たとえその願いに君の未来はないと知っていても
カツン
その場所は城の地下にあった。日はほとんど差し込まないこの場所は、暗くて冷たい…。
そして、彼女の足音だけがそこに響き渡った。
「まったく、あなた何してんの?」
かずさが、そこにいる彼に冷たく言い放った。
「…。」
「捕まってどうするの?」
蔑むように、かずさは、牢の中で横たわる月斗の背中を見下していた。
「さあ?」
ここは、月斗が捕らえられている城の地下にある牢屋。
彼がここへと捕らえられたのは、2回目。
「もう当分、天音は青に会えない…。あなたの思惑通りね。」
「…。」
「でも、それが正しいと思う?」
「あ?」
月斗は不機嫌な声を出し、少しだけ体制を起こした。
「青い鳥は、かごの中にずっといたら、飛べなくなる。青いうさぎは、1匹になって死んでいく。」
「何が言いたいんだよ!!」
いよいよ月斗はイライラし出して、大声を上げた。
こんな場所に投げ込まれているだけで、イラついているのに、かずさの一言一言が勘に触る。
「本当に何も知らないのは…。」
「出てけよ!!」
ついに、月斗はかずさの言葉を遮って、怒鳴った。
「こんな時くらい、助けてって言えないの?」
しかし、そんな月斗にくってかかるのが、かずさだ。
どうやら、かずさは、空気を読むというスキルは持ち合わせていないらしい。
************
「は?」
士導長は思わず顔をしかめ、訳がわからないという顔で、京司をの方を見た。
士導長は、京司に呼び出されて、彼の仕事部屋へと足を運んでいた。
しかし、そこでの京司からの話は、士導長を困惑させるものであった。
「まだ、妃の目星はついてないのだろう?」
「はぁ…。」
確かに、まだ妃をどのように選択するのか、何の目星も立っていなかった。しかし、そうとは言っても、京司の提案は、簡単に首を縦に触れるものではなかった。
「だから、一度妃候補を解放しろ。」
京司はもう一度、はっきりと、そう士導長に伝えた。
それは、天音のためにと、とっさに口に出した言葉だったが、京司はそれを何としてでも、実現させたかった 。
「どうされたのですか?突然。」
士導長が、突然そんな事を言い出した京司を、疑いの目で見るのも当然の事だ。
「選ぶには、まだ時間がかかるのだろう?」
「ええ…。」
「だったら、試すんだよ。」
「試す?」
「妃候補を一度解放して、その後戻って来るのかを。」
それは、単なるこじつけに過ぎないのは、京司もよく分かっていた。
ウソでも、はったりでもいい、何とか彼女の願いを叶えてやりたかった。
『お願いがあります!!』
『この城の中で、京司って人知っていますか?』
士導長は何となく察していた。
それは、京司の提案ではない事を…。
しかし、彼がなぜ、そんな事を突然言い出したのか…。
それは…
「やっぱ、だめか?いい案だと思ったんだが…。」
京司はそう言ってハハと、わざとらしく笑った。
わかっていた。そんなに簡単にいく提案ではない事は。
だけど、賭けてみた。
勝率は五分五分。
「いいえ。天師教様がそうおっしゃるのなら。異論はございません。」
士導長は、少し考え込んだ後、何故か彼の提案を受け入れる事を決めた。
「なかなか妃を決められない私達にも、責任がございます。」
そう言って、士導長は京司にひれ伏すかのように、頭を下げた。
天使教の提案に背く事など、彼にはできなかった。
他でもない、彼の願いとあれば、反対などできるはずがない。
それが例え、別の誰かの願いであろうと…。
************
「城の前でなぜ、ずっと座り込んでいる?」
城の外の見回りから帰る途中の辰が、彼を城の前の階段で見つけ、声をかけた。
「わいの知り合いは、みんな城の中やからなー。」
りんは、城の前の階段にずっと座って、そこからの景色をボーっと眺めていた。
