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君の笑顔だけが道しるべだと知っているから


「は?何なのあんた!!」


彼女が、顔を歪め耳を塞ぎながら、天音に向かって怒鳴り声を上げた。

天音のその大声を浴びた彼女の耳は、まだキーンとしているに違いない。


「浴衣の人だー!!」


天音は嬉しそうに、彼女に向かって笑いかけた。

そう彼女は、浴衣を貸してくれたショートカットの彼女だった。


「は??ゆかた?何それ…?」


しかし彼女は、天音の言っている単語の意味を、全く理解できない。

それに天音とは今日が初対面のはずなのに、なぜこんなに馴れ馴れしく、まるで自分の事を知っているかのように話すのか…。

彼女には、心当たりがまるでない。


「忘れちゃった?私天音だよ!」


天音はまた会えた嬉しさから、彼女の手を取った。


「いや、あんたなんて知らないけど…。」


彼女は天音に手を握られ、固まったまま眉をひそめた。

どれだけ記憶を辿っても、天音に会った事など、自身を持ってナイと言い切れる。


「こんな所で会えるなんて、神様のお導きだね!!」


しかし天音は、そんな彼女の冷ややかな眼差しに構う事なく話しを進め、握ったその手をぶんぶんと縦に振った。


「まぁ!フフフ。」


するとシスターは、その言葉を聞いて、嬉しそうに笑ってみせる。


「は?あんた、頭大丈夫?」


優実はシスターとは正反対に、その眉のシワをさらに増やすばかり。


「なんだ、忘れちゃったのかー。」


すると、さすがの天音も彼女の言葉を汲み取り、残念そうな顔で口を尖らせた。


「は?」


優実はまた、ポカンと口を開けたまま固まった。

こんな、自分勝手に話を進める人間に会ったのは今日が初めてで、思考も停止状態に陥る。


「あ、でも、私も青の事も忘れてたんだっけ……。」


天音は、そんな彼女を置いてきぼりにしたまま、独り言のようにつぶやいた。


「ちょっと、この子大丈夫シスター?」


しびれを切らした優実が、シスターの方に怪訝そうな顔を向けた。

まるで1人芝居を見せられているような気分の彼女が、そんな天音の頭の弱さを心配するのも無理はない。

しかしシスターは、ただ優しく微笑むだけだった。


「ま、いっか!また会えたんだから。これも何かの縁だね!」

「はー??」


優実は、どんどん1人で話しを進める天音を横目に、この場を収集する方法も見つからず、途方にくれるしかなかった。



************



『天師教……。お前が……この国を………………終わらせるんだ………。』


「…。」


京司は、あれから1人で、ずっと城にある書庫にこもっていた。

机の上には、山積みの本。なぜか毎日、本を読み漁っている日々。そうしていなければ、また余計な事を考えてしまいそうになる…。


それに、ここで大人しくしていれば、誰も何も文句は言わない。

…いや、もう、うんざりだったのかもしれない。


「ここにいたの…。」


するとそこに皇后がやって来て、心配そうに京司を見つめた。

あれから数日が経って、皇后はやっと京司と会う事を許されていた。


「どうしたんです?母上。」


京司は、何事もなかったかのように、皇后に微笑んでみせた。

しかし、しばらくぶりに見るそんな息子の姿に、皇后はひどく違和感を感じ、眉間にシワを寄せた。


「ずっと、ここで何を調べてるの…?」

「ハハ。そんなに珍しいですか?俺が真面目に勉強してるのは!」


そう言って京司はまた小さく笑った。


「まー、いろいろ調べなきゃいけない事があって。この国の歴史とか。色々と…。」


そう言って京司は、机に山積みになっている本の中から1冊を手に取り、パラパラとめくった。


「そんなの、じいに聞けばいいんじゃない?」


彼が何を知りたいのか、一体何を探しているのか、皇后には全く見当がつかない。

それに、この国の歴史の事なら、士導長がこの国の誰よりも詳しいのは、皇后もよく知っていた。


「それじゃあ、意味がないような気がして。あ、それから、どうやって反乱軍を負かしてやるか、作戦も練らなきゃならないですからね!」


そして、京司がまた楽しそうに笑う。


「…。」


そんな彼を皇后は、口を閉ざし寂しそうな瞳で見つめた。

しかし、皇后には分かっていた。

その笑顔の奥に隠れた彼の本当の心は…。


「俺は何にも変わんないですよ。母上。」


すると京司は、母を安心させようと思ったのか、そんな言葉を口にしてみせた。


「…そうね…。変わってないわね。昔からあなたはウソが苦手だものね。」

「え…。」


京司はその言葉に思わず顔を上げ、皇后の顔を見た。


「覚えてる?あなたが小さい頃、私の大事にしていたペンダントをなくした時の事。散々自分は知らない、て言っていたのに、顔には書いてあったわ。僕が失くしましたってね。」


