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その罪は僕が十字架を背負う理由だから



「あかん!電発塔の方か!?」


あまりの大きな音に、思わずりんもその音の方向へと視線を移した。

その光が落ちた場所は、電発塔の方に違いない。

りんは迷わずその方向に走り出した。




「京司!!おっさん!!」


りんがその場に到着した時には、2人は地面に倒れていた。

りんは思わず叫び、そんな2人に近寄る。


「う…。」


地面に倒れこんでいる京司に覆いかぶさるように、辰もまた、地面にうつ伏せになっていた。そんな辰は、どうやら意識があるようで、小さく声を漏らした。しかし、彼のマントからは、嫌な焦げた臭いが、たちこめている。


「大丈夫か!」

「俺は大丈夫だ…。それより。」

「京司!」


辰は何とか上体を起こして、りんと話しをする事が出来るようだ。しかし、京司は、りんが話しかけても、雨で濡れた冷たい地面に横たわり、意識はない。


「人を、呼んできてくれ…。」

「待ってろや!」


この状況では、りん1人では、どうにもできない。

辰に言われたように、りんは助けを求めに、町の方へと走った。



************



「ハークション!!」

「まったく、こんな雨の中何やってんの!」


華子は珍しく、天音のその姿を見て、怒っている。

天音はずぶ濡れになって、城に戻って来ていた。

ポタポタと水がしたたり、床には今にも水溜りができそうだ。


「…全然うまくいかない事ばっかりだ…。」

「はあ?」

「…。」


天音がポツリとつぶやいた言葉に、華子は眉をひそめただけだった。

そして、そんな天音を目の当たりにしても、星羅は窓の外で、滝のように降り続けている雨を眺めているだけで、言葉は全く発しなかった。


「いいから、早くシャワー浴びる!」


天音は、無理矢理華子にシャワー室へと押し込まれた。



************




「こっちや!!」


りんは、町の人や医者を呼んで来て、もう一度、電発塔へと走った。

この大雨で、外には人っ子ひとりおらず、人を呼ぶのに、かなり手間取ってしまった。


「え?」


りんはその光景を見て、息をのんだ。


「兄ちゃん、誰もいないけど…。」

「…。」


連れて来たうちの一人の男性が、周りをキョロキョロ見回しているが、そこには、誰一人居ない。

そう、そこに居たはずの2人は、跡形もなくいなくなってしまった。

まるで、始めから何事もなかったかのように。


「何や、早いなー…。」


りんがポツリと小さくつぶやいた。

りんは、瞬時に理解していた。城の者が、町民に気づかれる前に、2人を城に連れて帰ったのだろうと…。


************



「まったく、このお坊ちゃんは、よけいな事ばかり!!」


その頃城では、老中の怒鳴り声が、響き渡っていた。


「医者は!」

「い、今様子を見ております。」


すぐ様京司は城へと運ばれ、城で用意した医者に、診てもらっているが、京司はまだ目を覚まさない。


「こんな事、絶対に民衆に知られてはならない。」

「…もちろんです。」

「傷ひとつなく直せ!!」


老中の怒りは、一向に収まる様子はなかった。

いつもいつも、勝手な事ばかりして、問題を起こす彼に、老中は、今日という今日は我慢ならなかった。


天使教は神。

天使教が怪我を負うなんて、意識不明なんて事は、この国ではあってはいけない、いやあり得ない事なのだ。



―――それがこの世の掟




************



「申し訳ありません!!」

「あなたがなぜ、あやまるの…?」


辰は、城に戻るとすぐ様、皇后に深々と頭を下げていた。

しかし、皇后は毅然とした態度で、彼の前に立っていた。


「あなたが、天師教をかばってくれたのでしょ?その傷を見ればわかります。」


皇后は優しく微笑み、辰を褒めたたえた。

辰は軽い火傷を負って、その手当が今しがた終わったばかりだった。


「しかし、天師教様は…。」

「あの子の軽はずみな行動がいけないのです。」


やはり凛とした態度で、そこにいる皇后は厳しい言葉を、我が子へと向けた。

そう、これがこの国の皇后。


