そこに残した足跡の意味を探して…
「お、お前みたいな若造が、天師教様の名を名乗るなんて!」
1人の町民が声を上げた。
「いや。本物だから。」
しかし、京司はおののく事なく、ひょうひょうとそう言ってみせる。
「な、何を馬鹿な!!」
誰が信じるというのだろう…。
町民ですら、こんなどこにでもいるような若者が天師教だなんて、信じるはずはない。
いや、信仰の強い彼らだからこそ。神と崇めている人物がこんな普通の青年だなんて思いたくはないのだ。
「じゃあ、どうしたら信じてもらえるんだよ。」
京司がどこか呑気に口を尖らせて、彼らに向かってそう言ってみせた。
「何のマネだ。」
しかし、そんな彼らの中で、シドは他の町民とは違う、鋭い視線を京司に送った。
…彼は何のために、こんなバカな事を言い出しているのか…。
シドには、その意図が全く理解出来ない。
ついこないだ出会った彼は、こんなバカな真似をするような人物ではなかったはずだ。
それがなぜ今…?
「俺がニセモノだなんて、なんで言えるんだ?天師教の顔知ってる奴なんて、ここには1人もいないんだろう?」
そう言って、京司が得意気に笑ってみせた。
************
「…どうして京司が…。」
星羅は、今にも泣きだしそうな顔で、下を向いたまま言葉を絞り出した。
彼女は、この押しつぶされそうな不安を、初めて言葉にした。
もし京司がこのまま天使教として、この城に留まると言うのなら、彼に待つ未来は…。
そんな事を考えただけで、星羅の心には黒いモヤが広がり、胸が張り裂けそうになるばかり…。
「そんな事言ったって、アイツは天師教なんだから、しょうがねーだろう。」
そんな星羅に、月斗が優しい言葉をかける事などするわけはなく、ただめんどくさそうに、その事実を口にする。
「星羅…。」
そんな心ない月斗とは反対に、りんは心配そうに、星羅を見つめる事しかできない。
どうすれば、星羅の不安を拭ってやる事ができるというのだろうか。
こんな時に限って、そんな都合の良い言葉は出てこない。
「京司は、私の大事な幼馴染なの。」
「…。」
「京司が天師教だなんて、何かの間違いだって…。」
「間違いじゃねんだろう。だからアイツはここへ戻ったんだろう。」
月斗は尚も星羅に、残酷な現実をつきつける。
―――いくら辛くても、それが現実。
「オイいたか!」
すると、遠くから兵士の声が聞こえた。
おそらく彼らを探しているに違いない。
「まず!」
逃げようと足を動かしたりんが、小声でそう言った。
「でも、もうこっち行き止まりだぜー。」
月斗がゆっくりと立ち上がり、兵士の声が聞こえた方とは反対の方向を見て、呑気な声で、そう口にした。
とうとう彼らは、この廊下の、行き止まりの所まで来てしまったのだ。
「そんな…。」
四方塞がり。
もうこれ以上は、前には進めない。
何もかもうまくいかない…。
どうしてこうなった…?
************
京司の問いに、みなは口を閉じたまま。
誰も何も答える事が出来ずにいた。
それはシドも同じ。
京司の言う通り、誰も天使教の顔なんて知らない。
その実態は謎のまま。
「ほーらな。」
得意気に京司が笑った。
「…お前が…天師教だと…?」
するとシドが我慢できず、顔をしかめたまま口を開いた。
そう、彼は根拠もなく、こんな事を言ったりしない。
「そう。天師教は神じゃなかったわけだ。」
「…!」
シドが大きく目を見開いた。
「俺を殺してみるか?リーダー。俺を殺しても変わりはいくらでもいるぜ。」
京司は尚も挑発するように、シドに突っかかってくる。
「くっ…。」
シドが歯を食いしばった。
「う…そだ…。こんな若造が天師教様のはずない!!」
それを聞いていた1人の町民も、突然叫びを上げた。
天使教は神。
彼らの想像の中で作り上げられた神は、こんな生意気な口を聞く、若造の男ではない。
「信じる信じないは、お前達の自由だ。」
すると、京司がその男に向かって言った。
「え…。」
「試してみるか?天師教は神じゃない。血も流れるぜ。」
そう言って、京司が懐から取り出したのは、護身用の短剣。
もし、この剣で彼を刺したのなら、一体どうなるのか…。
町民達は再び息を呑み、辺りが静寂に包まれた。
「俺はこの町が、この国が好きだ。だからここを守る。それがわかったら、ここから出ていけ反乱軍。」
そして、もう一度シドを真っ直ぐと見つめ、京司はその言葉を彼に投げかけた。
