恐怖の前ぶれ
「ねぇ、じぃ…。」
その晩、士導長は、京司が回復してという知らせを聞いて、見舞いにと足を運んでいた。彼を見舞った後、皇后は士導長を呼び出し、2人だけ話しをし始めた。
「皇后様。よかったですね。天師教様が回復に向かって。」
そう言って士導長が嬉しそうに笑った。
「ええ…。」
しかし、皇后はなぜか腑に落ちない表情を見せた。
「どうかなさいましたか?」
士導長は思わず皇后に尋ねた。
何か気がかりな事でもあるのかと。
しかし、聞かなければよかったと後悔しても、もう遅い。
「あの子、好きな人がいるの…?」
「え…?」
「…そうなんでしょ?」
皇后が真剣な眼差しで、士導長に詰め寄った。
「…。」
しかし士導長は、固く口を閉ざす事しか出来ない。
「誰なの?あまね…って…。」
「ここで、その名を口にしてはいけません。」
士導長は、表情を強張らせそう口にした。
「え…?」
「天音は…。」
************
「どこにいったんだろう…。ピアス…。」
天音は、ベットの中で布団に包まりながら、ポツリとつぶやいた。
あれからずっと探し続けていたが、どこを探してもピアスは見つからなかった。
「あれは、私のお守りじゃなかったんだね……。」
じいちゃんは、お守りだと言っていたが、そうではなかった。失くしてしまったのは、まるでその事を、表しているかのように思えた。
それに、ただ天音が捨てられてた時に持っていただけで、あれがどこの誰の物なのかは、わからない…。
―――もう、私には必要ないんだ。
そう自分に言い聞かせ、天音はゆっくりと目を閉じた。
どうせ今日もまた、夢を見る…。
そんな事を考えながら…。
************
士導長は皇后の問い詰めに観念し、天音に関する事全てを話した。
「どうか…皇后様の胸の中に、閉まっておいて下さいませ。」
士導長はゆっくりと、静かに頭を下げた。
「…。」
皇后は黙って視線を落とした。
その話が皇后の顔を曇らせた事は、言うまでもない。
「じぃ、あなたは誰を妃にするつもりなの…?」
今聞いたその話が事実だとしたら、彼は一体誰を妃にするつもりなのだろうか…。
それは、天使教の未来に大きく関わる。
そしてもう一度、皇后がすがるような目で、士導長を見つめた。
************
時刻は深夜。日付が変わった頃。
上弦の月が暗闇を照らしていた。
ギー
簡単には開くはずのないその扉が、不気味な音を立てて開いた。
「なんで開けた?」
月斗は、なんのためらいもなくその扉をくぐり、部屋へと足を踏み入れた。
その部屋は、城の中でも禁断の部屋と呼ばれていて、限られた者しか足を踏み入れてはいけない場所。
しかし、鍵も持っていないのに、その扉は月斗を招き入れるかのように、開いた。
月斗は、今回は前のような失敗はしないよう、夜にこっそりとこの城に忍び込んだ。
何度か城に捕らわれた事のある月斗は、その度にこっそり牢を抜け出し、城の中を散策し、この場所を突き止めていたのだった。
「…あんただと思ったから…。」
青が冷たく答えた。
「…なんで、天師教のふりなんかしてんだ…。」
月斗は早速その事についてた尋ねた。
モタモタしている暇はない。
いつ誰に見つかるかも分からない彼に、時間はない。
「さあ?国を守るため?」
青は、どうでもよさそうに嘲笑いながら、そんな風に答えた。
誰がお前に真実を話すかと言わんばかりに。
「なんで、天音に会った…。」
彼が真面目に答える気がないのは、明らか。
すると、月斗は次の話題へと移った。
「…天音が、ぼくを見つけてくれたから。彼女はぼくの憧れだったんだ。」
「…アイツとどこで会った?」
「…あんたの知らない場所。」
暗がりの中で、青の冷たい声がその部屋に響いた。
「は?」
月斗は、青のその不可解な答えに、眉をひそめた。
「あんたのいない世界。」
「…アイツにもう関わるな。」
月斗は、その事をどうしても青に伝えたかった。
月斗は今も青が天音と関わる事を避けようとしていた。