「…。」

「心配しないで、あの子は強い子です。」


その母の顔もまた、したたかであった。


「あなたは、あなたの傷を治してください。」

「ありがとうございます。」


そういって辰はまた深々と頭を下げた。




―――― それから2日後



コンコン

ガチャ


皇后はノックされたそのドアをそっと開け、顔だけをのぞかせた。


「なんですか?」


そして、その扉の外に立つ人物を目にして、皇后は眉をひそめた。


「天師教様は…?」


天使教の様子が気になり、老中は彼の部屋を訪れていた。もうこれで何度目だろうか…。

皇后は、自分と医者以外は、この部屋の中へと立ち入るのを禁じたため、老中は1日に何度も、ここへと足を運ばなければならなかった。

医者は、京司がいつ目を覚ましてもおかしくないと言っているが、彼はいっこうに目を覚まさない。


「心配なさらなくて、結構。あの子は大丈夫です。」


皇后はそう言って、老中を冷たくあしらった。

こんなやり取りが2日も続いていた。


皇后はわかっていた。

彼らは、天師教を道具としてしか見ていない事を。

そんな彼らが心配なのは、天使教が使い物になるかだけ。彼の体の事を本当に心配など、してはいない。

そんな彼らを、皇后が快く受け入れるわけはない。

だからと言って、老中も、天使教である彼を、全く無視するわけにはいかず、仕方なく何度も足を運んでいた。


「目を覚ましたら、お呼びすると言ってるじゃないですか。お帰り下さい。」


そう言って皇后は、今日も勢いよく扉を閉めた。



************




「京司…今日もいなかったな…。」


天音は毎日、いつもの池に足を運んでいるが、京司には会えない日々が続いていた。

もうどの位、彼に会っていないだろうか。


「…元気かな?」


京司と話がしたかった。自分の話を聞いて欲しいのはもちろんだったが…。


『寂しい』


寂しいと言葉をもらしていた京司の事が、心配だった。また、一人で苦しんでいるんじゃないかと。





「どうしたんだね?今日はうかない顔だね。」


池から部屋に戻る途中、天音は士導長に出くわした。


「士導長様…。あの、この前は、変なお願いをして、すみませんでした。それと、いろいろ教えてもらって、ありがとうございます。」


天音は、士導長にずっと伝えたかった言葉を、伝える事ができた。

天音は、あの雨の日に頭が冷やされたのか、冷静さを取り戻し、あれからは、天使教に会う事は考えなくなった。

やはり、自分勝手なお願いをするのは、あまりにも無謀だと思い直していた。

それは、月斗の言葉がそうさせたのだろうか…。


「ホッホッホ。どうしたんじゃ?しんみりして。」


士導長はいつものように、優しく天音に笑いかけた。


「…あの、もう一つ聞いていいですか?」


天音が遠慮がちに切り出したのは、士導長にどうしても聞きたい事が、もう1つあったからだ。

あの日、あの雨の中考えていた事を、誰かに聞いてもらいたかった。


「どうして、この国に天師教さんがいるんですか?」


『この国に天師教はいらない…。』


辰のあの言葉を聞いてから、天音はずっとひかかっていた。

天使教という存在を。


「前に授業でも言ったが、荒れていたこの国をまとめたのが、初代天師教様だった。」

「はい。」

「人々は、そんな彼を信頼し、崇拝し続けた。」

「…。」


しかし、崇拝というその言葉に、天音はいまいちピンとこず、思わず眉をひそめた。


「人は弱い生き物じゃからのう…。」

「え…。」

「そう思わんか?」


士導長が、穏やかな口調で天音に問いかけが、天音はその意味が分からず、首を傾げる事しかできない。


「まだ早かったかのう…。」

「え?」

「いつかわかる時が来るじゃろう。」


今はまだ、その時ではないと判断した士導長は、天音に背を向け、その場を去ろうとした。


「あの!」


そんな士導長を呼び止めるようと、天音は、再度声をかけた。

もう1つ、あと1つだけどうしても聞きたい事があったから…。


「士導長様は、この城の中で、京司って人知っていますか?」


天音は聞かずにいられなかった。

やっぱり彼の事が気になって仕方ない。

それは、何かを予感する胸騒ぎなのだろうか…?


