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25/39

目の前は暗闇でも後ろには希望はないから



分かっている。




私はもうあの頃のような幼い子供じゃないから…。




動かなきゃ何も始まらない。




でも…






その手のぬくもりが今も忘れられない…。






************




「うわー緊張!!」


次の日の朝、早速華子は、天師教のいる部屋の前まで連れてこられていた。


コンコン


「入りますよ。」


華子の隣にいた皇后が扉の中へと声をかけた。


ゴクリ

華子は思わずつばを飲み込んだ。さすがの華子もこの時ばかりは、緊張を隠せない。

なぜなら、待望のこの日が来たのだから。


「どうぞ。」


ガチャ

皇后がその扉を開け、華子も一緒に部屋の中へと足を踏み入れた。

朝の清々しい日が華子の目に飛び込んできた。

すると、部屋の中にいた彼がくるりとこちらを振り返り、華子を見た。


「はじめまして華子。」


そして彼が、ニッコリと華子に向かって笑いかけた。


「わーお!青い目の美少年だ!!」


彼の爽やかなスマイルに、華子は思わず声を上げた。

そこには、華子が待ち望んでいた、天使教の顔があった。

もちろん今日の彼は、顔を隠してなどいない。

彼の青い目が朝日に照らされ、まるでビー玉のように輝いている。


「これ!!」


華子の無礼な態度を見かねて、同行していた士導長が華子の袖をひっぱった。

作法の授業だって、一応受けてきたはずなのに、華子には何の意味もなかったようだ。


「よろしくね!」


相変わらず、誰に対しても物怖じしない華子は、そう言って青に笑いかた。

そして、その場の空気は一気に、華子色に染められていった。





************




「たまげたなぁーーー!!」


次の日の昼時、その号外の紙を見てりんが目を丸くしていた。


「華子……。」


天音は遠い目をして、その号外を眺めながらつぶやいた。

その号外は、華子が妃になった事を伝えるものだった。

そしてそれは、国中にばら撒かれていた。もちろんそれは国の手によって。

彼らの狙いは、妃が決まった事でこの国の平穏をアピールする事。

反乱軍の仲間の誰かが、恐らく近くの町で手に入れたであろう号外を、天音とりんは目にしていた。


「妃が決まったとなりゃ、城下町はお祭り騒ぎやなー。」


りんは呑気にそんな事を言う。


「妃…。」


天音がまた思いを馳せるように、小さくつぶやいた。

自分だって少し前まではそれを目指していたはずなのに、今となっては、それはまるで遠い昔のようだ。


「華子が妃かー。まったくわからんもんやなー。」


天音のそんな気持ちに構う事なく、そう言ってりんはケラケラと笑った。

あんな自由奔放な華子が妃になるなんて、誰が想像しただろう。


「クス。この写真、華子らしい。」


天音は、号外にのっている華子の写真をマジマジと見つめ、思わず笑みがこぼれた。


「そうやな。ピースする妃なんて華子だけやな!」


その写真には、満面の笑みでピースをしている華子の姿が映っていた。

やっぱり妃になっても、華子は何ら変わっていない。

その事が天音の心を、じんわり暖かくさせた。






************



―――数日後



「ねぇねぇ。」


華子はつい先日会ったばかりの青に、まるで昔からの友達のように気さくに話しかける。


「ん?」


そんな華子に、青は優しく相槌を打つ。


「ここにいるだけじゃ、何か、つまんなくなーい?」


華子は妃になったばかりだというのに、早速ここの暮らしに飽きていた。ただ綺麗な洋服を纏い、部屋に一人でいるだけ。

いくら三食昼寝付きとはいえ、毎日そんな生活では、華子が満足するはずもない。

おしゃべり好きな華子は、あまりの暇さに耐えかねて、無理を言って、話し相手となる青を訪ねていた。


「そう…?」


しかし青は、どうでもいいとでも言わんばかりに、華子のその言葉には、全く興味を示そうとしない。


「ねぇ、どっか出かけたりしないのー?」


華子はつまらなそうに、目の前にある机にあごをついている。


「言ってなかったっけ?僕目が見えないんだ。」


青は平然とした様子で包み隠す事なく、そう答えた。


「ふーん。」


華子も驚きもせず、表情一つ変える事はなく、ただやっぱりつまらなそうにそう答えただけだった。


「…。」


青はそんな反応に眉をひそめ、華子の方を見た。

そんな反応をされたのは、初めてだった。

人々はみな、同情の目や、憐れみの目を向けるというのに…。

華子は違った。


「あーあ。天音帰って来てくれないかなー。」


どうやら華子には、青が目が見えない事は、たいした問題ではないらしい。

それより問題なのは、今のこの暇すぎる現状を何とかする事。

天音は華子の暇つぶしには、もってこいの人物らしい。


「…天音の事、ずいぶん気に入ってるんだね。」


そんな華子に話しを合わせるかのように、青がつぶやいた。


「だって、天音面白いんだもん。」


華子はそう言って、満面の笑みで笑ってみせた。


「…君は妃になりたかったんじゃないの?」


そんな華子にだんだん興味が沸いてきたのか、今度は青の方から尋ねた。


「んーー?まあまあ。」


華子はまたも、どうでもいいような答えを口にした。


「じゃあ、どうして?」


やはり、華子はどこか掴み所がなく、青もどう彼女を扱っていいやら、そろそろ困ってきていた。


「別に妃になるのが目的じゃなかったんだよなー。」


華子は立ち上がり、窓の外の空を見上げた。


「え…?」


コンコン

その時、扉をノックする音が2人の耳に飛び込んできた。


「妃様。お部屋にお戻りください。」


すると、部屋の外から兵士の声が聞こえた。


「えー。」


華子はあからさまに不服そうな声を出す。


「お願い致します。」

「わかったよー。今行くー。」


しかし、兵士は何とか華子に部屋に戻るように、頼みこんだ。

仕方なく華子は、不満そうに口を尖らせながら、扉の方へと向かった。


「…。」


青は、いつの間にか華子に背を向け、窓のそばに立っていた。





「あなたも、天音の事好きなんだね。」





「え…?」





パタン




その言葉を残して、静かに扉が閉まった。






************




「妃様が決まったぞー!!」

「これでこの国も安泰だ!」


妃が決まった事で、城下町は国の狙い通り、大いにに盛り上がっていた。

妃が決まればこの国は安泰だと…。


「きっと反乱も収まるはずだ!」


誰かが明るい声でそう叫んだ。

しかし、それは願望にすぎない。


「反乱は止められない…。」


まるでそこだけが別世界のように、かずさがつぶやいた。

なぜなら、彼女は現実を知っている…。

今この城下町で起こっている事は、ただの一時的なまやかしにすぎない。


「そうよね?天師教様…。」


そして、かずさが城下町の入り口に立つ、彼の方へと目を向けた。


「…。」


そう、そこに立ったいたのは、紛れもなく彼本人。


「おかえりなさい。でも残念ね。誰もあなたの事なんか待ってないわよ。」


そう言ったかずさの冷たい瞳が京司をじっと見つめた。


「そうかもな。」


京司はそう言って小さく笑う。

まるで自分をあざ笑うかのように。


「英雄になるつもり?」

「は?」


京司はその言葉に眉をひそめた。




「…バカじゃないの…。」


「天師教はバカでいいんだよ…。」







************





「ここからは、なかなか思うようには、進まなくなることが予想される。」


シドが仲間の前で、神妙な面持ちで口を開いた。


「城下町が近づいている証拠か…。」


反乱軍の仲間の1人がそうつぶやいた。

そう、それは反乱軍が着実に城へと、近づいている証。

城下町に近づけば近づくほど、天使教の信仰は厚くなっていく事は容易に予想できる。


「ここからやな…。」


りんがボソッと小さくつぶやいた。


「シド、悪い!わいら先に行ってるわー!」


するとりんは、急に大きな声でシドに向かってそう叫んで、立ち上がった。


「え…?」


シドは目を見張り、そしてそこにいた誰もが、りんの方へと目を向けた。

りんは天音の手を引いて、彼らがいたテントを出て、外へとズンズン歩きだした。


「え?ちょ、りん?」


そんな突然の出来事に、天音は何が何だか分からないうちに、りんに手を引っ張られるがまま、外へと出て来てしまった。


「行くで!天音!!」


しかし、豆鉄砲を食らったような天音に構う事なく、りんはグイグイと天音の腕を引っ張って、進んで行く。


「え…ちょ!」


りんと天音はついに、馬が繋がれている場所までたどり着いた。


「オイ!りん!」


もちろんシドは必死にその後を追う。


「今までありがとなシド。」


焦りまくっているシドに向けて、あっさりとそんな挨拶を口にしてりんが笑った。


「おい。バカ言うな!」


シドは何が何だかわからず、ただ叫ぶ。

しかしこれだけはわかる。これからが大事な時期なのに、りん達を簡単に手放すわけにはいかない。今は彼らの力が必要なのだ。

しかし…。


「悪いなシド。わいらには、わいらの仕事があるよって。」


りんの瞳が真っ直ぐ前を見据えた。

そんな彼の姿にシドは釘付けになる。

…彼の視線のその先に見えるものは何なのか…。


「…それは…。」


…それはアイツと同じか…?

