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13/39

きっとそれは雨よりも冷たく君にふりかかるだろう




  天音、お前の知りたい事は、全てそこにある。




  お前の見るべき世界は、そこにある。





  運命に立ち向かえ。





  もう、村には戻って来るな。





じぃちゃんの手紙には、そう書いてあった。

じぃちゃんは一体何を知っていたの?




************



その頃、今日も帽子を深く被っている月斗は、珍しくたった一人で白昼堂々、城の前に来ていた。


「…天音を呼べ」


月斗は全く躊躇する事なく、城の前で門番をしている兵士に、いつもより低い声で伝えた。


「ハ?お前何者だ?」


急に話しかけられた兵士は、顔をしかめ、明らかに不審な月斗の顔を、覗き込もうとする。

城の門番といえば、強面で腕っ節の立つ兵士が、抜擢される仕事。そんな彼らに話しかける、怖いもの知らずの町民など、まずいない。


「天音を呼べって!」


しかし、正に怖いもの知らずの月斗は、兵士に向かってそう叫んでみせた。自分の身の上など、今は二の次、今はなんとしても、目的を果たす事が最優先のようだ。

そう、天音に会って、言わなければならない事がある…。


ガシッ!


兵士が、そんな月斗を捕らえるより先に、月斗は誰かに、肩を力強く掴まれ、後ろに引っ張られる形になった。


「コイツは、妃候補の娘を追いかけてる男のようだな。」

「辰…?」


門番の兵士が、月斗の後ろに立つ、その彼の名を呼んで、眉をへの字に曲げた。


「あんた…。」


月斗は、力強く掴まれた腕を振りほどき、後ろを振り返った。そこにいた兵士に、月斗は見覚えがあった。天音が、反乱軍を止めたあの場に彼が居たのを、月斗も、しっかりと覚えていた。そして、辰もまた、彼が、あのお尋ね者の月斗だと言う事は、すぐに気がついていた。そして、あの場に月斗がいた事も、もちろん記憶している。 


「その妃候補に、会いたくて来たのだろう?まったく、そんな事のために城に来るなんて。」


彼はただ、妃候補に恋焦がれ、会いに来たただの青年。辰は何とか、その場をやり過ごそうと、そんなウソを吐いた。辰が、そんなウソをでっち上げているのは、もちろん、月斗をかばっているわけではない。


「俺は!」

「いいから来い!!」


辰はそう言って、無理矢理月斗の腕をひぱっり、なんとか城から遠ざけようとする。


「オイ!辰!」

「心配するな、俺が追い払っておく。」


そう言って、辰は月斗を無理やり引っ張って、連れて行ってしまった。


「まったく、妃候補を追い回すなんて、しょうもない男がいるもんだな。」


門番の兵士は、彼があの月斗だとは、微塵も疑う事はなく、彼の仕事に戻っていた。



************



「離せよ!!」


辰は、人気のない路地裏へと月斗を連れて来て、ようやく、月斗を掴む腕を開放した。


「お前。自分が何をやっているのか、わかってるのか!」


辰は、月斗に向かって怒りを抑えられず、怒鳴り声を上げた。


「は?」


月斗は、眉にシワを寄せ、ただただ辰を睨み返す。


「天音とお前が、知り合いだなんてバレてみろ!天音は、城に居られなくなる。」


辰は、天音の立場を考えず、自分の事しか考えていない月斗に、苛立ちを隠せない。

そう、あの時とっさにウソをついたのは、他でもない天音をかばうためだ。

妃候補の天音が、この国の問題児の月斗と、知り合いだなんてばれたら、この城を追い出されるのは目に見えている。

天音が、なぜ妃になりたいのか…。

辰はその訳は知らないが、彼女が妃になるため、一生懸命修行に励んでいるならば、それを邪魔させるわけにはいかない。


「そんなの俺には関係ねーよ。」


しかし、この月斗が、聞き分けがいいわけがなく、辰の言うことを、簡単に聞きいれるはずはない。


「…自分の事しか考えられないようじゃ、誰も守れないぞ。」


そんな月斗に、今度は声を荒げることなく、辰は低く落ち着いた声を出した。


「うるせーよ!!」


ガン!!


