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19/39

闇に染まる前の世界を見た




「賭けはしない…。」


辰は、少しだけ振り返ったかずさの目を、真っすぐ見ていた。




「…。」




「私が、あんたに勝てるはずがないだろう。」





……ああ。この男は…知っていたのか…。






「預言者殿…。」







****************




コンコン


京司の部屋を誰かがノックした。

それは、彼が部屋に閉じ込められて、5日が経った頃。


カチャカチャガチャ


そして部屋の扉が開いた。


「退屈そうね。」


その扉から顔を出したのは、皇后だった。

皇后は老中に詰め寄り、何とかこの部屋の鍵を借りてきていた。


「ええ、まー。」


京司は気力のない声を出した。

この広い部屋には、生活するには問題ない品がそろっているが、さすがに5日も外に出られないんじゃ、飽き飽きするのは当たり前。


「あなたには、ココは似合わないものね。」


皇后が優しく、そして寂し気に京司に笑いかけた。


「え?」


京司がその言葉に思わず眉をひそめた。


「早く妃が決まるといいわね。」


そして、なぜか皇后はそう言ってまた寂しげに笑う。


「母上…。」


なぜそんな事を突然皇后が言い出したのか、京司にはわからなかった。

しかし、彼女のその寂し気な表情が、気になって仕方ない。


「何?」

「その…事…なんですが…。」


ギュッ

京司は、十字架のネックレスを、服の上から握りしめた。


「え?」

「…。」


しかし京司は、下を向いたまま黙りこくった。


「どうしたの?」


…俺はバカか。言えるか…。言えるはずがない…。


「俺には妃が必要なんでしょうか?」


京司は顔を上げ、何かを誤魔化すかのように、そんな事を皇后に尋ねた。


「もちろんよ。」


そして、皇后は今度は優しく微笑んだ。


「どんな人…。」


京司がポツリとつぶやく。


「あなたを愛してくれる人。」

「え…?」




****************




「はぁ、はぁ、助けて…。」


天音は、暗闇の中を裸足で走っていた。


…背中が熱い。

そんな彼女の後ろから追いかけてくるのは…。


「怖い…怖い…。お母さん!!」



ハッ

天音が目を覚ますとそこは、いつものベットの上だった。


「夢…。」


天音の背中は汗でぐっしょりと濡れていた。




****************




「大昔、この国、いやこの地球が滅んだ。理由の1つには、文明の発達にあったのではないかと言われている。」


その日の歴史の授業中、士導長はこの国の歴史について語り始めた。


「人間達は、自分達の暮らしの豊かさばかりに気をとられて、自然を顧みる事をしなくなった。空気は汚れ、気温は上昇し、この地球のバランスが崩れてしまった。」


士導長は淡々と話し続けた。


「え…。」


その士導長の言葉に反応した天音は、誰にも聞こえないような小さな声をもらした。


「人々は星を見なくなった。空を見なくなった。自然を感じなくなった。」


…ちがう…。


「私達は、先人達の失敗から学ばなければ、また同じことを繰り返してしまう。私達は、この地球の自然を、守らなければならない。」


ゾク

天音は背筋に、また冷たい何かを感じた。


…この感じ…まただ…。


それはまるでデジャビュ?


