その月は今も欠けていく
「やっと会えた…。」
「え…?」
「ヒッドイ女。」
「十字架…。」
「あなた………誰………?」
ガバッ
天音は、思わずベッドから飛び起きた。
彼女の体は、汗でぐっしょりと濡れていて、息は上がっている。
「…ゆ…め…?」
…本当に…これは…夢…?
なぜか生々しいその声。どこかで聞いた事のある声に、天音は目を閉じ、記憶を辿ろうとした。
コンコン、ガチャ
「おはよう。何時だと思ってるの?」
その時、さわやかな声の星羅が、天音が寝ていた部屋の扉を開け、顔を出した。
「あ、星羅!おはよう!」
そんな星羅の声を聞いた天音は、現実へと引き戻され、星羅に向かって笑いかけた。
やっぱり、夢は夢。
星羅だって前に言っていた。夢に答えを求めてはいけない。
そう思い直し、天音は今見た夢を忘れる事にした。
…夢はみんな忘れるんだから。
「え!もう11時!」
そして、天音は時計が指す時刻を目にして、叫んだ。相当疲れが溜まっていたせいか、こんな時間までグッスリ寝てしまったらしい。
************
「石があれば、全てをリセットする事ができる…。そうでしょ?天音?」
「何をしている?」
城の兵士が、自分の背丈の半分ほどしかない彼女に不信感を露わにしながら声をかけた。ここは城の中。
なぜ城の中に子供がいるのか、無断で入り込んだのか。そんな疑問が兵士の頭を駆け巡る。
外から子供が入り込むなんて事は、この城に未だかつてない事。
そして、そんな事はあってはならぬ事。
「怪しい者に見える?」
するとその子が怯えるでもなく、うろたえるでもなく、ただ淡々と子供とは思えない程の低い声で答えた。
「え…?」
彼女の子供らしくない態度に、兵士は怪訝な顔を見せ、あどけない顔の少女を見た。
************
バン!!
月斗の隠れ家の扉が、何の前触れもなく勢いよく開けられた。
「ハァハァ、天音!」
「へ?かずさ?ど、どないしたん?」
そこには、血相を変えたかずさが、息を切らして立っていた。
そんな突然現れた彼女に一番に反応したのは、りんだった。
天音もぽかんと口を開け、そんな彼女を見つめていた。
いろいろと驚く事はあったが、やはり一番の驚きは、あの冷静なかずさが息を上げ、その顔には焦りが見えている事。
「一緒に来て!」
そう言って、かずさは何の断りもなく、ズカズカ家の中に上がり込んだ。
天音はちょうど遅い朝食を取っていたにもかかわらず、かずさは彼女の腕を掴んで、無理やり立たせた。
「へ?かずさ!」
天音は何がなんだかわからないまま、扉へと向かってかずさに引っ張られて行く。足がもつれて、うまく歩けない天音に構う事なく、かずさはズンズン進んでいく。
「ちょ!ちょい!!」
何の説明もなく、天音を連れて行こうとするかずさを止めに入ったりんも、慌てふためいていた。
しかし、一言くらいの説明はあってもいいはずだ
「みるかを止めて!」
すると、かずさが必死な様子でその言葉を絞り出した。
************
どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの…?
どうして私がいじめられなきゃいけないの?
誰か助けて…。
お父さん、お母さん……。
「何者だ…?」
怪しい少女がいる。そんな報告を受けやってきたのは、士官だった。
また問題を起こして、老中の怒りを買うのはごめんだと考えた彼は、1人でなんとかその場を収集させようとやって来たのだ。
相手は子供。どうにでもなるだろうという甘い考えで…。
「使教徒だよ。」
みるかが、わざと子供っぽく答えてみせた。
「な…に…?」
…こんな子供が…?本当に使教徒なのか?