月斗のその苛立ちは、すぐに行動となって表れた。

そう、月斗はその言葉の意味を、身に染みてわかっていた。だからこそ、その苛立ちを、どうしていいのかわからない。

彼が殴った外壁は、簡単に剥がれ落ちてしまった。

どうやら彼は、感情を暴力によってでないと、表すことができないようだ。


「天音は私が呼んでこよう…。」


すると、辰は、今度は怒るどころか、そんな事を口にし、黙って月斗に背を向けて、歩き出した。


「は?なんなんだ。あの兵士…。」


月斗は、辰が本当に天音を連れてくるのか、半信半疑のまま、そこに立ち尽くした。




************




「でも士導長様に、ダメって言われたんでしょ?」



華子は、がっくりと肩を落とし、落胆した様子で部屋へと戻って来た天音の話を、まるで姉のように優しく聞いてあげていた。


「うん…。」


意気揚々と、士導長の元へと向かった天音だったが、しかし、彼女の願いは、士導長には聞き入れてはもらえなかった。


『お願いします!外出させてもらえませんか?5日、いえ、4日でいいんです!!』

『外出?』


士導長は怪訝そうな顔で、天音を見た。


『じぃちゃんに、会いに行かなきゃ…。』

『ダメじゃ!』


いくら優しい士導長だからって、もちろんそんな天音の単なるワガママにしか聞こえない願いを、聞き入れてもらえるわけなどない。


「当たり前でしょ。」


今日も、窓際で静かに本を読んでいた星羅が、呆れた声で、2人の話に割って入ってきた。何だかんだ言って、星羅も天音の話を、ちゃんと聞いていてくれている。

しかし、そんなわがままを、簡単に士導長に言ってしまう常識のない天音に、今日という今日は、怒りを通り越して、呆れるしかない。


「まあ、そうだよね。」


華子も今回ばかりは、星羅に同感で、苦笑いを浮かべていた。


「じぃちゃんに、会わなきゃいけないのに…。」


天音が、消え入りそうな声で小さくつぶやいた。


「天音、急にどうしちゃったの?おじいちゃんに何かあった?」


ここの所の天音の様子を、心配に思っていた華子は、もしかして、おじいちゃんに何かあって、天音はこんな事を言い出したのではないのか、と考えていた。


「じいちゃんに、何かあったのかはわからない…。でも、今村に帰らなきゃいけない気がするの…。」


それはただの予感にすぎない…。


「…何で今?」


確かなことは何もわからないと言う天音に、華子も困惑するしかない。

しかし、天音の切羽詰った様子に、華子も心配しないわけにはいかない。


「帰りなさいよ。妃はあきらめて。」


そんな2人をよそに、星羅はいつものように、冷静にその一言を放った。

そんなにおじいちゃんが大事ならば、妃をあきらめて、村に帰ればいい。

そう、ただそれだけの事…。


「それは、嫌だ!私は、妃になる!」

「は?」


天音は、まるで、だだをこねる子供のような一言を、間髪いれずに口にした。

しかし星羅は、天音のその身勝手な言葉に、一瞬にして顔を歪めた。


「妃になるために、今知らなきゃいけないの!」


そして、そんな星羅にひるむことなく、彼女の目をしっかり見て、天音は強い口調でそう言った。


「あなたには、妃は無理よ。他に大事なものがあるんでしょ?ここは、あなたが来るべき場所じゃなかったのよ。」


星羅は、訳のわかない事ばかり言い出す天音に、イライラを増し、また冷酷な一言で反論してみせる。

さっさと帰ってしまえばそれで終わる単純な話なのに、一体彼女は、なぜそんな遠回りをしたがっているのか…。

星羅には、とうてい理解できなかった。


「違うよ…。ここは私が来るべき場所だったんだよ。」


天音の真剣な目が星羅を再び射抜いた。


「え…?」

「どういう事?」


その真っ直ぐな瞳に、思わず星羅は反論する事を忘れ、ただ彼女のその瞳に釘付けになった。

そんな星羅に変わって、その真意を尋ねたのは、華子だった。


「この町に、私のお母さんがいたんだよ…。」

「へ?お母さん?」


天音の突然の告白に、華子は驚き、すっとんきょうな声をあげた。なぜなら、ついこないだ、天音は赤ん坊の頃に捨てられた。という話を聞いていたからだ。


「私を捨てたお母さんが、この町にいた。でも、もう死んじゃって今はいないけど。」


そう言って天音は下を向いた。


「…だから、元気なかったんだね…。」

「…。」


華子は、優しい眼差しで天音を見つめたまま、彼女の心情を察した。

一方の星羅は、感情も顔に出すことなく、ただ口を閉じたままだ。


「こんな気持ちのままじゃ、きっと妃になんてなれない…。私は知りたいの、ここへ来た本当の意味を。」

「どうして、そこまで妃にこだわるの…?妃なんて、諦めればいいじゃない。」


今度は星羅が、ゆっくりと口を開いた。

知りたかった…。

なぜ彼女が、そこまでして妃になる事にこだわるのか。

ただそれは、おじいちゃんのためだとか、村のためといものだけではないのは、明らかだ。



「それだけは、諦められない。」



…だって…。





「私が自分で決めた事だから。」





――― それは、私が初めて自分で選んだ道だから。





その決意は、彼女の強い瞳に表れていた。その瞳を目の当たりにした星羅は、また何も言えなくなった。



「こうなったら、天師教さんに頼むしかない!」


すると突然、天音がまた、突拍子もない事を叫びだした。


「は?」

「え?」


そんな天音の突拍子のない考えに、華子とそして、星羅までも、声を上げてわかりやすく驚いて見せた。


「だって、天師教さんが一番偉いんでしょ?士導長様にダメって言われたんだから、天師教さんに頼むしかないじゃない。」


天音はどこまでも本気だった。いくらこの城で修行をしたところで、村育ちの天音の常識のなさが、すぐに解消されるはずはない。彼女の子供のような単純な考えは、良くも、悪くも、残ったままだった。


「いやー、いくらなんでも。」


さすがの華子ですら、苦笑いを浮かべ、困惑の表情を見せていた。


「天音…。天師教は!」


コンコン


星羅が、何かを言いかけたその時だった。タイミングよく、部屋の扉をノックする音がした。


「誰だろう?ハーイ。」


そのノックの音に、一番早く反応したのは、天音だった。天音はすぐさま扉の方へとと向かい、扉を開けた。


「あれ?」


しかし、扉を開けてみると、不思議な事に、誰の姿も見当たらず、天音は首を傾げた。


「ん?」


すると、天音の足元に、1枚のメモが落ちている事に気がついた。

そして、天音は、そのメモを手にとってみた。するとそこには、天音でも読める簡単な一言が書いてあった。


「天音?」


黙ったまま、誰もいない扉の前で佇む天音に、華子が不思議に思い、声をかけた。


「ごめん。私、ちょっと行ってくる!」

「え?」


そう言って、天音は勢いよく部屋を飛び出して行った。


「え?天音ー!?」


華子は、突然部屋を出て行ってしまった天音を、呆然と見送るしかなかった。一体彼女に何があったというのだろうか?今となっては、それを知る術はもうない。




************



「ハァハァハァ。」


天音は、そのメモに記してあった場所へと、息を切らして走っていた。

なぜなら、そのメモには、そこで月斗が待っていると書いてあった。

誰が書いたかもわからなかったが、それが事実なら、すぐに行かなければ。

なぜか、天音は直感的にそう感じた。


「いた!月斗!はぁはぁ。」


方向音痴の天音も。なぜかこの時ばかりは、全く迷う事なく、月斗がいる路地裏に、すぐにたどり着いた。月斗はなぜか、辰が去った後も大人しくこの路地裏に居たのが幸い。


「誰かがメモをくれて、月斗が待ってるって。」

「…。」


月斗は、あまり期待はしていなかったものの、本当に辰が天音をここへ呼んできた事に、少し驚いていた。しかし、なぜ辰が天音を呼んでくれたのか、その意図はわからなかった。


