片翼ではもう二度と飛べないから
神様…
私は、奇跡の石なんていらない…
妃になんてなれなくてもいい…
そこにみんなとじいちゃんが居てくれたら
それでよかったのに
ただそれだけなのに…
神様、どうしてあなたは
いつも私の大事なモノを
私から奪うの?
************
あれからどのくらい時間が経ったのだろう…。
天音は、その何もない荒野に、一人ただ座りこんでいた。
「クスクス知らなかったんだ?」
「え?」
天音がその声に反応し、顔を少しだけ上げた。
その声の主は…。
「あなた…み…るか…?」
「哀れだね…。」
お世辞にも高いとは言えない彼女の背丈は、地面に座り込んでいた天音より少しだけ高い。そんなみるかの冷たい視線が、天音を見下ろしていた。
「どこ!!」
天音は思わず大声を上げ、みるかの服に掴みかかった。
こんな少女にすがりつくなんておかしい?
いや、何でもいい。
誰か教えて!!
「ねえ、みんなはどこにいったの!!」
誰か…その答えを…
もう、こんな思いは…
「さぁ…?あのインチキ占い師にでも聞いたら?」
天音を見下ろしているみるかが、不敵に笑った。
ーーーこんな思いはもう二度としたくないと思っていたのに…。
************
『最近城の前に、変なしゃべり方をした男が座り込んでいるようで…。この前なんか、天使教様に会わせろなんて無礼な事を言い出しまして…。』
そんな兵士からの報告が、京司の元にも上がってきていた。
しかし、彼は別に危害を及ぼしているわけではないので、もちろん捕らえられる事などはない。
「変なしゃべり方の奴なんて、アイツぐらいか…。」
京司は、そんなりんの事が気になってはいたが、最近は見張りの目が気になって、外には出られずにいた。
どうしたものかと思案しながら、京司は城の中をウロウロしていたその時。
「あら、こんな所でどうしたの?天師教様?」
今日も無表情の彼女は、わざとらしくその嫌な名前で京司を呼んだ。
「お前、本当に神出鬼没だな…。」
「失礼ね。」
どこでも突然現れるかずさに慣れ始めた京司は、驚きもせずに、呆れ顔を見せていた。
口ではそんな事を言った京司だったが、これは絶好のチャンス。
「このメモ、りんに渡してくれ。」
スッ
かずさに小声で耳打ちをし、手に紙の切れ端を握らせた。
彼女の事は100パーセント信頼しているわけではなく、むしろ疑わしい事ばかりだ。
しかし、りんの事を知っている彼女にしか頼めない。そう思って京司は、とっさにそれを彼女に託した。
************
「何や?」
りんは今日も城の前の階段に座って、町を眺めていた。
「てん…、京司から。」
わざわざ京司と言い直したかずさの意図は、何なんだろう…。
りんはぼんやりとそんな事を思い、その紙を受け取った。
“何か用があるなら、この紙に書け”
その紙には、殴り書きでたった一言そう書かれていた。
りんはその紙に、京司に伝えたい事をスラスラと書いた。
「悪いなかずさ。この紙京司に渡してもらえるか?」
「ハイハイ。」
かずさは少しめんどくさそうに、その紙を受け取る。
こんな面倒な事、普段なら引き受けないであろうかずさが、素直に従っている。それには、何か訳があるのだろうかと、りんは深読みせずにはいられなかった。
「かずさ…しつこいようやけど、なんで城におるんや?」
「わからない?」
りんはやっぱり、聞かずにはいられなかった。
彼女の持つ使教徒の力のせいで城にいるのであれば、それは…。
「城イコール国」
かずさはたった一言そう言って、りんに背をむけて階段を上り始めた。
やはり彼女の帰る場所は、いつだって城。
「…。」
ーーーそれはかずさにとって、辛い事なんやないか?
