光ある所に影がある
死なせて…
大切な人がいないこの世界では
生きていけないから…
************
「医者を呼べ―!!」
辺りは、騒然としていた。
京司はすぐ様担架に乗せられ、上の階にある医務室へと運ばれた。
「天師教…。」
皇后はその光景を目にし、腰から崩れ落ちる。
「皇后様下がってください!」
士官がこれ以上困惑する皇后を、天使教の元へと近づけさせぬために、彼女の行く手を阻む。
「京司…。」
そして皇后の震える唇は、小さくその名をつぶやいた。
************
「おっかしーな?どこで落としたんだろう?」
天音は、ピアスが無くなってしまった事に気が付いてから、部屋の中をくまなく探していた。
「もー。大事なピアスなんでしょ。」
華子も呆れながら、探すのを手伝ってくれていた。
しかし、ピアスはどこにも見当たらない。
「うん…。やっぱ、部屋じゃないのかな?ちょっと私、外探して。」
天音はそう言って、部屋のドアノブに手をかけた。
ガチャ
その瞬間突然、部屋の扉が開いた。
「うわ!」
天音が力を入れる前に扉が開いたので、天音はドアノブに体を持っていかれそうになった。
「外には出るな。」
その扉を開けたのはもちろん天音ではなく、外に居た兵士だった。
「へ?」
天音はその兵士が放った言葉に、ポカンと口を開け、首を傾げた。
「部屋で待機していろ。」
バタン
そう言われて扉が勢いよく閉められた。
「もうすぐ、夕食なのに何かあったのかな?」
華子は呑気にそう言って、椅子へと腰を下ろした。
「でも…星羅いないよ?」
天音は気がついていた。
星羅が部屋にまだ帰って来ていない事に…。
************
「はぁはぁ。」
星羅は知らずのうちに、駆け出していた。
…この感じ前にもあった。
彼女は予期していた…。
昨夜星を見上げた時に、今日何かが起こる事を感じていた。
それは彼女の使教徒としての能力。
星羅がめったに使わない能力。
「どこへ行くの?」
そこに現れたかずさが、星羅の行く手を阻むように、彼女の前に立ちふさがった。
この先には、行っては行けないと言わんばかりに。
「はぁ、はぁ、」
星羅は息を切らしていて、言葉を上手く吐く事ができない。
そんなにも無我夢中な彼女の姿を、誰が見た事があるのだろう。
「もう、いいの?」
かずさがいつにも増して、低い声を出した。
その時、星羅の目には遠くの方に人だかりが見えた
。
「きょ!んぐ!」
かずさの右手が突然、星羅の口を塞いだ。
「その名を呼ぶの?」
かずさのその手は、氷のように冷たい。
「んー!なして!」
星羅はその手を力ずくで、振り払った。
「何があったの…。」
星羅は、一旦呼吸を落ち着かせて、今度は取り乱さぬように、自分を抑え、震える声でかずさに尋ねた。
「…前に言ったわよね。天師教に会ったその後は?」
しかし、かずさは、星羅の問いには簡単には答えるつもりはないようだ。
そして、かずさの冷酷な視線が、尚も星羅に突き刺さる。
「…。」
「すぐにわかるわよ…。」
そう言ってかずさは、星羅に背を向けた。
…わかっている…。私がこの先に足を踏み入れる事はできない。それをしてしまったら、全て終わる。せっかくここまで来たのに…。
「京司……。」
星羅は、その場を引き返し、小さくその名を呼ぶ事しかできなった。
************
「目を開けて―!!」
皇后が悲痛に叫んだ。
京司は、すぐ様医者が処置を始めたが、意識が戻る事はない。
「あなたも、あの人の所へ行くの?」
皇后のその唇は真っ青で、震えている。
しかし、彼は何も答えない…。
電発塔の時とは、訳が違う。あの大量の出血。そして青白い彼の顔色。
その光景を目の当たりにした皇后は、冷静ないつもの自分を保ってはいられなかった。
