線香花火の夢
「ど…うして…ここに…。」
天音は驚いて、目を見開いた。
なぜ青がここにいるのか…?
天音は、頭の中をうまく整理する事ができず、その場に固まった。
「え?帰り道だから。」
しかし、青は何事もなかったかのように、きょとんとした顔で首を傾げた。
青は、なぜ天音がそんなに驚いているのか、わからないといった様子。
まるで、この公園で顔を合わす事は、当たり前だと言わんばかりに…。
「え…。」
天音は青のその言葉に、また言葉を失った。
…帰り道って、一体どういう意味?
彼と会うのは、ほとんどが城の中。
青と最後に言葉を交わしたのだって、確か城の中で…。
そして、もう1つの疑問は、最後に会った時の青とは、うって変わって、今、天音の目の前にいる彼は、爽やかな笑顔を天音に振りまいている。
そんな彼の格好は、白いワイシャツに、黒のカーディガン、そしてズボンは、チェック柄。
彼のいつもの恰好とは、明らかに違う…。
「また、あのボウズと会ってたんだろう?」
青は、話題を変えるように、少し笑ってそう言ってみせる。
「…え…知ってたの…?」
どうやら、青は、あの男の子を知っているようだ。
そして、天音があの子とこの場所で会っている事も。
「…青…。」
天音が、どこか消え入りそうな声で、彼をもう1度呼んだ。
「ん?」
青は、いつもとなんら変わらない、穏やかな声で返事を返した。
「私…ずっとここに居ていいの…?」
天音は、そっとその不安を口にした。
それはまるで、聞いてはいけない事のように…。
「え?何言ってんの?」
青はやっぱりまた、きょとんとした顔を見せて、何の事やらという表情で天音を見ていた。
「だって…。私…。」
「……いつかは、ここを出て行く?」
下を向いて、震える唇でそう言った天音のその言葉に、青が言葉を重ねた。
「…うん…。」
天音は顔を上げる事はできず、小さく頷いた。
…わかっている…。ずっとここにはいられない…。
ここはとっても居心地がいい。
私を傷つけるものなど、ここにはない……。
でも……。
「…ずっと同じ場所にはいられない…。そんな場所もあるかもね…。」
青のその青い瞳は、今日は真っすぐと天音を見ていた。
その目は、城の中に閉じこもっていた、あの頃の青のものではない。
「僕らは、そうやって生きていくのかもね。」
「…。」
天音は唇を噛みしめた。
…わかってる……。
「でも…私……見たいの…。約束したの……。雪を見よう…って……。」
ザ―
落ち葉が風で舞う。
「…そう……。」
青の瞳が少しだけ、ほんの少しだけ揺らいだ。
そんな気がした……。
ザ―
そして青は何も言わず、公園を後にした。
秋の少し冷たい風が、木々から色を変えた葉を次々に落としていった。
☆
「天音!!」
「え…!」
天音がハッと気が付くと、今度は公園のベンチに座っていた。
天音の目の前には、いつもの男の子が、血相を変えて天音の腕を掴んでいた。
明らかに、いつもの彼とは様子が違う。
「ど、どうしたの…?」
「お、俺…引っ越すことになった…。」
天音は、そんな彼の切羽詰まった表情を見て、何があったのか、聞かずにはいられなかった。
すると、男の子が声を震わせて、天音のその問いに恐る恐る答えた。
「え…。」
その事を聞いた天音も、思わず言葉を失う。
『ずっと同じ場所にはいられない…。僕らはそうやって生きていくのかもね。』
やっぱり青の言った通り、ここはそういう場所なのかもしれない。
「い、行きたくねーよ。」
彼は、今にも泣きそうな声でそう言った。
普段は大人びた事を言ってみせても、やっぱりまだ子供の彼には、きっとどうする事も出来ない。
それは、自分の意思で村を出た天音とは違う。
「…。」
そんな震える彼の手を、天音はぎゅっと強く握った。
「ねえ、君にはお父さんやお母さんいる?」
天音は彼をなだめるように、優しく話しかけた。
「…いるよ。」
彼は下を向いて、小さく答えた。
「じゃあ、離れちゃダメだよ。」
彼が唇を噛みしめた。おそらく、泣くのを我慢しているのだろう…。
「…一緒にいたくても、一緒にいれない人もいるんだから。」
天音が瞳をそっと伏せた。
「え…。」
彼が唇を噛むのをやめ、そっと顔を上げた。
「…お前は…いいのかよ…。」
…それは…もちろん…寂しいよ…。
でも、それは言葉にしなかった。だってそれを言葉にしてしまったら…。
「わかったよ。待ってる…。」
「…。」
「君が、いつかここに帰ってくるの…。」
君は行かないって言うでしょ?
