。」
「確実って?どういう事だ?」
「だって彼女は…。」
天音が何かを言おうと、口を開いたとたん、かずさの鋭い視線がギロリと天音に向けられた。
まさか、預言者だなんて口にするような、馬鹿げた事しないでしょうね…。と言った目で。
かずさのその圧に、天音の背には脂汗がつたう。
「えっと…。スパイ!」
「は?」
天音がその視線から逃れるために、とっさに吐いたウソに、優実が思いっきり眉をしかめた。
「む、昔スパイの仕事してたんです!」
「ブハハハ!」
すると、そこにいた人々が大声で笑い出した。
どうやら、天音の天然ぶりは、まだ健在だったようで、それがみなの笑いを誘った。
いくらなんでも、彼女がスパイだったなんて話、誰が信じるというのだろう。
「ハハハ。スパイってなんだその冗談は。」
「冗談にもほどがあるな。」
みなは、腹をかかえて笑っていた。
「…まあ、あながちウソでもないけど…。」
そんな中かずだけが、1人真顔で、隣にいた天音にだけ聞こえる声で、小さくつぶやいた。
やっぱりかずさは、どんな冗談も通用しない、鉄板のような心の持ち主のようだ。
「じゃ、後はよろしくお願いします!」
そう言って、天音は小さく手を上げ、彼らに背を向けた。
「へ?天音あんたは?」
明らかに、どこかに行くつもりのその仕草をみせた天音に、優実が尋ねた。
彼女はここに待機するつもりはないようだ。
じゃあ、一体どこへ?
「ないしょ。」
天音が振り返り、口元に指を立てた。
「は?」
優実は、天音の訳の分からない秘密主義な行動に、再び眉間のしわを増やした。
「みなさん、協力してくれてありがとうございます。どうか、これからも心に残る花火作ってください。」
天音は、もう一度体を彼らの方へと戻し、最後にそう言って、深く頭を下げた。
「…天音…。」
さりがその様子を見て、彼女の名をポツリと口にし、彼女のピンと張った背中を見送った。
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『うわー!きれいだね!』
幼い京司が、自分の手に持つ、手持ち花火を見つめながら、目を輝かせていた。
『ああそうだな。』
『これ、お父さんが作ったの?』
『いや、お父さんの友達に作ってもらったんだ。』
そう言って、顔がよく見えない彼は、口元に笑みを作った。
『すごいねー!線香花火みたいだ!!』
『せ、せんこう??ハハハ。お前は、いつもおかしな言葉を知ってるな。』
そう言って彼がまた優しく笑った。
『えへへ。』
そして、京司も嬉しそうに、照れくさそうに、笑った。
「…様……天師教様?」
「え…?」
京司は、自分を呼ばれている事に気が付き、目を覚ました。
気が付くと、いつもの仕事部屋の机が目に入る。
彼はどうやら、仕事中に机につっぷして、寝てしまったようだ。
「すみません。ノックをしたのですが…。お疲れの所申し訳ありませんが、そろそろお着換えの時間です。」
「…ああ。今行く…。」
京司に声をかけた官吏は京司に要件を伝え、すぐ様その場を去っていった。
…今のは夢?一体…何の夢だ……?
