時代 ~epoch~
もしも魔法が使えたなら
私の願いはただひとつ
お願い、時を止めて
************
「え……。」
星羅の顔は、血の気が引いたように真っ青だった。
「私が?」
天音は眉間にしわをよせて、首を傾げた。
「ああ。俺達と一緒に来て欲しい。」
シドは早速次の日、りんに連れられて、月斗の隠れ家に足を運んだ。
りんはいち早く、反乱軍がこの町へと足を踏み入れたという情報を得て、シドに会いに行っていた。
そこでシドは、天音に会いたいと、りんに頼み込んでいた。
「俺たちは天師教を討つ。その瞬間に、お前は立ち会うべきだ。」
シドは、もう1度天音の目をしっかりと見て、そう言った。
まさか自分がその言葉を天音に告げるなんて、昨日の自分は、想像すらしていなかった。
しかし、シドは辰の思いを伝えないわけには、いかなかった。
「それは…。私が…ジャンヌの娘だから…?」
天音が恐る恐る問う。
「そうかもしれない…。でもそれだけじゃない…。」
そんな天音を、シドは真っ直ぐと見つめた。
「どういう事…?」
「天音。君にこの国が変わる瞬間を、見ていて欲しんだ。」
それは、シドだけの思いではなかった。
りんもなんとなく、その事を感じていた。
だからこそ、りんは下を向いたままで、言葉を発する事はなかった。
そして、星羅は唇を噛み締めながら、手を強く握りしめていた。血が出そうなくらいに。
…未来は変える事はできない…誰にも……。
その現実を突きつけられ、どうしろと言うのだ。
「わかった!」
天音は元気に笑って、そう答えた。
「私だって、この国の一員でしょ?もちろん見るよ。だってあの時、私決めたんだ。私も、この国の一員として、生きていくって!」
『天使教の国じゃなくて、みんなで生きていくの。』
…決めたんだ。私は見なくちゃいけないんだ。
お母さんが見れなかった。その瞬間を…。
そう言って、何も知らない天音が、シドに笑いかけた。
「天音…。」
しかし、星羅は今にも泣き出しそうな顔で、未だ下を向いたまま。
天音のその笑顔を直視する事は、もうできなかった。
「ありがとう…。」
シドは、その一言を天音に投げかけ、寂しげに笑った。
************
「天音に…見ろ…っていうの…。」
星羅は机に突っ伏して、顔を伏せたまま、小さくつぶやいた。
天音はシドが帰った後、行く所があると外へ出かけて行った。
そのため、今は3人しかこの家には居ない。
「京司の殺される所を……。」
その声は、確かに震えていた。
「…ウソをついてきたんは京司や…。」
りんが星羅を見下ろして、低い声でそう言った。
「京司が悪いの…?」
涙声の星羅が問う。
やっぱり星羅には、納得なんてできない。
この現実を、簡単に受け入れるわけにはいかない。
「いつまでも、このウソをつき通せるんか?それとも、京司が死んでから、本当は京司が天使教でした……。なんて言えるんか?」
いつかは、真実がわかる時が来る。
それは止める事ができない事実。
後になればなるほど、彼女が苦しむのは目に見えている。事実を打ち明けるタイミングは、今しかない。
りんには、それが嫌という程わかっていた。
だからこそ、星羅に分からせるように、はっきりそう口にした。
「……。」
星羅はやはり、唇を噛み締める事しかできない。
「星羅…。」
りんもまた、悔しさに顔を歪ませながら、苦し気な声で、星羅を呼ぶ事しかできない。
星羅の気持ちは痛い程わかるからこそ、どうしてやる事もできない。
「こんなのおかしいわよ!!華子だって言ってたじゃない!」
星羅が我慢できず、顔を勢いよく上げた。
「これは、宿命や…。」
りんが低い声でつぶやいた。
「宿命…。」
顔を上げた星羅の目は、真っ赤になっていた。
「時代が…望んどんのや。」
りんも、まるで自分に言い聞かせるかのように、声を詰まらせながらそう言った。
「そんなの…。」
しかし、星羅はそんな一言で納得がいくわけがない。
星羅も、はじめは伝説の少女というだけで、同じ部屋だったというだけで、関わってきた天音だったが、今では違う。
星羅にとって彼女は…。
『大丈夫!みんながいるじゃん!!』
――― 仲間
「何かを変えるのには、犠牲が必要なんだよ。」
月斗がたばこに火をつけながら、ひとり冷静な声でそうつぶやいた。
************
「天音。行くってゆっとった。」
「そうか。」
りんは、町の見回り中の辰を無理やり捕まえて、その事を感情を込めずに言葉にした。
星羅にあんな事を言っていたものの、りん自身にもわからなかった。
―――これが正しい選択なのか?