「俺はずっと神様のふりして、民衆を騙してきたんだよ。でもな、そんな俺の役目は、ここを守る事なんだよ。」
それは自分の役目、天使教の役目だと、彼は言う。
「……天師教………。」
シドはその目に怒りを宿し、その名を呼んだ。
そう、彼は考えなしにこんな事をする男ではない。
『言ったろう。彼は反乱には出ない。』
―――今なら辰のその言葉の意味がわかる…。
************
天音はあの部屋を後にし、足下がおぼつかないまま、何とか城の外に出ようと、城の中をウロウロ歩き回っていた。
「…ここ…。」
城をうろついていた先にたどり着いたのは、どこか懐かしいあの場所…。
天音は知らぬ間に、池のある中庭にたどり着き、そこで足を止めた。
「はぁ…。」
天音は大きくため息をつき、ひどい疲労感に襲われた。
そして、とうとう池の前に座り込んだ。
「どこにいるの…。京司………。」
そう言って、重くなった瞼をゆっくりと閉じた。
************
「間一髪だったね!!」
扉の前で、華子が3人に笑いかけた。
「華子。助かったわー!!」
華子の顔を見て、りんが思わず安堵の声をもらした。
兵士に見つかりそうになったその時、行き止まりのその場所にあった扉が突然開いた。
そして、その扉からひょっこり顔を出したのは、華子だった。
そう、そこは偶然にも、華子の部屋だったのだ。
「ありがとう。華子。」
華子は、3人を部屋に招き入れ、かくまってくれた。疲れきった様子で、華子にお礼を言った星羅も、まさかこんな形で華子と再会するなんて、思ってもみなかった。
「で、みんなで何してんの?」
「へ?」
華子がニンマリとした笑顔を浮かべて、3人の顔を見回した。
「私も仲間に入れて!!なんか楽しそう!」
「でた…。」
星羅は笑顔から一変して、うんざりしたような表情を見せた。
好奇心旺盛な華子が、このメンツを見て興味を持たないわけがない。
「は?お前妃なんだろう。」
彼女とは、ほぼ初めて話すはずの月斗が、冷たく華子に言い放つ。
「だって、妃ってヒマなんだもん。」
バタン
すると、華子は何故か突然、その部屋の窓を開けた。その瞬間、外から冷んやりとした風が部屋の中へと入り込み、華子の髪を揺らす。
「ここからの景色も、毎日同じ…。」
華子の部屋からは、町が見渡せる。
はじめの頃は、そんな部屋が気に入って、毎日窓からの景色を眺めていた華子だったが、もちろんその景色は毎日同じで、変わる事は無い。
華子が、そんな毎日に飽き飽きするのも、無理はない。
「でしょうね…。」
天真爛漫、自由の塊のような華子が、そんな生活に満足できるはずない事は、星羅にも容易に想像がつく。
「あれ?でも、今日は何か違うみたい…。」
その時、華子はある異変に気がついて、ポツリと言葉をもらした。
「え…?」
「なんか町の入り口に、人がいっぱいいるー。」
華子が呑気に口を尖らせながら、そう言ってみせた。
************
「お前が本当に天師教だっていうなら、生かしておくわけにはいかない。」
シドは挑発するように、短剣を振りかざす京司を、鋭く睨む。
「な…。」
「や、やめ…。」
民衆達は動揺を隠せない。
彼らは一体どうしたらいいのかわからない…。
「やってみろよ。リーダー。」
そう言って、京司はシドに向かって短剣を差し出した。
彼は天師教なのか、そうじゃないのか…。
止めるべきか、止めるべきではないのか…。
民衆達の心が揺れているのは、京司には、手に取るようにわかる。
「くそ!」
武器など一切持っていなかったシドは、その短剣を受け取る事はせず、とっさに自らの拳を振り上げた。
しかし、そんなシドの姿を目の当たりにしても、京司は一歩もそこから動こうとしない。
ただ真っ直ぐ彼の方を見ていた。
パシッ
シドの振りかぶった拳は、その音と共に、止まった。
「!?」
シドは目を大きく見開いた。
シドの拳は別のもう1つの大きな手によって、止められていた。
「し、城の兵士…!?」
1人の民衆が彼を見て、そう口にした。
京司の前に立ちはだかり、シドの拳を止めたのは、紛れもなく城の兵士。
「じゃあ、この方は…。」
「お前……。」
京司がその兵士の背中を見つめ、つぶやいた。
その男は、京司もよく知る男。
城の兵士が、京司の前に立ちはだかるその姿は、どこからどう見ても、兵士が重鎮守っているようにしか見えない。
「バカな事はやめろ、反乱軍。ここでこんなイザコザ起こして、何になる。」
