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運命を知らせる足音

「ここかー!!」


天音は彼に言われたとおりの方向へと歩き、やっとの事で自分の部屋の前へと辿り着いた。

その部屋のプレートには701と書いてあった。それが天音の部屋の部屋番号だった。

そして、天音はガチャリと、勢いよくその部屋の扉を開けた。


「キャー!!」

「へ?」


扉を開けたその瞬間、甲高い女の悲鳴が中から聞こえ、天音は目を丸くし、扉の前にポカンと立ちつくした。

一体何が起こったというのだろうか??


「ちかん!!ってアレ?女?」


部屋の中から、黒髪ストレートのロングヘアーの可愛らしい顔の女性が、服に袖を通しながら天音を見つめた。

目はくりくりと大きく、ほっそりとしたその体つきは抱きしめたら、壊れてしまいそうなほど。愛らしいその容姿からして、その甲高い声の正体は、どうやら彼女のようだ。

その様子から見て、彼女は着替え中だったようだ。

そこで天音は、ようやく理解してきた。


「あ、ごめんなさい。着替え中だった…?」

「あ、もしかしてー、この部屋の子?なんだ、ごめんごめん。」


彼女は表情をころっと変えて、明るくて人懐っこい笑顔を天音に向けた。

バッチリとお化粧がしてあり、まつげは上を向き、頬はピンク色に彩られている。そんな愛らしい彼女が笑うと、とっても華やかだ。


「あ、はい。」


天音は、そんな可愛らしい女性を見たのは初めてだったので、少し恥ずかしそうに答えた。

やっぱり都会の女の子は違うなー。

それが彼女の第一印象だった。


「よかったー。」

「へ?」


そして着替えを終えた彼女は、突然天音に抱きついてきた。

天音は、その突然の彼女の行動に、また固まった。


…何これ?挨拶?城下町では、都会ではこれが普通なの?

天音は彼女の謎の行動に、なすがままだ。


「あ、私、かこ!漢字は難しいはなに子供の子ね。はなこって書いて華子かこ!もー 、この部屋二人かと思ったよー。よかったもう一人いて!だってこの人、全然しゃべらないからさー。」


そこから華子のマシンガントークが始まった。

華子は可愛らしい顔とは正反対に、本当によくしゃべる。

それは、おしゃべりだと言われる天音も驚くほど。


そしてまだ扉の前に立っていた天音は、部屋の奥へと目を向けると、確かに華子の言う通り、もう一人の人影を見つけた。

華子の言うように、この部屋はどうやら三人部屋のようだ。


そして、もう一人のルームメート椅子から立ち上がり、ゆっくりとこちらを向いた。


「…!!」


…うわ!!美人!!


天音は、その美しい彼女を見て、思わず息を飲む。

その整った目鼻立ちに、シャープな目元。そして、茶色のウェーブの長い髪がとても美しい。まるでお人形のようだ。

華子もとっても可愛いと思ったが、彼女は別格だ。


「あ、今すっごい美人!って思ったでしょうー。」


唖然と立ち尽くしている天音の心の中を読み取った華子が、すぐに口に出した。

なぜ心の声がわかってしまったのか、そして、すぐに思った事を口に出してしまう華子に、天音はまた唖然としていた。


「いーよね。美人だといろいろ得だよねー。妃になるのだって、絶対美人の方が選ばれやすいだろうしー。」

「…ひがみ?」


華子が口を尖らせながらそんな事をつぶやいた。

すると、そこで美人の彼女が、眉をしかめて初めて言葉を発した。

落ち着いた声だが、どこか透き通るようなのびやかなその声に、天音は一瞬にして魅了された。 彼女は顔だけでなく、声も美しかった。


「ちがーーう!」


しかし、そんな彼女の声の余韻を消すかのように、華子がヒステリック気味に叫んだ。


「やっぱ、美人は何か冷たいんだよなー。それに比べてあなたは素朴だし、何か落ち着く!」

「は、はぁー。」


華子はニッコリ笑って、天音の手を取った。

そして、天音は困惑しながらも、とりあえず頷いてみせた。

そ、素朴って…どう意味だ?それって褒め言葉…?

