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その音に導びかれ歩を進めれば

「着いたーー!!」


天音はついに、城下町の入り口らしき、大きな門の前に到着し、嬉しそうに叫んだ。

正直、2日半も馬車に乗ってばかりで、体はガチガチ。疲労困憊なのは、否めない。


天音の前に立ちはだかるのは、天音の身長の2倍以上ある、立派な竜の紋章の描かれている大きな門。

流石は城下町とだけあって、門の大きさも半端ない。しかし、その門はどうやら閉じられていて、どうやってこの巨大な門を開ければいいのか天音には見当もつかないが、とりあえず近づいてみる。すると、そこには二人の人影が…。


「ばぁさん、いれてーな!」

「しつこい!!」


一人の若い男とおばあさんという、なんとも不思議な組み合わせの二人が、なんだか揉めているようだ。


「わからずやなばぁさんやな!」

「今日は、もう鍵をかけて施錠する。」


そう言って、おばあさんが門に手をかけた。


「ちょーっと待って!!」


その瞬間、天音は思わず横から大声を出し、二人の話に割り込んでいった。

その声に気がついたおばあさんは、ギロリと大きな目を天音へと向けた。


「中に入れてください!!」


天音は、こんなところで締め出されてはシャレにならないと、門に鍵をかえようとしたおばあさんの手を止め、中へと入れてもらうよう懇願する。

あたりを見回しても、どうやら城下町へと入り口はこの門だけのようだ。それならば、天音はなんとしてもこの門を通って、城へ行かなければならないのだ。


「何者だい?あんた。」

「私!妃になりたくて来たんです。」


おばあさんは、突然横から割り込んで来た小娘を、怪訝そうな表情でジロジロと見てくる。


「お前さんが!?」

「はい!」


おばあさんは、天音をバカにしたようにわざと大声を出し、驚いてみせた。

しかし、天音はそんなおばあさんに怯むことなく、元気よく返事をしてみせる。

ここんな所で、引き返すわけにはいかない。何としても、おばあさんにここを通してもらわなければ…。


「帰りな。」


しかし、天音のその思いは、一瞬にして砕け散った。

おばあさんは、冷たい声で天音を簡単にあしらい、ここを通る事は認めてはくれない。

天音の熱意は、全くおばあさんに届いていないようだ。


「へ…。」

「いいかげんにしーや!ばぁさん!」


天音がおばあさんの言葉に、ぽかんと口を開け突っ立っていると、またあの変なしゃべり方の男が、横から口を出してきた。


「お前はその変なしゃべり方直してから来な!」

「しゃべり方は、関係ないやろ!!」


そう言って、おばあさんは彼に向かって怒鳴り声をあげた。

しかし、その男も一歩も引かず、あばあさんに睨みをきかしている。

この二人の間に何があったのかは天音は知らないが、どうやらこの二人は犬猿の仲らしく、先程から二人の睨み合う姿しか見れていない。


すると、おばあさんは、男と天音の訴えに無視を決め込み、とうとう手に持つ鍵を鍵穴らしきものへと向けだした。


「ちょ!!待って!私は妃になりに!!」


しかし、天音もここで引き返すわけにはいかない。

なんとか、中に入れてもらわなければと思い、またおばあさんを止めに入る。


「お前さんじゃ無理だよ。いかにも貧乏人じゃないか。」

「…貧乏で何が悪いの…?」


ちらりと天音を見て、おばあさんが鼻で笑った。

何の飾り気のない服を着て、顔もとくに美人でもない。そんな天音が、妃になりたいと言われた所で、誰が認めるというのだろうか。

しかし、天音も負けじと低い声で、反論した。

自分に何の特徴もないのはわかっている。でも、貧乏が無理だなんて、そんな決めつけは納得がいかない。

天音の強い眼差しが、おばあさんを真っすぐと見た。


「ほーー。」


おばあさんは、少し天音に興味がわいたのか、天音の顔をまじまじと見つめた。


「何もまだやってないのに、どうして追い返されなきゃならないのよ!!」