「!?」


士導長は天音に背を向けたまま、息をのんだ。


「どこでその名を?」


そして、士導長は何とか平静を装い、いつもと変わらぬ声で、天音に尋ねた。

彼女にこの動揺を悟られてはいけないと、必死に隠しながら。


「え?どこって?ここ?」


天音はわけもわからず、ありのままの事実を、素直に答えた。

そう、彼と初めて会ったのはこの城の中。それは紛れも無い事実。


「…さあ、知らんの」


士導長はその一言を残し、その場を去った。




――――天師教それはこの世の十字架――――





************





「…俺は今どこにいるんだ…?」


京司は自分が今、どこにいるのかもわからなかった。ただ、そこは真っ暗な闇の中。周りには人も、物も、何1つ見えない。


……俺は死んだのか?


「…誰?」


その何もない空間に、ポーッと、まるでろうそくの火のような灯りがともり、そこに突然、1人の少年が現れた。


「え?」


京司は突然現れた、見た事のないその少年に驚き、声を漏らした。


「君…。迷い込んだんだね。」

「ここはどこだ?」


京司は、その少年に、今自分の置かれている状況について尋ねた。

その少年は京司よりも少し幼く、整った顔をしていて、透き通った青い目をしていた。

まるで天使のような顔立ち。そんな彼なら、ここがどこだか教えてくれるような気がした。


「ここは夢の中…。」

「夢??じゃあお前は、一体誰だ?」


これが夢ならば、彼は一体何者なのか…。

そんな初めて会う彼が、なぜ自分の夢に出てきているのか?

京司には、この夢が何か意味があるように思えた。


「どうして、そんな事聞くの?じゃあ、君は一体何者?」


その少年は、京司の問いには簡単に答えてはくれなかった。その代わりに、今度は彼が、逆に質問を京司に投げかけてきた。


―――自分はナニモノ?