そして、口を開いたその兵士は、シドもよく知る人物。
そう、辰がシドの目の前に、立ちはだかっていたのだ。
「くっ…。」
力なくシドが拳を下ろした。
「…余計な散策は不要だ。」
そう言って、辰は身を翻しシドに背を向け、京司へ城へ戻るよう目配せした。
辰にも、京司が町へ出て、天使教だと言いふらすその意図はわからないが、これ以上事を大きくするわけにはいかない。
「…。」
京司は辰のその気持ちを組み、足を動かした。
「待て!!」
すると、それを制するように、シドは目を伏せたまま、声を荒げた。
「…そいつは本当に天師教なのか?」
************
「何なんや?あの人だかり?」
りんが眉をひそめて、そう言った。
華子の部屋からは、人だかりは遠くに見えるだけで、何が起こっているかまではよく見えない。
「んな事より、どうすんだよ!」
月斗がイライラしながら話を戻した。
城を歩き回り、月斗のイライラと疲れは、ピークに達していた。
「…華子。天師教に会わせて…。」
星羅が低い声で華子に言った。
もう、ごちゃごちゃ言っている時間はないと星羅は腹をくくった。
「えー。」
すると、華子はあかさまに嫌な顔を見せた。
できれば、今はアイツの顔なんか見たくない。
それが華子の本音。
「会ったんでしょ?天師教に。」
「もちろん。妃だもん。」
星羅の問いに華子はすかさず答えた。
「アイツ元気かいな?」
りんはまだ、窓の外の人だかりを眺めながら、ボソッと華子に尋ねた。
「ん?みんなもアイツの事知ってるの?」
りんのその口ぶりから、華子は勘付いた。
きっと彼らは、京司の事を知っているに違いないと…。
「まぁーな。」
りんが曖昧に笑ってみせた。
「きーてよ!アイツ!超ムカつくんだけど!私に帰れとか、意味わかんない事ばかり言って!!」
すると華子は、ここぞとばかりに、日ごろのうっぷんを爆発させ始めた。
華子は、この不満を誰かに聞いて欲しかったのだ。
「帰れって…。」
星羅には、華子の言いたい事がなんなんだか、さっぱりわからないが、京司と華子の仲が、あまり良くなさそうなのは明確だった。
「意味わかんない!!なんで天音はあんなのがいいわけ!!」
最後に、何をしでかすかわからない華子が、その爆弾をさらっと投下し、その場の空気が凍りついたのは、言うまでもない。
************
「しつこいなー。だからそうだって。」
2度目になるシドのその問いかけに答えたのは、やはり京司。
めんどくさそうに答える彼の横にいる辰は、決して口を開く事はない。
「俺は、その兵士に聞いてんだよ!!」
シドがまた声を荒げ、辰に問う。
真実を…。
「行きましょう。」
辰はシドの言葉を無視し、京司に先を急ぐように促した。
「…。」
京司は仕方なく黙って辰に従い、シドに背を向け歩き出した。
「なんでだよ。ウソ…だって…言ってくれよ………。」
一言そう言えば、丸く収まる話。
シドだって、民衆だって納得するはずだ。
なのに、彼は決して言わなかった。
ーーー彼は天使教ではないと…。
************
「何やってるの…?」
「え…。」
天音は、ひどい疲労感の中、池の前に座り込んで、うなだれていた。
もう1歩も歩ける気がしない…。
そんな天音の耳に届いたその声に、彼女は少しだけ顔を上げた。
「せ…い…。」
天音を見下ろすようにそこに立っていたのは、紛れもなく彼。
「初めて君と会ったのも、ここだったね…。」
青は懐かしそうに、少しだけ微笑みながら、突然そんな事を言って、中庭から見える空を見上げた。
今は昼間。あの時のような満月は、そこにはない。
明るい真っ青な空が、そこには広がっていた。
「でも、今日は月は見えないよ……。」
天音はまた俯いて、けだるそうにそう言った。
「…そう…。」
青は小さな声で、相槌を打つだけ。
青のその目には、何も写さない。
夜でも昼でも関係がない。
「ねえ、青…はどうしたい…?」
天音は、まだどこか虚ろな目で青を見上げた。
「…わかってるくせに。」
「え…?」
「君のしたい事…。」
青はどこか寂しげな顔で笑った。
「僕は自由になりたかった…。」
「自由…?」
青の口からその言葉を聞いたのは、初めてだった。
あの部屋にいた頃は、何かを諦め、彼はそこにいるのだと、天音の目には映っていた。
そんな彼が初めて口にしたその言葉に、天音は…。
…それが…青の願い…?