しかしシドは、それ以上は言葉にはしなかった。

りんは瞳を伏せ、そのまま馬にまたがった。


「天音。後ろ乗り。」


そう言って、りんが天音に手を差し伸べ、天音はその手を取った。


「あの、シド…ありがとう。」


天音は少し恥ずかしそうお礼を言って、りんの後ろに乗った。

天音がここに居たのはほんの数日だったが、ここにいて、様々な事が見えてきた。

この国について考えるようになった。


「…ああ。」


シドはもう反論する事をやめ、ただ一言そう答えた。

もう、何を言っても無駄なのだと悟ったようだ。


「あんたらにしかできない事やりーな!!」


そう言って、勢いよくりんは馬を走らせた。

そして、シドは2人が見えなくなるまで、そこで見送った。


「…どいつもこいつも自分勝手…。まあ、今の時代めずらしいか…。」


そう言ってシドは笑った。




************




「天音悪いな!付き合わせて!」


りんは馬を走らせながら、後ろでりんにしがみつく天音に大声で話かける。


「そんな事ないよ。私だってわかってるよ。私のいるべき場所はシドの所じゃないって…。」

「…そうか。」


馬に乗っていると風が気持ちいい。

天音は颯爽と走る馬に乗りながら、気持ちいい風を感じていた。


「わいの生まれ育った村も小さな村だったんや。」

「え…?」


りんが突然、そして初めて、自分の事について話し始めた。


「わいは婆ちゃんに言われた。石を見つけろってな。」


『りん。お前は選ばし使教徒。奇跡の石と共にあれ。』


「わいの婆ちゃんは占い師みたいなもんで、何や不思議な力があった。そんで村のみんなに崇められていたんや。石の事も使教徒の事も、ばあちゃんが教えてくれた。」

「へー。」


天音は初めて聞くりんの話に耳をかたむけた。


「ばあちゃんは、昔からおかしな事ばかり言いよったけど、死ぬ間際言っとった。」


『お前にはお前にしかできん事がある。必ず生き残れ。何があっても。』

『ばあちゃん…?』

『この国の未来をしっかりと見るんだ。その目で!』


「わいの村は、ひどい税の取り立てに悩ませれとった。そんで村のもんは、みんなで反発した。」


苦しんでいる村や、町は1つではない。

だから今反乱が起こっている。


「…。」


天音もその事は、もう嫌というほど理解していた。


「結果わいの両親も殺された。村はなくなった。」

「…。」


天音は唇を強く噛みしめた。

自分の村を失う辛さを、天音も知っているから…。


「わいは憎かった。この国が…。」


天音は、りんが今どんな表情をしているのか、それを見る事はできない。


「…命からがら逃げて、逃げてやったんや。」


しかし、彼のその声には悔しさが、苦しみがにじみ出ていた。


「それは…。」

「この国の未来を見てやるってな…。」


りんの背負ってきた苦しみは、天音には想像もつかない。


「りん…。」

「でもそれも昔の話や。…憎しみは続かんかった。」

「え…。」


りんは手綱を握る手に力を入れた。


「わいは天師教を…。」


ザ―

馬が風と共に駆けて行く。


「…天師教を救わな…。」

「え…。」

「この国を救わな。」


その表情はわからないけれど、りんは真っすぐと前を見ていた。





************




「で?どこに行くの?」


華子は、突然呼びだされた事にご立腹だった。

急に部屋に戻されたり、急に呼び出されたり…。

この城では華子の自由は、ほぼないも同然。

そして今度は、士導長に連れられ、華子の知らない部屋の前に来ていた。


「入りなさい。」


落ちついた皇后の声が、部屋の中から聞こえた。

華子はイヤイヤながらも、仕方なくその部屋に足を踏み入れた。

カツ

とにかくだだっ広いその部屋の中には、皇后と見知らぬ男が1人いた。


「誰?」


華子がその男を見て、怪訝な表情を見せた。


「はじめまして。華子。」


そう言って彼がニコリと笑った。


「だから、誰?」


イライラが抑えられない華子が、今度は士導長を見て尋ねた。


「こちらが本物の天師教様だよ。華子。」


士導長は、そんな華子を落ち着かせたい一心で、ニッコリと笑ってそう伝えた。


「は?」


しかし、そんな士導長の心情など知る由も無い華子は、眉間にしわを寄せ、マジマジと彼を見つめた。


…何なんだこの女?この女が妃?


華子のその自由すぎる表情に、京司の笑顔がひきつった。

その言葉が今にも口から飛び出しそうな京司は、なんとか不自然な笑顔のまま耐え抜いた。



「あんたバカ??」



そして相変わらず空気を読む事がない華子は、とどめの一言を京司に浴びせた。





************



次の日


りんと天音は、城下町の入り口の前に立っていた。


「戻ってきたなー。」


りんが、どこか懐かしさを噛みしめるようにつぶやいた。


「りんと初めて会ったのもここだったね。」


天音もそんな懐かしい事を思い出しながら、ニッコリ笑った。

それは、初めてこの場所に来た日の事。

あの時は、妃になるために希望に溢れていた。

しかし、今ではあの日の事は、まるで遠い昔のよう…。


「そうやったな!」


そう言ってりんも笑って天音を見た。


「…ここにあるんだね。全部。」


天音がまたポツリとつぶやいた。

ザ―

風は今日も冷たい。


「ここには何もねーよ。」


また1つ、懐かしさが込み上げる声を耳にした天音は、その声の方へと視線を移した。


「なんや、出迎えか?」


そして、りんも声を弾ませて、嬉しそうにそんな事を言ってみせた。

なんだかんだ言って、この2人は仲がいいのかもしれない。

天音はそんな事を考えながら、クスリと笑った。


「月斗。無事でよかった。」


そこには、あの日、城から飛び降りて消息不明だった月斗がいた。

そんな彼の顔を久しぶりに見た天音が、安堵の表情で彼の名を呼んだ。


「戻ってきても仕方ねーよ。ここには腐った現実しかないんだぜ。」


月斗はどこか呆れた様子でそう言った。


「妃様が決まったお祝いだー!!」


そう今、城下町は、妃が決まった事でお祭り騒ぎ。

たくさんの人々でにぎわっていた。

天音は、入り口からその光景をただ黙って見つめていた。

そこに広がるのは、すっかり変わってしまったこの町の光景。


「返せ…。」


そして天音が小さくつぶやいた。


「お母さんを返せ…。」


天音は拳を強く握った。


「りんの両親を返せ!!」


そして今度は顔を上げる。


「天音…。」


りんは、天音をただじっと見つめていた。


「青を返せ!!」

「バカか。」


月斗もまた、ぼそっとつぶやいた。


「おじいちゃんを返せーーーー!!」



―――その叫びは何のため?