「…わからない…。」


京司は彼の問いに、そう答えるしかなかった。


「ほーらね。」


少年は得意気に口端を上げた。


「俺は本当に天師教なのか?それとも京司なのか?それともどっちでもないのか?」


京司は、そんな言葉を吐き捨て、頭をかかえた。

それは、ずっと自分に問いてきた疑問。

しかし、誰もその答えは、教えてくれなかった。


『お前などが、天使教になれるわけないだろう!!』


前天使教には、そう言われ続けた。

そして、老中達をはじめとした城の者達からも、こんな子供に、天使教など務まるはずがない。といった目で見られ続けている。


誰からも、認められていないのに、なのになぜ、自分が天使教をやらなくちゃいけないのか…。


しかし、今更、戻れない…。

ただの京司には…。

あの頃のような、純粋無垢な子供には、もう戻れない。


それは知っている。



でも…




「…。」

「誰か教えてくれ!!」




彼が、大声で叫んだ所で、今の状況は、何も変わらない。

それを知ってか知らずか、少年は、口を固く結んだまま、一言も言葉を発しようとはしない。




************




「皇后様…。ご無沙汰しています。」

「ジィ!来てくれたのね。」


老中の時とは、うって変わって、その来訪者の顔を見るなり、皇后は嬉しそうな声を出し、彼をこの部屋へと、快く招き入れた。

その来訪者である士導長の耳にも、京司がまだ目覚めていない事は、届いていていた。

そんな彼が京司の身を案じ、皇后の元 へと足を運ぶのは、当然の事だった。

皇后にとっても、京司の教育係であった士導長は、この城での、数少ない信頼できる人物であった。


「あの子に、会いに来てくれたんでしょ?」

「はい。」


皇后は、京司の側につきっきりで、少しやつれたようにも見える。そんな姿に士導長は、また心配そうな表情を浮かべた。


「ふふ。懐かしいわね。昔はこの子、あなたにべったりだったものね。」


皇后は懐かしそうに、未だ目覚める事のない、京司の顔を愛しそうに見つめる。

たとえ目を覚ましても、彼はもう、あの頃のような笑顔を、見せる事はないというのに…。


「昔話でございますね。」

「そう…昔の話…。」


皇后の寂しげな瞳が揺れたのを、士導長はただ、見つめる事しかできない。


「そう言えば、妃の方はどう?目星はついたの?」

「そうですね…。なかなか難しいものですなー。」


皇后は、空気を変えようと思い、話題を妃候補へと移してみた。

しかし、士導長のちょっと困ったような表情が、妃選びの難しさを物語っていた。


「そう…。この子は、本当はとても寂しがりなの…。」


皇后はまた、愛しい目で京司を見つめ、彼の頭を優しく撫でた。

眠ったままで、目を開ける事のない彼は、あの頃の幼い少年のまま。

何にも変わってなどいないのに…。


「この子には、いろいろと苦労をさせたと思ってる。だから知って欲しいの。1人じゃないって事を。」


そう言って、皇后が京司の手を強く握った。


「この子には幸せになってもらいたいの。」

「…。」


その様子を士導長は、そっと見守る事しかできなかった。



************




「…それは、僕にはわからないよ。」


少し間を置いて、その少年が京司の問いに、申し訳なさそうに答えた。


「…。」


…夢だからって俺何言ってんだ…。


京司はバツの悪そうな顔を見せ、下を向いた。

どうしようもないこの気持ちを、誰かにこんな風に爆発させたのは、初めてだった。

そう、それは全て夢だから…。


この城に来てから、自分の気持ちを押さえ込むのが、当たり前になった。

そうしなければ、この重圧には耐えられない。

ここでは生きてはいけなかった。


「…もう帰った方がいいんじゃない?」

「え…。」


京司は、急に彼に帰れと言われ、戸惑った。

しかし、自分のした事で彼が不快な思いをしても不思議ではない。

そんな風に言われて、当たり…。

しかし、自分には帰る場所なんて…。


「きっと、君を待っている人がいる…。」


その少年は、京司の気持ちを知ってか知らずか、そんな言葉を優しくかける。


「…本当にそんな人いるのか?」


京司は少し不安気に、顔を上げた。

あそこに戻っても、何にもいい事なんてない…。

そうどこか諦めていた彼の瞳には、今は絶望しか映っていない。


「その人達が、きっと答えを教えてくれるよ。」

「答え…。」

「君が何者なのか…。」


彼は、全てを知っている。

京司には、なぜかそんな気がしてならなかった。

彼の澄んだ瞳には、そう思わせる、何か不思議な力があった。


「お前は?まだここにいるのか?」


京司は、そんな彼の事が気になってきて、思わず尋ねた。

彼は、この夢の中だけの住人なんだろうか…と…。


「うん。でも、いつかは、ここを出なきゃいけない時が来る。」


少年は、少し寂しそうに遠くを見つめた。


「外の世界に行きたくないのか?」


その寂しそうな表情が、京司には、気になって仕方なかった。

どうしても、そんな彼の事を放ってはおけなかった。


「僕は目が見えないんだ。」

「え…。」

「昔から、原因不明の病で、徐々に見えなくなっていった。最近までは、少しぼんやり見えていたけど、もう完全に見えなくなった。」


彼のその青い目には、悲しいかな何も映らない。


「僕のこの青い目は呪われている。」

「そんな事ねーよ!いいか、外には涼しい風もあるし、いい匂いのする花だって、綺麗に鳴く鳥もいるんだぜ。」


京司は、なぜかムキになってそう言った。彼のどこか諦めたようなその表情を、何とかしたかった。


「アハハ。何でそんなムキになってんの?知ってるよ。外にも素晴らしい世界があるって事は。」


すると、少年は声を上げて笑った。

それは、彼が初めて見せた笑顔だった。

その瞬間はだけは、その瞳から悲しみの色が少しだけ薄まってみせた。


「…ああ、そうだな。外の世界は…自由だ…。」


京司は、まるで自分に言い聞かすように、低い声色でつぶやいた。

彼だけじゃなく京司もまた、外の世界に憧れている。


「君は…。」


少年は、何かを言いかけ、口をまた閉じた。


「何だ?」

「いや、僕は僕で、君は君。」


少年は少しだけ間を置いて、またゆっくり口を開き、京司を真っ直ぐに見た。その真っ直ぐ自分を見つめる彼の目に、自分が写っていないなんて…と京司は思わず疑いたくなった。