「今のこの地球は、一定の気候が保たれ、過ごしやすい。私達にとっても、自然にとっても。」

「天音?顔色わるいよ?」


華子が、隣に座る天音の異変に気づいて、声をかけた。

天音の顔色は真っ青で、華子が放っておけないほど。


「え…。うん大丈夫。」


しかし、天音は何かを誤魔化すかのように、そんなあいまいに返事をした。

そう、この感情は触れてはいけないもの。

自分の潜在意識が天音にそう訴えかけているのを天音は知っていた。


「ホッホッホ。少し歴史と離れてしまったのー。」


しかし、士導長は呑気にそんな事を言って笑った。



************



ヒヒーン

その男は城下町の入り口で馬から降りた。


「お前はここで待ってろ。」


彼は、自分の馬にそう語りかけ、1人町の中へと歩を進めて行った。


「いらっしゃーい。」

「安いよお兄さん。」


彼が思っていたよりも、この町は活気にあふれていて、人々の顔には笑顔が溢れていた。

しかし、彼は周りに目もくれず、一直線にその場所を目指した。


「あれが、城か…。」


彼は広場で足を止めた。そんな彼の目の前には、大きな城がそびえ立っていた。


「あら。お兄さん男前だねー。」


広場で物売りをしている気さくなおばさんが、彼に話しかけてきた。


「へー有名人とちゃう?」


そして、そのおばさんの近くにいた、おしゃべり好きのりんが彼の顔をのぞきこんだ。


「…こりゃー、違う意味で有名人やなー。」


そう言ってりんは、感心した顔でその男をじっと見た。


「お前…。」


男は覚えていた。


…確か以前この町に入ろうとした時に、辰と一緒にいた変なしゃべり方の男…。




****************




「ファー!やっと出れた。」


そう言って、京司は呑気に伸びをしてみせた。

京司は、老中達の許しを得て、6日目の今日、久々に部屋から出れた。

暴れるでもなく、不満を言うでもなく、ただ黙って部屋に閉じこもっていた京司は、誰かに褒めてもらってもいいんじゃないか?と密かに思っていた。

しかし、それを褒める者なんて、この城にいるはずはない。


「天師教様。」


老中は反省しているそぶりを全く見せない京司に、内心はイラ立ちながらも、そのイラ立ちを隠すかのように、落ち着いた声で彼を呼んだ。


「わかってるって、大人しくしてればいいんだろう。」


京司はうっとうしそうにそう言った。


「くれぐれも、外には…。」

「わかってるってー。あ、その代わりに1つお願いあるんだけど?」


お説教はもう十分といわんばかりに、京司は、老中の話に無理やり割って入った。

そして、何かを企んでるような、あの悪戯な笑顔を見せた。


「もう1人の天師教に会わせろよ。」


低い声で京司が言った。


「は?あれはただの影武者でございます。」


老中は、京司からの突然の申し出に、顔をしかめた。


「会わせろって。」


京司が今度は、有無を言わせないよう、威圧的な声を出した。



****************




「なんでリーダーのあんたが、1人でこんな所におるんや?」


りんが出会ったその男は、以前、この町へと押しかけて来た反乱軍のリーダーの男。

りんも、もちろん彼の顔を忘れてはいなかった。

そして、2人は人気のない路地裏で話し始めた。


「…。」


リーダーは口をつぐんだ。


…コイツは信用できる奴か?

そして見定めていた。

彼は敵か味方か…。


「こんな大変な時に、単独行動かいな?」


しかし、そんな真剣な表情のリーダーとは真逆に、りんはいつもの調子で、のらりくらりと話し始めた。


「こんな時だからだ。」


警戒はしていたものの、リーダーは自然とその問いに答えていた。

やはり、りんには人の警戒心を解く素質があるらしい。


「辰に会いに来た。」


そして、その目的をりんに打ち明けた。


「そういう事かいな…。」


りんが小さく頷いた。


「…よっしゃ!わいが会わせてやる!」


りんは何を思ったのか、突然笑顔でそう言ってみせた。


「え?」


…この変なしゃべり方の男を、簡単に信用していいんだろうか…?