そんな疑問を胸に押し込めながら、天音は華子のハイテンションぶりに、まだ慣れずに圧倒されっぱなしだ。


「で、二人の名前は?」

「私は天音です。」

「私は星羅せいら。」


華子にふられて、ようやくここで天音は自分の名前を口にした。

どうやら星羅もまだ、華子に名前すら伝えてなかったようだ。


「いいなー。天音に星羅。何かかっこいい名前じゃん。」

「ど、どうも…。」


天音は、未だ華子の自由っぷりに圧倒されっぱなしだったが、星羅は全く相手にしてない様子で、また椅子に腰かけてプイッと横を向いた。


「あ、天音は年いくつ?」


華子の質問タイムはまだ続くようだ。


「えっと17歳」

「うっそ、同い年じゃん!」

「え!?華子の方が年上かと思った。」


華子は可愛いだけでなく、お化粧もバッチリしているので、まだあどけない天音よりは明らかに年上に見えた。


「星羅さんは?」


今度は天音が星羅にも尋ねた。


「星羅でいいよ。私は20。敬語はいらないから。」

「え!まじ!もっと上かと思った!」


星羅は、やっぱりクールにそう答えた。

また思った事をそのまま口に出した華子の言うように、その美貌から、星羅は実年齢よりも上に見られる事が多いはずだ。

にしても華子はどこまでも自由人だ。


「まあ、とりあえず!よろしくー!」


そして、やっぱり華子がその場を締める一言を発してみせた。


「よろしく。」


星羅も相変わらず取り乱す事無く、とりあえずそう言葉を返してくれた。


「よろし…ハックショーン!!」


天音は挨拶の途中で、また大きなくしゃみをした。

天音の前髪は、まだほんのり湿ったままだった。


「ちよっ、大丈夫!?」


華子が少し心配そうに、天音の顔を覗き込んだ。


リーンゴーン


その時、地面が揺れてるんじゃないかという位大きな鐘の音が、城中に響き渡った。

どうやらその鐘の音は、城に隣接されている時計塔の方から聞こえてきているようだ。


「何!?」


その聞いた事のない大音量の音に、目が飛び出しそうなくらい天音が仰天していると…。


「お呼びみたいね…。」


星羅がまた、透き通るような声を静かに発した。





その鐘の音は15時を知らせるものだった。そして、その時刻に合わせ、全妃候補が大広間へと集められていた。


「えー、諸君には」


そして、大広間では、ここでの過ごし方などの説明が始まっていた。

ここでの暮らしは、どうやら寮つきの学校のような仕組みだ。

修行といっても難しい事をするわけではなく、一般教養を身につけるための授業を9時~15時まで受ければいいだけだ。


「長いねー、、話…。」


隣に座る華子は、もう飽きたのか、あくびを噛み殺しながら、天音に小声で話しかけて来る。


「…う、うん。」

「あの人が、ここでの私達の先生?みたいな人なんでしょ。」

「うん。士導長様だって。」


今前に立ってしゃべっている、士導長は、妃候補の教育を行う者の、一番上に立つ偉い先生だ。

茶色のローブを羽織り、髪は白髪の老人で威厳を放っていた。


「えー、明日は玄武の宮様の即位式だ。」


そして、士導長は明日の事について話し始めた。


…玄武の宮様…?