しかしそれを口にする事は、りんにはできなかった。
************
「天師教様!」
「ん?」
息を切らした兵士が、京司の元へとやってきた。
「も、申し訳ありません。つ、月斗が…脱走しました。」
「…。」
京司は怒る事もわめく事もなく、何事もなかったかのように、落ち着いて窓の外を見た。
「て、天師教様?」
てっきり、京司にこってり絞られると思っていた兵士は、拍子抜けした声で彼を呼んだが、彼からの返答はない。
そう、京司にはわかっていた。こんな日が来る事を。
あの月斗が、いつまでも大人しくあそこにいるわけがないのは、重々承知。そんな予期していた事が現実となっても、驚く事はない。
しかし京司は、それを咎める事もなく、阻止しようとも思わなかったのだ。
************
「…国か…。」
りんは、ゆっくり噛み締めながら、その言葉を口にした。
そして、時間が経つにつれ、かずさの言った意味を少しずつ理解し始めた。
「恐ろしい所や…。」
城の前の広場に立っているりんは、鋭い目でそこにある、城を見上げた。
「城の前で言う言葉か?」
「…なんやおっさん。聞いてたんか?」
多くの人々が行き来するその広場の中で、彼はりんを見つけ、いつの間にか彼の隣に立っていた。
「俺以外の兵士に聞かれでもしたら、捕らえられるぞ。」
「なんや、この国はいつからか、言論の自由もなくなったんか…。」
町の見回り中だった辰は、サラリと恐ろしい事を口にしたが、そんな事にひるむりんではない。
「心配せんでも、わいは城に乗り込んだりせえへん。月斗とはちゃうからな。」
りんもまた、本気か冗談かわからないそんな事を言いながら、悪戯っ子のような笑顔で笑ってみせた。
本心には蓋をしたまま。
「…アイツ逃げたそうだ。」
「へ?」
「月斗がまた脱走した。」
「ハハ、またかいなー。」
辰がこっそりと、りんに月斗の脱走の事を耳打ちした。
彼が脱走したことは、もちろん民衆には内緒。知っているのは、城の一部の兵士だけ。
それを聞いたりんは、ハハと笑ってみせた。
きっとりんにとっては、月斗の脱走は、ワクワクするイベントのひとつのような感覚なのだろう。
「そういや、天音、ちゃんと帰れたんかなー。」
「…妃候補が解放され、もう5日か。」
「なんや、天音が帰ったの、知っとったんかいな。心配じゃないんか?」
もちろん、国の兵士である辰が、それを知らないわけはない。
しかし、まったく天音を心配するそぶりを見せない彼に、りんは聞いてみたかった。
「…天音の自由にしたらいい。私は何も…。」
この男が、天音を大事に思っているのは確か。
辰は天音の気持ちを尊重しているのだ。
しかし、彼女が村に帰るという事は…。
「あの村…輝夜村は…ほんまにあるんか?」
りんは低い声でつぶやいた。
彼女があの村に辿りつく事は、可能なのだろうか…?
そして、辰なら、村の事について何か知っているのではないのか、と…。
「かぐやむら??」
辰はその名を耳にしたとたん、眉間にしわを寄せた。
「え?」
「なんだそれは?」
その問いに、りんは背筋に冷たい汗を感じた。
************
「はい。」
かずさは城へと戻ると、すぐ様、いつものあの池へと向かい、京司にりんからのメモを渡した。
もちろん京司はその場所で、彼女を待ち構えていた。
「悪いな。」
「で?何て書いてあるの?」
かずさは、何の躊躇もなく京司に尋ねた。
まるで、それを教えるのが、義務かのように。
「…。」
京司は黙ってそのメモを見つめていた。
「協力者なんだから、教えてくれてもいいでしょ?それとも、そんなに大事な…。」
「輝夜村について調べてほしい。」
京司もまた、躊躇する事なく、その内容を簡単に口にした。
かずさが何者であっても、この内容を口にしたからと言って、別に大事になるわけでもない事は、分かっていたから。
「ふーん。ま、ここにはたくさん資料あるものね。」
かずさは、どこか興味なさそうに、そう言ってみせた。
「もう、調べたっつーの。」
グシャッ
そう言って京司はその紙を、力一杯握り潰した。
そして、それを見たかずさは、口端を微かに上げた。
************
「天音のいた村や!本当におっさんは、村の事何にも知らないんか?」
りんは興奮して、思わず大声を上げてしまった。
何かヒントが欲しかった。
どんな些細な事でもいい。
「村…。」
『村に帰って、じぃちゃんに会いに行かなきゃ…。』
天音は、確かに辰にもそう言っていた。
もちろん辰も、天音がこの城に来る前の事は、知らない。
天音がどこで、誰と暮らしていたのかも…。
そう、天音がどこかの小さな村で暮らしていたとしても、それはなんら不思議ではなかった。
しかし…。
「まじで、知らんのかいな?その村に天音は捨てられとったって、ゆーてたけど…。」
『私は村の前の入り口に、捨てられてたの。そんな私を拾って育ててくれたのが、じいちゃんだった。』
天音は、確かにりんにそう話していた。
「捨てられた?」
さらに辰は顔を歪めて、眉のしわを深くしていく。
「天音は5才まで、この城下町で育った。母のジャンヌの元で。」
「……なん…やて…?」
りんは、辰のその言葉を聞き、息を呑んだ。
「ま、まちーや。わいはてっきり、天音が記憶があるかないか位の小ちゃい頃に、ジャンヌが死んで、その村に預けられたんやと、思っとった!」
「ジャンヌが死んだのは、天音が5才の時だった。まあ、その頃の記憶がほとんどないのは、わかるが…。私が天音をこの町から連れ出した。」
「え、おっさんが?」
りんは、次々と明らかになる真実に、目を見開いた。
「ああ。ジャンヌが死んだ後、中月町の教会に天音を預けた。」
「…んな、アホな話…。」
辰から語られた話にりんは、大きく目を見開いた。
そこには、天音の言っていた輝夜村というワードは一切出ては来ない。
一体全体どうなっているのか?
りんは、困惑するしかない。
どこで違った…。
どこで掛け違えた…?
