いつの時代もこの空には月が輝き星が瞬く
「はーい!」
長老の家の扉がノックされ、訪問者がいる事を伝えた。
すると、この家の住人である優実が、真っ先に立ち上がり、扉へと向かった。
ガチャ
そして、優実が扉を開けた。
「誰…?」
しかし、その扉の前に立つその人物に、優実は眉をひそめた。
その人物の顔は、優実が今日初めて見る顔のため、この町の者ではない事は明らかだ。
「優実?」
扉の前で固まって動かない優実が心配になった長老は、席を立ち声をかけた。
「天音…いる…?」
すると、その訪問者が、おもむろに口を開いた。
「え…。」
彼女のその声は、天音の耳に届いた。
そう、確かに彼女の口が、天音の名を呼んだのだ。
「…まあ、いるのは知ってるけど…。」
ガタ
「…かずさ…。」
天音が突然立ち上がり、その声の主の名を呼んだ。
「ど、どうしたの!?」
天音は、突然のかずさの訪問に、分かりやすくうろたえた。
そして、食事中にも関わらず席を立ち、扉の前まで、すぐ様すっ飛んで行った。
そして、確かにそこに彼女の姿を見つけた。
彼女と会うのはあの日以来…。
『そう…。じゃあ出て行って。』
天音が城下町を出て行ったあの日以来の再会だった。
「天音の知り合いかい?中に入ってもらいなさい。」
長老が、かずさが天音の知り合いだとわかり、彼女を中に入れる事を受け入れてくれた。彼は本当に寛容だ。
「だってさ。どうぞ。」
優実もまた、かずさの素性がわかり、警戒心を和らげ、家へ招き入れることを容認した。
「おじゃまします。」
そしてかずさは、いつも通りの無表情のまま、躊躇する事なく、家の中に足を踏み入れた。
これが、かずさの通常運行。初対面の人間にも、ニコリと笑顔を見せる事などはしない。
「ごめんなさい。食事中なのに。」
しかし、そんなかずさも、気遣いという言葉は持ち合わせているようで、無表情のまま、その言葉を口にした。
「へーき、へーき。そこ座って。」
誰でもすぐ仲良く出来るタイプの優実は、かずさが天音の知り合いだとわかり、ダイニングテーブルの開いている席を指差し、そこに座るように促した。
そして、かずさ以外の3人もみな、元の食卓に戻り、腰を下ろした。
それは、なんだか妙な光景だった。
この暖かい食卓に、クールなかずさが加わっているなんて…。
天音は、そんな風に密かに思いながら、こみ上げる笑いを何とか抑えていた。
「あんたご飯食べた?いっぱい作りすぎたから、食べてきなよ。」
すると優実が、気さくにかずさに話しかけ、そう提案を持ちかけた。
「ありがとう。」
するとかずさは、やっぱりそっけなく、しかし、当たり前のように、お礼の言葉を口にした。
「なんか、愛想ないね…。」
優実は、やっぱりいつもの癖で、思った事をそのまま口に出した。
優実のサバサバした性格が、そうさせているのは間違いない。
「ハハハ。かずさは、いつもこんな感じだよ。」
天音は、やっぱり我慢できずに笑い出し、かずさをフォローするようにそう言った。
いつの間にか、表情をあまり表に出さないかずさが、当たり前になっていた天音には、優実の反応は新鮮だった。
そんな事を言いながらも、かずさにお皿と箸を用意し、お水をついであげている優実は、やっぱり優しい人柄なのがわかる。
そして、かずさが食卓に加わり、また食事が再開された。
普通に食事を始めたかずさを、天音はまじまじと見つめていた。
そういえば、彼女が何かを口にしている所を初めて見た。そしてなぜか、やっぱり彼女も、普通の人と同じように、食事を取るのだと関心してしまった。
「今、ある催しが計画されてるわ。」
食事が一段落した頃、かずさが口を開いた。
「天師教のために、花火を上げる大会が開催されるわ。」
「へ…?」
天音が淡々と話し始めた、かずさのその話を聞いて、すっとんきょうな声を出した。
「全国の花火師は強制参加。花火作成の費用は、全て国持ち。そして、一番すばらしい花火を作った者には、賞金が出るわ。もちろん、城下町の民衆は、強制的に観賞する義務があるそうよ。」
「は?何それ!天師教ってバカなの?どんだけ花火好きなわけ?」
かずさのその説明を聞き、まっさきに声を上げたのは、優実だった。
確かに、そんなのは、まるで金持ちのする道楽だ。
「…。」
しかし、そんな優実とは正反対に、天音は口を結んで黙りこくった。
「もう誰も天師教の事なんて、拝んでないんでしょ!?なのに強制的にそんな事させて何になるっての?」
優実の言う通り。今や誰が喜んで、天師教のためにそんな事をするというのだろうか…。
それは天音にもわかっていた。しかし…。
「それでも、国は、天師教の権威を取り戻したがってる…。」
かずさが静かにつぶやいた。
国がそう簡単に引き下がるはずない…。
「もちろん変な事はさせないように、花火師には、見張りがついているそうよ。」
「どうして…?」
すると、かずさの話を遮るかのように、ここでやっと、天音が口を開いた。
その瞳は、じっとかずさを見つめていた。
「どうして、私にその事を知らせに来たの…?」
「…。」
しかし、かずさはその瞳を見つめたまま、口をつぐんだ。
まるで何かを見極めるように。
「…私は…必要ないんじゃなかったの…?」
天音は、おそるおそる尋ねた。
なぜなら、天音は今も鮮明に覚えていた…。かずさの言ったその一言を…。
