end of the dream
「…もうこれ以上天音を傷つけないで…。」
「私にはどうしようもない…。」
「…。」
青がいくらそれを望んでも、その願いは叶わない。かずさに言われなくても、それは青にもわかっている。
でも、願わずにはいられない。
「運命が呼んでいる…。」
かずさが、青の部屋の窓へと視線を移して、まるで独り言のように小さくつぶやいた。
「運命?」
「あなたも、自分の運命を知りたい?」
青はその言葉に、眉間にシワを寄せた。
彼女の言うそれが、本当に運命と呼ばれるものなのかは、わからない…。
「…人はみなそうじゃないの?」
「そうね…。人は愚かだものね。」
かずさの冷酷な声が、今日はいやに部屋に響く。
「教えてよ。ぼくの運命は?」
「…。」
「じゃあ、未来は?」
「未来は語るためにあるんじゃない。」
外から差し込むオレンジの光が、かずさの顔を照らした。
「それで…。」
青は宙を見つめ、もう一度口を開いた。
「僕はいつ死ねるの?」
彼の透き通るような青いその瞳には、夕日は映らない。
************
「天音の母親は、あのジャンヌなんやろ?」
りんにどうしても、ついて行きたいとお願いをされた天音は、仕方なくそれを承諾するしかなかった。
そしてりんと2人、ジャンヌのお墓の前へとやって来た。
そこでりんは、天音に何の躊躇もなく、ここぞとばかりにその事について尋ねた。
「え、うん。知ってたの?」
天音は、りんがその事を知っているとは思ってもいなかったため、少し驚いた表情を見せた。
「…すまんな。あの兵士のおっさんに、聞いてもうた。」
「そっか…。」
りんは申し訳なさそうに、苦笑いを浮かべた。普通なら自分の知らないところで、自分の素性を聞いたら、嫌な気持ちになるのは当たり前だ。
しかし、天音はなぜか、その事実をすんなりと受け止めた。
「まあ、びっくらこいたわ。ジャンヌは、ある意味有名人やからな。」
「みんな、知ってるんだね…。」
天音は、母親の事を知られた事には、あまり多くは言及はしなかった。
そして、りんはさらに、ジャンヌの話を続けた。
…彼女はやはり、母親がジャンヌだという事実を受け入れてはいないのだろうか?
そんな事を、りんは頭の片隅で考えていた。
「まあ、この国を救おうとした伝説の人やからな!」
「でも、魔女と呼ばれて殺された。」
天音は何の感情も込めずに、淡々とその言葉を発した。
…いや、違う。
「ひっどい話やなー!」
りんはわざと、大きな声で言ってやった。
「ひどい話や。始めは神の力だなんだって崇めてたくせに、いつの間にか魔女やなんて…。」
彼女は、全てわかっていて、受け止めようとしている。
だからこうやって、彼女のお墓へと足を運んでいるのだ。
「そうだね…。」
「知らんかったか?この話も…。」
「…うん。」
天音はゆっくりと、目を伏せた。
それから、またゆっくりと目線を上げて、そこにあるお墓へと目を向けた。
「私、ちゃんとじいちゃんに会ってくるから…。」
天音は、彼女の墓の前でしゃがみこみ、そっと語りかけた。
「じいちゃんか…。」
りんが天音の後ろで、ポツリとつぶやいた。
「私は、村の前の入り口に捨てられてたの。そんな私を拾って育ててくれたのが、じいちゃんだった。」
天音は、その生立ちをここで口にした。
それは、りんに聞かせるため…?
いや、それとも…。
「え…。」
…捨てられていた……?