しかし、京司の頭の中は、どこか懐かしいその夢に捕らわれ続けたまま。彼はぼんやりとした頭で、一点を見つめていた。
しかし、彼にぼんやりしている時間はない。
何とか現実へと戻るようにと、自分に言い聞かせ、立ち上がった。
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「1人で大丈夫なの…?」
かずさは山を下りる天音に、途中までついて来ていた。
なんせ、方向音痴の天音を放っておいたら、こんな小さな山でも、山奥で遭難しかねない。
それでは、みなが困る。なぜなら、この計画に彼女は、必要不可欠なのだから。
「まかしといて!」
天音は自信満々にそう答え、ニッと笑ってみせた。
「…そう。」
その返答にかずさは、ただ静かに頷いた。
何を言っても無駄なのは、よくわかっていた。
ただ、やっぱり…。
「私がやらなきゃ、会わす顔ないでしょ…。」
そして、天音が低い声で、つぶやいた。
「…。」
「成功させようね!!」
天音は顔を上げて、もう一度、満面の笑みをかずさに向けた。
それは嘘偽りのない笑み。
「ええ。気をつけて。」
そして、かずさはその笑みに、やっぱりいつもの様に、無表情で優しい言葉をかけてくれた。
これが、かずさなんだ。
「うん!」
そう言って、天音はかずさに背を向け、歩き出した。
ここまで来れば、もう迷う事はない。
あとは一本道。
「天音!」
しかし、そんな天音を、今まで聞いた事のない大声で、かずさが呼び止めた。
「え?」
その声に驚いた天音が、かずさの方へと少し振り返った。
「…寄り道はしちゃだめよ……。」
「?オッケー!!」
そこにある、かずさの表情は、いつもと何ら変わらない無表情。
さっきの大声は、本当にかずさだったのだろうか?と疑いたくなるくらい、落ち着いている。
その事に安心した天音は、また、町の方へと勢いよくかけて行った。
――― この時のかずさの異変に気が付いていれば、その言葉の意味をちゃんと聞いていれば、未来は何か変わったのかな…?
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「いやー、人集まってんなー!!」
りんと星羅は、準備に忙しい月斗を1人残して、城の前の広場にやって来ていた。
広場には、これでもかという人が、ギュウギュウに押し込まれていて、一歩も身動きが取れない状態だった。
「無理やり、かき集めたんでしょ。」
星羅が冷たい視線で、その広場を見渡した。
城下町の人々は仕方なくといった感じで、兵士に促され、この広場へと足を運んでいた。
この花火大会に人が集まらない、なんて事になっては、国の権威が地に落ちた事を、露呈しているようなもの。しかし、国がそれだけは、避けなければいけないと考えている事は、民衆達にはバレバレだ。
そんな広場の雰囲気は、決していいものではない。
「いやー、でも楽しみやなー!」
そんな周りとは対照的に、りんはウキウキして、どこか楽しそうな声を上げた。
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「へー。結構人集まってるんだね…。」
華子と京司がバルコニーに現れた。
華子はバルコニーから広場を見渡して、まるで嫌みを言うように、そう言ってみせた。
2人のいるバルコニーの左斜め前にある、裏山から花火が上がる事になっている。
「…。」
京司は、華子の言葉に相変わらず無視を決め込んで、バルコニーからの景色を眺めて、何かを考えていた。
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「準備はオッケーだな!」
準備を終えたさりが、腰に手を当て、満足気な声を出した。
「まったく、バカな事考えたわ…。」
全ての準備が整った事を、さりの横で確認し終えた優実が、ため息を吐きながら、つぶやいた。
自分があの町を出て、城下町に来るなんて事は、つい1週間前には、考えもしなかった。
しかし、まるで天音に導かれるように、あれよあれよという間にここまで来た。
「確かに、花火でこの世を変えようなんて、バカげてるな!!」
そして、さりが楽しそうに隣でハハハと笑った。
――― そんなのは夢物語だってわかってる。
「…でも誰かの心は動かせる…。」
