永遠は涙と共に消えるから…
そこに真実があった。
でも、私は、その時はまだ知らなかった。
それが夢の終わりだったなんて…。
ここで、私の母親は朝日を見て、夕日を見て、星を見てきた。
ねぇ…
どうして……
私を捨てたの……?
「彼女は国のために戦い、力尽きた…。」
辰は彼女の墓の前で、ゆっくり口を開いて、天音に語り出した。
どこか悲しげな彼の瞳は、じっと天音を見つめていた。
「…。」
天音は、そのお墓を見つめるばかりで、何も答えようとはしない。
その表情からは、彼女の感情は、全く読み取れない。
「彼女は最後まで天音、君の事を…。」
辰は、いつのまにか、彼女の思いを伝えられずにはいられなくなっていた。ジャンヌがそこで聞いていると思うと、いてもたってもいられなくなった。
「聞きたくない…。」
天音は、やはり今もまだ、全てを受け入れられないでいた。知らなければいけないと、頭では理解していたはずなのに、それを受け入れる覚悟が全く足りてはいなかった。
彼女の心はまだ準備不足だと、悲鳴を上げ、きつく彼女の心をしめつけた。そして、彼女はその痛みに顔を歪めた。
国のために戦った?
力つきた?
そんなのは、私には何の関係もない話でしょう?
「一人にしてもらえませんか…。」
天音が消えそうな声で、ポツリと小さくつぶやいた。
辰は、そんな天音の苦悩の表情に、何も言う事ができなくなり、ゆっくりと彼女に背を向けた。
************
「天音見なかった?」
「おう!星羅。まーた、天音探しとんのかー?」
久しぶりに星羅は、町に出ていた。
そして、そこで出くわしたのは、お馴染みのりんだった。
りんは星羅に話しかけられた事に、機嫌を良くしたのか、嬉しそうにニッと笑って答えた。
どうやら星羅が町に出てきたのは、天音を探しに来たためのようだ。
しかし、夕食時までは、まだ充分に時間はある。
「なんや、また、なんかあったんかー?」
「…別にたいしたことじゃないのに、華子が…。」
りんは、興味本位で星羅にそう尋ねたが、星羅は不服そうにそっぽを向きながら、言葉を濁すように、つぶやいた。
その様子から見て、どうやら星羅は華子に付き合わされて、仕方なく天音を探しているのだと、りんはすぐに推測出来た。
「なんやそれ!」
りんは、ハハハ、と子供のような笑顔を見せた。
しかし、星羅は、そんなりんの笑顔を、100パーセント信用しているわけではなく、相変わらず、冷たい視線をりんに送るだけだった。
「ほんま冷たいなー。」
「オイ!!」
そこに聞こえた、ドスの効いた低い声に、星羅は聞き覚えがなく、勢いよく振り返った。
そして、りんはその声に聞き覚えがあるのか、ビクっと肩を震わせ、恐る恐るゆっくりと振り返る。
そこに居たのは、2人の予期していなかった人物だった。
「なんやー。お前かいな!こんな所で会うなんて、珍しいな。今日は雨でも降んのかいな?」
「アイツはどこだ。」
そこに現れたのは、フードで顔を隠した月斗だった。月斗が、こんな町中にやって来る事も、相当珍しい。しかし、りんは月斗の顔を見ても、驚くそぶりも見せず、いつものように、冗談を言って見せた。
そんなりんと対象に、星羅は月斗が、あのお尋ね者だと気づいて、顔を思いっきりしかめ、嫌悪感を露わにした。
「アイツって誰や?」
「天音に決まってんだろう。」
りんがとぼけたように、首を傾げて見せたが、当然月斗に、そんな冗談は通用しない。
イライラし始めた月斗は、りんの腕を思いっきり強く掴んだ。
「イテテテ!暴力反対や!知らんて!」
りんは、あまりの痛さで、半泣きで叫び始めた。
「なんで、この人が天音の名前を知っているの?」
そんな2人が、まるで知り合いかのように話し始めた所に、星羅はいてもたってもいられなくなり、話に割って入った。
