表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/39

さよならは満月の夜に



ーーーー次の日



ピチャ

たった一匹しか居ない鯉が、嬉しそうに水面から口を出し、餌を食べている。


「たくさん食べなよ。もうあんた一匹なんだから。」



天音は何とか兵士の目を盗んで、中庭に来ていた。

そして、鯉に昼ご飯の残りのパンをあげていた。



「私も一人か…。」





************




「わーお!きれいだね星羅。」


星羅は、天師教との謁見のためドレスを与えられ、着飾っていた。そんな晴れ姿を見た華子は、星羅を褒めちぎっている。


「ありがとう。」


そして、星羅は柔らかい笑顔をみせた。

しかし、そこに天音の姿はない。

もう、妃になる事もどうでもよくなってしまった天音には、関係ないと思っているのだろうか。


「やっぱ美人はちがうね!」

「もー。じゃあ、行ってくる。」

「うん!がんばってね!」


華子は満面の笑みで、星羅にエールを送った。


「…どうして、ライバルを応援するの?」


すると、星羅がひらりと丈の長いスカートをひるがえし、華子に尋ねた。


「だって、星羅だから。」


そう言って、華子は悪戯っぽく笑ってみせた。




************




「じぃ、あの天音って子にも会わせるの?」


皇后が、天使教との謁見のために用意された部屋の前で、士導長に尋ねた。


「…。」


士導長は、前を向いたまま何も答えない。



「天師教はあの子を選ぶのね…。」



皇后は、どこか遠くを見つめぽつりとつぶやいた。



************



星羅は、長い廊下を兵士に連れられ、歩いていた。

普段着慣れない長い丈のドレスのため、星羅の足取りはゆっくりで、前を歩く兵士とは、少し距離ができてしまっていた。


「これは、始めから決められた運命…。」


何故かこのタイミングで、星羅の前からやって来たのは、かずさだった。すれ違い様にそうささやいたかずさは、星羅の横を何食わぬ顔で通り過ぎようとした。

やはり、彼女は、この城のどこでも自由に行く事が出来るのか…。

そんな事を、星羅は頭の片隅で考えていた。


「…。」


そして星羅は、すぐ様足を止めた。


「会わなければよかったと、後悔しても遅い。」


そして、かずさも足を止め、またポツリと星羅の背中へと言葉を投げかけた。


「今の時代には今しかない。」


そんな言葉を、はっきりと口にしたかずさが振り返り、じっと星羅の目を見た。


「私は後悔をしない。そして後ろも振り向かない。」


そして、星羅は真っ直ぐ前を見据え、また歩き出した。



************



「ひけー!!」


シドが声を上げた。


「シド!」


りんは馬に乗って指揮を執るシドに駆け寄る。


「りん!とにかく今は逃げなくては!」

「わいにいい考えがある!」


りんは自信満々の笑みを浮かべた。





「りん!お手柄だな!お前の作戦で、なんとか国の奴らをまけたよ!」


シドが嬉しそうに、りんに駆け寄った。


「まーな!」


りんは得意気に笑った。


「りん。ありがとう。」


りんが反乱軍に加わって、確かに空気が変わった。

彼の頭の回転の速さは、反乱軍には無くてはならないものになっていた。

そんなりんに、シドは改めてその言葉を口にした。


「どうしたんや?シド改まって!」


そう言って、りんはシドの背中を思いっきり叩いた。


「俺はお前にリーダーを…。」

「わいはやらん!」


りんはシドのその言葉を遮るように、きっぱりと言った。シドは、彼こそこの反乱軍を率いていくべきだと考えていたが、りんはすぐに断った。


「人にはそれぞれ役割がある!」


りんはそう言ってまた、ニッと笑った。



************



「天音。」


天音が振り返ると、星羅を見送った華子が、そこに立っていた。

華子がこの池に来るなんて初めての事で、天音は驚きの表情を浮かべていた。


「華子?」


「恋してるでしょ?」



華子が唐突にその言葉を口にし、優しく微笑んだ。


「え?こい?えさならあげてるよ。」

「クスクス。」