いつもとなんら、変わらないその景色。
今日もたくさんの人々が、町の中を行き来している。
「…。」
辰は何も返す言葉が見つからなかった。
「ま、しょうがないか…。この城は見てきたんやからなー。」
「何を…?」
「この国の歴史や…。」
りんはただ、じっと前を見据えていた。
「でも、見ているだけじゃ何も変わらん。」
その瞳に映るものにウソはない。
辰は確かにそう感じていた。
************
「何だよ、ゴチャゴチャと。」
京司が次に向かったのは、老中や士官達、この国の政に関わる人物達の元だった。
士導長は、1人で報告をしに行くと言ったが、京司は、自分も一緒に行くと言って聞かなかった。
彼らが、簡単に京司の提案を受け入れるわけがない事は、目に見えていたからだ。
「妃候補を帰らせると?」
「ああ。」
「いったい何をお考えですか?」
老中達が、そんな提案に反対するのは、ごもっとも。彼らがそんな面倒な事をしたくないのは、京司には明らかにわかっている。
そして、そんな事を提案してきた京司の意図は、彼等には全く見えない。
「試すんだよ。一度解放すれば、やっぱり外の世界がいいって奴もいるだろう。そんな奴に、妃は無理だからな。」
京司は、もっともらしい理由を並べ、何とか説得を試みるしかない。
「それで戻ってこない奴はそこまで。」
「…。」
「それに、妃候補だってストレスたまるだろう。城にいつまでも留まらせて。」
「私の責任でございます。いつまでも妃を絞れずにいるのは…。」
そこで士導長が口を開いた。
「お前はだまってろ。」
すかさず、それを京司がかばう。
「妃は物じゃない…。」
そして、京司はポツリとつぶやいた。
「とにかく、これは命令だからな。天師教様の。」
「…。」
ここぞとばかりに、彼は自分の武器を使うしかなかった。天使教の命令は絶対。それは、この国の掟。
その場にいる、誰一人、何も言えずに口を固く結んだ。
…こんな時ばかり天師教の権力を使って…。
しかし、そんな老中の心の声は、その顔を見れば一目瞭然だった。
************
ーー- 次の日
その知らせは、士導長に口から、妃候補へ報告された。
「やったー!!」
なぜか、華子がその嬉しい知らせに、一番大喜びした。
「…。」
しかし星羅は、いつものようにクールで無反応。
「やったね!天音!天音の気持ちが届いたんだね。」
「え…。うん…。」
まさか、京司の言っていた事が本当に、現実になるなんて、天音は少し驚いていた。
「どうしたの?もっと喜びなよ!」
「え、うん。そうだね!」
天音は喜びよりも、まさかこんなにも早く自分の願いが叶うなんて、夢にも思わず、驚きの方が勝っていた。
「詳しい事は、また明日伝えよう。今日はここまで。」
士導長はそう言って、今日の授業を締めくくった。
「あ、あの、ありがとうございます。」
天音は授業が終わり、帰ろうとする士導長に駆け寄った。
「ん?」
そんな天音の呼び止めに、士導長は足を止めた。
「士導長様が、頼んで下さったんですよね?」
天音は士導長が、上に掛け合ってくれたのだと思っていた。
だって、村へと帰りたいという事を話したのは、士導長様と辰だけ。
辰が、それをこの城の誰かに話して、その希望を叶えるのは、どう考えても現実的ではない事は、無知な天音にも分かっていた。
「…さぁのう…。」
しかし士導長は、しらばっくれたまま、そっけなく去って行った。
言えるはずがない…。
それを叶えたのは他でもない、天使教本人である事など…。
「やっぱり優しいね士導長様は。」
そう言って隣で華子が笑った。
「うん。」
―――――私はやっぱりバカだった。
知らぬは罪…。
この世には知らなくていい事があるって、あなたは言ったけれど、もし、知らなくてもいい事を、後で知ったらどうなるの?