りんは、突然、天音の口から語られた過去に、思わず眉をひそめた。
『天音は覚えているんだ。』
『…それは…。天音は、ジャンヌの最後を見ていたっちゅう事か?』
…何かが違う…。
りんはそう感じずには、いられなかった。
どこかで感じる違和感が、りんに不快感を植え付けていく。
それはまるで、形は違うのに無理やりはめこまれた、パズルのピースのよう。
「…でも、私がここに来たのは、偶然じゃなかった。」
天音は、ゆっくりと顔を上げて、遠くに浮かび上がった、その夕日を見つめた。
「…なんでそう思うんや?」
りんは、天音のその真っ直ぐな瞳を見て、率直に聞いてみたくなった。
「…なんでだろう。」
「もし、必然だったとしたら?」
その言葉は、自然とりんの口からこぼれた。もう止めることはできない。
「理由が知りたい。」
「…。」
りんは確信しはじめていた。
「なぜ、私がここに来たのか…。」
彼女はやはり、何か大きな運命を背負った少女なんだと…。
「そろそろ帰らなくちゃ。」
そう言って、天音は立ち上がった。
「天音!」
りんはどこかいつもとは違う、儚げな彼女を呼び止めた。
…今聞かな、いつ聞くんや!
そんな思いが、りんを動かした。
「ん?」
「…村からどうやってこの町に来た?」
「えっと、馬車を乗り継いで。」
「帰り道わかっとんのか?」
「へ?」
りんが天音に一番聞きたかった事は、その事…。
「あ、そっか!そうだね!調べてみるね!ありがとう。りん」
天音はあっけらかんと答え、いつものキラキラとした笑顔をりんに向けた。
「ええねん。」
「じゃあ、またね!」
そう言って、天音は急いで帰って行った。
なぜなら、今この場所を照らしている夕日が沈む前に、彼女は城に戻らなければいけないのだから…。
************
京司は久しぶりに、中庭の池に来ていた。
今日はなぜか、この場所に自然と足が向いた。
しかし、しばらくここで天音には、会っていなった。そして、彼女の姿は今日もなかった。
あの日…、大粒の涙を流していた彼女が、また笑っているか…。それが気がかりで仕方ない。
「天音はもう来ないよ。」
「え?」
京司は、突然聞こえたその声に、思わず声をもらした。
それは、この城の中では聞いたことない、いや、聞くはずのない声。
「あなたは、もう一人になった。」
「子供?」
そう、その声の主は、まだ幼い少女。
この城の中に、こんな子供がいるなんてありえない。そんな目で、京司は彼女をマジマジと見つめた。
「あなたは、どこまでもバカなのね。」
しかし、その子供は、子供らしからぬ、落ち着いた声で淡々と話し続ける。
そして、京司を見つめるその瞳からは、敵意しか感じられない。
「何者だ?」
「使教徒。」
京司は、明らかに異質なその子供に、天師教の顔を見せ、彼女に問う。
しかし、みるかは、そんな彼に表情ひとつ変えることなく、即答した。
「…。」
京司は目を細め、訝しげな表情で彼女を見た。
彼女の言ったそれが事実か、それとも嘘か…。
しかし、京司にはそれが見極められないでいた。
「天師教、あなたに死んでほしいの。別にいいでしょ?どうせ一人なんだから。」
しかし、彼女が普通の子供ではない事は確か。
この少女は、恐ろしい事をさらりと言って見せる。
「フッ…。」
京司はなぜかそこで、口元に笑みを浮かべた。
こんな少女が、まるで、自分の心を読み取っているかのような事を言っている事が、なんだかおかしくなってきた。
「もう終わりにしたいの。」
そんな京司の変化に全く興味がないのか、彼女は淡々と続ける。
「んな事言っても、俺を殺しても、また別の奴が天師教になるだけだろ。」
「…。」
「俺の代わりはいくらでもいる。」
「そうかもね…。でも私は、きっかけが欲しいの。」
とりあえず京司は、彼女の目的のわからない、その茶番に付き合ってやることにした。
少女は、その幼い顔からは想像もできないほど、声は落ち着いて、この国の天師教と、対等に話を進めようとしている。
「この国の終わりを見たいの。」
ゾッとするほどの冷たいその瞳が、京司をじっと見つめた。
――― こいつ本当に子供か?