それは、あの月斗の口から、天音の名前が出てきたからだ。
『彼は反乱者でしょ。捕まって当り前よ。』
『ちがうよ。』
『ちがう?彼をそんなよく知ってるの?』
『知らないけど…。何となく…。』
確かに以前も、天音は月斗をかばうような事を言っていた。そんな天音が、いつの間にか、この町の問題児の男と顔見知りになっていた事に、星羅の眉のシワは増えるばかりだ。
「あ、いやー、星羅…。ま、いろいろあって。」
りんが、星羅のますます強くなる、冷たく突き刺さる視線を、何とかしなければと試みるが、こんな時に限って、的確な言葉は浮かばず、あたふた、うろたえる事しかできない。
「なんだこの女。お前には関係ないだろ。」
月斗も星羅に対抗して、敵対心むき出しになるが、こうなってくると、りんの手には負えなくなってきてしまう。
「関係あるわよ。」
「へ?」
「だってあなたも、使教徒でしょ?星羅。」
どこからか聞こえてきたその言葉に、星羅は唇を噛みしめた。
助け船のつもりで、その言葉を口にしたであろう、張本人は、全く悪気がない様子で、そこに立っていた。しかし、それは星羅にとっては、余計なお世話というものだ。
「そ…それホンマかいな?かずさ?」
りんは、いつの間にか現れたかずさのその言葉に、あんぐり口を開けてわかりやすく、驚いてみせた。
「だから、使教徒同士、いがみ合っても仕方ないでしょう。」
かずさがそう言って、月斗と星羅の間に入った所で、それは全く意味がない。
月斗はやっぱり今日も、姿を見るなり、かずさを思いっきり睨んでいた。
「やっぱりなー、星羅は何か違うと思ってたんや。わいらと同じ使教徒だったんか。」
りんは驚きの表情から一変して、またいつものニコニコの笑顔に戻っていた。
「…もしかして、あなたも、使教徒?」
かずさの事は、なんとなくわかっていたものの、まさかりんも使教徒だと聞いて、星羅は怪訝な表情を浮かべる。
やはり、りんにはどこか他の人とは違う何かを感じていたのは、間違いではなかったようだ。
「そうや。わいと、コイツ月斗と、かずさ。って、本当に使教徒集まってきてるやないか!」
「彼も…?」
まさか、あのお尋ね者の月斗までも使教徒だなんて、いよいよ星羅は、信じられないという目で、月斗をチラッと見た。
「で?天音に会って、青の事でも聞くつもり?」
かずさは、睨みをきかす月斗の方へと、その視線を移した。
月斗が天音を探しているその理由は、ただひとつ。
月斗も知り合いであろう、青の事。
「ハ?」
そんなかずさの一言に、月斗は思いっきり顔を歪めた。
「やっぱり、かずさには何でもお見通しなんやな。」
りんは、月斗の表情を見て、言わずにはいられなかった。
かずさの何から何まで知っているような、その冷たい目には、一体何が映っているのか…。
それは誰にもまだわからない。
「あなたが知りたいのは、天音は本当は村ではなく、この町に居たんじゃないかって事でしょ?」
今度は、かずさの視線がりんへと移り、わざとらしく、りんを挑発するように、そう言ってみせた。
そう、私はなんでも知ってる。と言わんばかりに。
「…。」
その言葉に、りんは笑顔を消して、めずらしく押し黙った。
「それとも、なぜ京司が天師教なのかって事?」
「え…。」
そして今度は、星羅の方を見て、かずさが不敵に笑った。その言葉に、星羅は思わず小さく声を漏らした。
「で、かずさはその答え、全部教えてくれんのかいな?」
ずっと黙っていたりんが、いつもは見せない真剣な表情で、かずさをじっと見て、真意を探るように、いつもより低い声でそう尋ねた。
しかし、かずさは、黙ったままじっとりんを見つめていた。まるで何かを見極めるように。
「わいが本当に聞きたい事は…かずさは何もんなんか、てとこなんやけど。」
「何者か?」