そして火が付いた天音は、つい大声を荒げてしまった。

こんな所であきらめてたまるか。そんな気持ちを発散させるかのように。


「言うな、娘。」

「私は、絶対妃になる…。」


そんな天音の言葉に、おばあさんは、不適な笑みを浮かべた。

そして天音も、ふつふつと湧き上がるその感情を抑える事ができず、おばあさんに鋭い視線をぶつけた。


「おもろいやないかい。」


横で二人の言い争いを見ていた男が、ニカッと面白そうに笑った。

そんな男の存在をすっかりと忘れていた天音は、ふとその男の方をちらっと見た。


「ろくに化粧もできん小娘が。」

「しなくても、かわいいもん!!」


しかし、おばあさんはまだ、天音に食ってかかってくる。

すかさず、天音はそれに反論してみせる。二人の言い争いは、ますますヒートアップしていく。


「あっはっはっは!」


すると突然、その男が大声で笑い出した。

何事かと思い、天音もおばあさんもびっくりして、彼の方を見た。


「ええな。姉ちゃん!ま、このばぁさんはどうせ化粧した奴が来ても、文句言いよるがな。」


そう言って彼は、チラッとまたおばあさんを見た。

そしておばあさんも、彼を黙って睨み返した 。

その目が「余計な事を言うな」と言っている事を、彼はもちろん理解している。


「ええやないか、ばあさん。わいは、この姉ちゃんイケると思うで!」

「でしょ!」


彼は天音に何かを感じたのか、ニコリと笑ってそう言った。

天音もその笑顔に答えるように、彼を見て笑った。


ギ―――。


その時、大きな門が不気味な音を立てて、開いた。


「この先は天師教様のおひざ元、城下町じゃ。簡単にこの通路を通れるとは思うな。」


おばあさんには、さっきまでの勢いはなく、低い声で落ち着いてそう言った。

どうやら、先に折れたのはおばあさんの方だった。

おばあさんは、天音がその先へと進む事を認め、門を開けてくれたのだ。

しかし、その門の中は真っ暗で、通路も何も見えない。


「え?どうすればいいの??」

「それは中に入ってのお楽しみ、てとこかいな。」


天音はおばあさんに尋ねたつもりだったが、おばあさんの代わりに、その男が笑みを浮かべ答えた。

そして、彼が天音の背中をポンと軽く押した。


「よいか。目を閉じて、まっすぐこの道を行くだけじゃ。決して目を開けてはならぬ。」


先程とはうって変わって、おばあさんが素直に通り方を教えてくれた。

しかし、そのおばあさんの声が、今はどこか遠くに聞こえる。


「ホナ、行こかー。」

「へ?いやまだ心の準備が…。」


彼が呑気な声で先に進む事を促し、天音は半ば強引に扉の中へ押し込まれた。


「コラ!お前まで!」


どうやらおばあさんは、彼の事は中へ入れるつもりはなかったようだったが、その男はどさくさに紛れて、天音と共に扉の中へと入ってしまった。

そして、その門の重い扉は閉ざされた。



「まったく…。道は真っ直ぐ一本のみ…。」



一人その場に残されたおばあさんは、呆れながらも、ポツリとそうつぶやいた。




天音はなぜか見知らぬこの男と、閉じられた門の先の真っ暗な道を進む事になった。

扉が閉まったこの通路は、ヒンヤリとしていて静寂に包まれていた。


「いや~、助かったわ~。」


彼は相変わらず能天気な声で、天音に話しかけてきた。


「ね、目開けてない?」

「当たり前やがな。」


もちろん天音は、おばあさんに言われた通り目を閉じたまま、そこにあるかもわからない道を、一歩一歩ゆっくり進んでいた。

そして天音は、やはり気になって、彼にも尋ねてみた。

どうやら彼もちゃんと言いつけを守り、目を閉じて進んでいるようだ。


「ふーん。ね、あなたは何しに町へ行くの?」


天音は興味本位で、何の気なしに彼に尋ねてみた。

彼は、一体何しに城下町に行くのだろうか。いや、もしかしたら城下町の人なのか?

城下町の人間はみんなこんなしゃべり方なのか?