そして、ゆうじいが静かに口を開いた。
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「さあ、始めようか。」
天音が深い深呼吸をした。まるで、自分を落ち着かせるように。
さすがの天音も、この時ばかりは、自分の鼓動がいつもよりも早く波打つのが、手に取るようにわかっていた。
ブツ
そして、天音がマイクのスイッチを入れた。
「レディース&ジェントルマン!!」
そして、元気よく自分の手に持つマイクに向かて、天音がしゃべり出した。
「ずいぶん派手にやるんだね。」
華子がその元気いっぱいの、甲高い声を耳にして、京司に向かって言った。
「え…?」
京司もその声に反応し、眉をひそめた。
…こんな演出は…聞いてない……。
「どこでしゃべってるんだ?」
「女の子の声みたいだなー。」
「これが国の演出か?」
広場に集まった人々も、そんな彼女の声に、違和感を感じ、ざわつき始めた。
国が、こんな派手な演出をするなんて、めずらしい。
みな、華子と同じ意見だ。
「何だか嫌な予感……。」
しかし、星羅だけは、その声を聞き、顔を青くし始めた。
「私はここだよ……!」
ヒュッ、パーン
天音がそこから、京司と華子がいるバルコニーに向かって、仕掛け花火を投げ入れた。
花火が投げ込まれた場所では、仕掛け花火が、けたたましい音を立てた。
そして、民衆達もその花火の投げ込まれた方へと、視線を移した。
その視線の先には、1人の少女がいた。
天音は、バルコニーの横に立つ、大きな木の上でマイクを握って立っていた。
村で育った彼女には、木登りはお手のもの。
「え……。」
京司は彼女の姿に、思わず目を奪われた。
「天音!!」
そして華子は、その姿に思わず立ち上がり、嬉しそうな声を出し、彼女の名を呼んだ。
「な!?」
りんも目を丸くして、彼女の方をまじまじと見つめた。まさか、このタイミングで天音が帰ってくるなんて、さすがのりんにも予想外の展開。
「やっぱり…。」
そして、星羅は大きなため息を吐き出した。
どうやら、星羅の嫌な予感は的中だったらしい。
「悪いけど、この花火大会は、乗っ取らせてもらったから!……天師教サン!!」
そう言って天音は何の躊躇もなく、京司の方を指さした。
2人の距離は遠からず、そして近くもない。
これが今の2人のちょうどいい距離…。
「やってくれたな…。」
京司は椅子に腰かけたまま、額に手を当て、下を向いて小さくつぶやいた。
「さっすがー!!」
華子はまだ立ったまま、まるで子供のように、手を叩いてはしゃいでいる。
天音の考えた演出は、まさに華子好みなのは、言うまでもない。
「て、天使教様…。」
兵士がそっと彼に近づいた。それは、彼女を捕えるべきか否か…。総指揮である彼に、それを問うため。
「…。」
しかし、京司は口をつぐんだ。
「ダメ―!!絶対捕まえちゃダメー!!」
そんな会話を聞いていた華子が、兵士の前に立ちはだかった。
「し、しかし…。」
そんな華子の行動に、兵士はうろたえるしかない。
例え兵士であっても、妃に逆らう事は許されない。それがこの城の掟。
「…だそうだ。うちの御妃さんは、頑固だからな…。」
京司は仕方く、大きなため息を吐き、華子の意向をくみ取る事にした。
兵士はその言葉を聞き、その場に待機せざるを得ない。
「はあーー!?あんた、また私バカにした!?」
しかし、その言い方が華子の怒りを買ったのは、言うまでもない。
「いいぞー!!」
「かっこいー!!」
民衆達からは歓声があがった。
今までその場に流れていた、不穏な空気は一層され、まさにお祭り騒ぎとなった広場は、歓声に包まれていた。
誰が考えただろうか…。
1人の少女が、国の催しをのっとるなんて…。
人々の好機の目は、天音に釘付けになった。
「カリスマ性…やな。」
りんが静かにつぶやいた。
「まったく!敵の目の前で何やってんの!」
しかし、周りの反応とは正反対に、星羅はいたくご立腹だ。
そんな星羅を、りんは苦笑いを浮かべながら、見ている事しかできない。
…こりゃ天音、後でこってり星羅に怒られるな…。
「じゃあ、天音プレゼンツの花火、いっくよー!!あ、これは文字だからね!」
ヒュー
その言葉をかわきりに、花火が空高く昇っていった。
「文字??」
ヒュードーン