************
「はぁ、はぁ。」
今は、自分の吐息しか聞こえない。
他の音は遮断されたかのように、全く耳に入らない。
何とか城から脱出した月斗は、城の裏手の森から、何とか身を隠しながら、町の外へと向かっていた。
まるで、何かから逃げるように。
…どこに行くっていうんだっ…。
「はぁ…、はぁ。」
…俺にはもう、行く場所なんて…。
『月斗、来年もまた花火大会一緒に見ようね!』
…もうどこにもない…。
そして、やっとの思いで、町の入り口に辿り着いた。その道のりは、いつもの2倍以上の時間がかかったんじゃないかと思うくらい、長く感じた。
ここまできたら、この町を出て…。
そんな考えが、ふと月斗の頭をよぎる。
「どこ…。」
すると、聞き覚えのある、あの声が聞こえてきた。
それは、よりによって、今一番聞きたくない…。
「何が?」
しかも、その嫌いな声がまた1人増えた。
「みんなはどこ?」
村の入り口に立つ天音の目は、血走っていて、目の前にいる彼女を、睨みつけていた。
「みんな?」
タッタッタ
すると、城の方から、誰かが走って来る足音が聞こえた。
「はぁ、はぁ、はぁ。よかった。おったんやな。天音!」
りんが何故か慌てたように、走ってやって来た。
また余計な茶番が始まろうとしている。
月斗は遠巻きから彼らを眺め、ボンヤリとそんな事を思った。
「村のみんなはどこ?おじいちゃんはどこ!!」
今まで聞いた事のないような、悲痛な声で、天音は叫んだ。
「天音…。」
りんは、そのただならぬ天音の様子に、唖然とするしかなかった。
「村はどこ?どうしてなくなったの?」
天音の髪はボサボサ、服はホコリまみれ。目の下にはひどいクマ。
そしてその目は…。
「知ってるんでしょかずさ!!」
目の前のかずさを、ただ、ただ、睨みつけていた。
「…。」
しかし、かずさはだんまりを決め込んで、天音のその気迫を押しのけるばかり。
「あ、天音…。」
りんはただ、その名を呼ぶ事しかできない。
どうしたら、彼女をなだめられるのか…。
いつもはおしゃべりなりんでも、そんな言葉は、こんな時に限って全く浮かんでこない。
「村のみんなは他の町に?私、おじいちゃんに会わなくちゃ。」
「…。」
「村はまた私が作るから…。」
「え?」
天音のその言葉に大きく反応したのは、目の前にいるかずさではなく、かずさの少し後ろに立つ、りんだった。
「妃になって村は私がまた作る!だから、今、みんなはどこに…。」
「私は知らない。」
感情的な天音と対象に、かずさは冷静に、ただ一言だけそう答えた。
ーーーこれは、誰が描いたシナリオなんや……。
「天音。少し落ち着きや。」
りんは、自分の中からフツフツ湧いてくる感情を何とか抑えこみ、今は天音をなだめる事に専念しようと心に決めた。
「うそ…。あなたは、知ってる。」
しかし、りんの声は、全く天音には届かない。
「私が知るわけないでしょ…。」
冷静なかずさは、冷たく天音を突き放すだけ。
りんのように、優しくなだめる事など一切しない。
「うそ!知ってるんでしょ!教えてよ!!」
「天音!落ち着けって!」
りんは、こんな天音をもう見てられなかった。
彼女が、人を睨みつけて、責め立てる姿など。
「誰か教えてよ…。」
すると、天音は力が抜けたかのように、ひざから崩れ落ちた。
「作ればいいじゃない村…。探せばいいじゃない…。おじいちゃんを、みんなを。」
かずさは、どこか投げやりに、天音にその言葉を浴びせた。
「…。」
天音は顔を伏せたまま、もう話す気力もわかない。
「…知ってたんか?かずさ。こうなる事…。」
りんは少しだけ悲しい目で、かずさを見た。
分かっている、かずさを責めるのは、間違っている。
「ただし、5日後が城に帰るタイムリミットだけど…。」
かずさは、なおも冷たい視線を天音に送り、その事実を告げた。そう、妃候補に許された時間は10日。あれから、5日経った今、天音に残された時間はあと5日。
「…。」
「ま、本当に妃になる気があるんだったら、の話だけど。」
ザッ タッタッタッ
すると、天音は突然立ち上がり、走り出した。
町の外へと…。
「天音!」
りんが声をあげ、天音を引き止めようとするが、
しかし、もうその声は届かない。
あっと言う間に、天音の背中は小さくなっていった。
「…城イコール国…。全部国なんか…。」
今度はりんが、かずさに向かって問う。
彼の顔には、いつもの笑顔はなく、苦虫を噛み潰したような、その表情が張り付いている。
「…。」
かずさは口を固く結んでいて、やはり何も語る気はなさそうだ。
「どういうことや、何なんやこの国は!!」
りんが突然叫んだ。
彼もまた、爆発寸前だった。
しかし、天音の手前、それを表に出すわけにはいかなかった。
そして、わかっていた。ただ叫んだところで、自体は変わるわけではない。
「行くで。」
それをちゃんと分かっていたりんは、真っすぐ町の外を見据えて、そう言った。
「お前もどうせ行く当てないんやろ。なら付き合ってもらうで。月斗。」
どうやら、その言葉は月斗に向けられていたものだった。
…コイツ…、俺がここに居たの気づいてたのか…。
月斗は疲れ果てたのか、彼らから少し離れた道の端に腰を下ろして、天音達の様子を傍観していた。
一応フードは深く被って顔は隠していたものの、りんにはバレバレだったらしい。
「…わいがかくまってやる。行くぞ!」
…何なんだコイツら…。訳がわかんねぇ…。