リーダーの中に残る、その思いはまだ消えない。

ここは、天使教のお膝元の城下町。

もしかしたら、反乱をよく思っていない者に、はめられるかもしれない危険性だってある。


「リーダー。あんた名前は?」


しかし彼には、なぜか人を信用させ、引き付ける何かがあった。


「シド。」


シドがゆっくりと口を開いた。


「わいは、りんや。シド!」


そう言ってりんは、ニッと人懐っこい笑顔をみせ、笑った。




****************



「空…。」


天音が窓の外を見ながらつぶやいた。


「え?」

「昔の人もきっと空を見てたと思うな…。」


今度は、はっきりとした口調で天音が言った。


「あー、今日の授業の話?」


華子は、天音が突然何を言い出したのかと思ったが、すぐにその意味を理解した。


「昔の人だって、星を見てたよ!」


天音が、今度は少し強めの口調でそう言った。

自分の心のモヤモヤを、取り払うかのように。


「そうかしら?」


しかし、そこに口を出したのは、星羅だった。


「空気が汚染されたら、星は見えなくなる。」


星羅が冷静な口調で言った。


「じゃあ、星は目印だね。」


天音は、星羅の方を真っすぐ見た。


「え…。」

「星はみんな好きだもん。どんな時代の人だって、見ていたいはずだよ!」


そう言って、天音はまた窓の外に目を向けた。


「クスクス。」


華子がそんな天音を見て笑った。


…やっぱり天音は他の人とは違う…。




****************



「お前らは外に出てろ。」


京司は渋る老中を何とか説得して、この扉の前まで来ていた。


「なぜです?」


しかし京司は、老中や兵士が一緒にこの扉の中に入る事を、強く拒んだ。


「いいじゃねーかー。初対面なんだし。仲良くするから!ほら、武器だって持ってない。」


京司はそう言って、ヘラヘラ笑いながらその扉の中へと入って行った。


ギー、バタン

そして重苦しい扉が勢いよく閉まった。


京司は、少し薄暗いその部屋の奥へと足を進める。

だだっ広い部屋だが、家具は少ししかない。


…なんだか殺風景な部屋だ。

そして、ベッドの上に座るその人物を見つけた。


「何の用?天師教?」


青い目の青年が、京司に冷たくそう言った。

あの時とは、明らかに雰囲気が違う。


「京司でいいよ。」


そう言って京司は、何食わぬ顔で、ベットの横にあった椅子に腰かけた。


「京司?何それ?君に名前なんてあったの?」


青が眉間にしわを寄せた。

知らないのは、当たり前。

天使教に名前などない。


「ほら、天師教って呼びにくいだろう。だから、あだ名みたいなもん。」

「…。」


…やっぱりこいつは、こういう奴なんだ…。


青が静かに目を伏せた。


「聞くの忘れてたな。お前の名前。」


そして、京司は笑みを浮かべながらそう言った。


「…青…。」


青が下を向いたまま、小さな声で答えた。


「青か…。お前は天師教の影武者だから、ここから出られないんだよな。」


京司が早速、単刀直入にその話題に突っ込んだ。

彼は、以前病にかかっていると言っていたが、彼がここに留まっているのは、それだけではない事は、明らかだ。


「…。」


青は口をつぐんだまま、何も答えようとはしない。


「俺が出してやるよ。」


京司は、どこか自身あり気にそんな事を言ってみせた。

あの日、初めて青と会った日の京司とは、まるで正反対。


…だから、その自身はどこからくるんだよ…。バカなくせに…。

青はその苛立つ気持ちを、何とか抑え込むのに必死だった。


「…いいよ別に。出ようと思えば出れるんだ。」


そして、ぶっきらぼうにそう答えた青は、どこか儚げに窓の外に目を向けた。


「そうか…。」


京司は、青のその言葉に素直に頷くしかなかった。

無理やり連れ出しても意味はない。

その事はよくわかっていた。


「それより、君は?ほら、君だって出たいんでしょ?」


…知ってるよ。君にこの城は似合わない。


「…お前、俺の心が見えんのか?」


自分の心の内を、手に取るように言い当てる青を、京司は苦虫を噛み潰したよう顔をして、じっと見た。

しかし、その京司の表情は、青には見えていない。


「そうかもね。僕は目が見えない分、他のものが見える…。」


青はまた、適当にそっけなく答えた。

それは一刻も早くこの会話を終わらせ、京司に帰ってほしいから。


「そっか。」


京司はそんな青の言葉を、素直に受け止るばかり。

彼に反論などは一切しない。


…だから嫌いなんだ…。コイツ…。


「じゃー、お前のしたい事はなんだ?俺が力になる。」


しかし京司はめげずに、また得意気にそんな事を言った。