「僕は使教徒なんだ。」
「え…。」
その言葉に天音は目を見張る。
…青も…使教徒……?
それは、天音が想像もしていなかった事実。
「そんなに驚いた?」
「うん…。」
天音のあまりの驚きように、青は思わず少し笑みをもらした。
「言ったよね。僕には姉さんがいた。両親は僕が小さい頃に亡くなって、僕の家族は姉さんだけだった。そして月斗は姉さんの恋人だった。」
「え…。」
また天音は驚いて声をもらした。
「クスクス。天音は素直だね。」
そんな天音の反応を見て、青がまた楽しそうに笑う。
「僕は昔から人にはない、不思議な力があった。例えば人の夢を渡ったり。」
「夢…?」
「そう。僕は、人の夢を覗き見する事ができたり、まあ、その他にもちょっとした超能力みたいな力があったんだ。その人の過去をいい当てたり、透視能力があったり。小さい頃は、それが特別だなんてわからなくって、抑える事もできなかった。でも、成長するにつれ、気づいたんだ。僕は普通じゃないんだって…。」
「……。」
天音は青の話にじっと耳を傾けた。
「そして周りからは、気味が悪いと言われ続けた。あの子はおかしい。全てお見通し。悪魔の子だ。僕のこの青い目は呪われてる…てね。」
「そんな!」
天音は思わず声をあげた。
そんな事ない…。青はそんな人間じゃない。
彼には特別な能力があるだけで、みんなとなんら変わらない。
そんな事を言われ続け、青が傷つかないわけはない。
そんな天音の必死の形相を見た青は、また優しく笑った。
「そんな僕の味方は、いつだって姉さんだった。でも、この不思議な力の事と、僕が使教徒だという事が国の奴らにバレて、僕を連れて行こうとした。」
『彼は国になくてはならない存在なんですよ。』
『その前に、あの子はまだ幼い子供です。それに、あの子は私の大事な弟です。』
「姉さんは、そんな僕をいつも守ってくれた。国の奴らに見つかるたびに、僕らはいろんな場所を点々としていた。」
「…。」
…やっぱり、国はどこまでも……人を人として見ていない…。
青達も国に追い詰められてきた…。
その事に天音の表情がまた曇った。
「そんな時、ある町で僕達は月斗に出会った。そして2人は恋人同士になった。でも…姉さんは死んだ。月斗の持ってきた、姉さんへの誕生日プレゼントが爆発して、姉さんは死んだ。」
「え…。」
天音は思わず言葉を失い、目を大きく見開いた。
それが、青が月斗を拒絶する理由…。
「そして僕は国の連中に連れられて、この城に来た。」
…そんな……。
「…どうして君が泣くの?」
天音の目から落ちた一筋の涙が、頬をつたう。
「…。」
「…僕は姉さんを失って、何もなくなった。もう全部どうでもよかった。どこにいようとも。例え天師教の影武者になって、この城に監禁されたままでも。」
どうして青がそんな悲しい、辛い目に合わなきゃいけなかったのか…。
今、天音がそれを悔やんだ所で、何も変わる事はない。
そう、それは過去の話。
「君に会うまでは。」
そして、青の凜とした強い瞳が、もう一度天音を見た。
「え…。」
天音は青をまた見上げた。
彼のその瞳から目をそらす事ができない。
「君は僕の希望だった。だって、君はこの世を終わらせてくれるから……。」
「……。」
天音は息をするのも忘れ、彼の吸い込まれそうな青い瞳を見つめていた。
************
辰は無事に京司を城へと、送り届けた。
「何故だ…。」
城の中へと入り、そこで初めて辰が口を開いた。
「え…。」
「何故こんなバカな事をした。」
辰の鋭い瞳が京司を射抜いた。
今まで抑えていたはずの感情が、その目にはっきりと表れている。
「…バカだからだろう。」
京司はそう言って、自嘲的に笑って見せるだけ。
「お前は、どんな事をしても咎められないとでも?」
京司のその答えに、辰は眉をひそめた。
やはり、彼のこの行動の意図は、読めないまま。
こんな事をした所で、彼には何のメリットもない。
「どうかねー。俺は、もうお役ごめん…。ポイッて捨てられるのがおちだ。」
「何?」
「いや…。俺はポイッと捨てられたいだけなのかもな…。」
そう言って京司は目を伏せ、辰に背を向け、歩き出した。
「……。」
************
「妃殿…。」
「…士導長様?どうしたの?」
華子の部屋に、突然、何の前触れもなく現れたのは、神妙な面持ちの士導長だった。
士導長が華子の部屋を訪れ、扉をノックしたその時、もちろん3人はまだ華子の部屋に居た。