そんな、いろんな妄想を膨らませながら…。


「いや、別に。姉ちゃんこそ、ホンマに妃になりたいんか?」

「うん!」


彼は自分の答えは適当にはぐらかし、逆に天音に質問返しをしてみせた。

彼からの質問に天音は、何の疑問も抱くことなく、間髪いれず自信満々に答えた。

だって、そのために村を出てここまで来たのだから。


「知らんでー、城の中におもろいもんなんて、何もないで…。」


しかし、そんな天音とは真逆で、彼はつまらなそうに、そうつぶやいた。

どうやら彼は、城をあまり良くは思っていないようだ。 もちろんその理由は天音にはわからない。


「そうかな?」


しかし、天音は勢いでここまで来たようなものだったが、そうは思わなかった。


「期待してんか?」


天音の答えに、彼がまた疑問を投げかける。

彼は知らず知らずのうちに、天音にどんどん引きこまれていっていた。

彼女は一体何を期待して、妃になりに行くというのだろう。

なぜかその答えを知りたくなった。


だってこの国は…。



「うーん。不安もあるんだけど、でも…何かピンと来たんだ!!」

「へー。ピンと来たか!」 


彼は、天音のその言葉に思わず口の端を上げてみせた。

彼女は、彼が今まで会った女の子とは、どこか違った。

そして、どこか少し自分と感覚が似ている、そんな風に感じ始めていた。

彼は天音と言葉を交わす度に、彼女への興味が湧き出してくるのを密かに感じていた。


「姉ちゃん、よくしゃべるなー。」

「あなたこそ!」


彼は見知らぬ自分と、よくしゃべる天音に感心していたが、それは天音も同じだった。

天音もこんなにおしゃべりな男に会ったのは初めてだった。


「この道、怖くないんか?」


そして男は、天音にまた尋ねた。

普通の女の子ならば、こんな暗い道を目を閉じて進めなんて、怖がってなかなか前に進めないだろう。

しかも、見知らぬ男と二人なんて、尚更…。

しかし、彼女はスタスタと楽しそうにおしゃべりしながら、どんどんと進んで行く。


「怖くないよ。むしろ…」



チリン。


…鈴の音?