「どうして、お前にそんな事言われなきゃいけないわけ…。」
青がさらに声を低くした。
「いいか、アイツは…。」
「天音は僕の光なんだ…。」
青は、月斗を黙らせるかのように、彼の言葉にかぶせて口を開く。
「お前は、ただ天師教の身代わりとして、ここにいるわけじゃないんだろう?」
月斗にはわかっていた。
青がこの城に留まり続けているのには、別の何か目的がある事を。
「ハハ。僕を哀れみにきたの?月斗?」
そう言って、青がまた、月斗をバカにしたように笑ってみせた。
青は始めから真面目に、月斗と話し合うつもりはさらさらないようだ。
「じゃあ、なんで俺を殺しに来ない…?」
しかし、月斗の鋭い視線は、真っすぐ青の方を向いたまま。
「フッ、それはあんたの事が、憎くて仕方ないからだよ…。」
青は、今までで一番冷たい声を出して、月斗を睨みつけた。
そしてベットの近くにあった呼び鈴を手に取った。
リーンリーン
それは、何かあった時に鳴らす、緊急用の鈴。
小さな鈴が、大きな音をたて、けたたましく鳴り響いた。
「何者だ!?」
その音を聞きつけた護衛の兵士が、青の部屋へとやって来た。
「コイツは反逆者の月斗だ。早く捕まえて。」
青が冷静に口を開いた。
「クッソ!てめー!」
四方を複数の兵士に塞がれ、月斗にはもう逃げ場はない。
「捕らえろー!!」
************
「天音。」
…え?
「生きろ。」
まただ…。また、この夢…。
天音は頭の中で理解をしていた。これは、以前も見た夢だと。
…この声は一体誰?
「お前は生きろ…。」
パッ
すると、場面は変わり、急に辺りが闇に包まれた。
「おかーさん!!!」
1人の少女が必死に叫んでいた。
そして、彼女は母親を探しているようだ。
…これは…私?
「嫌だ!!死なないで!!」
ボ―
…燃えてる…。
すると、少女の周りは瞬く間に、炎に包まれた。
「天音…生きて…。」
…そうだ…あの時燃えたんだ…。全部…。
「石を…さがして…。」
ボー
炎はますます強くなるばかり。
「やだー!!おかーさん!!」
…そうだ。私の家も、お母さんも全部燃えた…。
…そして、私は…?
************
その日の朝は、すがすがしい朝だった。
空は雲ひとつない晴天…。
せめて雨が降っていれば、何か変わったのだろうか?
「早く外に逃げるんだ!!」
朝一番、この時間に似つかわしくない程の忙しない足音が、城に響き渡っていた。
そこには、兵士達が慌ただしく城を駆け巡りながら、叫び回るという、奇妙な光景が広がっていた。
「なんで、火事なんかになるの!?」
そんな中、華子は慌てふためきながら、声を上げて叫んだ。
なぜこんな事になったのかと、怒りを露わにしながら…。
「ゲホゲホ。」
その横で、星羅は煙を吸って、苦しそうにせき込んでいる。
「星羅大丈夫?」
華子が心配そうにそんな星羅の肩を抱きながら、城の外へと歩を進めた。
☆
それは朝のすがすがしい時間の出来事。
その日の朝、城からは白い煙が立ち込めていた。
そして、広場には、騒ぎを聞きつけた人で、ごった返している。
「なんや…これ…。」
それは異様な光景だった。
どうやら、城から出火があったようで、人々がその煙から逃げるように、城の中から出て来ている。
そして、城は白い煙で覆われていた。
その光景にりんは、思わず目を見開いた。
また、その光景に唖然としているのは、りんだけではない。広場に集まった人々もみな、唖然と立ち尽くし、そして…
「城が燃えている…。」
「これは災いだ…。」
人々は、わけのわからない言葉を口にしたり、何かに怯えているような人もいる。
城が燃えている。
その異様な光景は、人々に、恐怖を植え付けているようだった。
「クスクスちがうよ。呪いだよ…。」
「え…?」
りんはその場に似つかわしくない楽しそうな声に、思わず振り返る。
そして、そこに居たみるかが、楽しそうに笑っていた。
************
カツカツ
地下にあるこの場所には、煙はまだ届いてない。
「燃えてるわよ。」