そのため、彼らは華子に促され、士導長がいる間は、見つからない用に、身を潜める事にした。
3人が隠れるには、充分すぎる大きさのクローゼットの中で、彼らは2人の様子を伺っていた。
「…皇后様の所へ、行ってあげてくれませんか?」
士導長はどこか悲しげな目で、華子を見つめる。
「…どうかしたの?」
「…。」
さすがの華子も、彼のその様子に、ただ事ではない事を察したが、士導長は険しい顔で口をつぐんだ。
なぜか士導長は、何が起こったのか、明確な事は何も口にはしようとしなかった。
「…言ってくれないなら、皇后様をここに呼んで!」
すると、そんな士導長に対抗するように、華子は強気にそう言ってみせた。
「は?」
その言葉に、士導長は驚いて目を丸くした。
「いいから!皇后様を呼んで。」
華子は1歩も引かず、強い口調で、もう一度そう言った。
************
「青…私は…。」
我に返った天音は、目が泳いでいて、その後の言葉が続かない。
天音にはわかってしまった…。
そう、それが彼の本当の望みなんだと…。
「君は本当に素直だね。わかってるよ…。君がそんな事できるような人じゃないって…。」
青は大人びた表情で、呆れかえるように笑った。
やはり、ここにいる今日の彼は、天音の知る今までの彼とは違う。
「…でも僕の運命は変わらない…。」
しかし、すぐにその表情は曇った。
「運命…?」
青の言う運命がどんなものなのかは、天音にはわからない。
しかし、天音は感じていた。
彼の寂しげな瞳から、その運命がいいものではないという事を。
「僕を連れて行ってくれる?」
「どこへ…?」
「君の信じる世界に…。」
天音は顔を1度伏せ、そして立ち上がった。
「やだ!!」
そして、天音は力強くそう叫んだ。
「え…。」
青は天音のその言葉に目を丸くして、わかりやすく驚いて見せた。
「自分で行きなさい!青の信じる世界に。」
「僕の…?」
青はその言葉に眉をひそめた。
「そうだよ!青は生きているんだよ。自分の望みを叶えられるのは、自分だけなんだよ。」
先ほどまでの疲れきった天音は、もうそこにはいない。
しっかりとした彼女の強い瞳が、真っ直ぐと青を見据えた。
「君にはわからないよ…。」
…知っていたんだ…。君はいつだって素直で、真っ直ぐなんだ…。
「僕はもう死んだ人間だよ…。」
しかし、青は天音とは正反対の、どこか諦めた目を天音に向けた。
「何言ってるの!」
それでも天音は引かない。
天音は仁王立ちで、彼の前に立ちはだかり、地面を強く踏みしめた。
青の目の前に立つ彼女が、今度は青を見下ろしていた。
「…僕の目には、何も映らない。君の顔も…もう見る事はできない…。」
「え…。」
しかし、それでも彼の目には、天音の真っ直ぐな瞳は映らない。
「君がいくら望んでもこの世は滅ぶんだ…。それが運命。」
何も映らない彼の悲しい瞳が、天音を見上げている。
「天音…。やっぱり神様はいるんだね。この世を見てあざ笑っている。」
歪んだ嘲笑が、青の顔に刻みつけられでもしたかのように、動かない。
彼の心は、今も絶望の淵で眠ったまま。
「青…。」
天音も彼のその表情を見て、顔を歪めずにはいられなかった。
「あんたバカ!?」
しかし、天音はもう1度顔を上げて、青の青く透き通った目をじっと見つめ、その言葉を彼に投げかけた。
例え、その目に自分が映らなくても。
************
「どうしたんですか?」
困惑した表情の皇后が、華子の要望通り彼女の部屋へとやって来た。
そこにいる皇后には、いつものような毅然としたオーラは全くない。
「もう…終わりだわ…。」
皇后がうわ言のようにつぶやいた。
「へ?」
「に、逃げて…。」
そして、皇后はひどく混乱しているように見える。
そんな皇后を目の当たりにした華子は、眉に思いっきりシワを寄せて、怪訝な表情を見せた。
「逃げる?私が?」
華子は、さっぱり状況が理解できないまま。
しかし、いつも凛とした皇后が、こんなに困惑しているなんて、よほどの事が起こったのは確か。
「反乱が起こる……。」
そう言って皇后は怯えた目を華子に向けた。
「私は…間違っていたの……。」
皇后はうなだれて、またうわ言のようにつぶやいた。
「皇后様…。」
士導長はなだめるように、皇后の背中をさすった。
「あの人の残したこの国を守りたかった…。」
「あの人…?」
華子はまた、眉をひそめた。
皇后の言うあの人とは…?