天音はその名を耳にして眉をひそめた。


「誰だっけそれ?」


その名前はどこかで、聞いた事がある名前だが、思い出せない。

天音は村でおじさんから聞いた話をコロッと忘れていた。

そこで天音は華子に小声で聞いてみた。


「へ?だから、玄武の宮様が、次の天師教様に即位するんだよ。」


華子は驚きの眼差しを天音に向けた。そう、それはこの国の常識。ましてやこれから天使教の妃になろうと言うのに、そんな事も知らないなんて、ありえない。

華子の目がそう物語っていた。


「即位?」


しかし天音には、まだキョトンとした表情がはりついたまま。

そんな天音を華子はさらに、目を丸くして見つめていた。

一体どこでどう暮らしていたら、そんなに無知なまま育つというのだろうか。

ましてや、そんな彼女が妃になろうなんて…。

華子の頭にそんな疑問が生まれるのも無理はない。


「それでは、明日。」


どうやらここで、士導長の長い話は終わったようだ。

これで全ての説明は終わり、妃候補達は解散となり順次部屋へ戻るように指示があった。


「んー、長かった!」


華子が長い説明からやっと解放され、大きく伸びをしながらそう言った。

天音は、華子の大きなその声がどこまで聞こえているのかと、ソワソワしながら辺りを見回していた。




「確かあっちの方にコイがいたんだよな…。」


指示通り、部屋へと向かう長い廊下を華子と二人並んで歩きながら、天音がポツリとつぶやいた。

星羅と言えば、そんな二人を残し、さっさと部屋に戻ってしまっていた。


「あっちの方は、皇族とか偉い人の敷地なんじゃないの??」


華子は、そんな天音のつぶやきもちゃんと見逃さず、その視線の先を一緒に見つめた。

やはりこの城の中は、迷路のように入り組んでいて、その先に何があるのかはわからないが、先ほどの説明によると、妃候補が立ち入っていい敷地は限られていた。

もちろん、城内部の地図もちゃんと配られていた。

しかし、方向音痴で地図もまともに読めない天音には、それは何の意味も持たない。ただの紙切れにすぎない。


「皇族の敷地なんかに勝手に入ったら、ここ追い出されるよー。」

「うん…。」


華子が天音を脅かすように、わざとおどけてそう言った。

それは天音もわかっていた。そのためにこの地図が配られているのだから。

でも、天音は頭でわかっていても、どこか腑に落ちない返事を返してしまった。



『またな。』


それは、彼のその言葉が、なぜか忘れられないからだろうか。



即位式の朝


「ふぁーー!」


華子が大きな欠伸をしながら、ベットから起きてきた。


「あれー。星羅は早起きだねー。」


華子が窓辺に目を移すと、そこには、腰を下ろして外を眺めている星羅が目に入った。


「ええ。」


星羅はまだ窓の外を眺めたまま、返事をした。

その声は、とても落ち着いていた。


「え!もう、メイクもばっちりじゃん!何時に起きたの?」


華子は、そんな星羅をまじまじと見つめた。

星羅はもうすでに身支度を終わらせて、当たり前のようにそこに座っていた。

それは、即位式に備えてなのだろうか。


「あなたが、遅すぎるのよ。」

「そうかな?」


華子が時計を見ると、現在の時刻は、まだ即位式の3時間前だった。今日の即位式は、11時から行われる予定だ。


「今日は大事な日でしょ…。」


星羅が晴天の空をそっと見上げた。

今日は天使教の即位する日。それは大きな意味を持つ。この国にとって、そして星羅にとって…。

その重要度は、星羅と華子では、温度差があるようにも思える。


「そうだけどー。。でも天音だってまだ寝てるし。」

「まったく。」


しかし、華子だけではなく、天音もどうやら同類のようだ。星羅は呆れ顔で、天音のベッドの方を見た。


「天音ーー!」


華子は、流石にこのままじゃ星羅の怒りを買ってしまうのではないかと危惧し、共犯の天音起こす事に決め、ベッドの前に立ち呼びかけた。


「ん…。」


しかし、天音は起き上がるどころか、頭から布団を被ったままの彼女の小さな声が微かに聞こえただけ。


「もうー。起きなきゃ即位式、遅刻するよー。」