この時初めて、京司は疑った。
その濁った瞳は、何も映そうとはしていなかった。
「…。」
「例えあんたが本物じゃなくても。」
「え?」
その言葉に微かに京司の目は大きくなった。
「とりあえず死んで。」
そんな彼女の手には、鋭利なナイフが光っていた。
「…俺に恨みが?」
ここでひるむわけにはいかない。
…俺は天師教なんだから。
「まあ、そんな所。」
この少女の顔はまだあどけないのに、何が彼女をそうさせたのだろう…。
京司の頭に浮かんだのは、恐れなんかではなく、そんな彼女の身の上を案ずるものだった。
天師教になってからは、こんな風に人から疎まれるのは日常茶飯事。
ちょっとやそっとの事では、彼は恐れや恐怖を感じなくなっていた。
今まさに、自分が殺されようとしているのに。
ギシッ
その時足音が聞こえた。
「天師教様?またここにいらっしゃったんですか?」
そこに聞こえてきたのは、士導長の声だった。
「じい?」
京司は、少女がいる方向とは逆の方に、首を回した。
そして、もう一度目線を戻すと、少女はもういない。
…足音も立てず逃げた?そんな事できるもんか?
『使教徒。』
…あながちウソではないわけか。
「お仕事は良いのですか?」
少女の姿を見ていないであろう士導長は、いつもとなんら変わらない調子で、京司に尋ねた。
「ああ。いいんだよ。」
京司は、どこか拗ねた子供のように、ぶっきらぼうに答えた。
毎日毎日、同じような書類に目を通すだけの仕事は、もうあきあきだ。
「最近は、村の合併が頻繁に行われているそうですね。」
「俺が決めてるわけじゃねーよ。決めるのはジジイ達だろ。」
「ホッホッホ。」
そんな憎まれ口に、士導長は穏やかに笑った。
「ただ小さな村が邪魔なだけだよ。税の取り立てやらなんやらが、面倒くさいだけなんだよ。」
京司は、彼らがなぜ、小さい村ばかりを潰そうとしているのか、その真意を理解していた。
「そうですか。もう小さな村は、ほとんどなくなってしまったんですかね。」
「え?」
京司は、士導長のその言葉に、なぜか突然、違和感を感じた。
「小さな村はなくなったってどの位だ!」
「え、さあ?老中殿は反発している村もあって困っていると、おっしゃっていましたが…。」
「…。」
京司は、老中の言葉になぜか食いついてきて、その勢いに、士導長はタジタジになって答える。
すると、京司は急に黙り込んで、何かを考え込んでいた。
「悪い、俺行かなきゃ。じゃあな。」
「はい。」
そう言って、急ぎ足で京司はその場を後にした。
************
それから数日後、その日はすぐに訪れた。
「準備できたー?」
華子が今日も、元気よく号令のように、そう声をかけた。
「うん!」
天音もそれに答えるかのように、元気に返事をした。
「て、何も準備なんていらないよね。また、戻って来るんだし!」
そう言っている華子だったが、この3人の中で、一番大きなバックを抱えているのは、華子だった。
「あ!ちょっと私、行く所あるから。城の門の所で待ってて!」
天音はそう言うと、どこか慌てた様子で、部屋を飛び出して行った。
「もー!」
「…いつもどおりね…。」
星羅が小さくつぶやいた。そう、天音はいつも通り、この城へ来た時となんら変わらない、元気いっぱいの姿を見せていた。
「へ?」
「…。」
その星羅の意味深な言葉に、華子は首を傾げた。
************
京司は、今日もこの場所へとやって来て、池の中をスイスイと泳ぎまわる鯉を、ただじっと見つめていた。そして、その目の下には、微かに黒くクマができていた。
そう、京司は、ある事について、一晩中調べつくした。
しかし、この城にある、ありとあらゆる資料を見たが、探し出せない…。
…そんな事はありえないだろう?