そう言って、皇后は懐かしむようにクスクスと笑った。


「確か…星羅ちゃんが見つけてくれたのよね。あの子は、昔からしっかりしていたものね。」

「…。」


しかし、京司は口を固く結んだまま、視線を落とした。

やっぱり彼は分かりやすい。


「反乱軍が勝つ事を望んでいるんでしょう?」


皇后の温かい視線が、もう1度京司の方へと向けられた。


「…何を言うんですか?俺は天師教ですよ。母上。」


しかし、京司はしっかりと顔をあげて、その言葉を皇后へ投げかけた。

どこか無理のある、その笑顔を浮かべながら。




************



「優実っていう名前なんだね!!私は天音!」


そう言って天音は、彼女にニッコリと笑いかける。


「天音…?」


優実はその名をそっと口にしてみた。

だが、やはりそんな名前に聞き覚えはなかった。

やはり彼女と会ったのは、今日が初めてに間違いはないはずだ。


「うん!よろしくね!」


『12年位前に、天音っちゅう女の子が、この教会に預けられてたはずなんやけど…。』

「…。」


シスターはその名前を聞き、りん達が訪ねて来たあの日の事を思い出していた。

その名の少女の事を聞きに来た若者がいた事を、シスターはしっかりと覚えていたのだ。


「…天音、この町の外れに、長老の家があります。訪ねてごらんなさい。」


シスターがそっと口を開き、その事を天音に伝えた。

…今言わねばいけない、きっとそれが…。


「え…。」

「あなた。昔、ここに来た事があるのでしょう?」

「はい。」


天音は静かに頷いた。

そう、自分は確かに、この教会へと預けられた。国の者に見つかるまでは…。

それは間違いのない事実。


「行きなさい。神のお導きです…。」


そしてまた、シスターの真剣な眼差しが天音に向けられた。


「シスター。ありがとうございます。」


そして天音は、また深く頭を下げた。


「優実。案内してあげなさい。」


するとシスターが、今度は優実に向かって、涼しい顔でそう言った。


「え!私!?」


優実は突然自分に話を振られて、わかりやすく驚きの声を上げた。


「行こう!優実!」


しかし、天音はそんな優実の気持ちにはお構いなしなしに、彼女の手を強引にひっぱり、扉の方へと歩き出した。


「ちょ、ちょっと!!」


優実は、無理矢理天音に手を引かれ、歩かずにはいられなくなった。

そして、足がもつれながら、引きずられるように、扉の前まで歩かされた。


ギー、バタン

彼女らは何やかんや言いながら、外へと出て行き、教会の古い扉がまた勢いよく閉まった。

そして、教会の中はいつも通りのシンとした静かな空気に包まれていた。



「神よ…。彼女にご加護を……。」



シスターが静かにマリア像へと祈りを捧げた。




************




「何見てるの??」


華子は城の中を散歩中に、中庭にいた青を見つけ声をかけた。

青と会うのは久しぶり。妃になったばかりの頃に、顔を合わせて以来だった。


「空…。」


青は中庭から、空を見上げていた。


「ふーん。」

「もう何も見えないのにね……。」


青がポツリと儚げにつぶやいた。


「なんで目が見えなくなったの?」


今日も絶好調の華子は、ひるむ事なくその疑問を青にぶつけた。


「だから、普通聞くかな…。そんな事。」


さすがの青も、華子のその問いに、少し困ったように苦笑いを浮かべてみせた。

ズカズカ物を言う華子に、さすがの青もタジタジだ。


「普通って?」


華子は悪びれた様子もなく、キョトンとした顔で、首を傾げた。


「…昔から片目が見えなかった…。見えていた方の目も、だんだん見えなくなっていった。」

「ふーん。」

「これは呪いだよ…。神様の…。」


青はまた、空を見上げた。

彼の目には何も映さないが、その空の青さに何かを感じているのは確か。


「…神様いるの?」


すると、華子は再びキョトンとした顔で、青に次の疑問を投げかけた。


「天音と約束したんだ。神様をもう一度信じるって。」


青がどこか寂しそうにそう言って、空を見上げていた顔を元の場所へとゆっくり戻した。


「ふーん。天音、モテモテだね。」

「…僕の思いは届かないよ…。」