「京司を返せーーーー!!」




彼女の悲痛な叫びは、町の賑わいの声に、簡単にかき消された。



「いくつ返って来ると思う?」

「…。」

「全部は返って来ないわよ。」


どこか冷たさを感じるその声が、天音の耳に届いた。

その声の主は、いつの間にか天音の前に立っていた。


「…かずさ。」


天音はかずさの方をゆっくりと見た。


「覚悟はできた?」


かずさは口の端をゆっくりと上げた。



「もう誰も失わない…。」



天音の目線は、かずさから遠くに見える城へと動いた。




「たぶん…それも…無理………。」




かずさが消え入りそうな小さな声で、つぶやいた。

そして、かずさはどこか悲しげな目を、そっと伏せた。




―――― 始まりはあの日だった…。




『お前のお守りじゃろ?』

『じいちゃん…』


私はあのピアスを付けた。

そして大好きだったあの村を出た。


『泣くな夕日が見ておる。』


そして導かれた。この町へ。城へと。


『懐かしい…。』


リーン


『お前のお守りじゃろ?』



「ちがうよ。じいちゃん。」


プス

そして天音は再び、十字架のピアスを自分の耳に刺した。真っ直ぐと前を見据えたまま。


「そのピアスはあなたにとって何?」


かずさがゆっくりとした口調で、尋ねた。




「私が私であるための印。」




天音が力強くそう答えた。






************




「ダメ―!!」


華子が突然叫んだ。


「え…?」


そして、その叫びに驚いた女官が動きを止めて、目を丸くした。


「このピアスは、はずさないで!!」

「も、申し訳ありません!」


女官は華子を怒らせてしまったと思い、慌てて深く頭を下げた。


「どうしたのです?」


その大声を聞きつけ皇后がやって来た。


「あ、あの!」


まさか、皇后まで現れるなんて思っていなかった女官が、慌てふためいた。


「お披露目式ってなにするんですかー??」


女官の言葉を遮って、華子がつまらなそうな口調で、皇后に聞いた。

華子は、今日行われるお披露目式の衣装合わせの最中だった。

女官は、衣装に合うピアスに付け替えるため、華子のピアスをはずそうとしたのだが、華子はそのピアスを外す事を拒んだのだ。

華子の耳には、金色の輪っかのピアスがぶら下がっていた。

お気に入りなのか、華子は毎日そのピアスを付けていた。


「あなたのお披露目です。」


皇后は、なんとも簡単に、当たり前の事を答える。


「それだけー?つまんなーい。ねえ、なんで私を妃に選んだの?」


華子は皇后に向かって、いつもの調子で尋ねた。

そう、最終的に妃を選んだのは、皇后。

華子はその理由については、何も聞いていない事に気がついた。


「目。」

「目??」

「その目に光が見えたから。」

「アハハハ。何それ?」


真剣に答えた皇后に対して、華子は声を上げて笑いとばした。

それだけの理由で選んばれたのが、何故かおかしく思えた。


「クス。」


そんな皇后も真顔を崩して、華子につられるように少し笑った。


「あ、もう1つ教えて。」


華子は思い出したように、また口を開く。

皇后の笑顔を見て、ここで聞いておこうと思った事があった。


「どっちが本物の天師教??」

「え…?」


華子の言葉を聞いた皇后の顔は、一瞬にして困惑の表情へと変化していった。






************




「私、城に行く!」

「へ?」


突然、天音が突拍子のない事を言い出し、りんの口からは間抜けな声が飛び出した。


「行かなきゃ…。」


そう言って天音は、真っ直ぐ城に向かって歩き始めた。


「ま、まちーや。」


りんがそれを止めようとして、慌ててその後を追いかけ、天音の腕をつかんだ。


「捕まるのがおちよ。」


天音の背後から聞こえたかずさの冷静な言葉に、天音は背筋がゾクリとした。


「え…?」

「天音。もうあの頃の城じゃないわ。あなたは、妃候補でもなんでもない。」


今や妃候補でもない天音が、受け入れられるわけがない。


「…。」


…わかっていなかった…。何も…。


「あなたは、ただの石を探すための道具になりたいの?」


かずさの冷たい視線が、尚も天音の背中に突き刺さる。

それは彼女からの警告。

国が欲しいのは、石だけ。それを探すために、天音を捕まえようとする事は、目に見えている。

それなのに城になど行ったら、それは飛んで火に入る夏の虫。


「でも!それでも城には!!」


天音は周りに構わず、思わず大声で叫んでしまった。


「そう!今日は城で妃様のお披露目式さー!!」

「へ?」


すると、近くを通った見知らぬおじさんが、突然天音に話しかけてきた。

どうやら天音の発した、城というキーワードに反応したようだ。


「ああ。あんた達も見に行くんだろう?なんたって天師教様との初ツーショットだぞー!遅れるんじゃねーぞ!」


おじさんは嬉しそうにニコニコしながら、その場を去って行った。


「…妃のお披露目かいなー。なんや呑気やなー。」


りんも危機感のない声でそうつぶやいた。

今やお祭り騒ぎのこの町は、どこか浮足立っていた。

外では今も反乱が起こっているというのに…。


「…それを見てから決めるのね。」


かずさはやはり冷静にそう言った。


「…。」


しかし、かずさのその言葉に、りんは黙りこくった。


「ふん。天師教とのツーショットか。」


それを察した月斗が、わざとらしく声に出してみせた。


「…。」


天音もまた、何かを考えるかのように、口を閉じた。



「月斗…安心せい、青じゃないで…。」


りんが月斗の肩に手を置いて、小声で耳打ちした。


「は?」


月斗が怪訝そうな顔でりんを睨みつけた。



「華子…。」



天音は彼女の名をそっと小さくつぶやいた。




************



「どういう…事…?」


皇后は眉にしわを寄せたまま、華子を見た。


「だから、なんで天師教が2人もいるの?」


華子は自分の思った事を隠すことなく、皇后へとぶつけた。


「…影武者です。」


皇后が静かに答えた。


「影武者??」


華子は何だそれ、と言わんばかりに変な声を出した。

華子が驚くのも無理はない。華子には、影武者がいる事も、天使教が居なくなった事も、一切伝えられていないのだから。


「ええ。何かあった時のための…。」

「ふーん。で、どっちが本物?」


更にまくしたてるように、華子は尋ねた。


「後に会った方が私の息子。天師教です。」


皇后はいつものように落ち着いた口調に戻り、そう説明した。


「…なーんだ。影武者君の方が美少年だったのにー。」


華子には、謙遜という言葉はないようだ。

やはり彼女の性格は、妃になったからといって簡単に変わるわけはない。