だって君は優しいから…。
ザ―
そこに吹き荒れたその風は、もうだいぶ冷たい。
「見るんでしょ?雪。」
それは冬になる少し前…。
「約束。」
そう言って天音は、彼の小指に自分の小指を絡めた。
忘れないで……
他の誰かじゃダメなんだ……
ザ―
そして、天音がまたゆっくりと目を閉じた瞬間、先程より強い風が吹き荒れた。
…知ってる。この冷たい風。
…冬が来る…。
そして、天音はそっと目を開けた。
すると、今度は1件の家の前に立っていた。
「…。」
その家の前には、引っ越し用のトラックが止まっていた。そう、そこは、おそらく彼の家の前。
そして、黒い乗用車の隣に、下を向いて俯いている彼の姿を見つけた。
「元気でね。」
天音は、下を向いたままの彼の元へと駆け寄り、その一言をポツリと彼に投げかけた。
「俺…絶対戻ってくる。」
彼が顔を少し上げて、そう言った。
「うん。」
天音が少し寂しげに、優しく笑った。
「絶対年上になって帰って来る。」
「うん。」
…やっぱり、君はどこまでも真っ直ぐだね。
「忘れるなよ。約束!」
そう言って彼は天音に背を向けた。
「行くわよ。京司。」
するとその時、車の中から、母親らしき人が彼を呼んだ。
「え……。」
そして、彼は黙って車の中に乗り込んでいった。
「ま………って……。」
思考が停止したかのように、一点を見つめ、立ち尽くす天音が、何とか口を動かそうと脳に指令を送るがそれはもう遅い…。
彼にその声はもう、届かない…。
「天音ーーーーー!!」
そして彼は、動き出そうとする車の窓から顔を出して、大きな声で叫んだ。
これでもかというくらいに…。
ザ―
車が発車したその瞬間、風で彼の前髪が揺れた。
『…そうだ…私は知ってる…。』
『優しい目をしているのに……。』
彼の真っ直ぐ天音を見つめる目が、前髪の間から顔を出す。
ザーーーー
「京司ーーーーーー!!」
天音が、その名を、今までで一番と言ってもいいくらいの大声で叫んだ。
もう二度と呼ぶ事ないと思っていたその名を…。
しかし、無情にも、車は遠くなるばかり。
そんな風景をただただ、見つめ続ける事しか、彼女には出来なかった。
「きょう…じ…。」
車が見えなくなった後も、天音は冷たい地面にしゃがみこんだままで、動けないでいた。
ザ―
冷たい風が、容赦なく天音に吹きつける。
「天音…帰ろう…。」
すると、懐かしいその声が、天音の背後から聞こえ、天音がその方へと視線を移した。
そして、その声の主が、天音に手を差し伸べた。
「……お父さん。」
ザ――――――
天音は、急に吹き荒れた強い風に、思わず目を閉じた。
************
「ありがとう……天音………。」
ベッドに横たわったままの青が、力なく小さくつぶやいた。
************
ザ――
「気持ちええ風やな!!」
りんが城の前で、背伸びをしながら、大きな声で叫んだ。
「いや、寒いけど。」
するとその言葉に、月斗がすかさず突っ込みを入れる。
どうやら、このコンビもだいぶ板に付いてきたようだ。
「人は何度でも立ち上がれるんや。間違ったとしても。そうやろ?星羅。」
「ええ…。」
そして、星羅も真っすぐ城を見つめ、りんの言葉に大きく頷いた。
************
ザ―
「ん……。」
天音がまた重く閉じたその瞼を、そっと押し上げた。
…これは一体何度目の…。
そして、視界がハッキリとしてした所で、また頭を再び呼び覚まし、その景色を見渡した。
「……やっぱり、夢………。」
天音の目の前に広がる景色は、元いた場所、村のあった荒地だった。
チリン