いや、それは誰にもわからない…。
「にしても、町に活気なくなったなー。」
りんはわざとらしく、話題を変えるように、大きな声でそう言って見せた。
あの事件があってからは、活気のあった城下町には、人の姿はチラホラしか目につかない。
そして、多くの店は閉まったまま。
この町の者はみな、反乱に巻き込まれたくないと家に閉じこもっているようだ。
彼らは、反乱が本当に起こるという事実を、突きつけられ、嫌でも受け入れ始めていた。
「気づき始めたんやな。神なんてやっぱおらんって。」
「…。」
辰は何も答えず、ただ、1点を見つめたまま。
そんな彼が何を考えているのか、りんにはわからない。
「自分らが信じてた神様が、あんな若いボーズなんて、笑いもんやからなー。」
りんは足下に転がる石を蹴った。石はコロコロと転がって、また別の石に当たり、カツンと音を立てて止まった。
「なあ、これでいいんか?」
りんもまた、シドと同じように、彼に問わずにはいられなかった。
確証が欲しかった…。誰かに言って欲しかったんだ…。
「私は、後悔していた。」
すると、辰が、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「幼い天音を、あの教会に1人で置いてきてしまった事を。」
辰の目はどこか悲しげに、遠くを見つめていた。
「でも、この町におったら、危険な目に合うと思ったんやろ?」
「私は天音と約束した。必ず迎えに行くと…。」
そう、辰はジャンヌがいなくなった後、天音を中月町の教会へと預けて来た。それは、この城下町に居たのでは、天音が辛い目に合うのは、目に見えていたから。そして1人中月町へと残された幼い天音は、そんな辰の言葉を信じて、待っていたに違いない。
しかし、その約束は果たされる事はなかった。
「…。」
「私は、天音をあの教会に預けてから1年後、あの中月町に訪れた。天音の様子を見に。しかし、そこに天音はいなかった。そして、あの町には、天音を知る者はいなかった。そこで私は、自分のした事を悔やんだ。」
「そこで、気づいたんか…。」
りんも、思わず彼のその話に、顔を歪めた。
「ああ。全てが国の仕業だという事に…。」
辰は、ジャンヌに聞いていたに違いない。
石の事も、天音がその石に関わる伝説の少女だという事も。
そして、国は喉から手が出るほど、その石を欲しているという事も知っていたのだ。
「それから私は身元を隠し、城の兵士として働く事を志願した。」
「おっさんが、国の兵士として働いていたのは、天音の情報を仕入れるためだったんか…。」
りんは、納得した。なぜ反乱軍の一員だった辰が、兵士になったのか…。
それは今になって、やっと理解できた。
「まあ、きっかけはそうだった。天音がどこへ行ったのか、全く情報はなかった。それを知っているのは…。」
「国ってわけやな。」
「天音の情報は、一向にわからなかったが、私は城の兵士として働くうちに、この国が見えて来た。」
この国の本当の姿…。
辰はこの国の兵士として働き、知った。
天使教を神と崇めるこの国。
人々は神には逆らえない。国には逆らえない。
そんな国に自分は今いるのだと…。
「…まるで、天音みたいやな。」
りんが目を細めながら、ポツリとつぶやいた。
「え…。」
