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その誓いは今も永遠だから




「た、たつーーーーーー!!」




シドが、目の前でぐったりと倒れこむ彼に駆け寄った。


「っく…。」


兵士が、京司に向かって振りかざしたはず剣は、しっかりと辰の背に刺さっていて、彼のマントはみるみるうちに赤に染まる。

辰は、京司をかばう形で、彼の前に立ちはだかったのだ。


「え…。」


シドの叫びに、うなだれていた天音は顔を上げた。


ドサッ

その瞬間、京司に覆いかぶさるように、辰が倒れた。


「なん……。」


京司は目を白黒させ、言葉を失う。

そして、辰の重みが京司にのしかかる。


――― 何が起こったというのか…。


そこに居るみなが、今の状況を理解できず、空気は未だ凍り付いたまま。

誰もそこから動けない。


「た……つ………?」


そして、天音もまた状況が理解できず、ただ、目の前で倒れこむ辰の名を小さくつぶやいた。



…どうして?なんで辰がここにいるの?



「ねぇ、たつ…?」



天音が震える声で、もう一度彼を呼ぶ。




…天音が見ている…。あの時と同じ…不安そうな目をしながら…。


『辰!!お母さんが!!』

『いやだーーー!!おかあさーーーん!!!』


…頼む…。あの時と同じ悲しい目をしないでくれ…。


『た、たつは?たつはどこに行くの?』

『必ず迎えに来る。それまで。』


…そう約束したのに……私はその約束を果たさなかった。でも君は自分から、この町に戻って来たんだろう?


『辰…。私、この国が変わる所を見たい。』


…もう泣くな天音……。もうあの頃とはちがう………。

…もうお前は1人じゃないのだろう……。そう、忘れるな…お前は1人じゃない…。




…言わねば………。今言わねば……。


…俺がこの城に居たのは……。この日のためだろう…。ジャンヌ……。





「天師教……。お前が……この国を………………終わらせるんだ………。」


「え…。」




辰は、覆いかぶさる京司にだけ聞こえる小さな声で、そうつぶやいた。





「たつーーーーー!!いやーーーーーー!!」




そして、天音の叫びだけがその場にこだました。



「反乱軍を捕らえよ!!」


すると、次の瞬間、いつの間にか現れた士官の声が、その部屋に響き渡った。


「くそ!はめられた!!」


月斗が珍しく大声で叫んだ。

天使教の間には、大勢の兵士が押しよせ、反乱軍達の行く手を阻む。

そう、それは、始めから仕組まれていたのだ。

士官達は、この部屋に反乱軍をおびき寄せて、捕えるつもりだったのだ。

1人の兵士が天使教を襲ったのは想定外だったが、それ以外の事は全て計画通り。

士官は口元に笑みを浮かべ、その光景を眺めていた。


もちろん、それを京司は知らない。


「みんな、逃げろ!!」


シドは必死に叫び、床に転がる自分の剣を手に取った。

なんとか、ここから逃げないと。皆を逃がさなければ。これで終わらせるわけにはいかない!