順番に上がっていく、文字をかたどった花火に、人々は釘付けになり、必死にその文字を読み取ろうとした。
「く!」
ドーン
「だ」
ドーン
「た?」
ドーン
「はー?」
ドーン
「に」
ドーン
「く!」
1文字ずつ上がるその花火は、簡単に読み解く事ができる文字ばかり。
「何の意味だ??」
しかし、その意味のない言葉の羅列に、みな首を傾げた。
「反対から読むべし!!」
そして、再びそのヒントを告げる、ハツラツとした天音の声が、その場に響き渡った。
「く・だ・た・い・は・に・く?」
りんがもう一度、その言葉を繰り返す。
「反対から読むと…。」
星羅も頭の中で、その言葉を反転させてみた。
「くにはいただく…。」
京司の口が、静かにその言葉を紡いだ。
ヒューバーン
そして花火師達が作った花火が、一斉に上げられた。
次々に、色とりどりの花火が空に上がっていくのは、圧巻としか言いようがない。
「いいぞーーー!!」
そして、京司と同じように、その言葉の意味を悟った民衆達は、その花火の音に負けないくらいの歓声を上げた。
広場はいつしか熱狂に包まれ、民衆の顔には、再び希望にあふれる笑顔が戻っていた。
ヒューバーン
「やりよったな。」
りんは、口元に笑みを浮かべながら、空を見上げた。
「まったく、とんでもないのが帰って来たわ…。」
星羅は口ではそう言っているが、どこか安心した表情を見せている。
「あははは。……さすが…だね…天音……。」
そして、マイクを使って大声で叫んでいた天音の声は、ベッドで横たわる青にも届いていた。
久々に聞く彼女のその声に、青が力なく笑った…。
…もう、声を出す事さえしんどいって言うのに…、これ以上笑わせないで…。
そんな彼の願いは、天音に届くわけもない…。
「あまねー!!」
その時りんが、天音に向かって精一杯叫んだ。
「え…?」
天音は、その声の主に気が付いて、声の方向へと視線を落とした。
りんとの距離はかなりあるが、かろうじて彼の声は天音へと届いたようだ。
「もう一発あるんやーーーーー!!」
そして、りんは、今持てる自分の力を出し切るかのように、これでもか、というくらいの大声を振り絞った。
そう、それを伝えなければならない。
ヒューーーー
花火の火の玉が空を上がっていく音が、町中に響き渡った。
そして、人々は後ろを振り返り、その閃光が上がっていく空へと目を向ける。
「青ーーーーーーー!!」
天音もマイクに向かって、力一杯その名を叫んだ。
見えなくてもいい…。
それでも感じて欲しい…。
お願い…届いて………。
この思い……。
バーン
「うわー!!きれー!!」
天音はその花火を目にし、マイクのスイッチが入ったままだというのに、思わず歓喜の声を大声で上げた。
そして、空を彩る、その大きな花から目を離す事が出来なくなった。
「シンプルだけどきれーー!!」
華子も、空に咲かせた大きな花火に、思わず感嘆の声を上げ、目を奪われた。
それは、花火なんてあまり興味がなかった、華子の心を動かすには、十分すぎるほどの素晴らしい花火だ。
「…線香花火……。」
京司もその花火に釘付けになったまま、小さくつぶやいた。
「え…?」
これで2度目となる、意味もわからないその単語に、華子はまた首を傾げながら、彼の方をちらりと見た。
その花火は美しい二段構造の花火で、外側は金に輝き、中心は赤い色が輝いている。
それはまるで…
「線香花火みたいだ……。」
その美しい花火を見上げる天音の口からも、どこか懐かしそうに、その言葉が紡がれた。
「もう悲しくないね……。ちゃんと届いたから………。」
そして、天音が空に向かって、優しく微笑んだ。
☆
「す、すげー……。」
さり達も、山を下りる途中で、その花火が空高く上がっていくのを見て、思わず足を止めた。
早く山を下り、身を隠さなければならないのはわかっていたが、そんなのはどうでもよくなるほど、その花火は素晴らしいものだった。
さりが、そんな月斗の花火を、口をあんぐり開けたまま見上げ、言葉を失ったのは、言うまでもない。
「きれい!!」
優実も感動のあまり、足を止め、その花火に釘付けになった。
「月斗ね…。」
もちろん先頭を行くかずさも、足を止め、その花火を黙って見つめていた。
「え…?」
かずさが口にしたその名を聞き、さりは空を見上げていた顔を、かずさの方へと向けた。
…まさか、この花火を作ったのが月斗…?