「あの子もそうやろ。この城で暮らして、この国を知った。」
前に天音は言っていた、辰は痛みの中にいると…。
もう、天音も知っている。本当のこの国の姿を。
天音はこの城下町で、この城で、見てきたのだから。
************
「なんでお前がここにいるんだよ。」
月斗は、相変わらず不愛想にそう言った。
「えへへ。来ちゃった。」
月斗は、青のお姉さんのお墓に足を運んだいた。
しかし、そんな彼より先にそこに居たのは、天音だった。
「…私、城で青に会ったの…。」
「たく、あのクソガキ。余計な事しかしねー。」
天音はどこか寂しそうに、お墓を見つめていた。すると月斗はいつもの調子で、口を尖らせ不満げにそう言ってみせる。
「青…目が見えなかったんだね…。」
「ああ…。」
「使教徒だったんだね。」
「ああ…。」
「月斗も…辛かったんだね…。」
「…。」
月斗はただ天音の問いかけに、静かに答えてくれた。
「私…やっぱり何にも知らなかった。」
「…。」
「でも、その人の事何にも知らなくても、信じれるんだね…。」
「…それは青の事か?」
ザ―
風が吹き荒れ、まだ花を付けていない月下美人を揺らしていた。
――― 全ての舞台は整った。
************
「お母さん…これでいいんだよね…。」
天音は、月斗と別れて、今度はジャンヌの墓へと足を運んだ。
明日はついに、天使教を撃ちに行く。
その時は、刻一刻と近づいて来ている。
しかし、天音は一抹の不安が拭えないでいた。
「天音!」
その時、背後から勢いよく天音を呼ぶ声が聞こえた。
「星羅…。」
天音がゆっくりと後ろを振り返ると、息を切らした星羅が、こちらへ向かって走って来た。
「ごめん。りんにこの場所聞いた。」
「…うん。どうしたの?」
息を切らし、必死に天音を追いかけて来たであろう星羅の様子に、天音はきっと大事な話があるんだろうと悟り、聞く体制に入る。
「行っちゃだめ。」
開口一番、星羅は力強く叫んだ。
そして、彼女の強い瞳は、天音を捕らえて離さない。
「え…?」
「あなたが行く事はない。あなたがジャンヌの娘だから?伝説の少女だから?そんなの関係ない。」
星羅は天音に、城へ行くなと必死に訴えている。
星羅がなぜ、そんなにも必死に訴えているのか。天音には全く見当がつかないでいた。
「星羅?私にそんなに行って欲しくないの?どうして?」
そして、天音は聞かずにはいられなかった。
その本当の理由は…?
「あなたが、ただの 1人の人間だから。」
夕日に照らされ、赤く染まっている星羅のその瞳は、揺ぎ無く1点を見つめる。
「星羅…。」
星羅のその言葉に、決めたはずの天音の気持ちが、揺らいでしまいそうになる…。
「天師教は……。」
「天音。ここに居たのか…。」
「!?」
その声に、星羅は勢いよく後ろを振り返った。
「辰…。」
彼は、まるで星羅の言いたい事がわかっていて、それを阻止するかのように現れ、声をかけてきた。
「…。」
星羅は彼の顔を見たとたん、口ごもり、何も言えなくなった。
かぜなら、辰の顔がそれを物語っている。
“それ以上は言うな…。”
「現実を見なければ、未来を生きてはいけない。そうだろう天音?」
「え…?」
辰はわざと天音へ向け、その言葉を投げかけた。
しかし、それは天音だけでなく、星羅に投げかけられた言葉。
―――現実を見ろと?