士官は疑心暗鬼の目でみるかを見た。
そして、本当に彼女の言う通りならば、彼女が使教徒ならば、逃したくはない。
使教徒を捕えたと報告すれば、自分の手柄になる事は間違いないのだから。
「証明して見せようか?」
ガシャン
みるか達が今いるのは、城の中心部にある、吹き抜けになっている、エントランスのような場所。
そこにある窓ガラスが1枚、大きな音を立て簡単に割れ、破片が散らばった。
使教徒には特別な力があるという。
それをみるかは、簡単に証明してみせた。
―――自分は本物だと。
彼女はクスクスと笑ってはいるが、それは子供らしい笑いとは全く真逆なもの。
彼女から感じられるのは、何をしでかすかわからない殺気だけ。
子供とはいえ、力を持つ使教徒ならば、何をしでかすかわからない…。
士官の背には嫌な汗がつたった。
「目的は?」
士官は冷静なふりをして、みるかに尋ねた。ここでうろたえては、彼女の思うつぼ。
「天音が、どーしても返してほしいって言うから、京司と青を。」
「…。」
「あの2人は、使教徒だから手元においておきたいんだよね?」
みるかは、その不敵な笑みを止める事はなく、じりじりと士官に近づくが、士官は足がすくんで動く事ができない。
************
「はぁはぁ。」
天音達を追いかけて、星羅とりん、そしてなぜかりんに無理やり連れてこられた月斗までが、走っていた。城をめがけて。
「みるかは、救えない。」
城の前でかずさが立ち止まった。
あんなに走ったにも関わらず、かずさは涼しい顔のまま。
「はぁはぁ。どうして?」
天音は息を切らしながら、かずさに尋ねた。
「彼女は大きな力を持っていて、それを制御しきれない。」
「え?」
星羅が顔をしかめた。
「使教徒はみな、特別な力を持っている。」
かずさは、天音の方を見て言った。
そう、使教徒には己を守るための特別な力が備わっているという言い伝えがある。
「力…。」
天音は、初めてその事を聞かされた。
その力とはどのようなものか、今の天音には想像もつかない。
「みるかの力は、人を殺す事もできるほどの力。」
かずさは、まるで天音の心の中を見透かしているかのように、冷酷な声で淡々と言った。
そして、幼いみるかもまた例外ではなく、力を持っている。
しかもその力は、他の使教徒とは比べ物にならないほどの大きな力らしい。
************
「ふ、2人を返せと言うのか…。」
士官はとめどなく流れる汗を拭いながら、必死に声を振り絞った。
「うん。返してくれる?」
みるかがニコニコ笑い、じりじりと士官を追いつめて行く。
彼女のその目は笑ってなどいない。
凍りつくほどのその冷たい瞳が、士官を捕えて放そうとしない。
「…。」
士官は何と答えていいものか、思案しながら、ただ唇を噛みしめる事しかできない。
自分だけの力では、おそらく彼女を説き伏せる事は無理だ。
その事を今さらながら理解していた。
「じゃないと、全部壊しちゃうよ。まあ、どっちにしろ、ここは全部なくなる予定だけど。」
…この子供は危険すぎる。
士官はその事を肌で感じていた。
しかし、彼は足に根が生えたように、一歩も動けずその場に固まる事しかできない。
「あ、あと教えて欲しい事があるんだった。」
「お、教えてほしい事…?」
士官はその言葉に眉をひそめる。
「この国を操っている黒幕は誰…?」
「黒幕…だと…?」
コツコツ
その時、士官の背後から足音が聞こえた。
「あれ?ここで、天師教サマの登場?」
みるかがその人物の姿を捉え、ケラケラと笑って見せた。
「またお前か。何してる…。」
そこに現れた京司が、低い声でみるかを威嚇してみせる。
もちろん、京司はみるかの事を覚えていた。
…この子供…、前に俺を殺しに来た奴か…。
「恐い顔しないで。天師教サマ。」
そんな言葉とはうらはらに、鋭いみるかの視線は、京司に張り付いたまま。
「何しに来た。」
京司が士官の横を通り過ぎ、ゆっくりと彼女に近づいていく。
「て、天使教さ…ま…。」
怯えた士官は、その場から動けないまま。
ただ、すがるように彼を呼ぶ事しかできない。
「あなたを迎えに…。」
彼女に近づいた京司は、みるかをじっと見つめた。
彼女の瞳はひどく冷酷な目をしている。
こんな幼い子供なのに…。
「俺はどこにも行かない。」
「天師教として生きる事決めたの?」
みるかがバカにするかのように、鼻で笑った。
「ああ…。」
「じゃあ、死んでもらわなきゃ…。」
みるかは、表情一つ変えず、冷酷な言葉をはいた。
「俺は、死なねー。」
京司は、そんなみるかにひるむ事はなく、あっけらかんとその一言を口にした、
「死ぬ前に知りたいでしょ?」
しかし、みるかは京司の言葉に耳を傾けるつもりはなく、勝手に話を進めていく。
「…。」
「士官さん。黒幕は誰?」
パリーン
またガラスが1枚割れる。そして、足下にちらばるガラスの破片をみるかが拾った。