************
今日もりんは、城の前に座っていた。
「で、毎日、毎日、誰を待ってるの?」
りんの頭上から、その声は降ってきた。
「誰でもいいんや。」
りんは真っ直ぐ前を見据えたまま、彼女の問いに答えた。
「そう…。」
「なあ、かずさ。」
りんは、いつにもなく真剣な声で、かずさを呼んだ。
「…。」
『だって、アイツは全て知ってる…アイツの能力は…。』
りんは何かを言いたくて、かずさを呼んだが、その後の言葉に詰まってしまった。
それは、みるかの言葉を思い出したからだ。
言うべきか、言わないべきか…。
「前に言うてたよな。何でも教えてくれるて…。」
「何でもではないけど。」
りんは、言葉を選んびながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
しかし、かずさはいつもと同じように、素知らぬ顔で答えるだけだった。
「天音は…。」
りんがゆっくりと、口を開いた。
「やっぱやめや!!」
しかし、突然りんはそう叫んで、ふんぞり返って、空を見上げた。
「月斗元気やろか?」
そして、そんな事をポツリと口にした。
「さあ?まだ死んではないみたいだけど。」
かずさは、りんを見下ろすのをやめて、彼の隣に立って、広場を眺めていた。
「ハハ。やっぱ、かずさは冷たいなー。」
「で?」
「…月斗は何しに城に行ったんや…?」
「…青を探しに行った。」
「ふーん。青って誰や?」
りんは躊躇なく、その質問を投げかけた。
彼が簡単に捕まりに城に行くなんて、どこか腑に落ちなかった。
そして、以前はすぐに脱走を図ったが、今回は城から出てくる気配さえない。
「…月斗が殺した人の弟。」
「…。」
いつのまにか、かずさの目線は、遠くにある何かを見つめていた。
それはこの町か、それとも、もっとその先の何か…。
「…月斗の仲間に聞いたんやけど、月斗は、昔めっちゃ仲がよかった恋人がいたみたいなんや。でもその人が死んでから、あいつは荒れだしたんだと。」
「そう…。」
かずさは素っ気なく、相づちをうつだけ。
彼女は、話をしたいのか、それともしたくないのか、りんにはその意図は汲み取れない。
「まぁ、誰でも触れて欲しくない事の、1つや2つあるわな。」
「…。」
やっぱり、かずさは何も答えてはくれない。
言葉のキャッチボールがイマイチうまくいかない…。こんなタイプの人間は、りんが今まで生きてきた中で初めてだ。
「京司は元気になったんやろか?」
「…さあ。ま、生きてるみたいだけど。」
やはりかずさは、多くは語らない。
彼女は、普通の会話が苦手なんやろうか?
なんて、そんな事をりんは頭の片隅で考えていた。
「怪我したのは、やっぱり民衆にはナイショなんやな。」
「天師教は神だもの。」
しかし、彼女は、その問いには、間髪入れずに答えた。
何だかんだ、自分の話に付き合ってくれてる彼女を、りんは、やっぱり敵には思えなかった。
「アイツ…それが嫌なんやな…。」
りんのどこか寂しそうな目は、まだ空の青を写している。
「でも、民衆が必要としてるのよ…。神を…。」
************
「楽しみだね!」
「うん!」
華子は、天音が少し元気になった様子で、ほっとしていた。
そして、今度は、心からうれしそうに天音は答えた。
「天音…。」
星羅がそんな天音の名を呼んだ。
「ん?」
「本当に帰って来る自身あるの?」
「え…?」
************
「かずさは、なんで城におるんや?」
りんは意を決してかずさに聞いた。今なら、彼女がその問いに、答えてくれそうな気がした。
「…。」
しかし、かずさは固く口を結んだままで、その冷たい瞳は、真っ直ぐ前を見据えている。
「妃候補には見えんしなー。まぁ、ええか。」
「…。」
りんには、分かっていた。
「それ以上は聞くな…。」という、かずさの合図を読み取って、何とかはぐらかしてみせた。
「なぁ天音は…。」
「私は相談所じゃないんだけど。」
かずさがそこでとうとう、しびれをきらした。
「まだ、聞くのか?」という目で、りんの方へと視線を移した。
「…わいはかずさの意見を聞きたいんや。」
「…何て言ってほしいの?」
かずさの冷たい視線は、しっかりとりんへと向けられ、りんもまた、かずさの目をじっと見つめていた。