しかし、天音から返ってきたのは、的外れなそんな言葉だった。

すると、華子が声を出して、笑った。




************



パタン


その部屋の扉が、兵士によって閉じられた。

そして、部屋の中には、星羅と京司だけ。

京司の意向により、この謁見は妃候補2人だけで、話をする事となっていた。


「今日はゆっくり話せるな。」


京司が穏やかな声でそう言った。


「ええ。」


星羅もまた、落ち着いていた。

いつもと何ら変わらない、冷静な星羅がそこに居た。昨日眠れなかったのは、うそのようだ。


「久しぶりだな。星羅。」


京司が、あの時には言えなかった言葉を口にした。


「覚えていてくれたの…?」


星羅は恐る恐るそんな事を口にした。


「当たり前だろ。あんなに毎日、毎日、遊んでたんだからな。」


京司はそう言って、昔と変わらない笑顔を星羅にむけた。


「…よかった。こんな所まで来て、妃候補のふりをした甲斐ががあったわ。」


星羅も彼の笑顔に、安堵の表情を浮かべる。


「なんだよ。ふりだったのか?」

「私は、あなたの幼なじみよ。そんな事がばれたら、私は殺される。」

「え…。」


京司は、星羅がさらりと言ったその一言に、言葉を失った。


「あなたの幼い頃を知ってるのは、もう私だけ。」

「それは…。」

「あの町はもうない。両親も死んだわ。」

「…。」


その事実に京司は口を閉ざした。



「私達が育ったあの町はもうない。」


星羅がゆっくりと目線を落とした。


『星羅待ってよ!』

『京司遅い!』 


星羅の故郷は小さな町。そこで両親と暮らしていた。

どこにでもいる、歌う事が好きな少女だった。

そして京司もその町で、母と2人だけで質素に暮らしていた。


『また今日も星羅ちゃんと遊んでいたの?』


京司の母が尋ねた。


『なんで星羅はあんな足早いんだ!?』

『だって星羅ちゃんの方がお姉さんでしょ?』


そう言って母は笑っていた。



『星羅は本当に歌が好きなんだなー。』


そして、幼い星羅は、よく京司の前でも歌っていた。


『うん!私、将来は歌手になるの。』

『将来?』

『京司は?将来の夢は?』

『俺は…まだわかんねー。』


そう言って、京司はニッと笑った。

そう、それは遠い昔。

まだ、何にも縛られていない、あの頃の記憶。




「なんで、あなたが天師教に?」


そして、星羅はずっと聞きたかった事を、京司にぶつけた。


「…。」


その瞬間、京司の表情が明らかに曇った。


「あなたは、あの町で育った、やんちゃな、ただの男の子でしょ?」


星羅は京司に畳み掛けた。

星羅と毎日のように遊んでいたあの頃の彼は、どこにでもいるただの男の子だった。

そんな、彼がなぜ、この国で神と呼ばれる天使教へとなったのか…。星羅はその真意を知らない。


「…もう忘れてると思ってた。」

「え…?」


京司が小さくつぶやいた。


「俺の事なんて誰も覚えてない。俺があの町で過ごした7年間は、まるで夢だった。」

「そんな事言わないで!!」


すると、星羅が突然叫び声を上げた。


「星羅…。」

「私は忘れた事なんてない。あなたとの約束。」


星羅の潤んだ瞳は、京司を見つめていた。


「…母さんは昔この城で、使用人として働いていたんだ。そこで、天師教と恋に落ちた。」

「え…。」


星羅は驚いて声をもらした。

それは、初めて聞かされた事実。


「もちろん、そんな事は許されるわけもなく、母さんはこの城を出た。そして別の男と結婚して、俺が生まれた。でも俺の父親は、俺が生まれてすぐに、病で死んだらしい。そして、俺と母さんは、あの町に移り住んだ。その後はお前の知っている通り、あの町で暮らしていた。俺が7歳になるまで。」

「…。」


星羅はじっと京司の話に、耳をかたむける。


「天師教の正妻には、子供ができなかった。」

「え…。」

「天師教は、代々その後を、男児が受け継ぐ事になってる。でも、天師教の正妻には子供ができず、その妻も自害してしまった。」

「そんな…。」

「もちろんそんな話、民衆は誰一人知らない。そして白羽の矢が立ったのが、母さんと俺だった。城の連中は、なんとしても、跡継ぎを作らなきゃならなかった。だから、元恋人の母さんと、その息子の俺を…。」