「どうしたの?何かあった?」


天音は、月斗が自分を呼んだのには、きっと何か訳があるのだと考えていた。

月斗と交わした、「彼のお願いを何でも聞く」という約束も、もちろん覚えていたし、彼の力になれる事があるのならば、天音は何でもしたいと思っていた。


「お前…青を知ってるんだろう?」


月斗がやっとの事で低い声を絞り出した。


「え…。月斗、青を知ってるの?」


天音は、月斗の口からその名前を聞くなんて、夢にも思っておらず、目を丸くし、驚いて見せた。

まさか、月斗と青が知り合いだったなんて…。

二人の接点が天音には、まるで想像できない。


「お前アイツと、どうやって会った?」

「え?えっと…。お城で、たまたま?」

「たまたま?そんなわけねーだろ!」


月斗の鋭い視線が、天音に突き刺さる。

今日の月斗は、いつもよりもさらに苛立っている。それは、天音にも手に取るようにわかる。しかし、なぜ彼がこんなに苛立っているのか、それは天音には全くわからない。


「でも…青は私の事知ってるって…。まるで私の事をずっと待っていてくれたみたいな…。」


天音は、月斗の気迫に怖気づきながらも、なんとか青と初めて会った時の事を、包み隠さず彼に伝えた。

それが、月斗の欲しい答えかどうかはわからないが…。


「お前を待っていた?」


天音のその答えに、月斗は思いっきり顔をしかめた。


「まだわからない?」


そこに聞こえてきたのは、月斗の嫌いな、いつでも淡々と話す、どこか冷たい彼女のその声だった。


「かずさ?」

「お前…。」


その声の方へと、天音は振り返り、彼女の名を声に出した。

まんまと邪魔された月斗は、その嫌いな声の主を、思いっきり睨みつけた。


「青はそんな事、望んでないわよ。」


そして、かずさは、やはり淡々と、その言葉を彼に投げかけた。

その言葉は、そこで睨みを利かせる月斗に向けられたものに違いないが、天音にはその意味はさっぱりわからない。

そして、天音には、もう一つ別の疑問が頭に浮かんできた。


「かずさも、青を知ってるの?」

「ええ。」


その疑問を口にするのは、天音にとっては当たり前。そして、かずさはその問いに、いとも簡単に答えてくれた。


「お前、城のもんなんだろ。」


かずさが城に関わる者だという事は、疑いようもない事実。なぜなら、彼女の帰る場所はいつだって、城であり、また、城にいる青の事も知っている。

しかし、彼女の狙いは、今もわからずじまい。


「天音…この世には、知らなくてもいい事がたくさんあるわ。」

「え?」


かずさは、そんな月斗は無視するかのように、天音の方へと視線を移した。そして、そんな彼女のその表情は、いつもより強張って見えた。


「もう、帰った方がいいわ。もうじき雨が降る。」


かずさのその言葉に、天音が空を見上げると、黒い雲が立ち込めて、今にも雨が降り出しそうだった。

残念ながら、今日は夕日が見れそうにはない…。


「オイ!待て!」


話の腰を折られた月斗は、納得のいかない顔で、2人の間に割って入る。こんな中途半端な状態で、話を終わらせるわけにはいかないと言わんばかりに。


「アイツに!青には!二度と会うな!!」

「え…。」


そして月斗は、背を向けた天音に向かって、叫んだ。

もちろんそれは、天音にとって予期せぬ言葉。


「もう、行きなさい天音。」


しかし、かずさは、月斗にもうそれ以上喋らせまいと、天音を帰そうとする。

なぜ、かずさがそうするのか?それは月斗にもわからないが、かずさが邪魔しようとしているのは、明らかだ。


「お前、俺の言う事なんでも聞くって言っただろ。」


そんな、かずさの思惑通りにはいかせまいと、月斗は尚も続ける。


「月斗…?」


ゴロゴロ

空には黒い雲が立ち込めて、雷が嫌な音を鳴らし始めていた。


「月斗、どうして、青に会っちゃいけないの?」


天音の方からは、月斗のその表情は、下を向いているせいで見えないが、その切羽詰まった、苦しそうな声が気になって仕方ない。


「あいつを不幸にしたくないなら、もう会うな。」

「え…。」

リーンゴーン


その時、夕刻の合図の鐘がなった。この鐘の音は丁度夕食時刻の30分前に鳴る鐘だ。


「タイムリミットね。」


かずさが静かにつぶやいた。


「月斗、ごめん行かなくちゃ!」


最後の月斗の言葉の意味を理解する前に、天音は後ろ髪引かれる思いで、城へと戻るしかなかった。


ポツリポツリと空から落ちてきた 雨粒が、徐々に地面を濡らしていった。



************



「ヤバイ!降って来たー。」


とうとう雨が降りだしてきた頃、傘を持っていなかったりんは、仕方なく、もう閉館してしまった図書館の建物の屋根の下で、雨宿りをする事にした。


「クスクス天音に教えてあげなよ。」


りんも気づかぬうちに、突然その声は、りんの右の足元から聞こえてきた。


……この子まったく気配せえへんかった。


そう、そこに突然現れたのは、かずさに気をつけるように言われた、少女みるかだった。


「じょうちゃん、こないだの子やな。」

「わかったんでしょ?」


突然、なんの前ぶれもなく話し始めたみるかの憎しみに満ちたその目は、まったく笑ってはいない。


「…そういや、この前おかしな事言ってたな。」

「おかしな事って?」

「かずさは、悪魔とちゃう…。かずさは、いつも…どこか、悲しそうな目してる。」

「何言ってんの?アイツは悪魔と同類。」


りんは気がついていた。どこか冷たいかずさの目の奥に揺れる、その悲しみの色を。

しかし、りんの言葉は、まるでみるかには受け入れられない。

どうしてみるかが、かずさをそこまで邪険にしているのか、りんにはまったく理解できなかった。


「何でそうひねくれてんねん…。」


さすがのりんも、ここまで気持ちの通じない相手と話すのは、気骨が折れそうな思いだ。


「だって、アイツは全てを知ってるのに知らないふりしてるの…。知ってる?アイツの使教徒としての能力は…。」


ピカー、ドーン!