すると、天音の手の中から鈴のキーホルダーが地面に落ち、儚い音を奏でた。
「…。」
天音は口を結んだまま、地面に転がるその鈴をじっと見つめたまま、微動だにしない。
ザ―
その瞬間、再び強い風が吹き荒れて、天音の目の前で砂埃を舞い上げた。
「痛っ!」
どうやら、その砂埃のせいで、天音の目には砂が入り込んでしまったらしい。天音はその痛みに、思わず目をギュッと強く閉じた。
ザッ
ザッ
その時、1つの足音が天音に近づいた。
「…だ…れ……?」
天音はまた、恐る恐るゆっくりと目を開けた。
それを確かめたいような、確かめたくないような…。
もう、自分の気持ちさえも、上手く理解出来ない。
「まったく…。こんなホコリまみれになって。」
…やっぱり、これも夢?それでも、いい…。
その笑顔に涙が止まらない…。
「じいちゃん!!!」
天音は、目の前に現れた、その懐かしい姿に、思わず飛びついた。
「これ、天音。じいちゃんがひっくり返るだろう!ホッホッ。」
じいちゃんは、昔と同じように柔らかく笑った。
その姿は、昔となんら変わらない、天音の大好きなじいちゃんのままだった。
☆
「私、城に行ってわかったんだ。」
天音とじいちゃんは、小川のほとりに腰掛けた。
そして、始めに口を開いた天音は、ゆっくりと話し始めた。
「私みたいに、村で平和に暮らしている人だけじゃないんだって…。この国に不満を持っている人がいる。この国を変えたい人がいるって…。」
「そうかい。」
じいちゃんは、じっと天音の言葉に耳を傾ける。
「…だから、天師教が支配する国じゃだめなんだって。」
「…。」
「この国は、天師教は…何もわかってない…。不満を持っている人がいる事も、苦しんでいる人がいる事も…。何も見ていないんだって。」
川の水に光が反射して、キラキラときらめいている。それを天音は、じっと見つめていた。
「天師教は、いらない者を容赦なく切り捨てる…。私のお母さんのように……。」
「…そうかい。」
じいちゃんは、同じように、また小さく相槌を打った。
「だから、もうこの国に天師教はいらない…。私もそう思った…。でも……天師教は………私の大切な人だった………。」
「…。」
「どうして……なんで……気づかなかったの…。私は…何を見ていたの…。」
ポタ
枯れたはずの涙が天音の目から溢れ出し、また地面を濡らした。
『もしかしてここに住んでる人!!つまり王族の人!』
どうして私達は、出会ってしまったの……?
『この印より向こうは、王家の敷地。』
『もう、あの池には行かない方がいいわよ。』
『知りたい?天師教の事。』
『そうだなー。顔は、俺といい勝負かな?』
『この奥には、天師教のいる玄武の間があるわ。』
『今なら引き返せるわよ…。』
気づかないはずない…。
だって京司は…。あの城にいたんだから…。
『天師教ならきっとそう言うよ…。』
『無様だったぜ。』
『天師教には会ってはダメだ。』
『何で…気づかねんだ…。』
『彼がこの城に来るまでは…。』
『この城の中で、京司って人知っていますか?』
『どこでその名を?』
『覚悟は…あるのか?』
みんなが私に問いかけていた…。
『天師教の妃になってどーすんだよ。あいつがいる限り、この国は変わんねーよ。』
『天師教が死んだら、また次の天師教が立つ…。』
『アイツにはアイツのやつべき事があるんだと…。』
『あれが…天師教…。』
初めて見た天師教は、遠い所に居た。私の手の届かない所に…。
そう、いつだって天師教は、そういう存在だった。
同じ城にいるはずだけど、どこか遠い存在。
『天師教は……。』
でも本当は、気づかないふりをしていたんじゃないの?