やっぱり彼の事を放っておく事は、出来ない性分なのだ。


「クックック。」


青が小さく笑った。


「ん?何だよ…。」


突然青が笑い出して、京司はわけがわからないという表情で、青を見た。


「似てる…。」


青はポツリとつぶやいた。


「は?誰に?」

「僕の知ってる女の子に…。」




****************



「ハックション!」


天音が突然くしゃみをした。


「何か、最近寒いなー。一定な気候じゃないじゃん!!」


天音は1人、そんな事をブツブツと言いながら、城の中を歩いていた。

そして、自然とこの場所に足が向かっていた。

天音は、久しぶりに中庭の池に訪れていた。


「コイ…いないな…。」


しかし、天音がその池を覗き込んでも、もう鯉の姿は見えない。

この城を出る前はあんなにたくさんいたのに、なぜだか今は一匹も見あたらない。

誰かがこの池の鯉を処分してしまったのだろうか…。



「京司も…。」



そして、彼女が心待ちにしていた彼の姿もなかった。






****************




「本当に何でもしてくれるの?」


青が少し面白そうに、その話に興味を持ち始めた。


「ああ。あん時のお礼にな!」


そう言って京司は屈託のない笑顔を見せる。





「…じゃあ、僕を殺して。」





****************




「連れてきたでー!!」


りんは、辰を人気のない裏山の(ふもとに連れて来た。

りんに、天音の事で話があると言われ、辰は渋々連れられて来ていたのだ。


「…。」


しかし辰は、その人物を見るなり、眉間にしわをよせた。


「いやー、シドが町の見回り中でよかったわー。」


そんな辰に構わず、りんは呑気にそんな事を言った。


「お前…。」


辰はその男の顔を見て、思わず言葉を漏らした。

…この男は確か反乱軍の…。


「俺はシド。反乱軍のリーダーだ。辰、あんたに頼みがある!」


シドは真っすぐと辰を見て言葉を投げかけた。


「あんたしかいない!一緒に戦ってくれ!」


シドの真っすぐな目は、ただただ、辰に向けられていた。

シドは辰ならば、反乱軍の戦力をひっぱってくれ、率いてくれると考えていた。

彼がいればこの戦いに必ず勝利できると。


「断る…。」


しかし、辰から発せられたのは、断りの言葉だった。

そして、辰は彼の真っすぐな視線から逃げるように、目を伏せた。


「俺は知ってる。あんたが昔の戦いで、どれだけ貢献したか!俺達には、あんたが必要なんだよ。」


シドは必死に訴える。

どうしても彼の力が必要なのだと。


「…俺はもう、戦いには出ない…。」


しかし、辰の思いは、そう簡単には変わらない。


「だからって、兵士として、この国を守るのか?」


シドは奥歯を噛みしめ、そんな言葉を漏らした。

自分の憧れた人物が、今は国のために、ただの兵士として成り下がっているのが、どうしても許せなかった。

…どうして彼は兵士に…。


「この国を変えて欲しい人がいる。」


辰が顔を上げ、シドを真っすぐと見据えた。


「お前たち、若者だよ。」

「え…。」


辰は国のため、兵士になったわけではない。

彼にはきっと大きな信念があるに違いない。

彼の目を見て、シドはそれを瞬時に理解した。


「そうか…。じゃあ、誰か、一緒に戦ってくれる若い奴いないか?」


辰の思いをくみ取り、シドはそれ以上は無理知恵はしようとはしなかった。

しかし、辰の事は諦めたにせよ、まだまだ反乱軍には、即戦力が足りない。

彼らは仲間を欲していた。


「若い奴か…。」


しかし、辰には思い当たるような人はいない。


「あの時のボーズは?」


シドが言っているその人物とは…。


「…言ったろう。彼は反乱には出ない。」


そんな事はあり得ない。

彼が反乱に出る事は決してない。

辰はそう自分に言い聞かせた。


「…わけありか…。じゃあ、あの子は?」


辰は、もう一度黙ってシドの目を見た。


「ジャンヌの娘。」


そしてシドが低い声でつぶやいた。


「…。」


その瞬間、辰が顔を曇らせた。


『そのジャンヌは殺されたんやで?』


そして、りんのあの言葉を思い出していた。


「あの時の言葉を聞いて、俺は思った。彼女は、この反乱に必要な人間なんじゃないかって。」


シドも感じていた。

彼女は他の誰かとは違う。特別だと…。

それは、辰もよくわかっていた。

しかし…


「彼女は、戦いには向かない子なのかもしれない。いや、ジャンヌも本当は、そうだったのかもしれない…。彼女が自ら望み、立ち上がるなら私は何も言わない。しかし、今はまだ彼女は、それを望んではいないだろう。」