月斗はそんな感情とは、うらはらに、疲れた体にムチを打ち、ゆっくりと立ち上がった。
************
それからりんと月斗は、馬車を乗り継ぎ、ある町へと辿り着いた。
「おー、やっと着いたんか!!いやー、兄ちゃんが馬車をとばしてくれて、助かったわー!」
りんはいつものように、調子よく、馬車に乗せてくれた若者の肩を組んだ。
「まったく…。ここが中月町だよ。」
馬車に乗せてくれた若者が、少し呆れた様子で言った。
そう、2人がやって来たのは、天音が預けられていた教会があると辰から聞いた、中月町。
「わいらには、タイムリミットあるさかい…。さー、行くで!ってー!月斗まだ寝とんのか!」
りんは、まだ馬車の中でグーグー寝ていた、月斗の頭をこずいた。
「いてーな。」
「はよ!いくで!」
りんは、まだ眠気まなこの月斗の腕をひっぱった。
「ひっぱるなよ!」
「時間ない、ゆうとるやろ。」
「なんだって俺が、コイツとこんな所まで。」
月斗はブツブツ言いながらも、りんに大人しく着いていく。
どうせ町を出るつもりだった月斗は、何も考えず、どこか遠くへ行けるなら、とりんについて来てしまった。
しかし、その選択は仇となり、結局はりんに連れ回される事になっていた。
「しゃーないやろ。城下町じゃ、お前はもうお尋ねもんやからな。ほとぼりが冷めるまで、町には帰らんほうがええやろ。」
「ハッ。こんなへんぴな町に逃避行ってわけ。」
「…なんで男と逃避行やねん。」
そんな事を言い合いながら、2人はずんずん町へと入って行く。
そして、ある場所へとたどり着き、足を止めたりんは、古くて重いその扉に手をかけた。
ギー
するとその扉は、不気味な音を立てて開いた。
「すんませーん。」
りんは、その扉を何の躊躇もなく、潜り抜け、中へと足を進める。
「こういう所来ると、吐き気すんだけど。」
しかし、月斗は入り口で立ち止まったまま、不貞腐れたように、そう言った。
「何罰当たりな事言うてんのや!」
月斗は後ろを振り返って、月斗に向かってそんな言葉を投げかける。
「あら?お祈りにいらしたの?」
そこへ、奥の扉から、シスターの恰好をした女の人が現れた。
そう、ここは彼等の目的地である、中月町の教会だった。
「いやー、ちょっとちゃうんやけど。この教会のシスターさんやな。」
「ええ。」
「ちょっと聞きたいんやけど、ここに、12年位前からいる人おりますか?」
「えっと…。」
そのシスターは、少し困った顔を見せ、どう答えたら良いのかと、思案しているようだった。
「12年位前に、天音っちゅう女の子が、この教会に預けられてたはずなんやけど…。」
「12年位前ですか…。ちょうどその頃、牧師さんも亡くなって、シスター達も入れ替わったと聞いています。私は、数年前に来たばかりで、詳しい事はよくわからないんですけど…。」
シスターは、まだ困り顔を浮かべながらも、きちんと彼の問いに答えてくれた。
このシスターが言ってる事はおそらく、ウソではない。
りんは、直感的にそう感じていた。
「…そうですか…。」
りんはそう言って、一度、教会の中を見渡し、その扉を再び潜り、外へと出た。
************
「おかしいと思わんか?」
「何がだよ!」
りんに連れ回され、月斗は疲れきっていて、やっぱり今日も機嫌が悪い。
「この町に住んでる人らは、みんな、最近越してきた人ばっかりや。なんで、12年前から住んでるもんがおらんのや?」
りんは、この町の人達に話を聞いて歩いたが、みな口をそろえて、そんな昔の事は知らないと言う。
「この町…なんか変やないか?」
「しらねーよ!!」
月斗は、疲れ混じりのイライラが頂点に達しそうで、りんの話なんかどうでもよさそうに、そっぽを向いたっきり。
「何やお前、天音の事知りたくないんか?」
「興味ねー。」
月斗は全くと言っていいほど、その話題に、興味を示そうとはしない。
しかし、なぜか、りんの前から、姿を消すという考えは、彼の頭には浮かんではこなかった。
「お前達か…。妙な事聞き回ってるっていう奴は…。」
1人の老人が、この町で、不可解な事を聞き回ってる者がいるという噂を聞きつけ、りん達に話しかけてきた。
「なんやじいさん。じいさんは、ずっとこの村に住んでるんかいな?」
「…。」
「だんまりかいな。ただわいらは、天音っちゅう女の子が…。」
「その名を簡単に口に出すでない。」
老人が厳しい口調でそう言い、月斗を鋭い目で射抜いた。
「は…?」
りんは思わず、眉をひそめた。
そして、確信した。
……このじいさんは知っている。天音の事を。
「なんや、ただ天音の名前出しただけで、そんな睨まんでも。」
「…お前らは何にも知らんのだろう。」
その老人は、尚も厳しい表情を崩す事はない。
「わいらは、その子の友達なんや。」
「友達?」
りんのその言葉に、不審感たっぷりに、老人が顔を歪ませた。
そんな話、信じられないと言わんばかりに。
「そうや。」
しかし、りんはひるむ事なく、自信満々に答える。
「その名はこの町では、禁句だ。」
「…なんやそれ。まぁ、どうせまた、国やろ。」
「チッ。」
りんの呆れ返ったようなその言葉に、月斗が思わず、舌打ちを打つ。
「……。」
老人は肯定する事も、否定する事もなく、少しうつむいた。
―――絡まった糸はそう簡単にはほどけない…。
************
「ファー、疲れたー。」
月斗は馬車を降り、大きくあくびをした。