この国の全ての情報はこの城にある。
そんな不安を抱えたまま、京司はこの場所を訪れていた。
彼女が、ここに来てくれるかはわからない…。
でも、今日会わなきゃいけない。だって今日は…。
「いた!」
そこに京司が待ち望んでいた、彼女が現れた。
京司にとっても、それは、賭けだった。天音が来るか、来ないか…。
「よかった!京司に会えた!」
天音は、今日も、あの頃となんら変わらない笑顔で、京司に駆け寄った。
「今日…行くんだろう…。」
「うん!今日、村に帰るんだ。」
天音は、京司のどこか寂しげな笑顔とは正反対に、嬉しそうにな笑顔をふりまいて、元気よく答えた。
「よかったな。」
そう言った、京司のその顔はどこか複雑だ。
彼女の顔に笑顔が戻った事は嬉しい。
そう、それは自分が望んだはずなのに…。
「ここを出る前に、京司に会えてよかった。」
「…なんだか、本当にもう帰って来ないみたいだな。」
しかし、心の奥底では、それを望んでいない自分がいる。
彼女はここを出たらもう、戻って来ない……。
そんな不安を拭い去ることは、京司にはできなかった。
「…戻って来るよ!」
しかし彼女は、まぶしいほどの笑顔で、京司に笑いかけた。
「絶対に?」
「うん!」
天音は自信満々に答えた。
それはまるで、京司の不安を消し去るかのように。
そして、自分自身に言い聞かせるように。
「そうだ!」
そう言って、天音は自分のつけていた十字架のネックレスを外した。
それは、ジャンヌの形見として、辰から譲り受けたもの。それをあの日から、天音は自分の首にかけて、肌身離さず持ち歩いていた。
「はい。」
「え?」
そう言って、そのペンダントを差し出した天音に、京司はわけがわからず首を傾げた。
「このペンダント京司が持ってて。」
そう言って、京司の手に無理やり握らせた。
そう、あの日の辰のように。
「絶対戻って来る印。」
「…。」
「約束する。」
「え…。」
…知っている…。なぜかそう思った…。
…これは何ていう気持ちだろう…?
…これは前にもどこかで…。
「あ、じゃあ、私もう行かなきゃ。」
天音は、いつもここで別れる時と同じ言葉を口にした。
そう、それは、いつもとなんら変わりない言葉。
「ああ。」
「またね。」
そう、この言葉も…。
「天音!」
京司は思わず天音を呼び止めた。
「もう一度、村の名前教えてくれ。」
「え?輝夜村だよ。」
「…そうか。」
「じゃー!またね。」
そう言って、天音は元気に駆け出して行った。
外の世界へと向かって。
「間違ってなんかない。」
京司がポツリと小さくつぶやいた。
京司は、天音の背中が小さくなって見えなくなるまで、彼女の後ろ姿を見送った。
必ずまた、彼女の笑顔をもう一度見れるようにと、願いながら…。
************
「…。」
りんは城下町の入り口の、その場所に1人立っていた。
それは、天音に今日の事を聞いていたから。
「今日が終わりの日。」
「なんや、かずさも見送りか?めずらしい事もあるんやな。」
りんがその声の方へと振り返ると、そこにいたのは、かずさだった。
りんは、見送りなんて来るガラではない彼女を、茶化すように、わざとそんな事を口にしてみた。
「そして、始まりの日。」
ザ―
少し冷たい風が吹き荒れる。
************
「お待たせ―!」
天音が華子と星羅の待つ、城の門へと到着した。
「じゃあ、私は行くわね。」
星羅は別れを惜しむことなく、素っ気なく、さっさと歩き出した。
まあ、天音の事を待っていてくれただけで、良しとするしかない。
「星羅!もーこんな時でもクールなんだから。」
「星羅らしいね。」
クスクス笑いながら、天音は星羅の背中を見送った。彼女の言った言葉は、確かに今も天音の心に刻まれていた。
『本当に帰って来る自身あるの?』
そして、天音は星羅を見送った後、城を振り返った。
…月斗、青、行ってくるね。
そう心の中でつぶやいた。
「天音。」
その時、隣にいる華子が天音を呼んだ。
「ん?」
「戻って来なかったら、承知しないから!」
「華子…。」
それは、華子らしい別れの言葉だ。
「じゃーね。」
大きく手を振って、誰よりも大きなバックを肩に担いだ華子も、歩を進めて行った。
―――みな、それぞれの道へ行く。ここが分かれ道。分岐点。
そして、天音も、そこから見える景色を目に焼きつけた後、ゆっくりと歩き出した。