「…ありがとう。」


そんな京司の口からは、自然と感謝の言葉がこぼれ落ちた。

なぜなら、京司は彼と話して、少し心が楽になった気がした。

自分の中にある何か黒いモノが、少しだけ薄まった気がした。


「…君の願い叶うといいね。」

「え…。」


少年は京司に突然そう言って、柔らかく笑った。


フッ


その瞬間京司はその夢の世界から姿を消した。






「君は、本当に変わってないね…。」


1人そこに残された青が、ポツリとつぶやいた。




************



「ん…。」


その時、ベッドに横たわる京司が、小さな声を発した。


「天師教!」

「天師教様!」


皇后と士導長は、京司のその小さな声に反応し、とっさに呼びかけた。

それと同時に、京司の重たい瞼が、ゆっくりと上がっていく。


「俺…。」


目の前にいる、2人の人物の顔を見た京司は、自分の置かれている状況を、何とか理解しようとしていた。


「よかった。お気づきになられたんですね。」


士導長が嬉しそうに、京司を見つめていた。


「本当によかった。」


皇后も目を潤ませ、彼を見つめ、それ以上言葉が続かない。


そうか…。俺は眠っていたのか…。


…あれは夢…。



「名前聞くの忘れたな…。」



京司はボーっとした頭でポツリとつぶやいた。




『僕は僕、君は君。』




************




「ドケ!!」


突然現れた月斗は、城の門番の兵士に殴りかかり、その門の中へと、歩を進めようとしていた。


「お、お前…。」


兵士は突然の事にうろたえ、地面に伏せたまま、動けず、ただそこから彼を見上げた。

今日の月斗は、いつものように顔を隠してはいない。

月斗はそのまま、城にズカズカと侵入していく。


「どこにいる。」


月斗が小さくつぶやきながら、辺りをキョロキョロと見回していく。なんせ、彼がこうやって、正面から城に足を踏み入れたのは、初めての事なのだから。


「し、侵入者だーー!!」



兵士が大声で叫んでいるが、月斗はそんな事に構わず、ズカズカと城の中へと、進んで行く。

そして、向かってくる兵士達を、いとも簡単に投げ飛ばしていく。

今日の月斗には、兵士達の力では全く歯がたたない。






「なんか騒がしくない?」


真っ先に、外の騒がしさに気がついた華子が、2人に向かって、その疑問を投げかけた。

夕食後、いつものように3人は部屋にいたが、華子の言葉で、天音も外の異変に気がつき始めた。

彼女達の部屋の扉の外からは、人々が行きかう足音がせわしくなく聞こえてきた。


「どうしたんだろうね?」


天音が、ふと気になり出し、首を傾げて立ち上がった。そしておもむろに扉の方へと向かい、扉のドアノブを回してみた。


ガチャ


「外に出るな!」

「へ?」


扉を開けるなり、部屋の前を通りかかった兵士に、天音は怒鳴られ、天音は部屋の中へと押し戻された。


「な、何かあったんですか?」


その緊迫した様子に、驚いた天音の代わりに、華子

が外にいる兵士へと尋ねた。


「反乱者がこの城に侵入した。」

「え?反乱者?」


低い落ちついた声で、兵士が答えた。

その言葉に過剰に反応したのは、天音だった。


「反乱者はすぐ捕らえる。それまで部屋の外には出るな」


そう言って、兵士は走って去って行った。


「反乱者って…。」


天音は、なぜか嫌な予感を感じていた。

聞かなくてもわかる…。

そう、それは彼に違いない。

天音の本能がそう叫んでいた。


『あいつを不幸にしたくないなら、もう会うな。』


「せい…?」


天音は無意識のうちに、もう一度ドアノブに手をかけた。


パシッ


「え…。」


そんな、天音の腕を強く掴んだのは、星羅だった。


「行ってどうするの?」

「でも!」

「あの反乱者とあなたが知り合いだって、この城の者にバレたら、どうなると思う?」

「…。」


星羅には、天音の考えている事なんて、全てお見通しだ。