しかし、かずさが言うんだからきっとそうに違いない。
なぜかさりは、すんなりとかずさの言葉を信じた。
「…バカばっかり…。」
かずさが呆れたように、その悲し気な瞳を揺らし、先陣を切ってまた歩き出した。
「…いい花火だった……。」
さりの少し後ろで、ゆうじいがポツリとその言葉をつぶやき、また歩き出した。
☆
ポタ
閉じたままの青の瞳から、自然と涙が頬へつたう。
もう起き上がる力も残っていない彼は、この涙を止める術もわからない。
『なんで、あの町出て来たんだよ。別に俺たちについて来なくてもいいのに…。』
青がすねたように口を尖らせ、目の前でせっせと花火を作っている月斗に言った。
『…別にお前のためじゃねー、風花のためだよ!』
月斗は、そんな青に目をくれる事なく、ぶっきらぼうにそう言った。
彼に愛想がない事はよく知っているが、恋人の弟ぐらいには愛想よくできないのか…。と常識のある青は、考えずにはいられない。
『半人前のくせに。』
『うるせーな!お前ほんと生意気だな!』
青もまた、そんな月斗に対して、可愛げのない言葉しか出てこないのは、日常茶飯事。
そして、目も向けなかった月斗が、生意気な文句を言う青を、ギロリと睨んだ。
『じゃあ、ちゃんと完成させろよ…。』
そんな月斗の視線から逃れるように、視線を落とした青が、小さな声でつぶやいた。
『花火…。』
『…あたりまえだろ!!世界一の花火見せてやるよ!!』
めったに笑った顔など青には見せないはずの月斗は、この時ばかりは、自信満々の笑みを浮かべて見せた。
前の町では、月斗は花火師としての修行の最中だった。そこで彼らは出会った。
まだ半人前の月斗は、最初から最後まで自分1人で花火を作り上げた事は、なかった。
本当は一人前になるまで、師匠の元で教わりたかったに違いない。
しかし、月斗は師匠の下を離れ、青達について来た。
『それから、姉さんの事幸せにしろよ。』
そして、下を向いたままの青がまた、ポツリと小さくつぶやいた。
――― それは昔の約束。果たされる事はなかった約束。
「姉さん……見えるよね……。僕にも見えるよ……。世界一の花火………。」
最後の力を振り絞り、青がその言葉を震える唇で絞り出した。
「…姉さん……。もういいよね……。」
『何言ってんの!そんなの告白してみなきゃわかんないよー。』
『あなたに足りないもの……それは……勇気。』
…神様……どうか……。
*****************
「国のメンツ丸つぶれやな!!」
りんが楽しそうに笑いながら、そう言った。
花火大会が終わった後も、人々の興奮は冷めやらぬままで、多くの人は、まだ広場へと残っていた。
もちろんりんもその1人。
「……そうね……。」
しかし星羅は、そんなりんとは反対に、冷静に何かを考えるようにそう答えた。
この花火大会は人々に希望を与えた。それと同時に、国の衰退を現した。
これで本当にこの国は…。
「ごちゃごちゃ言ってねーで、行くぞ!」
息を切らした声が背後から聞こえ、2人は振り返った。
「なんや、早いなー!!月斗!」
さっき花火を上げたばかりの月斗の姿が、そこにはあった。
すぐさま山から降りてきたのだろう彼は、何とか息を整えようと必死だ。
「そやな。問題児迎えに行かんとな!!」
「まったく、しょうがないわね…。」
その言葉を合図に、りんと月斗は、走り出した。
星羅もやっぱり、いつもの呆れ顔で、そんな2人について行く。
彼女がいるであろう、その場所へ向かって。
*****************
「はぁはぁ……。」