ーーそうしなければ、全てが無駄になる…。



その思いがシドを動かした。


「天音!!」


りんは、床に座り込んで動かない天音の腕を、とっさに掴んだ。

しかし、彼女は石のように固まり、その場を動こうとしない。


「いやだーーーー!!たつーーーーー!!!」


天音は、りんに捕まれた方とは反対の手を、辰に伸ばすが、もうその手は届かない。




「たつーーーーーー!!」




兵士達が続々とその部屋に押し寄せ、天音の悲痛な叫びは、周りの雑踏にかき消されていった。

反乱軍の面々は、武器を手に握り、兵士と向かい討つ。

兵士に捕まるわけにはいかない。

誰1人ここで殺されるわけにはいかない。


それは、時間にしたら一瞬の出来事だった。

しかし彼らには、全てがまるでスローモーションのように、ゆっくりと時が流れているかのように感じられた。

そう、それはまるで、長い長い夢のよう。



――――そして反乱軍による、天師教を討つその反乱は失敗に終わった。




************




「クソ!!」


シドは耐えきれず、悲痛な声を上げた。


「シド…。動かないで…。」


シドのケガの手当をしていた女性が、シドをなだめる。

あの後、反乱軍と国の軍との争いの中、シドは腕を負傷し、ケガを負った。

もちろんそれは、シドだけではない。

シドはなんとか城から逃げ帰ったが、捕らわれた仲間もいる。


「俺の…せいだ……。」


彼は、自分を責めていた。この失敗は、自分のせいだと。

もう少し慎重に行動していたら、こんな事にはならなかった。


「シド…。」


女性は、心配そうにシドを見つめる事しかできない。今の彼にどんな言葉をかけても、無駄なのはわかっていた。


「なんで、辰…が……。」


なぜ辰が犠牲にならなければ、ならなかったのか…。なぜこんな失敗を犯してしまったのか…。

それを考えても、仕方のない事なのに…。

しかし、シドの目には、あの光景が焼き付いて離れない。


「シド…。まずはケガを治しましょう。ね?」


そんなありきたりな言葉で、彼の心の傷が癒える事はないと知っている。

それでも彼女は、優しくシドに寄り添った。



************



「やっぱり間違っていたのよ……。」


星羅がうなだれたまま、つぶやいた。

星羅とりんと月斗も、何とか城から逃げ帰った。

ここぞとばかりに、月斗が使教徒の力を発揮してくれたおかげで…。


「ねえ、そうでしょ…。」


星羅は、勢いよく顔を上げて悲痛な瞳を、りんに向けた。

…誰か教えて…。どうすれば良かったのか…。

その瞳がそう物語っている。


「間違ってたのかは……わからん……。」


りんも顔を歪めたまま、静かに口を開いた。


「天音を助けに行かなくちゃ…。」


星羅がうわ言のようにつぶやき、立ち上がった。

そう、3人は逃げられたが、天音はここにはいない。


『たつーーーーーー!!』


りんは、自分に向かってくる兵士に迎え討つため、天音の手を離してしまった。

そして、天音はそのまま、国の軍に捕らえられてしまった。

彼らが一番に捕えたかったのは、天音に違いない。そして、それを実行に移したのは、言うまでもない。


「星羅…わかるやろ。今はあかん……。」


りんが悲しげな目を伏せた。


「どうして!」

「冷静になれ!なれないのなら、また失敗するだけだ!」


月斗が我慢できず、声を荒げた。

やはり、こんな時でも、冷静に厳しい言葉を投げかけるのは彼の役目。


「…だって、天音は今、1人で苦しい思いをしてるのよ…。」


星羅の目には、今にも溢れだしそうな涙が溜まっていた。

残酷な現実を突きつけられ、さらに大事な人を目の前で亡くした天音の心情を思うと、いたたまれない。

そんな彼女を1人にしておくなんて、星羅には考えられなかった。


「わいらは、間違ったんかもしれない…。でもな…わいらは人間や。間違う事もあるんや…。そうやろ、星羅……。それでもわいらは進まないかん……。」


ポタ

星羅の目に溜まった涙が、耐え切れず頬につたう。



「わいらは生きてんのや!…そうやろ。天音…。」


りんもうなだれて、こぶしを強く握りしめた。

しかし、その言葉は、天音にはもう届かない。





「そうやろ……おっさん……。」





************




「君に天師教は、殺せなかったみたいだね……。」


男がゆっくりと口を開いた。

国の兵士に捕らわれた天音は、何故か1人、以前連れてこられた部屋にいた。

今日も、カーテンの奥から、あの男の声が聞こえた。


「…。」


天音は下を向いたまま、まるで抜け殻のように、椅子に座っていた。

彼の声は聞こえているのか、いないのか。それすらも、もうわからない。


「もう感情もなくなったか……?まるであの頃のようだな…。」

「…。」


やはり天音からの返答はない。


「では、もうこの世は必要ないね……。」


男がポツリと、その一言をつぶやいた。




************




「天師教に、京司に会わせて!!」


皇后が老中にすがりつく。

皇后が彼の名前を呼んだのは、一体いつぶりだろうか。


「なりません。皇后様。」


しかし、老中は、そんな皇后をピシャリと一喝した。


「どうして!!あの子は私の子よ!!」


…今あの子は…どんな顔をしている…?


皇后の耳にも、反乱軍がこの城へ押しかけてきた事は入っていた。そして、反乱は失敗に終わり、1人の兵士が犠牲になった事も。


「申し訳ありません…。今は…天使教様に会わせる事はできません…。しかし、皇后様の心配なさるような事は、何1つありません。もちろん天使教様には、傷1つありません。」


老中はそんな言葉を吐いて、皇后を突っぱねる。

しかし、皇后が言っているのは、身体的外傷の話ではない。


…彼が背負っているものは、どうなの?