「そんなの…。」

「俺は天師教の本当の子供じゃない…。母さんだって、自ら進んで皇后になりたかったわけじゃない。」


星羅は、知っていた…。

ある時から、知らない男達が京司の家を出入りしていたのを…。


『何度来ても無駄です!私達は、城などには行きません!』


もちろん、京司の母はその提案に、拒否し続けていた。でも…。


『離せよ!』


しかし彼らは、京司達を強制的に、連れて行ってしまった。


『京司!!』


星羅は、それを見ていた。


『星羅!来るな!』

『京司!やめて!京司を連れて行かないで―!』


京司の元へ駆け寄ろうとした星羅は、そこにいた大柄の男達に、押さえつけられた。


『星羅!約束しろ。必ず歌手になれ!』

『え…。』

『また俺の前で歌って!』


…そう言った京司の悲し気な笑顔が、今も忘れられなかった。


『馬車を出せ。』


忘れるはずもない…。

そう言って、京司を連れて行った男の中に居た1人は、星羅のよく知る男。


そう、それは士導長だった…。


「俺は何度もこの城を抜け出して、何度も捕まった。」

「…。」

「ここから逃げる事は、出来なかった。母さんも俺も…。」

「そんな…。どうして京司が!!」


天使教の本当の子供じゃないのに、血が繋がってないのに。彼が、どうしてその運命を、背負わなければいけないのか…。星羅が納得出来ないのも、無理はない。


「…もういいんだよ。星羅。」


どこか諦めたような顔で、京司は笑った。


「…。」

「母さんが、立派な皇后になろうと、努力している姿を見て、俺は逃げるのをやめた。それに母さんは、少しだけ、幸せそうだった。それは、アイツの傍にいられるからだと、わかった。」