「そうかしら?天師教は私の自慢の息子よ。」


すると、そんな華子に対抗するかのように、皇后は得意気に笑った。


「…親バカ?」


華子が呆れた様子で皇后をマジマジと見つめた。


「…ええ。」


そして皇后はまたニッコリと笑った。


「ま、私は天音とタイプちがうしー。」

「え…?」


その名を聞いた皇后の表情がまた一変し、固まった。


「お時間です!」


その時、部屋の外から女官が華子を呼んだ。


「はーい!!」


華子が元気よく返事をし、立ち上がった。




************



「ハァハァ…。」


珍しい事もあるもんだな。

コイツがこんなに息をきらして、走ってくるなんてな。


「何息切らしてんだよ?」


その様子を見て京司は少し笑った。

いつも冷静沈着なかずさが、息を切らして走って京司の元へやって来た。

そんな様子に京司は、少しおかしくなった。


「…天音見てるわよ。」


しかし、そんな京司とは対照的に、かずさは切羽詰った声で彼にそう伝えた。


「天音戻って来たわよ。」


そして、もう一度しっかりと京司の目を見てそう言った。


「…。」


しかし、京司は表情ひとつ変える事はない。


「これが最後の…。」

「お前も案外バカだな。」


京司はそう言ってまた口端を上げ、かずさを見た。

まさか、かずさがその事を伝えに、息を切らして走ってくるなんて、案外いいヤツなのかもしれない…。

そんな事を京司は密かに考えていた。




「…預言者の忠告聞かないつもり…?」






************




城の広場には、続々とたくさんの人が集まって来ている。

みな、妃の姿を一目見ようと、足を運んで来ているのだ。


「やっぱ今日はいちだんと人多いなー。」


りんはそう言いながら、人ごみの中をかきわけて行く。


「そうだねー。」


天音も、そんなりんの後ろを必死について行く。


ドン

天音がそんな人ごみの中、誰かにぶつかった。


「あ、ごめ…!?あ、星羅ーーーー!!」


天音はその懐かしい姿に、思わず大声で彼女の名を叫んだ。


「あ…ま…ね…。」


まさか天音がこの場にいるなんて、思いもしなかった星羅は、彼女の姿に目を見張る。


「え、どういう事…。」


星羅は状況が理解できずに、りんと天音を交互にキョロキョロと見ている。

…だって天音は、この町を出て行ったんじゃ…。


「まー、細かい事はええやないか!」


りんは星羅の気持ちを察し、間に入るが…


「京司は…?」


星羅が一番気になっている事は、その事。

天音と京司は今頃一緒にいるはずだと思っていたのに、今ここにいるのは天音だけ。


「…。」


その名に思わず天音は、目を伏せた。


パンパカパーン!!

タイミングを見計らったかのように、けたたましいファンファーレの音が辺りに鳴り響く。

そして、そのファンファーレの音と共に、ドレスで着飾った華子が城のバルコニーに姿を見せた。


ワー!!

その瞬間、民衆の歓声が広場に響き渡る。


「あ!華子だー!!」


そう言って天音は表情をコロリと変え、顔を上げ、遠くのバルコニーを見上げた。

星羅の視線から逃れるように…。


「…。」


星羅も黙って視線をバルコニーへと移した。


「やっぱ、今日は天師教はちっちゃいなー。」


りんも城を見上げながら、そう言った。

天師教も、もちろんそのバルコニーに姿を現したが、妃よりもずっと後ろの方にいるだけ。

目のいいりんでも、その小さな姿は豆粒のようにしか見えない。

そして、顔にはいつものように布がかかっていた。


「今日の主役は妃でしょ…。」


星羅がポツリとつぶやいた。


「あれが…、天師教…。」


天音が天師教を目にしたのは、この日が初めて…。

しかし、ここから見える天使教は本当に小さく、彼の容姿を特定するのは難しい。


そして華子が一番気にしていたその顔は、隠されたまま…。


「みなさまごきげんよう!」


華子がマイクに向かって話しだした。





「大丈夫ですかね…。」


士導長は心配そうに、華子の様子をバルコニーへと続く部屋の中で、皇后と一緒に見守っていた。

あの華子の事だ。正直、何をしでかすかわからない。


「…あの子…。」


しかし皇后は、そんな士導長の話などは上の空で、何かを考えていた。







しかし、スピーチを始めたはずの華子は、冒頭の一言だけを話し、スタンドからマイクを外し手に取った。


「ん?」


りんが彼女の謎の行動に、首を傾げた。


カツカツカツ

そして華子はマイクを手にしたまま、民衆に背を向けて歩き出した。

華子は、一歩、また一歩、彼に近づいた。


「やっぱ、私にスピーチなんて無理。」


そして衝撃の一言を彼に浴びせた。


「あなたが、何か一言いってよ!」


そう言って華子は、天師教にマイクを向けた。

もちろん華子の声はマイクを通して、民衆にはだだもれだ。







「何やってんの!?」


星羅は、その言葉に目を丸くして立ち尽くしていた。

やっぱり華子は、誰も想像していなかった行動に出た。


「クスクス」


しかしそんな星羅の隣で、天音は思わず笑ってしまった。


…華子らしい…。






「…。」


京司もまた、そんな華子を凝視したまま、固まっていた。

…だから、何なんだよこの女!!空気読め!!

そんな事を叫びたい気持ちでいっぱいだった。

しかし、もちろんこんな場所で、そんな事を叫ぶわけにはいかない。


『天音見てるわよ。』


そして京司の頭の中では、なぜか、かずさの言葉がぐるぐると回っていた。


くそ!!


ガッ

京司が勢いよく、華子からマイクを取り上げた。


「ん?」


華子が眉をひそめたその瞬間…


ブチ

マイクのスイッチが切れた。いや、京司が切ったのだろう。


「スピーチくらい覚えろ。バカ女。」


そして京司が華子の肩に手を置いて、彼女へボソッと耳打ちした。


「はー!?」


華子は京司の顔を睨みつけながら、怒りの声をあげた。


「こ、これ華子!!」


見かねた士導長が華子の元へ駆け寄った。

やはり、士導長の悪い予感は的中した。






「顔見せろよーーー!!」




その時、広場に1人の男の大声が響き渡った。


「え…?」


星羅は、りんの隣にいた男の方に視線を移す。

そう、その声の主は、フードを深く被って顔が見えない月斗の声だった。


「何が天師教だよ!!さっさと顔見せろよーーー!!」


月斗は尚も叫び続けた。

彼の周りにいた人達も月斗の方をジロジロ見だした。


「…。」


天音もぽかんと口を開けて、月斗の方を見た。

…一体何が…??

そしてりんも我慢できず、口元に笑みをもらす。



「わいらだまされてるんやないかーーーー!!」



そしてりんも、そんな月斗に便乗するように叫んだ。



届け!!