「天音はこれからも、なんも変わらんよな?」
「…私にそれを聞くの…?」
ザ―
いつもより少し冷たい風が、かずさの髪を揺らしてた。
「私に頼ったら終わりよ…。」
かずさはそう言って、りんに背を向け、階段を一歩上がった。
「え?」
「この国と同じ…。」
かずさのその目に映るのは、目の前にあるこの城。
「かずさ、帰るんかいな?」
りゆは、そんなかずさを見上げた。
「ええ。」
「城に…か?」
「そこが私の帰る場所だから…。」
そう言ってかずさは、また歩を進めた。
************
「本当は自信ないんじゃない?」
星羅は、確信をつく言葉を、天音に投げかけた。
あんなに帰りたいと言っていた天音は、もしかしたら、もうここへは戻っては来ないんじゃないかと。
――――見極めなければならない。彼女は何者なのか。
「星羅?」
華子が星羅の詰め寄る姿に、心配になり声をかける。
「あなた言ってたわよね。村でまた、みんなと暮らしたいって。」
しかし、星羅はそんな華子に構う事なく、さらに続ける。
「うん…。」
天音はそんな星羅に圧倒されながらも、小さな声で答えた。
「その願いに妃はいらないわ…。」
そして、星羅はもう一度天音に問う。
「星羅、前にも言ったけど、私がここに来たのは…別の理由もある気がする。」
「…。」
天音は窓の外の夕日へと、視線を移した。
「ここへ来て、いろんな人に出会って、いろいろ知った。」
「天音…。」
天音のその表情は、華子が今まで見た事のない表情だった。
「私にこの国を変える事はできない。」
星羅は、そんな天音を見つめたまま、微動だにしない。
「でも、この国を好きになる事は誰でもできる。」
「…。」
星羅は口をつぐんだままだった。
『わいは天音が妃になると思うで!』
彼がそう言った意味が、少しわかった気がした。
彼女はやっぱり、妃になりたいと言うのだろうか?
全てを知ってもなお…。
「ねえ、星羅歌ってよ!」
静寂を破った華子が、何故か唐突にそんな事を言い出した。
「え?」
「いいじゃん。今日はいい事あったし。景気づけに一発!」
「え!私も聞きたい。星羅の歌!」
そんな突拍子のない事を言い出した華子に、天音も便乗しだした。
さっきまでの重苦しい空気は吹き飛び、部屋には暖かい夕日の光が、差し込んでいた。
「ね!お願い!」
いつもしつこい華子だったが、今日はさらに拍車がかかって、一歩も引く様子はない。
「星羅、歌って!お願い!」
天音も、どうしても星羅の歌を聞いてみたくて、ダメ元でお願いしてみた。
『星羅!歌って!』
「…わかったわよ。」
星羅はとうとう、観念した。
どうしても拒めなかった。
それは、彼女達の純粋な目が、あの日の彼に重なったからだろうか。
彼女達の前で歌うのは、これがきっと最初で最後…。
そんな軽い気持ちで、星羅は大きく息を吸った。
その日聞いた星羅の歌声は、とてもきれいで澄んでいた。
まるで、空に輝く星のように…。
…その日の歌声は一生忘れる事はない。
そして、またこの歌声が聞ける日が来る事を、天音は心の片隅で願った。
************
「ほんまに聞きたい事は、聞けんもんなんやな…。」
その頃、りんもやっとその場から立ち上がって、そこにある大きな夕日を見つめていた。
************
「いないかな…。」
その日の授業後、天音は城の中の同じ場所を、何度も行き来して、うろうろしていた。
今では、多くの兵士がそこら中にいる城の中では、天音が行ける場所は限られている。
ドン
「わ、ごめんなさい!」
天音はキョロキョロして、よそ見をしていたため、誰かにぶつかってしまい、すぐに頭を下げて謝った。
「何を探している?」
そこにいたのは、城の兵士である、辰だった。
「辰さん!すみません。あの…。」
天音は、少しためらった様子だったが、辰なら大丈夫だと思い話してみた。
「かずさを探していて…。」
「かずさ?」
「辰さんは、知らないっか…。あの髪が肩より短い女の子で。」
『覚悟がないなら、簡単になんでも口にださない事ね…。』
辰は、月斗がこの城に乗り込んできた日の出来事を、思い出していた。
そして、その時、天音に厳しい言葉を浴びせていたあの女が、かずさだとすぐに悟った。
おそらく、彼女はあの風貌からして、妃候補ではない。
では一体…?