天音が彼に会いに行った所で、それは自滅行為。

妃になるどころか、同じ反乱者としてみなされる場合だってある。







「くそ…どこだ…。」


月斗は尚も探し続けていた。

兵士を次々と投げ飛ばし、さらに城の奥へと進んでいく。


「コイツ、バ、バケモンだ…。」


1人の兵士が、月斗の恐ろしさに、思わずそう漏らした。


「どこだ青ーーーーー!!」


今まで誰も聞いたことがないであろう、月斗の叫びが城中にこだました。

この城で呼ぶ事を禁じられた、その名を…。





「!?」


天音は、その悲痛な叫びに、大きく目を見開いた。

彼のその声は、天音の所まで確かに届いていた。

彼はやっぱり、青に会いに来ているんだ…。


「で、さっきから何の話ししてんの?」


全く状況のわかってない空気の読めない華子が、キョトンとした顔で、天音と星羅を交互に見ていた。


「ごめん!星羅!」


ガチャッ


天音は、ドアノブにもう一度手をかけ、扉を開けると、部屋の外へと勢いよく駆け出した。


「あーあー。行っちゃったー。」


華子がクスクス笑いながら、天音の背中を見送った。


「なんかわかんないけど、面白そう!見物行かない?」


華子が星羅に向かって、そう言って笑った。彼女は、何が起きたか全くわかってないようだが、これから何かが起こるであろう事は、予感していた。


「…。」


星羅は、閉まったばかりの扉を、ただ黙ってじっと見つめていた。






「何をしてる!」


事態を聞きつけ月斗の前に現れたのは、この城の兵士である辰だった。

彼は月斗とは少し距離を取り、彼の出方を見ている。他の兵士のように、簡単に負傷するわけにはいかない。


「うるせーよ!また、お前?」

「捕まりに来たのか?」

「どけ!」


月斗は、辰の方へとジリジリと歩み寄り、他の兵士と同じように、行く手を阻む彼を押し退けようと、手を前に伸ばした。


「はぁはぁ。やめて!」


背後から聞こえた、そこにいるはずのない甲高い女の声に、月斗は思わず眉をひそめ、顔を歪めた。


「な!?」


そして、辰もいるはずのない彼女の姿を目にし、驚きの声を思わず漏らした。


「月斗。」


息を整えた天音が、ゆっくりと、はっきりと、彼の名を呼んだ。シンと静まりかえるその場では、そこにいる兵士達にもその声は、はっきりと届いた。


「またお前かよ。俺の前に現れんなって言ったよな。」


月斗が後ろを振り返り、天音をいつもより鋭く、敵意むき出しで睨む。今の彼はまるで獣。何を言っても通用するはずなどない。


「青ね…言ってたんだよ。昔は、この町にも花火大会があったって。」


そんな月斗にひるむ事なく、天音は、口を閉じる事はしない。


「…。」

「月斗の上げた花火を見て、花火の終わった後は寂しいって…。」

「言ったよな。アイツにはもう会うなって。」


我慢ならなくなった月斗が口を開いた。


「青は望んでないよ…。」


天音の目は、月斗の鋭い憎しみのこもったその目を見つめ続けた。


「は?」

「ここを出る事を望んでない。今は…。」


『僕がここを出る時は、僕の願いが叶う時なんだ。』


彼は、自分で望んでこの城にいる。

彼は、自らが選んでここにいる。

それは、天音が嫌というほど感じていた事実。

彼は、外に出る事を望んでなどいない。無理矢理連れ出したところで、彼は喜ばないんだと。


「お前に…。」


月斗が顔を伏せた。その表情は天音からは、見えない。


「あなたに…何がわかるの…。」

「…え…?」


背筋の凍るような冷たい声に、天音が後ろを振り返った。


「かずさ…。」


天音は、いつのまにか背後にいた、かずさの気配に全く気がつかなかった。

そして、なぜか彼女の冷たい視線から逃れる事ができなくなり、後ろを振り返ったまま、動けなくなった。


「あなたは何もわかってない。」

「え…?」


彼女の視線は、いつもより厳しく、その声もいつもより低い。