かずさがまた、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
それは、まるで何かをあざ笑うかのように。
「前に、天音は占い師みたいに言ってたけど、わいは違うと思う。」
今のこの世界には、占いも存在する。
簡単に説明できない、不思議な力を持つ者も存在する。そんな世界で彼女は一体何者だと、定義づけされるのか。それが、一番りんが気になっていた所であった。
それを聞くには今が絶好のチャンス。今ここで聞かなければ、いつ聞くというのだ。
「教えてあげようか?」
しかし、りんの問いに答えたのは、かずさのものではなく、今まで聞いたこともない、少し幼い少女の声だった。
「こいつは悪魔。」
そこに居たのは、彼女も使教徒であるみるかだった。そこにいる大人達とは明らかに背丈の低い彼女は、下から彼らの事を見上げていた。
「笑ってるの、人が運命に翻弄されるのを見て。」
「あ?」
月斗が不機嫌そうな顔で、突然現れ、饒舌に話し始めたみるかを睨んだ。
月斗には、大人も子供も関係ない。
彼のその目は、まるで、全ての人々が自分の敵というような目。
「クスクス。」
しかし、みるかは、そんな月斗に怯む事なく、むしろバカにするように、わざとらしく笑った。
その行為が月斗の反感をかったのは、言うまでもない。
「なんや、変わった子がおるもんやなー。」
月斗に向かって食ってかかる、子供らしくないみるかを、りんは見た事のない、珍しい生物を見るような目でマジマジと見つめた。
「教えてあげたら?かずさ。この世は滅びるって。」
そして、そんな彼女が、かずさとは顔見知りだという事だけは、そこにいる全員が理解できた。
「みるか、もういいわ。」
かずさは、もううんざりという顔で、みるかを見た。彼女の勝手な行動は、かずさを悩ませる種のようだ。
「だって、使教徒は集まるんだから。」
タッタッタ
冷たい目でそう言い放ったみるかは、突然走って行ってしまった。
「なんなんや?あの子?」
奇想天外なみるかのその言動に、りんは眉をひそめずにはいられなかった。それは、あんな子供らしくない、子供を見たのは初めてだからだろうか。
「彼女は、みるか。あの子も使教徒よ。」
「は?あの子供がか?」
みるかの事を、話さざるをえなくなったかずさは、仕方なく、その事実を口にした。
隠していた所で、彼女が彼らに接触するのは、これから避けられないし、いつかはわかる事実。
そんな事実を聞いたりんは、あんな幼い少女も使教徒だと聞いて、思わず大声で叫んだ。
「あの子には気を付けた方がいいわ。力を抑える事ができない子だから。」
「なんや、やっかいやな。使教徒も。」
そう、使教徒の特徴は、普通の人間にはない、特殊な能力を持っている事。
それは、ここにいる使教徒達みなが知っていた。
そしてその能力は、幼いみるかも例外ではないようだ。
「にしてもあの子が言うとおり、使教徒集まってきてるやんけ!!」
「この世を救いたいのなら、私達はもう会うべきじゃないのかもね。」
かずさはそんな皮肉を口にして、彼らに背を向け、城へと向かって歩き出そうとした。
―――― 使教徒が集まれば、この世は滅ぶ。
それは何の根拠もない、知る人ぞ知る言い伝え。もちろんその言い伝えを、ここに集まる使教徒達、全員が知っている。
「待てよ!」
かずさの背中に向かって、大声で叫んだのは、普段そんな大声を出さない月斗だった。
「天音は青のお気に入り…。いえ、その逆かもね。」
そんな月斗の呼び止めに、かずさは足を止めて、ポツリとつぶやいた。
「あいつは!」
「あなたに、もう青の事をどうこう言う資格はないんじゃなかったの?」
かずさは、いつもよりさらに厳しい口調で、先程よりも声を張り上げ、そう言放つ。
そして、また振り向く事なく、歩き出した。
ガッシャン!