本当は、認めたくなかっただけ…。
『いいか、必ず天師教を殺すんだ…。それが君の宿命……。』
『俺を殺せよ……。』
私は……。
『現実を見なければ、未来を生きてはいけない。そうだろう天音?』
都合の悪い現実から逃げ出したんだ…。
天音は下を向いたまま、じっと地面を見つめた。
「天師教は悪者かい?」
その時じいちゃんが、おもむろに口を開いた。
「え…だって……。」
「何を見てきたんだね…?」
その瞬間、じいちゃんの鋭い視線が、天音に突き刺さった。それは、いつものじいちゃんの柔らかい眼差しとは、明らかに違うもの。
「大事な人の何を見て来たんだい?」
「え…。」
「天師教は、神でなければいけなかったのかい?お前が見て来たその人は、全部幻だったのかい?」
「だって、天師教は……。」
「何を信じてきたんだい?天音…。」
「…。」
じいちゃんの厳しい言葉は止む事はない。
そして、天音はまた俯いた。
『ああ…。俺はいつでも1人。でも、1人が楽だからな…。』
『…俺もそのうち死ぬのかもな、寂しすぎて…。』
彼は、いつもどこか寂しそうだった。
だから、放っておけなかった。
だから、あの池に足を運び、彼に会いに行った。
『知らないのか?この国では、天師教が神って言われてる。』
『天師教は神じゃない。ただの人間なのに…。』
『今の天師教さんが死んだら、誰が悲しむの?』
『そんなの天使教さん、疲れちゃうもんね…。』
そうだ彼は寂しかったんだ…。
神様だって言われ続けて…。
私は知っていたはずなのに…。
『無理に笑わなくていいんだぞ。』
『妃候補は、一度家に帰れる事になった。』
『何言ってんだよ!!お前が教えてくれたんだろう!あきらめんなって!』
『ほら行くぞ。』
『お前は俺にさんざん言ってきただろ。1人じゃないって。』
彼は、私達となんらかわらない、ただの人間だった。そう、とっても優しい人だ…。
『全部なくなっても、思いは消えたりしない。思いが力になる。』
知ってる……。彼は真っすぐな人だ…。
『反乱だかなんだか知らないけど、あんた達はちゃんと考えてんのか?この町の事を!この国の事を!』『ここで今、反乱を起こしてもこの国は変わらない。』
『…俺言いたいんだ…。この国が好きだって。』
そしてあなたは、誰よりもこの国が大好きなんだ。
私は知ってるよ。
『アイツもつらいんや…。』
…めんね…。ご…めん……。
「天音…。憎しみからは、何も生まれないんだよ…。」
じいちゃんがそう言って、下を向いたままの天音の頭をそっと撫でた。
じいちゃん暖かな手の温もりを感じ、また涙が天音の頬を伝った。
『私決めたんだ…信じるって…。』
『…何を……?』
『自分…。』
『自分の可能性を信じるって…。』
あの時も京司は、私の決意を黙って聞いてくれた。
『天音…。』
『ん?』
『俺にも何かできる事あるのかな…。』
『あるよ。』
あなたはなんだってできるよ。
だって、あなたは強くて、優しい人だもの…。
『…俺言いたいんだ…。』
『何を?』
『この国が好きだって。』
あなたは、やっぱり天師教なんだね…。
だって、この国が大好きなんだから…。
『…言えるようになるよ。』
あなたが天師教でよかった…。
『天音がいてくれれば。言えそうな気がする。』
私を信じてくれてありがとう…。
なのに…私は…。
『じゃあ、みんなが京司の敵になっても、私は京司を信じるよ。』
ごめんね…。京司………。
私は、ちゃんと信じてあげる事が出来なかった。
信じていいよね?
あなたと交わした言葉に、ウソはなかった。
だってあなたは、ウソが下手なんだから…。
私達が出会ったのは運命のいたずら?