地下の牢屋には、昨日捕らえられたばかりの月斗が、鉄格子に背を向けて、寝転んでいた。
「あっそ。」
月斗は全く体制を変えず、口だけ動かし、そっけない態度で返した。
「死ぬわよ。」
かずさが、その背中に話しかけるが、月斗は全く興味を示そうとせず、どうでもいいようだ。
「俺は死なねー。」
月斗はそう吐き捨てたが、やはり、こちらを向く事はない。
************
「クッソ!!恐怖心植え付けつけよって!!」
そう言いながら、りんは人ごみを掻き分け、城の目の前まで走り出した。
「りん!!」
その時、城の中から走って出てきた華子が、りんに駆け寄った。
「華子?大丈夫か?」
「いないの!!天音がいないの!!」
華子が必死の形相で、りんの腕を掴んだ。
「え…?」
「朝、部屋にいなかったの。でも、部屋の周り探しても、どこにも…いなくて…。もしかして、まだ…城の中に…。」
華子はひどく動揺しながらも、何とかりんにその状況を説明する。
「はぁはぁ、広場にもいなかった…。」
広場を探していたであろう星羅が、華子の元へと駆け寄ってきた。天音はやはり、広場にもいないようだ。
となれば、考えられるのは、城の中。
普段は冷静な星羅の額には、汗が光っていた。
************
「これは、夢…?」
天音がそっと目を開けた。
「違う、夢…じゃない…。」
ボー
今はしっかりと開いている天音の目には、遠くに赤い炎が確かに映っていた。
「燃えてる…。」
天音は、なぜか中庭の池の前で横たわって、眠っていたようだ。
部屋で寝ていたはずなのに、なぜこんな場所にいるのか…。それは、天音にもわからなからず、ただその光景をぼんやりと眺めていた。
************
「おっさん!!」
りんは辰を見つけて、思わず駆け寄る。
今、頼れるのは城の兵士である辰だけだ。
「どうした?」
りんの焦った様子に、辰はただ事ではない事を瞬時に感じ取った。
「天音がおらん!!」
「何?」
りんの言い放った言葉に、辰が眉間にしわを寄せた。
「まだ、城の中におるかもしれん…。」
りんが神妙な面持ちで辰を見た。
************
「ゲホゲホ。」
天音は辺りに立ち込める煙にむせていた。
…息が苦しい…。
何とかしてここから出なければ。と思ってみたものの、前に進みたくても煙が行く手を阻む。
「…十字架のピアス…なくしたからだ…。」
なぜかわからないが、まるで独り言のように、そんな事をつぶやいた。
自分が今こんな目にあっているのは、そのせいだと…。
遠くには炎をが見える。
その炎は徐々に近づいてくるかのように、天音の目には映っていた。まるで、天音を追ってくるように…。
「あの時と同じだ…。そっか…。」
そう言って、天音は床にひざをついた。
「もう、終わりにしていい?」
何かを諦めたように…。
************
「見たいの……未来を……。」
かずさが小さくつぶやいた。
************
「何やってんだよ!!」
その時、誰かが天音の腕を掴んだ。
「…きょう…じ…?」
天音はもうろうとした意識の中で、そこに現れた京司の顔を見上げた。
「何してんだよ!!外に出るぞ!」
京司は、そう言って彼女の腕を引っ張り上げ、天音を立たせ、肩を抱いた。
そして、2人で外に向かって歩き始めた。
「もう、無理だよ…。」
しかし、天音の足には全く力が入っていなく、目はうつろで、焦点が合っていない。
「何言ってんだよ!!お前が教えてくれたんだろう!簡単に諦めんなって!」
それでも京司は、決して諦める事なく、煙の中を進んで行く。
「もうすぐだから!」
「ねえ、京司…、私…。」
天音の目は、何かをを見ているようで、見ていない。
「あの時死んでた方がよかったのかな…?」
「え…?」
死という言葉に、思わず京司は足を止めた。
「私はここに居るべきじゃないんだよ…。」
ポタ
天音の目からは、涙が次から次へと地面へこぼれ落ちた。
「お前…何言ってんだよ…。」
京司は、足を止めたまま、虚ろな天音を見つめた。
――― どうしてこうなった?