「し、知らない…。」
士官が後ずさりをしながら、怯えた声を出した。
「早くしないと天音達が来ちゃうよ?」
みるかが、また冷酷に笑った。
「え…?」
京司がその名前に、眉をひそめた。
「これで全部終わらせようよ。」
ガタガタ
今度は、まるで地震が起こったように地面が揺れ出した。
…これが使教徒の力。
「やめろ!力を使うな!」
京司が叫ぶ。
「じゃあ、あなたが止めてよ。天師教サマ。」
しかし、京司には彼女の力を止める術などわからない。
…どうしたら…。
面白そうに笑うみるかの瞳には、もう何も映らない。
「お遊びはそこまでにしなよ。みるか。」
すると、その声が京司の背後で聞こえた。
「あ、これで2人そろった。」
感情の持たない声で、みるかがつぶやいた。
「青…。」
京司が後ろを振り返り、彼の名を呼んだ。
「もうすぐ天音が来るんだろう?」
そう言って青は何の躊躇もなく、みるかへと一直線に歩いて行く。
パシッ
そして青がみるかの腕をいとも簡単に掴んだ。
その瞬間、辺りが何事もなかったかのように静まり返る。
「目が見えないのに、よく私の腕掴めるね…。青…。」
みるかが口元から笑みを消し、真顔で静かにつぶやいた。
「見えないけど感じるんだ…。」
「…そうだね。だって青は本物だから。」
そう言って、みるかは青のビー玉のような、青い目を真っすぐ見つめた。
「本物…?」
京司がその言葉を、そっとつぶやいた。
************
「はぁはぁ、かずさどこ!!」
天音達は、かずさの手引きで、城の裏門からバレることなく侵入できた。
広い城の中は、やっぱり迷路のようで、どちらに行けばいいのか天音には見当もつかない。
「こっちよ!!」
そんな彼女達を先導するかずさが叫んだ。
ジャリッ
「え…?」
城の中央部にさしかかった所で、天音はその異変に気づいた。その場所には、ガラスの破片がそこらへんに散らばっている。
そこを走って通るには危険すぎ、天音達は思わず足を止めた。
そこにはもう、みるかも、京司も士官も居ない。
しかし…
「もう、帰ったよ…。」
そこにはポツリとたった1人、彼の姿があった。
ゆっくりとこちらを振り返った彼を見た月斗は、眉間にシワを寄せた。
「青……?」
天音は彼がこんな場所に居る事に、なぜかひどく違和感を感じた。
なぜだろう…?
この城で彼と会うのは、いつもあの部屋だっただからなのか。
「全部終わった…。」
青の悲し気な瞳が揺れた。
「…なんで、お前がここにいる。」
すると今度は月斗が口を開いた。
「ねぇ、天音……。」
「え…?」
青は月斗の事は無視したまま、天音に向かって口を開いた。
そして、青の様子がいつもと違う事を、天音はすぐに感じとっていた。
「君はどう思う?この世界…。」
「青…?」
天音もまた、表情を強張らせたまま青を見つめる。
…どうしてしまったというのだろう…。彼の瞳にはまるで…。
「光のない世界…。」
…こんな青は、知らない…。
「……。」
タッタッタッ
その時遠くからたくさんの足音が聞こえた。
「しまっ!」
星羅が叫ぶがもう遅い。
「侵入者だ!捕らえろー!!」
兵士達が押し寄せ、彼らを取り囲んだ。
「はめやがったな!!」
月斗が顔を歪ませ、青に向かって叫んだ。
「え…。」
天音は何が起こったのかわかないまま、その場に固まった。
そして、そこに立ち尽くしたままの青を見つめていた。
そんな天音の腕は簡単に兵士に掴まれた。
「離せや!!」
兵士にごんじがらめにされたりんも声を上げる。
「これで使教徒はそろったな…。」
その様子を陰で見ていた老中が、口端を上げ不気味につぶやいた。
************
ポチャ
京司はあの場から離れ、久しぶりに、中庭にある池に来ていた。
『京司行きなよ。天音がもうすぐここに来るよ。』
『…。』
『こんな所で天音に会いたくないでしょ?』
「アイツ…。」
京司は青とのやりとりを思い出していた。
『だって青は本物だから…。』
「偽物は俺の方か…。」
京司は小さくそうつぶやいて、ゆらゆら揺れる池の水面を見つめた。
「何してんの?」
そこに、何も知らない華子がやって来た。
「別に…。」
京司は華子には目もくれず、そっけなく答える。
京司はもう、猫をかぶり華子に歩み寄る事はやめたらしい。
「冷たいなー。私、妃なんだけど。」
そんな京司の思惑に気が付いた華子が、不満気に上から目線でそう言った。
一応妃なんだから、優しい言葉の一言ぐらいはあってもいいはずだと。
「…。」
しかし、京司は華子の事を全く相手にせず、ぼーっと池を見つめているだけ。
「無視!?」
「なあ、お前、家に帰れ。」
「ハ?あんた何言ってんの?」
唐突に言い出した京司の申し入れに、華子は訳が分からない。
そして、彼女の眉間のしわは、どんどん増えていくばかり。