そして、星羅は奥歯を噛みしめた。
…分かっている。でも…。それでも…。
「星羅…?」
下を向いたままの星羅に、天音は心配そうに呼びかけた。
ダー
しかし星羅は、それ以上は何も言う事なく、走り去ってしまった。
「…。」
そんな星羅に戸惑いながらも、天音はどうしていいか分からず、そこに立ち尽くすしかなかった。
「…天音。心の準備はできたか?」
そんな天音を見かねて、辰は穏やかな声で尋ねた。
「…うん。」
天音は小さく頷いた。
しかし、まだ不安は消えない…。それは、先ほど揺らいだ気持ちとして現れた。
「ねぇ辰…。これでいいんだよね?私間違ってないよね?」
天音はすがるように辰を見つめ、そう問わずにはいられなかった。
幼かったあの頃と、なんら変わらないその瞳は、真っ直ぐと辰へと向いている。
「心配はいらない。何も間違っていない。」
辰は、もう1度天音の目を見て、はっきりと言った。それが彼女の欲しい答えだと、知っているから…。
「…そうだね!ありがとう!」
そして、天音も安堵の表情を見せ、辰の瞳を見て笑った。
「辰が大丈夫だって言ってくれれば安心だね。お母さん!!」
天音はジャンヌのお墓に向かってそう言った。
ザ―
天音の笑顔とはうらはらに、風は強く吹き荒れた。
それは警告かそれとも…。
************
「わいもこんな最期、望んでたわけやない。」
りんは、月斗の隠れ家の前にある芝生に横たわりながら、空を見上げていた。
やはり、りんもまだ100パーセント納得がいっているわけではなかった。
「プハー」
その横で月斗は、煙草をふかした。
「どっかで信じとった…。もしかすると、もしかするんやないか…って。」
京司が天師教として反乱軍に討たれる事も、天音に彼と対峙させる事も、本当はしたくなんかない。
しかし、その望みは儚い夢のように消えていく。
「フン。」
しかし、そんなりんの隣で、月斗はただ鼻で笑うだけ。
「京司を救えるんじゃないかって…。」
「…。」
「こんな時代やなかったら、わいらは、ただの友達になれたんかなー!」
りんが、急に大きな声でそんな事を叫んだ。
彼がもし天師教でなかったら…。この時代でなかったのなら、違った未来があったのかもしれない。
りんは、そう考えずにはいられない。
「は?」
しかし、それはあり得ない。
そう言わんばかりに、月斗は顔をしかめた。
「京司は、死なんですんだんかなー。」
そしてりんは、今度は消え入りそうな声で小さくつぶやいた。
その願いはきっと叶わないと、もうわかっているから…。
「お前もか…。」
月斗は、りんが星羅と同じ事を思っていたのは、わかっていた。
しかし、京司をかばいたくなる気持ちは、月斗には理解できない。
「なんで、誰も傷つかなくていい世界がないんや……。」
りんが苦しそうに、声を押し殺しながら、そう吐き捨てた。
ザッ
するとおもむろに月斗が立ち上がって、りんと同じように空を見上げた。
「奇跡なんてねーからだよ。」
************
京司は、その部屋に仰々しく置かれている椅子の前に立って、ぼーっとその椅子を見つめていた。
その部屋は、石畳の上に赤じゅうたんが引いてあり、椅子だけがポツリと置いてあるだけ。
そして、その椅子は、代々天師教しか座る事の出来ない椅子。
「バカじゃない?」
シンと静まりかえった部屋に、いつの間にか現れた彼女の声が響いた。
やっぱり彼女は神出鬼没で、当たり前のように彼の前にふいに現れる。
慣れっこの京司は、そんな彼女にもう驚く事はない。
「…バカ…か…。」
京司は、どこか諦めたようにポツリとつぶやき、なぜか口元に笑みを作った。
「…。」
そんな自嘲的な笑みを、かずさが無表情で見つめていた。
「君の役目はもう終わり?」
そして今度は、かずさの横に当たり前のようにいる青が、京司に問う。
「ああ。あとは頼むよ…。」
京司は青の問いに、力なく答えた。
京司はもうわかっていた。反乱軍がここへ来るのは、もう時間の問題…。
そうなれば、自分は…。
「フン。生きるためだなんだって、あんなに生意気に言ってたくせに…。」
青はまるで気力のなくなった京司を見て、呆れたようにそう言った。
そこには、あの時のように、生意気で自信に溢れていた彼の姿はない。
「最期に預言でもしてもらったら?」
青が面白そうに笑いながら、かずさを見た。
「あなたに足りないもの…。」
すると、かずさがゆっくりと口を開いた。
「勇気。」