茶化すように華子がそんな事を口にしても、青はそれを真面目に受け取って、どこまでも真面目に答える。


「何言ってんの!そんなの告白してみなきゃわかんないよー。」


そんなつまらない答えにも関わらず、華子が青に顔を近づけて、ニヤニヤ笑いながらそう言ってみせた。


「アイツには、かなわなかった…。」

「大丈夫だよ!アイツはたいした事ないって。まったく女心わかってないし!」


青の言う()()()と華子の言う()()()はどうやら繋がっているらしく、華子はやっぱりここでも、あからさまに嫌な顔を見せた。


「でも、僕だってそうだよ。こないだだって、天音を怒らせた。」

「へー。でも、あんたいい男になるよ。」

「え…?」


すると今度は、青がきょとんとした顔を見せ、華子の方を見た。


「私が保証する!!まったく、天音はホント鈍感なんだからー。」


華子はそう言って、どこか不満そうに、また口を尖らせた。


「ありがとう。華子……。」


青が少しはにかんで華子を見た。

華子のその言葉に救われた気持ちになった。この行き場のない思いを華子に聞いてもらえただけで、十分だった。


「うん!!」


華子もそれに答えるように、ニッコリと笑った。


「じゃ!またね!」


そう言って、華子が立ち去ろうとした。その時…


「華子…。」


そんな華子を、青の消え入りそうな声が引き留めた。


「ん?」



「…後は頼んだよ………。」



「…まかしとき………。」




華子が青に背を向けたまま、そうつぶやいて、去って行った。


中庭から見えるのは、どんよりした雲に覆われた空だけ。

そんな空が、どこか寂し気な彼の背中を見下ろしていた。





*****************




「まったくなんで私が!」


優実はブツブツ言いながらも、ちゃんと天音を長老の家へと先導してくれていた。

そして、天音もそんな優実を信じ、早足の彼女について行く。


「…優実ありがとう。あの時…。」


天音は急にしんみりした声を出し、浴衣を借りた時のお礼を口にした。


「もー、だから!」


しかし、優実は呆れたように、天音の方へと振り返った。

何度も言うように、今まで会った事はないし、きっとそれは人違い。

お礼を言われる筋合いもなかった。


「いいんだ。覚えてなくても。」


天音の瞳が、どこか寂しげに揺れた。

例え彼女が覚えていなくても、例えそれが夢であっても、天音は確かにあの時、彼女の言葉に、笑顔に救われた。

それは真実。誰が何と言おうとも…。


「やっぱり、優実の言う通りだった……。」

「…。」


そんな、天音の儚げな表情に、優実は反論する事をやめ、何も言えなくなった。


「着いた。この家。」


目的地へと到着した優実は、丘の上にポツリと立つ一軒の家の前で足を止めた。

すると優実は、何の躊躇もなく、ノックする事もなく、その家の扉を勢いよく開けた。

まるで、教会に入ってきた時と同じように。


「じっちゃーん!」


扉を開けた優実が、家の中に響き渡るような大きな声で、そう叫んだ。


「え…?」

「おお、優実。買い物に行ってきてくれたかい?」


天音は、優実のその行動に思わず首を傾げた。

そして家の中からは、1人の老人の声が聞こえた。


「それがさー、変なのに捕まってさー。」

「もしかして…。」


天音はひょっこりと、扉から顔を覗かせてみせた。


「うん。長老は私のじっちゃん。」


家の中から、天音の方へと振り返った優実が、当然のように、そう答えた。

どうやら天音が推測した通り、優実はこの町の長老の孫娘だったのだ。


「…そうだったんだ…。」

「お客さんかい?」


天音が納得していると、中からニコニコと笑顔を浮かべたおじいさんが顔を出し、天音の方へとやって来た。


「あの、こんにちは。私、天音っていいます。」

「…あまね……。」


すると長老は、天音の名前を聞いたとたんその笑顔を崩して、急に険しい顔に変わった。


「なんか、シスターに変な奴、押しつけらてさー。」


優実は、そんな長老の表情には気づかずに、部屋を片付けながら、ブツブツと文句をもらすという、なんとも不思議な行動で、天音を家に迎え入れる体制に入る。


「私の事…知ってるんですよね?」


天音は、その長老の表情を見逃さず、早速本題を切り出した。