「だから、この城を出て、家に帰れって。」
「ハー?あんた何様?」
しまいには、華子はけんか腰で京司を睨みつけた。
やっぱり、この2人が上手くやっていく事は無理な話。
これではこの国も安泰とは言い難い。
「この国はもうすぐ滅ぶかもしれない…。」
しかし、京司が華子に帰れと言ったのは、華子が気に入らないという理由ではない。
「そうなったら、お前の立場だと危ないんだ。」
京司は、華子と言い合ってばかりじゃ、話が進まないと思い、諭すように優しく華子に語りかけた。
華子の身にも危険が及ぶ事を案じて、そう提案したのだった。
「立場とか別にいいよ。私は私なんだから。」
「周りはそうは思わない。お前の命も狙われるかもしれないんだぞ?」
しかし、京司は聞き分けの悪い華子にまたイライラが再発しだし、徐々に早口になってしまう。
「だって、私には帰る場所なんてないし!とにかく嫌!」
空気の読めない華子は、今日もその威力を発揮し、京司の言うことに聞く耳を持たない。
どうやら、華子は全く城を出る気はないようだ。
…この頑固女…。
そんな華子に、とうとう心の中で京司がその一言を吐き捨てた。
口には出さなかったのは、また言い合いになるのが目に見えているから。
「私の今の居場所は、この城しかないし!それに私待ってるの。」
「は?何を?」
「王子様!」
華子が満面の笑みで答えた。
「私をここから連れ出してくれる。王子様!」
もう一度華子はくり返した。
「……。」
しかし、京司は呆れ返り、何も言葉がでない。
「だから私はぜーーーたい死なないの!」
…だめだ、この女と話してたら、バカがうつる…。
京司は仕方なく、華子を説得するのは諦める事にした。
「それに、私はまだまだやりたい事あるし、絶対死なない!」
「ハイハイ。」
京司は、まともに取り合う事もあきらめ、適当に返事を返す事に決め込んだ。
「それともあんた、死ぬ事考えて毎日生きてんの?」
すると華子がわざとらしく、京司に顔を近づけて睨んでくる。
「いいか、俺はあんたじゃなくて、天師教様!!」
そう言って京司は、目の前にあるその顔を、睨み返した。
ピチャ
そんな2人の大声に反応したのか、鯉が水面を蹴った。
「あれ?この池鯉いるの?」
「…1匹だけ残ってたんだな。」
すると、華子が顔を元の場所に戻して、池の方へと視線を移した。
「ふーん…。未練がましいったらありゃしない!!」
すると華子は、なぜか怒ったように、そう大声で叫んだ。
まるで日頃のうっぷんを発散させるように。
「は?」
京司はポカンと目を丸くして、華子を見た。
華子はそんな京司に見向きもせず、スタスタと去って行ってしまった。
「だから、なんなんだあの女!」
京司にもわけがわからず、そんな言葉を叫ぶ事でしか、この行き場のない気持ちを発散させようがなかった。
時間がいくら経とうと、京司は華子を理解する事は絶対に無理だという事をこの日悟った。
************
「ねえ、星羅…。」
ずっと口を固く閉じ黙っていた天音が、ようやく口を開いた。
「ひまだね…。」
しかし、なぜかそんな呑気な事をポツリと口にした。
「何それ、あんたバカ?」
星羅は、こんな状況でそんな呑気な事を口にする天音を一喝した。
しかし、その言葉は華子の口癖だ。
星羅もいつのまにか、華子の口癖が移ったたのだろうか?そう思うと、天音は少し笑えてきたが、また星羅の反感を買ってはまずいと思い、ここは空気を読んで表情には出さないよう努めた。
天音と星羅は、手錠をされて小さな部屋に閉じ込められていた。
しかし、ここにりんと月斗はいない。
どうやら、2人とは別の場所に監禁されてしまったようだ。
「何か疲れた…。」
そう言って天音は、豪華なカーペットの敷かれた床に、ごろんと横になった。
幸い手錠はされているものの、それ以外は自由に動く事はできる。
「私達だまされたのかな…。かずさに、青に…。」
気づいた時には、かずさはもういなかった。
そして、天音の脳裏には、今まで見た事がない青のあの冷めた瞳が焼き付いていた。
「ハー、なんだってこんな事になってんだか。」
星羅も深いため息をついた。
「ここは城の中なんだね…。」
天音は横になりながら、じっと天井を見つめていた。
やっぱりここは城の中なのに、天音の知らない場所。
なんだかそれが、不思議でならない。
「当たり前でしょ。」
「私、昔城に…。」
ガチャ
その時、突然部屋の扉が開いた。
そして、1人の兵士が、ズカズカと部屋の中に入って来た。
「出ろ。」
兵士はそう言って天音の腕を掴み、無理やり立たせた。
「へ…?」
天音は手錠を外され、そのまま兵士に腕を引かれ、扉の方へと誘導されていく。
「ちょ!天音!」
「お前はここにいろ。」
無理やり連れていかれる天音を引き留めようと、星羅も立ち上がるが、兵士は星羅にこの部屋に残るように指示し、天音だけを連れて行こうとする。