彼女は言っていたじゃないか。
もう一度妃になり、村を作ると。
自分に希望を教えてくれたのは、彼女なのに…。
ズキッ
「くっ…。」
その瞬間、あの時刺された傷が痛み、京司は顔を歪めた。
まだ京司のその傷は、完全には治りきっていなかった。
「…京司?」
天音も、その苦しそうな彼の声を耳にし、思わず彼を見た。
「何でもねーよ。行くぞ!」
「え…。」
そう言って、京司は天音の肩を抱いたまま、また歩きだした。
「何らしくない事言ってんだよ!言っただろ…。」
「天音!」
その時、天音を呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は辰。城の中を探しに来た辰が、天音達を運よく見つけ出したのだ。
「大丈夫か!」
辰が2人に駆け寄った。
「ちょうどよかった。」
京司はそう言って、天音の体を辰に預けた。
そして、自分は力が抜けたように、その場にしゃがみこんだ。
「おい!大丈夫か?」
京司の額には汗が光っている。
「大丈夫。俺は1人で行ける。天音をたのむ。」
「…本当に大丈夫なのか?まだ傷が…。」
「大丈夫だって。ホラ、それより天音だろ。」
「…わかった。」
辰は、京司の苦しそうな様子が気になったが、今はそれよりも、天音を外に連れ出す事が、優先だと考えた。
なぜなら天音は、いつの間にか気を失っていた。もう自力では、外に行く事ができない。
辰はそんな天音を抱え、出口へと走った。
「ハハ。俺…けっこう、無様だな…。」
そう言って、ひとり残された京司は、小さく笑った。
************
「天音!!」
辰が天音を抱えて城から出ると、そんな彼等を見つけた華子が、すぐ様駆け寄った。
「大丈夫だ。大きなケガはないようだ。」
辰が華子の心配そうな顔を見て、安心せるようにそう言った。
「よかった…。」
華子はその言葉に安堵の表情を浮かべた。
「ん…。」
その時、天音が意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。
「辰…さん…?」
天音は、目の前で、心配そうに自分を見下ろしている辰の顔を見て、彼の名を呼んだ。
「天音!どこ行ってたのよ!」
そんな辰の隣では、華子が顔を赤らめ怒りながら、大きな声を上げた。
「か…こ…?」
天音はその声の方へと、首を少し動かし、そこに居る華子の顔を認識した。
しかし、まだ天音の意識はもうろうとしていて、なぜ、華子がこんなにも怒っているのか、わからない。
「…何してたの?」
今度は冷静な星羅が、天音にそっと尋ねた。
「星羅…。」
天音は、星羅に問われた問いに答えようと、何とか脳をフル回転させた。
…何をしてた…?
…私は…私は……まだ生きてる……?