「これは、私への…罰なの…?」
皇后は、その場で泣き崩れた。
「皇后様、天師教様はお優しい方です、そのような事はありません。絶対に。」
騒ぎを聞きつけやって来た士導長は、皇后に寄り添った。
…絶対にそんな事はあってはならない…。
士導長も、信じられないその光景に、目を疑いたくなった。
しかし今は信じるしかなかった。
京司の生命力を。
☆
笑いものだな…。
どこの誰かもわからないような奴に、刺されて死ぬなんて…。
俺が死んだら、青が俺の代わりになるのか…。
************
「やっぱり、探してくる!!」
天音は何が起こったのかわからないまま、部屋で悶々と過ごしていたが、突然立ち上がり、そう叫んだ。
彼女も、何故か胸騒ぎがして、居ても立っても居られなくなったのだ。
それは失くしてしまったピアスのせいか、それとも…。
「え、ちょっと!」
華子は、さすがにそれはマズイと思い、天音を止めようとした。
しかし、華子の忠告を聞くより前に、天音は扉の外をこっそり覗いた。
どいやら、今は外には誰もいない。
まるで何事もなかったように、辺りは静まり返っていた。
「大丈夫。もう兵士の人もいないし。」
そう言って天音が華子に笑いかけた。
************
「な…。天師教様が刺された…?」
辰が町に見回りに出ている間に、その事件は起こった。
城に帰ってきた辰は、他の兵士からその報告を聞き、言葉を失った。
「ああ。捕らえた反乱軍の1人が、脱走したらしい。もちろん、その男はまた捕まえたけどな。」
「天師教様は…?」
…まさか…。
最悪の事態が、辰の頭の中をよぎった。
「無事に決まってんだろう。天師教様なんだから。」
その兵士は、当たり前のようにそう言った。
ーーー天使教が死ぬなんてあり得ない。
この城の兵士もまた、民衆と同じ…。
天使教は神、不死身の存在だと疑う事はない。
もちろんその情報は、老中が流したもの。
例え兵士だとしても、天使教が瀕死状態だなんて、口が裂けても言えるはずはなかった。
しかし辰は違った。
…その情報は確かなものなのか!?
辰は顔をしかめたまま、その場に立ち尽くした。
************
俺は結局、何にもできなかったな。
俺が死んでも誰も悲しまないか…。
『そんな風に思ってるから周りに人がいなくなるんだよ。』
え…?
『じゃあ、私に言ってよ。』
「さみしい…。」
☆
「やっぱないなー。」
天音は華子の忠告を無視して、池のある中庭まで来て、ピアスを探していた。
不思議なことに、部屋を出てからは、誰とも会わずにここまで来る事が出来た。
そして、この場所は、もう綺麗に片づけられていて、もちろん誰もいなく、静まり返っていた。
まるで何事もなかったように…。
「どこで落としたんだろう?」
天音は、ピアスを探す事に必死になっていた。
いつの間にか、あのピアスは、天音の一部のようなものになっていた。
そんな自分の一部を、失くしてしまった天音には、なぜかわからないが、不安が押し寄せてきていた。そして、そんな不安を払拭するかのように、無我夢中で探し続けていたのだ。
…まね……あまね…。
「え…?」
天音は誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り返った。
フッ
「あれ?京司!いつからいた?」
天音が嬉しそうに声を弾ませ、笑みをこぼした。
なぜなら、そこには、久しぶりに会う京司がいたからだ。
「え…天音…?」
京司は眉をひそめた。
…なんで…またここに居るんだ…?
そう、ここは確かに自分が刺されて、倒れていた場所。
それなのに、今は何事もなかったように、天音がそこにいる。
何が起こっているのか?
なぜ、自分がここにいるのか?
京司には、分からない事だらけだった。
…まさか夢?