「それは前天師教…?」
すると、静かにクローゼットのドアが開き、星羅の声が聞こえた。
「え…。」
皇后はその声に驚き、顔を上げた。
「お、お前達…。」
士導長も彼らを見て、目を見張り、思わず腰を抜かしそうになる。
いつの間に、部外者の彼らがどうやってこの城に入り込んだのか。士導長には見当もつかない。
「あなたは、前天師教のために、この城に戻り、皇后となった。」
しかし、驚く二人に構わず、星羅は冷静にその言葉を皇后へと投げかけた。
「ええ…。」
すると皇后はすぐに平静を取り戻し、落ち着いた声で答えた。
さすがはこの城の皇后。その辺の切り替えは、お手の物。
星羅にはわかっていた。
『私の手で、この国を終わらせることはできないわ。』
そう言っていた彼女の決意を…。
彼の残したこの国を守りたいという強い思い。そして皇后は、今も前天師教を思っている事も…。
「なーんだ。それなら、なんで私を妃にしたの?天音を選べばよかったのに。」
そこで、その重苦しい空気を切り裂くように、華子がその場には似つかわしくない、あっけらかんとした声でそう言ってみせた。
「え…?」
華子の言葉に皇后が顔を上げた。
「天音は決して妃には、選ばれない…。なぜなら、彼女は伝説の少女だから。妃は天音以外なら、誰でもよかったのだ。」
しかし、その問いに答えたのは、皇后ではなく、士導長だった。
「始めから、デキレースだったわけ…。」
星羅が低い声でつぶやいて、床に目線を落とした。
結局、全ては国の思惑通り。
「皇后さん、あんたも知っとったんか?天音の事…。」
りんは皇后に臆することなく、尋ねた。いや、聞いておきたかった。
天音は何にも知らず、ただ妃になりたくて、いつも真剣だった。
そんな彼女が、努力をし、修行をした所で妃にはなれなかったなんて、それはあんまりだ。
「ええ。石の事も使教徒の事も、全部知っているわ。」
「皇后様!」
士導長が声を上げて、皇后を止めようとする。
「じい。もういいのよ…。」
しかし、皇后はどこか諦めた顔で士導長を見た。
「奇跡を呼ぶ石。それは昔、この城にあったと言われている。でも石を持った者は、みな狂った支配者となったと言うわ。だから王家は、その石を封印した。本当にその石が必要になる時まで。その石を使える者が現れるまで。」
すると皇后は、石の歴史について語り始めた。
「そして、この国は徐々に崩れて行った。前天師教が亡くなり。まだ未熟なあの子が天師教となり、反乱が少しずつ大きくなり、この国を脅かしていく…。そんな状況を恐れた、この国の政治を行う者達は、いつしか何かにすがろうとした。そう奇跡の石に頼ろうとした…。」
「アホの考えそうな事やなー。」
りんが呆れた声で言った。
「そんな時、お告げがあった…。伝説の少女が現れると。彼女は使教徒を集め、奇跡の石を手にすると…。」
「かずさ…やな…。」
「え…。」
りんはそのお告げが、かずさの予言だという事をすぐに悟った。
しかし、星羅は、まだかずさの能力については知らない。
「 ええ。彼女…預言者は言った。伝説の少女は、その石と共に大きな力を手にする。」
皇后は、窓の外へと視線を移した。
「大きな力…?」
星羅がその言葉に、疑問を感じた。
「この世を再生する事も、破滅させる事もできる力……。伝説の少女は、この世を救う事もできれば、この世を破滅に陥れる事もできる。そんな危うい存在だと。」
「破滅?」
星羅はその恐ろしい言葉に、怪訝な表情を浮かべた。
「そう、それを判断するのは伝説の少女。」
皇后もまた、険しい顔で外を見ていた。
「なんやそれ?そんなめちゃくちゃな話、信じるんかー?」
りんは、そんな事あり得ないと言わんばかりの顔で、皇后の方を見た。
この世の行く末を決めるのが、1人の少女だなんて…。そんな話があるはずがない。
「…さあ。その真意はわからないけれど、おそらく老中達は、さっさと石だけ手に入れて、彼女は殺すつもりなんじゃないかしら…。」
「そんな…。」
星羅は、そんな自分勝手な、この国の上の者達に怒りを覚えるばかり。彼らは国のためと言いながら、結局、自分達の事しか考えていない。
「そんな天音が、妃になれるはずはない…。」
士導長が静かにつぶやいた。
「とにかく!天音を殺させるわけにはいかん!!」