その時、大きな雷の音が響き渡り、みるかの声と重なった。


「え…。」


しかし、雷にかき消されたはずのみるかの言葉は、惜しくも、りんの耳には届いてしまっていた。


「天音に聞いといた方がいいわよ。どうやって村に帰るつもりか。」



ザ―――


雨は止むどころか、いっそう強くなるばかり。しかしりんの頭の中には、雨の音よりも、先程のみるかの声が何度もこだましていた。




************




「お前!!何なんだ!俺の邪魔しやがって!」


天音の帰った後も、月斗の怒りは、まだ収まらなかった。

雨が降り出し、月斗はもう濡れていたが、かずさは、帰りたい気持ちを抑えこみ、軒下で何とか雨を避けていた。


「天音は何も知らない…。」


かずさは、雨が溜まっていく水溜りを、ただじっと見つめていた。


「あ?」

「あなたは知ってるの?なぜ、青が城にいる事を選んだのか…。」

「……。」


しかし、そのかずさからの鋭い指摘に、月斗は何も答えられない。


「あなたの言う通りなのかもしれない…。」

「は?」

「天音のしている事は、破滅への道を作っているだけなのかもね…。」


ピカー、ゴロゴロ

雷は先ほどよりも、こちらへ近づいてきているようだ。


「天使教がいるかぎり、何にも変わらない。そう、この国は変わらない。」


かずさは、やっぱり月斗の方を見る事はなく、今もどこか一点を見つめている。



「青の目は、もうほとんど見えなくなったわ。」

「え…。」

「その事を天音は知らない…。」



ザ―――――



雨脚はどんどん強くなり、軒下にいるはずのかずさの足元に、また新しい水溜りができていた。



************



「なんで、青を不幸にするの…。」


天音は、ろくに夕食に手をつけず、点呼が終わると、そそくさと食堂を出て来てしまった。


そして、どこに向かっているのかもわからず、城の中をただボーと1人歩いていた。



ー--私は、青を不幸にしてるの?


ザー


激しい雨の音だけが、城の中に響く。


「…そうだ…。天使教さんに会いに行かなきゃ…。」


天音が小さくうわ言のように、つぶやいた。

青の事は、いくら考えても今は答えが出ない。やっぱり、今度月斗に会った時に聞くのが一番いい。今はそう思う事にして、次に進まなければならない。


今もう一つやらなければいけないのは、天使教に、じいちゃんの元へ帰れるように、お願いする事だ。


「…こんな所で何をしている?」


そう思い直した天音の背後から、今では聞き慣れたあの低い声が聞こえた。

そう、今はもう、彼の声に驚く事はない。


「辰さん?」


天音が振り返ったその先に居た、辰のその表情は、明らかに怪訝なものだった。その理由は、なぜこんな所に天音がいるのか?という事だ。

どうやら、天音は考え事をしてるうちに、城の奥の方へと迷いこんでしまったようだ。本来なら、こんな城の奥の方に、妃候補が立ち入る事は、許されてはいないはずだ。

そんな天音が辺りを見回すと、確かに周りの景色は見慣れないものばかりだ。


…もしかして…。


「辰さん!天師教さんに会いたいんだけど、どこへ行けばいいかわかる?」


天音は、思わず名案と言わんばかりに、声を荒げて辰に詰め寄った。

それは、この城の兵士の辰なら、きっと自分よりも、天使教の事に詳しいに違いないという天音の考えからきたもの。


「天師教に…?」


辰は、まさか天音の口からその言葉を聞くなんて、思ってもみなかったのか、眉をひそめた。

なぜ、自分にそんな事を聞くのか?

いや、それよりも、天音は天使教とあんなに親しく話していたはずなのに…。

…ナゼ?

辰には訳が分からない事だらけだ。


「お願い!教えて!私、天使教さんに頼みたいことがあるの!」


天音は、必死に辰に頼んだ。

このチャンスを逃すわけにはいかない。


「頼み…?」

「村に帰って、じぃちゃんに会いに行かなきゃ…。」

「…。」


確か、天音は村で育ったらしい…。

そんな話を、辰はりんから聞いていた。

しかし、そのじいちゃんとは…?

それに、一体今になって、なぜ村に帰りたいと天音が言い出したのか、辰にはさっぱり分からない


「それからじゃないと、妃にはなれない…。」


天音は下を向いて、低い声で小さくそうつぶやいてた。


「だからって、なぜ天師教に?」

「天師教さんにお願いするの!数日でいいから、村に帰らせて欲しいって。それから、ちゃんと妃になるつもりだって!」


ここは、そんな都合のいい話を、簡単に通してくれるような場所ではない事は、辰には明らかだ。

一度村に帰りたいなどと、そんなワガママを言う者を妃になどするわけがない。

しかし、天音はなぜ、そんなに妃になりたいのか…。いや、それ以前に、天音は本気で妃になるつもりなのか…?

辰にはどれも理解できない事ばかり…。

そして辰には、もう一つ気がかりな事が…。


天音と天使教の関係とは…?