『今のあなたは、ここにはもう必要ない…。』
「…。」
かずさは、やはり口を結んだまま、何も答えようとはしない。
「ま、まぁ、まぁ。」
すると、この張り詰めた空気に耐え切れず、なだめるように、優実が2人の間に割って入る。
「あなたなら、やるわ……。」
そんな優実の気遣いをスルーして、かずさが低い声でそうつぶやいた。
「……。」
天音はまた、かずさの真剣な目をじっと見つめた。
「天音…。この催しの発案者は、天師教よ……。」
かずさもその瞳をそらす事はない…。
「天師教………。」
長老がその名を小さくつぶやいた。
彼らは知らない。彼がどのような人間なのか…。
しかし…。
「は?やっぱ、バカなの??」
そして、その事実に口をつぐむ天音とは正反対に、優実は顔を歪ませ、その場の空気を壊すには充分過ぎる程の破壊力を持つその言葉を口にした。
*****************
――――― 次の日の朝
「ファーーー!」
まだ平和ぼけ真っ最中のりんは、大あくびをしながら、外の空気を吸いに、小屋から外に出た。
「づきとー??朝っぱらから何やっとんのや?」
りんが外に出ると、外の切り株に腰掛けながら、黙々と何か作業をしている月斗が目に入った。朝早くから彼が何か作業している姿など、今まで一度も見た事などない。
「めずらしーな、月斗がこんな朝早く。」
「花火作ってんだよ。」
そんなめずらしい光景を見たりんは、興味深々で月斗に近づいて行った。
しかし、月斗はそんなりんに目もくれず、口だけ動かし作業を続ける。
「またかいなー?まったく、いつからお前は、花火師になったんやー?…ん?…て…お前……まさか!!」
「目覚めたかー?」
驚きを隠せないりんを横目に、月斗が涼しい顔で呑気にそんな事をつぶやいた。
「花火大会出るんかいなーー??」
りんは目を丸くして叫んだ。
そう、城下町にいるりん達の元にも、もちろんその情報は耳に入ってきていた。
「ああ。飛び入り参加。」
そして、月斗がニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「ふーん。面白そうやな!!」
りんも楽しそうに笑って、月斗の作業を見つめた。 この手のお祭り騒ぎに目がないりんは、子供のようにキラキラと目を輝き始めていた。
************
「はー!?花火大会をぶっつぶすー!!」
朝ご飯の最中にもかかわらず、優実は大声を上げ、昨日に引き続き、また箸を落としそうになった。
次の日の朝、昨日と同じ食卓に、同じ4人が座って朝食をとっていた。
天音とかずさは、この家に泊まらせてもらい、ちゃっかり、朝ご飯までご馳走になっていた。
そんな朝ご飯の最中に、今日ちょっと出かけてくる、というような報告をするのと同じように、サラリと花火大会をぶっつぶすと天音が言い出したもんだから、優実が目をまん丸にするのも無理はない。
「うん。」
しかし、天音はそれが当たり前のように頷き、白飯をかきこんでいた。
優実の家のご飯はやっぱり美味しく、遠慮しなくちゃと思いつつも、やっぱり箸は止まらない。しばらく、まともな食事をとっていなかった天音も、おそらく、もうすでに元の体重に戻ったんじゃないかってくらい、食べ過ぎていたのは間違いない。
「な、何バカな事言ってんの?」
優実は、天音がとうとう頭がおかしくなったと思い、訝しげな眼差しを向けた。
一体何がどうなったら、一晩でそんな考えになるというのだろうか。
「バカじゃないもーん。」
天音は口を尖らせて、信憑性に欠ける不真面目な声で反論した。
「あのね、ぶっつぶすったって、どうやって!!」
優実がまくし立てるように天音に詰め寄る。
そんな事、簡単にできるわけがない。
「うーん。考え中!」
天音はやっぱり呑気にそう答え、また、おかずを口に運んだ。
「ちょっと、止めなくていいの?友達なんでしょ?」
天音に何を言っても無駄だと悟った優実は、今度はかずさに白羽の矢を立てる。
「友達じゃないわ。」
かずさは、相変わらず無表情でそう答え、こちらも淡々と箸を動かしていた。
「ちょ、そんなにハッキリ言わなくていいじゃん…。」
天音はまた不満気に口を尖らせて、かずさを見た。
…やっぱり、いつものかずさだ…。
そこに居たのは、天音のよく知る、いつも冷静でクールなかずさだった。
そんないつも通りのかずさに、天音は何だか少し嬉しくなった。
「そだ!この町にも、花火大会に出る人いるのかなー?」
ふと天音が何かを閃いたように、声を上げた。
もし、花火大会に出る人がいるなら、その人に協力してもらえたら、何かいい案が浮かぶかもしれない。
「え…。」
しかし、その言葉を聞いた優実の表情が、一瞬にして固まった。
「アイツは出るだろうな…。」
すると、ここでようやく、長老が優実の代わりに口を開いた。
「げ…。」
すると、それを聞いた優実は、あからさまに嫌な顔を見せた。
どうやら、優実の嫌な予感が当たったようだ。
そんな優実とは正反対に、天音は期待に満ちた視線を長老に送った。
************
優実は長老に言われ、しぶしぶ、花火大会に出るという花火師の所に天音達を案内する事になった。
「この町の花火師さんは、どんな人?」
天音が興味津々に優実に尋ねた。
「ゆうじいは、すんごく頑固で怖い!!」
「ゆうじい?」