彼女がこの反乱に不可欠な人間なのは、辰もよくわかっている。

しかし彼女が、自らがそれを望まなければ、彼女を苦しめるだけ。

それが分かっているからこそ、今は、リーダーにそんな言葉で説得するしかなかった。


「…。」

「…わかったよ!戦い向きな奴を探すか!」


シドは、辰のその言葉を聞き、もうそれ以上は何も言えなくなった。





****************




「お前何バカ言ってんだよ。」


京司のその顔にもう笑みはない。


「そうだよね…僕を殺せないよね。」


青はどこかあきらめたように、自嘲的に笑っていた。


「あのなー。お前死ぬために、生きてんのか?」


京司はため息をもらしながら、呆れたようにそう言った。


「そうだよ。君にはわかんないよ僕の気持ちは…。京司…。」


そう言って、青は目を伏せた。

もうこれ以上踏み込んでくるなと言わんばかりに。


「確かに、そうだな!」


京司はすんなりと納得して、立ち上がった。


…やっと諦めたか…。それでいいんだよ。


「でも、借りは返す!」

ポト

すると京司の手から、青の居るベッドの上に、何かが落ちた。


「いいか、俺に何かしてほしい事があれば、この笛を吹け。」


京司の手から落ちたそれは、小さな笛だった。


「え…。」


青が少しだけ顔を上げた。


「ただし、生きるための事だけだからな!」


そう言って、京司は扉の方へと歩いていった。


ギーバタン

重い扉が音を立てて閉まった。





「だから、君の事嫌いなんだよ…。…京司…。」






****************




「よう!天音。」


辰を送り届けた後、2人っきりで話た方がいいだろうと気を遣ったりんは、町へと戻って来ていた。


「あ、りん!」


そこで天音に出くわした。


「きれーな花やな。」


天音は野原に咲いていた花を摘んで来て、手に持っていた。


「うん。この花お墓に持って行こうと思って。」


天音が笑顔でそう答えた。

どうやら、今では、母親の事を疎ましく思う事は、なくなったようだ。


「そうか…。」

「りん?」


その日のりんは、いつもとはどこか違う雰囲気だった。

上手く言い表せないが、その事を天音はなんとなくだが感じていた。


「天音。」


りんは天音の瞳を見つめた。


「ん?」

「この国変えへんか?」

「え…。」

「わいと、行かへんか?」


ザ―


天音の持っていた花が風に揺れた。

天音は、りんが言ったことをすぐには理解できずに、ただその場に立ち尽くしていた。

それはあまりにも、突然だったから…。


「外の世界を見にいかんか?」


りんの真剣な瞳がじっと天音を見つめていた。


「りん…。ごめん…。」


天音はバツの悪そうな顔で、目を伏せた。


「私はまだ、ここにいなくちゃ…。」


…今ここを離れるわけにはいかない。


天音は、りんの言葉を聞き、なぜか瞬時にそう思った。


「そらそーやなー!ちょっと言ってみただけや!忘れてやー!」


りんはコロッと表情を変え、いつものような明るい声でそう言った。

それが何かを誤魔化そうとしているのは、さすがの天音にもわかってしまった。

そしてりんは、すぐさま天音に背をむけ、去って行った。


「りん。ごめんね。」


そして天音は、その背中に向かってポツリとつぶやいた。




****************




りんは、天音と別れた後、一人城の前の階段に座り込んでいた。


…なんで…あんな事言ってしもうたんやろう…。


自分でもよくわからなかった。

なんで今…。


「よぉ。」

「シド…。」


辰と話を終えたシドは、町へと戻って来ていた。


「ありがとな。辰に会わせてくれて。」


シドはりんにお礼を言いたいと思い、りんを探していたのだった。


「ええって、で、おっさんは?なんて?」


りんは辰の返事は、なんとなくわかっていたが、一応聞いてみた。


「断られた。」

「…そうか。」


りんは静かに答えた。

それは予想した通りの答え。

辰もまた天音と同じ…なのかもしれない。


「なあ、お前一緒に来ないか?」

「え…。」


りんはシドのその提案に目を見開いた。


「断れっぱなしで、帰れないからな。」


そう言ってシドは笑った。


「…。」


…そうか、天音もこんな気持ちやったんか…。


「…行かへん…。」


じっくりと考えた後、りんはその答えを口にした。

その答えに自分でも少し驚いていた。

少し前には、天音にあんな事を言っといて…。

でも…


「かー!お前もか…。」


シドが頭を掻きむしりながら、そう言った。


「悪いな、シド。わいも、まだここに居なきゃいけない気がすんのや。」


そう言ってりんは顔を上げて、城を見上げた。

今はまだその時ではない…。

天音がそう言っているような気がした。


「そうか…でも…。」

「ん?」


するとりんは、もう一度シドに目線を戻した。


「その瞳の中の炎は一緒だな。」

「…。」

「お前も辰も…。」

「あんがとさん!」


そう言ってりんは、いつものようにニッと笑ってみせた。





****************



「誰…?」


誰かが天音に手を差し伸べた。

しかし、その顔は見えず、天音は目を細めその人物を確かめようとした。

その手は天音の手よりも大きな手。

そして、その手を天音はよく知っていた。


「天音!早く!」


そして天音を呼ぶその声は、どこか懐かしい。


「え…?」


天音は目を大きく見開いた。


「生きるんだ!!」


彼が必死に叫んだ。


「私…。」

「お前だけでも!」

「私だけ…?」

「そうだ。生きろ。」



「いや…いやー!!死なせてー!!」



ハッ!!