そう、シスターがここへと導いた訳を、天音は悟り始めていた。


「……。」

「私…。あの教会に預けられたんです。12年前に……。」


天音は、自分からその話しを切り出した。

彼はきっと12年前の事を、何か知っているに違いない。


「あんた何者……?」


すると、長老より先に口を開いたのは、いつの間にか天音に睨みをきかていた優実だった。


「え…。」


天音は、優実のそんなな顔を見て、少しうろたえた。

優実に親近感を覚えていただけに、そんな顔を見せられた事は、天音にとって少なからずショックな事だった。


「優実…。」


敵対心むき出しの優実をなだめるように、長老が落ち着いた声で彼女を呼んだ。


「12年前…。」


優実は、その単語を噛みしめるように、もう1度ゆっくりつぶやいた。

そう、大事な何かを思い出すように。


「…ああ。覚えとる。毎日君は、あの教会で祈っていたね…?」


すると長老は1度目を閉じて、どこか懐かしむように、穏やかな声で、天音に語りかけた。


「…お母さんが言ってたから。困った時は祈りなさいって…。」


天音は、どこか悲しげに微笑みながら、そう答えた。


「あんた…国のもんだろ…。」


しかし、そんな2人とは対照的に、未だ睨みをきかせている優実が、低い声で言った。


「え…。」


天音は、優実が向けたその冷たい視線に、思わず言葉を失う。

さっきまでは、あんなに普通に話していたのに、彼女からの信頼は、12年前という言葉によって一気に消し去られてしまった。


「じっちゃんに何の用!!」


優実は1歩前に出て、長老を守るように、彼の前に立ちはだかった。

この行動からして、優実は国の者を良く思っていない事は明らか。


「やめるんだ。優実。」


長老はそんな優実をなだめようとするが、優実はそこから動こうとはしない。


「私は、国の奴らを信用しない。私の両親は、国の奴らに捕らえられて行ったんだ。」「え…。」


―――ここにも、国によって苦しんでる人がいた…。


その事実に、天音は絶句するしかない。


「やめないか!優実!」


そんな優実を見かねた長老が、厳しい声を上げ、優実の腕を後ろへと強く引いた。

ここで彼女を責め立てても何の意味もない。その事を長老はよく理解している。


「国の者の指示によって、この町の人間は、みな、ここから去っていった。そして、それを反対した優実の両親も、国の者に無理やり連れていかれた。」


長老は、12年前ここで起こった出来事を、包み隠さずに、天音に話してくれた。

それはおそらく、天音はそれを知るべきだ。そう思ったから…。


「それは…。」


天音にはわかってしまった…。


「国の連中がさせた事だ。何が原因かは言わなかったがな…。」

「私が、ここにいた事を隠したかったからだ…。私の存在は、誰にもバレちゃいけない…。それに、私の村から1番近いのは、この町だし…。私が…、私のせいで…。」


天音は下を向いて、うわ言を繰り返すように、つぶやいた。

自分せいで苦しんだ人がいるのに、今まで何も知らず生きてきた。

その事が悔しくて仕方ない。


「…。」

「…私がいなければ…。」


天音は震える唇で、もう1度、そうつぶやいた。


「君のせいではない。」


長老は天音に近づき、優しくそう言った。


「君があの教会にいたのは、ほんの4、5日くらいだった。そして、君は国の連中に無理やり連れていかれた。そうだろう?」


『いやだー!離して!!辰と約束したんだもん!!』


確かに長老の言う通り、国の連中は、天音が教会に預けられた事をすぐさま調べあげ、天音をこの町から、連れ出して行ったのだ。


「どんな少女かは知らないが、あの教会で熱心に祈っていた姿は、優実と同じ、ただの幼い少女だったよ。」


長老はそう言って、天音に向かって、優しく微笑んでくれた。


「長老さん…。」


天音が顔を上げると、そこには、長老の優しい眼差しがあった。

彼はちゃんと人を見極める目を持っていた。そして、彼のその優しさが、天音の心に染み渡っていく。


「なぜ人々がこの町を追い出されたのか、その詳しい経緯は分からないが、その事が外に漏れないように、見張り番として、私だけがこの町に残された。そして、幼かった優実も一緒にな…。」