月斗は道に落ちていたガラス瓶を踏みつけ、その破片が辺りに散らばった。彼の悪い癖は、機嫌が悪くなると、物にあたる所のようだ。
「ふざけんな。」
月斗の鋭い瞳に映るのは、そこに当たり前のように立ちはだかる、この国の城。
その城が、今日もこの町をいつものように見下ろしていた。
そして、月斗も仕方なく歩を進めた。
かずさの向かう先とは、反対の方向へと。
「あ、星羅ー!天音いた?」
その時タイミング良く、華子が星羅を見つけて、駆けて来た。
「ここにはいないみたい。」
星羅は、いつもとなんら変わらない冷静な声で、華子の問いに答えた。まるで何事もなかったかのように。
そんな星羅を感心するように、りんがマジマジと見た。
「あ、りんじゃん。」
「よう。華子。で、今日はなんで天音探しとんのや?」
今日もニコニコと笑う、りんの存在に気がついた華子が、彼に声をかけた。
彼女達が天音を探してるのは、もう日常茶飯事ではあった。そういえば、なぜこの2人が天音の事を探しているのか、その理由をまだ聞いていない事に、りんはここでようやく気が付いた。
「手紙が来たんだよ。」
「手紙?」
「天音のおじいちゃんからの手紙。」
華子は嬉しそうに笑みを浮かべて、りんの問いに答えた。
彼女は、その手紙を早く渡したくて、天音を探し回っていたのだ。天音が喜ぶ顔を想像しながら。
「そうか…。」
しかし、そんな華子とは対照的に、りんはどこか浮かない顔を見せていた。
「きっと喜ぶよ天音!だから早く教えてあげたくて!」
「…そうやな。」
そう言ってりんは、華子につられるようにして、少しだけ微笑んで見せた。
「じゃ!私は、もう少し探してくるね!」
そう言って華子はまた、走り出した。
************
ポチャ
京司は今日も池で鯉に餌をやっていた。
「あまり、餌をやりすぎてはいけませんぞ。天師教様。」
そんな京司に、優しく話しかけてきたのは、士導長だった。
「…お前か…。」
京司は、士導長の顔をチラリと見て、またすぐ池へと視線を戻した。
「上で士官が探しておりましたぞ。」
「…俺がいなくても、この国は動いていくのにな…。」
そう言って京司は、どこか焦点の定まらぬ目で、池を見つめている。
京司が、いつものような覇気がないのは、彼をよく知る士導長の目から見ても、明らかだった。
「天師教様?」
その様子に士導長は、心配そうに声をかける事しかできない。
「なあ、ジイ。」
「ハイ。」
京司が幼い頃の教育係であった士導長を、ジィと呼ぶのは、今でも変わらない。
彼は親しみをこめて、今でもそう呼んでいる。
「俺の親父はどんな奴だった?」
京司は、自分でもなぜそんな事を言い出したのかわからないが、気づくとその言葉が、自然と口から出ていた。
普段は絶対に口にしない、父親の事を京司が話題に出すなんて、さすがの士導長も少し驚いた。
前天使教の事など、聞きたくなんてないはずなのに。やはり、今日の自分はどうかしている…。
京司はまるで他人事のように、頭の片隅でそう思っていた。
「お父上は、前天使教様は、大変ご立派なお方でした。」
京司の問いに、士導長は柔らかく微笑みながら、そう答えた。
「フン。俺を散々見下してきたアイツがか?」
毎日忙しくしていた前天使教と京司は、滅多に関わり合う事がなかった。