しかし、かずさの言葉を聞いているのか、いないのか…京司は無表情で、どこか宙を見つめているだけ。
「そして…。」
「もういいって。これで終わりなんだから。」
京司はかずさの言葉を遮ぎるように、その言葉を吐き捨てた。
もうこれ以上は、何も聞きたくなんかない…と……。
「奇跡。」
しかしかずさは止める事はなく、最後まで続けた。
そして、その言葉を耳にした瞬間、青が大きく目を見開いた。
************
春は桜の木の下
夏は線香花火
秋はドングリ
冬は……
巻き戻って行く……。
時間が……。
************
運命の朝を迎えた。
しかし、星羅はまだ布団にくるまったままで、部屋からは一歩も出てくる気配はなかった。
やはり彼女には、この現実は受け止められないのだろうか…。
『星羅…わいらは行くで…。やっぱりこの目で見な…。』
りんは扉の外からそう言って、この小屋を月斗と共に出て行った。
「……。」
しかし、星羅はやっぱり布団から出る事はなく、1人この小屋に残ったまま。
************
天音はりん達より早く小屋を出て、朝一番でまた、ジャンヌの墓へと足を運んでいた。
「朝日…か…。」
朝日が天音の顔を赤く染める。
「本当は全て忘れたいのだろう?」
「…誰…?」
低い男の声が、天音の耳に聞こえた。
しかし、辺りを見回しても、人影は見当たらない。
「本当は憎いのだろう…。人間が。」
「やめて…。」
天音は思わず耳を両手で塞いだ。
「でも君は揺らぐことはできない。もうここまで来てしまった。もう戻る事は許されない。」
しかし、その声が止む事はない。
「もう全て思い出した?本当に?」
『マリア様お願いします。』
5歳の天音は、中月町の教会にあるマリア像の前にひざまずき、手を合わせ祈っていた。
『何を祈っているんだい?』
1人の牧師が天音に話しかけた。
『ねぇ、マリア様は私のお願い、叶えてくれる?』
天音の真っすぐな目が牧師を見つめた。
『汝の願いを叶えるのは汝自身だよ。』
『え…?私?』
『そうだよ。』
『…私にできるかな…。』
天音が不安そうな顔を見せた。
『汝が強く望めば…。』
牧師はそんな彼女を励ますように、優しく微笑んだ。
『いつかわかってくれるよね。お母さんは魔女じゃないって。』
『…。』
『いつかまた、帰れるよね…。辰がいるあの町に…。』
チリン
鈴の音がどこからか聞こえる。
それは忘れていた記憶を思い出す合図……?
************
「俺ら…どうすればいいんだよ…。」
城の兵士達は、朝一番に招集された。
城の者達も、どこかで感じていた。
反乱軍がこの城に攻めて来るのは、もうすぐだと…。
そして兵士達に伝えられたのは…。
“反乱軍は1人残さず全員殺すように”
「何を守ればいいっていうんだ…。」
「そ、そんなの、決まってるだろう。」
しかし、兵士達もまた揺らいでいた。
守るべきものは、本当にこの国なのか…?
守るべきものは、一体何なのか…?
「でも、民衆はもう、天師教様を信じちゃいない…。」
彼らも感じていた。
あの一件以来、民衆の心が離れていった事に。
「町にいる俺の家族は…。反乱に力を貸したいと言っている。」
1人の兵士がポツリとつぶやいた。
「俺達はこの国の!」
「自分で決めろ!」
その時、そこに居た誰より彼が大きな声を上げた。
「辰…。」
「国にすがるな。自分で決めろ。」
辰は揺らぎない瞳でそう訴える。
「ーーーーそれが新しい時代だ。」
************
――― 12年前
『天音!』
ジャンヌが突然、緊迫した声で天音を呼んだ。
ジャンヌは先の戦いで大怪我を負って、ベットに横になったままだった。
そして、その失敗のせいで、ジャンヌは世間からは魔女と呼ばれ、もう外に出る事もままならない。
ジャンヌの横で、5歳の天音は楽しそうに絵本を読んでいた。
『どうしたのお母さん?』
『誰か来る。天音、あなたはこの毛布を被って、ベットの下に隠れて。いい?絶対に出てきてはだめ。』
『誰が来るの?』
心配そうな目で天音はジャンヌを見た。
『大丈夫。少しお話をしたら帰ってもらうから。』
そう言ってジャンヌは、その顔に引きつった笑顔を作った。
『…わかった。』
天音は、仕方なく母の言う事を聞いて、ベットの下に隠れた。
天音は幼いながらもわかっていた。
母が周りから疎まれている事を。
しかし、ここに来る人物が誰なのか…。それはわからない。
ガチャ!!