りんは声を荒げ叫んだ。
りんも納得がいくわけはなかった。
この国のやり方に。
「フーン。で、何があったんだっけ??」
すると、またもや華子が、話に割り込んで、緊迫した空気を一変させた。
彼女にとっては、石の話なんてどうでもいいらしい。
「え……。」
皇后は、ぽかんとした表情で華子を見る。
「えっと、皇后様、なんで落ち込んでたんだっけ?」
華子はまた、あっけらかんとそう皇后に尋ねた。
「…天師教が……。」
すると思い出したように、皇后は一瞬にしてその表情を曇らせた。
「へ?あのバカ?」
華子は、またもや空気を読まずに、京司をバカ呼ばわりしだした。
「天師教が町へ出て行ったと。」
「そんなのいつもの事やろう。」
りんは、京司がいつものように、フラッと町に出て行っただけだと思っているようだ。
「民衆と反乱軍に自分の姿をさらし、自分が天師教だと言ったと…。」
「え…。」
それを聞いた星羅の顔が、みるみる青くなる。
「バカか?」
華子と同類の月斗が、やっと口を開き、その一言を吐き出した。
「やっぱ、バカ!!」
華子もそんな月斗に便乗してみせる。
************
「え…。」
青は目を丸くして、わかりやすく固まっていた。
「あ、何か華子みたいになっちゃった…。」
天音がそう言って、へへっと笑ってみせた。
「…バカは君だよ。」
そんな天音に構う事なく、正気を取り戻した青は、やっぱり冷たい声でそう反論してみせた。
「へ…。」
その言葉に今度は天音があっけにとられ、ポカンと口を開けたまま、突っ立っている。
まさか、青にバカと言い返されるなんて、思ってもいなかったから。
「じゃあ。」
そう言って青は、その場を去ろうとした。
「待って!」
そんな青を引き留めようと、天音は彼の背中に声をかける。
「僕は目が見えないんだ。花火も、もう見えないよ。」
そう言い残して青は去っていた。
「青…。」
************
「民衆に拭いきれない不信感が生まれてしまった…。」
皇后が力なくつぶやいた。
ーーーー天使教は神ではない。
彼がその姿をさらした事で、その事を知らしめてしまったのだ。
「皇后さん。あんた間違っとるわー。」
「え…。」
落胆した皇后を横目に、りんがいつもの、のらりくらりとした調子で話し出した。
「民衆がいつだって正しい。この国を作っとんのは、民や。いつまでも民を騙しとって、この国は良くなるんか?」
「…。」
皇后はりんの言葉に、目を伏せた。
そう、本当はわかっていた。しかし、見て見ぬふりをしてきた。
『私は…何も…見ていなかった。民の顔も、息子の顔ですら…。』
それは、皇后が聞いていた、前天師教の最期の言葉…。
そう、あの時わかっていたはずなのに。
こうなる事を…。
ポタ
皇后の目から涙がつたう。
「私は…私は…。うう…。」
そして、皇后はひざから崩れ落ちた。
「…おばさん。ごめんなさい。私はあなたを助ける事はできない。」
星羅は冷たい床に座り込む皇后の前に立った。
「星羅ちゃん…。」
涙で顔がぐちゃぐちゃになった皇后が、ゆっくりと星羅を見上げた。
「…なんだか、さっぱりわかんないんだけど。」
華子はやっぱり理解できないという目で、その光景を遠目に見ていた。
なぜ皇后がこんなにも泣いているのか、イマイチ華子にはわかっていないらしい。
でも…。
「でも、変なの…。」
華子の声のトーンが下がった。
「結局、2人は好き同士なのに、一緒には居られないんでしょ?」
窓から入り込んだ夕日のオレンジの優しい光が、遠くを見つめる華子の顔を照らしていた。
************
カツカツ
3人はずっとここに居ても、らちがあかないと判断し、天音を救出するのは今は諦め、とりあえず城の外に出る事に決めた。
そして、皇后から城の裏門までの行き方を聞いて、なんとか兵士には見つからず、外へと戻って来れた。
皇后達は、何も言わずに3人を見逃してくれた。
そして華子は、やっぱり城に残ると言ってきかなかった。例えここが反乱によって、どうなろうとも…。
その道中、誰1人言葉を発する事はなかった。
「…華子の言ってたとおり…。」
そして、それまで固く口を閉ざしていた星羅が、小さくつぶやいた。
「星羅…。」
りんもまた、やりきれないと言わんばかりに、顔をしかめた。