そんな2人が顔を合わせれば、いつも衝突してばかりで、そりが合わなかった。
彼に優しくされた事など一度もない京司は、そんな前天使教を父親だと思った事など、一度もなかった…。
「ハイ。」
「…お前も他の奴らと同じだな。」
京司は、士導長が口にした模範解答に嫌気がさし、彼に背を向け歩き出した。
「あなたは、まだ何も見えていない…。」
京司のいなくなったその場所に、立ち尽くしている士導長が、小さな声でつぶやいた。
************
「ハァ、ハァ、なんとか間に合った。」
息を切らしながら、華子と星羅が食堂へとなだれ込んできた。2人はいつの間にか、時間を忘れるまで、町にいたため、結局、夕食時間ギリギリに城へと戻って来るはめになってしまった。
「はぁ~、全く、なんで私まで…。」
華子に付き合っていた星羅は、不満気に文句をぶつぶつ言いながら、食堂へと入って来た。
「あれー、天音!なんだ戻ってたの!?」
すると、食堂のいつものその席には、天音が当たり前のようにそこに座っていた。2人が天音を探していたのも知らず。
「え?」
どこかボンヤリとした表情の天音が、華子の声に、ハッとした様子で顔を上げた。
そこには、心なしか疲れた様子の華子と星羅が、天音を見下ろしていた。
「町で探してたんだよ!天音にこれを早く渡したくて!ジャーン!」
華子が満面の笑みで、天音の目の前にその手紙を見せた。
「え?手紙?私に?」
天音は、何の事か一瞬では理解できず、ポカンとした顔で、その手紙を受け取った。その手紙の便箋には、この城の住所らしきものと、「天音へ」と書いてあった。
今では、簡単な漢字なら読めるようになった天音は、すぐにその字を読み解く事ができた。
そしてその便箋を裏返すと、そこには…
“じいちゃんより”
確かにそう書いてあった。
…じいちゃんから?
うちの村には、手紙を配達する人はいないんじゃなかったの?
天音は、一瞬疑うように、困惑した表情を見せた。
でも、じいちゃんはそれでも、なんらかの方法で手紙を出したくれたに違いない。じいちゃんならきっとそうしてくれるに違いない。と思い直して、急いで手紙を開けた。
―――――運命に…立ち向かえ…。
私はわからなくなったんだ…。
何を信じればいいのか…。
「天音…?」
下を向いたまま、顔を上げようとしない天音に、華子が心配そうに、声をかけた。
「…。」
天音は手紙を強く握り締めた。
手紙はクシャクシャになってしまい、もうその跡形はない。
ポタ
その時、一粒の雫が、彼女の強く握りしめた拳の上に落ちた。
「う…。」
そして、天音は声を押し殺すように、奥歯を強く噛みしめた。
…なぜだろう…。
泣いてはいけないなんて規則はないのに…。
でも、やっぱり泣いてはいけないような気がした。
************
『じゃあ、私に言ってよ。』
京司は、部屋の窓から真っ暗な空に浮かびあがる月をぼんやりと眺めていた。
「天師教様、いらっしゃたんですね。」
京司を探していた士官が、天使教の仕事場である、書斎のようなその部屋に京司を見つけて、ニコニコしながら、部屋へと入ってきた。
「何か用?」
不機嫌さを露わにした京司は、そっぽを向いたままぶっきらぼうに答えた。彼に対する会話なんて、いつもこんなもんだ。
「お仕事がございます。」