「天音をどこに連れて行くの!」
星羅は必死に喰らいついた。
この状況で、天音を1人にするわけにはいかない。
「星羅…。」
しかし、天音は落ち着いた声でこちらを振り返り、星羅の名を呼んだ。
「え…。」
星羅は、この状況にそぐわない彼女の落ち着いたその声に、目を見張る。
「大丈夫だよ。」
そう言って天音は、星羅に笑顔を見せた。
バタン
その瞬間、扉が勢いよく閉まり、彼女は姿を消した。
「天音…?」
************
「プハー」
月斗は牢屋に閉じ込められているにもかかわらず、どこに隠し持っていたのか、呑気に煙草をふかしている。
「さすが慣れてるっちゅうか…。」
りんもその様子に呆れを通り越して、感心している。
何度もこの牢屋に捕まった事のある月斗が、これしきの事では動じないのは当たり前。
「どういう意味だよ。」
月斗はそんなりんを睨み返す。
この状況で、焦った所で仕方がない。
それは、月斗もよくわかっている。
「さって、どうすっかなー。」
そしてりんも、そんな月斗につられたのか、呑気な声でそうつぶやいた。
まずはここから出る事が先決なのだが…。
「長居は不要だろ。さっさと出ようぜ。」
もちろんその思いは月斗も同じ。
だが、そう簡単に言っても、この牢屋には厳重な鍵が掛かっていて、簡単には抜け出せない。
「そんな簡単やないやろう。」
「簡単だよ。力を使えばな…。」
「へ…?」
りんは思わず間抜けな声を出して、得意気に笑う月斗を見た。
************
カツカツ
靴音だけが響くシンとした廊下を、天音は兵士とただひたすら歩いた。
暗くて長い廊下…。
私は知ってる…。
天音がぼんやりとそんな事を考えていると、兵士が足を止めた。
「入れ。」
どうやら目的の場所に着いたようで、そこには大きな扉があった。そして、天音を連れてきた兵士が、その部屋に入るように指示した。
ギー
兵士が重い扉が開け、その扉が不気味な音を立てた。
すると天音は、無言のまま体が吸い込まれるように、その部屋に入って行った。
まるで足が勝手に動いていくように…。
バタン
一緒に来た兵士はその部屋には入らず、扉が閉まった。
************
「何やて!!天音が連れていかれた!?」
牢屋を脱走したりん達は、幸運な事に、すぐに星羅の部屋を見つける事ができ、合流する事ができた。
月斗の使教徒の力。
それは、怪力の力。少しの時間の間だけは、人には出せないような力を出す事ができ、その力で鉄格子を曲げ、扉を破り、外に出る事ができた。
そして、しばらく城の中を捜索し、すぐに星羅のいる部屋へとたどり着いた。
しかし、不思議な事に、なぜかこの部屋には鍵が掛かっていなかった。
先ほどの兵士がかけ忘れたのか…?
「…ええ。」
星羅は不安そうな表情で頷いた。
彼らが到着した時には、すでに天音の姿はなかった。
「まずい事になったなー。」
りんはしかめっ面になり、考え込む。
1人で連れていかれた天音の安否が気になるのも無理はない。
「天音…。」
最後に見た彼女の笑顔が脳裏にこびりついて離れない星羅の不安は、膨らんでいくばかり。
「天音が京司に会わん保証は、もうなくなったなー。」
りんが不吉な予感を、さらりと言葉にした。
「え…。」
そしてその言葉に星羅の表情が固まった。
確かに、りんの言う通り。この城で天音が京司に出くわす可能性はゼロではない。
そして、それは最悪の事態を起こしかねない。
「あんな奴の事はどーでもいいよ。」
そんな星羅とは正反対に、月斗はどうでもよさそうにそう言って、あくびをして見せる。
この状況に緊迫している星羅とは正反対で、彼にとっては、その事はたいした問題ではないらしい。
「わかった。私達が先に京司に会えばいいのよ。」
星羅はなんとか、この状況を打破する方法を絞り出してみせた。
それは、天音を探すと同時に京司を探し出し、彼らが鉢合わせするのを防ぐという方法。
とりあえず今は、色々考えている暇なんてない。動かなければ、状況は何も変わらない。
「いや、会いたくねーし。」
しかし、月斗は、星羅のその提案に口を尖らせて、思いっきり嫌な顔をしてみせた。
どうやら、月斗も華子同様に、空気を読むのは苦手らしい。
************
「座らないのかい?伝説の少女。」
この部屋の中は、昼間にもかかわらず窓はなく、夜のように薄暗い。
部屋の奥は黒いカーテンで仕切られていて、奥には行けないようになっている。
そして、この部屋は不自然なほどに、家具も何もない。ただ部屋の手前に、不自然に椅子が一脚置いてあるだけ。
そのカーテンの奥から、低い男の声が聞こえた。
もちろんその男はカーテンに遮られ、姿は一切見えない。
「そんな名前じゃないんだけど…。」
天音は冷静にそう言い返した。