「あの子を返して……。京司を返して!!」


皇后が悲痛な声で叫ぶ。


「申し訳ありません…。」


しかし、その叫びは老中には届かない。

彼は皇后の言葉に耳を貸す事なく、皇后の前を去って行く。



************



「何が反乱軍だ…。」

「失敗したくせに!!」


城下町の民衆が、口々に不満を漏らしながら、反乱軍がテントを張っている場所まで、押しかけていた。

彼らは、反乱軍の失敗を耳にしたとたん、急に強気に戻り、反乱軍の元へと押しかけてきていた。

やはり、反乱を起こすなんて、馬鹿げた事を考えるだけ無駄。

国を変えるなんて話は、夢物語なんだと、見せつけられただけだった。


「ちょ!!帰って下さい!みんなケガをしてるのよ!」


シドの手当をしていた女性が、真っ先にテントから外に出て、止めに入る。

これでは、仲間の傷は癒えるどころか、心休まる事はない。


「大丈夫だ。」


テントから出てきたシドが、彼女を制し、民衆達の前に現れた。


「俺が話を聞こう…。」


シドは、怒りに震える民衆とは正反対に、落ち着いた様子で、彼らの前に立つ。

腕には包帯をぐるぐるに巻いたシドを見て、彼らは一瞬、躊躇したが、また口を開いた。


「やっぱり、お前らなんて町に入れるんじゃなかった。帰れ!反乱軍!!」

「この国が変わるなんて、そんな事あるはずないんだ。」


民衆達はシドに向かって文句をぶつけ始めた。

彼らは、何だかんだ言って、期待していたのだ。

反乱軍に…。

もしかしたら、何かが変わるかもしれないと…。


「あんたらに、頼るんじゃなかったよ。」

「アホンダラ―ーーーー!!」


その時、突然聞こえた誰よりも大きなその声の方へと、民衆が一斉に視線を移した。

彼らの視線の先に立つ彼は、真っすぐとシドの方へと、人混みをかき分け向かって来る。


「りん…。」


シドが彼の姿を捉えた。

りんは、シド達を心配し、様子を見にここへとやって来ていた。


「頼んな!!」


りんがシドの隣に立ち、険しい声で叫ぶ。


「自分らで何とかするんや!!」


民衆達は、そんなりんの言葉に、釘付けになる。

誰1人、文句を漏らす者は今はいない。


「ホンマは変えたいんやろ!!だったら、自分らでなんとかすんのや!誰かがやってくれるなんて、そんな時代は終わったんや。」


りんは真っ直ぐと、彼らに向かって、その言葉を投げかける。


「そうだ。この国は天師教の国じゃない。俺たち1人1人の国だ。」


今度は、シドが民衆達に語りかけるように、そっと口を開いた。

先程は、全く聞く耳を持たなかった民衆達は、シドの声に耳を傾ける。


「俺達は、してはいけない失敗を犯した。」


シドが傷だらけの手を強く握った。


「でも、失敗したら、また立ち上がればいい。何度だってやり直せる。それが……新しい国だ…。」


シドの目が、真っすぐ彼らを見つめていた。

それは、彼らと同じ目線で。

彼は、天使教のように、顔を隠し、高い場所に立っている指導者とは違う。


「どうして、そこまでするんですか……?」


そこに集まった民衆の中にいた、1人の女性が口を開いた。


「どうしてそこまでして…変えたいの…?」


そして、その真っ直ぐな眼差しを、シドへと向けていた。


「自分達の国を好きになりたいからだ………。」


その瞬間、シドの目には再び炎が宿った。


「ま、そういう事や!はい、拍手ーー!!」


真顔から一変して、ころりと表情を変え、いつもの笑顔を見せたりんが、手を叩いた。


ぱち

ぱち


1人、また1人と手を鳴らした。


パチパチ


その音は次第に大きくなっていく。

そして…


ワー!!

いつしか拍手が歓声へと変わった。


「さっすがやな…リーダー…。」


りんが嬉しそうに、隣に立つ彼を見てつぶやいた。

民衆の心は、完全に掴まれた。

シドのその真っすぐな言葉に。


「そう言えば前にも誰か言ってたな。同じような事。」


すると、1人の民衆が声を上げた。


「反乱はなんで起きるか知ってるか?って言ってたな。」

「ああ、国を好きになりたいからだって。」



『国を好きになりたいからだよ!!わかったか!バカ共!!!』



その言葉は、彼らの心に確かに刻まれていた。



ポタ


民衆達の一番後ろから傍観していた星羅の目からは、涙がこぼれ落ちた。



「それは……京司…いや、天師教の…言った言葉やな…。」


りんがシドの隣で、小さくつぶやいた。


「え…。」


シドも思わず言葉を漏らし、りんの方を見た。




************



「天音。石の力で、この世を終わらせるんだ………。」


なおも、男の冷酷な声だけが、その部屋に響いていた。

しかし、全く動く事無く、顔を伏せたままそこに座る彼女には、届いているのかはわからない。

彼女が息をしているのかも疑問だ…。


バタン

その時、簡単に開くはずのない扉が、勢いよく開いた。


「洗脳のつもり?」


開かれたその扉の前に立つ彼女が、眉をひそめその一言を吐き捨てた。


「かずさ……?」


奥にいる男は、彼女の姿が見えていないにも関わらず、彼女の名を呼んだ。


「行くわよ天音。」


かずさは躊躇なく、ズカズカと部屋の中に入って行き、天音の腕を無理やりひっぱって、椅子から立ち上がらせた。

そんな天音からは、生気も感じられず、かずさは眉のしわを増やした。


「…。」


天音は抵抗する事もなく、まるで人形のようにかずさに引きずられるように、そのまま外へと連れ出されて行った。


「……。」



その様子を男は黙ったまま、見ていただけだった。




************



「フンフフーン」


華子は、町が見渡せる城のバルコニーに立って、気持ち良さそうに鼻歌を歌っていた。


「…。」


華子の隣には、放心状態の皇后が座っていた。


「何の…曲……だったかしら…。」


すると、華子の鼻歌を聞いた皇后が、消え入りそうな声でつぶやいた。


「へ?わかんない!星羅が歌ってくれた歌だよ。」


そう言って、また華子は鼻歌を続けた。


「…。」


…京司は星羅ちゃんの歌う歌が好きだった…。いつからあの子の事を名前で呼ばなくなった?