そう言って、士官は大量の書類をどっさりと、机の上に置いた。
「はあー…。」
京司はその書類を目にし、大きくため息を吐くしかなかった。天使教の仕事の多くは、大量の書類に目を通し、承認のサインをしていくという、何とも単調な作業ばかりだった。
そんな仕事ばかりで、京司が飽き飽きするのも、無理はない。
「…これは?」
京司は一番上のその書類に目をやり、士官に尋ねた。
「ああ、なくなる村のリストですね。最近は、小さな村の貧困化が進んでいまして、小さな村には大きな町へと移ってもらう事になってまして。」
「…。」
京司は、そのウソっぽい笑顔の士官に目もくれる事なく、考え込むように、その書類を見つめた。
************
「士導長様…。」
天音は、夕食もまともにとることができず、その夜、まだ目が少し赤いままで、また士導長のもとを訪れていた。
「天音?どうしたんじゃ?」
「すみません…。でも、どうしても今聞きたい事があって…。」
「…何じゃ?」
天音は、こんな夜中に訪ねてしまった事を、申し訳なく思い、恐縮していた。
しかし.どうしても、いてもたってもいられなくなり、彼の元へと来てしまった。
士導長もまた、天音の何か思いつめたような表情を察し、少し心配そうに彼女を見つめた。
「本当は、知ってるんでしょ?」
天音は、しっかりと士導長の目を見て、今度は恐縮する事なく、しっかりとした口調で問う。
「この間の反乱の話の結末を…。」
「…。」
「反乱を率いたその女性は、死んだんでしょ?」
士導長は、天音のその問いに口をつぐんだまま、うんともすんとも言わなくなってしまった。
しかし、天音はどうしても、確かめたかった。いや、確かめなくてはいけなかった。
「…ジャンヌダルク。」
少し間をおいて士導長がようやく口を開いた。
「え…?」
「それは、今よりもっと昔、もう1000年程前、この地球国ができるもっと前…。ジャンヌダルクという女性がいたそうじゃ。」
「ジャンヌダルク…。」
そのどこか、不思議な音を奏でる名前を、天音は口に出して、反芻してみた。
「ある国と国の大きな争いの中で、彼女は神の声を聞き、国を勝利へと導いたそうじゃ。」
「神の声…。」
「そう、しかしその不思議な力を、いつしか人々は恐れるようになり、国の権力者達は、彼女を魔女だと言い張り、処刑した。」
「え…。」
天音は処刑と言うその言葉に、言葉を失った。
「不思議なものじゃな…。歴史は繰り返される。」
「じゃあ…。」
…母親だと言うその人も…?
士導長はその先を口にはしなかったが、天音にはわかっていた。
「先の反乱を率いた彼女は、なぜそんな不吉な名を名乗ったのか…。」
不吉な名前……。ジャンヌダルクは魔女と言われ、処刑された。その彼女と同じ名前をなぜ?
『ジャンヌ天音だ。』
『ああ、彼女を、君の母親の事をみなそう呼んでいた。』
確かに辰もそう言っていた。
「彼女もまた、神の声を聞いたそうじゃよ…。」
…神の声…?
『神様…。』
「そう、そして人々は、彼女の導き通り動き、反乱軍はいつしか大きな勢力となった。しかし、全てが順調だと思われたが、最後の最後に国の軍の罠にはめられ、反乱は失敗に終わった。そして国は、彼女は救世主ではなく、魔女だと言い張った。」
繰り返される運命…?