「…さあ?」
しかし、辰はあれ以来、彼女を見た事はなかった。
この城の者?
王族?
嫌きっと違う…。
「そうですよね…。」
天音はがっかり、肩を落とした。
「…天音気をつけろ。」
「え?」
天音は、その言葉に顔を少し上げ、辰を見た。
「お前は、月斗の名を呼んだ。」
「…。」
天音は、辰の警告のその意味を、瞬時に理解した。
あの場で彼の名を呼んだのは、まるで自分が月斗の知り合いだと、言ったも同然。
そして…
「青の名前も…。」
「そいつの事は知らないが、気をつけろ。」
辰は青の事は知らないようだ。
天音だって、正直、青の素性はよく知らない。
そして、病気だと言った彼が、何故この城に留まっているのかも。
「ありがとうございます。」
そう言って天音は、そそくさとその場を去った。
…辰さんにまで、これ以上迷惑をかけられない…。
そんな思いから。
「やっぱり、私が行ける所なんて、この城の一部だけなんだ…。」
天音はまた、元来た道を戻りながら、ポツリとつぶやいた。
この城にいるであろう青には、もう簡単には会えない。
「…かずさも、天使教さんと関係のある人なのかな?」
天音は今まさに、会いたいと思っている、彼女の素性についても考え始めた。
やっぱり、自分には知らない事ばかり。
この城の中の人の事も、この国の事も…。
「初めてね。」
すると、天音の背後から、聞きたかったその声は、突然聞こえた。
「え?」
「やっと興味持ってくれた?」
そこに居たのは、天音が探し求めていた人物だった。
「かずさ!」
「私は国の者ではないわ。」
「え?どういう事?」
天音の予想は、どうやら外れたようだ。
「私は、ここに居なきゃいけない人間。ここしか居場所がないの…。」
かずさのその顔は、いつものように無表情だったが、目はいつもよりも、少し寂しそうに揺れた。
それを天音は見逃さなかった。
「青とある意味同じかもね…。」
かずさは、簡単にその名を口にした。
幸いここには、兵士の姿は見当たらない。
彼女は以前に、青の名を口にすることは禁忌だと言った。
彼はこの国の一体何だというのか…。
しかし、今の天音には、それを口には出来なかった。
「…。」
「青に会えなくなったんでしょ?」
「青…大丈夫かな。」
やはり天音は青の事が心配だった。
「会いたい?」
かずさは天音に尋ねた。
「今は、会えない…。かずさの言う通り。私は何にもわかってなかったのかもしれない…。」
「それで後悔しないのなら。」
「え?」
「でも、誰も先に後悔のわかる者はいない…。」
「…どういう事?」
かずさの言う事は、やはりどこか遠回しで、天音の単純な脳では理解できない。
「じゃあ、なぜ私を探していたの?」
天音の問いに答える事なく、かずさはすぐ様話題を切り変えた。
「あ!そう月斗に会いたくて!」
天音のその言葉にかずさは、また眉をしかめた。
************
「星羅は、帰るの家に?」
華子は、部屋に2人っきりの星羅に、何気なく尋ねた。
天音は、あんなに帰りたがっていたけれど、星羅はどうなんだろう?何気なくそんな事を思っていた。
「私には、帰る場所なんてないわ。」
「そうなの?」
華子は、星羅のそんな答えに、いつもと変わらない様子で首を傾げた。
「親は死んだ。」
「へー、私も!」
そんな、暗い声色の星羅とは正反対に、華子はあっけらかんとそう言ってみせた。
「え…。」
華子の思いがけない返答に、星羅は言葉を失った。
「ずっと1人だった。だから、ここに来て楽しんだ!天音と星羅が同じ部屋にいて。」