そんな考えさえも、彼の頭に浮かび上がってきていた。
「どうしたの?そんな怖い顔して。何してたの?」
しかし、天音は、いつもの笑顔で京司に問いかける。
何事もなかったかのように。
「ああ…。鯉にえさ…。」
京司はこれが現実なのか、夢なのかわからないまま、とっさにそんな事を口にした。
「コイに…?」
天音はきょとんとした顔で京司を見た。
「天音…。俺の代わりに餌やっといてくれ。」
「え?」
「俺…もう行かなきゃ…。」
すると、京司の顔が儚げに歪んだ。
「どこに…?」
まるで消えてしまいそうな、京司の儚げな表情に、天音は、なぜか不安に駆られ、そんな事を口にした。
「鯉もさみしかったら、死ぬのかな…。」
京司がまた、ポツリとつぶやいた。
「どうしたの?何かあった?」
天音は思わず、京司の顔を覗き込んだ。今にもどこかへ行ってしまいそうな彼を、放っておけるわけがない。
だって彼は…。
「いや、何でもない…。お前は?久しぶりだもんな。元気だったか?」
しかし、京司は何かを誤魔化すように、話をそらした。
「私ね…。奇跡の石、見つけるんだ。」
「え…。」
天音から発せられたのは、京司の想像もしてなかった言葉だった。なぜ急に天音がそんな事を言い出したのか、京司には見当もつかない。
「…それから、村なくなっちゃった…。」
天音は、京司と離れていた間の事を、ポツリポツリと言葉にした。
…やっぱり、あの村はない…。
それは、京司の危惧した通り。
天音の村はもうない…。
「…。」
そんな彼女の落胆した表情に、京司は何と声をかけていいのか、わからなかった。
彼女にとっては、村が全て。
それは、京司もよくわかっていた。
彼女の妃になる理由だって、村のためだったはずだ。なのに…。
「でも、また作るよ!」
しかし、そう言って天音は顔を上げ、また京司の方を真っすぐと見た。
「妃になって、また村を作るよ。」
そう言って彼女は少し、苦しそうに笑った。
少し離れていた間に、彼女はどれだけ辛い思いをしたのだろうか…。
天音のその表情が、それを物語っていた。
「私決めたんだ…信じるって…。」
「…何を……?」
その苦し気な表情を消した天音は、今度はゆっくりと目を閉じ、噛みしめるように、言葉を紡いだ。
…やっぱり君は…。
「自分…。」
…俺にはまぶしすぎる…。
京司は目を大きく見開いて、天音の真っすぐな瞳を見つめた。
「自分の可能性を信じるって…。」
天音もまた、その強い瞳を京司に向けていた。
ザ―
…今夜は夜風がなんだか心地いい。
「天音…。」
「ん?」
「俺にも何かできる事あるのかな…。」
…誰かに言って欲しかったんだ…。
「あるよ。」
…そして君は真っすぐ俺を見てそう言う。
「…俺言いたいんだ…。」
「何を?」
そろそろ月が顔を出す時間。
「この国が好きだって。」
…ずっと言いたかった。誰かに聞いて欲しかった。
「…言えるようになるよ。」
君のその瞳に迷いなんてない。その力強い瞳に吸い込まれそうになる。
「天音がいてくれれば。言えそうな気がする。」
「じゃあ、みんなが京司の敵になっても、私は京司を信じるよ。」
「…ありがとう…。」
その笑顔が今日も輝いていた。
…その言葉が聞けただけで十分だ……。
「あ、そうだ。もう鯉いなくなっちゃったんだよ。」
そう言って天音は池を覗きこんだ。
それほ、初めてこの池に来た時と同じように。
そう、天音もここへ今日やって来て気がついていた。
この池には、なぜか鯉の姿が全く見えなくなっていた。
城を出る前には、確かに沢山いたはずなのに…。
ピチャ
するとその時、もう鯉はいなくなったと思っていた池に、一匹の鯉が現れ、勢いよく水面を蹴った。
「あれ!なんだまだ一匹の残ってたんだ。きっと隠れてたんだ。ね、京司!」