京司はどこか寂し気な目を伏せた。


「…。」

「あの町はもうないのか?」


そして、京司は星羅に恐る恐る尋ねた。


「…そういう事だったのね。やっぱり国だったのね。」

「…。」

「町は大火事で全部燃えた…。みんな死んだ。そして、運よく私だけ助かった。」

「え…。」

「天師教の子が、あの町で暮らしてた、なんて事が知れ渡ったら、都合悪いわよね。だって、天師教は神なんだから。」

「…。」


京司は声を出すのも忘れて、大きく目を見開いた。


「京司…。」


そして、その沈黙を星羅が破った。


「え…。」


京司は、その名を呼ばれて、少し顔を上げた。


「あなたのせいじゃない。自分を責めないで。」

「…でも!!」

「もう全て過去の話。私は決めたの。もう後ろを振り向かない。」


真っすぐな星羅の瞳が、京司を見つめる。


「だからあなたも、あなたの生きたいように、未来を歩いて。」


そう言って星羅は柔らかく笑った。


「星羅…。」



************




「…ここで出会ったの彼に。」


天音は観念したのか、ゆっくりと華子に話し始めた。

やっぱり華子には、全てを話しておきたかった。

最後に…。


「…天音。たぶんこの池は王宮の敷地だよ。」

「え…。」


天音は目を見開いて、華子を見た。


「知らなかったの?勝手に池に行ってたの、バレなくてよかったね。」


華子はまた、悪戯っ子のように笑って見せた。


「…そっか。」

「…で?」


華子はまだその笑みをやめない。


「え…?」

「やっぱり妃には、もうなれそうもないね。」

「…。」

「好きなんでしょ?その人の事。」


華子が、今度は母親のように優しい眼差しを天音へと向けた。





************




「天音に会ってあげて。」


星羅は、一番伝えたかったその一言を、もう一度京司に伝えた。


「…天音。」


京司はその名を、久しぶりに口にした。


「あの子は、あなたの助けが必要なの。」


星羅もあんな姿の天音は、もう見てられなかった。

そして、今の彼女を救えるのは、京司だけだと、星羅は悟っていた。


「…天音と会ったのは、あの池だった。」


京司がポツリとつぶやいた。


「…怖いの?もし自分が天師教だとばれたら…。」


そして、星羅には何でもお見通し。


「え…。」


京司は、思わず顔を上げて、星羅を見た。

そんなにはっきりと、誰かに言われたのは、初めてだった。


「あなたが一番、天師教の名にすがっているんじゃないの?」

「…。」


京司は大きく目を見開いた。



「あなたは、天師教の前に1人の人間でしょ。京司でしょ。」

「星羅。」

「京司なら、天音を助けてあげられるわ。」


そして、星羅は微笑んだ。

その笑顔は、やっぱり昔となんら変わっていない。


「…天音は、俺を何度も助けてくれた。俺を天師教としてじゃなく、京司として、ただ1人の人間として見てくれたのは、この城に来て、天音が初めてだった。」


京司は、ポツリポツリと言葉を落とした。


「今の時代、明日はないかもしれない…。会いたいと思ったら、今、会わなきゃだめ。」


その言葉が、京司の胸に突き刺さった。

それは、大事なものを失くした、星羅だから言える言葉。


…なぜ…忘れていたんだろう…。俺は大事な事を…。


コンコン


「そろそろお時間です。」


外にいる見張りの者が、部屋の扉をノックした。


「じゃ、もう行かなくちゃ。」


星羅はそう言ってすっと立ち上り、背筋をピンと伸ばした。


「星羅。ありがとう。」

「…私の方こそ。」

「なあ、歌、歌ってるか?」


京司が最後に聞いた。


「…私は妃になれない。だって私の夢は、歌手になる事だから。」


星羅は、今日一番の清々しい笑顔を京司に向けた。


「また…聴きたいな…星羅の歌。」


カツカツ

星羅は扉へと向かった。


パタン

そして扉が静かに閉まった。



************



「明日は満月…?」


青が小さな声で尋ねた。


「…ええ。」


隣にいたかずさが、静かに頷いた。


「天音を救うのは、やっぱり僕じゃなかった。」

「…。」

「…この笛を使う事は、一度もない。」


ポト

青の力ない手から、笛が床へと落ちた。


「あなたには、足りないものがあるわ。」


かずさが青に向かって、真剣な眼差しを向けた。


「それは…光…?」


青がまた、力なく答える。


「ちがうわ…。」

「じゃあ何…?」




************




ーーーー次の日



カツカツ


その廊下には、一歩また一歩と歩く靴音が響き渡る。

そして、その牢屋の前で止まった。


「月斗。お前の処分が決まった。」


月斗は黙ったまま、うんともすんとも言わない。






「死刑だ。」





「アハハハハハ!!」




突然笑い出した月斗の声が、その冷たい廊下に、響き渡った。


「最後に何か望みはあるか?できる事であれば、その望みに答えよう。」


兵士は、そんな月斗の行動に、感情を動かす事はなく、淡々と月斗に尋ねた。


「…ああ。あるよ。」


月斗が笑いを止め、低い声で答えた。



************



「死刑…?」


京司が士官から発せられたその言葉に、顔を歪めた。


「ハイ。」


京司にも、月斗の死刑の知らせは、すぐ様伝えられていた。


「ちょっと待て!なんで俺に何の相談もなく!」

「ご相談するまでもないでしょう。」


士官の隣で、老中が冷たく言い放つ。


「民の言葉に耳を傾けず、お前らは、ただコントロールするだけか!!」


思わず京司が叫んで、机を叩いた。


―――この国は、いつからこうなった?