そんな彼女は、簡単に天音を追い詰める。




「月斗が青のお姉さんを殺したのよ。」





ーー-まるで、体が凍ったように動けなくなった。





「え…?」




天音は言葉を失い、その場に呆然と立ち尽くした。






「な、何してる捕らえろー!!」


兵士の1人が叫んだ。

そしていつの間にか、月斗の周りは、兵士達に取り囲まれていた。

大勢の兵士達が月斗を捕らえようと、彼に掴みかかった。


「離せ!!オイ!!青はどこだ!!お前なら知ってんだろ!」


なぜか急に先程まで信じられない程の力を失った月斗は、兵士達にがんじがらめにされながら、叫び続けた。

かずさに向かって。


「青は彼を憎んでいるのよ。」


かずさは月斗の方など、一切見向きもしない。


「ウソ…。」


天音もまた、何かに捕らわれたかのように、かずさの恐ろしいほど冷たい目に釘付けになるばかり。


ここで青の名を呼ぶことは禁忌。」

「え…。」


まるで2人の間にだけ、別空間のような冷たい空気が流れている。

そんな2人の後ろでは、月斗が複数の兵士に抑えつけられていて、もう身動きが取れない。


「何にもわかっちゃいないのはお前だ!!いいか!アイツにはもう会うな!」


それでも、月斗は叫び続けた。

その言葉は天音に向けられたもの。


「…。」


天音のその瞳は、揺れていた。

しかし、かずさのその視線から逃れる事は許されず、月斗の方へと振り返る事さえも出来ず、どうしたらいいのかわからない。


「だから言ったでしょ。この世には知らなくてもいい事がたくさんあるって。」

「え…。」

「これで、もう青には会えない。」

「どう…。」


さらに、かずさの冷静な声が降ってきても、天音はそれを飲み込み事ができない。

まるで、全ての言葉が、自分の手の中からこぼれ落ちていくように。


「覚悟がないなら、簡単に何でも口に出さない事ね…。」


かずさはそう言って、天音に背を向け、歩き出した。

そして、天音は急に全身の力が抜け、その場にしゃがみこんだ。


「ここは危険だ。立つんだ!」


辰は、そんな天音を見かねて、ここを離れるように促すが、彼女からの返事は全くない。

天音の足は、まるで人形のように力が入らず、何とか辰の力によって立たされ、彼に引きずられるように、部屋へと戻って行った。




************




「反乱者の月斗は捕らえたー!!」


ワ~!!


次の日の朝一番に、兵士が城の前で、月斗を捕らえた事を民衆に大々的に発表していた。

それだけ、月斗の捕獲には意味がある事のようだ。


「なんやて…。」


りんは目を大きく見開いて、思わず声を漏らした。


「何やってんねん!!」


りんは、周りの民主達の嬉しそうな表情とは真逆の表情を見せ、唇を噛み締めた。


「月斗さん…。」


りんのそばにいた、1人の男が彼の名をつぶやいた。

彼もまた、その群衆の中からは浮いた表情を見せていた。


「兄ちゃん…月斗の仲間かいな…。」


軽々しく、そんな言葉をかけてきたりんに、男はあっと言う前に表情を変え、彼を鋭く睨んだ。


「大丈夫や。わいは月斗のダチや!」


りんはそう言ってニッコリと笑い、彼の警戒心を解く事に努めた。


「…月斗さんが捕まるなんて…。」


そのりんの作戦は、成功したのか、りんを睨む事をやめた男は、悔しそうにこぶしを握りしめた。


「…ちょっと、話聞かせてな。」


りんが男に近づいて、低い声で言った。



************




「え…?」


京司が眉をひそめ、明らかに不快な顔をみせた。


「昨夜、反乱者のツキトを捕らえる事に成功しました。」


もう傷もだいぶよくなり、起き上がる事も出来るようになった京司にも、その報告が朝一番に届いた。


「…。」


京司は、何かを考え込むように黙り込んだ。


『死ね。』


京司は、彼の憎しみに満ちた、あの目を思い出していた。

…アイツが捕まった?こんな簡単に?