「これは、現実…?」
そして、虚ろな表情で天音がつぶやいた。
「天音?」
その言葉に、思わずりんは眉をひそめた。
「天音?火事があったんだよ。城の中、燃えてたでしょ?」
華子がまだ頭がハッキリとしていない天音の様子を察し、まるで、子供に説明する母親のように、優しく天音に話しかける。
「燃える…。」
「天音…?」
焦点の定まらない目の天音に、思わず辰も顔をしかめた。
************
「天師教!!どこに行ってたのです!」
城の裏手には、この城の関係者達が集まっていた。
もちろん民に、その姿を見せないために。
皇后は京司の姿が見えず、気が気でなかった。
しかし、フラッと京司はそこに姿を現した。
「ゲホゲホ。」
京司が咳込んだ。
「天師教、ケガは?」
皇后は、京司の元にかけよった。
「大丈夫です。」
「まだ、傷も治ってないのに、何をしてたの?」
心配そうな声で皇后が問いかけた。
この所の騒動で、皇后の心配症には拍車がかかってしまっていたようだ。
「…すみません。」
しかし、京司はそれ以上は、何も話そうとはしなかった。
どこで、何をしていたのかも…。
…傷なんかよりも、ずっと痛かった…。
…彼女の何もかも諦めたようなあの瞳が、胸に突き刺さった。
************
「天音」
その時、天音を呼ぶ声が聞こえ、その声の方へ天音は視線を移した。
「せ…い…?」
そこには、天音達のすぐ側までやってきた人物が2人。1人は深くフードを被って顔を隠している青だった。
顔はよく見えないが、彼のその青い目は、かろうじて天音からは見える。
「死にたかった?」
そして、その言葉を発したのは、青の隣にいたもう1人の人物、かずさだった。
「え…?」
その言葉を聞いて、りんは眉間にしわを寄せた。
何がどうなったら、そんな単語がこの場に出てくるのか、りんにはサッパリだ。
「まだ、夢を見ていたいの?」
そして、今度は青が笑いかける事もなく、無表情のまま、その言葉を吐いた。
それは今まで天音が見てきた青とは、まるで別人のような冷たい表情で。
「ちがうよ…。」
そして、天音は俯いたまま、小さくつぶやくと…
「夢なんかじゃないよ!」
今度は声を張り上げ、大きく目を見開き、青をじっと見た。
「そうだよ。私を助けてくれたのは…きょうじは?」
天音は、やっと意識がはっきりしてきたのか、いつも通りの口調に戻り、ハッキリとその名を口にした。
「え…?」
今度は星羅が思わず声を漏らし、辰もまた、顔をしかめた。そう天音が口にしたその名前は、この場にはいない彼の名前。どうして、ここで彼の名が出てきたのか、星羅には見当もつかない。
「ねぇ、きょうじはどこ?」
天音は周りに構う事なく、彼の名を呼び、キョロキョロしながら、周囲を見渡した。
しかし、どこにも彼の姿は見えず、天音は困惑の表情を浮かべ、取り乱し始めた。
その異様な光景に、そこに居る誰もが息を飲んだ。
「京司―――!!どこーー!」
天音はしまいには、大声で彼の名を叫びだし、その叫びは広場中にこだました。
――― しかし、その声はもう、彼には届かない。
「…天音…。」
辰は天音のその姿に、落胆せざるをえなかった。
☆
すぐ様天音は念のため、救護室に連れていかれた。
外傷はないものの、誰が見ても彼女の様子は、おかしかった。
そして、そこに残された者達は、ただ困惑していた。
「何なのあれは?」
「華子…。」
華子は何がなんだかわからず、イライラが止まらない様子だ。
それをなだめるように、りんが彼女の名を呼んだ。
「星羅、早くした方がいいんじゃない?」
すると、そんな華子を無視して、かずさはいつも通り、冷静に星羅に向かって言葉を投げかけた。
「なんで、あなたに…。」
「火がついたら、燃え尽きるのは早いわよ。」
「…。」
星羅はその言葉に反論する事はてまきなかった。
「なぜだ…。」
そして、辰が奥歯を噛み締めた後、小さく言葉を発した。
天音を助けたのは、確かに京司だった。それは辰だけが知っている事実。
しかし、天音にとって、彼がこんな大きな存在になっていたなんて…。
それは、辰も全く予想のしていなかった事態。
「こんな未来は想像してなかった?」
かずさが無表情を崩す事なく、今度は辰の方を見た。
「天音…ふり返ってはダメなんだよ。」
すると今度は、城の方をじっと見つめる青が口を開いた。
そう、それは、そこにいない彼女へと向けた言葉。
「ふりかえる?」
青のその言葉を聞いていた星羅が、その言葉に疑問を投げかけた。
なぜ、ここに居ない彼女に向かっての言葉を、今彼が口にしたのか、星羅には理解出来ない。
「そこに未来はないんだから…。」
一歩踏み外したらそこは地獄…。
足下を見た方がいいのか?
見ない方がいいのか?