「犯罪者の肩を持つのですか?」

「ちがう!そういう事じゃねーだろう!」

「国を治めるという事は、こういう事なのです。天師教様。」


老中の冷たい視線に、京司は思わず、ゾクリと肩を震わせ、押し黙った。


…彼らに何を言っても無駄だ…。

京司は、それを否が応でもわかってしまった。




************




「月斗が死刑になるぞー!!」


その話題はあっという間に、町中に伝わった。


「死刑か!」

「明日の夕刻だ!!」


それは、突然の告知。

今の混乱を、なんとか収めようとする、国の考えによるものだった。

明日の夕刻、月斗は城のバルコニーで、民衆達の目の前で、首を切り落とされる事になる。

それは、まるで見せしめのように。


「神の裁きがくだる!」


やはり、この国はそう簡単には変わらない。

天師教にはむかう者は切り捨てられる。

ソレを示す事でしか、人々を制圧する事ができないのだ。



************



「…死刑…。」


天音は、その掲示の前で、立ち尽くしていた。

妃候補の見る掲示板にも、月斗の死刑の告知が張られてあった。


「ええ。明日の夕刻。」


謁見を終え、いつも通りの服装に戻った星羅が、いつの間にか天音の隣にいた。


「つ…き…と…。」


天音には、その名を呼ぶ事しかできない。


「あの目つきの悪い、かっこいい人でしょ?てか天音いつの間にかあの人と知り合いになってたよねー。」


華子はまた、空気を読まない、能天気な発言をしてみせた。


「…これがこの国のやり方。」

「…。」


星羅がつぶやいた言葉にも、天音は無表情のままで、ただ、じっとその掲示を見つめていた。


「あの人が、こんなに簡単に殺されちゃうんだ…。」


華子も、なんだか腑に落ちない表情で、口を尖らせた。


「…さあ?このままで終わればね。」

「へ?」


すると、そう言った星羅が、珍しく口元に笑みを浮かべた。

それは何かを予感させるように。




************



―――― 次の日 月斗の死刑執行日



コンコン



士官が京司の部屋をノックした。


「天師教様!もうすぐ月斗の死刑が執行されます。ご覧にならないのですか?」


シーン

しかし、彼の部屋の中から返事はない。




「天師教様?」




************




時は夕刻。日が暮れ始めていた…。

こんな時刻にもかかわらず、多くの人々は広場に集まっていた。

それはただの興味本位か、それとも…。


「へー、死刑執行に、こんなに人集まるんだ。みんな、もの好きだね。」


華子が広場に出来た人だかりに、周りをキョロキョロと見回した。

華子と星羅、そして天音も広場に足を運んでいた。


「もの好き…。確かにそうね。でも見たいのよ。この国の答えを。」


星羅はいつものように、落ち着いて言葉を吐いた。


「答え…?」


華子が星羅の言葉に首を傾げた。


「ええ。」

「…。」


天音は、ただぼんやりとした目で、バルコニーを見上げていた。

やはり今日もその目に感情はない。


…かずさの言う通り、星羅の言う通り、やっぱりこれがこの国のやり方……。


だってもう、わかりきっていた。


やっぱりこの国は…





カツカツ

その足音が、ゆっくりとバルコニーへと向かった。

月斗は手錠をはめられたまま兵士に先導され、その場所まで連れられて来た。


「早く来い!」


兵士がノロノロと歩く月斗を促した。


「…。」


月斗が一歩、また一歩と足を前に出す。



「最後にお前の望み通り用意した。」







「月斗…。」


バルコニーに釘付けの天音がまた、小さくその名を呼んだ。



ヒューバーン




「え…?」




ヒューバンバン



その音に、そこにいた人々はみな、空を見上げた。

そして、天音も…。


ポタ

なぜだか天音の頬に涙がつたった。



空には、たくさんの花火が打ち上げられ、赤く染められた空に、彩りを加えた。







「…バカじゃないの…。」




いつもの部屋でベッドに横たわる青が、小さくつぶやいた。







「なぜ花火なのだ?」


月斗の後方に待機している兵士達が、コソコソと話し始めた。


「さあ?あの反逆者の望みが、あるったけの花火が見たいと。」

「フン。変わった奴だな。」







「始まりの合図…やな。」


その頃、戦場にいるりんが、そっとつぶやいた。


「りん?何か言ったか?」

「いーや!行くでシド!!」


そう言ってりんは馬で駆け出した。







「花火の終わった後は誰も知らず…。」





かずさがポツリとつぶやく。








「あの人、なんでそんな花火が好きなんだろう?」


華子が空に上がる花火を見上げながら、ふとつぶやいた。


「ちがうよ。」


天音もまた、天を仰いだ。

涙がこれ以上頬をつたわないように。


「伝えたい事があるんだよ。」


そして、潤んだ天音のその瞳には、空に高く上がる花火が映っていた。


「天音…。」


星羅は、そんな天音の方をじっと見つめていた。







「満足だろ。」


月斗の隣で兵士が、静かにささやいた。

これでお前の望みは叶ったと。


「…。」


しかし、月斗は花火を見る事はなく、下を向いたままだった。


「ほら前へ進め。」


兵士が月斗を死刑台の方へと促す。


ワ~ワ~

花火の終わった今は、民衆の声がよく聞こえる。

月斗は、バルコニーの前の方へと歩を進めた。

そして民衆の歓声が月斗を包んだ。


「この反逆者、月斗を打ち首にする!!」


刑を執行する兵士が叫んだ。


ワー!!