「この町には2年前に越して来たんだけど…。すっごい怖いじいさんだよ。でも、なぜかうちのじっちゃんとは仲がいいんだよねー。」
優実の口ぶりからして、優実がそのゆうじいを苦手としているのは明らか。
「へー。」
「でも聞いた話だと、今回花火を作るのは、ゆうじいじゃなくて、弟子みたいだね。」
優実はいつの間にか、そんな情報を仕入れていたようだ。
「そうなんだ。」
「でさー、なんで2人ともそんな変な恰好なの?」
ここで優実はとうとう我慢ならず、天音とかずさの恰好をまじまじと見つめて、再び顔を歪めた。
なぜなら、2人は優実に地味な色の服を借り、長老に借りた黒い中折れ帽を深く被っている。そんな2人はどこからどう見ても、アンバランスな、おかしな格好へと変貌を遂げていた。
優実が、こんな2人のおかしな格好に、疑問を投げかけるのも無理はない。
かずさの話によると、花火師につく見張りの者は、国の者。
もしかしたら、2人の事を知っている可能性も、無きにしもあらず。
つまり、そんな奇妙な格好は、2人がここにいる事がバレないようにと、考えた苦肉の策だったのは言うまでもない。
しかし、そんな事情を知らない優実が、その格好は逆に怪い……と助言する事はなかった。
「ま、まーいろいろと…。」
そんな優実の質問は、服を借りた時と、家を出る時とそして今。本日3度目の質問を、天音は冷や汗をかきながら、誤魔化し続けた。
そんな天音の横で、かずさは涼しい顔で黙っているばかり。
こんな時でも、助け舟を出す事がない彼女は、もう流石としか言いようがない。
************
「花火大会に出る!?」
2人の声を聞きつけ外へと出てきた星羅は、黙々と作業する月斗を見ながら、りんと同じように大声で叫んだ。
星羅もまた、今初めてその事を聞かされ、やっぱり驚きは隠せないが、しかし、それはりんのものとは違う。
「そうや。面白そうやろ?1位になったら賞金がでるらしいでー。」
「な、何、呑気な事言ってるのよ!!」
ニコニコ面白そうに話すりんとは正反対に、星羅がいつものように、顔を赤くして怒り出す。
狙われている身であるのに、わざわざそんな目立った行動を取ろうとする彼らの気が知れない。
「ま、まー。星羅、そんな怒らんでも。どうせわいらは暇人なんやし。」
りんは、そんな星羅を何とかなだめようとするが、出てきた言葉は的外れのもので、それが星羅の怒りをかったのは言うまでもない。
「もっと、別にやる事あるでしょ!」
「なんだよ。それ。」
そんな星羅の言葉に反論したのは、月斗だった。
「そ、それは…。と、とにかく、そんな金の無駄使いの大会になんて出なくていいから!」
星羅は的を得た月斗の言葉には、明確には答えられなかったが、大会に参加する事には、やはり賛成はできなかった。
それに、彼が何のために花火を上げたいのかも、わからないままだ。
「ま、確かに権力は、金じゃ買えないっちゅーのになー。」
りんはまた呑気な声でそう言って、ファーと大きな欠伸をしてみせた。
興味があるのかないのか、彼の考えは星羅にはイマイチ理解できない。
「…。」
「にしても、月斗は器用やな。どこで花火の作り方なんて習ったんや?」
星羅は、もう何を言っても無駄だと悟ったのか、口をつぐんだ。
すると、その隙をぬって喋り出したりんが、そんな疑問をぽつりと口にした。
************
「ここだよ。こんにちはー。」
優実の案内で辿り着いたのは、中月町の端っこにある、だだっ広いガレージのような場所だった。
そこに足を踏みいれたとたん、ツーンとした火薬の臭いが天音の鼻をついた。
「何だよ。優実。」
奥から顔を出したのは、茶色い髪で目の釣りあがった、若者。その見た目は、少し怖そうという印象を与える。
「知り合い?」
天音が優実に小声で耳打ちした。
彼が優実の名前を呼んだという事は…。
「まあね。小さな町だしね。さっき言ってた、ゆうじいの弟子。」
優実は天音とは反対に、普通の声で天音にそう説明した。
天音は、そんなちょっと怖そうな彼を帽子のつばを少しだけ上げ、じっと見つめていた。
「何だよ。邪魔しに来たのかよー。」
男が邪魔くさそうにそう言いながら、奥の方で作業の続きに戻ろうとした。
このやり取りを見た所、どうやらこの男と優実は、結構仲が良さそうだ。これなら、なんとか協力してもらえるかもしれない…。
天音はそう考えていた。
「あれが見張りね…。」
するとかずさが、そっと天音に耳打ちをした。
ガレージの端には、黒ずくめの背の高い男が1人立っていた。
この場でいかにも浮いている存在。いかにも怪しい男だ。
「へー。あんたが作ってるって本当なんだー。」
優実が作業をしている彼に、少しずつ近づいて行き、そう話かけた。
「出て行け。」
その時ガレージのもっと奥から、低いしがれた声が聞こえ、優実が思わず肩を震わせた。
「げっ、ゆうじい、居たんだ…。」
優実がバツの悪そうな顔を見せながら、そう小さくつぶやいた。
そして、その声の主は、奥からゆっくりと優実達の方へと歩いて来た。そこに現れたのは、いかにも厳しそうな顔で、眉間にしわを寄せている白髪交じりの老人だった。
「あの!ちょっと見学させてもらっていいですか?」
天音は、優実を押しのけて、ひるむ事無く、ゆうじいにそう尋ねた。
出て行けと言われ、簡単に尻尾を巻いて帰るわけにはいかない。