シーン
天音が顔を上げて振り返ると、そこに彼の姿はなかった。
「あれ?京司?」
天音の頭上には、月がそっと輝いていた。
************
天音は兵士に見つかる事なく、部屋に戻ると、いつの間にか星羅は部屋に帰っていた。
そして、天音が部屋に戻ってすぐに、夕食に呼ばれた。
その日の夕食は、いつもより3時間も遅かった。
いつも星羅は静かだけど、その日の彼女は、いつもとちょっと違った。
それに、全然夕食に手をつけようとはしなかった。
「…。」
************
次の日
民衆達は、再びあの広場に集められていた。
「今日は死刑の日だよな…。」
「だって、城からの命令じゃ、行かないわけ行かないだろう…。」
その目的は、昨日の通達のとおり、反乱者の死刑のため。
「何なんや?こんな強制的に集めさせて、見せしめかいなー。」
りんも仕方なく、広場に足を運んでいた。
そう、これは見せしめ。
人々は半ば強制的に、広場まで来るように兵士に促されていた。
国に逆らったものに、命はない。
それを見せしめるために。
カツカツ
1人の兵士がバルコニーに立った。
そしてその横には、手錠をされた男が1人。
「この者は天師教様を殺そうとし、襲った反逆者だ!」
「え…?」
広場に集まっている人々が動揺し、辺りは騒然とするなる。
「しかし天師教様は不死身だ!」
カツカツカツ
「我は不死身だ…。」
そこに現れた男が、マイクに向かって話し始めた。
彼の顔には今日も布がかかっていて、顔は確認できない。
ワ~
その瞬間歓声に広場がわいた。
「な…。」
その歓声の中、1人、りんは言葉を失った。
「天師教様ばんざーい!」
…あれは…京司やない?
『青は天使教の影武者よ』
「アイツ…か…?」
りんは震えた声でつぶやいた。
その背格好も声も、どう見ても彼は京司ではない。
「どこ…。」
「星羅…?」
すると、民衆の声に紛れ、か細く弱々しい声が、りんの耳に聞こえてきた。
りんが辺りを見回すと、目に飛び込んで来たのは、膝から崩れ落ちていた星羅だった。
りんは、そんな星羅を見つけて、思わず駆け寄った。
彼女の様子は明らかにおかしい。
「星羅!」
りんはそんな星羅の肩を抱いた。
「きょうじは…どこ…。」
「くっそ!!」
立つ気力もない星羅の横で、りんは悔しそうに、奥歯を噛みしめた。
「くっ。うっ。」
星羅の目には涙が溜まって、今にもこぼれ落ちそうだ。
「民はだませても…。」
りんが低い声でつぶやいた。
「この者を処刑するー!」
そして、それと同時に、兵士の声が高らかに、広場に響き渡った。
「わいらは、だませへん…。」
そして、りんのその声は、大きな歓声にかき消された。
************
「はぁ、はぁ、はぁ、」
天音は駆け出していた。
天音も先程の天使教の言葉を聞いていた。
そして、すぐにわかった。
あれは、青だと…。
その声を聞いた瞬間、天音は城へと走っていた。
「青!」
そして自然と青を探していた。
『…青は天師教の身代わりだから、城に閉じ込められてるの?』
「待ちなさい。」
パシ
誰かが天音の腕を掴んだ。
「言ったでしょ。青にはもう簡単には会えない。」
「はぁ、はぁ、かずさ…。」
かずさの冷たい手が、天音を捕えて離そうとしない。
「月の印超えるの?」
そして、その厳しい視線も天音を捕らえたまま。
「はぁはぁ…。」
天音の息づかいだけが城の中に響いている。
「…天師教さんは?」
なんとか息を整えて、天音はその名を口にした。
「…演説見てなかったの?」
「だってあれは、青でしょ?」
青は天師教じゃない…。
天音はその事をよく知っている。
それは目の前にいるかずさが、天音にその事実を話していたから。
…じゃあ、ホンモノは?