口では、疲れたとは言ってはいるが、馬車の中では、ほとんど寝ていた彼の体力が、回復に向かっているのは間違いない。
「この国は狂っとる。」
そんな呑気な月斗とは対照に、りんがめずらしく低い声でつぶやいた。
「今頃知ったの?」
今日は約束の5日後。
城下町の入り口には、あの日と同じように、彼等を出迎えるかのように、かずさがいた。
「…。」
りんは、いつもの笑顔は封印し、ただ真顔でかずさを一瞥する。
カチ
そんなりんの横で、月斗がまた呑気に、たばこに火をつけた。
…コイツたばこなんて吸うんやな…。
りんは、なぜかそんな事をふと思った。
この5日、月斗と行動を一緒に共にしたが、彼がたばこを吸うのは、これが初めての事だった。
「プハー」
月斗がその場に座り込んで、美味しそうに、たばこを吸い始めた。
ザッザッ
その時、足を引きずるような足音が聞こえた。
「もう終わりにしようや。かずさ。」
りんは、もう一度かずさの方を見た。
全ては国の仕業。
それはもう、わかりきった事…。
こんな事ばかり続けていても、何の意味もないのだから。
「…誰のせい…?」
かずさがポツリとつぶやいた。
その言葉は、一体誰に向けた言葉なんだろうか…?
「え?」
しかし、りんにはその意味がわからず、眉間にしわを寄せた。
「プハー。」
月斗はなおも、おいしそうに、たばこを堪能していた。
まるで、自分には関係ない、とでも言いたいかのように…。
「それでも妃になる?」
かずさが、いつもとなんら変わらない様子で、彼女に問いかける。
「憎い…?誰が?」
今度の言葉は、彼女に向けられたものだと、誰もが
理解できた。
「全て知りたければ、石を見つければいい…。だってこれは始めから石取りレース。」
かずさの冷酷な声が、彼女を徐々に追い詰めていく。
それは、まるで、徐々に身体を回っていく毒のように…。
「…。」
しかし、彼女は未だ下を向いたまま、微動だにしない。
「あなたがここへ来た理由は、石を探すため…。ただそれだけ。」
かずさが、とどめの一言を言い放った。
「…。」
その言葉は、彼女に届いているのか、いないのか…。
「これは終わりではなく、始まり。」
―――そして、静かに幕は上がった。
「どこ…じいちゃんは…。」
ここで初めて、ポツリと覇気のない声が天音から発せられ、りんは天音の方へと視線を移した。
「それを聞きたければ、石を持って行くのよ。あそこへ。」
そう言ってかずさは、遠くにそびえ立つ城を指差した。
―――そう、それは始めから決められた運命。
「返してよ…。」
力ない声でまた、天音がつぶやいた…。
……私の大事なモノ
「城イコール国…。」
りんもまた力なくつぶやく。
「石だかなんだか知らねーけど、回りくどい事はもういいだろう。国潰せばいいんだろ?」
なぜか、突然、話に参戦してきた月斗が、そう吐き捨てた。彼もまた、彼女と同じように、取り返したいものがあるのだ。
「…。」
彼の声を久しぶりに聞いた天音が、何の感情も持たない瞳を月斗に向けた。
「ジャンヌダルクは人々を率いたけれど、あるとき国にはめられて、多くの犠牲を出した。その1回の失敗によって、人々は彼女を疑うようになった。その事につけこんで、国は彼女を魔女だと言い張り、殺した。」
かずさはなぜかここで、ジャンヌダルクの話を持ち出してきたのか…。
その意図とは一体…。
りんはかずさの話に耳を傾けながら、そんな事を考えていた。
「…。」
しかし、その話に天音はやはり目を伏せた。
「この国を潰したいのなら、石を見つけるのね。」
そんな天音を見据えたまま、かずさが言った。
「国なんて…。どうでもいい…。」
天音もある意味、月斗と同じ…なのかもしれない。
…私の大切なモノは…。
「関係ない?本当に?全てを知っているのは国なのよ。」
「…。」
そんな天音の心を見透かしたように、かずさは尚も畳みかける。
まるで、彼女の中の、何か黒い感情を引き出すかのように…。
「あれは長い夢だった?」
かずさがまた、低い声で小さくつぶやいた。
「え…?」
しかし、その声は天音の耳に確かに届いていた。
その証拠に、天音が少しだけ顔を上げた。
気づくと、いつの間にか天音の目の前には、かずさが立っていた。
「また忘れればいい?」
「…何を…。」
その言葉を遮るように、かずさが天音の方へと手を伸ばした。
そしてその手は、天音の耳に揺れる、十字架のピアスに触れた。
「あなたは知っているはずよ。石を見つける理由を。」
「さわらないで!」
パシッ
天音はすかさず、かずさの手を払う。
「天音…。」
りんは、すっかり変わり果てた天音の姿を、心配そうに見つめる事しか出来ない。
…天音の目は、もうあの頃とは違う…。
そうして天音は、黙ってかずさの横を通り過ぎた。
「…どこ行くつもりだよ…。」
すると今度は、月斗が天音の背中に向かって、言葉を投げかけた。
そう、天音の足が向かう先は決まっている。
「城にまた戻るってか?バカかお前?」
月斗は天音に向かって、そんな罵声を浴びせたが、天音の足は止まる事はない。
「え…。」
りんは大きく目を見開いた。
彼女は確かに期限通りに帰ってきた。
そして、また、城に帰るという事は…。
「天師教の妃になってどーすんだよ。あいつがいる限り、この国は変わんねーよ。」
天音は、やはりそんな月斗の言葉に、振り返る事無く歩を進めて行き、その姿はみるみるうちに小さくなっていく。
…月斗の声は、今の天音の耳に届いているのだろうか?