花火大会に潜入するには、彼らの助けが必要不可欠だ。
「見ない顔だな。」
ゆうじいが無表情のまま、帽子のつばに見え隠れする天音の顔をまじまじと見つめた。
思わず大きな声を出してしまった天音は、マズイと思いつつも、平常心をなんとか保とうと努めた。
「私の親戚の子達!遠くから遊びに来てて。」
優実がすかさずフォローをしてくれ、天音はホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間…。
「ここは遊びに来る所じゃない!」
ゆうじいの低い威嚇するような声が、ガレージに響き渡った。
彼は、この仕事場に、お遊びで見学に来たような彼らが、気に入らなかったようだ。
優実のフォローは、残念ながら、彼の逆鱗にふれてしまったのだった。
「…何を思って花火作ってるんですか?」
そんなゆうじいの怒鳴り声をものともせず、天音はなぜか彼にそんな問いを投げかけた。
彼がこの仕事を大事に思っている事は、嫌でもヒシヒシと伝わってくる。だからこそ聞きたかった。
「なんだと?」
ゆうじいが、天音のその言葉を聞き、血管をさらに浮き上がらせたのは言うまでもない。
「私の知り合いも、花火作ってました。彼の作った花火はとってもきれいだったけど、とても悲しそうだった。でも月斗には伝えたい事があった……。」
天音はそんなゆうじいに、構わず話しを続けた。
「つきと…?」
弟子の男がその名前を耳にし、思わず手を止めた。
「あ!そうだ。月斗、この人に似てるかも。釣り目で、ピアスいっぱいつけて…。」
天音は弟子の男の方を見て、そう言った。
花火を作る人間は、みんなこんな風貌なのかと、天音が的外れな考えを浮かべたその瞬間…。
「でてけー!!」
先ほどとは比にならないほどのゆうじいの叫びが、ガレージ内にこだました。
「し、失礼しました!!行くよ!!」
優実は怯えたように天音をひっぱり、ガレージの外に向かって走り出した。
「ちょ、ちょっと優実!!」
後ろ髪ひかれながらも、天音はひき引きずられるように、ガレージを後にするしかなかった。
************
「何か、楽しそうだね…。」
華子はその言葉とはうらはらに、自分はどこかつまらなそうに、久々に目の前にした彼に向かってその言葉を投げかけた。
そんな華子の目の前には、一応、今は自分の夫である京司が、忙しそうに、そこにいる兵士達に指示を出していた。
「ああ。昔から、花火が好きなんだ。」
京司は、そんな華子の問いに、珍しく機嫌よく答えた。
華子は、妃なんだから天使教と顔を合わすべきだと士導長に言われ、嫌々ながらも、仕方なく彼の元に足を運ぶ事になった。
どうせまた、まともに話がかみ合わず、終わるのだと思って、あまり期待はしていなかった華子だったが、彼のご機嫌な様子に、拍子抜けしてしまった。
「ふーん。私はあんまり花火見た事ないけど。」
ご機嫌な京司とは対照的に、華子は、花火をあんまり見た事がないからか、この花火大会には、あまり興味を示そうとしない。
「…そうか。俺は、打ち上げ花火も好きだけど、線香花火の方が好きかな。」
しかし、ご機嫌な京司は、華子のそのつまらなそうな返しに動じる事なく、自分の事を楽しそうに話す。
「せんこうはなび?なんだそりゃ?」
しかし、華子は聞いたことのないその単語に、わかりやすく顔をしかめた。
「…え…知らない?」
「何それ!聞いたことない!」
そう言って、華子はぷいっと横を向いて見せた。
************
「なんか、怒らせちゃったかな…。」
その頃天音は途方に暮れ、がっくりと肩を落とした。
「一緒に連れて行ってもらえれば、よかったんだけど…。」
その隣でかずさが、冷静につぶやいた。やっぱりこんな時でも、かずさは天音のように、わかりやすく感情を出す事はない。
「でも、何かおかしかったんだよねー。」
すると、優実がポツリとつぶやいた。
どうやら優実は、突然怒鳴り出したゆうじいの様子に、何らかの違和感を感じていたらしい。
ゆうじいは、確かにいつも恐い顔をしてるけど、あんな風に怒鳴ってるのを見たのは、優実も初めてだったのだ。
「優実ーー!!」
すると丘の麓まで辿り着いた所で、3人の後ろから、息を切らした声が追いかけてきた。
「さり?」
優実がくるりと振り返り、彼の名を呼んだ。
そう、彼らを追いかけて来たのは、ゆうじいの弟子の彼だった。
「…さっきは悪かったな。ゆうじいが。」
そして、天音の方を見て、彼が息を切らしながら、謝罪の言葉を口にした。
「いや、私が余計な事を、べらべらしゃべったから。」
天音は反省するように肩をすくめた。
また考えなしで口にした事が、ゆうじいの癇に障ったのは間違いない。天音はそう考えていた。
「…あんた。月斗知ってるのか?」
「え…?うん。」
すると、そんな天音を見た彼は、おそるおそる彼の名を口に出した。
その口ぶりは、彼も月斗を知っているようだ。
「実は、前に居た町で、月斗と俺はつるんでたんだ。しかも、そこで、俺と一緒にゆうじいに花火作りを教わってたんだぜ。」
「え!?そうなの!」
彼が月斗との関係を、ハニカミながら教えてくれた。それを聞いた天音は、驚いて思わず声を上げた。
まさか、ゆうじいと彼が月斗の知り合いだったなんて、世間は天音が思ったよりも狭いようだ。