天音は必死に走っていた。自分の息遣いだけが、いやに耳に響く。
「捕まえろー!!」
「ど、どこに行った?」
兵士達は、天音を捕まえようと必死になっている。
天音はバルコニーから、こっそりと城の中へと侵入した。
そして、国の追手から逃れながら、城の中を走り続けた。
…捕まるわけにはいかない!!行かなきゃ…。
もう何度目かの城。さすがの天音も、今日ばかりは道に迷っている暇はない。
目指すべきその場所へと向かい、足を動かす。
ただ追手から、逃げているだけではない。
鼓動はしだいに早くなっていき、息は上がる。そんなに体力に自信があるわけではない。
しかし、天音は走り続けた。自分の頭に鳴り響く、警鐘を振り払うかのように。
*****************
「じゃあ、私はここで。何か困った事があったら、町の西側にいる、反乱軍のリーダーのシドを頼って。」
広場まで、国の者に見つかる事なく無事に辿り着き、かずさが優実とさりに向かって、そう言った。後は、彼らがこの町の民衆に紛れたまま、この町を出るだけ。
「かずさも行っちゃうの?」
優実が少し寂しそうに、淡々と説明を済まして、そのまま去ろうとしているかずさに尋ねた。
「…ええ。行かなきゃ…。」
かずさはゆっくりと、後ろを振り向いた。
そして、彼女の瞳が、確かに城を捕らえた。
…ここへ戻って来たのはいつぶりだろうか…。
たった1週間ほど…。でも、それは短くも、長くも感じる。
「…ねぇ、私どこで天音に会ったか知ってる?」
すると優実が最後に、ずっと気になっていた事を口にした。
「…。」
「やっぱりどこかで会った事あるような……。」
優実はボソッとつぶやいた。
天音は初めて会った時から、そう言っていたが、優実には心当たりが全くない。
優実の記憶力は、どちらかと言えばいい方。それに、あんな強烈なキャラの子を忘れるはずなんてない。
しかし、ここ数日、毎日当たり前のように彼女と行動を共にするようになって、優実の気持ちは変わり始めていた。
「…信じてみたくなった……?」
かずさが、優実と出会って初めての笑みを、口元に浮かべて見せた。
「え…っと…。」
優実はなぜか恥ずかしそうに俯いた。
それは、かずさに自分の心を言い当てられたからだろうか。
「私も……同じ………。」
ザ―
かずさの髪が優しく吹いた夜風に揺れる。
「…。」
そんなかずさに、優実は目を奪われた。
「きっとそれは、夢じゃない………。」
*****************
ギー
天音は幾度となく手をかけた、その重い扉を開けた。
今日もその扉は、天音の手に従順に従い、不気味な音を立てて開いた。
「青!!」
ザ―
天音は彼の名を叫びながら、すぐ様その部屋へと飛び込んだ。
しかし、その部屋に彼の姿はなく、窓は開けっぱなしで、冷たい風が部屋に吹き込んでいるだけ。
「いな…い…。」
いつも青が横たわっていたベッドを見ても、その姿はない。
この部屋には、もう誰もいない事は、気配ですぐわかる。
「青………。」
一体、彼はどこに行ってしまったのだろうか…。
この広い城から、彼を探し出す事がどれだけ難しい事なのか…。
天音は、それをよくっ知っている。
しかし、抑える事の出来ない警鐘は、未だ天音の頭の中に、鳴り続けたまま。
彼を見つけなければ、この得体の知れない不安を、拭う事ができない。
天音は、窓の外に広がる真っ暗な空を見つめ、途方に暮れるしかなかった。
*****************
「……。」
『お父さん………?』
京司は花火大会が終わっても、バルコニーへと続いている部屋の隅に座りこんだまま、動こうとしない。