「ハハ。傑作だな。」
りんは、この月斗の声が、天音へと届いていない事を願う事しか出来なかった。
************
「ただいまー!!」
華子が元気良く部屋の扉を開けた。
「あれ、天音もう帰ってたんだ…て、!?なんでそんな汚いの?」
華子はその天音の身なりを見て、驚きのあまり声を上げた。
天音は、ただ椅子に座って、ぼーっと窓の外を見ていた。
そんな彼女は、ホコリまみれで髪はボサボサ。床はザラザラで、たくさんの砂が落ちている。
「天音?」
しかし彼女からは、何の答えもない。
「と、とにかく!!シャワー浴びなよ。ね!」
そう言って華子は、天音を無理やりシャワー室へと押しこんだ。
「ふー。」
華子が一息ついたその時。
ガチャ
再び部屋の扉が開いた。
「星羅!!」
そして、華子は星羅が戻って来るや否や、すがるように、星羅の腕を掴んだ。
「何よ。帰って来るなりいきなり…。」
華子の切羽詰まった様子に、星羅は困惑の表情を浮かべる。
「天音がおかしい!!」
「は?」
その言葉に、星羅が思いっきり顔をしかめ、声を上げた。
************
それから3日後
「久しぶりやないか!星羅!」
図書館に行くため町へと出た星羅は、運悪くりんに出くわした。
りんはいつもと変わらず、今日も胡散臭い笑顔で、ニコニコしながら、星羅に話しかけた。
「…。」
星羅はそんなりんを、訝しげな表情で、じっと見つめた。
「何や無視かいな!」
そんな星羅の表情に、顔色一つ変える事なく、りんが今日も、テンポよくツッコミを入れる。
「…天音…。」
星羅はりんから視線を外し、ポツリとその名をつぶやいた。
「おお!天音の様子どうや?」
りんは白々しく、天音の事を尋ねた。星羅に悟られまいと…。
「…。」
しかし、それは無理な話。星羅には一発で見抜かれていた。
…どうせ、何か知ってるくせに…。
星羅には全てお見通しだった。
「そんな見つめんといて、照れるやないかー。」
りんは、そんな星羅の鋭い視線から逃れるように、わざとおどけて見せた。
「ハー、やっぱり知ってるんでしょ?天音に何があったのか?」
星羅はため息を深くつき、その真意を口にした。
「へ?何の事や―。」
りんは、ここまできても、まだしらを切るつもりらしい。
「天音に何があったの?」
星羅はもう一度、りんに尋ねた。
こんなくだらないやり取りは、ここでもう終わりだ。と言わんばかりに…。
「…天音の様子は?」
りんは口元から笑顔を消して、小さくつぶやいた。
どうやら、やっと真面目に話す気になってくれたらしい。
「毎日ボーっとして抜け殻みたい。」
星羅も正直に天音の様子を伝えた。
天音はあれから、全くと言っていいほど、生気を感じない。ただ時が過ぎるのを、待っているだけのようだった。
まるで、妃が決まるのを、ただ待っているだけのような…。
「そうか…。で、星羅は何のために妃になるんや?」
りんは唐突に星羅にその質問を投げかけた。
「…何でそんな事をあなたに…。」
星羅は、眉間にシワを寄せ、不快感を露にして見せた。
どうやら、簡単にそれを答える気は毛頭無いらしい。
「…天音は、その目的失ったんや…。」
りんは、どこか遠くに目線を移し、ポツリと小さくつぶやいた。
「え?」
「天音のいた村が、なくなってしもうたみたいなんや。」
りんの表情がまたひとつ曇った。
「村がなくなる?」
星羅は、さらに眉間のシワを深めた。
確かに村が潰される事があるのは知っている。
しかし、そんな事がこんな短期間で起こるなんて、あり得る事なのだろうか?
「わいもよー知らんけど、村もない、じいちゃん達もどこに行ったかわからん。」
りんは、行き場のないこの気持ちをどうしていいのか、未だわからなかった。
「…そんな事って…。」
星羅はそんなありえない事態に、言葉を失うしかない。
「普通に考えたら、無理やなー。でもそれをやってまうのが、国や。」
いきつく矛先はやはり国…。
「国?」
星羅はその言葉に、さらに顔を歪めた。
「国は全部知っとったんや。天音が石を見つけるキーマンだって事。」
りんは、その目線を城へと向けた。
「…。」
…それは、国が全て仕掛けたこと?