「…。」



星羅が目を見張る。




「「顔見せろーーーーー!!」」




りんと月斗が顔を見合わせ、同時に叫んだ。

もちろんその声は、京司の元にも届いていた。


「フッ」


周りがざわつき始めていたが、そんな事には目もくれず、京司が口の端を上げた。




「あ…。」




その時、華子が何かに気づいたように、小さく声を漏らした。

すると、京司からマイクを取り上げ、もう一度スイッチを入れた。



「あまねーーーーーー!!」



甲高い華子の声が、広場に、いやこの町全体に響き渡った。



「な…」



そして、その名前に、京司はまた固まった。



「へ…??」



大声で名前を呼ばれた当の本人は、口をぽかんと開けたまま、華子のいるバルコニーを見上げた。


「やっぱりそうだ!!私、目いいんだーー!!」


華子はマイクに向かって大声で叫び続け、こちらに向かって手を振っていた。


「あの、バカ!」


星羅が苦い顔でその言葉を吐き捨てた。


「目よすぎやろ!!」


りんもクックと笑いをこらえながら、つっこむ。


「そろそろまずいな…。」


月斗が1人冷静にポツリとつぶやいた。


「華子…。」


天音は大きく手を振る、華子のその姿から目を離せずにいた。




「私ーー妃になっちゃったーーー!!!」




やっぱり、空気の読めない華子が、満面の笑みでまた叫んだ。


「クスクス。」


そんな華子に思わず天音も笑いがこぼれる。

…さすがだな…。華子。


「さってと!!逃げるでーーーー!!」


そして、りんのその言葉を合図に、4人は人混みをかき分け、走り出した。





************




「はぁはぁ、めんどくせー!」


足を止めた月斗が叫んだ。息が上がっているところを見ると、月斗は意外と体力がないのかもしれない。


「おたずねもんの分際で何言うとんねん!」


りんが何だか楽しそうに月斗に向かってそう言った。


「俺は死んだんだよ!!」

「いや。ここにいるがな!」


そして、裏山の山奥まで来て、4人は立ち止まった。


「たく!どいつもこいつもバカばかっり!」


立ち止まったとたんに、星羅が叫びだした。

いつもクールな星羅が、感情を露わにこんな風に叫んだのは初めてだった。


「アハハハ」


そして、突然天音が声を上げて笑った。


「…。」


星羅は怪訝そうな顔で天音を見た。


「華子、変わってなかったね!」


天音はそう言って、星羅に向かって笑いかけた。

妃になった華子は今は城にいるが、前となんら変わらない姿を見せてくれた。

それが天音の心を安心させてくれた。


「…まったく。どうしてあんなバカが妃になれたのかしら…。」


星羅は呆れたようにつぶやいた。

あんな破天荒な事をやってのける華子が妃にふさわしいとは、星羅には到底思えなかった。


「さってと!見つかってもうたな。」


そう言って、りんはそこにあった大きな石の上に腰かけた。

その石は、りんのヘトヘトの足を休ませるには、絶好の大きさだ。


「…そうだね。」


天音がこの町に戻って来た事は、城の者達に知れ渡っただろう…。


「天音。国に捕まったらあかんで!」


そう言ってりんはいつものように、ニッと笑ってみせた。

この笑顔に、天音は何度救われた事だろう…。

かずさの言った通り、国は石の在りかを探る道具として、天音を捕えようとする事は目に見えている。


「りん…。」

「絶対に。」

「大丈夫!みんながいるじゃん!!」


不安がないと言ったら、それは嘘になる。

しかし、その不安を拭い去るように、天音は3人の顔を見て笑顔を見せた。

今はみんながいる。

もう一人じゃない。


「そやな!わいらはもう仲間やなー!」


りんもそう言って答えてくれた。

みんながいてくれる事が、今は一番心強い。


「は?」


しかし、その言葉に月斗は眉をひそめ


「まったく…。」


星羅はまだ呆れ顔だ。


「石見つけよう。使教徒を集めよう…。」


今なら心からそう思える。

きっとお母さんが石を見つけるように言ったのには、きっと何か意味があるはずだ。

天音は雲一つない晴れ晴れとした空を見上げ、そう考えていた。


「この世が滅んでも?」


天音の明るい気持ちとは正反対に、星羅が低い声で言った。

そんな星羅は、天音を真剣な顔で見つめていた。


「そう簡単に滅ばないよ。」


天音は空を真っすぐ見上げたまま笑った。


「…。」


りんもまた、そんな清々しい顔の天音を見つめている。


「石を集める理由がきっとある…。」


『石を…おねが…い』


…そうだよね。お母さん。


「まあ、使教徒は集まったようなもんやけど、問題児ばっかやからなー。」


石を見つけるには、使教徒の存在が不可欠。それだけは分かっていた。


「…あの女は信用すんな。」


しかし、月斗が目を光らせ警告のようにそう言った。


「かずさかいな?」


りんは月斗の言うその人が、すぐにかずさの事だとわかったが、彼がまだかずさの事を警戒してるとは、思ってはいなかった。


「アイツは国側の人間だし、国の預言者だろ。」

「…そういうこと…。」


かずさは国直属の預言者。

だからこそ、城にいられ、国の情報も握っている。

星羅はやっとその事実にたどり着き、腑に落ちた表情を見せた。


「…でも、かずさは敵じゃないと思う…。」


しかし、天音は月斗の言葉に同意はできなかった。

だってかずさは、いつも大事なことを教えてくれた。

それは、そっと手を差し伸べるように。


「フン」


月斗が鼻で笑う。勝手にそう言ってろと…。


「京司は……?」


そして、星羅が再びポツリとその名をつぶいた。


「ねえ、天音…。」


星羅の呼びかけに、天音は瞳を伏せた。

それには答えたくないと言わんばかりに。


「…。」

「星羅…。京司はなー、帰ったんや。」


すると天音の代わりに、またもりんが口を開いた。


「…。」


やはり、あそこに立っていたのは京司。

星羅のその予想は覆される事はなかった。

…どうして…?