「天音。天師教がどんな人なのかわかって言っているのか?」


辰はその疑問を解消するために、遠回しにそう天音に問う。


「へ?知らないよ。だって会った事ないもん。」


…な…に……?


天音の何気ないその一言に、辰の背筋には冷たい汗がつたった。


「ーーー会ってはダメだ。」


辰はすぐ様厳しい口調で、その一言を絞り出した。


「え…?」


……天音は知らない…。彼が天使教だという事を…。


その結論を辰が導き出すのに、時間は必要無かった。

そうでなければ、全ての説明がつかない。


「天師教には会ってはダメだ。」


…なぜ、こうなった?どこで間違った?

辰は、頭の中で自問自答を繰り返す事しか出来ない。


「どうして?」

「どうして…?……相手は天師教だぞ…。」


辰は困惑した自分の気持ちを、何とか天音には見せないようにと、振る舞うが、そんな気持ちとはうらはらに、彼女を納得させる言葉が、まるで浮かばない。


「天師教さんが偉い人だからダメなの?天師教さんは神様じゃないよ。」


ピカーゴロゴロ

その時雷が遠くで光りを放ち、窓の外が一瞬明るくなった。



「だって、同じ人間でしょ?」



『天使教は、神なんかじゃないのに…。』



……それはジャンヌの言葉か…。



「辰さん…?」


「覚悟は…あるのか?」



ザーッ


その雷を合図に、雨音はいっそう激しくなるばかり。


「へ?あるよ!私決めたんだから!」


ピカー ゴロゴロ

窓の外では、未だ雷が不機嫌な音を鳴らし続けている。



―――今ならまだ、間に合う…。




辰は決心を決めた。



「…天師教は最近、上の階からこの階に降りてくる事があるらしい。」

「うん。」


天使教とその家族がいるのは、天音達、妃候補が使う1階ではなく、もう1つ上の階だ。

しかし、彼は中庭のあるこの1階に降りてくる事が、最近よくあるという噂を辰は耳にしていた。

もちろん、天使教が1階に降りる事など、許されてはいないはずだったが、京司がそんな規則を守るわけがない。


「この先に、上の階へと続く階段が見える場所がある。少し遠いが、そこが唯一、天師教を見れる場所だ。そこから天師教に、気づいてもらうしかない。」


そこはもちろん、限られた者しか立ち入る事は出来ない場所。妃候補など、もってのほか。

しかし、辰は天音にその場所を教えた。

それは…。


「ありがとう!!」


辰の思惑など知るよしのない天音は、うれしそうな顔を辰に向けた。


「天音…。」

「ん?」

「私はこの国が好きだ。」

「…うん。」

「この国の声に耳を傾けないこの場所は、嫌いだ。」

「…。」



―――それは、天使教さんの事も?





「この国に天師教はいらない…。」




ピカーゴロゴロ


窓の外では、今までで一番明るい光りが放たれた。




************




「ふざけんな!」


月斗は1人、ざんざん降りの雨に打たれていた。

その雨は、彼の頭を冷やすには好都合。


『お前が姉さんを殺した!!』

『もう二度と俺の前に現れるな!』

『月斗…青をお願いね…。』


「くっそー!」


しかし、あまりに激しいその雨は、月斗を容赦なく叩きつける。

それでも月斗は、帰ろうとはしなかった…。



************




「辰さん…やっぱり変えたいんだ…。」


天音は辰に聞いた場所で、1人天師教を待っていた。

幸いそこには見張りの兵士さえも、誰1人としてそこには居ない。

辺りは静まり返って、雨と雷の音だけが響いていて、なんだか不気味な雰囲気をかもし出していた。


「天師教さんは、どんな人なんだろう…。どうして神様のふりをしてるんだろう。」


辰の話を聞いて、天音は天使教について考え始めた。

なぜ彼が、この国で神のように崇められているのか…。

そして、なぜ辰がこの国に天使教がいらないと言ったのか。



でも、わかっていなかった…。

まだこの時は…。

その本当の真意を…。




************




「どうして止めにこなかったの?言っちゃったよ。あの変なしゃべり方の奴に。」


みるかは悪びれもしない様子で、びしょ濡れになったかずさに向かって、そう言い捨てた。


「…。」


まだあの軒下にいたかずさは、黙ったまま、みるかを見つめた。


「知ってるんでしょ?本当は石がどこにあるのかも…。」


そう言ってみるかは、子供らしからぬ、不敵な笑みを口元に浮かべてみせた。



************



ザーッ


外では、雨が滝のように降り出していて、城の中にはその雨音が嫌と言うほど、鳴り響く。

そんな中、天音は天使教が来るのを辛抱強く待っている。


「私が、ここに来た理由…。」


天音は、それを小さくつぶやいた。

それを知りたいと思った。

そうじゃなければ、先に進めないと思った。

だからじいちゃんに、会いに行かなきゃと思った。


…でも…。


『この世には、知らなくてもいい事がたくさんあるわ。』


ザ―


しかし、何故か今、かずさのその言葉が頭をよぎる。


『覚悟はあるか?』


…覚悟?それは…何に対して…?


タッタッタ

その時天音の耳に、大きな雨音に混じり、誰かの足音が聞こえた。


「あ…。」


…もしかして…。


天音は声を漏らし、立ち上がり、その階段を凝視した。


そして天音の目に、彼の足だけが、飛び込んできた。


「てん!」


天音がその名を呼ぼうとした…。その時…。



ピカ

ドーーーーン!!