『私は…何も…見ていなかった。民の顔も、息子の顔ですら…。』


前天使教も、亡くなる間際にそう言っていたのに、なぜ、気がつかなかったのだろう…。

この国のためにと都合の悪い事は、見て見ぬふりをしてきた。

そのツケがきっと今…。


「うわー!きれーな夕日!」


すると華子は、鼻歌を止めて、思わず叫んだ。

彼女の目の前には、息を飲むような大きな夕日が、ポッカリと空に浮いていた。

そして、皇后はそんな華子の声に、顔を上げた。



「夕日はこんなに綺麗だったのね……。」



ポタ

皇后の目からは、自然と涙がこぼれ落ちた。



大きく真っ赤に燃える夕日が、城だけではなく、この国を赤く染めていた。



************



かずさは天音の腕を、これでもかというくらいに、ひっぱって城の外に連れ出した。

しかし、今の天音には、そんな腕の痛みも全く感じない。


ワー

城の外では人だかりができて、歓声が上がっていた。


「民衆の心が1つになった。」


広場まで来たかずさは、足を止めて、そう言った。


「…。」


天音もまだ下を向いたまま、足を止めた。


「まったく、立ち直り早いんだから。」


かずさが呆れたように、少しだけ口端を上げた。


「この国を変えるぞ!!」


民衆の誰かの叫び声が聞こえた。

そう、民衆達の心は決まった。


「この国は終わる……。」


そしてかずさが低い声でまた、ポツリとつぶやいた。しかし、その声が天音に届いているかはわからない。


「京司は、この国の最後の天師教になるわね……。」


そして、かずさは続けた。

今度は天音の方をしっかりと見ながら。


「や…め……て……。」


そして、天音は下を向いまま、気力のない声を絞り出した。


「…。」


かずさは尚も天音の方を見ているが、彼女の瞳は一向に見えない。

そして、その表情も見えないまま。



「聞き…たく…な……い…。」


ザ―


消え入りそうな彼女の声は、風の音にかき消された。


「そう…。じゃあ出て行って。」


かずさの冷たい声が、風の音と混ざり合う。


「今のあなたは、ここにはもう必要ない…。」

「……。」


そして、天音がかずさに背を向けて、ゆっくりと歩き出した。




「さようなら………天音……。」





************




「辰のおかげやな…。」


りんは、ジャンヌの墓の隣にできた、真新しいお墓の前で手を合わせた。

辰の遺体は回収する事はできなかったけれど、そこに墓を作った。シド達と共に。


「よかったわね…。」


その声がりんにそっと近づいた。


「かずさ…。」


りんが後ろを振り返って、彼女の姿を見つけた。


「民が1つになったわね。」


辰のお墓の前には、線香の代わりに、煙草が地面の土に刺さっていた。

こんな罰当たりな事をするのは、きっと月斗だろう。


「辰の命は、無駄になんかさせん。」


りんが、そこから見える大きな夕日を見つめた。


「民は半信半疑だった。反乱軍は、本当に自分たちを救ってくれる者なのか…。」


りんの少し後ろに立つかずさも、真っ直ぐ夕日の方へと視線を向けた。


「…失敗したっちゅうことは、救世主でもなんでもない…。ただの人間っちゅうことや。」


りんはどこか寂しげに、辰の墓へと、また視線を戻した。


「やっぱり今回も時は満ちていなかった……。」

「それを教えてくれたんは…辰やったんやな…。」

「まるで、ジャンヌね。」


そこにある、2つのお墓が夕日に照らされていた。


「2人は、次の時代に託したんやな…。」


そう言って、りんが優しく微笑んだ。


「ねえ、知ってる?ジャンヌの本名。」


かずさは、りんの隣に腰を下ろした。


「ジャンヌは偽名かいな。」

「…マリア……。」



ザ―

今日も風が優しく吹き荒れる。


「彼女は、自分の名を神に売ってしまった……。」

「…そうか……。」


りんがボソッとつぶやいた。


「天音は…?」


そして、りんはやっぱり聞かずにはいられなかった。


「この町を出たわ…。」


かずさはその事実をありのままりんに告げた。


「そうか…。」


りんはまた、静かに頷いた。

不思議とその事実を、すんなりと受け入れた自分に、少し驚きながらも…。


「で?かずさは、どうすんのや?」


そして、りんがニッコリ笑って、かずさを見た。


「言ったでしょ。私は敵にも味方にもならない…。」


かずさは、まだ真っすぐ前を向いたまま、夕日を見ていた。


「…。」

「それが一番楽な道だから。」

「…ちがうで。それはツライ事やろ?」


ザ―

少し冷たい風が、かずさの髪を揺らした。


「…。」

「ま、お互いがんばろうや!!」


そう言ってりんは立ち上がった。

その隣でかずさは、まだ赤く燃える夕日をじっと見つめていた。




************





どこへ向かうというのだ……





その先に道はもうない…





もう帰る場所もないというのに……








ザ―


城下町を出た天音は、1人その場所に立っていた。

そう、輝夜村のあったこの場所に。

もちろん今日だって、そこに行った所で誰もいないし、そこには何もない。


「…。」

『思いは消えない。』


あるのは、悲しい思いだけ…。

どうしたら、消えてくれる?

この悲しみは、辛さは、この思いは…。


ポタ

枯れ果てたはずの、天音の目から、一筋の涙が流れ落ちた。


…どうして、涙が出るの…?あなたは…もういないのに…。




…どうして、出会ってしまったの……?





疲れ果てた天音は、そっと目を閉じた。







ザ―

もう、風の吹き荒れる音しか聞こえない…。


……でも変だ…。この風は生暖かい。最近の冷たい風じゃない。


ザ―

心地よい風が天音の頬をかすめ、そして、懐かしい匂いがした。


「ん…。」


天音は重く閉じたはずの、自分の瞳をゆっくりと開け開けた。


ザ―

すると、目の前には…。


「桜の木……?」


見事に満開の桜の木が風に吹かれ、ピンクの花びらが、天音の目の前でヒラヒラと舞っていた。


…?


自分は、あの村のあった、何もない荒野にいたはずなのに、今は目の前に大きな桜の木がある。


桜の木を見たのは、一体いつぶりだろう…?

しかし、いくら記憶を辿っても、城下町に居た時も、村に居た時も見た記憶はない。

じゃあ、なぜ自分は、目の前に咲く桜を懐かしいと感じているのだろう…。


―――そして、ここはどこ?