しかし、そういう事なら、月斗が花火を自分で作っていた事も納得できる。
「ああ。だけど、ある日突然、月斗は俺達の元から姿を消したんだ。俺やゆうじいに何も言わず。」
すると、彼は表情を曇らせ、寂しそうな瞳を伏せた。
「え…?」
「月斗の方が覚えも早くて、ゆうじいも、月斗の腕を買ってたのに…。」
きっと黙って出て行った月斗の事を、ゆうじは今でも良くは思っていないのだろう…。
だから月斗の名前を聞いたとたん、あのような反応を見せたのだ。
それは、天音にも容易に想像できた。
「そっか…。」
「恋人を追いかけて出て行ったのね…。」
天音も彼と同じようにその事実に、視線を落とす。
すると、かずさがすかさず、ポツリと言葉を吐いた。
『国の奴らに見つかるたびに、僕らはいろんな場所を点々としていた。』
「あ…。」
天音は、そんな青の言葉を思い出した。
そうだ。確か、月斗は青のお姉さんと恋人同士だった。
月斗が青とお姉さんと一緒に姿を消したのなら、納得がいく。
「…さあ…。そんな事は知らねーけど…。でも、あんた言ったよな、月斗が上げた花火を見たって。」
「うん。」
「でも悲しかったって…。」
ちらりと顔を上げて、彼が天音を見た。
「大丈夫だよ。月斗は、ちゃんと前に進んでるよ。だって、花火を見せたい人がいるんだから。」
そう言って天音はニッコリと笑った。
月斗は大丈夫、心配はいらないと言わんばかりに。
「そうか…。」
さりも安心したようにそっと微笑んだ。
彼が花火作りが嫌になって、出て行ったとばかり思っていたが、そうではない。
彼は今も、花火を作っている。その事が、彼の心にこびりついたモヤモヤした気持ちを晴らしていった。
「あ、私は天音!ねえ、私達に協力してくれない?」
天音はそんな彼に、ここぞとばかりにその提案を切り出した。
彼が月斗の知り合いとわかり、距離は確実に近づいた今が絶好のチャンス。
それに、今ここには、国の見張りもいない。
「へ?」
突然の天音のその提案に、さりはポカンとした顔を見せた。
急に協力して欲しいと言われた所で、何を協力すればいいかなんて、見当もつかないのは当たり前だ。
「私達、この花火大会ぶっ潰しに行くの!」
そんな彼の心情を察した天音は、満面の笑みでそう言ってみせた。
「は??ま、待て。な、何言ってんだ??」
すると、彼は天音の突拍子のない提案にうろたえ、目が飛び出るんじゃないかってほどの驚きを見せた。
「だから、お手伝いとして、私達を一緒に連れて行ってくれない?」
うろたえるさりに構わず、天音はどんどん話を進めていく。
そう、とりあえず国の目を欺き、花火大会に潜り込めればこっちのもの。後は何とかなる。
楽天的な天音は、そう考えていた。
「ゆ、優実!何なんだこいつら?」
すると彼がたまらず、優実に助けを求める。
言ってる事もそうだけど、格好だっておかしい。
そんな彼の疑いの目は優実へと向けられた。
「しらなーい。」
しかし、そんなさりに、優実はしらんぷりをきめこみ、彼が差し出した助けは、見事に空振りに終わった。
「ただのこの国の一員だよ。あ、あなたの名前は?」
「さり…。」
「さりね!よろしく!で、こっちがかずさ。」
そう言って天音がニッと口元に笑みを浮かべた。
「まったく…。でも私達の顔は、国に知られてる。見張りの前で名前は、絶対に呼ばないで。」
天音の突拍子のない提案に、呆れ顔のかずさが、ここでやっと口を開き、冷静にその事実を伝えたが…。
「オイオイ。犯罪者かよ!」
しかし、かずさの口にしたその言葉が、彼の不信感を煽った事は言うまでもない。
「まあ、そんなもんね。」
しかし、かずさはやっぱり真顔で、さらりと肯定してみせた。
「ちょっとー。かずさー。」
そんなかずさの発言に、天音は苦笑いを浮かべるしかない。そんな誤解をよぶような一言を、涼しい顔でさらりと言ってしまうのが、かずさだ。
かずさが、天音の中の空気を読めない人リストの一員に仲間入りしたのは、言うまでもない。
「はーー?」
優実もまた、眉間にしわを寄せ、叫んだ。
彼女らに驚かされるのは、もはや日常茶飯事になった優実でも、犯罪者という言葉は、さすがに見過ごせない。
「やだなー。かずさの冗談だよ。そこは、笑う所。」
世間知らずだった天音も、今では人をフォローするスキルも身につけた。
これは、今後もかずさと共に行動する中で、きっと必須のスキルに違いないと、天音は感じ始めていた。
「そりゃそうだよな。まあ、そう言ってもゆうじいがあの調子じゃなー。」
何とか天音の迅速な対応により、犯罪者のくだりは、冗談として扱われる事となった。
しかし、いくらさりでも、ゆうじいの許しを得なければ、天音達を一緒に連れて行く事はできない。
「…じゃあ、うちのじっちゃんにお願いしてもらえば?」
「それだー!!」
何気なくその言葉をつぶやいた優実の方へと天音は視線を移し、優実のそのナイスアイディアに目を輝かせた。
************
「まったく、変なのをよこしやがって。」
すぐ様、優実の家に戻った天音達は、長老の説得にあたった。
もちろん、どこまでも人がいい長老は、2つ返事で快諾してくれた。
そして、その日の夕暮れ時、長老は、ゆうじいを人気のない丘の上に呼び出していた。
約束通り、そこに現れたゆうじいは、真っ先に口を開き、眉間に思いっきりしわを寄せ、その言葉を長老へと投げかけた。