「天師教さんは…生きてるよね…?」
天使教は確かにあの反乱者に襲われた。
でなければ、青があそこに立つはずはない。
天音にも、その事は容易に想像できた。
彼が本当に生きているのなら、なぜそこに彼はいないのか…。
その答えは簡単。
そして天音は、なぜか一度も会った事のない、天使教の身を案じていた。
************
「京司…。」
皇后は未だ目を閉じたままの京司を見つめ、手を強く握っていた。
容体は安定したものの、彼が目覚める事は未だない。
「お願い目を覚まして。」
そんな悲痛な皇后の問いに、彼が答える事はない。
「お願い…。」
皇后がその手を額へと当て、目を固く閉じた。
そんな状況に、皇后はただ願う事しか出来ない。
「…ま…ね…。」
その時、京司の口が言葉を発した。
「え…?」
皇后は思わず目を大きく見開き、彼の口元を見た。
「あ…ま………ね………。」
「え?」
「ん…。」
すると京司が目をゆっくりと開けた。
そして、その目が自分を見つめる皇后を捕らえた。
「母上…?」
京司は、心配そうに自分を見つめる母に、声をかけた。
「て、天使教!よかったー。」
そう言って皇后は京司を強く抱きしめた。
************
「天師教が死んだら、また次の天師教が立つ…。」
かずさが、低い声でつぶやいた。
「え…?」
「変わりはまた探せばいい。」
「変わり…。」
天音は、そのかずさの冷酷な声に恐怖さえ感じた。
「そう…次は青…。」
天使教が死ぬなんて事は、この国ではありえない。
なぜなら、天使教は神。神が死ぬなんて事はあってはならない。
そうやってこの国は、民衆を簡単に騙していく。
「そんなの…、そんなのおかしいよ!!」
天音は思わず叫んだ。
「おかしい?それがこの国のやり方よ。」
尚も、かずさの冷たい視線が天音を真っすぐ見つめる。
「じゃあ、今の天師教さんが死んだら、誰が悲しむの?」
「…。」
天音は恐る恐るその言葉を口にした。
そして、かずさは口を固く結んだまま、天音をまだじっと見つめていた。
「人が死んだら悲しむ人がいるんだよ…。」
タッタッタ
その時、遠くから近づく足音が聞こえた。
「死んだの!?」
彼女はなんのためらいもなくかずさに近づき、彼女に詰め寄った。
「星羅…?」
悲痛に顔を歪めていた星羅を見た天音は、困惑の表情を見せた。
いつも冷静な彼女が、こんなにも取り乱した姿は、天音が初めて目にしたものだった。
「死んだの?」
星羅は必死に、ただその言葉だけを繰り返した。
「死んでないわ…。」
かずさが宙を見つめたまま、ポツリとつぶやいた。
「え…。」
「天使教は生きてる…。」
かずさはもう一度、はっきりとそう言った。
「本当?よかった。」
かずさの言葉を、素直に受け止めた天音は、星羅よりも先に安堵の表情を浮かべた。
ぺタ
その横で、星羅は下を向いてその場に座り込んだ。
まるで、全身の力が全て抜けてしまったかのように。
「…でもいずれは、こんな日が来るかもしれないわよ…。星羅。」
「…。」
星羅は下を向いたまま、うなだれているばかりで、何も答えようとはしない。
その表情は天音からは見えない。
「星羅…?大丈夫?」
天音は、明らかに普通ではない星羅の様子が、心配で声をかける。
「よかったわね。生きてて。」
その横を、何事もなかったかのように、かずさが通り過ぎた。
「かずさ…。」
天音には、星羅がなぜそこまで天使教の身を案じていたのか、分かっていなった。
そう、まだその時は、事の重大さには気がついていなかった。
************
「こっちにも居た…。」
かずさが、その人物を見るなり、面倒くさそうに、そう言い捨てた。
彼女は、天音達と別れ、その足で城の前の広場にやって来ていた。
広場の端の方では、りんがひとり、ぽつんと座り込んでいた。
「かずさ…。」
りんが、ゆっくりとかずさを見上げた。
「もう処刑はとっくに終わったわよ。」
相変わらずの冷たい視線が、りんを見下ろしていた。
「きょう…じ…は?」
りんは、恐る恐るその名を口にした。
「はぁ…。生きてるわよ。」
かずさは、大きくため息をつきながら、りんの問いに答えた。
何をそんなに心配する事があるんだ、と言わんばかりに。
「よかったー!!」
りんは突然大声を上げて、人目を気にする事なく、地面に寝転がった。
「…なんでそんなに心配するの?」
かずさは、りんのその気持ちを不可解に感じ、眉をひそめた。
「あったりまえやろー。アイツはわいのダチやからな。」
りんは、まるで当たり前のように、そう答えた。
彼にとって京司は、今や友達と呼べる存在になっていたのだ。彼が死んだら、きっとりんは悲しむのだろう。
「…何言ってるの?私達は…出会ってはいけなかった…。」
かずさは、そんな意味不明な事を言い出すりんを、見て見ぬ振りをし、どこか遠くを見ながら、つぶやいた。
天使教と友達?