その時突然、爆音が鳴り響いた。



フッ



その瞬間辺りは闇に包まれた。




「うわ!?」









京司が階段を下りていた途中で、爆音と共に急に辺りは、真っ暗になり京司は足を止めた。


「天師教様!!危険です!お戻りください。」


兵士の一人が、京司の元へと駆けて来た。


「どうした?」

「どうやら、停電のようです。」


どうやら、この近くで雷が落ち、停電になったようだ。

中庭に行こうとしていた、京司だっだが、こうなっては仕方ない。

彼は暗がりの中、急いで元来た道をすぐに引き返して行った。






「え…?な、何?」



天音も、辺りが急に真っ暗になり、一瞬何が起こったのかわからず、さらには驚きすぎて尻もちまでついてしまい、その場で動けずにいた。


ピカー、ドーン。

尚も、雷は鳴り響く。


「あ、そうだ!待って!」


天音は、我に返り、今自分のするべき事を思い出し、立ち上がる。しかし、暗がりで階段の方も何も見えない。



「待って!天使教さん!」



ピカー、ドーン!


天音の叫びは、虚しく雷の爆音にかき消されていく。


そして、天音の叫びは一足遅かった。

そう、そこにはもう彼の姿はなかった。



************



それから、20分後



「お止めになってください!!」


士官の叫びが廊下に、響きわたった。


「どうしたのです?」


この暗がりの中で、彼の声は思ったよりも響き渡っていたようで、その騒ぎを聞きつけ、皇后もやって来た。


「ちょっと様子を見てくるだけだよ。そんな大騒ぎするなよ。」


そこに居たのは、士官と京司だった。京司は今日も、うざったそうな、うんざりした目で、士官を見ている。


「危険です!天師教様!」

「士官殿落ち着いて。で?天使教。何があったのです?」


皇后は、慌てふためく士官を落ち着かせる言葉をかけ、何とか今の状況を把握しようと努めた。


「今のこの停電は、発電塔に雷が落ちたのが、原因だそうです。」


仕方なくその問いに答えたのは、京司だった。


「電気の専門家は、今ちょうど他の町に行ってるって言うし、俺が発電塔に行って、ちょっと様子を見に行ってきます。」

「天師教?!あなたが、発電塔を確認しに行くっていうのですか?」


皇后は、隣で騒いでいた士官にも負けないくらいの、すっとんきょうな声を出して驚いた。


「はい。」


この場でただ1人、京司だけが冷静な声を発していた。


「な、何も、あなたが、行かなくても!」


皇后が士官と同じように止めに入るのは、当然の事。

何もそんな危険な場所へ、天使教自らが行かなくても。

普通の人なら、そう考えるのが当たり前。


「母上、俺が行きます。」

「え…。」


京司は、しっかりと皇后の目を見つめ、やはり落ち着いた声でそう言った。暗がりの中、ろうそくの心もとない灯が、京司の顔を照らした。その真っ直ぐと前を向く彼の姿に、皇后は何も言えなくなった。


そして、京司は、止めていた足を動かし、その長い廊下を歩き出した。


「お待ちください!」


先を急ぐ京司に、やはり納得のいかない士官は、尚も後を着いてきていて、しつこく止めようとしていた。


「しつこいなー。ついてくんな!」

「何を言っております。天師教様お1人で行かせるわけには!」

「帰れよ…。お前だって本当は来たくないんだろ?」

「そんな…めっそうも…。」


京司は、士官に冷たい言葉を浴びせ、何とか追い払おうとする。こんな奴が付いて来た所で、役に立つはずがない。と思っている京司は、なんとか士官を振り切りたい一心だ。

そん士官も士官で、京司に心のうちを見透かされて、思わず口ごもり、目は明らかに泳いでいる。彼の心の声は、京司にはだだ漏れだった。


「私が行きましょう。」


その2人の言い争いを聞いていた1人の兵士が、彼らの後ろから声を上げた。


「た、辰か…。」


士官は、彼の声に後ろを振り返り、ごくりと唾を飲み込み、彼の名を呼んだ。

辰は腕の立つ兵士として、城では有名で、もちろんその事を士官もよく知っていた。


「お前…。」


…この兵士確か反乱軍が来た日にいた奴か…。

そして、京司もその顔を忘れるはずはなかった。


「わかった。コイツ1人でいい。」


京司も辰がついて来ることには、反対はせず、彼1人に護衛を頼むように言った。とりあえず、この士官がついてこないなら、何でも良かった。


「…わ、わかった。辰、天師教様をお守りするように。」


士官も辰ならば、とすんなりと納得した。

そして、その顔は安堵の表情だったのは、言うまでもない。

士官の表情からは、面倒なことから自分が開放されたという安堵と、自分が巻き込まれては、たまったもんじゃない!という彼の心情は明らかだ。



************



「…。」


天師教に会うことが叶わなかった天音は、暗がりの中、1人でとぼとぼと、部屋に帰ろうとしていた。

電気なんてない村で育った天音は、暗闇をものともせず、長い廊下をたった1人で歩いていた。

今は暗闇の恐怖よりも、落胆の気持ちが彼女の心を支配していた。


"もう、村には戻って来るな。"


「ダメだ!やっぱり!」


しかしその時、天音の頭には、じいちゃんからの手紙のあの言葉がくっきりと浮かび上がった。

どうしても諦めきれない天音は、来た道をかけ足で戻り始めた。

やっぱり何もせず帰るなんて、できない!そんな気持ちが、彼女の足を自然と動かしている。


「はぁ、はぁ、誰かいませんか!!」


そして、先程天使教を待っていた、階段の見える場所に戻ってきた天音は、大声で叫んだ。

なりふりなんて構ってられない。

今自分のやるべき事をやらねば!