天音は布団をはぎとり、思わず飛び起きた。


「はぁ、はぁ、夢…?」


額には汗がしたたり、心臓がいつもより早く脈打っているのが、はっきりと分かった。

天音はこの所、毎日のように、夢にうなされて目が覚める。

なぜ、毎日このような不可思議な夢を見るのか…。

天音には見当もつかなかった。




************




授業中


黄昏時たそがれどきこの言葉の意味は…。」



「ZZZ」


授業中だというのに、めずらしく天音は、机に突っ伏して居眠りをしていた。幸い先生には、まだ見つかっていないようだ。


「天音が居眠りなんて、めずらしいね。」


華子が小声で星羅にささやいた。


「…。」


そんな、天音の姿を、星羅は、ただじっと見つめていた。




「夕暮れの時間帯、人の顔の識別がつかない暗さになった頃、誰そ彼、誰ですかあなたは?と問う時間の事を言います。」






「天音…。」


その日の全ての授業が終わった後、星羅が天音に話しかけた。


「あ、バレた?」


天音は星羅に寝てた事を、怒られるのではないかと身構えた。


「…あなた最近眠れてないんでしょ。」

「え…。」


しかし、星羅から言われた言葉は、天音の想像していたものとは違った。


「毎日、夢にうなされてるみたいだけど…。」


星羅は、毎日のように、夜中にうなされている天音が気になっていたのだった。


「そ、そんな事ないよ。」


天音は無理くり笑ってごまかしてみせたが、その目の下にはクッキリとクマができていた。


「ほら、夢はみんな見てるんだから。」


そう、そんな苦し紛れのごまかしでは、星羅には通用しない。


「…。」


星羅はそんな天音をじっと見つめたまま、黙りこくった。


「でも…夢はみんな忘れちゃう。なんでだろう…。」


すると、天音は笑みを消して、少し遠くを見て、そうつぶやいた。


「夢に答えを求めてはいけないから。」

「え…?」

「夢と現実は違うものよ…。」


星羅の冷静なその視線は、天音をしっかりと捕えていた。



************



「反乱軍の者達を捕らえた!」


その頃、城の前では、兵士が声を高らかに上げていた。


「さすが城の兵士だな。」

「反乱なんてバカな事を、考えるもんじゃない…。」


反乱軍討伐軍によって捕らえられた者達が、次々と、城へと連行されていた。

町民達はそんな様子を見て、次第に複雑な心境を持ち始めていた。


「反逆者は明日、死刑となる!」


「怖いわね…。」


そう。歓声の中には、そんな恐怖の声も聞こえた。

反乱軍討伐軍を称える声もあれば、国に反発する者が、簡単に殺されてしまう。その現実に恐怖を感じる者もいる。


「…。」


りんはその様子を、黙って見ている事しかできなかった。


「月斗も、こうなるのかしら?」

「え?」


りんが振り向いた先には、みるかが不敵に笑っていた。


「バカみたい。」

「なんや、また嬢ちゃんかいな…。」

「自分達がこうなるのに。」


みるかは、その憎しみにあふれた瞳を城に向けた。


時刻は夕刻…。

城は夕日の赤に染まろうとしていた。



************



「また、僕の出番?」


青がゆっくりと口を開いた。


「ええ…。」


青の問いに、かずさがゆっくりと頷いた。

以前は天音の定位置であってたその椅子は、いつのまにか、かずさの定位置になりつつある。


「天音は前に言ってたよ。神様を信じるって…。」


何故か青が、唐突にそんな事を口にした。


「…。」