それが12年前の出来事の全て。


「……ご…めん…なさい。」


天音は震える声であやまり、頭を下げた。


「君は何も悪い事をしていないんだろう?君が謝ることではない。」

「…。」


しかし、天音は頭を下げたまま、動けないでいた。自分がこの教会に来なければ、こんな事は起こらなかったに違いない…。そう考えずにはいられない。


「顔をあげなさい。それにこの国はもうすぐ変わる。」


そんな天音の心情を察してか、長老が目を細めて口を開いた。

そして、天音はその言葉に、目を大きく見開いた。


「また、この町にみんなが戻ってこれるような国に…。そうだろう?」


…謝るだけじゃ、何も変わらない…。

…変わらなければ…。


「はい!!」


天音は顔を上げて大きく頷いた。


「行くよ!」


すると突然、それまでだんまりを決め込んで、その様子を見ていた優実の大きな声が、長老の後ろから聞こえた。


「え…?」


天音は何のことかもわからず、キョトンとした顔で優実の方を見た。


「あんたのせいで、買い物行きそこなったんだから、あんたは荷物持ち!」


先程までの、睨み顔の優実はもういない。

そこにあったのは、バツの悪そうな顔で、そっぽを向きながらそう話す彼女の姿。


「優実…。」


優実も全てを理解した。天音が悪いわけではない。

気の強い優実ならでは、ごめんの言葉に変わるその提案に、天音は思わず、クスリと笑みをこぼした。

そして、天音はそんな長老と、優実の優しさに救われた気持ちになった。


「あと夕食の準備も!」

「うん!!まかせて!」


そんな天音の目に、きらりと何かが光ったのを、長老は見て見ぬふりをしてみせた。





*****************




「青の様子は?」


老中が神妙な面持ちで、士官に尋ねた。


「今の所、変わりはないようで。」

「そうか…。」


老中が何かを考え込むように、口許に手を当てた。


「それで、使教徒はどうした?」


老中は、青以外の使教徒達も捕らえるように、士官に命令をしていたが、彼らを捕らえたという報告は、一向に上がって来ない。


「そ、それが…。」


士官の目が老中のその言葉に、明らかに泳ぐ。

士官は、使教徒達を見つける事に、苦戦していた。

今の所、使教徒を見つける目印はただ1つだけ…。


「まあ、そんなに簡単にいかないのはわかっている。しかし、時間はもうない。」

「も、もちろんです。」


老中は、その答えがわかっていたかのように、落ち着いた様子で口を開いた。しかし、時間が迫って来ているのは事実。反乱軍が次にこの城に攻め込んできたら、ここはどうなるかは分からない。