じゃあ、妃を募集したのは…。
「村の事は、わいはよーわからん。なんで消えてなくなったのか、それとも…。」
星羅は固唾をのんで、りんの言葉を待った。
「はじめから、そんな村はなかったのか。」
「え…。」
星羅の予想もしなかった言葉が、りんの口から発せられ、その時ばかりは星羅も、思わず声を漏らした。
ヒュー
その日もこの国に似つかわしくない、冷たい風が吹き荒れていた。
「まあ、なんにせよ、石は絶対に国に渡したらあかん。」
「…。」
国は石を欲している…。それは星羅も何となく予感はしていた。
国の者達は、石の力を使って民衆を制圧するに違いない。
それは目に見えている。
「ていう事やから、ここはわいらが力を合わせて!」
りんは、その場の張りつめた空気を壊すかのように、わざとおどけて言ってみせた。
「私は別に石に興味はないわ。」
しかし、星羅はどこか冷めた瞳でりんを見た。
「なんや、こっちもかいなー。月斗も全然手伝ってくれへんしー。」
りんは、残念そうに肩を落とした。
「月斗?」
星羅はその名を聞いてまた、怪訝な顔をりんに向けた。
「あー、アイツな城を脱走したんや。で、まあ、色々あってな…。」
りんはバツの悪そうな表情を浮かべ、言葉を濁した。しかし、りんが同じ使教徒である月斗と関わっているのは、星羅には容易に想像できた。
「…あんな、お尋ね者と…」
星羅は、さらに冷ややかな視線をりんに浴びせた。
「で?星羅はなんで妃になるんや?京司と知り合いなんやろ?まさかあいつの事…。」
りんがニヤニヤしながら、そんな事を聞いてきた。
「誤解しないで、私達はそんなんじゃない…。」
星羅はそんなりんの言葉を、あっと言う間に、否定した。
…私と京司は…。
「そうか―?わいはアイツ好きや!」
りんが突拍子もなく、また訳がわからない事を言い出した。りんは、星羅にお構いないし、話題をどんどん変えてしまう。
「え…?」
そんな突然の方向転換に、星羅が簡単に着いていける訳もなく、訝しげにりんの顔を見た。
「あいつ面白い奴やしな!」
りんは、やっぱり京司に相当懐いているらしい…。
その事だけは、星羅にもすぐにわかった。
しかし…
「天音も、京司の事知ってるんでしょ…。」
ずっと誰かに聞きたかった、あの2人の事を…。
その事だけは、ずっと星羅の心に引っかかったままだった。
「…ああ。」
いつのまにか、りんは遠くを見つめていた。
「…。」
―――もうその運命は、止められない。
「でも、天音は、京司が天師教だっちゅう事は知らん…。」
「…。」
それは想定してた中での、最悪の結末。
冷たい風が、星羅の長い髪を揺らした。
************
「僕をここから出して…。」
青はいつになく力強い眼差しで、彼女を見た。
「…。」
ザー
青の部屋の窓は開けっぱなしで、冷たい風が部屋に吹き込んでくる。
「それが…終わりの道へ続いていたとしても…?」
かずさの頬を冷たい風が撫でた。
「もちろん…。」
青のその目が、真っ直ぐとかずさを捉えて離さない。
************
星羅がまじまじとある紙を見ていた。
「何それ?」
華子が星羅に尋ねた。
「また号外。最近、反乱軍が各地を回って、仲間を集めているらしいわ。」
反乱軍は仲間を集め、力は少しずつ大きなものへとなっていた。
その事を国に知らしめようとする誰かによって、この町にも号外が配られていた。
この事は、国にとっては脅威。
「フーン。」
自分から聞いたにも関わらず、華子は興味のなさそうな声を出しただけ。
「まったく。物騒な世の中になったわね…。」
星羅がボソっとつぶやいた。
その不穏な足音はひっそりと、しかし確実に近づいている。
「でも、ここは平和だねー。」
しかし、華子にはそんな危機感は、全くないようだ。
「…さあ?」
星羅はまた号外へと目を移し、つぶやいた。
************
「やっとるな、反乱軍…。」
りんもその号外を手にして、呑気にお店でコーヒーを飲んでいた。
「まったく物騒な世の中になったもんだね。」
店の店主がりんに話しかけた。
「そやな…。」
りんは号外をじっと見つめたまま、じっと何かを考えているようだった。
「なんで、聞いてやらん…。」
そして、りんは、誰にも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。
「え?」
もちろんその声は、店主には届いていないようだ。
「いや、ごちそうさーん。」
そう言ってりんは店を出た。
「…天師教様も、たいしたことないなー。」
外に出たりんは、この町のどこからでも見える、その城へと目をやって、また小さくつぶやいた。
************
「…。」
京司は仕事部屋から、ボーッと外を眺めていた。
「天師教様。」
彼の背後から突然声がし、我に返った京司は、外の景色から背後に立つ人物へと、ゆっくり目を動かした。
「ん?」
「老中様がお呼びです。」
「…反乱の話か…。」
京司はわかっていた。老中が京司を呼びつけた理由を。そして、反乱軍の脅威が、この町を不安に陥れている事も。
しかし、わからなかった。