その時ノックもなく、突然家の扉が開いた。
『ジャンヌ…だな…?』
聞いたことのない男の声が、天音の耳に聞こえた。
しかし、ベッドの下に隠れている天音には、その人物の顔は見えない。
『…あなたが天師教?』
ジャンヌがゆっくりと口を開く。
『なぜそう思う…。』
その男がジャンヌに問う。
『だって、そんな立派な恰好して、たくさん兵士連れてるなんて。でもわざわざ、天師教自ら何しに来たの?』
ジャンヌは臆する事無く、淡々と話しを進める。
『お前の最後を見届けるために…。』
『フフフ。』
ジャンヌの口からは、この場には似つかわしくない、笑いがこぼれた。
『なぜ笑う…。』
その笑いに、男が顔をしかめた。
『だって、あなた普通なんだもの。』
『ふ、普通だと!!』
1人の兵士が、天使教を侮辱された事に、怒りを露わにした。
『良い。』
天師教はその兵士を一言で制した。
『こんな格好してなくて、普通に一人で道を歩いてたら、誰も天師教だなんて、気づかないんじゃない?』
『…。』
その言葉に、天師教は口を固く結び、一言も言葉を発する事はなかった。
『だって、あなた、顔に書いてあるわよ。本当は天師教なんかやりたくないって…。』
天師教は思わず眉をひそめる。
…これが…神に見初められた女…。
しかし、彼女のその言葉を認めるわけにはいかない。
それを認めてしまったら、全てが……。
――― オワル
『天師教様を愚弄するなど!!言語道断だ魔女め!』
グサ
『うっ…。』
鈍い音と共に、ジャンヌが苦し気な声を上げた。
彼女の胸には、兵士の振りかざした剣が刺さっていた。
『お母さん!!』
その瞬間、我慢できなくなった天音が飛び出してきた。
そして、天師教の目は、天音を捕らえた。
…子供…?ジャンヌに子供がいたのか…?この幼い子はあの子と同じくらいの年か……。
そして、天師教の瞳が微かに揺れた。
『ゲホッ!ほら…私は…魔女じゃない…。神の使いでもない。ただの…人間…。血も流れる…。』
彼女を覆っていた布団がみるみるうちに、赤に染まる。
『おかあーさん!!』
その光景を見た天音は、パニックになって泣き叫ぶ。
『あなたも…でしょう…天師教…。』
しかし、そんな天音に構うことなく、ジャンヌはただ天師教だけを、じっと見つめている。
『…。』
『優しい目をしているのに…。この子を見たその目…は…ウソじゃ…ないでしょ…。』
『お母さん!!しゃべっちゃだめ!!ち…血が!!』
幼い天音は、ただジャンヌにしがみついて、泣き叫ぶ事しかできない。
『私が優しいだと?』
天師教が、また眉間にシワをよせた。
『火を放て!!』
そして冷酷な、天師教の声が響き渡った。
『は!!』
バタン
そして天音の家の扉が閉まった。
ボッ
すぐ様、天音の家には、火が放たれた。
『天音!!逃げな…さい。』
『嫌だ―!!お母さんも!!』
しかし、天音は泣き叫ぶばかりで、ジャンヌから離れようとはしない。
『あま…』
バタン
『ジャンヌ!天音!!』
その時、再び扉が開いて辰が現れた。
『たつ……。天音…をおね…がい。』
辰はその状況を見て、目を見開いた。
ジャンヌの周りは、全て赤に染まっている。
『ジャンヌ…。』
『おかあさ!』
グイ
辰は無言で天音をジャンヌから引き剥がし、彼女を抱えた。
辰は全てを悟っていた。
『辰!!お母さんが!!』
天音は涙が溢れる目で、辰を見上げた。
『天音…。生きて…。』
『辰!!やだ!!』
天音は辰の腕の中で、泣き叫びながら暴れた。
…お母さんを助けて!!