それは決められた宿命?
ちがうよ…。
全部、私達の選択。それは私達の意思。
私達の選んだ道なんだよ。
そして、泣き疲れた天音は、じいちゃんの優しい眼差しに包まれ、彼の膝の上でいつの間にか眠ってしまった。その姿は、幼い頃となんら変わらない。
もういいんだ。
たとえ全てが夢だったとしても。
私にとっては全てが真実…。
天音が再び目を覚ますと、やっぱりそこには、じいちゃんの姿はなかった…。
そして1枚のメモと、鈴のキーホルダーが私の手に握られていた。
“お前が望めば奇跡はそこにある。お前の信じる先に真実がある。”
「じいちゃん…。」
チリーン
天音は、村の事でもなく、お母さんの事でもなく、ただ、京司の事だけをじいちゃんに話した。
たとえ、もうじいちゃんと会う事がなくても、この先話す事が出来なかったとしても、この日の事はきっと後悔はしない…。
************
「シド!」
りんが勢いよく、シドの背中を叩いた。
「オウ!りん。」
「あんたがやっぱり、ホンマのリーダやな!」
りんがいつものように、ニッと笑った。
その笑顔がシドの背中を後押しする事は、言うまでもない。
「あんたにしかできん事あるんや。」
そう言ってりんは、城下町の入り口にできた人だかりを眺めた。
その日、大勢の民衆達が反乱軍達の呼びかけで、そこに集まっていた。
「静かにしてーな!!」
りんが声を上げると、シドが人々の前に歩を進めた。そして彼は、民衆の前に立つ。
「みんな、聞いてくれ。この国を変えるには…。天師教を失くす事から始まる。だから我々は、天師教を討つ。この国は、多くの血を流しすぎた…。ジャンヌを知っているか?」
シドがゆっくりと静かに、そこにいる人々に語りかける。
「名前ぐらいは聞いたことあるけど…。」
「確か魔女だったって…。」
人々が、ジャンヌに関して知っている事を口にした。
「そうだ。ジャンヌは、神の子ともてはやされ、反乱を率いた女性だ。彼女の行った事が全てうまくいき、全てが順調に進んだ。しかし、最後の戦いで、彼女は国の軍にはめられて、大きな失敗を犯し、多くの犠牲を生んだ。そうして人々は、誰も彼女を信じなくなった。
それをいい事に、天師教は、彼女を魔女だといいはり、彼女を殺した。」
「…。」
人々が静まり返って、シドの話に耳を傾けている。
「今の我々ならわかるだろう?これがどういう事か…。」
「ひどい…。」
1人の女性がポツリとそうつぶやいた。
もちろん、そこに集まる人々がその言葉に賛同を示しているのは、言うまでもない。
「俺はまだその頃、生意気なガキだったが、俺はその戦いで、一人の男を見たんだ。信念を持って戦う男を。」
「…。」
りんは、じっと目をそらす事なく、シドを見つめている。
「男は、誰よりジャンヌを信じていた。彼女が失敗を犯そうとも、信じ続けた。なんでかわかるか?」
辺りはシンと静まり返り、誰1人その問いに答える事は無かった。
そして、シドはゆっくりとまた、口を開いた。
「ジャンヌが人間だって知っていたからだよ。人間は失敗を犯す。時には道を外れる事もある。だけど人は迷いながら、つまづいても、それでも進む事を止めない。だから信じる事をやめない。」
りんは、またそっと口元に弧を描いた。
「俺もこの国の人々を信じて、進んでいきたい。」
ワー!!