「む…り…。」


しかし、天音はそれでも動く事はなく、ただ苦しそうな声を絞り出した。


「星羅ーー!!」


華子がやっとその異変に気付き、すぐそこにいる星羅を大声で呼んだ。

そして、華子の慌てた声に、星羅がすぐ様駆け寄る。


「天音、すごい熱がある!!」

「げほげほ。」


華子が天音の額に手を当てると、とても熱く、彼女の顔は真っ赤で目は虚ろだ。そして、苦しそうにせき込み始めた。

どうやら天音は、風邪をひいてしまったらしい。

しかし、天音は何とか体を起こそうとした。


「寝てなきゃダメだよ。」


そんな天音を華子が起き上がらせないように制した。


「でも、今日は…。」


天音が力なくつぶやいた。今日は大事な即位式だっていうのに…。

しかし、こんな状態で即位式に行くなんて、誰がどう見ても無理に決まっている。


「私が士導長様に話してくるから、寝てなさい。」


星羅はそう言って、部屋の扉に向かって歩き出した。


「星羅、私も…」


華子もいてもたってもいられなくなり、星羅の後に続く。


「あなたは、薬もらってきて。」

「ラジャ!」


星羅がテキパキと華子に指示を出し、華子はそれに従った。


「二人とも、ありがとう。」


天音は枯れた声を振り絞って、二人になんとかお礼を言った。

いい人達と同じ部屋でよかった。二人が部屋を出て行き、天音はその事を一人噛みしめていた。

二人は、優しくて頼りになるルームメイトだ。

天音は今までほとんど風邪を引いた事も、病気になった事もなかった。

そのため、心細い気持ちになっていたが、二人がいてくれて本当に安心した。


「昨日のコイのせいかな?」


部屋に一人残された天音は、力なくそうつぶやいて、ゆっくりと目を閉じた。





「ハックション!」

「だ、大丈夫ですか?玄武の宮様。」


衣装合わせの途中で大きなくしゃみをした彼を、心配そうに女官が見つめた。


「ああ、問題ない。」


そう答えたのは紛れもなく、次の天使教になる人物、京司だった。

彼はまだ、若干19歳。成人さえしていない。

しかし、父である前天使教が一年前に亡くなった事により、急遽彼が次の天使教に今日即位する事になった。

そう、いつまでも、その席を空白のままにしておくわけにはいかないのだ。

もちろん彼のその年齢は、民衆には公表されていない。まだ19の青年が、この国の天使教に即位し、神として崇められる。

そんな事を公表すれば、民衆の不信感が煽られるだけだとわかっていたから…。


「玄武の宮。」


そこへ皇后がやって来て、彼のその名を愛しそうに呼ぶ。


「母上。」

「こんなに、立派になって…。」


玄武の宮の母である皇后は、即位式の衣装を身にまとった彼を見て、目を潤ませていた。

昨日の後悔の言葉は胸に閉まったまま。


「…。」


しかし、京司は複雑な表情で目線を床へと落とした。

どこから、どう見ても、その表情は今日のこの日には似つかわしくはないものだ。


「父上も喜んでおられる事でしょう。」


しかし、彼のその表情に構う事はなく、皇后はにっこりと京司に微笑んだ。

そう、ここで引き返すわけにはいかない————。


「…。」


しかし京司は下を向いたまま、口を固く結ぶ事しかできなかった。





「そうかい。風邪で高熱…。それは大変じゃ。」


士導長の執務室を訪れた星羅は、すぐ様士導長へ天音の状態を報告していた。


「はい。」

「まぁ、慣れない所へ来て、疲れも溜まったのかもしれんな。仕方ない、今日は一日安静にしてなさい。」

「ありがとうございます。」


士導長が優しい言葉をかけ、天音の変わりに星羅が頭を下げた。


「にしても、もったいないのーー。」

「え…?」


すると、残念そうな顔で士導長がポツリとつぶやいた。

しかし、星羅はその言葉の意味が分からず、首を少し傾げた。


「未来の旦那様になるかもしれない方の、晴れ姿なのにのー。」


士導長はなんとも呑気な事を口にした。天使教の事を未来の旦那様なんて、呑気な言葉で表せる事ができるのは、士導長が天使教と親しい間柄だからか、それとも彼の性格なんだろうか…。