しかし、辰は暴れる天音を押さえつけるばかりで、何も答えてはくれない。
…どうして…?
『石…をさが…して…。』
ジャンヌは尚も冷静に言葉を紡いだ。
しかし、天音の願いとはうらはらに、炎が邪魔をして、もう彼女の姿は見えない。
『やだー!!お母さんー!!』
『私は間違っていた…。反乱は今ではない…時代を見よ…時は満ちていない……。』
『いやだーーー!!おかあさーーーん!!!』
全てが赤に染まる…。
そうそれはまるで、真っ赤に燃える夕日のようだったんだ……。
――― 全て思い出したよ。
************
『また俺の前で歌って!』
「京司…。」
星羅が布団の中で、小さく彼の名をつぶやいた。
『私も聞きたい。星羅の歌。』
『大丈夫だよ。』
そして、次に星羅の脳裏に浮かぶのは、天音のあの時の顔。
「やっぱり…。」
星羅は唇を噛みしめ、布団を勢いよく剥ぎ取った。
「このままじゃ…!」
そして、星羅は外に飛び出した。
************
カツカツ
「ずいぶん静かだな…。」
反乱軍達は、ついに城の中へと足を踏み入れた。
りんと、月斗と、天音ももちろん彼らと合流していた。
「確かに兵士がいない…。」
「逃げたかー?」
月斗が呑気にそうつぶやいた。
もちろんシドも、その様子に違和感を感じていた。
彼らは警戒をして、城の裏口から城に進入していたが、ここまで誰1人として、この城の人間と会わなかった。
もちろん彼らも、無駄な戦いはしたくはなかったし、無駄な血は流したくはなかった。
そう彼らが狙うのは、たった1人…。
「兵士達も、気づいたんやな…。」
りんがポツリとつぶやいた。
きっと彼らも、城を守る事に、国を守る事に疑問を抱いたに違いない。
そんな彼らが城を捨てた所で、何らおかしい事ではない。
「…。」
天音は、未だ固く口を閉じたまま。この光景に違和感を覚えながらも、言葉を発っする事はなかった。
カツカツ
彼等は、足音が反響する長い廊下を真っすぐ歩いていく。
カツン
「ここが天師教の間だ。」
シドがその扉の前で足を止めた。
シドの手には、城内部の地図がある。
辰にもらったのだろうか…。天音は、ぼんやりそんな事を考えていた。
やはりここまでの道でも、誰とも会わなかった。この城はまるで空っぽ…。
この城の者は、この国をそして、天師教を見捨てたのだろうか…。
「…開けるぞ。」
ギー
シドがその重々しい扉を開けた。
その部屋には、ただ一脚の立派な装飾のしてある椅子だけが置かれていた。
それは、異様な光景…。
そして、そこに座っている人物がたった1人。
「天師教だな。」
シドが彼に問う。
「ああ。」
天師教の顔には、いつものように布がかかっている。
…私はあの時見た……。
ドクン
『火を放て。』
…私の家に火を放った、天師教の顔を……。
「やっぱり変わらなかった…。未来は…。」
いつの間にか、青も反乱軍達に紛れて、その部屋の扉の前に立っていた。
「…。」
月斗がその声に気づき、ちらりと青の方を見た。
「あれが…天師教………?」
天音が、その名を小さくつぶやいた。
「お前には悪いが……ここまでだな…………。」
シドがそう言って、腰から剣を抜いた。
「ダメーーーーーー!!!」
その瞬間、星羅の叫び声が、その部屋にこだました。
「え………?」
シドの剣が、天師教の顔を覆っていた布を切り裂いた。
「こんな……」
その布が床に落ちて、彼の顔が露わになった。
「……京司………?」
その顔を見た天音が、一歩、また一歩と彼に近づいた。そう、その椅子に座っているのは、天音の良く知る彼だ。
…彼がなぜそこに?