『私は…魔女じゃ…ない…。』
「そうして、彼女はこの世を去った…。」
************
「ジャンヌ…。」
辰は暗闇に包まれた夜更けに、ジャンヌの墓の前に一人立ち尽くして、もうこの世にはいない彼女の名をポツリとつぶやいた。
「もし、お前が生きていたら、天音に何と声をかけていたんだろうな…。」
ザー
もちろんその答えは返ってくることはない。ただ優しい風の音だけが、辰の耳をかすめた。
「天音に全てを受け入れさせるのは、酷なのか…。」
辰の悲痛な瞳には、ポツリと寂しくそこに佇むお墓が映るだけだった。
*************
次の日、天音はいつも通り授業を受けたものの、気づくと、いつの間にかその日の授業は全て終わってしまっていた。
そんな天音は、どこか、心ここにあらずのまま、ボンヤリとした頭で城を出た。
そして、自然と町へと足が向いていた。
「おー!天音」
町をとぼとぼと歩く、天音に声をかけたのは、今日も元気いっぱいのりんだった。
「…あ、りん。」
「どないした?元気ないなー。」
どこか気の抜けた、その天音の答えに、さすがのりんも心配そうに声をかけた。
「…え、そ、そんな事ないよ。」
天音は心配させまいと、無理に笑ってみたものの、その笑顔はやはりどこか引きつっていて、いつもの天音のものとは言い難いものだった。
「あ、じゃあ、またね。」
「…?」
天音はどこか急いだ様子で、その場をそそくさと去っていった。りんはそんな天音の様子に、眉をひそめたまま、天音を見送るしかなかった。
「やっぱ変!」
天音を見送ったりんの背後から、聞き覚えのある甲高い声がふってきて、彼はビクッと肩を震わせた。
そして、りんはその声の方へとゆっくり振り返った。
「なんや!びっくりしたなー。何してんねん?華子。」
「尾行。」
「は?」
そこにいたのは、どうやら天音の後をつけてきたであろう、華子だった。そんな華子の謎の行動に、りんは首を傾けた。
「天音昨日から、様子が変なんだよ。」
もちろん天音の様子が普段と違う事は、りんにも明らかだった。そんな天音を、りんよりも近くにいる華子が心配するのも無理はない。
「天音…泣いてた…。」
「え…?」
「おじいちゃんの手紙読んで…。」
そういえば、華子達は、昨日天音のおじいさんからの手紙を早く天音に見せたい、と言っていた事を、りんは思い出した。
「あれは、嬉し涙じゃなかった。」
華子はめずらしく、真面目な顔でじっと地面を見つめていた。
一体、手紙にはなんと書いてあったのか……。
それは、とても天音には聞けない。しかし、その内容が良いものではない事を、天音のその涙が物語っていた。
「…やめとき。」
するとりんが低い声でつぶやいた。
「え?」
「心配なのは、わかるけども、尾行なんてやめときや。天音、1人になりたいんとちゃうか?」
りんには天音に何があったか、そして手紙になんと書いてあったのかはわからない。しかし、涙を流すほどなら、よっぽどの事だったに違いないと、想像はできる。そんな彼女の気持ちを考えるよう、華子に優しく伝えた。
「…わかった。」
華子もりんの考えに、すんなりと納得して頷いた。
「でも、天音大丈夫かな…。」
「華子は、ホンマに天音の事が好きなんやな。」
それでも華子は、心配せずにはいられなかった。りんはそんな華子の様子を見て、微笑みながらそう言った。華子が天音を心配する様子は、まるで母親ようだ。
「うん!」
華子が満面の笑みでそう答えた。
************
「天音…。」
青が窓の前に立ち外を見ながら、どこか心配そうな声で、彼女の名を呼んだ。
まるで彼女に何かが起こっている事を、示唆しているかのように。
「まさか外に出る気?」
どこか冷たいような、感情を感じられない、そんなかずさの声がその部屋に響き渡った。
「天音に会わなくちゃ。」
青は、やはり何か嫌な予感を感じていた。天音に会って、それを確かめたくて仕方がない。
そんな彼の心情が、かずさには手に取るようにわかるようだ。
「今は天音に会えないわ…。」
しかし、それを止めるのもまた、かずさの役目。
彼女はそう言って、顔を伏せた。
「…待ってるしか僕にはできないって?」
そう言って青は自嘲的に笑い、床へと、力なく座り込んだ。
「それを選んだのは…。」
「僕だよ!!」
青は突然感情的になり、声を荒げた。