「誰です?」


すると、少し上品な大人の女性の声が、天音の耳に飛び込んできた。それは明らかに、階段の上の方から聞こえてくる。

階段の上にあるであろうその人の姿は、天音の方からは確認できないが、そう確信した天音は、また階段に向かって叫んだ。


「あの、天師教さんはいますか!」


そこにいるのが、誰かもわからないが、そんな事も考える余地もない天音は、自分の目的のため、彼の居場所を尋ねた。


「え?」

「あの!怪しい者じゃないんです!妃候補です。」


すると、その女性は明らかに怪訝な声を出した。

天音は、その声の主を安心させ、何とか話を聞いてもらいたくて、自分の素性を簡単に明かしてしまった。


「妃候補…?」

「あの、私天師教さんに、お願いしたい事があって。」


妃候補が何故こんな所まで勝手に来ているのか?しかも天師教に会いに来るなんてもってのほかだ。

そんな常識外れな事を言う妃候補に、その女性は、未だ困惑した声のままだ。


「天師教はいません。出掛けました。」

「え?外に?」

「ええ。」


彼女は、訳の分からないこの妃候補を、とりあえずここから遠ざけようと、そう冷たくあしらった。


「わかりました!ありがとうございます!!」


そう言って、天音は慌ただしく、階段に背を向けて走り出した。ここから離れて行く天音の足音を確認した彼女は、尚も眉にシワを寄せていた。


「…?なんなのあの子は?妃候補なのにこんな所まで来るなんて。」


…非常識すぎる…。

そこにまだ唖然と佇む彼女の歪んだ顔を、彼女の持つロウソクが照らしている。


「覚えておいた方がいいですよ。母上なら。」

「え?」


その女性は、声が聞こえてきた、後ろを振り返った。

そう、その女性は紛れもなく、皇后である天使教の母親。

そんな彼女の背後にいたのは、深くフードを被った妖しげな女だった。


「もしかしたら、妃になるかもしれない子ですよ。」


その女が低い声でつぶやいた。


「お前は…。」


皇后は、いかにも妖しげな女の姿を見て、うろたえる事なく、また眉間のシワを増やした。



************



「にしても、すごい雨だな。」


京司と辰は町の北側にある、電発塔へ向かっていた。


「天師教様。」


今まで、一言も喋る事なく、口を閉ざしていた辰は、城を出た所で、ここぞとばかりに彼を呼んだ。


「別に様つけなくてもいいよ。」

「天音には、もう会わないでもらいたい。」


ザ―


2人が外に出たとたんに、雨はさらに激しさを増すばかり。

もちろん傘はさしていたが、まったく意味はなさず、足元はびしょ濡れで、嫌な冷たさを京司は感じていた。


「…あんたは、天音のなんなんだ。」


京司は怯む事なく、辰に問いかけた。

あの日、反乱軍の来た日、あそこにいた、たった1人の兵士。

彼は、あの場にいながら、何もしようとはしなかった。

そして、天使教があの場にいた事も、城に報告をあげてはいないようだった。



―――そして、天音の名を知っている兵士。



「…親代わりです。」

「え…?」


京司は、以前、天音から聞いた話を瞬時に思い出していた。


『私ね、村の入り口に捨てられてたの…。そんな私を拾って育ててくれたのが、じいちゃんだった。』


…天音には、親はいないんじゃなかったんじゃ…。

そんな疑問が、自然と京司の頭には浮かんだ。


「もう、会わないと誓って下さい。」

「…は?なんで?」

「あなたが天使教だから。」


ピカーゴロゴロ

雷は再び、不機嫌な音を大きく立て始めた。


「あなたには…。」


「天師教。」



また違う声が京司の背後から、聞こえた。

そう、天使教と呼ぶその声は、もちろん辰のものではない。


その憎しみに満ちた声は…。



ザー


「…。」

「死ね。」


そこに立っていたのは、ナイフを握りしめていた月斗だった。

激しく降る雨が、今も彼を叩きつける。


「…殺せよ…。」


京司は、雨にかき消されそうなほどの小さな声で、つぶやいた。


「やめろ!」

「やめろや!」


そこに辰の声と重なるように、聞こえてきた叫びが、京司の耳にはっきりと届いた。


「天師教を殺して、何かいい事あるんか?何か変わるんか?」


雨の音に混じりながら、聞こえるのは、りんの声。

りんは傘を捨てて、迷う事なく、月斗にジリジリと歩み寄る。憎しみに満ちた月斗の瞳を、じっと見つめたまま。


『天使教がいるかぎり、この国は変わらない。』


「いいか、こいつは絶対に殺しちゃいかん。」


りんは月斗の襟を掴み、強い瞳で彼を制した。


カラーン

月斗の手からは、ナイフが滑り落ちた。


――――俺が変えたいのは、この国なんかじゃない…。


月斗はそのまま、力なく地面に座り込んだ。

辰は京司を守るように、彼の前に立ちはだかり、一歩も動こうとしない。


「大丈夫ですか?」


そんな辰は、後ろを振り返り、京司をちらりと見た。


「…ああ。」


京司は下を向いたまま小さく頷いた。


「行きましょう。」


辰は、今は一刻も早く月斗から離れた方がいいと判断し、京司に先を急ぐように促す。京司はそんな辰に従い、何も言わず、ゆっくり歩を進める。


「で、どこに行くんや?こんな雨の中?」


りんが彼等の背中に尋ねた。明らかに不釣り合いな2人が何処に向かうのか、りんが気になるのも無理はない。


「停電の原因の発電塔を見に行く。」


りんの問いに答えたのは、辰だった。


「ふーん。変な組み合わせやな。京司、気をつけてな。」


どこか心許ない京司の背に、りんは、もう一度声をかけたが、彼からの返答はなかった。






ザー


冷たい雨がこの町を濡らし続ける中、月斗は座り込んだまま、未だ動こうとしない。


「何やってんねん!」


りんは、そんな月斗を上から見下ろし、彼と自分を覆うように、もう一度傘をさした。


「…。」


月斗は微動だにせず、言葉も発しない。


「ハァ、ハァ、ハァ…。」


そんな2人の耳には、遠くから、息を切らすまた別の声が聞こえてきた。



「天音…?」



彼女の姿をいち早く捉えたりんが、彼女の名を呼び、眉をひそめた。

…なんだって、今日に限って次から次へと…。

月斗の起こした行動に、未だ腹を立てているりんは、珍しく苛立ち、いつもの笑顔は封印されたままだ。


「ハァハァ、あれ、りん?月斗…?何してるの?」

「天音こそ。こんな大雨の中、何してんねん?」


天音もまた、傘をさしているが、月斗やりんほどではないが、服はびしょ濡れだ。

りんは、何故こんなタイミングで天音が現れたのか、不可思議に思い、彼女を引き止めた。


「ごめん、りん。私急いでて!あ、天使教さん見なかった?」

「…え…?」

「私。天師教さんに会いに行くの!天使教さんが外に行ったって聞いて!」


りんは、思わず言葉を失った。

天音は天使教を、京司を追って来た?