それは、長老がまだ、何も言ってはいないにも関わらず、彼は全てを悟っているような口ぶり。
「お前も花火大会に、城下町に行くのだろう?」
長老がいつもの穏やかな声で、ゆうじいに尋ねる。
「今回の花火を作るのは、さりだ。」
しかし、ゆうじいがそっけなく答えた。
自分は関係はないと言わんばかりに。
「優実と、あの親戚の子達を手伝いとして、一緒に連れって行ってくれないか?」
長老が真っすぐ前を見据えたまま、そっとつぶやいた。
「お前んとこの親戚は、みんな死んだんじゃなかったのか?」
「…。」
ゆうじいは、隣に立つ長老に鋭い視線を送り、もちろん長老も、その視線をひしひしと感じていた。
そして、長老は苦笑いを浮かべて、口を閉ざすしかなかった。
「何者なんだ?」
ゆっくりと、ゆうじいがまた口を開き、確信をつくその言葉を吐き出した。
彼らが優実の親戚でない事は、ゆうじいには、とっくにお見通しだった。
「さあな。」
「フン。」
それでも長老は、尚もしらを切り通す。
「でも、何か感じるんだ…。何かが変わる気がするんだ…。」
日はもうすでに、半分顔を隠し、空は赤く染まっていた。
「…。」
ゆうじいは、ゆっくりと顔を上げ、そんな空を見上げた。
「じじいはもういらん。だから、さりにやらせるんだろう?」
長老がゆっくりと、そんなゆうじいの方を見た。長老には分かっていた。彼のそんな心情も。
「例え彼女が、かぐや姫でも、伝説の少女でも、村の田舎娘でも、こうやってお前に頼んでいるだろうな。」
「変わる…か…。」
長老もまた、赤い空を見上げ微笑んだ。
「わしらの時代では叶わなかった願いだ。」
赤く燃える夕日は、空だけでなく、ここから見える町をも赤く染めていった。
************
「大丈夫かなー。長老さん。」
長老がゆうじいの説得をしている間、天音とかずさは、この町にある、小さな広場にある芝生に腰を下ろし、良い知らせが来る事を心待ちにしていた。
そして優実は、色々家の事をしなくちゃいけないからと、家に戻っていた。
「さあ…。」
心配そうに待つ天音とはうって変わって、かずさはそっけない返事で返すだけ。
「もう…。わかってるくせにー。」
そんなかずさに、天音は口を尖らせて、笑ってみせた。
彼女はきっと分かっている。でも、簡単にその未来を口にしたりはしない。
…そこがかずさらしい…。
「…かずさ。ありがとう…。」
「え…?」
突然のその言葉に、かずさは片眉を上げ、天音の方を見た。
「あの時、あそこから出してくれて。それから、ここまで来てくれて。」
そう言って天音は照れくさそうに笑った。
「……。」
しかし、かずさはやはり無表情で、また顔を元の位置に戻し、何事もなかったかのように、町を眺めていた。
…それも、やっぱりかずさらしい。
「オッケーだったよー!!」
その時、天音の瞳には、優実が手を大きく振りながら、こちらに向かって走って来る姿が見えた。
長老の説得によって、ゆうじいは、天音達を手伝いとして迎え入れる事を承諾してくれた。
その事を長老に聞いた優実は、さっそく天音達に知らせに来てくれたのだ。
「本当に!!やった!!ありがとう優実!」
その報告を聞き、嬉しさを隠しきれない天音は、こちらへ向かう優実に駆け寄って、手を取った。
そして、優実の手をブンブン縦にふって、喜びを存分に表した。
「よかったー!」
「うん。て…何か変なの…。私達、昨日会ったばっかりなのに。」
優実は、天音の喜ぶ顔をしみじみと見つめながら、ふいに不思議な気持ちになった。
昨日会ったばかりの天音と、今はこうやって喜びを分かち合っている。
それはまるで、昔から知っている友達のように…。
「だから、会ってるんだってー!!」
そう言うと、天音は突然嬉しさのあまり、優実に抱きついた。
それはまるで、喜びを全身で表す犬のように。
「ちょ、ちょっとー。」
そんな行動の天音に、何とか優実は照れを隠しながら、困惑した表情を浮かべていた。
「過去と未来………。」
かずさは、そんな2人を遠巻きに眺めながら、1人小さくつぶやいた。
夕日の暖かい光が、かずさの顔を赤く染めていた。
************
「この者達は?」
次の日。
作業に加わった天音達を見て、国の見張りの者が、疑いの目を天音達に向けながら、ゆうじいに尋ねた。
「助っ人だ。見ての通り人が足りん。時間もないしな。長老に話したら、コイツらが暇にしてるから、使っていいとの事だったからな。」
ゆうじいは、ちゃんと国の見張りの者にも、しっかりと説明をしてくれた。
しかし、天音はそんな説明を横で聞きながらも、気が気でない。なぜなら、ここでバレてしまったら、全てがおじゃんになるのだから。
「…。」
「長老の親戚で、身元もちゃんとしている。」
「…そうか。」
ゆうじいのその言葉を聞いて、見張りの者は、素直に納得したようだ。
見張りの者が欲しい答えを理解しているゆうじいは、さすがだ。
天音は、口元に笑みを浮かべ、安堵の表情を密かに見せていた。
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「徐々に、町に人が集まってきとんなー。」
りんが日に日に町に増えていく、花火師達を見て、そう口にした。
「…そうね。」