「なんで、ブランコに乗りながら寝てんだよ!!」


すると天音の頭上から、突然声が降ってきた。

天音はすぐに、その声の方へと視線を移すと、そこには1人の男の子が立っていた。

見た目からして、おそらく、10歳くらいだろうか?長くて綺麗なサラサラの黒い前髪が、顔にかかって、彼の目を隠してしまっている。

こんな長い前髪じゃ、前がよく見えないんじゃないか?そんなお節介な事を、天音はぼんやりと考えていた。


「え…。私ここで寝てたの?」


言われてみれば、確かに天音はブランコに座っていた。

そして、周りを見回してみると、砂場や遊具があり、桜だけではなく、緑も多い。

そう、そこは、公園と呼ばれるにはふさわしい場所。

しかし、なぜ、自分がこんな所に居るのか、やっぱり天音には思い出せない…。


「ブランコどけよ。」


すると、男の子が口を尖らせてそう言った。


「あ、ごめん。」


天音は彼の言葉に、思わず立ち上がった。

すると、すかさずその男の子は、天音の座っていたブランコを奪い取り、こぎ始めた。


「…隣だって空いてるじゃん…。」


天音がポツリとつぶやいた。

そう、この公園を見渡したが、今この公園に居るのは、天音とこの男の子だけ。

そして、ブランコはもちろん1つではなく、ご丁寧に、隣にももう1つちゃんとある。

不満気に口を尖らせている天音に構うことなく、男の子はどんどんブランコを漕いでいき、今にも空に届きそうな高さまで、あっと言う間に達していた。


「ねぇ、ここどこだっけー?」


天音は、ブランコに夢中な男の子に聞こえるように、大きな声で叫んだ。

そして、少しだけ、そんな自分の声に驚いた。


…私まだ、こんな大きな声出るんだ…。


「は?何言ってんだお前。」


男の子がブランコの上から天音を見下ろし、眉間にしわを寄せた。


「変なやつだな!」


そう言って彼は口元に笑みを浮かべた。


「何と比べて…?」


すると、何故か天音の口から、自然とその言葉が出ていた。

…この言葉…?


「は?」


男の子は、ポカンと口を開けたまま、ブランコを止めた。


「私…やっぱり、知ってる…この公園。」


そして天音は、あまり大きくはない、その公園を見渡した。


……そう、この場所を私は知っている…。でも思い出せない…。ここがどこなのか…。なぜ今ここに居るのか…。


ザ―

暖かな春風が強く吹いて、桜の花びらを容赦なく枝から落としにかかっていた。


「変なやつ。」


ダー

そう言って男の子は走って、公園を出て行ってしまった。


「あ、待ってよー…。」


天音は仕方なく、またブランコに腰かけて、少しだけ漕いでみた。

するとブランコに、ゆらゆら揺られるうちに、天音はまた瞼が重くなり、静かに瞼を閉じた。






ミーンミーンミーン


…うるさいな…。


ミーンミーン


うるさいセミだな!!


…セミ…?


パチ

天音は、そのうるさい声に、思わず目を開けた。

すると、容赦ない、灼熱の太陽の光が目に入り、またギュッと瞳を閉じた。


「え…?あつ……!?」


そして、明らかな不快感にまた天音は目を開けると、全身は汗びっしょりで、額からも汗が滴り落ちているのが、はっきりとわかる。


「え…?な何?どういう事…?」


天音が気がつくと、灼熱太陽がブランコに座っている天音を見下ろしていた。

さっきまでの心地良い風と、気候はどこへやら。


…何かがおかしい…?


一瞬にしてこんなに気候が一変するなんて、明らかにおかしい。

それに、こんな暑い日差しを浴びた事なんて、村にいた頃には、なかったはずだ。

一定の気候だったはずのこの国は、どうなってしまったのか?気候さえもおかしくなってしまったのだろうか…?