しかし、奇跡の石があれば違う。石さえあれば、この世は、自分が手に入れたも同然。


「それに、あの坊ちゃんは、今更やる気を出しはじめたときた。反乱軍を負かすだなんて、言って。まったく…やっかいだな。使教徒は…。」


そしてまた、老中が顔を歪ませた。

京司は、皇后に言ったのと同じような事を、老中にも話していた。

そう言っておけば、老中は自分に干渉してこない事を知っていたから。

それは、京司の思惑通り…。


もう厄介事はごめんだと老中は考え、今は石を探す事だけに専念していた。

そう、あとは、石さえあれば…。




*****************





「はー、平和やなー。」


りんはそう言って月斗の小屋の前の芝生にゴロンと横になり、日向ぼっこをしていた。その光景は、どこからどう見ても平和そのもの。


「何バカな事言ってるの?」


しかし、いつの間にか、呆れ顔のかずさが上からそんな平和ボケ真っ最中のりんを見下ろしていた。


「お、かずさ!」


するとりんは、かずさの顔を見たとたん、ニッといつもの笑みを浮かべてみせた。


「何、呑気にしてるの。あなた達、使教徒は今も狙われているのよ。」


かずさは、眉間にしわを寄せ、りんを見下ろし続けている。


「まー、何かあったら、月斗の力で何とかしてもらえばええやろ。」

「…。」


りんには、全く危機感がらないらしく、その上、人任せときた。

そんなりの言葉に、かずさは不満気に口をつぐんだ。


「大丈夫や。安心しぃや。この国はシドを中心にまとまり始めてるし、わいらは天音の帰りを待つだけや。」


りんはそう言って、気持ち良さそうに、風に吹かれ、静かに目を閉じた。


「…天音が帰ってくると思ってるの?」


そして、口をつぐんでいたはずのかずさが、ゆっくりとまた口を開いた。


「…ま、いずれなー。」


りんは、またどこか呑気にそう答えた。

今日はいつもよりも暖かい気候で、日向ぼっこをするには絶好の日和。

そんな天候もあいまって、りんに眠気を誘っているのは明らかだ。

それを察したかずさは、それ以上は何も言わず、元来た道を引き返していった。




*****************




「お、、おもい。。」


優実と町に買い出しに出た天音は、大量の荷物を持たされていた。

優実は人使いがあらく、どこまでも容赦ない。買い物の途中、少しだけお菓子をつまみ、水も買い飲んだ。

しかし、ここ数日、まともに食事を摂っていない天音の体には、応こたえた事は間違いない。


「いいおじいさんだね。」


そんな買い物の帰り道に、天音が優実にポツリと話しかけた。


「へ?じっちゃん?」


優実は突然そんな事を言われ、そうかな?という顔で天音を見た。


「私にもいたんだ。おじいちゃんみたいな人。」


長老とじいちゃんを重ね合わせた天音は、懐かしそうに目を細めた。


「ふーん。そうなんだ。」

「うらやましい。一緒に暮らせて。」


どこか寂しげに、天音がポツリとつぶやいた。

きっとそれはもう、自分にはもう叶わぬ夢…。


「えー!小言ばっかりうるさい、じいさんだよ!」

「クスクス。」


天音は、優実のその反応に、思わず笑みがこぼれた。

自分も同じような事思っていた。そう、一緒に暮らしていた時は当たり前すぎて、気がつかなかった。

家族というかけがえのない存在に。


「ありがとう…。」

「え?」


そして、天音の口からは、自然とその言葉がこぼれ落ちた。

突然、どうしたんだろうか?と優実はまた天音の方を見た。


「…私、あのまま優実に嫌われてたら、立ち直れなかったかも。」

「…じっちゃんも言ってたじゃん。あんたが悪いわけじゃないって。」


天音は、先程の感謝をもう1度優実に伝えた。

それは、じいちゃんの言葉を思い出したからだった。


『天音…。憎しみからは何も生まれないんだよ…。』


それを身を持って教えてくれたのは、優実だった。

憎しみの目を向けていたはずの優実は、天音を許してくれた。

その事で天音は救われた。


一方の優実は、何だか少し、恥ずかしくなって下を向いた。

むしろ、勘違いをして、怒りを見せてしまったのは自分なのに。


「まあ、あんな事言って怒ったけど、私も、あんま覚えてないんだよね。12年前の事…。小さかったし。」


すると優実は、顔を上げ、もう気にしなくていいといわんばかりに、そう言って笑った。


「そっか…。」

「でも、今も昔もこの町が好き。」


丘の上に立つ、優実の澄んだ瞳が、町を見下ろしていた。


「だから、あんなじっちゃんのそばに、今もいるのかなー。」


優実が、清々しいほどの笑顔を振りまいて、そう言った。


…優実はちゃんとわかってる…。


「そうだね…。私も…そうだったよ……。」


天音も町を見渡しながら、消え入りそうな声でつぶやいた。




*****************




「ハァハァ……。」


青が苦しそうに、ベットの上で息を荒げている。

まるで何かの病に侵されているかのように…。


「ハァハァ…あま…ね…。」




この発作を止める薬などない。そして、この発作は自然と治るもの。