やはり華子の様子は変わらず、いつものように明るく笑っている。
「あんたは、やっぱり変わってるわね…。」
星羅はまた、窓の外を見つめたまま、ポツリとつぶやいた。
「へ?そう?」
華子はやっぱりキョトンと首を傾げた。
************
「…相変わらず、何も考えてないの?」
かずさはやっぱり、呆れていた。
月斗にあんな風に言われて、それでも月斗に会いたいなんて、どこからその発想が来るのか…と…。
「かずさなら、月斗のいる場所、知ってるかと思って。」
天音は、そんなかずさの気持ちは、これっぽちもわかっていない。
「あのね。私一度、村に帰れる事になったの。」
「そう…。」
天音はかずさにも、その事をいちよ報告したが、かずさはそんな事には、あまり興味なさそうに、そっけなく答えただけだった。
「その前に、月斗にもう一度会って、謝らなきゃと思って。」
「謝る?」
「うん。月斗の気持ち考えずに、月斗の事怒らせてばっかりだったから。」
『何かやらかしたなら、ちゃんと謝ればいいんだよ。』
それは、京司が教えてくれた事。
ちゃんと謝ろう。そうすればきっと先に進める。
天音はそう考えていた。
「私なら、月斗に会わせてくれるって?」
「かずさが何者かとか、どうでもいいんだよ。」
そう言って天音がニッと笑った。
こないだまで落ち込んでいたと思ったら、今はもう笑っている。
天音は、そんな図太い精神の持ち主のようだ。
…そうでなければ、やっていけない…か…。
そんな事をかずさは、頭の中でボンヤリと考えていた。
「…。」
「かずさなら、会わせてくれる気がしたの。なんとなく…。」
そんな事を考えながら、かずさは何かを見極めるように天音を見つめた。
「会ってどうするの?またこじれるだけよ…。」
「そんなの会ってみなきゃ、わからない!」
かずさの問いに意気揚々と答えた天音は、思ったよりも声が大きく出てしまった。
「ご、ごめん。大きい声出したりして…。」
「やっぱり人は、そんなに簡単に変われないものね…。」
「え?」
まるで威嚇するような大きな声に、天音は自分でも驚き、かずさにすぐに謝った。
一方のかずさは、一切動じる事はなく、天音から視線を外し、どこか遠くに移した。
…いつまで、その精神が持つか…。あなたは、嫌でもこれから変わらなければいけないのだから…。
************
ヒュー
「何や寒いなー。」
今日も城の前に座り込んでいるりんは、この国には珍しい程の冷たい風に吹かれていた。
「気温が下がってきている。」
「そうか…。」
いつの間にか、りんの隣にいた彼に、りんは違和感なく、相槌を打つ。
「この国は、ここ400年位は気温が一定に保たれている。」
「へー。」
「ほぼ、18℃~25℃の間だそうだ。なのに、ここ最近は18℃を下回る日もある。」
「さすが、物知りやなー。」
りんは、興味があるのかないのか、どこか気の抜けた答えで返すだけ。
「そんな事知ってても、何の役に立つんだかな…。」
「また、自虐ネタかいな!」
りんは、ほんの少し楽しそうに、隣にいる京司に向かってツッコんでみせた。
「500年以上昔は、たくさんの国があった。その国によって、気候などは違った。」
りんにかまう事なく、京司はまだその話を続けた。
「ほー。」
りんは、京司がなぜそんな話をしているのか、少し不思議に思ったが、相変わらず相槌を打ち続けた。
「季節がある国もあった。」
「キセツ?」
その言葉は、りんが初めて聞く言葉だったため、思わず反復してみたが、いまいちピンと来ない。
「ああ、暑い時、寒い時…。」