「京司。」
「え…?」
そんな京司をどこか懐かしい、優しい声が包み、彼はその声の方へと顔を上げた。
…もう2度とその名を呼ばれる事なんて、ないと思っていたのに…。
「もういいのよ。」
京司の視線の先では、皇后が、いや母が、優しく京司に向かって、微笑んでいた。
「母上……?」
「もういいわ。母さんで。」
皇后が少し寂しそうにそう言って、笑った。
全てを受け入れ、穏やかな彼女に、京司は目をそらせずにいた。
「もう、ウソはいらない。あなたも私も。」
「ウソ…?」
「私は…いえ、私達は、あなたに大きなウソをついた……。」
「え…?」
皇后の唐突な言葉に、京司は眉をひそめた。
ウソとはいったい何の事なのか、京司には全く見当がつかない。
「京司。あなたは、前天師教の本当の息子よ。彼は、あなたの血のつながった父親よ。」
「え……。だって……。俺の父親は……俺が生まれてすぐ死んだって。」
母の突然の告白に、京司の目が泳ぎ始めた。
そんな話は、今まで一度も聞いた事などない。
自分の本当の父親は、死んだと聞かされていた。だから、ずっとそう信じてきた。
「…私はこの城の使用人として働いていた。前天師教…あの人と恋に落ち……あなたを身ごもった…。でも、私はこの城を出たわ……。彼に言われて………。」
「え?」
京司は、まだうまく頭を整理出来ず、戸惑うばかり。
皇后が口に出す事実は、明らかに今まで京司が聞かされていた話とは、違うもの。
「この城にいたら……私達は、この国の駒にされるだけ……。あなたは天師教の子供という運命のもとでしか、生きる事ができない。」
「……。」
京司は目を見張った。
…それは俺の…ため?
母がこの城を出たのも、京司の父親が死んだというウソも、全ては京司のため。
「私は、ひっそりとこの城を出た。そして、あなたを1人で育てる事にした……。でも、1年に1回は、彼がこっそり会いに来てくれたのよ…。あなたが5歳になるまでは…。」
『これ、お父さんが作ったの?』
京司はどこか懐かしい、鮮明なその夢を思い出していた。
「夢……じゃ…ない……?」
あれは、やはり夢なんかではない。実際の出来事だという事を、京司は理解し始めていた。
夢の中の父親は、優しく穏やかに笑っていた。
そんな彼が、天使教が、本当の自分の父親だったのだ。
「でも……、あなたも知っての通り、天師教の正妻には子供が生まれず、彼女は自害をした。それでは、天師教の跡継ぎはいない……。そこで、どこから探ったのか知らないけれど、私達の事をかぎつけた国の者は、私達を無理やり城へと連れてきて、私を皇后に、あなたを天使教の子供、玄武の宮として、この城へ迎え入れた。そこからはあなたの知る通りよ……。」
「じゃあ、どうして!アイツは、俺の事を一度だって、自分の子供だと認めた事はなかった!いつだって冷たくあしらわれてばかりで…。」
『お前は悪魔の子だ…。私の子供のわけなどない…。』
『お前みたいな人間が、天師教などなれるわけがないだろう!』
前天師教は、いつだって京司の事を見下して、冷たくあしらってきた。それは、夢の中で見た彼とは全くの別人と言っていいほど。
京司の知る限り、一度だって彼に優しい声をかけてもらった事はなかった。
だからこそ、京司も彼の事を嫌い、彼とは極力顔を合わさないようにしていた。
「彼は最後まであきらめなかった……。」
皇后の目にキラリと何かが光った。
「あなたを天師教にしたくなかったのよ……。」
「え……。」
その言葉に京司は言葉を失い、悲し気に笑う母をじっと見つめた。