星羅も何かを考えながら、りんと共に、この町の入り口を眺めていた。2人は丁度、町に食料を調達しに来ていた所だった。
「でも、みんな浮かない顔やなー。」
りんが確信をつく事をポツリとつぶやいた。
そう、花火師達の表情は暗く、まるでお通夜の帰りのよう。誰1人として、喜んでここへ来ました、という表情の者はいない。
「そりゃ、そうでしょ。強制的にやらされてるんだから。」
星羅は当たり前の事のように、そう言い捨てた。
それがこの国のやり方。人々を権力でねじ伏せる。
「そうやな…。」
りんがまた、ポツリとつぶやいた。
それでは人はついて来ない…。
それをこの国は分かっていない。
ーーーしかし、それを彼は知っているはずなのだ。
************
「ねえ、さりはどんな花火作るの?」
天音が、作業してるさりのそばに行って、尋ねた。
彼にも聞いてみたくなった。彼の上げる花火が、どんなものなのか。
「ん?俺は世界一高く、空に昇る花火だ。」
「へー!」
天音はさりのその言葉に、キラキラと目を輝かせた。さりもまた、子供のように、楽しそうに作業に没頭していた。
きっと彼は、花火を作るのが本当に好きなんだ。
それが天音には、手に取るようにわかる。
…そんな花火見てみたいな。
「…。」
もちろん2人の会話にも、見張りは目を光らせていて、紙にペンを走らせていた。
おそらく、その会話を報告するため、記録しているのだろう。
「そう、天師教様の権威のようになー!」
さりは見張りの目が気になって、わざとそんなおべっかを、口にしてみせた。
強面の見た目とは逆に、彼は意外とノミの心臓の持ち主らしい。
「プッ」
それを聞いた優実が、何とか見張りに気がつかれないように、横を向いて小さく噴き出した。
「た、楽しみだね!!」
優実が、笑いをこらえてるのがバレないように、天音は、わざと大声でそう言った。
天音のフォロースキルはここに来て、レベルアップし続けている。
「天師教様に会うのがでしょ?」
その会話を横で聞いていたかずさが、わざとらしく天音に向かってそう言った。
せっかく披露したフォロースキルをも一撃にしてしまう、その言葉に、天音は打ちひしがれながらも、目を細め、かずさに睨みをきかせた。
「天音、やっぱり、天師教様ファンなの?」
すると優実が突然、本気なのか、冗談なのかわからないトーンで、そんな事を言出だした。
優実は、天音が天使教の妃候補だった事を知っている。だから、そんな事を突然言い出したに違いない。
しかし、それは天音からしてみたら、ありがた?迷惑な話。
「ま!」
天音は否定の言葉を述べようと、大きく口を開いて瞬時に固まった。
…まさか…なんて言えるはずない…。
なぜなら、見張りが鋭い瞳で、こちらの様子を伺っている…。
天使教を否定する言葉は避けた方がいい…。天音はその事を瞬時に察知した。
天音はここにきて、頭の回転までも速くなったようだ…。
「も、もちろん!」
天音の背には、嫌な汗がにじみながら、ひきつる笑顔を浮かべた。
「残念ね。妃はもう決まったものね。」
そして最後に、かずさがとどめの一言を吐き捨てた。
彼女の辞書には、フォローのフの字もないようだ。
さらに彼女は、天音をいじめるという新たなスキルを開拓したらしい。
そして、天音がまた、かずさの方へと不満げな瞳をちらりと向けた。
************
「ハックショーン!!」
華子が豪快なくしゃみをした。
妃ともあろう人がまったく品のない声で…。
妃になってしばらく経ったが、華子には妃としての自覚は、全くと言っていい程芽生える事は無かった。
「だ、大丈夫ですか?妃様。」
近くにいた女官が、心配そうに華子に駆けよった。
妃様が風邪をひいたとあれば、それだけで一大事。
「うん。大丈夫。鼻がムズムズしただけ。」
しかし、そんな女官の心配をよそに、そう言って華子は、またまた豪快に鼻をかんでみせた。
そんな華子の行動を、女官はポカンと口を開けたまま眺めていた。
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――― それから4日後
天音達は、さりにくっついて、花火大会に参加するために、城下町へとやって来ていた。
あれから毎日のようにさりの元へ通い、雑用などをこなしていた3人は、何とか見張りの許可を得て、ゆうじいとさりと共に、ここまで来る事ができた。
優実も興味本位なのか、城下町にただ来てみたかっただけなのか、一緒にここまでついて来ていた。
そして、もう一つ不思議なのは、かずさもここまでずっと行動を共にしてきた事。
あれからずっと優実の親戚のふりを続け、さりの仕事を手伝い、毎日優実の手料理を食べ、今日まで一緒にここまで来た。
今までのかずさの行動といえば、どこからともなく現れ、ふらっと消える。そんなものだった。
しかし、今や彼女なしでは、この計画は成立しない。
かずさは、天音には、なくてはならない存在となっていた。
「よし通っていい。」
城下町の入り口では、天音が居た頃では考えられないほど、厳重にチェックが行われていた。
それは、花火師だけではなく、この町に訪れた全ての者を兵士がチェックしていた。
天音とかずさは、今日も深く帽子を被っていて、怪しい目で見られたものの、何とか“伝説の少女と預言者”
という肩書はバレる事なく、城下町へと潜り込めた。