しかし、星羅は簡単に納得などできず、その言葉だけが頭をぐるぐると回る。

彼は城を出て、自分の道を歩む事を決めたはずだったんじゃないの?


「…アイツにはやらないけない事があるんや。アイツにはアイツの考えがあるんや。きっと。」


そう言って、りんはうなだれる星羅をなだめるしかない。

それは、天音に伝えた時と同じように…。


「それでいいの?天音…。」


しかし、そんな言葉では、星羅はやっぱり納得はいかなかった。

天音を変えたのは、京司だったに違いない。

だったら、京司を変えるのも…。


「知らないよ…。」


しかし、天音の悲し気な瞳は、ただ地面だけを映していた。


「だって、何も言わずに行っちゃったんだから…。」


天音は子供が拗ねたように、口をとがらせて、小さい声でつぶやいた。


「何も言わず…?」


星羅はその言葉に眉をひそめた。


「だから、今度は私が会いに行くよ…。」

「え…。」

「京司に…。」





――― それが残酷な未来を意味していても…?






************




「怒られちゃったねー。」


華子は呑気な声でそんな事を言ってみせた。


「ついてくんな!なんで俺まで、怒られなんなきゃいけないんだよ。」


京司は華子のせいで自分までも怒られて、イライラが頂点に達していた。

京司も華子と共に、あれから小1時間、老中のお説教に付き合わされた事に、全く納得がいかない。

…全部コイツのせいだろ!