…やはりこの運命は、もう誰にも止められないというのだろうか…。
「あ!いた!!」
その時、3人の背中から、よく知る声が追いかけて来た。
「天音!!」
りんはその声を聞いたとたん、表情をコロッと変え、彼女の名を嬉しそうに呼んだ。
「よかったー!!」
天音も嬉しそうに、3人に駆け寄った。
天音も、池を後にし、何とか裏門まで運よくたどり着く事ができていた。
「まったく!!勝手に消えて!」
星羅は天音の予想通り、プンプン怒っている。
それがおかしくなって、天音はクスクス笑った。
…やっぱり星羅は心配性だ…。
「ごめん。星羅。でも、大丈夫だったでしょ?」
そう言って、天音は誇らしげにニッと笑った。
「…まったく。」
星羅は呆れたような、ホッとしたような表情を見せ、口元に笑みが戻った。
「ま、みんな無事やっったし、一件落着やな!」
「…全然良くねー。」
りんの締めの一言に、月斗はやっぱり空気の読めない一言で返す。
こんなやりとりも、今では当たり前。
「じゃ、帰ろうか!」
そう言って、天音が先頭をきって歩き出した。
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その日の夜更け。皆が寝静まった頃。
辰は誰にも見つからないように、シドの元を訪ねていた。
「町に入れたか…。」
辰が静かにつぶやいた。
「ああ。民衆達は揺らぎ始めた。とりあえず、この町で騒ぎを起こさなければいいと、中に入れてくれたよ。」
京司と辰が去ったその後、重苦しい空気を裂いて口を開いたのは、この町の町長だった。
『反乱軍よ…。』
『はい…。』
『勝手にすればよい…。ただし、我々は反乱には手は貸さない。』
『……。』
『そして、血は流さない。その言葉を必ず守れ。』
『…はい、ありがとうございます。』
シドは町長に向かって深く頭を下げた。
その様子を他の町民達は何も言わず、ただ見守っていた。
民衆達は我関せずで、反乱軍がこの町に入る事に何も言わなくなったのだ。
シド達反乱軍の一部は、とりあえず町の外れの野原にテントを張り、そこで寝泊まりをする事にした。
「…民衆は気づき始めたか…。」
辰も、町の雰囲気が一変した事を感じていた。
――― 天師教は神ではない。
天師教が絶対。
神ならこの世をなんとかしてくれる。
そんな時代は、陰りを見せ始めていた。
「皮肉なもんだな…。それを気づかせたのは、アイツ自身だなんて…。」
シドは空に浮かぶ三日月を見上げながら、つぶやいた。
シドもまた受け入れ始めていた。
彼が天使教だというその事実を。
『…わかったんだ。俺には俺にしかできない事がある。』
そして、シドにはもうわかっていた。
彼の言っていたその言葉の意味が。
「…天師教を討つんだな…。」
しかし、辰の低い声が無常にもその言葉を紡いだ。
「…あんたはどう思ってるんだ?」
その声のトーンに違和感を感じて、シドは辰の方を見た。
やっぱりシドはここにきても、彼の考えがどうしても気になってしまう。
「いや。それを決めるのはお前達だ。」
そう言って、辰も少し寂しげに空を見上げた。
やっぱり辰は、自分の思いは口にはしない。
「ただ一つ頼みがある。」
真っ暗な暗闇の中で、辰の力強い瞳だけが月明りに照らされ、浮かび上がって見えた。
それは不気味なほどにくっきりと…。
「天音を連れて行ってくれ。」
辰はそう言って、シドに向かって頭を下げた。
「え…。」
シドは目を見張り、彼のその瞳に釘付けになった。
「…知らないんだろう……。天音は…。俺と同じように、アイツが天使教だって。」
シドにはもう、わかっていた。
だって、あの2人は、あんな仲良さそうに寄り添っていた。
もし、天音が京司の事を知っていたのなら、彼と一緒に、何食わぬ顔で反乱軍の本拠地になど、来るはずはない。
…そして
『最後までウソつき通さなきゃ、意味ないんだよ!』
京司のあの言葉の意味も今ならわかる。
それはなんて…
「あの子は見なくてはいけない…。天師教の最期を…。」
なんて残酷なウソなんだろうか…。
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「天音なら、殺してくれるよね…。天師教を…。」
暗闇の中、みるかが1人月を見上げ、小さくつぶやいた。