「ふーん、なんかようわからんわー。」
京司が何を言いたいのか、りんにはさっぱりわからず、ついにしびれをきらした。
「この国はどうして、一定になったんだろう…。」
すると、突然、京司はその疑問を口にした。 彼が言いたかったのは、この事なのか?とりんは隣で首を傾げてみせた。
************
カツカツカツ
シンと静まり返った薄暗い廊下に、2人の足音だけがこだましていた。日の入らないこの場所は、やっぱり今日も冷たい空気が漂っていて、天音は思わず身震いをした。
カチャカチャ
その場所へと続く道の途中には、頑丈な鉄格子の扉があり、かずさが何のためらいもなく鍵を開ける音が、辺りには響いた。
不思議な事に、この場所には、兵士だけでなく、誰の姿も見えない事にさすがの天音も気がついた。
しかし、なんだか触れてはいけないような、そんな気がして、その事はかずさには聞かないでおいた。
ギー
鉄格子のその扉は、不気味な音を立てて開いて、その先の道へと天音を誘う《いざなう》。
カツカツ
その様子を息を呑んで見守る天音を横に、かずさはさっさとその扉の先へと歩を進めた。
そこには、牢屋がいくつもあったが、中は空っぽの牢ばかりだった。
カツ
すると、ある場所でかずさは歩を止めた。天音もかずさに続いて、足を止めた。
そして、かずさが立つその牢屋には人の姿。
彼は2人には背を向けて、ゴロンと冷たい床に寝ころんでいた。
「月斗。」
かずさが、そこに横たわる彼の名を呼んだ。
「また、お前かよ!」
嫌でも覚えてしまった、彼女の抑揚のない、その声を耳にした月斗は、こちらを振り返った。
「お客様よ。」
月斗が振り返ると同時に、かずさがその言葉を口にする。
そして、その客人の顔を見るなり、月斗は明らかに顔を歪め、不快感をあらわにした。
「…何しに来たんだよ。」
そして不機嫌そうな声を出し、まるで獣のように、天音を威嚇してみせた。
「ハッ、俺のお願いなんて、誰も聞かないって事か?」
そして、今度はどこか諦めたように、自嘲的な笑みを少し浮かべた。
何を言っても、自分に関わろうとする天音のしつこさに、月斗は怒りを通り越して、呆れ始めていた。
「…月斗。ごめんね。」
天音がここで、やっと重く閉ざしていた口を開けた。
「帰れよ。」
そうして、月斗はまた背を向け、壁に向かって横になった。
「私…、村に一回帰るんだ。」
「…。」
天音のその一言に、月斗は、全く反応を示そうとはしない。
「ねぇ、月斗。私達が出会ったのは偶然?」
しかし、天音は折れる事なく、そのまま月斗の背中に語りかける。
「…。」
その様子を、かずさは、ただじっと見ているだけ。
「私…ここへ来て、月斗に会えてよかった。」
「…。」
「青に会えてよかった。」
無視されたっていい、ただ今、伝えたい事がある。
「あの花火、青のためだったんだよね?」
「うるせー!」
ガッシャーン
月斗は器用にも、自分の背中の方にある鉄格子を足を後ろへと曲げて、蹴ってみせた。
「私、月斗と青の事何にも知らないけど、青はきっと不幸なんかじゃないよね。それから、青のお姉さんも…。」
静寂の中、ただ響くのは天音の声だけ。
「私、お姉さんのお墓に行った時、感じたんだ。きっと幸せだったんだろうな。んーん、今でも幸せなんだって。」
伝えたい思いがそこにはあった。
「あんな素敵な場所で、眠っていられるなんて。」
「…。」
その冷たい牢屋に、しばらく沈黙が続いた。
そこにいる誰も口を開く事はない。
そして、その沈黙を破ったのは…
「もうここへ戻ってくんなよ。」