…まだ大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら。
「思い出したかい?天音?」
今度は不気味なほどに優しい声で、男がしゃべりかけてきた。
そして、彼は当たり前のように、彼女の名前を呼んだ。
「…。」
しかし、今度ばかりは、天音は口を結んだままで何も答えない。
「ココに君はいただろう?」
「そうね…。」
その男の問いに、天音はたった一言だけ、低い声でそう答えた。
そう、彼は全てを知っている。
隠した所で何の意味もない事は、もうわかっていた。
「天音。君と取引がしたい。」
男は、今度はゾクリと震えるような冷酷な声で、そう口にした。
おそらく彼の本当の声はこの声。
「取引?」
天音はその言葉に顔を歪ませた。
「これを。」
スッ
カーテンの下から1枚の紙が滑って、天音の足下で止まった。
「え?」
“天音。君が望めばそこに真実がある”
その紙には、そうつづられていた。
「この字…。」
天音はその字に見覚えがあった。
「君のおじいさんからだよ。」
「…じいちゃん…?」
そう。その特徴のある字は、以前じいちゃんからもらった手紙と同じ筆跡だった。
天音も、もしかしてと思ったが、それが本当にじいちゃんが書いたものだという確証はない。
「疑っているのかね?君に会わせよう。おじいさんを。」
表情も見えず、淡々としゃべるこの男から、その真意は全く見えない。
彼が何のためにそんな取引を持ち出してきたのか…。
「…。」
しかし、見極めなければいけない。
真実を…。
************
「あかん!どっちに行っていいのかわからん。」
りんは珍しく焦った声を出し、額から汗が滴り落ちる。
「ちょっと、もっと静かにして!」
星羅がそんなりんを、思わず注意した。
彼らは、星羅のいた部屋を脱走し、城の中を人に見つからないように、駆け回っていた。
「こんな広いのに、天音と京司に会うなんて無理やろ!」
星羅からの注意をうけ、コソコソ声でりんが言った。
月斗の意見は無視され、星羅の提案通り、この城の中で彼らを探していた。
しかし、3人は完全に城の中で道に迷っていた。
兵士の目を盗んで、コソコソと城の中を進んできたものの、どっちへ行けば正解なのか、誰もわからない。
もちろん星羅でも、こんなに城の奥の方まで足を踏み入れた事はなかった。
「その印を超えていくの?」
背後から声が聞こえ、星羅はビクッと肩を震わせた。
もちろんその声が、3人へと向けられたものであるのは、確かだ。
そして、月斗はゆっくりと足を止めた。
「またお前かよ…。」
月斗は後ろ振り返る事無く、呆れた声でつぶやいた。
「月の印は王家の印でしょ?」
彼らが今いる場所には、床のいたる所にその月の刻印がある。
彼がその事を言っているのは明らか。
この王家の印のある場所まで足を踏み入れていい者は、選ばれた者だけ。
「あいにく、私はもう妃候補じゃないわ。」
星羅は先程とはうって変わって、落ち着いた声で静かに答えた。
「天音はもう戻ってこないかもね。」
「いい加減にしろよ。青。」
月斗はやっと後ろを振り返り、そこに立ち尽くす青に睨みをきかせた。
「あんたは知っとんのか?天音がどこに行ったのか?」
青とは今日が初対面のりんは、いつもの笑顔は封印したまま、彼に尋ねた。
「闇の中。」
「闇?」
りんは思わずその言葉に、眉をひそめた。
彼の青い目はこんなにも透き通っているのに、その声はとても冷たい。
りんの青への初めての印象は、そう刻まれた。
「君達だけで逃げた方がいいと思うよ。」
「天音は戻って来る。」
尚も冷たく突き放すような一言を発した青に対し、星羅がその言葉に反発するかのように、青に向かって食い気味に言う。
『大丈夫だよ。』
そう、星羅は天音のその言葉を信じていた。
「そう…。じゃあ、京司は?」
青が星羅に問う。
「京司は君達とはちがう…。彼は君達の敵?」
「そんな事ない!!」
青の話術にまんまとはめられている星羅には、いつものような冷静さは、いつの間にかなくなっていた。
「星羅。お落ち着けや―。あんたもわいらを挑発して、どうするつもりや?」
りんは、冷静さを失った星羅を落ち着かせ、なんとかこの場を収めようと試みる。
しかし、青がなぜ自分達に食ってかかってくるのか、その目的はわからないまま。
これではらちがあかない。
「お前はどうしたいんだ?」
その空気を割いて、口を開けたのは月斗だった。
「…この世がなくなってほしい…。」
青が消え入りそうな声で、小さくつぶやいた。
「え…?」
星羅は青の発したその言葉に、思わず顔をしかめた。
「そうすれば、苦しむ事も悲しむ事もなくなる。」
星羅とりんは、じっと青を見つめ微動だにしない。いや、なぜかその吸い込まれそうな瞳から、目が離せないでいた。
「青…。」
月斗が彼の名を、どこか寂しげに呼んだ。
「僕の名前を呼ぶな!!」