「な、何いうとんねん。天使教に会ってどうすんねん。」

「私、天師教さんにお願いしなきゃいけない事が…。」

「お願い?」

「私、村に戻りたいの。じいちゃんに会いに行きたいの。」

「村に…?」


その言葉に、りんは息をのむ。



――――これは、なんの因果応報?



「…ふざけるな…。」


その時、下をむいたままの月斗が立ち上がり、小さくつぶやいた。


「え…?」

「何で…気づかねんだ…。」

「月斗!」


りんが、今までにない程の剣幕で、月斗の名を叫んだ。

そんなりんの叫びを初めて聞いた天音は、ビクッと肩を震わせた。


「さっさと、帰れ!全部お前のせいなんだよ!」


『その事を天音は知らない…。』


雨よりも冷たい彼の瞳が天音を睨む。


「やめろや!」

「お前、俺の言う事なんでも聞くって言ったよな!じゃあ、村に帰って、もう一生戻ってくるな!」


りんが止めさせようとしても、それは無理な話。

月斗の罵声は止まる事はなく、容赦なく天音にあびせられた。


「…。」


天音は、そんな月斗の苦しそうな表情を、ただ見つめる事しかでない。


「もう二度と俺の前に姿現すな!!」


ザー


月斗の悲痛なその叫びは、雨の音に混ざって響いた。


「月斗…。」

「いいかげんにせーや!!」


そして、我慢ならなくなったりんは、また雨の音をかき消すくらいの大声をあげた。


「いいな。」


そう言って、月斗は天音に背を向け、歩き始めた。

降りしきる雨の中、天音は、ただその背中を見つめる事しかできなかった。

彼女の足は、まるで根がはっているかのように、その場から動けないでいた。


「天音…。」


そんな天音を見かねて口を開いたのは、りんだった。


「…。」

「今は帰った方がええ。」

「でも!」


そうだ…。天使教さんに会わなければ!

天音は、すっかり忘れてしまっていた、その目的を思い出し、また足は自由に動き出した。


「今は町も停電中で、危険や。それに、こんな大雨の中、天使教が外に出て行くわけないやろ?」


りんは天音を優しく説得しにかかる。

何とか天音を諦めさせ、今すぐ城に帰さなければならない。

それがまるで、自分の使命のように。


「何を聞いたかしらんけど、天使教は外にはおらんて。それはガセネタや。」


ザー


―――天音をこの先に行かせるわけにはいかん。



「ハックショーン!」


その張り詰めた空気を壊すかのように、天音は我慢できず、大声でくしゃみをした。


「ホラ。風邪ひくで。」


りんはその様子を見て、少しだけ笑った。


「わかった…。」


天音はりんの言葉を受け止め、城へとひき返す事にした。

遠くでは、まだ雷がゴロゴロと音を立てて、喉を鳴らしている。



************




「天音はあなたに、天使教に会いに行くと言っていました。」



辰と京司は、電発塔へと歩を進めているが、思ったよりも大量の雨で、なかなか辿り着けずにいた。そんな中、再び口を開いたのは、辰だった。


「え…?」

「彼女は村に一度、帰りたいと言っていました。その事を、天師教に頼みに行くのだと。」

「村に…?」


京司は、しばらく天音とは会っていなかった。

あんなに妃になりたがっていた天音が、村に帰りたがっているなんて、彼女はいつの間に心変わりしてしまったのか…。


「ええ。妃になる気持ちはあるようですが。」


どうやら、天音は妃を諦めたわけではないようだ。その事に京司は少し安堵した。


「おじいさんに会いたいと、言っていました。」

「…。」

「きっと、いろいろあって、心細くなったのでしょう。」


天音には、じいちゃんとあの村が全て…。

それは京司もよくわかっていた。


「あの子には、背負うべきものが重すぎる…。」

「え…?」


辰は、まるでわが子のように天音の事を語る。

そう、天音の事を、全て知っているかのように。


「このままでは、あの子はダメになる。」


…この兵士と天音は……。

その関係が一体何なのか、京司は気になって仕方ない。


「言わずに天音と会っているのでしょう?あなたが天師教だという事を…。」



ザ―


雨の音がうるさい程耳に響く。


その時、京司は足を止めた。

そんな京司の前に、バチバチと音をたてる、電発塔が目に入ってきた。2人は、いつの間にか電発塔に到着していた。

電気を供給するであろう電線は切れていて、火花を上げていた。

バチバチと音を上げるその線を、京司は虚ろな目で見つめていた。


「やはり…。これは、修理が必要だな。」


辰は電発塔に目を移して、ボソッとつぶやいた。



「俺は…。」



そして、今度は京司は小さな声でつぶやいた。


…知ってる…。


『悪魔の子…』


…背負うもの…。


『お前は今日から玄武の宮。京司という名は忘れろ。』


「天師教様…?」


辰は、どこか焦点の合わない目で、一点を見つめる京司の異変に気が付き、彼に声をかけた。


『お前なんかが、天使教になれるわけないだろう!!』


「俺は天師教なんか!」


ピカー


その時、激しい雷の光が、空をまたたく間に駆け巡った。



「あぶなーい!!」


ドーン!!



辰の声と雷の音は見事に重なった。



そして、真っ暗な闇の中に一筋の光が、空から落とされていった。












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