不思議な事に、その時天音の耳には、鈴の透き通った音が確かに聞こえた。


…その音色はどこか…



「懐かしい…?」

「え…?」


ポツリとその言葉が、天音の口から零れ落ちた。

そして彼も、その天音のつぶやいた言葉を聞き逃してはいなかった。



「まぶしいーーー!」


その瞬間、天音の固く閉じたはずの目には、強い光が飛び込んできた。

そして天音は、思わず大きな声で叫んでしまった。


「な…!?」


そして彼もまた、驚きのあまり声を漏らした。





「着いたーー!」


温かい太陽の光と心地よい風を感じ、天音がそっと目を開けた。

するとそこには、今まで見たこともない大きな町が広がっていた。

そんな景色に天音は圧倒されながら、また歓喜の声を上げた。


「んな、アホな…。」


彼はというと、あんぐりと口を開けたまま、天音のすぐ後ろに立っていた。


「早かったね!」

「…そやな!」


そんな驚く彼にお構いなしに、天音は彼の方へと振り向いてそう笑った。

それに答えるように、彼もコロッと表情を変えて、何事もなかったかのように笑った。

どうやら彼は、その場の空気を読むのが得意のようだ。


「さ、てと!じゃあ、私は早くお城に行かなくちゃ。」

「あ、待ち!」


天音はとりあえず先を急ぐことにした。なぜなら、自分がこの城に到着したのが、最後のような気がしてならないからだ。

しかし、そんな天音を彼が急に呼び止めた。


「姉ちゃん、名前は?」

「え?天音だよ!あなたは?」

「わいは、りんや。」


彼は唐突に天音に名前を尋ねた。

それはきっと、また彼女に会う事を予感したからかもしれない。


「ま、がんばりやー!」

「オッケー!!」


そう言って彼は、またニッと笑って見せた。

その笑顔に元気よく答えた天音は、彼に手を振り、城へと走り出した。

りんは、天音のその背中を、見えなくなるまでじっと見送った。


「驚いたわー…。」


天音が居なくなったその場所で、りんが思わずその言葉を漏らした。

りんが驚いたのも無理ない。


「たったの5分」


りんの背後からその声は聞こえた。

りんが振り返えるとそこには、先程のおばあさんがいた。

どうやら、おばあさんが伝えたのは、この町へと続く通路を天音が何分で通ったかという事のようだ。


「ひぇーー。」


その時間を聞いて、りんが驚きの声を上げた。


「この通路を、何の障害も受けずに通り抜けるなんて…。」


そしておばあさんも、驚きが隠せない様子だった。

この通路は、普段は何のへんてつのない普通の通路だが、今だけは違う。

そう、この通路は妃候補を試すために、おばあさんの術がかけられている、特殊なものだったのだ。

もうここから妃候補を試す試練は始まっていた。


「あの子、何の汚れもなく、希望に満ち溢れてたなー。でも、なんか変な事言っとったなー。」


りんは、自分にしか聞こえない声で、ブツブツ独り言のようにつぶやいていた。


「にしても、お前まで一緒に入って、さらにこの町にまで入れてしまうなんて!」


おばあさんは、恐い顔でりんを睨みつけた。

普段はこんな試練などもちろんなく、この城下町に入るには、通行証を確認するか、また門番のこのおばあさんのお眼鏡に叶ったものが、足を踏み入れる事ができるシステムとなっていた。


「ええやないの!面白かったし!でも、まるであの子に導かれたみたいやったな。」


彼はこの通路を通り抜けるには、何かしらの罠があるのではないかと、ここに入る前に気がついていたに違いない。

しかし、何故か彼は天音と一緒に入る事を自ら選んだ。

彼は一体何者なのだろうか。

それはわからないが、おばあさんは、彼が普通の一般人でない事をとうの昔に見抜いていたようだ。


「もしかして、ひょっとするかもな!」

「フン。あの田舎者がか?」

「ああ、ピンときたんや。あの子は普通とちゃう。」


りんは遠くに見える、この町のいや、この国のシンボルでもある城に目線を移した。

彼は感じていた。天音の不思議な、なぜか惹きつけられるその魅力に。


「天音…か…。」

「…もっと早くここを通りぬけた者もいたがな。」

「いや、わいは天音に賭けてみるわ。」


りんはその名前を噛みしめるようにつぶやいた。

おばあさんは、まだ天音の事を100パーセント認めたわけではなかったが、りんはすっかり彼女の事を気に入ったようだ。


そしてりんはまた、うっすら口元に笑みを浮かべた。







「ようこそ天音。最後の時代へ。」



その様子を遠くで見ていた女が小さくつぶやいた。





「やっぱすごいなー!これが城下町か!」


地球国の中央部に鎮座している唯一の城の元に作られたのが、この城下町であった。

天音は急ぎ足ながらも、そのメイン通りに並ぶ様々なお店や、売られている物に目移りしながら、城へと向かっていた。

メインストリートに並ぶ店には、食べ物だけでなく、装飾品、日用品など、たくさんの店が立ち並んでいて、天音の村では見たことのないような、珍しい物がたくさん売られている。また多くの人々が行き来し、賑わいをみせている。

なぜなら、この城下町は貿易の中心地でもある。

始めて見るこのような状況に、天音の胸が躍るのも無理はない。


「おっといけない、急がなきゃ!」


しかし、そんな好奇心を今は何とか閉じ込めた天音は、城へと小走りに走り出した。

城へと続く長いその道を、足早に天音がかけていく。

その道のりを難なく走りぬいた先に、大きく開けた広場のような場所へとたどり着いた天音の前には、城へと続く長い長い大階段が待ち受けていた。


「にしても、城でかい!!」


そして、その階段を登り切った先には、この国の城がそびえ立つ。

城の周りには、石が高く積みあがった塀に囲まれていて、灰色の棟が何棟も連なっている。この城内が一体どの位の広さなのかは、天音には想像もつかない。

政は全てここで行われ、ここに普段住むのは、政を行う者と、この国を治める天師教とその一族である皇族。

まさかそんな場所で、田舎育ちの村娘である天音が暮らす事になるなんて、誰が想像しただろうか。


「妃候補か?」


天音が大階段を上り終えると、そこにはまた、規格外の大きさの門が天音を迎えた。その門の前に立ち、ポカンと口を開けたまま城を見上げていると、門番らしき兵士が声をかけてきた。