天音は、そんな事を考えざるを得なかった。


「と、とにかく木陰。木陰に避難しなきゃ。」


暑さで思考が停止しそうになりながら、なんとか天音は、青々とした葉っぱがまぶしい、桜の木の下に避難した。


「いた!!」


すると、またあの黒髪の男の子が天音を見つけて、こちらへやって来た。


「へ?」


天音は男の子が、嬉しそうにこちらにやって来るのを、暑さでやられたどこかボンヤリした頭で、眺めていた。


「見ろよこれ!!」


ビチビチ

すると男の子は、天音の目の前に手を差し出した。


「ギャー!!」


彼の指は、今にも飛び立ちそうに暴れる、セミの羽を掴んでいた。

それを目の前にした天音は、思わず大声で叫び、驚きすぎて、後ろにひっくり返りそうになった。


ビチビチ


「うわ!!」


男の子は、天音の大声に驚き、思わず手を放してしまった。

すると、彼の手から解放されたセミは、気持ちよさそうに、空の中へと消えていった。


「あ…。」


天音が、しまったと声をもらしたが、もう遅い…。


「お、お前のせいだからな!!」


男の子は案の定、顔を赤らめ、怒っているようだ。


「え?私のせい!?」


天音は納得いかないような、何とも言えない顔で、彼を見た。

…そんな無茶苦茶な……。セミなんて目の前に出されたら、誰だって驚くって。

そして、天音も不満気に口を尖らせた。


「そうだ!」

「…?」


すると男の子が、表情を一変させ、何かを閃いたようにご機嫌な声を上げた。


「いいか !今日の夕方神社に来い!!」

「へ?」


男の子はなぜか突然、そんな提案を口にした。

しかし、彼が唐突に言い出した事に、天音は理解ができず、ポカンと口を開けたまま。


「わかったな!お前がセミ逃がしたんだからな!責任とれよ!」


しかし、天音の返答を待たずして、男の子はまた、走って公園を出て行ってしまった。


「まったく、なんなんだろあの子…。」


ミーンミーン

木陰とはいえ、木の下にいると、さらにセミの声がうるさい。

そして、とにかく暑い…。天音は、滴り落ちる汗を止める事ができず、イライラが増すばかり。


…だめだ…。ここにいたら干上がっちゃう。

そう思い、天音はとりあえず立ち上がって、公園を出る事にした。


「ここ…どこだっけ…?」


天音は公園を出て、とりあえず周辺を歩き始めた。

…できれば、涼める場所があればいいんだけど…。

そう思い、適切な場所を探していた。

そんな、天音が目にしたその街並みは、なんとなく知っていた。

自分の足が、自然と動いているのがわかる。


しかし、その記憶は鮮明ではなく、どこか曖昧。


…一体ここは…?


「暑いな…。」


しかし、そんな天音の思考を停止させるように、また汗がしたたり落ちた。


「あれ?天音?どこ行くの?」


すると突然、天音の背後から、少し高めの女の人の声が聞こえた。

天音がゆっくりと振り向くと、そこには天音と同じくらいの年の、茶色の髪色のショートカットで、切れ長の目の女の子が立っていた。


…この子…誰だっけ…?

名前を呼ばれたものの、天音は彼女の事を思い出せない。

でも、向こうは確かに天音の事を知っているようで、ニコニコしながら、天音に近づいてきた。


「どっか行くの?」


その子が、もう一度天音に尋ねた。


「え…えっと…神社?」


天音は、なぜかしどろもどろになりながら、とっさにそんな事を口走った。


「今日はお祭りだもんね。ふーん、さてはデートだな!」


そう言って彼女がニヤニヤ笑った。


「へ?」


天音は、何の事かさっぱりわかってない様子で、首を傾げた。


「家に寄ってきなよ!!いーもの貸してあげる!」


そう言って彼女は、天音の腕に自分の腕を絡めた。


「え??」


天音は何が何だかわからないまま、彼女にされるがまま、腕を引っ張られ、足を進めた。





「あー涼しいー。」


天音はどうやら、彼女の家に連れて来られたらしい。そして、アイスをごちそうになっていた。冷たいアイスと冷房の風が、天音の火照った体を癒してくれた。


「この家涼しいね。」


天音には外の灼熱の太陽もそうだが、こんなに家の中と外の気温差があるなんて、信じられなかった。

村にいた時は、いつだって気温は丁度よく、窓を開ければ涼しい風が入って来た。


「は?何言ってんの?当たり前じゃん。エアコンあるんだから。」


彼女が当たり前のように、そう言う。


「へ?」


天音はまたポカンと口を開けたまま、固まった。


「それよりホラこっちおいでよ!」

「え…。」


彼女に手招きされ、別の部屋へと天音は足を踏み入れた。すると彼女が手にしていたのは、見た事のないような、綺麗な刺繍のしてある布。

天音はその布に、目が釘付けになる。


「浴衣!着て行きなよ。」

「え??着る?これを、私が?」


天音はわけがわからず、動揺して、言葉までもカタコトになる。


「何動揺してんの?ホラ、前に言ったじゃん。私、着付け習ってるんだって。」

「え??」


…何の事??