その時、拍手と大きな歓声が地面を揺らした。
「もう、誰も血を流す事はない!」
シドが真っ直ぐ前を見て言う。その言葉に嘘や偽りはない。誰もが確信をしていた。
この国の新しい未来を…。
「それは……京司もなんか……?」
しかし、りんが小さくつぶやいたその言葉は、無情にも、歓声にかき消されていった。
************
「京司に…本当の事、言ってあげたら?」
士導長は、背後から聞こえたその声に動じる事はなく、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、青白い顔の青が立っていた。
「…何の事ですか…。」
士導長は、とぼけたように、その一言を言って見せた。しかし、その言葉に無理がある事は、もちろん青
には全てお見通し。
士導長は、影武者である青の事は、もちろん知っていた。そして何度か顔を合わせた事はあったが、ちゃんと話すのはこれが初めてだ。
「本物が誰かって事…。」
青の瞳が悲し気に揺れた。
それを士導長は見逃さなかった。
「…。」
「僕は昔からアイツが大っ嫌いなんだ。生意気で、いつでも自信満々で…。僕の大事な人の心を、簡単に奪っていった。」
青はそんな言葉とはうらはらに、どこか昔を懐かしむような表情を浮かべていた。
「…あなたもこの国にとって大事な方です。」
その言葉を口にした所で、青の気が休まるわけがない事は、士導長にもわかっていた。
しかし、今にも消え入りそうなその青白い顔を目の前にして、そう言わずにはいられなかった。
「あんたは何にもわかっちゃいないよ。」
「何をです?」
そんな士導長に対して、青は彼らしくないぶっきらぼうな言葉で返す。
そして、その言葉に士導長は眉をひそめた。
「この国を。」
************
「やっと着いた…。」
天音は、やっとの思いで、あの場所から1番近くにある、中月町へとやって来た。
もう何日も食事を取っていなかったため、体力は底を付いていた。
とりあえず、何か口にしなければ、何もできやしない。
「ついに反乱軍が国を討つらしいぞ!」
「もうこの国は終わりか…。」
「天師教様は偽物らしいぜ?」
町では嘘か真か分からないような、様々な噂が立っていた。
「…。」
そんな噂話をしている人達の横を通り過ぎ、天音は町の中へと進む。
そして、足は自然とある場所を目指していた。
ギー
その場所にたどり着いた天音は、その古い扉に手をかけた。
すると扉は、不気味な音を立てて開いた。
「あら?あなた。また祈りに来たの?」
その扉の音に気がついたシスターが、扉の中から天音を見つけ、優しく微笑んだ。
「この間は、お世話になりました。」
天音はシスターに深々と頭を下げた。
そう、ここは以前、天音が訪れた中月町の教会だ。そして15年間に、天音が預けられていた場所。
天音は、2度もお世話になったこの場所に来て、まずお礼を言いたいと思っていた。
「…いい目をしているわね。」
「え…。」
シスターが天音の目を見つめ、そう言って優しく微笑んだ。
「この間は、どこか元気がない様子だったから、心配していたの。でも、今日もだいぶ疲れてはいるようだけれど、目は、あの時とは明らかに違う。」
どうやら、シスターには、全てお見通しのようだ。
確かに、この間ここを訪れた時は、京司の言葉に救われたものの、まだ自分のすべき事もはっきりとはしていなくて、どうしたらいいのか分からない状態だった。
しかし、今は違う。
「私分かったんです。自分のやるべき事が。」
ギー、バタン!!
その時、教会の古い扉が勢いよく開いて、思わず天音は、ビクッと肩を震わせた。
「あーもう!シスター聞いてよ!」
すると、誰かが教会の中へと、ズカズカと足を踏み入れ、大声で話し始めた。
天音の方からは、逆光のため、その顔はよく見えない。しかし、その声の高さからして、女性なのは間違いない。
「優実。何度言ったらわかるんです?この扉は古いのだから、乱暴に開けないようにって言ってるでしょう?」
シスターは先程の笑顔を崩して呆れ顔で、その人に注意を促す言葉を投げかけた。
どうやらその人は、この町の人で、シスターの顔見知りのようだ。
「いいじゃん。そんな細かい事は……て…誰?見ない顔だけど。」
彼女は、ようやく天音の近くまでやって来て、そこにいる見知らぬ人物に気が付いた。
「…。」
すると、天音は自分の隣までやって来た、彼女の顔をマジマジと見つめた。
「あー――――――――!!」
その顔を目の前にした天音は、思わず大声で叫んだ。