「…そうですね。」


星羅はそんな事を考えながら、どこか自分とは関係ないと言った表情で答えた。


「妃に選ばれる、自身があるのかい?」


士導長はそんな星羅の気持ちをいとも簡単に読み取り、そう尋ねてみせた。

彼女はどこか他の妃候補とは違う雰囲気を纏っていたのは、士導長も感じていた。

妃になる事はまるで他人事のような…。


「…いえ、私はそんな…。」


星羅は士導長から目線を外し、答えを濁した。

普通なら、やる気を見せるために、自信があると答えるところだが、星羅は違った。

星羅のその真意は、やっぱりわからないままだ。


「ホッホッホ。まあ、未来は誰にもわからないものじゃからの。」

「…はい。」


星羅の気持ちを無理に聞き出そうとはせず、士導長はそう言って笑った。

その言葉に星羅はただ頷いた。


「天音に、お大事にと伝えておくれ。」


そう言って、士導長は去って行った。





その頃、城の外では、朝からお祭り騒ぎだった。

お店では即位式にあやかった商品が並んでいて、朝からたくさんの人々が店の前には集まっていた。


「いやー、盛り上がってんなー。」


りんもそんな様子を見ようと、町を歩いていた。

お祭り騒ぎの大好きなりんにとっては、見逃せないイベントだ。

ここまで城下町が盛り上がることなんて、そうそうない。


「ま、なんたって即位式やもんなー。…派手に行こうや!」


そう言って、りんが楽しそうに笑った。

しかし彼のその笑みは、決して期待ではない…。

彼のその目は笑ってはいなかった。





「士導長様の許可は貰ってきたわ。今日は部屋で休んでなさい。」

「ありがとう、星羅。」


部屋に戻った星羅は、天音にそう伝えた。

天音はその言葉を聞いて、安堵の表情を見せた。妃候補のくせに即位式に出ないなんて、言語道断。なんて言われたらどうしようと、内心はハラハラしていた。しかし、ここはそこまで厳しい場所ではない事がわかり、一安心だ。


「ハイ。薬飲んで、ちゃんと寝てるんだよ!」


華子は医務室からもらってきた薬を、お水と一緒に天音に渡した。


「ありがとう。華子。」


天音は、その薬を水で流し込んだ。きっとこれで少しは楽になるはずだ。


「じゃあ、私達は、そろそろ行かなきゃねー。」


華子はそう言って、時計を見た。

即位式まで、まだ時間はあるが、早めに行かないときっと場所がなくなってしまう。

即位式は、それだけ注目されているイベントだ。


「じゃ、私が天音の変わりに、ちゃーんと天使教様の顔拝んでくるからさ!!」

「…うん。」


華子の言葉に、天音は少し残念そうに力なく笑うしかなかった。



「げー!!何この人!!」


華子と、星羅は即位式の行われる会場である、城の前の広場に来ていた。

しかしそこは、人、人、人…。

早めに来たのに、何の意味もなかったようだ。

それだけ民衆の期待度は高い。みな新しい天使教の姿を見ようと、足を運んでいたのだ。


「人ばっかで、これじゃ顔見えないじゃん!!」

「…そうね。」


星羅はこの光景を目にしても、華子のように慌てふためく事はなく、ただ冷静にそう答えるだけだった。


「もう、星羅だって見たいくせにー!」


華子のその言葉に、星羅は何も答えず、今日もだんまりを決め込んでいた。

見たい…?一体何を見るの…?

しかし、星羅の冷たい視線は、しっかりとその人混みへと向けられていた。


**************


「にしても、すっごい人やなー!」


もちろんりんも、即位式を見ようと広場まで足を運んでいた。

しかし、この人だかりの中で、もみくちゃにされながら、苦労して何とか広場までたどり着いていた。


「そういえば、天音もおるんかなー?」


りんは昨日会った彼女の事が、まだ気になっていた。そして、もしかしたらここでまた会えるかもしれない。そんな事を期待しながら、独り言のようにつぶやいた。


パンパカパーン

その時、大きなファンファーレが広場に鳴り響いた。


「あなた…。今、不吉な名前口にしたでしょ。」

「ハ??」


りんは突然隣に立っている、見知らぬ人に話しかけられ眉をひそめた。


「…あんたの格好の方が怪しいで。そんな風に顔を隠して…。」


りんの隣に居た人物は、少しくすんだ白い布で作られたマントをまとって、顔はフードで隠れている。いかにも、その姿をさらしたくないといった出で立ちは、どこからどう見ても怪しい。

しかし、声からしてその人物はおそらく女…。

りんはその怪しげな人物を凝視した。



ワー!!