月斗は天音に背を向けたまま、小さな声でつぶやいた。
「やだよ。」
天音はまだ今も、じっと、月斗のどこか寂しげな背中を見つめていた。
「戻って来るよ。だってここにも、真実があるはずだから。」
天音のその瞳には、まだ光が灯っていた。
そうこの時までは…。
************
「何にも面白くなんかない。」
京司はそう言って、どんよりと曇った空を見上げた。
「お前がおもろいやないか。」
そう言ってりんは、口もとに笑みを浮かべた。
「そんな事考える奴、なかなかおらんでー。」
「…そうか?」
京司は、未だ空を見上げたまま、動かなかった。
そんな京司を見たりんは、こりゃ、後で首が痛くなるんじゃないか、とそんなどうでもいい心配をしていた。
「やっぱお前、天音に似とるわ。」
「え…?」
「あの子も、わいらが思いつかんような事、言いだすしなー!」
京司はその言葉に、上に向けていたはずの首を元に戻し、今度はりんの方へと向いた。
「…教えてくれ。」
「何や?」
「使教徒は悪魔か?」
「何やそれ?そんなわけないやろ…。誰にそんな事聞いたんや?」
『悪魔の子…』
京司の頭の中には、その言葉だけが、なぜか鮮明に残っていた。
どこで聞いたかもわからないその言葉は、京司の心にこびりついて、離れようとはしない。
その意味を知りたかった。
自分が悪魔の子と言われた所以を…。
「俺なんか、いない方がいい…。」
そう言って京司はそっとうつむいた。
「京司?」
彼の異変に気がついたりんは、心配そうに京司を見た。
「…俺、何言ってんだろ。」
京司は下を向いたまま、うわ言のように、ぽつりとつぶやいた。
そして、そのままおもむろに立ち上がり、黙ってその場を立ち去ろうとした。
「京司!」
そんな京司をりんが呼び止めた。
今日の京司は、いつもの彼とはどこか違う。
いつもの自信満々の彼ではなく、どこか繊細で危ういガラス細工のような彼の姿に、りんは呼びとめずにはいられなかった。
「変えようや…。この国、この時代を…。」
りんは、一向にこちらを振り向こうとはしない、京司の背中に訴えかけた。
「…俺には無理だよ…。」
京司はまた小さくつぶやいて、階段を上って行った。
************
「りん?何してるの?」
京司の去った後も、りんは城の前で座り続けて、冷たい風に吹かれていた。
「天音?」
りんは、いつものように、おどけて笑ってみせる事はせず、真顔で天音の方を見上げた。
いつもと違う雰囲気をかもし出す彼に、天音は首を少し傾げて彼をじっと見た。
何かあったのかと、心配するような目で。
「おう。久しぶりやな!どこ行くんや?」
りんは、そんな天音の様子に気がつき、彼女を心配させまいと、いつもの元気な声で答えてくれた。
そんないつものりんの姿に、天音は少しホッとし、安堵の表情を浮かべた。
「お母さんのお墓だよ。」
「そうか…。」
りんは目を細めて口角を下ろした。
「私、村に一度帰れる事になったんだ。」
「里帰り…かいな?」
「うん。りんは?ここで何してたの?」
…天音が村に帰る…。なぜ今?
「天音。」
「ん?」
りんがいつになく、低い声で彼女を呼んだ。
「わいは、天音を待っとんたんや。」
「え?」
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「…あまね…。」
青が消え入りそうな、弱々しい声でつぶやいた。
「天音はもうここには来ないわよ。」
そんな青に、いつもとなんら変わらない声で、冷たく言い放ったのは、かずさだった。
「かずさ、僕の出番はいつ?」