「彼はわかっていた。天師教になる事がどういう事か……。自分と同じ辛い道に、あなたを歩ませたくなかったのよ。だから、あなたと関わる事を極力避け、周りには、あなたと血はつながっていない、と言ってまわった。あなたにも辛くあたって、間違っても自分の父親の後を継ぎたいなんて、あなたに思わせないように、振舞ってきた。でも……、それも叶わなかったわ……。彼は元々体も弱かったし、心労もたたって、若くして亡くなってしまった…。」
『あなたーーーーー!!』
正直、前天使教が死んだ時の事を、京司はあまり覚えてない……。
正直どうでもよかった。彼の事なんて。むしろ、いなくなってせいせいする。くらいに思っていたのかもしれない…。
でも、ただ1つ覚えてるのは…母の泣き叫ぶ声だけ。
「そうして、あなたが後を継ぎ、天師教になった。」
「なんだよ…それ……。」
京司が下を向き目を伏せた。
…全部俺のためなのかよ…。今更…そんな事言われたって…。
『京司、お前はこの国が好きか?』
それは、まだ京司が小さな町で母と2人で暮らしていた頃。
父がまだ幼い京司に、問いかけた。
『うーん。わかんない!!』
『あはは。そうだな。』
そう言って、京司の隣で父が笑った。
『お父さんは?』
まだ小さな瞳が父の顔を見つめた。
『もちろん好きだよ。』
『じゃあ、僕も好き!』
まるで父の真似っこをするかのように、京司はそう言ってみせた。
京司は、ほとんど会う事が出来ない父の事が、大好きだった。
だから、こうやって1年に1度会えた時は、いろいろな話を父に聞かせてもらっていた。
『そうか!』
嬉しそうに彼も笑った。
もちろん彼も滅多に会えない京司に会えるこの日を、心待ちにしていた。
会えば話したい事が、たくさんあった。教えたい事もたくさんある。
『京司。いつか、もしお前がつらい思いをした時は、思い出すんだ。』
『何を?』
『お前の大事な人を。』
そう言って、父が京司の顔をまじまじと見つめた。
彼の瞳に映る、まだ小さなその子を一生守ると、その時彼は誓ったのだ。
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「せいーーー!!どこーーーー!!」
天音は城の中を必死に走り回りながら、青を探していた。
なりふりなんて構っている暇はない。今や自分は、もう妃候補でもない。
大声を振り絞り、彼の名を何度も呼び、兵士の追手から、すばしっこく逃げながら、彼を探していた。
しかし、いっこうに彼は見つからず、天音の焦る思いだけが募っていくばかり。
――― 青にちゃんと伝えたい事があるのに…。
☆
「だから…言ったでしょ……。寄り道するなって……。」
その頃、かずさも悔しそうに唇を噛みしめながら、走っていた。
外はもう暗闇に包まれている時刻。
そして、もう時間がないのは、わかっている…。
彼女もまた、焦る気持ちをどうする事もできず、ただただ、足を動かしていた。
彼の元へ向かって…。
…本当にそれで、いいの……?
そして、城の前に辿り着いた彼女の潤んだ瞳が、その場所を見上げた。
「…どこで………、間違えたの………。」
いや、違う…。これは始めから…。
『…信じてみたくなった……?』
…それは、確かに自分の口から出た言葉。
それは優実に向けた言葉だけではないのは、確か。
『私も……同じ………。』
…それでも、信じたかった…。
『あなたに足りないもの……勇気……そして……奇跡………。』
「こんな未来でも………。」
こんな暗闇の中でも、かずさの瞳は、遠くに小さく見える彼を映し出していた。