「ほら、いいから服ぬいで!て、なんでそんな汚いワンピース着てんの?洗濯しとくから!」

「ええー!?」


やっぱり、どこか強引な彼女は、無理矢理天音の着ている、いつもの白いワンピースを脱がそうとした。

あの荒野にいたからか、白いはずのワンピースは、砂埃で、お世辞にも白とは言えない色に、変化していた。


「うん!良く似合ってる!」


天音は半ば強引に浴衣を着せられ、彼女はご丁寧に髪まで結ってくれた。

天音のその姿を見た彼女は、満足そうに笑った。

その浴衣は、紺色の生地に鮮やかな蝶が描かれている。


「あの…。本当に…いいの?こんな綺麗な。」


天音はこんな綺麗な服を着させてもらったのは初めてで、嬉しいような、少し恥ずかしいような気持ちになった。


「いいんだよ!何か、元気なかったみたいだから。」


彼女はどこか寂しげに、そう言った。


「え……。」


彼女のその言葉に、天音は思わず言葉を失った。


「…何かあった?」


彼女はどこか落ち着く、温かい笑顔を天音に向けた。


「…ずっと信じてきた人が、私の敵だったの……。」


おもむろに天音が口を開いた。


「敵…?」


そんな天音の言葉に、彼女は思わず、眉間にシワを寄せた。


…私…何…言ってんだろう……。

なぜそんな事を口走ってしまったのか…。今日会ったばかりの彼女に向かって、何を言っているのか。

自分でもよくわからなくなっていた。


「ふーん。ずっと気づかなかったの?」

「…え…うん。」


彼女は、突拍子のない事を言い出した天音の話をちゃんと聞いてくれた。

彼女は、同じ年くらいのはずなのに、まるでしっかり者のお姉ちゃんのようだ。


「ずっと敵だったのに?」

「…。」


彼女のその言葉に、天音は下を向いたまま。


「本当に敵だったのー?」


そう言って、彼女はなぜか笑った。


「え…。」


天音は少し顔を上げて、ニコニコ笑う彼女を見た。


「ま、いーや!お祭りに言って、うさばらししてきなよ!!」


そう言って、彼女は天音の背中をポンと押した。





カランコロン


「この靴、歩きにくい……。」


天音は初めて履いた下駄に苦戦していた。固くて柔軟性のないその靴は歩きにくい。そして親指と人差し指の間の紐がこそばゆい。

カランコロン


「でも綺麗な音。」


しかし、下駄の音色はとても心地よくて、なぜか懐かしい気持ちになり、天音の凍りついた心を暖かくさせた。


「きれいだな。」


時刻はもう夕方。

夕日が顔を出し、どこか懐かしいこの町を赤く染めていた。


「お、遅いぞ!!」

「へ?」


気が付くと天音は、神社の入口まで辿り着いていた。

そしてそこには、あの男の子が照れくさそうに立っていた。


「ごめん、ごめん。これ着せてもらってたんだ!」


しかし男の子は口を尖らせ、下を向いたままだ。


「に、似合う??」


天音は、彼の顔を上げさせたくて、悪戯っぽくそう口にしてみた。


「い…行くぞ!!」


しかし、彼はその答えを口にする事はなく、天音の腕を掴んで歩き出した。


「ちょ、ちょっとー!!」



…その顔が赤く染まってたのは、夕日のせいじゃないよね…?





「うわー!!すごいね!!」


神社の境内には、沢山の夜店が並んでいて、天音は目を輝かせた。


「…子供みたいだな。」


男の子が、はしゃぐ天音を見て、見下すようにそう言ってみせた。

まるで、自分の方が大人だと言わんばかりに。


「子供に言われたくない!」


天音が拗ねたように、ぷいっと横を向いた。


「お、俺は子供じゃねー!!」

「ハイハイ。行こう!」


そう言って天音は、彼の手を握って歩き出した。


「!!??」


また、男の子の顔が赤く染まったのを見て、天音はクスクス笑った。



「天音ちゃん、くじ引いてみないか?」


夜店を見て回っていた天音は、くじ引きのお店のおじさんに、声をかけられた。


…このおじさんも私の事知ってる?


「うん!」

チャリーン

天音が元気よく返事をすると、すかさず男の子がお金を払ってくれた。


「え、あ、ありがとう。」

「早く引けよ。」

「うん。あ、6番だ!」


天音の引いたひもの先にあった番号を、おじさんに伝えた。


「お、線香花火当たったよ!」


すると、おじさんは、天音に当たった景品を渡してくれた。


「わー!ありがとう!」


天音は渡されたそれを見て、満面の笑みでお礼を言った。


「あと、これおまけ。」


チリーン


おじさんが渡してくれたのは、小さな鈴のキーホルダーだった。


「え?いいの?ありがとう!」

「線香花火やろうぜ!!」


そう言って男の子が口元に笑みを作り、天音の腕をまたひっぱった。





線香花火がパチパチと火花を散らして燃える。

天音達は、おじさんからライターと缶を借りて、

線香花火を神社の人気のない場所でしていた。

もう辺りはすっかり暗くなって、月が2人を見下ろしていた。


「きれいだね。」


天音の目には、可憐に散る火花が映る。

なぜかこの線香花火の火花は、ずっと見てられる。

天音は、そんな線香花火の不思議な魅力に取り憑かれていた。しかし、その火花を見せてくれるのは、ほんの一瞬。ずっと見ていたいと思っても、あっという間に火は落ちてしまう。