「うわー!広いね城下町!」
そんなハラハラな検問を突破し、入り口の門を潜り抜けた先に広がる光景に、優実が思わず感嘆の声を上げた。
確かに城下町は、中月町とは比べ物にはならない位広いし、今は花火大会が行われるためか、人もだいぶ増えている。
そんな初めての城下町に、優実が興奮気味なのも無理はない。
「そうだね…。」
天音は、そんな優実を、どこか懐かしそうな眼差しで見ていた。なぜならそれは、昔の自分を見ているようだったから。
しかし、この城下町は、天音が初めて訪れた時のように、活気のある町では、なくなっていた。
この町にやって来るのは、花火大会に関わる人々だけ。城下町の人間の人影はまばらで、店も半分位は閉まっている。
昔との違いは、この町に足を踏み入れた瞬間に、天音には、ひしひしと伝わってきていた。
「…。」
天音は口を結んだまま、町の奥へと、国の見張りの者と共に、進んで行った。
『この国を変えるぞ!!』
そして、いつか聞いたその言葉が、天音の脳裏に鮮明に蘇った。
見渡した限りでは、反乱軍の姿は見当たらない。
きっと彼らは、どこかに身を潜めているのだろう。
――― そう、彼らはその時を待っている。
「宿はここだ。今夜はここに泊まるように。私は報告もあるから城へ行く。明日の昼過ぎに、また迎えに来る。」
見張りの男が、城下町にある小さな宿まで天音達を案内し、そう説明した。
つまり、ここからは、今までずっと目を光らせていた見張りはいなく、晴れて自由の身となる。
「はい。」
ゆうじいが代表して、頷いてみせた。
「あまり外をウロウロするなよ。特に夜は、物騒だ。命を狙われてもおかしくない。」
見張りが脅すように、目を光らせながら、そう言った。
「わかりました。」
ゆうじいは、もちろんそれに反論する事などなく、素直従う。
そうして、見張りの男は、大人しい彼らに安心し、その場を去って行った。
「城下町ってずいぶん物騒だなー。」
さりが口を尖らせながら、そうつぶやいた。
さりは、やっと見張りの目から解放されて、外を色々見て回りたいのは山々のはず。だけど、ああ言われては、せっかく城下町まで来たのに、楽しめるわけがない。
「まあ、国は外をウロウロされて、余計なもの見られたくないのよ。反乱軍とか。」
かずさは、見張りがいなくなったのをいい事に、いつものような、毒のある言い方で、彼らの本心を言い当ててみせた。
「あーあー。そう言われっと、町に出る気もうせるなー。」
「確かに!」
そう言って、さりと優実が我先にと、宿の中へと足を進めて行った。
************
「はぁはぁ…。」
青は今日も、苦しそうにベットに横になっている。
彼の発作は頻繁に起こるようになり、ベッドから起き上がれる時間は、日に日に少なくなっていった。
彼の病が、悪化への道を辿っているのは、明らか。
『じゃー、お前のしたい事はなんだ?俺が力になる。ただし生きるための事だけだからな。』
青は、苦しみ、薄れる意識の中、京司の言葉を思い出していた。
「もう、終わるよ…。全部…。君も僕も……。」
ポト
ベッドの上の青の手の中から、京司にもらった笛が床に落ちた。
************
ザ―
辺りは暗くなって、月が顔を出している時刻。
「…。」
天音はジャンヌの墓の前で、静かに手を合わせていた。
「命おしくないの…?」
天音の背後から、その声がはっきりと聞こえた。
「…。」
やっぱり見つかってしまったか、と苦笑いを浮かべた天音が振り返ると、そこには闇に紛れたかずさがいた。
「…お母さんに、ちゃんと報告しなきゃと思って…。あと……辰に………。」
ジャンヌの横の真新しい墓に、天音は視線を移した。
その墓石に彫ってある彼の名前を、天音はじっと見つめた。
あの時天音は、混乱するばかりで、ちゃんと状況を把握できないまま、城に囚われてしまった。
辰の安否がどうなったのかも、わからないまま…。
ザ―
今日はいやに風が強い。
「りんや、シド達が、ここに辰のお墓を作ったのよ。」
かずさがゆっくり静かに口を開いた。
そう、彼はもうこの世にはいない。
それは何となく分かっていた。そして、今、彼の名の刻まれたお墓を目の前にして、それは確信へと変わった。
「ご、ごめんね、辰。……私……逃げた……。現実から……。みんなから……。私がちゃんとしてたら、辰は死なずにすんだのに……。」
その現実を受け入れた今、天音の中から溢れ出した感情が、大粒の涙となって流れ出していく。
「辰は……守ってくれたのに……。私達を……。この国を。」
ザ―
「彼が死んだのは、あなたのせいじゃないわ。」
「かず…さ…。」
天音は顔を上げてみたものの、涙でかずさの顔がぼやけて見える。
「きっと彼もそう言っている…。」
かずさが寂しげに少し口端を上げた。
それは、感情を滅多に表す事のない、かずさの笑みだという事を天音は分かっていた。
「…ありがとう。かずさ。」
そう言って天音は涙を拭った。
ザー
そして、それを助けるかのように、風が吹き、天音の目を乾かしていく。
「もう誰も殺させない……。誰も死なせないから……。」
天音はしっかりと目を開き、そこに並ぶ、2つのお墓に向かってそう言った。
「…。」
しかし、その瞬間、かずさの目が深い悲しみの色に変わったのを、夜の闇がそっと隠し続けていた。