パチパチ

そして次の瞬間、周りが歓声と拍手で包まれた。


金の刺繍のほどこされた立派な衣装と、青いマントを身に着けた天使教が、城の中から出てきて、一歩また一歩、広場の中心へと向かう。


…アイツもここにいるのかな……。


天使教である京司は、なぜかこの場には似つかわしくないそんな事を考えながら、歩を進めていた。

その拍手や歓声は、彼の耳には届いていない。

正直こんな即位式、彼にとっては何の意味もない————。




パサッ

その時、りんの隣に立つ人物が、頭に被っていたフードを下ろした。


「なんや、かわいらしい姉ちゃんやないか。怪しい格好やから、反乱者か何かかと思ったわー。」


そこに現れた顔は、20歳前後のショートカットの黒髪の女だった。全く笑わない、切れ長の鋭い目がクールな印象を与えている。

りんは、そんな彼女の顔をマジマジと見つめた。


「私の顔より、あっちを見たら。」


じろじろと自分の顔を見つめるりんに対して、彼女は明らかに怪訝な表情を見せて、そんな言葉を冷たく言い放った。


「わいは、男には興味ないねん。」

「あら、彼はこの国のこれからに必要な人でしょ。」


りんがいつものように、二ッと人懐っこい笑顔で笑ってみせたが、彼女はスッと、天師教のいる方へと視線を移した。

どこか冷たい印象のその声が、りんの鼓膜に残る。


「それより、天音が不吉な名前ってどういうこっちゃ??」

「…さあ。」


りんは持前の人懐っこさで、先ほどの言葉の意味を彼女に問うが、彼女の視線は真っすぐ天師教に向いたまま、こちらは見ない。


「姉ちゃん、天音知ってんのか?」


好奇心旺盛なりんは、天使教の即位式よりも、このミステリアスな女の方に、興味深々だった。

今の所、全くと言っていいほど、りんは天使教の方を見ていない。


「さあ。」

「はぁーー?」


しかし彼女は、はぐらかすばかりで、りんの質問には真面目に答えようとはしない。


「ふーん。でも、わいの勘は当たったようやな。」

「…勘?」

「そうや!」

「それはどうかしら。」


ここでようやく、彼女はどこか冷たい視線を再びりんへと送った。


「勘なんて、当てにならないものよ。」

「へ…?」


まるで雪女にでも睨まれたかのように、りんは凍り付いたように固まった。





「やっぱり、行けばよかったかな…。」


部屋に残された天音が、一人ポツリとつぶやいた。城の中はみな人が出払って、静まりかえっていたため、いやに自分の声が耳につく。

幸い薬を飲んだせいか、天音の体調は安定し、今はそんなに辛くはない。


「やっぱり…、ブサイクなのかなー…。」


そして、急に思い出したかのように、そんな言葉を口にした。それは、いつか村長さんが言っていた言葉。

天使教は妃を募集するくらいだから、そうとうなブサイクかもしれないという冗談のはずが、天音はいつの間にか、本当にそうだったらどうしようと心配までするようになってしまっていた。

やはり、全く顔も知らない人と、今後の人生を共にするのは、無理がある。


「やっぱり、行かなきゃ!」


そう言って、天音はベットから起き上がり、立ち上がった。

せめて、どんな人なのか顔ぐらい見たい。

その思いが、天音の足を広場へと向かわせた。

天音は勢いよく部屋の扉を開けて、外へと飛び出した。


まだ間に合うはず!

そう思い走り出したが、城の中の長い廊下には全く人気がなく、今日はいつもより不気味に感じた。


「……く……。」



—————?



その廊下をどこかおぼつかない足で走っていた天音の耳に、何かが聞こえた。


「う…っくっ…ひっく…。」


…泣き声…?


城の中があまりに静かすぎるからだろうか…。

どこからか、人の泣き声のような声が聞こえてきた。

その声に、天音は思わず足を止めたが…。


「…。」


次の瞬間、また何も聞こえなくなり、静寂が訪れる。


「気のせいかな…。」


そう思った天音は、またすぐ足を動かし始めた。

とにかく今は、広場へ急がなければならない。





「なーんだ、全然顔見れないじゃん!」


華子は残念そうに、がっくりと肩を落としていた。

なぜなら、天使教の顔には帽子から垂れる薄い布がかけられていて、顔は民衆には見えないようになっていた。

元々、天使教の顔を普通の民が見れるなんて事は、今まで全くといっていいほどない。

この国では、天使教が神。神の顔など滅諦に見られるものではない。

その概念が民衆には植え付けられている事で、彼は尊い存在へと簡単に変換されていくのだ。


「…。」

「星羅?」


そんな華子の横で、星羅は食い入るように、顔の見えない天師教の方を見つめていた。

即位式は、とどこおりなく行われ、終盤にさしかかった。

それは、天師教が城へと続く階段を上っている途中だった。


ヒュ―――!