そんな事はあり得ない。
「なんでや?わいは会えてよかったで。アイツの事知れたしな。」
そう言って、りんはいつものようにニカッと笑ってみせる。
「…あなたはいずれ彼の敵になるわ…。」
「…それは…。」
ザ―
人がちらほらとしかいない広場に、風が吹き荒れ、砂埃が舞う。
「いや、そんなのわからへんやろ?人生まだこれからや!」
そう言って、りんが突然勢いよく立ち上がった。
まるで、かずさの言葉を振り切るかのように。
「ありがとうなかずさ。教えに来てくれて。」
そしてりんはかずさに、もう一度優しく微笑んだ。
************
「…。」
天音は、星羅と一緒に、部屋への道を無言で歩いていた。
星羅は、まだ顔を伏せたまま。一向にこちらを見てはくれない。
「天音…。」
しかし、その沈黙を先に破ったのは、星羅だった。
「え?何?」
天音は、突然星羅に話しかけられ、戸惑いながらも何とか答えた。
「京司の事知ってるんでしょ?」
「え…、うん。」
「私…。」
星羅は足を止めて、廊下にある窓から外を見た。
「…私も京司を知っているわ…。」
そして、星羅は消え入りそうな声でつぶやいた。
「え、そ、そうなの?」
それを聞いたのは、今日が初めての天音が驚くのも無理はない。2人は同じ使教徒だから知り合いなのだろうか?とそんな的外れな想像を膨らませていた。
「彼はもう忘れているかもしれないけど、幼い頃はよく一緒に遊んでいた。」
しかし、星羅から返ってきたのは、天音の予想とは違う答え。
2人は子供の頃からの知り合い、いわば幼馴染という奴のようだ。
「え…そう…だったんだ。」
しかし、正直天音にはピンと来なかった。
さっきの口ぶりから言うと、彼女は今は、京司とは会ってはいないようだ。
幼馴染とはそう言うものなのだろうか?幼馴染のいない天音にはその辺は正直、よく分からない。
「彼がこの城に来るまでは…。」
「え…?」
************
「なぜ言わなかった?」
続いてかずさが居るのは、この国の重要人物達の前。
今日は人に会ってばかりで、なんだか忙しい…。
緊迫した空気の中で、かずさは、そんなどうでもいい事をぼんやり考えていた。
「天師教は、使教徒だろう?」
「殺させてはいけない。」
彼らが口にしているのは、天使教が襲われた今回の事件の事。
―――なぜこの事件が起こる事を、知らせなかったのか…。
「そうですね。」
かずさは冷たい声で一言だけ返した。
「なぜ…。」
「彼を試したんです。」
老中が口を開いたと同時に、かずさもまた、言葉を発した。
「試しただと?」
老中が不快感を露わに、眉をひそめた。
「それに、わかっていましたから。天師教が助かる事も…。」
そう言ってかずさは老中達を嘲笑うかのように、そう言ってみせた。
************
「京司は本当なら、ここにいるべき人間じゃない…。」
窓の外を見ていた星羅が、いつの間にか、天音の目を真っ直ぐ見つめていた。
「え…?」
「京司は…。」
ヒューバーン
星羅の言葉を遮るかのように、その音が外から聞こえてきた。
「花火…?」
今度は、天音が目線を窓の外に移した。
☆
「何やってんのや。アイツ。」
ため息をつきながら、りんは空を見上げた。
こんな時に、花火を上げる呑気な奴なんて、1人だけ…。それが分かっていながらも…
「…きれーやな。」
りんは感嘆の声を思わず漏らした。
☆
「…なんでもない…。」
星羅がゆっくりとまた目を伏せた。
「星羅?」
いつの間にか2人は、部屋の近くまで辿り着いていた。
そして、そのまま星羅は、そそくさと部屋に入って行った。
「…。」
星羅は何を伝えたかったんだろう…?