しかしこの所、発作が頻繁に起こっているのも事実。

そんな苦痛の中で、呼ぶのは、やっぱり彼女の名前。それがまるで、発作の治る呪文のように、青は、彼女の名前を唱え続けていた。





*****************




「んー!優実は料理も上手だね!」


その夜、優実の腕をふるった料理が、長老宅の食卓にならんでいた。

天音は、ご好意に甘えて、夕食をご馳走になっていた。

やっと、まともな食事にありつけた天音の箸は、止まる事はない。


「ま、まーね。」


優実が、天音の褒め言葉を聞いて、照れくさそうに笑った。

やっぱり自分の作った料理を、美味しそうに食べてもらえるのは、嬉しいようだ。


「長老さん、優実も、本当にありがとうございます。夕食までごちそうになって…。」

「いいんだよ。」


改めて、天音がお礼を述べると、それに答えるように、長老が優しく笑った。


「で、あんたどっかっら来たの?」


箸の止まらない天音を横目に、優実が天音について尋ねた。


「城下町…。」


すると、天音の箸のスピードが落ち、目を伏せて静かに答えた。


「へー。あんた城下町に住んでんの?すごいじゃん!」


この町で生まれ育った優実にとって、城下町は未知の世界。

彼女は、城下町というワードを聞き、興味深々の瞳を天音に向けた。


「うーん…。住んでるっていうか…。でも昔は村に住んでたんだよ!」

「村…か…。」


天音は何と答えたらいいか分からず、話題を村に住んでた事へと、すり変えた。

そもそも自分は、城下町の人間ではない。

それに自分はあそこから、逃げてきた身…。

すると、村というその言葉に、長老が反応を示した。


「さっき優実には言ったけど、その村でおじいちゃんみたいな人と暮らしてた。血はつながってないけど…。」

「あ、ああ。」


優実はその話を聞いて、また、まずい事を聞いたかと思って、答えを濁した。

なぜなら、さっきの天音の寂しそうな顔を思い出したからだ。


「でも、村を出て城下町に行った。天師教の妃になろうと思って…。」


しかし、天音は話を続けた。やっぱり2人は聞いてもらいたいと思ったから。

自分がなぜ、城下町へ行ったのか…。


「へ!?あんたが妃!?」


優実はあまりに驚いて、思わず箸を落としそうになった。

こんなどこにでもいるような普通の子が、妃になろうなんて、常識的には無理な話。

優実がそう考えるのも無理はない。


「うん…。でもダメだった…。」


そして、天音はその事実を、寂しげにつぶやいた。


「ご、ごめん。」


その様子に優実は、また余計な事を言ったかと思い、気まずい顔ですぐさま謝った。

ついつい思った事をすぐ口にしてしまうのは、彼女の悪い癖だ。


「アハハ、いいんだよ!」


天音は、気にしていないように振る舞い、あっけらかんと笑ってみせた。

でも、どかこ無理をしているのは、誰が見ても明らかだった。


「それから村に帰ったら、村もなくなってた…。」


しかし、天音の声が、またさらに低くなった。


「え…。」


優実は思わず言葉を失った。自分の住んでいた場所が、故郷がなくなる…。

そんな事があるなんて、信じられなかった。

…もしも、自分が同じ目にあったとしたら、こんな風に笑ってられるだろうか…?


「こんな時代だからな……。」


長老も寂しそうに、小さくつぶやいた。


「長老さん!輝夜村知ってますか?」


天音は、突然声のボリュームを上げ、思いきって、長老に聞いてみた。

何度も何度も、いろんな人に聞いてきたが、今まで誰1人知っている人などいなかった。

その度に、何度も絶望を味わってきた。

でも、やっぱり、どうしても期待してしまう。

今度こそはと…。


『知ってるんですか!輝夜村!』


長老は、その村の名前を聞いて、思い出していた。

いつか、輝夜村という村を探しに、この町に来ていた少女がいた事を…。


「君だったか…。」

「え…?」


そう、天音は以前に、輝夜村の事を聞きに、中月町に訪れた事があった。

その時、天音に話しかけた老人は、長老だったのだ。

しかし、あの時は村を探す事にあまりにも必死で、天音は、その時長老と話した事も、よく覚えていないようだ。


「いや、わしも知らんな…。」


なぜか長老も、どこか申し訳なさそうに、その一言だけつぶやいた。


「やっぱり、かぐや姫の伝説の中にしかない村か……。」


天音が、どこかあきらめたように、小さくにつぶやいた。

ほら、やっぱりまた同じ答え…。

誰も知る人などいない。…それが事実。

だから…きっとあの村は…。


「かぐや姫か…。」


そんな天音を見かねた長老がボソっとつぶやいた。


「え…?」

「かぐや姫は、おじいさんと別れたくないと嘆くが、月の使者達によって、無理やり月に帰る事となる。」


長老が口にしたそれは、かぐや姫の話の一説。


コンコン


すると絶妙なタイミングで、長老の家のドアを叩く音がした。





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