天使教がどうするべきか…。
************
「この町にも厄除けグッツ増えたなー。」
りんは、城下町のメイン通りを歩きながら、独り言のように、つぶやいた。
反乱軍が、各地で大きな力を持っている事は、城下町の人間の耳にも入っていた。
そして、それが城下町の人間の不安を煽っている事は言うまでもない。
しかし、未だ天使教を崇拝するこの町では、反乱軍の力は、天使教の前では無力だと信じる事でしか、不安を拭う事はできなかった。
そんな町では、天使教関連のグッズが、飛ぶように売れていた。
「どれも、天師教様のご利益付やて!本当に効くんかな?なあ、そう思わん?」
そう言って、りんは、隣にいた彼に話を振った。
「…。」
「おっさんも大変やなー。町の見回りー。」
辰は町の見回り中に、りんに偶然出くわしただけだった。
りんはいつも町で辰に出会うと、当たり前のように話しかけてくる。
「ま、この町は信じとるからな。天師教様の偉大なパワー。」
ハハ。と乾いた笑いを浮かべるりんを横目に、辰は、うんともすんとも答えなかった。
************
「で?俺に何しろって?」
京司は老中に、いつもの会議室のようなだだっ広い部屋に、呼ばれていた。
その部屋には、今日も、この国の政治を行う重要人物達が、集まっていた。
そして、部屋には重苦しい空気がたちこめる。
「演説していただきます。」
その中から代表して、老中が静かに口を開いた。
「ハハ。神の裁きがくだる!って?」
京司はバカにしたように小さく笑った。
「ハイ。」
しかし、老中はどこまでも大真面目。取り乱す事なく、静かに答えた。
「…もう天師教を信じているのは、この町だけなんじゃないの?」
京司は冷たい視線を老中に送った。
「恐れ多い…。」
老中がその細い目で、ギロリと京司を睨む。
彼は恐らく60歳を超えるくらいの歳。前天使教の頃から老中の職に就いていた彼には、誰にも逆らう事は出来ない。
そう、天使教である京司以外は…。
「反乱を抑えても、また新しい反乱が立つ。」
「また倒せばよいのです。」
「それで、天師教の力が保てる?」
老中は、淡々と京司の言葉に答える。
そして、京司は、老中の反論にひるむ事なく、言い返す。
「ハイ。」
老中は表情一つ変えず、静かに答えた。
「あのさ!」
しかし、それと対照に、京司は我慢しきれず、声を上げた。
「これは決定事項。演説を行っていただきます。」
今回ばかりは、老中も京司の話に割り込んで、それ以上は喋らせようとさせない。
これ以上、彼の我儘にがままに付き合ってなどいられない。と言わんばかりに。
「 ……。」
京司は不服そうな顔で、老中を睨んだ。
……コイツら、何にもわかっちゃいない。
「最近…外出されてませんね…。」
「見張りだらけで、どうやって外に出ろって?」
老中が独り言のようにつぶやいた言葉を、聞き逃す事なく、京司は鼻で笑った。
「天師教は神です。外の者に姿をさらしてはなりません。」
「外に出ても、誰も俺が天師教だなんて気づかねーよ。」
京司は、フツフツと湧き上がる怒りを何とか抑えこもうとするが、それは無理な話。
「あなた様がいる限りこの国は安泰です。」
ダン!
京司は我慢できず、目の前の机を叩いて、立ち上がる。
「じゃあ?天師教がいなくなったら?」
彼のその目には怒りしかない。
「この国は荒れ狂うでしょうな…。」
しかし、老中は無表情な顔で京司を見た。
「え?」
「それでは、明日。」
言葉を失った京司よりも、老中が先に席を立った。
これ以上話す事はないと言わんばかりに。
************
「この国は天師教がいる限り安泰かー。簡単にはいかんなー!」
りんはまるで猫のように、大きく伸びをした。
そんな、りんが見上げた空は雲ひとつない快晴。
「天音は?」
辰がそこでやっと口を開いた。
「あの様子じゃな…。」
その質問が来るのはわかっていたが、りんは明らかに顔を曇らせた。
「え?」
辰はりんの答えに思わず声を漏らし、彼の顔は怪訝な表情に変わった。
そう、辰は天音がこの町を出てからは、一度も会っていなかった。
彼は天音の身に起こった事は、何も知らない。
「…天音なあ、村に帰れんかったんや。村はどこにもなかった。」
「…。」
辰は何かを考え込むように黙りこくった。
「それは、今のあの子には辛すぎる現実やった。」
りんは、その寂し気な瞳を、また空へ向けた。
「…私は天音がこの国のために、立ち上がると信じている。」
辰はそれでも、あきらめようとはしていなかった。彼女に望まずにはいられない。
「…ジャンヌのようにか?」
りんは眉をひそめたまま、辰の方を見た。
「…。」
「そのジャンヌは殺されたんやで?」
りんが声のトーンをわざと下げた。
――――同じ運命を天音にも味わせると?
「天音は…。」
辰は躊躇しながらも、さらに続けた。
「ーーー天師教と敵対する事になる。」
その残酷な未来を、まるで予言するかのように。
「…天音は、もうアカン…。」
りんは力なくつぶやいた。
その意味をりんは痛いほど理解していた。
しかし、願わずにはいられない。そんな未来が来ない事を…。