しかし、今となっては天音には、その真意はわからないまま。
タッタッタ
そして、天音は部屋に入ることはなく、急いで城の外に出て、広場へと駆け下りた。
ヒューバーン
花火が、またきれいに空を彩った。
一体今日は、何発上げているのだろう?天音がそう考えるのも無理はない。
まるで花火大会が行われているかのように、次々と花火は上がっていく。
「月斗…。」
そして、その名をつぶやいて、天音は天を仰いだ。
そう、この花火を上げているのは、彼に違いない。
もちろん、天音にも分かっていた。
「アイツもつくずくバカやなー!一体なんで今、花火やねん!」
りんがいつの間にか天音の横にいて、空を彩る花火に軽快に突っ込みを入れてみせた。
「天音…。」
「ん?」
「わいなー、天師教嫌いやったんや。」
りんの目線は空にある花火にある。
「…。」
「何もせんで、神様のふりしてるだけ。胸くそ悪い奴やって。」
ヒューバーン
花火の音が町中に響き渡る。
「ほんまに、妃になるつもりか?」
するとりんの目線が、天音へと移った。
そして真剣な眼差しで、天音を見つめた。
そこには、いつものような笑顔はない。
「…わかんない…。それは天師教さんに会ってみないと…。」
「…。」
「でも、天師教さんは、本当に神様のふりしてるのかな…?」
「…。」
りんは黙って、天音の言葉に耳を傾けた。
「…みんなが気づいてないだけじゃないのかな…。」
「さすがやな…。」
りんが小さな声でつぶやいた。
「わいの勘は間違ってなかったな。」
「へ?」
天音はキョトンとした顔でりんを見た。
「天師教を神に仕立て上げてんのは、国や、民や…。」
りんはまた、正面に顔を向けた。
「…なんで、みんなは天師教さんを崇めるの?」
天音は、自然と湧き上がったその疑問を、りんにぶつけてみた。
それは、以前にも感じた事のある違和感。
「初代の天師教が言ったそうや。我を信じろってな。そうすれば平和な世が訪れる。」
「ああ、それ前に聞いた事ある。」
「だから…。」
「人間は弱いから…何かにすがりたいんだね…。」
ヒューバーン
『人は、弱い生き物じゃからのう…。』
今なら士導長のその言葉の意味が、少しわかる気がする。
「…。」
…やっぱり、天音しかおらん…。
「…天音なら…救えるかもな…。アイツを…。」
りんがボソッとつぶやいた。
「え?」
「妃になれや。」
そう言って、りんは天音の瞳を見つめ微笑んだ。
「…うん。」
天音もその笑顔に答えるように、ゆっくりと頷いてみせた。
************
「大事な事は何も教えてくれないんだね…。ずるいね…。」
みるかの冷たい目が、かずさを睨み付けた。
城の外の路地に2人は居た。
「あんたは何を望んでるの?」
尚もみるかは、まくしたてるように、かずさに問う。
「…何も…。」
かずさはいつもとなんら変わらず、落ち着いた声で小さく答えた。
「見たいんでしょ?自分の見た通りの未来かどうか…。」
「…。」
かずさは遠くに上がる花火の方を見ていた。
「自分の予言した通りの世界か!!」
みるかが叫びが、花火の音と共に、その場にこだまた。