どこかで聞いた事のある大きなその音が、広場に鳴り響いた。


「え…?」


その音に思わず京司が足を止め、後ろを振り返る。


「な!?」


すぐに、京司の周りを一斉に護衛の兵士達が取り囲り、辺りは一気に殺気立つ。


バーン



「…花火…?」


その音の方向へと視線を送り、京司が眉間にしわをよせた。

彼の見上げた空には、キラキラと輝く花火が空を彩っていた。


「そんなの聞いてないぞ。」

「花火なんて演出あったか?」


京司の周りの護衛達は、そんな事を口にしながら、慌ただしく動き出した。

この音に誰もが驚いたのは無理もない。この町で花火を上げられた事は、ここ何年もなかった。

そのため、兵士や、民衆達でさえも、もしかして爆弾がしかけられたのではないかと、冷や冷やした。

しかし、その正体はただの花火だった事に、人々はホッと胸をなでおろした。


「天使教様、お怪我などは?」

「いや、問題ない…。」


護衛の兵士の一人が、京司に念のため尋ねたが、彼に害がなかった事はどう見ても明らか。

そして京司はまた、城へと歩を進め歩き始めた。





「なんや、花火やないか…。びくりさせよって。」


りんもそうつぶやいて、ホッとした表情で空を見上げていた。


「誰が何のためにあげたのかしら?」


りんの隣で、女がポツリと意味深な事をさらりと告げてみせた。

彼女は未だ無表情でどこか掴みどころがなく、その感情は全く読めない。


「どういう、意味や?」

「さぁ?」


そしてそのまま彼女は立ち去ろうと、りんに背を向けた。


「姉ちゃん!待ち…。」


りんは思わず彼女を呼び止めた。

彼女は一体何者なのか気になって仕方ない。このままじゃ今夜は安眠さえできそうにない。そして、その名前さえもまだ知らない…。


「そうやって呼ばないでくれる?私にはかずさっていう名前があるのよ…。」


彼女は、まるでりんの心の中を読み取ったように、りんの方へと振り返って、自分の名を告げた。

姉ちゃんと呼ばれるのは、もううんざりだと言わんばかりの顔で。


「失礼。わいは、りんや。」


りんは、聞きっぱなしは失礼だと思い、自分の名を名乗った。

そしてかずさは、またフードを深くかぶり、そのまま去って行った。

りんは何も言わず、その背中だけをじっと凝視する。正直、即位式の内容など、もう覚えてもいない。


「この町は変なんばっかおるなー。」


りんが彼女背中が見えなくなった後に、ぼそりとその一言をこぼした。





即位式はとどこおりなく行われ、人々は徐々に帰り始めていた。


「花火の演出なんて、珍しいことするんだな。」

「なんたって、即位式だからな。」


人々は満足気な表情を浮かべ、あんなに人がぎっしりだった広場から、人々が退却していく。


「待って…。」


そんな広場の一角から、消え入りそうな小さな声が聞こえた。


「えっ…?」


多くの人々が広場から帰ろうとしている中、そこにはいるはずのない、彼女の声が華子の耳に届いた。


「天音!?」


華子の裏返ってしまいそうな大きな声が、広場に響き渡った。華子は天音の姿を少し離れた所に見つけ、思わずその名を叫んだのだ。

彼女がここにいるはずなんてないのに…。


「待って、私まだ…。」


天音はフラフラとした足取りで、人並みとは反対の、天使教が登っていた階段の方へと進んでいく。


「ちょ、、どいてよ!!」


天音の方に行きたいが、人並が押し寄せて、中々前に進めない華子。

星羅も驚きながらも、天音の焦点の定まらない目を見て、普通ではない事を察した。


「ま…。」


天音はもうろうとした意識の中で、なぜかその階段へと手を伸ばした。


バタ


その瞬間、天音の身体は傾き、冷たいコンクリートへと打ち付けられた。


「あまねーーー!」


華子はその様子を目の当たりにし、再び叫んだ。


「どけや!!どけ!!天音!しっかりせい!!」


すると、どこからともなく、りんが人混みをかきわけ、天音のもとへと走って来た。幸いりんは、天音のすぐ近くに居たようだ。

天音を心配して集まって来た人々の前で、りんが天音を抱きかかえた。

天音の額には汗が光っており、伸ばした手は力が抜け、だらんと垂れていた。







「その手は簡単には届かないのにね…。」






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