歓声で地面が揺れた。



「まじでここで死ぬの?」


華子が目を丸くして、その言葉を声にした。


「戒めよ。」


星羅が低い声で言った。


「…あれ?天音がいない…。」


華子が、さっきまで天音がいたその場所を見ると、もうそこに天音はいなかった。






「…さよなら。」






星羅は、誰にも聞こえないような小さな声で、つぶやいた。









「月斗、最後の言葉を聞こう。」


刑を執行するであろう兵士が、月斗に聞いた。


「お前ら聞け―!!!」


すると、月斗はそこにいる、民衆に向かって叫んだ。

そして辺りはシンと静まり返った。



「俺は祈る事も、神に頼る事もしねーよ。」



月斗がゆっくりと言葉を紡いでいく。



「俺が信じるのは自分だけだ。」




タッタッタッ




すると、月斗が走り出した。




「しま!!」




兵士は気が緩み、手錠を持つ手の力を緩めてしまっていた。




タン




「え…。」


星羅は思わず声を漏らした。


「…うそ!!飛び降りた!?」


華子も目をまん丸にし、思わず叫んだ。






月斗は、バルコニーの横の森へと飛び降りた。


「え…自殺か…?」

「…助かるはずない…あの高さだ。」


民衆達は何が何だかわからず、動揺を隠せない。

しかし、人々が口にしたのは、自殺という言葉。


「気がふれたんだ。」

「な、なんにせよ、月斗は死んだんだ。」


反逆者は、自殺して死んだ。そう言い聞かせなければ、いけない。

反逆者を逃したなんて事は、あってはいけない失態なのだから。

何故か、民衆自らがそう言い聞かせていた。

何かが、そうさせていた。


「…さ、さがせー!」

「月斗は死んでいるはずだ!遺体をさがせー!」


兵士達が叫びだし、慌しく走りだした。


「クスクス。おもしろいもの見れたね。星羅。」


華子が満面の笑みを浮かべ、笑っていた。


「華子…。」

「ん?」

「帰るわよ。」

「はーい!」


星羅は、困惑を見せる人々をかきわけ、さっそうと歩いて行く。

そしてその後を、華子がニコニコしながら追いかけた。



**************



「伝えたい事…。」


天音はジャンヌの墓の前にいた。


「お母さん教えてよ…。私は…どうしてここにいるの…。」


ザ―


しかし、風が天音の髪を揺らすだけ。

その答えが返ってくる事はない。


「天音。」


その時、心地よい彼の声が、天音の耳に届いた。


「え…。」


天音が振り返る。

まさか彼がここにいるなんて…。


「…誰だと思った?」


夕日で彼の顔が赤く染まる。


「青…。」


天音が彼の名を呼んだ。


「もうすぐ日が沈むね。」

「どうして、ここに?」


天音は、その疑問を口にした。

彼にこの場所を話した事など、一度もない。


「夕日を見に来たんだ。」


青は、そこに見える大きな夕日を、真っ直ぐ見つめていた。


「…ねえ、月斗は?」


月斗はあの後どうなったのか。天音はそれを見る事はなく、あの場を去ってしまった。

そんな天音が、彼の安否を気にするのも無理はない。


「さあ?なんか飛び降り自殺して、消えたって。」

「…。」

「アイツがそんな簡単に死ぬわけないだろ…。」

「そっか…。」


天音は、そんな青の憎まれ口を聞いて、ホッとした表情を見せた。

月斗はきっと生きている。そう確信した。


「天音…。言ったよね?行動しなきゃ、何も変わらないよ。」

「…こわいの…。」

「また人に裏切られるのが?」


サー


少し冷たい風が青の頬を通り過ぎた。


「一歩を踏み出さなければ、前に進めないよ。」

「…。」

「じゃあ、僕はもう行かなきゃ。」


青は今来たばかりなのに、またその場をすぐに去ってしまうようだ。

天音はそれが名残惜しく感じた。

だって…。


「青…。外に出れたね…。」


天音が少しだけ笑って、青を見た。


「そうだね…。」


そこにいた青は、初めて会った頃の、どこか儚い悲しげな彼ではない。


「…天音。今夜は満月だよ。」

「え…。」


夕日は、もう見えなくなった。

そして、残りの赤がこの世界を微かに照らしていた。




************



「た、た、た、大変です。」


真っ青な顔の士官が、老中の元へ駆け寄った。


「…どうした?」


そのただらない様子に、老中は怪訝な顔を見せる。


「て、天師教様…が…。」


士官が声を震わせながら、口を開いた。




************




天音は、ジャンヌの墓から城の前まで戻って来た。