この国の治安を守るのは兵士達で、彼らは城を守るのはもちろん、国の争い事の鎮圧なども行う、武力に優れた者達であった。


「あ、はい!」

「早く中に入れ。」


兵士に促されて、天音は歩をさらに進め、その門をくぐった。


「広い…。」


天音は、初めてこの城へと初めて足を踏み入れた。もちろん想像はしてみたが、そんな天音の貧相な想像を遥かに超える城の中に、天音は唖然としていた。

表門をくぐって、まず目に飛び込んできたのは、吹き向けのエントランスといくつもの階段、長い通路。まるで迷路のようだ。

永延と続く通路に敷かれているのは、白い大理石。


「お前が最後のようだ。」


入ってすぐの所にいた兵士が、書類に目を通し、天音に声をかけた。

そこには簡易的な机が置かれていて、どうやら彼は受付係のような役目のようだ。

妃候補の応募には、事前に城へ手紙を出し、応募をする事になっていた。

もちろん天音も、村長さんの力を借り、昔ながらの伝承鳩を使い、城へと応募の旨を知らせていた。


「さあ、早く部屋に行け。分かっていると思うが、妃候補に関係のない場所には、足を踏み入れるなよ。」


兵士がそう天音に忠告をし、妃候補の宿舎のある場所が書いてある地図を渡した。

建物の中なのに地図なんて、やはりこの城のスケールは天音の常識を超える事ばかりだった。


しかしそれから20分後…


「ちょっと、広すぎでしょ。」


天音は、さっそく迷っていた。

どうやら天音は難しい字だけでなく、地図も読めないらしい。


「もー、どこよ!!この城、うちの村と同じくらいあるんじゃないの!!」


そう叫んでみたものの、なぜか、さっきまではたくさんいた、この城の中を守っているであろう兵士達の姿は全く見当たらず、シンと張り詰めた空気が、この城の中を支配しているようだった。 明らかに妃候補の宿舎がある方向とは、思えない。