「でも、面白かったじゃん。天音、驚いたかなー?」


華子は全く反省する様子は見せず、まるで子供のように楽しそうに笑っていた。


「お前…。」


そんな能天気な華子を、京司は睨みつけた。


「お前じゃなくて、華子!私はあなたと違って名前があるんだから。」


そう言って華子が口をとがらせながら、負けじと京司をじっと睨んだ。

どうやらこの2人はそりが合わないらしい。


「で、何?」


華子は、何かを言いたげな京司に聞いた。


「いや、もういい…。」


しかし、京司はあっさりと目線を華子から外した。


「心配しないで!」

「え?」

「私はあんたの事タイプじゃないから!」

「は?」


京司は思いっきり眉間にしわをよせる。


「素直じゃない奴は好きじゃないから!」


華子はそう言って、京司の前をスッと通り過ぎて行った。

やはりこの2人は水と油。


「何様なんだよ…。」


よりによって華子が妃になってしまったなんて、今更それは撤回などできない。

京司はこの時ばかりは、自分で妃を選ばなかった事を悔やんだ。




************




天音達は、とりあえず山奥にある、月斗の隠れ家に身をひそめる事になった。

ここならしばらくは、国の者に居場所がバレる事はないだろう。


「まったく。1人で大丈夫かしら。」


星羅の心配もよそに、天音は1人で行きたい所があると、出かけて行ってしまった。

そんな心配性の星羅をなだめるのは、りんの役目。


「天音はもう大丈夫や。」

「…何があったの…。」


星羅はあの時、天音に聞けなかった事を、ここぞとばかりにりんに尋ねた。

天音は確かに変わった。彼女の顔にまた笑顔が戻った事に、星羅も安堵していた。

でも、やっぱり京司の話を振った時は、彼女の顔から笑顔は消えていた。


「あんな風に泣いとった天音が、もう一度立ち上がるなんてな…。」

「…。」

「さすがはジャンヌの娘やなー。」


そう言って。りんは遠い目をした。


「え…。」




*******************



「お母さん…。ただいま…。」


天音はジャンヌのお墓に1人で来ていた。


「天音。」


天音の背後から、懐かしい優しいあの声が聞こえてきた。


「…たつ…。」


天音が振り返り優しい眼差しで、彼を見つめた。


「ここに来れば、お前に会えると思った。」


辰もやっぱり、妃のお披露目のあの場にいたのだろう…。


「辰…私…全部思い出したよ…。」


天音の瞳はどこか寂しげに揺れながら、そのお墓だけをじっと見つめていた。

しかし、彼女の瞳は、あの時のように濁った瞳ではなかった。


「そうか…。」

「お母さんが死んだ事も…。」

「ああ。」


そんな天音を辰はじっと見守る。


「辰は優しくて、私のお父さんみたいだった!」


天音はそう言って、辰に笑いかけた。

そう、辰は幼い頃から、父親のいなかった天音の傍にいて、いつも遊んでくれていた。

母親のジャンヌに次いで、一緒にいる時間が長かったのは辰だった。


「天音…。」


もう一度天音の笑顔が見れて、辰はホッと胸をなでおろした。


「辰…。私、この国が変わる所を見たい。」


辰は天音がポツリとつぶやいたその言葉に、思わず目を見張る。

あんな風に全てに絶望していたあの天音が、そんな風に言うなんて…。


「辰、辛かったら言ってね?今度は私が力になるから。だって私は、もうあの頃みたいな子供じゃないもん。」


思いがけない言葉に辰は目を細めた。

…あの天音が、俺の手を握り泣いてたあの子が今は…。


「ハハハ!聞いたかジャンヌ!あのおてんば娘だった天音がな。」


そう言って、辰が声を上げて嬉しそうに笑った。


「おてんば娘じゃないもん!」


天音は頬をふくらませて、不貞腐れてようにそっぽを向いた。

…やっぱり彼女はあの頃のまんま。


「その言葉だけ、ありがたくもらっておくよ。でもな、俺はお前に心配されるほど、まだ落ちぶれちゃいないよ。」


辰の優しい瞳が天音を見つめている。


「私はもう子供じゃないよ…。」

「笑わせんな。」


そう言って辰は天音の頭を優しくなでた。


「辰…。」

「じゃあな。」

「城に戻るの…?」


天音が不安そうに尋ねた。


「ああ…。」


…悪いな天音。俺のやるべき事はあそこにある…。


辰は去って行った。

そして、天音は一人残された。

母の墓の前に。


「お母さん…。辰も行っちゃったよ。…みんな行っちゃう…城に……。」


ザ―


木々が風に揺れる音だけが、静寂の中に響き渡る。




****************




「もう、お戻りにならないかと思っていました…。」


士導長が京司に話しかけた。

京司が城に戻ってからは、妃が決まったりなんだりで、慌ただしくしていたため、こうやってゆっくり、2人で話をする事はなかった。

やっと時間が取れた士導長は、京司の元へと足を運んだのだ。

なぜ彼がここへ戻って来たのか…。

その真意を聞くために。


「…少しわかった。外を見て…。」


京司は、窓の外を眺めながら答えた。

窓に映る彼のその表情は、士導長が初めて見た表情だった。

彼は外の世界で、一体何を見たと言うのだろう。

それは、士導長にはわからない。