「うん。」


めずらしく、男の子も素直に頷いた。


「…ここはいい所だね。」


そして、線香花火を見つめながら、天音がポツリとつぶやいた。


「…ん?」

「みんな温かくて…。村みたい……。」


こんなに笑ったのは、いつぶりだろう…。

もう、こうやって笑う事なんて、ないと思っていたのに…。


「村??お前田舎者だったのか?」


そんなに村育ちなのが珍しいのか、彼が目を丸くして、天音を見た。


「そうだよ!悪い!」


天音はそう言って、また得意気に笑ってみせた。

そう、天音は村が大好きだった。

あの村で育った事は、本当に自慢だった。


「変なやつ…。」


村育ちを自慢するなんて、ここでは変な奴のようだ。そんな天音を、彼がマジマジと見つめた。

そして、線香花火はあと2本になった。


「これで最後だね……。」


天音が寂しそうにそう言った。


『花火は好きだけど…、終わった後は寂しいね。』


青が言った、その言葉の意味が今なら分かる。


「じゃあ、勝負しようぜ!!」


そんな天音を見かねた男の子が、自身満々にそんな提案をしてきた。


「勝負?」

「先に火が消えた方が負けだからな!!」

「クスクス。いいよ!」


天音もやる気満々で、承諾した。


「負けた奴が、勝った方のお願い、何でも聞くんだからな。」

「よーし!!」


ボッ

最後の線香花火に火が灯った。

線香花火が、パチパチと音を立てて燃えていく様子を、2人は固唾を飲んで見守る。


ポタ


「あ…。」

「やったー。勝ったー!」


線香花火の火の玉が先に落ちてしまったのは、天音だった。


「負けた…。」


勝負に破れた天音が、残念そうに、がっくりとうなだれた。


「やったー!」


その横で男の子が、うれしそうにガッツポーズをしている。


「で、何お願いは?」


悔しそうな顔で、天音は男の子を見た。

約束は約束だ。


「俺と結婚してくれ!」


男の子は、真面目な顔で天音を見つめ、突然叫んだ。


「へ?」


そんな彼の突然の告白に、天音は目を丸くして、間抜けな声をだした。

まさか、そんな事を彼が言い出すなんて、夢にも思ってなんかいなかった。


「だから、大人になったら、俺と結婚しろ!」

「あ、アハハハ」


そんな真剣な彼を見た天音は、思わず声を出して笑ってしまった。


「わ、笑いやがったなー!!」


男の子の顔が、みるみるうちに赤くなる。


「ご、ごめんごめん。」


天音はまだ半笑いで、涙まで出てきてしまった、まさか、またこんなに笑わされるなんて思ってもみなかった。


「お、俺は真剣だからな!!年の差なんて関係ねー!」


男の子は真っ赤になりながらも、どこまでも真剣にそう叫んだ。

そんな彼を見た天音は、笑いながらも、ちょっと申し訳なくなった。


「それとも、他に好きなやつ…いるのか…。」


男の子は今度はすねた様に、口を尖らせる。


「え…。」


ザ―

昼間はあんなに暑かったのに、今は夜風が心地よく吹いていた。


「私は、結婚するなら年上がいいかな……。」


そして、天音がポツリとそんな事をつぶやいた。


「わかった!!」


すると突然何を思ったのか、そう言って彼が立ち上がった。


「へ?」


しゃがんだままの天音が、そんな彼を見上げた。


「お前の年上になってやる!!」


真剣な眼差しで、彼は天音を見下ろしていた。


「プッ」


天音はそんな彼を見て、また思わず噴き出してしまった。


「笑うな!!絶対なる!!」



…本当は嬉しかったんだよ…。

…だって、わかってたよ…。君は真剣だったもんね。


「クスクス。じゃあ、待ってる。」

「待ってろ!!」


チリーン

夏の夜風に鈴が揺れた。




ーーーその約束があれば……寂しくないね……。








「…イ…オイ!」


ザ―


今度は少し冷たい風が天音の頬を撫でた。

カサカサ

…まただ懐かしい音がする…。そうだこれは…。


「起きろよ!!」


また、あの男の子の声が天音の耳に聞こえた。

カサカサ

…そうだこれは、落ち葉の音…。


パチ


「ハックショーン!」


天音は目を開けたのと同時に、大声でくしゃみをした。


「う、うわ!」


目の前にいた男の子は、よほどびっくりしたのか、天音の目の前で尻もちをついた。


「…あれ?私また寝てた?」


気がついて辺りを見回すと、そこはまたあの公園。

そして天音は、またあのブランコに座っていたようだ。


「バ、バカじゃねーか!!」


男の子がお尻を叩きながら、思わず叫んだ。


「へ?」


天音は鼻水をすすりながら、彼を見た。


「もう秋なんだから、こんな所で寝るなよ!!」

「ご、ごめん。」


少し怒ったように、彼はそう言ってみせた。しかし、天音には分かっていた。それは、彼が自分を心配してくれたからこその言葉だと。


「手出せ。」


すると、男の子がぶっきらぼうに言った。


「え?」


天音は何の事かわからず、またポカンとしていた。


「いいから、手」


そう言われ天音は手を前に出した。

ポロポロ

すると、天音の手に何かが降って来た。


「どんぐりだ!!」


天音がそれを見て、嬉しそうに声をあげた。

茶色くてコロコロとしたそれは、天音の少し冷たくなった手を埋め尽くした。


「俺が取ってきた!」

「わー!ありがとう!」


男の子は得意げににそう言って笑う。それを見て天音もまた笑った。


ザ―


「秋…か…。」


あの暑い夏とはうって変わって、冷たい風が天音の頬に触れた。そしてなぜかその風は、天音を少し寂しく、切ない気持ちにさせた。


「なー、冬になったら雪見れるか?」


するとふいに、隣のブランコに座った男の子が、目を輝かせながら、そんな事を言った。


「え……。どう…かな……。」

『天音。ここには雪は降らないわ。』


…そうだ、確かそう聞いた…。

天音は、その言葉を思い出し、躊躇した。

もう雪は降らない…。彼に、無駄な期待をさせてはいけない。天音はとっさにそう思った。


「もう、ずっと…降ってないって聞いたけど…。」


そう言って天音は寂しげな瞳を伏せた。


「でも、見れるといいな!」


しかし彼は、先程と全く変わらず、楽しそうに天音にそう話す。


「俺まだ雪、1回しか見た事ないんだー!」

「…私…も…ずっと見てない……。」


無邪気に笑いながらそう言う彼を見て、天音も自然とそう答えた。



…そうだ……これは……



『夢だったら見れるかな…。』




「じゃあ、一緒に見ような!雪!!」




彼が口に弧を描き、ニッと笑った。






キーキー


男の子が帰った後、天音はまだ1人公園に居て、ブランコに座っていた。


キーキー


公園には、ブランコの音が悲しく響いている。


…そうだここは……。


「あれ?天音?」

「え…?」


天音の耳に届いたその声に、彼女は思わず顔を上げた。


「何してんの?」


すると、そこには彼が立っていて、いつものように天音に優しく笑いかけていた。




「青……。」





天音が、どこか懐かしい彼の名をそっと呼んだ。










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