「あ、池がある!」


すると天音は、この城には似つかわしくない池を見つけ、思わず駆け寄った。

そこは、この城にある中庭のような場所だった。池の周りは芝で覆われていて、綺麗な花も植えられていた。

城の中にも、村を思い出すような自然の風景を見つけ、天音はちょっとホッとした気持ちになれたのだった。


「でっかい池だなー。魚釣れちゃうんじゃないの?何かいるのかな?」


確かに、建物の中にある庭にしては、あまりに大きな池だった。やはりこれも、天音の規定外の大きさ。

すると、自由奔放な天音は、迷子になっている事も忘れ、魚を探そうとその池を覗き込み、身をのり出した。


ピチャッ


「きゃ、冷た!」


池の中から、魚のような物が飛び跳ねて、天音の顔に池の水が豪快にかかった。


「どうかしたか?」


その時、天音の背後から、聞いた事のない若い男の声が聞こえた。

天音はびしょ濡れになったその顔を、その声の方へと向けた。

するとそこには、天音と同じ位の年の青年が立っていた。目は笑って細められていても大きい事がよくわかり、綺麗に整えられた短髪の黒髪は、清潔感が感じられる。


「あの、魚に…。」

「ハハハ。水跳ねられたのか。」


天音は見知らぬ男に向かって、恐る恐る答えた。すると彼は、天音の濡れた顔を見て、人懐っこい笑顔で笑った。


「うん。ねえ、この魚は何ていうの?」

「え…?」


天音は彼の笑顔に気をよくしたのか、持前の明るさと、人見知りしない性格で、何の躊躇もなく彼に普通に話しかけた。

彼がどんな人物なのかもわからないのに…。

そんな天音に、彼が戸惑いの表情を浮かべるのも無理はない。


「知ってる?この魚の名前。」

「……鯉だよ。」


天音は彼をじっと見て、首を傾けた。

すると彼は、戸惑いながらも、その魚の名前を教えてくれた。


「へー。コイって言うのかー。」


天音は、彼の事などそっちのけで、その初めて見た綺麗な鯉に興味津々で、釘付けになる。

まるで夕日のような真っ赤な鱗が水面に反射し、キラキラ光る様子は何時間でも見ていられる。


「鯉を知らないのか?」


そんな風に目を輝かせて鯉を見つめている少女を、彼は見たこともない生物を見るような目で見ていた。


「うん。私、田舎者だから!」

「田舎者…?」


天音は彼のその問いに、何ともあっけらかんと答えた。

その答えを聞いた彼は、また困惑の表情を浮かべた。


…そういえば、なぜこんな普通の少女がこの城の中にいるんだ?宮女じゃないのか?しかも自分に怖気づく事無く、ずけずけと魚の名前を聞いてくる…。

彼の頭には、そんな疑問が次から次へと湧いていた。


「あ、そうだ宿舎知らない?」

「宿舎?何の?」

「私、妃候補なの。」

「え…。」


彼は“妃候補”その言葉を耳にしたとたん、思わず目を見開き、固まった。

妃候補がこの城にやって来る。その話は彼も聞かされていたので、知っている…。

しかし…


妃候補が俺と普通にしゃべっている?

妃候補が田舎者?

妃候補が鯉を知らない?

妃候補が道に迷ってる?


次から次へと湧き出る疑問が、彼の頭の中をがぐるぐると回っていた。


「道に迷っちゃって。あー、でもすぐ覚えられるよねきっと!」


しかし、唖然とする彼に構うことなく、天音はぺらぺらと一人しゃべり続けた。

天音の辞書には、まだ遠慮や謙虚と言った文字はまだ載っていないらしい。


「きっと反対側だ。あっちを曲がるんだ。」


やっと正気を取り戻したの彼が、なんともマイペースに話し続けている天音を見て、やっと笑みをこぼした。

そして迷っている天音に、ちゃんと道を教えてくれた。


「そうなんだ。ありがとう。」


天音は、道が分かって、ホッとした表情を浮かべ、彼にお礼を言った。


「お前…どこから来たんだ?」


彼は、自分の周りにはいないタイプの人種に興味がわき始め、天音にそんな事を尋ねた。

まるで面白いおもちゃを見つけた時のような、好奇心旺盛な笑みを浮かべて。


「えっと、村は、輝夜かぐや村っていうんだ。」

「かぐや…?」


それは、彼の聞いた事もない村の名前だった。田舎者というのだから、きっと小さな村なのだろう。

この国には、彼でも知らないような、小さい村がまだまだたくさんあるようだ。


「やっぱり知らないよね。だって、こんな大きなお城に……!?」


その瞬間、天音は思わず息を飲んだ。

そして今日初めて会ったばかりの彼の顔を、まじまじと見つめた。


…もしかして……バレたか……?