しかし、彼が変わった事だけはわかっていた。


「あなたはやはり、あのお方に似ておられる。」


士導長はどこか懐かしい気持ちで、彼の横顔を見つめていた。


「は?」

「前天師教様に…。」

「アイツの話はするな。」


京司はその言葉を聞いて、明らかに表情を曇らせた。


「そんなに、お嫌いですか?」

「嫌いも何も、アイツは他人だからな。」

「…例え血がつながっていなくても、あなたのお父上だった方ですよ。」


士導長は優しい口調で諭すように、京司に語りかけた。

京司が今も前天師教を疎ましく思っている事には変わりはない。

彼はもう、この世にいないのに。


「アイツが父親だなんて思った事はないよ。俺の事を目の敵にしてたアイツを。」


京司には、前天師教に優しくされた記憶なんてない。


『お前は俺の息子なんかじゃない…。』


そうやって冷たく突き放してきたのは、向こうだったんじゃないか…。

そんな彼をどうやったら、父親だと思えるというのだろうか。


「まあ、でもその通りだよな。そこらにいる普通の子供が天師教だなんて、そんな事、誰だって認めたくないよな。」


まるで自分を嘲笑うように、京司がそう吐き捨てた。

なりたくてなったわけじゃない。

その血も受け継いでない自分が天使教だなんて言って、この国のトップに立ち続ける。

そんな事を民衆が知ったら…。


「…。」


士導長は固く口を結んだ。


「…ま、どうせ捨てられるなら、それまでにやれる事やらなきゃな…。」


そして京司がポツリと小さくつぶやいた。

その瞳には、もう迷いはない。

どこか穏やかな顔で、彼はまた外の景色を眺めた。


「…。」


士導長はそんな彼からそっと目をそらした。





****************




「ま、信じてやるしかないやろー。アイツの事も。」


そう言ってりんは芝生にゴロリと寝ころんだ。

いくら心配をしても、こればっかりはどうしようもない。

りんにはそれがわかっていた。


「信じれないわよ。」


しかし、星羅は、りんのように仕方ないと一言で片づけられなかった。


「へ?」

「アイツは昔から無茶しすぎなのよ…。」


それは、彼をよく知る星羅だからこその言葉。

彼の本質は変わっていない。それは、彼と会った時に感じた星羅の直感。

彼はいつだって真っすぐで、やんちゃで、1人で突っ走って行く。


「ハハ。そうかー。」


りんはそんな星羅の言葉に、楽しそうに笑った。




****************


次の日



「こんな所でお勉強ですか?」


老中が書庫にこもっていた、京司の元へと足を運んでいた。

彼の座る机の上には、たくさんの本が積まれていて、その中の一冊を京司はつまらなそうにペラペラとめくっていた。


「ふーん。めずらしいから見に来たのか?」


京司の口からはいつものように、皮肉しか出ない。

老中とまともに話しても仕方ない。

今では、そう諦めるしかなかった。


「どうするおつもりで戻られたのか、まだ聞いていなかったので…。」


老中もまた、京司の真意を知りたかった。

彼が何のために戻って来たのか。


「お前もかよ…。」


京司はうんざりした顔を見せる。


――― ここにいるなら余計な事をするな。


そんな老中の心の声は、京司には手に取るようにわかる。


「石見つけたいんだろう?」


京司は、パラパラとページをめくる手を止める事はなく、老中の方など一切見ない。


「…それを調べていらっしゃるのですか?」

「どうせ、それが、お前らが俺を手放さない理由なんだろ。心配すんな。お望み通り探してやるよ。」


…こんな所で捨てられてたまるか。俺はまだ何も…。


「これはこれは、頼もしいですな。」


わざとらしくそんな風に言ってみせた老中は、黒い笑みを浮かべる。

やはり、京司を手放したくない彼が、そう言って京司に媚びを売る姿に、京司は嫌気を通り越して、無関心をきめこんだ。




****************





「さすがですね。預言者殿は…。」



城の廊下で、かずさは士導長の横を横切ろうとした。

その時、先に口を開いたのは、士導長の方だった。


「それは天音の事?それとも天師教の事?」


かずさが足を止めた。

それは、彼の話に仕方なく付き合うという合図。


「両方です。」


士導長が低い声で答えた。


「…天師教は殺されるわ。」

「…それも預言ですか?」


士導長は、彼女のその言葉に反論する事も取り乱す事もなく、落ち着いた声でそう問う。




「あなたは知ってるでしょ…。本当の嘘。」




かずさの冷たい目が、士導長をじっと見つめた。


「あなたは、いつまでここにいるつもりですか?」


士導長は、またも話を逸らすように、かずさに問いかけた。

それは、自分の事は一切話すつもりはないと言う現れ。




「永遠に…。」




「誰のために…?」





****************







「天師教の事は忘れろ…天音……。」






城の前で辰が1人つぶやいた。



それはもう無理な望みだと知っていても…。












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