しかし、青は月斗の方へと視線を送り、叫んだ。
「天音はどこだ?お前は知ってんだろう?」
月斗はゆっくり、一歩、また一歩青に近づいた。
「僕はもうすぐ死ぬんだ…。やっと姉さんの所に行ける。」
「チッ」
月斗が不機嫌そうに、舌打ちを鳴らす。
やっぱり青は、今もあの頃と変わってはいない。
彼の姉が死んだあの時から、彼の時計の針は止まったまま。
「そして、この世は終わるんだ。」
「いいかげんにしろ…。風花はそんな事望んじゃいねーよ。」
「…。」
月斗は、青の目の前で足を止め、彼を見下ろした。
目の前に立つ青の背丈は、昔となんら変わらない。
「脱走者いたぞーー!!」
青が突然大声で叫んだ。
「てめー!!」
「月斗!」
りんが、今にも青に掴みかかりそうな月斗の腕を、掴んで離さない。
その隙に青は、月斗に背を向け走り出す。
「オイ!待て!」
「月斗!今は逃げな!!」
りんは月斗の腕を、青の向かった先とは反対に引っ張った。
青の声を聞きつけた兵士がやって来るのは、時間の問題。
今は、青を追いかけるより、逃げる事が先決。
「クッソ―!」
そして、3人は人気のなさそうな方へと、また走り出した。
************
「…。」
天音はしばらく口を堅く結んでいた。
「全てが幻だった?夢だった?あの村もおじいさんも。」
「…。」
そして今度は、目線を床に落とす。
「でも君はまだ信じている。」
そんな天音の様子に構う事はなく、男は淡々と話し続ける。
「会わせよう。おじいさんに。ただし条件がある。」
「…。」
「ーーーー天師教を殺せ…。」
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「ここを通して欲しい。」
シド達が今いるのは、城下町の入り口。
「帰れ反乱軍!!城下町には決して入れない!」
シドが率いる反乱軍は、ついに城下町まで辿り着いた。そして、その場所に立っていた。
彼らは武装もせず、丸腰のままそこにいた。
反乱軍達は、自分達のしている事を理解してもらい、中に入れてもらうよう説得しようと試みている。
そう、彼らには町の人々と争うつもりは、これっぽっちもない。
しかし、城下町の人間は頑として反乱軍を中に入れようとはしなかった。そう簡単に理解などしてもらえるはずがない事は、シドも百も承知。
「町民達と争う事は、決してしない。血は決して流さない!約束する!」
シドはそこに出来た町民達の人だかりに、必死に訴える。
「ダメだ…。」
その人だかりの先頭に立つ老人が、一言そうつぶやいた。
彼は、城下町の町長。
頑なに拒び続ける彼は、真っ直ぐシドを見ていた。
「我々は戦いたいわけではない!この国を変えたいだけなんだ。」
「変える必要などない。」
しかし、シドの叫びは、まだ町民たちには響かない。
「本当にそうか?いいか。城下町はいいかもしれないが、外を見てくれ!!この国は城下町だけではないだろう?」
町民達が静まり返り、シドの声に耳を傾け始めた。
「外の世界には、苦しんでいる町や村があるんだ。」
「そんなの…。」
「信じられないかもしれないが、国に潰された村もある。自分の町や村を守ろうと、殺された命もある…。」
「そ、そんなはずはない!!天師教様は!」
1人の町民が叫んだ。
「天師教は神じゃない。」
シドは、彼の言葉を遮り、はっきりとその言葉を口にした。
天使教が何をしてくれると言うのだ。
神が何をしてくれたのいうのだろうか。
シドには、もう嫌と言うほどわかっていた。
「か、帰れ!!天師教様はこの国の神だ!」
しかし、まだ町民達は認めようとしない。
ずっとこの城下町で育った彼らに、外の世界を理解しろと言っても無理がある。
すぐに受け入れる事が難しのは当たり前だ。
シドは唇をかみしめた。
この城下町での天師教への信仰心は、思った以上のものだった。
その信仰心を崩すには、どうすればいいと言うのだろうか…。
パカパカ
その時、なぜか、城下町の方から馬の蹄の音が聞こえて来た。
町の方から聞こえると言う事は、それは反乱軍のものではないのは明らか。
「な、なんだ?」
町民達もその音の方へと目をやる。
そこには、一頭の馬に乗った一人の男がいた。
それは、異様な光景。
町中を馬に乗って歩く者などいない。
そんな状況を把握できない町民達が、ざわつき始めた。
馬に乗るその男は、黒い服、黒いマントを纏っている。
顔は深く被ったフードで隠れていて、口元しか見えてはいない。
「お前が反乱軍のリーダーか…。」
その男は、シドの前で馬を止め、馬からゆっくりと降りた。
「…ああ。お前は?」
「死にたくなかったら、帰れ。」
シドは、突然現れたその奇妙な男に、眉をひそめ尋ねた。
しかし、彼からの返答は得られる事はなかった。
その代わりに、彼が口にしたのは、反乱軍を威嚇するようなその言葉。
…この声は…?