今日も賑やかな城下町の、メイン通りを歩いて行く。
ここに初めて来た時は、何もかもが新鮮で、輝いて見えた。
でも、今は違って見える。
もちろん賑やかなその場所は今も好きだが、それは、見慣れた光景へと変わっていた。
そして、メイン通りを抜けると、そこはこの町の入り口。
しかし、そこには、この町に初めてやって来たあの日の、試練の道も、あのお婆さんもそこにはない。
「あれ?りん?かずさ?」
しかし、その場所にはあの二人がいた。
「今日帰るんやろう?」
「もしかして、見送りに来てくれたの!ありがとう!」
「もちろんや。なあ。」
りんは、今日もニコニコ、いつもの笑顔で答えてくれた。
そして、その隣にいるかずさは、何も言葉を発する事はなく、その目は天音をじっと捉えていた。
そう、全てがいつも通りだ。
「あのね、りん。調べたんだけど、帰り方よくわからなくて。でも、なんとか人に聞きながら行ってみるね。」
天音は村への帰り方について、図書館で調べてみたが、よくわからなかった。
どうやら、彼女の読解力では、まだ難しい本を読み解く事は難しかったようだ。
しかし楽天的な彼女は、なんとかなると思って、本から答えを探すのは、すぐに諦めてしまったようだ。
「そうか…。」
りんはそれ以上は何も言わなかった。
「じゃあね。りん、かずさ!」
「おう。またな。」
そう言って、りんは手を振ってくれたが、やっぱりかずさは無表情で、その場に突っ立ったままだ。
そういえば、りんと会ったのも、この入り口だった。
そんな事を、天音は思い出しながら、この町の外へと足を踏み出した。
************
しかし、町を出発して1日がたち、天音は厳しい現実と、向き合わなければいけなくなっていた。
天音は馬車に乗って、ある町へと辿り着いた。
「よいしょ。この町で聞いてみるか!」
天音はその町で、さっそく村の事を聞いてみる事にした。
しかし、そこで「なんとかなる」と思っていた天音の楽天的な考えは、すぐに打ち砕かれることとなった。
「輝夜村?聞いた事ないな?」
「すまんが、知らないな。」
返ってくるのはそんな言葉ばかり。
「いくら小さい村だからって…。」
天音は、近くの別の町でも聞いてみたが、輝夜村について知っている人には、出会う事ができなかった。
そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎていき、天音は、どうやって帰ればいいのかわからず、途方に暮れてしまった。
「姉ちゃん。悪いが、その村、統合してなくなったんじゃないか?」
「え…?」
人に聞いて回って、何度目の事だろう…。
ある中年男性に、同じように村の事を聞いたところ、彼の衝撃の言葉で、天音は思わず固まってしまった。
「ほら、最近国の政策だかなんだかで、小さな村がどんどん潰されてるって話だ。」
「潰されてる?」
「ああ。小さな村のもんは、他の町に移り住むように言われて、村はどんどんなくなっちまってる。」
「そんな…。」
天音は、そんな話を聞いたのは初めてだった。
城下町にいても、そんな話は全く耳に入ってこなかった。
「ひどい話だよな。」
男性がポツリとつぶやいた。
…そんなはずない…。
しかし、天音は彼の言葉を振り切り、そう、信じるしかなかった。いや、信じなければいけなかった。
「せめて、近くの大きな町の名前とか知らないのかい?」
その男性の知り合いであろう、近くにいた別の男性も心配して、天音達の会話に参加してきた。
「…でも私、村から出た事なんて…。」
生粋の村育ちの天音は、城に来る前は一度も村を出た事はなかった。
しかも村の周りは緑ばかりで、近くに町や、村なんて目にした事などなかった。
『天音!しっかりしろ!』
その時、ふと天音の頭には、じいちゃんの必死な声が蘇った。
「そうだ…。確か私が子供の時、高熱が出て、じいちゃんが、近くの町のお医者さんに、連れてってくれた…。」
「その町の名前は?」
「えっと…。」
『天音、中月町なら、医者がいるからな。』
「中月町だ!」
天音はうろ覚えだった記憶を辿り、導き出したその町の名を高らかに叫んだ。
************
「よかったー。」
馬車に揺られている天音は、ホッと胸をなでおろしていた。