「天音…。」


自分を呼ぶ声の方へと、天音は振り返った。


「…。」


そしてただ、黙ってそこにいた、かずさをじっと見た。


「これを…。」


かずさが手を差し出した。


「…ピアス…。」


かずさの手にあったのは、天音の失くしたはずの十字架のピアスだった。


「これはあなたの罪の印?もう持っていたくない?」


かずさの鋭い視線が天音に突き刺さった。


「…」

「あなたに返すつもりじゃなかった。」

「じゃあ、なんで持ってきたの?」


かずさが天音の手をそっと握り、そのピアスを渡した。


「私が持っていたくなかったから。」


なぜか、少し寂し気にかずさがつぶやいた。


「…今の私にはつけられない…。」


そして、天音が力なく小さくつぶやいた。

今の自分には、それをつける資格はない。

なぜだかそんな風に感じた。


「それでもいいわ。もし、いつかその時が来たら。」


辺りは暗くなって、かずさの表情はよく見えない。


「彼は気づいたわ…。」

「え…?」


その言葉に天音は声を漏らした。


「天音。あなたを変えられるのは、あなただけよ。」


ザ―


風が雲を運んでいく。

そして月が顔を覗かせた。


「彼は、村の入り口にいるわよ。」

「かずさ…。」


天音は顔を上げ、月に照らされた、かずさの顔を見た。


「今日は満月ね…。」


そう言ってかずさが天音に背を向け、歩き出した。

城に向かって…。




大きな満月が城とこの町を見下ろしていた。




************




「なぁ、シド知っとるか?満月の夜は、終わりの日なんやて。でも、またそこから始めるんや。月は再生を意味するんや。」


りんは何もない荒野で、満月を見上げた。

周りに建物はなく、ここからは月がよく見える。


「終わりと始まりか…。」


隣で座るシドも、同じように満月を見上げた。




――― この国の終わりと始まりを夢見て





************





「はぁはぁ。」


天音は町の入り口に向かって、走り出していた。無我夢中で…。


『もう夢は見たくないの。』

『全部…、偽りの世界なんだから。』



「はぁはぁ、ち…がう…。」


…わかっていた。



『私決めたんだ…信じるって…。』


「はぁはぁ…。」


『簡単にあきらめんなって!』




…行かなくちゃ…。




************







「天音…さようなら…。もう僕は泣かないよ…。」





青が中庭から満月を見上げ、ポツリとつぶやいた。






************




「長い1日だったな…。」


その頃、入り口にいた彼も、満月を見上げていた。


「はぁはぁ…。い…た…。」


天音が暗がりの中に紛れた、彼の姿を見つけた。


「おせーよ。」


そう言って、彼が笑った。

今は暗くたって見える。


「だって…。」


だって月が優しく照らしているから。


「もう満月が見えてるぞ。」

「だって…。」


天音は言葉が続かない。

さっきから同じ言葉を繰り返すばかりだ。


「待ちくたびれた。」


そう言って、彼がまた笑った。


「京司…。」


天音は愛しい彼の名をそっと呼んだ。


「ほら行くぞ。」


京司が手を差し出す。


「うん。」


天音はその手を強く握った。




************



「いつかこんな日が来る日が来る…。なんとなくわかっていたの…。」


皇后が力なくつぶやいた。


「皇后様…。」


士導長は何と声をかけたらいいのかわからない…。



「だってあの子は神なんかじゃない。ちゃんと心がある人間なんだから…。」




************







もう離さない…。この手を…。


                  





あの時そう誓ったのに………。








――― それは、終わりと始まりを告げる満月の夜。









誰も知らない。この先に待つ未来がどのような結末を迎えるのか…。








ただ一人を除いて……。











「…あなたに足りなかったものは勇気……。」









この先に待つ運命。


それはこの国の行く末。










ボッ




彼が煙草に火をつけた。







「プハー」






煙草の煙が満月の空へと昇っていった。




















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