「よかったね…。」


夕日の赤い光が青の部屋にも入り込んでいた。



もうすぐ黄昏時…。





************




「天音…。」


京司は、見張りの目を盗んで、久しぶりに中庭の池へとやって来た。


「…いないか…。」


しかし、そこに天音の姿はない。

いつから天音に会っていないんだろう…。

もう思い出せない…。

もしかして、もうこのまま…。

京司の頭には、そんな考えさえ浮かんできた。

しばらく彼女に会えていないせいか、珍しく、弱気になってしまっている自分がそこに居た。


『約束する。』


今はその言葉だけが頼り。

京司にできるのは、その言葉を信じて待つ事。


「天師教…?」

「え…?」


その言葉に、思わず振り返ってしまった京司が目にしたのは、見知らぬ男。

ボロボロの身なりのその男は、明らかにこの城には似つかわしくない。


「誰だ?」


京司は、その明らかに不審な人物に顔をしかめ、身構えた。


「我は…。」




************




「ZZZ」


天音は自分の部屋で、1人うたた寝をしていた。

寝ても寝ても、夢を見てすぐに起こされる。

星羅の言う通り、何故かここの所、深く眠る事ができていなかった。

天音は授業の後、部屋に戻り、睡魔に襲われた。もちろん、それに打ち勝つ事はできなかった。




「きょう…じ…。…くそく…。」





夕日は沈み、空には名残の赤がまだ少し残っていた。





************





「我は革命家!!」

「は?」


京司が危機を感じ、一歩後ろへ下がった。



「死ね!!」



しかし、遅かった。

このような危機的事態を今までは、充分に警戒してきた。そう京司は教育されてきた。

しかし、今日は違った。

彼の弱気な心がこの時ばかりは、油断を生んでしまった。



「しまっっ!!」




グサッ



嫌な鈍い音がその場に響いた。





「我々は反乱者でも反逆者でもない。」




カラーン



男の持っていた剣が床に落ち、その金属音が京司の耳をつんざく。





「う…。」





京司は声にならない声を上げた。




バタッ


そして次の瞬間、冷たい床に彼の身体が横たわった。




「う…あ…。」




…声が出ない…。

…なんでこんな事になった…?



チャリーン

その時、天音に貰った十字架のネックレスの鎖が切れて、京司の目の前の床に転がった。


…ハハ…十字架か…。神様に頼めってか…?

…俺は神じゃ…ないもんな…。



瞬く間に彼の血が辺りを赤く染める。




「くそーーーーー!!」




そこに広がるのは赤の世界。







―――――誰そ彼






――――――あなたは誰ですか?








************





「まね…。あまね、天音ってば!!」

「え…?」


華子が天音を呼んだ。

その声で、やっと天音は目を覚ました。


「窓開けっ放しで寝てたら、風邪ひくよ。」


そう言って、華子は窓を閉めた。


…あれ、いつの間に寝ちゃったんだろう…。


天音は、まだ寝ぼけ眼のまま、目をパチクリさせている。


「あれ?取っちゃったの?」

「へ?何が?」


まだ、頭がボーっとしてる天音は、華子の言っている意味がすぐには理解できずに、首を傾げた。




「あの十字架のピアス。」


「え…?」













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