それは君が決めるんだよ…。
************
「主に妃候補の部屋の方からの出火かと…。」
消火活動は無事終わり、夕方には何とか、城の中に足を踏み入れられるようになっていた。
どうやら、被害が大きかったのは、妃候補の部屋があった辺り。しかし、その他の場所は、幸い大きな被害はでなく、妃候補の部屋以外は、以前と同じように使用できるようだった。
そして、火事についての報告会が、すぐ様城で行われていた。
「どうやら、放火のようですな。」
「…。」
士官が言ったその言葉に、老中は固く口を閉じたまま、うんともすんとも言わない。
「いよいよ物騒になってまいりましたね。」
その沈黙に耐えきれず、痺れを切らした士官が、また小さくつぶやいた。
************
「災いだ…。」
「天師教様、お助けを。」
町は未だ混乱していた。
城が燃えたという恐怖心は、しっかりと民衆達へ植え付けられ、その恐怖心は簡単には消えなかった。
ーーー神話の世界は終わった…。
天師教の力だけでは平和は保てない。
この火事は、それを、まるで予言しているかのようだった。
「天師教が何してくれるんや…。」
りんはそんな町民達の様子を見て、その言葉を小さく吐き捨てた。
************
「夢は終わった…。天師教が神の世界はもう終わるよ…。京司。」
青が1人いつもの部屋の中でつぶやいた。
「君は、もう必要ない。そしてぼくも……消える……。」
************
「やっぱりここにいたか…。」
辰は天音に会いに救護室へ行ったが、そこに天音は、もういなかった。
天音がいたのは、いつものジャンヌの墓の前だった。
「帰ろう。」
「どこに?」
天音が間髪いれずに口を開いた。
「…。」
その瞳は黒く淀んでいて、もう何も映そうとしない。
「全部燃えた…。家も、家族も、私には何にもない。」
「天音…お前…。」
辰はその言葉を聞いて、大きく目を見開いた。
…まさか、天音は思い出したのか…?
「全部…失くなった…。何の意味もない…。ここに居る事も。」
「天音…。」
辰は悲痛な声で彼女を呼ぶ。
しかし、その声は、天音には届かない。
「ねえ、…お母さん。お母さんは言ったよね。石を探せって。」
「あま…ね…。」
辰は確信した。
天音は過去を思い出したのだ。
なぜなら、彼女がジャンヌに向かって、お母さんと呼びかけたのは、これが初めてなのだから。
「でも、石なんてあったって、何の意味もないんだよ。失くしたものは、もう戻らない…。」
「な…。」
しかし、辰は言葉を失うしかなかった。
…なぜこうなった…。
「こんな世界もうどうだっていい!!」
天音が突然叫び声を上げた。
そして天音の目から、涙があふれた。
「全部…、偽りの世界なんだから。」
涙が地面を濡らしていく。
「ちがう。」
すると、そんな彼女を見かねた辰が天音に寄り添う。
「じゃあ、何を信じればいいの?誰も人なんか信じてないんだよ。ただすがってるだけ。助けてもらったら、捨てられるだけ…。」
天音の瞳は悲しみに濡れていた。
彼女は過去を思い出し、全てに対して投げやりになってしまった。
こんな事なら、思い出さなかった方がよかったのか…。
しかし、そう思っても、もう遅い。
時間は巻き戻す事はできないのだから。
「天音。目を覚ませ。」
辰の悲痛な瞳が天音に訴えかける。
全てに投げやりになっては、もともこうもない。
「だって、お母さんは、魔女にされて殺されたんだよ!」
涙で溢れる目が、辰をじっと見つめた。
あの日と同じように…。
「天音…。」
すると、天音は立ち上がって、辰に背を向けた。
「…帰るのか?」
辰がその言葉を彼女の背へと投げかけた。
しかし、その背中が全てを語っていた。
「私の居場所は、もう燃えちゃったね…。」
どこへ帰れというのだろう。
もう、この町に居場所などないのに…。
************
妃候補達は、大広間の部屋に集められ、しばらくはそこで生活する事となった。
もちろんこの状態では、修行どころではない。落ち着くまで、授業はなくなった。
その晩。皆が寝静まった頃。
「…。」
天音は窓の外の月を見上げていた。
「眠れないの?」