京司には、彼に何が起こったのかは分からなかったが、月斗がそんな簡単に捕まるなんて、なんだか信じられなかった。


「天使教様?」

「…何でもない。さがっていいぞ。」

「は!」


『月斗はホンマは悪い奴じゃないと思う。』



そして京司は、りんのその言葉を思い出し、また黙りこくった。



************




「なんだか、城の中に見張りの兵士、増えたよねー。」


授業終わりに、華子が何気なくそうつぶやいた。

昨日の出来事があってから、城の中の見張りは増やされて、以前のように妃候補達は、城の中は簡単に歩き回れなくなっていた。


「私のせいだ…。」


天音が小さくつぶやいた。

かずさの言った通り、もう青に会いに行く事は、難しい状況になっていた。

あの部屋に辿りつくまでには、たくさんの見張りがいる事は、容易に予想がつく。


「…外には出れるよね…。ちょっと町に行ってくる。」


天音は落胆した様子で、逃げるようにそう言って、部屋を出ようとした。


「天音。」


星羅がそんな天音を呼び止め、彼女は足を止めた。


「口に出さない方がいい言葉も、時にはあるのよ。」

「…。」



パタン

天音が言葉を発する事はなく、扉は静かに閉まった。



************



「…」


京司は、自室から窓の外を、ただぼーっと眺めていた。


「…天音?」


その景色の中に、京司は天音を見つけた。

人が大勢行き来する広場の中で、京司の部屋からは、人なんて、豆粒のように小さく、それが誰かなんて、普段は気に止めた事はない。

しかし今は、天音の姿だけが、まるで浮かび上がるかのように見えた。


「…。」


京司の足は自然と動き出し、いつのまにか部屋を出て、走り出していた。



京司はただ夢中で走った。



「はぁ、はぁ。」


なぜだろう、彼女の背中がいつもと違って見えた。

どこか心許ない、まるで消えてしまいそうな…。

京司は、何故だかそんな不安にかられた。


『きっと、いろいろあって、心細くなったのでしょう。』


「天音!!」


京司は、病み上がりとは思えないほど全速力で走り、トボトボと歩く彼女に、すぐに追いついた。

天音はその声に、すぐに振り返り、彼の姿を見つけた。


「京司…?」

「はぁ、はぁ。」


京司は息を切らしていた。ずっと横になっていたからか、やはり、まだ体力は完全には戻ってはいなかった。


「なんか、久しぶりだね。」


やはり近くで彼女を見ると、天音のその表情はいつもとは違っていた。

それは京司には明らかだった。

いつものように、キラキラと輝く笑顔はそこにはない。


「どこに行くんだ?」


そんな天音に、京司は何事もなかったかのように、尋ねた。



「あやまりに…。」

「え?」






そんな、天音がやって来たのは、青の姉のお墓だった。京司が一緒に行きたいと言うのを、天音は快諾してくれたが、その表情はやはりどこか冴えない。


夜ではない今は、この前のように月野草は咲いておらず、ただの小高い丘のような場所だった。


そこにポツンと寂しくあるお墓の前で、天音は足を止めた。


「…ごめんなさい。私、何もわかってなかった…。」

「…」


天音が、ポツリポツリと言葉を紡いだ。

京司はその様子を、ただ天音の後ろで見守ていた。


「どうしよう、もう青に会えなくなったら…。」


『天音が来てくれれば、もう寂しくない。』


「青がまた1人になっちゃう…。」


ザ―


風は今日も、天音の髪を優しく揺らしていた。


「ったく!墓の前で辛気臭い奴だな!」


その時、今まで後ろに居たはずの京司が、天音の隣へとやって来た。


「コイツが何やったか知らないけど、すみませんでした!」


そう言って京司は、突然、青のお姉さんのお墓に向かって、頭を下げた。


「え…。」


突然の出来事に、天音はただその様子を、唖然として見ているだけだった。


サー


その時、また風が優しく吹き抜けた。


「いいってさ。」

「え?」

「聞こえなかった?許してくれるって。ほら風がそう言ってる。」

「…。」


天音もその風の優しさを感じた。

そして、京司の優しさも…。


「へへ。…ありがとう。京司。」


天音は、京司に向かって、ほんの少しだけ笑顔を見せた。

その京司の優しさに、天音は心が軽くなり救われた。


「天音…。」

「ん?」

「無理に笑わなくていいんだぞ。」


京司にはわかっていた。


「…。」

「泣きたい時は、泣いた方がスッキリするぞ。」


彼女がずっと表情を強張らせていたのは、泣くのを我慢しているからだと…。


「…う…。」


天音の目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。


「うわーん!」


天音は大声を出して泣いた。そして京司の胸にすがりついた。


「全部…私のせい…ひっく。」


京司は、自分の胸にしがみつき、子供のように泣きじゃくる天音の頭を優しくなでた。


「何したか知らないけど、辛いなら、辛いって言え。何かやらかしたら、ちゃんと謝ればいいんだよ。」

「うー、ひっく。」


泣きじゃくる天音に、京司は優しく声をかける。

この時初めて、京司は辰の言った言葉の意味がわかった気がした。


『このままでは、あの子はダメになる』


何があったかは、分からない。しかし、彼女の細い肩が震えるのを見ていてわかった。



―――彼女は、決して強い人間ではない。



「天音1ついい事教えてやるよ。」

「え?」


天音は京司のその言葉に顔を少し上げた。


「妃候補は、一度家に帰れる事になった。」


京司の口からは、自然とその言葉が出ていた。

それが、天音の心を軽くする言葉だと知っていたから。


「本当に…?」


天音の涙は自然と止まり、じっと京司を見つめていた。


「ああ…。」


夕日が顔を出し、2人を柔らかなオレンジの光が包んでいた。




………………………………………………………………





「道は一つ…もう戻る事は許されない…。」








































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