中月町なら知っている人がいたので、そこまでの行き方を書いてもらい、さらには、馬車に乗せてくれる人も見つけた。
「今日は満月なんだ。」
天音は、窓の外に浮かぶ満月を見て、満足気にそうつぶやいた。
真っ暗闇の荒野の中で、満月の光だけが優しく天音に降り注いでいた。
************
「天音の元に行かなくていいのか?かずさ。」
低い声の男が、そこにいるかずさに問いかけた。
「あなたが行けというならば。」
かずさは彼の方ではなく、カーテンをそっと明けて窓の外の満月を見上げた。
「かずさ、お前の意思で動いていいんだ。」
――― そんな言葉を聞きたいわけじゃない。
「…わかってるでしょ。私がいなくても彼女は真実を知るのよ。」
「…。」
かずさのその言葉に、彼は固く口を閉ざすしかなかった。
************
「おい!姉ちゃん。」
天音は疲れが溜まっていたせいか、馬車に揺られ、熟睡してしまっていたようだ。
そして、馬車に乗せてくれたおじさんの声で、天音はやっと目を覚ました。
気がつくと、夜はすっかりと明けて、朝日のまぶしい光が、天音の目に飛び込んできた。
「んー。」
「着いたぞ!中月町」
天音は朝日を取り込むように、大きくの伸びをし、馬車から降りて、久しぶりに地面を踏みしめた。
「ありがとう!おじさん。」
「ああ、気をつけてな。」
天音は、おじさんんのおかげで、何とか中月町に辿り着いた。
「…ここが中月町。」
天音は町の入り口に立って、その町の様子を見渡した。
もちろん、城下町に比べれば小さな町。しかし、天音の村に比べれば十分に大きく、人々の行き来もそれなりにあるようだ。
「よし!」
天音は意を決して、中月町の中へと足を踏み入れた。
「へー、ここが、中月町かー。」
小さな町だが、衣食住には困らない程度のお店は、それなりにそろっているようだ。村育ちの天音には、充分すぎるほど潤った町に感じられた。
天音が高熱を出し、この町に来た時の事は、もうあまり覚えてないが、何故かこの町を懐かしく思った。
「いい町だなー。おっと、輝夜村の事聞いてみなきゃ!」
町をゆっくり見て周りたいのはやまやまだが、天音にはそんな時間はない。
とにかく輝夜村への行き方を、聞き込みしなければならない。
「聞いたことないなー。」
「え?」
やはり、ここでも以前と同じ答えしか、返ってこない。
「輝夜村?だろう?」
人々は眉間にしわを寄せるばかり。
誰一人として、有力な情報を持っている者はいない。
…なんで…?
「ウソ!だってこの町が一番近い町だって!」
「そう言われてもな…。」
天音は思わず感情的になってしまうが、誰が悪いわけでもないのはわかっていた。
…私はただ村に帰りたいだけ。じいちゃんに会いたいだけなのに…。
村に住んでいた頃は当たり前だった光景が、今は手の届かない所に行ってしまった。
――― 私は何かいけない事をしたのだろうか…?
天音はまるで、ポツンと独りとり残された、迷子の子供のような気持ちに陥っていた。
そしてなぜか、この気持ちを、どこかで感じた事があった気がしてならない…。
…でも、今はそんな事はどうでもいい!
それでも、天音は何とか自分を奮い立たせ、それからも、町の人に聞いて回った。
がしかし、やはり何の情報も得ることはできなかった。
「…。」
そんな天音は、ついに疲れ果て、道の端に座りこんだ。
「あんたかい?輝夜村を探しているのは?」
「え?」
1人の老人が天音に話しかけた。
「知ってるんですか!輝夜村!」
天音は思わず立ち上がって、その老人の目を、食い入るように見つめた。
「いや、知っているというか…。」
「何でもいいんです!教えて下さい!」
天音はわらをも掴む思いで、詰め寄った。
なんでもいい。
どんな些細な事でもいい。
「…それは伝説の中の村だよ。」
「え…?」
「輝夜姫の話を知っているかい?」
「え、はい。聞いたことがあります。」
その昔話は聞いたことがあった。
そう、それは、月からきたお姫様の話。
誰に聞いたかは覚えてはない。いや、たぶんじいちゃんだろう。
「ほう、若いのに珍しいな。その村は輝夜姫が住んでいた村だ。」
「え?」
「輝夜姫がいなくなった後、その村は輝夜村と呼ばれるようになった。そういう逸話があるそうだよ。」
「へ?」
それは、天音の望んでいた答えではなかった。
伝説の中だけの村。
実在しない村。
輝夜村はそんな村じゃない!