彼は、みるみる表情を変えていく天音を見て、眉をしかめた。


「も、もしかして、ここに住んでる人!!」

「…ああ。」


しかし、天音のその質問は、彼の想像しているものとは、少し違ったようだ。

よく見ると、彼は、天音が今まで見たこともない立派な竜の装飾のほどこされた綺麗な服を着て、彼の耳には、黒い小さな十字架のピアスが光っていた。

きっと彼は、この城の者に違いない。無知の天音でも、それぐらいは予想する事ができたのだ。


「すっごい!!」

「へ?」


天音は興奮気味な様子で、思わず叫んだ。

彼は天音のその反応がよくわからず、その様子を見て、ポカンと口を開けたままだ。

一体何の事を言っているのか、その一言では判断が難しい。会話には主語が不可欠だというのに、彼女の言葉にはそれがない。


「ついに私、お城に来たんだ!!何か実感わいてきた!」


天音はなぜだか、この城の人間に会う事で、城にやって来た事を実感し始めていた。

そしてその様子は、少しワクワクしているようにも彼の目には映っていた。


「ハハハ。お前変わってんな―。」


彼はそんな天音を見て、また笑いが込み上げてきた。

彼の周りには、こんな素直に感情を表す人間はいない。コロコロと表情を変える彼女が、彼の目にはとても魅力的に映っていた。

こんなに笑ったのは一体いつぶりだろうか…。


「…何と比べて?」

「え…?」


天音はキョトンとした顔で、彼の言葉に疑問を唱えた。

そんな天音の発した言葉は、またもや彼の予想もしないものだった。


「そんな風に言われたの初めてだ。」


そして天音は、キラキラした希望に満ち溢れた笑顔を彼に向けた。

彼はそんな天音に、ますます引き込まれていく。


「お前、名前は?」


そして彼の口は、自然とその言葉を紡いでいた。

もっと彼女の事を知りたい。その気持ちが自然とそうさせていたのだ。


「天音だよ。」


天音がまた、にっこりと柔らかく笑ってそう答えた。


「天音か…。いい名前だな。」

「うん。おじいちゃんが付けてくれた名前だもん。」

「そっか。」

「あなたの名前は?」


しかし、天音にそう問われ、彼は口を結び黙りこくった。

彼女は知らない…。彼がどこの誰なのか。どんな身分の者なのか。

ただわかっているのは、この城に住んでいる者という事だけ。この城には兵士もいる、政を行なう者もいれば、天使教の身の回りの世話をするために雇われた者達もいる。

そして、もちろん天使教の一族である皇族も…。

無知な天音が、彼がどこの誰なのか見当もつかないのは、当然のことだ。


「ん?」


天音は突然黙りこくった彼の顔を覗き込んだ。




京司きょうじ…。」




彼は、気がつくと、とっさにその名を口にしていた。


「きょうじ!いい名前ね!」

「…ありがとう。」


天音は彼の名前を聞いて、また笑みをこぼした。

京司は、なんだか照れくさくて、とっさに下を向いた。


まさか、この名前をもう一度口にする日が来るなんて、思ってもいなかった。


そう、彼女には知られたくなかった。自分が何者なのか…。


「あ!もう行かなきゃ。じゃ。」


天音が京司に背を向け、歩き出そうとする。


「あ、天音!」


その瞬間京司は、彼女の名を思わず呼んだ。

何となく彼女を引き止めておきたかった。もっと彼女と話をしていたかった。


「ん?」

「ま、またな。」


京司は、自分の気持ちとはうらはらに、また恥ずかしそうに口ごもりながら、そんなどうでもいい挨拶を口にした。


「うん。…ハックション!!」

「ハハハハ。大丈夫か?」


突然、天音が大きな口を開けて、豪快にくしゃみをした。京司はそんな天音を見て、また大声で笑った。

やっぱり彼女といると、なぜか自然と笑みがこぼれてしまう。

京司は、こんな気持ちになったのは、本当に久しぶりだった。


「うん!じゃ、またねー。」


そして、彼女はキラキラ輝く笑顔を残して、走り去って行った。




…なぜだろう、彼女には知られたくなかった。


自分が…


「玄武の宮様ー!!どこですか?」


遠くからその名を呼ぶ声が聞こえた。

誰かが皇太子、玄武の宮を探しているようだ。



そう、知られたくなった…。

まさか自分が玄武の宮だなんて。



「クソッ!その胸糞悪い名前で呼ぶなって!」



京司が小さな声で、そう吐き捨てた。



そう、彼こそが、この国の次期皇帝、天師教。正にその人物だったのだ。



**************



「間違っていたの?」


一人の女性が窓の外を見ながら、悲し気につぶやいた。

彼女は薔薇の装飾がほどこされた、その豪華な服を身にまとい、長い髪はアップにされ、様々な宝石によって装飾された髪飾りによって止められていた。

その身なりと彼女の内側から溢れ出る気品が、どこからどう見ても身分の高い者だと示している。


「皇后様…。」


彼女の後ろに立つ一人の老人が、彼女を心配する様子で彼女の事を呼んだ。

そう彼女は、亡くなった前天師教の妻であり、皇后。


「あの子を…玄武の宮を天師教に…。」


つまり彼女は玄武の宮の母親だ。


そして、その悲しみと後悔に満ちた瞳は、どこか遠くを見つめていた。

どんなに後悔しても、もう遅いのはわかっている。

なぜなら明日、彼は天師教に即位するのだから———





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