星羅がそっと天音に話しかけた。
「…寝たくないの…。」
「どうして?」
「寝たら夢を見るから。」
…天音の目は、なぜこんなに濁ってしまったのだろう…。
それは、星羅にも明らかだった。
あの火事の時、一体彼女に何があったのか、それは星羅には分からない。
「もう夢を見たくない…。」
彼女のその言葉からは、なんの生気も感じられない。
彼女は、何もかも諦めたようだった。妃になる事も、生きる事も…。
「…だから人は夢を忘れるのよ。」
星羅も天音と同じように、月を見上げた。
「寝ないと体に悪いわよ。」
「…。」
しかし、天音はこっちを見ない。月を見つめたまま。
「…おやすみ。」
星羅は、そんな言葉を彼女にかける事しかできなかった。
今は、何を言っても無駄。
それを分かっていたから。
************
―――数日後
「町、いえ国が混乱し始めています。各地で小さな反乱が、いくつも起きております。」
士官が現状を報告し始めた。
国の混乱が見え始め、国の重鎮達は、対策を話し合うために集まっていた。
「天師教様には、何の力もないのではないかと…。」
「当たってるな。」
京司はまるで他人事のように、そう言い捨てた。
「この国を潰すおつもりか?」
すると、やはりここで老中が低い声で一喝した。
「あなたの父上と、その祖先が守ってきたこの国を。」
老中が投げやりな京司を、じっと見つめる。
その視線は、そんな事は許されないと訴えかけていた。
「…。」
京司は、その目線から目をそらす事しか出来ない。
「石をお探し下さい。」
「え…。」
すると、老中はここぞとばかりに口を開いた。
ここでその言葉を聞くとは、思ってもみなかった京司は、思わず声を漏らした。
「昔、この国には、1つの石がありました。この国を守る力が宿った石でございます。」
老中は初めて奇跡の石の事を、京司の前で口にしたのだ。
やはり彼らは石の存在を知っていた。
そして、その石を欲している事は、ヒシヒシと京司に伝わってくる。
「やっと本音が出たな。」
そして、京司が顔を伏せたまま、ポツリとつぶやいた。
やはり、彼らが手に入れたいのは、石。
そう、京司は、石を手に入れるための、道具でしかないのだ。
************
『…すけて…助けて!!誰か助けて!!』
ガバッ
青は思わず飛び起きた。
彼の額からは、汗がしたたり落ちた。
「天音…。」
これは夢…?
いや夢じゃないこれは現実にあった叫び…。
青は額の嫌な汗をぬぐった手を、強く握りしめた。
************
「…なんで…。」
京司は、火事で燃えた場所に1人で来ていた。
そこはテープが張られ、立ち入り禁止となっていて、
辺りは、燃えつきた灰しか残っていない。
「くやしいんでしょ?自分の城が燃やされて。」
こんな場所に立ち入る者なんて、いないと思っていたのに、いつの間にか京司の隣には、かずさが立っていた。
「くやしい?」
かずさの口にしたその言葉を反芻した京司は、眉をひそめた。
「ちがうの?」
「…この城は別に俺の物じゃない。」
「何言ってるの?あなた天師教でしょ?」
かずさが、少し強めの口調で、珍しく彼に突っかかっていった。
何がそんなに気に入らないのか、京司には分からない。
「どうして、天音を助けに行ったの?」
更に畳み掛けるように、かずさが尋ねた。
やはり彼女は、まるでその場にいたかのように、全てを知っていた。
見てもいないはずなのに…。
しかし、京司はその事には、深く突っ込む事はしなかった。
聞いたところで、彼女が簡単に答えるとは、とうてい思えない。
「…アイツの声が聞こえた気がした。」
「…彼女、死んだ方が幸せだったかもしれない…。」
かずさはどこか寂し気な目を、遠くへと移した。
その目に映るのは、ただの灰色。
「バカ言うなよ。死んで幸せな奴なんていねーよ。」
京司は真っすぐと前を見ていた。
そして、かずさも真っ直ぐと京司を見据えた。
「じゃあ、今日が地球最後の日だとしても、彼女を助けた?」
ザ―
外から吹き込んだ風で灰が舞う。
まるでそこだけが、灰色の世界。
「当たり前だろ。」
彼の目はどこまでも、真っすぐだった。