…ちゃんと私は知っているのに…。
「どうやら、君の欲しかった答えではなかったようだね。」
天音の落胆した様子を見た老人は、悲しそうな目を向け、そんな言葉をかける事しかできなかった。
「…。」
************
「その真実がどうか彼女の元に、優しく伝わりますように…。」
青がいつものベッドの上で、祈るようにつぶやいた。
************
「お願いがあるんやけど。」
りんは慣れなれしく、城の門番の兵士に話かけた。もちろん、この兵士は辰ではないし、りんの顔見知りではなかった。
「何者だ?」
「天師教に会いたいんやけど。」
りんは真顔で、兵士にそう言った。
それは、天音に同じように会いに来た、いつぞやの月斗のように、唐突だった。
「無礼者!天師教様を呼び捨てにするなんて!何者だ!」
しかし、兵士がそんなお願いに、とりあうはずもない。ましてや神と崇められている天師教を呼び捨てにするなんて、もってのほか。
「…わいはただの民や…。やっぱこの国はあかんな…。」
りんがポツリとつぶやいて、仕方なくその場を去ろうと、兵士に背を向けた。
ただ会って、彼と話たかった…。
それだけなのに…。
天師教は神じゃない。
ただの青年やろ…。わいらとなんら変わらん…。
しかし、それを口にして大声で叫ぶ事は、りんには出来なかった。
************
「ハァハァ。」
居ても立っても居られなくなった天音は、中月町を飛び出して、ひたすら走っていた。
こうなったら、自分の足で見つけるしかない。
…自分で見つけてみせる!!
いくら聞き込みをしても、全く村の情報なんて見つからない。だったら、自分の足で見つけ出すしかない。
誰も教えてくれないのなら、そうするより他には無い。
…みんなは、私の村は…。
ーーーーどこ!?
どこへ行けばいいのか…。
そこは、どっちを向いても、同じ風景にしか見えない荒野。
ここには道標なんてものはない。
しかし、天音は足を止めようとはしない。
走っては、歩いて、また走っては歩くのくり返し。
…誰も教えてなんてくれない。
「みんな、どこ…。」
…進むべき道が、どかこなんて…。
天音は、ただひたすら歩き続けた。
半日以上が経過し、もう体はボロボロ。足の感覚なんてもうない。
そして、いつの間にか、夕日が天音を照らす時間になっていた。
「川だ…。」
朦朧とする意識の中で、それは突然天音の目に飛び込んできた。
サラサラと流れる小川は、小さな流れから、しだいに大きくなっていった。
『つめたーい。』
天音はこの川を知っていた。
タッタッタ
天音の足はまた、自然と走り出した。
そんな力など、もう残ってなどいないはずなのに。
「え…。」
そして、その光景に、天音は言葉を失った。
…そこにあるはずのものがない…。
『リュウ、あの丘まで競争!』
「ない…。」
リュウと競争したあの丘はあるのに、彼はもういない。
『ハイ。今日の牛乳。』
ヤンおばさんが育てていた牛達が毎日食べていた緑はあるのに、牛も、ヤンおばさんの家もない。
「…。」
そこは、確かに村のあった場所。
それは確かなのに…。
しかし、そこには、家も人も全てがなくなっていた。
そう、そこにあったはずの村が、跡形もなく消えてしまった。
…じいちゃ…ん…みんな…どこ…。
『夕日が見ておる』
そこにあるのは、あの日と同じ夕日だけだった。
「どこーーーーー!!」
天音の叫びがこだまする何もなくなった荒野は、夕日の赤に染まっていた。
………………………………………………………………
――――― やっぱり神様は、僕の祈りなんて聞いてくれないんだね。――――