「…お前は何者だ…。」
シドはもう一度彼に問う。
確かめなければならなかった。
「俺は天師教だよ。」
なぜなら、それは、シドも聞き覚えのある彼の声だったのだから。
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「ホンマに迷路みたいやな…。」
なんとか兵士をまいたりん達は、まだ城の中をさ迷っていた。
天音にも、京司にも一向に会える気配はない。ましてや、今や、出口も入口もわからない状態だ。
まるで、迷路のような城の中で、彼らは途方に暮れていた。
「なー。俺らこんな所で何してんだ?」
すると突然、月斗が足を止め、そんな事を口にした。
「は?探してんねん!」
「何を?」
「…。」
シュポ
すると月斗は、おもむろににポケットから煙草を取り出し火をつけた。その煙で兵士に見つかってしまうかもしれないというのに、彼は全くおかまいなしだ。
「落ち着こうぜ。」
そう言って、月斗は柱の陰に腰を下ろした。
「…わからないの…。不安なの…。」
すると、星羅が怯えるように、小さくつぶやいた。
「ねえ、どうして京司が…天師教じゃなきゃいけないの……?」
星羅のその瞳は微かに震えていた。
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「…私がそんな…取引に…のると思う…?」
天音がうつむいたまま、途切れ途切れに言葉を発した。
「会いたいんだろう?おじいさんに。」
男はやはり、淡々と語りかけてくる。
「く…。」
すると、天音は突然うなだれて、頭を抱えた。
…だめだ…もう………
「今の天師教はもう必要ない…。」
そんな天音の様子を知ってか、知らずか、男は低い声で尚も天音に話し続ける。
…頭が……回る………
天音は我慢できず、立ち上がって、入って来た扉の前まで、足下をふらつかせて歩いた。
しかし、その扉をいくら押しても開かない。
「あ、開けて!!」
天音は扉を叩いて、思わず叫んだ。額からは汗が滴り落ちる。
「わかっているよ…。君の精神がもう限界なのは…。」
男の冷たい声だけが、頭にこびりついて離れない。
…もうヤメテ……
「ここは君が監禁されていた場所だからね………。」
それは12年前の話。
辰は天音をあの教会に預けた。
しかし、国の者達は血眼になって天音の居場所を探し出そうとした。
そして、とうとうその場所を探り出した国の者は、天音を捕らえて、城へと連れて来た。
『話せ!伝説の少女!石はどこだ!!』
天音は、この部屋へと監禁されていた。
そして、黒ずくめの大人達が5歳の天音に言いよる。
彼らが欲しいのは、奇跡の石。
ただそれだけ。
『……』
天音は下を向いたまま、何も答えない。
『伝説の少女よ…。』
その黒ずくめの中の1人が、もう一度彼女に問いかけた。
『必要なのは時だ…。時は満ちていない…。』
天音が口を開き、まるで子供とは思えないような低い声で言う。
『天師教の権威を強大なものにせよ。』
『そうすれば、石が?』
思わず大人達は言いよる。
『石は我と共にある。』
『ほ、他には!』
『我は愛を欲する…。』
「やめてーーーー!!」
扉の前で膝から崩れた、天音が叫んだ。
男の冷たい声が天音の頭に響き続ける。
天音が耳を塞いでもそれは、それは止まない。
「ここは君の孤独、そのものだろう…。」
「ちが…う…。」
「……。」
「それは……あなたでしょう……?」
最後の力を振り絞って、天音がその言葉を吐き出した。
バタン!!
その瞬間、突然扉が開いた。
「いいか、必ず天師教を殺すんだ…。それが君の宿命……。」
「はぁはぁ…。」
天音はふらつきながらも、何とか外に出る事ができたが、男の声は尚も天音を追いかけてくる。
************
「ハ?」
シドは目の前に立つ彼の言葉で、さらに眉間のしわを濃く刻んだ。
「え…?」
町民達も彼のその言葉に、固まっている。
誰1人その場を動こうとはしない。
…何を言っているんだ?天使教様がこんな所にいるわけが…。
そこにいる彼以外の人間は、みなそう考えているに違いない。
天使教がこんな場所に来て、簡単にその姿を見せるなんて有り得ないと…。
「フン。天師教だって?じゃあ、あんたの顔でも拝ませてもらおうか。」
シドは、その男の言葉を全く信じていない様子で、そう口にした。
「ああ。いいよ。」
そう言って男は、あっさりと顔を隠していた、フードをはぎとった。
「…。」
そして、そこに居た人々はみな目を見張る。
「な…。」
「俺が天師教だよ。」
そこにいた町民達は、またざわつき始めた。
――彼が天使教?
そんな事を口にしながら。
しかし、シドの耳には、そこにいた町民達の声は全く聞こえない。
シドの耳に届いたのは、よく知る彼の声だけ。
そこにあるのは紛れもなくシドの良く知る、京司の顔だった。