「…。」
そして京司がゆっくりと顔を上げた。
「どうして……?」
天音は、何が何だか分からず、とっさにその言葉を口にした。
「…どうしてって…。」
京司は少し困ったように、眉をへの字に曲げ、いつもとなんら変わらない優しい眼差しで、彼女を見た。
「天音…。」
シドの天音を呼ぶ悲痛な声は、彼女には全く届いてはいない。
ただ彼女は、目の前にいる彼だけを見ていた。
「俺が…。」
目の前の彼が、またゆっくりと口を開いた。
「きょう…じ…。」
扉の前では、星羅が膝からくずれ落ちる。
もう、涙で前は見えない。
いや、もう見たくはない。
こんな悪夢は…。
―――― こんな未来を見たかったわけじゃない。
「俺が天師教だよ。」
「え…?」
京司の真っ直ぐな瞳が、天音を捕らえた。
しかし、天音にはその言葉の意味が理解できず、その場で立ち尽くすだけ。
「もう、や…めて…。」
星羅の声は、もう声にはならない。
「う…そ………。」
「ウソじゃねーよ。もう終わりだ。ゲームオーバー。」
目の前にいる、京司の冷たい声だけが、天音の耳に響いた。
他には何も聞こえない。
星羅の悲痛な声も…何も…。
「…終わり…?」
「俺はここで死ぬんだろう?」
京司の全てを諦めたような寂しげな瞳だけが、天音の目に映る。
『ジャンヌ…だな…?』
『あなたが天師教?』
…そうだ…私は知っている……。
『おかあさーーん!』
『火を放て。』
…あの時お母さんを殺したのは…。
「俺を殺せよ……。」
その冷たい瞳が、もう一度天音を見た。
…この目は、あの男と同じ目だ………。
「うわーーーーーーーー!!!」
天音はとっさにシドの剣を奪い、振りかざした。
「天音!!」
りんが、これでもかと言うほどの大声で叫んだ。
「やめてーーーーー!!」
星羅も悲痛なほど叫ぶ。
ピタ
天音が強く握る剣の先が、京司の瞳から数センチの距離で止まった。
『お前は俺にさんざん言ってきただろ。一人じゃないって。』
「どうして…。」
『無理に笑わなくていいんだぞ。』
「全部……うそ……だったの……。」
「…。」
しかし、彼からの返答はない。
『ありがとう…。』
『知りたい?天師教の事。』
「ねえ、何とか言ってよ……。」
天音の震えた瞳が、彼を真っすぐに見つめていた。
しかし、彼はもう天音に手を伸ばす事も、あの時のように胸を貸す事もない。
「お前…言ったよな…周りがみんな敵になっても、俺の事信じるっ…て…。」
京司がゆっくりと口を開いた。
天音はそんな彼の、迷いのない瞳を見つめたまま、微動だにしない。
「でも、違うんだよ…。始めから俺達のいる世界は違ったんだよ…。」
カラーン
天音の持っていた剣が、手からすべり落ちていく。
「俺達が敵同士だっていう事実は、変えられないんだ。」
「……。」
そして、天音は力が抜けた様に、京司の目の前でその場にしゃがみこんでしまった。
「天音…。」
その様子を静かに見ていたシドは、いたたまれなくなり、思わず顔を歪めた。
天音の気持ちを汲んでやりたい。
でも、今は、このまま終わらせるわけには…。
「て、天師教覚悟―――!!」
その時、静寂を切り裂くように、1人の男の声がこだました。
その見知らぬ男は、京司に向かって走ってきた。
「え…。」
星羅が顔を上げて、声を漏らした。
その男は、城の兵士の格好をしていて、手にはしっかりと剣が握られたいた。
そして、その鋭い剣先は、京司に向けられていた。
「まち!!」
りんが思わず声を上げ、走り出した。
しかし、それではもう遅い…。
…所詮、俺の最後なんて、こんなもんか……。
…殺されるなら……天音がよかったなんて…都合よすぎか……。
グサッ
ヒトを切る鈍い音が、その静寂を奪った。
「う…そ…やろ………。」
足を止めたりんは、瞬きも忘れて、その光景に釘付けになった。