どうする事も出来ないのは、青が一番よくわかっている。いつもはそんな感情を持っても、全て諦めてグッと堪えてきた。でも、今は違う。
天音の事は、どうでもいいと諦める事は出来ない。
「あなたは、何も見えていない…。」
「そうだよ。この呪われた青い目は、もう何も映さない…。」
青がまた力なくつぶやいた。
「ちがうわ。真実よ。」
かずさは、青が力なく座り込んでいる横に、静かに立った。そして、その視線は真っ直ぐと窓の外へと向けられていた。
「君の目には何が映ってるの?」
座り込んだままの青が、ゆっくりとかずさを見上げた。
「…。」
「ぼくの未来?」
************
―――それから数日
「おっかしーな。」
りんは、この町にある唯一の小さな図書館で、調べものをしていた。この図書館は国が運営していて、もちろん誰でも入る事ができ、そこにある本を読む事ができる。
「何調べてるの?」
「おう!星羅やないか。」
実は、本好きの星羅も本を探しに、この図書館へちょくちょくやって来ていた。
そんな星羅は、そこでうんうん、唸っているりんを見かけ、思わず声をかけた。彼の前には、積み上げられた本が何冊もあり、何か調べものをしているのは、側から見ても明らかだった。
「内緒や!」
「…そう。」
「もっとつっこんでーや。」
星羅のクールな対応に、りんはどこか物足りなさを感じ、思わずつっこんでみたものの、やはり星羅のその態度は全く変わらない。
彼女のクールな仮面をはぎ取るのは、まだ今のりんでは無理のようだ。
「そうや!天音の様子どうや?」
「え?」
「この前会った時は、何や元気ないみたいやったから。」
りんも華子にああ言ったものの、その後の天音の様子が気になっていたのだった。
「…毎日どこかへ出かけてるみたい。」
星羅も、ここの所の天音の異変に、気づいてはいたものの、深くはつっこもうとはしていなかった。
ただ、天音は授業が終わるとすぐに城を出て、どこかへ出掛けているようではあった。そして、ちゃんと夕食の時間には、城に戻って来ていた。
「そうか…。」
「やっぱり、あの子はダメね。」
星羅は冷たく言い放つ。
星羅は、やっぱり今も、天音は妃には向かないと思っているようだ。
「やっぱり星羅はクールやな。華子とは大違いや!」
「あの子と一緒にしないで。」
星羅は迷惑そうに、りんに目を向けた。
するとりんは、いつものように、ニコニコとした笑顔で星羅を見ていた。その胡散臭い笑顔が、星羅はいつまでたっても慣れない。
「天音は妃にはなれないわ…。」
「じゃあ、星羅が妃になるんか?」
りんは間髪入れずに、星羅に尋ねた。りんはどこか引っかかっていた。
彼女が妃候補としてこの城にやってきたその目的は、別にあるんじゃないのか…と。
「私は…。」
しかし星羅は、その問いに何と答えていいか分からず、その先が続かない。
その場しのぎの回答をここで言ったとしても、それは彼には通用しない。
星羅も、少しずつりんの事をわかり始めていた。彼だって同じ使教徒。きっと何か目的あって、この町にいるのは、明らかだ。
「それに、星羅も京司の事、知っとんのやろ?」
「!?」
りんは何のためらいもなく、その名を口にした。この時ばかりは、クールな星羅も大きく目を見開いた。
「ほら、この前かずさが言っとたやろ、京司が天師教なのか?ってアレ。思いっきり星羅に向かって言ってたからなー。きっと、そうなんやろうと思って。」
あの一言だけで、りんは、星羅が京司の事を知っている、いや、何か関わりがある人間なんだと、直感的に感じていた。
やっぱり、りんの鋭い視点は、あなどれないと星羅は密かに感じていた。
「…あなたこそ、なぜその名前を?」
星羅もずっと気になっていた事を、ここぞとばかりにりんに尋ねた。
その名はもう、誰も知らないはずなのに。この前から、天音やりんは普通に彼の事を京司と呼んでいた。
「アイツがそう名乗ったからや。」
「…彼が?」
「そうや。自分の名前は京司やって。わい全然知らんかったわ。天使教に名前があるなんてな。」
星羅は、不可思議に感じ、眉をひそめた。
彼が簡単にその名を名乗るなんて、そんな事があるのだろうか?
『天師教に名前はない。彼の幼少期の名は玄武の宮。それでも彼は捨てられなかったのね…。』
そういえば、以前かずさもそんなような事を言っていた。
…彼はどんな思いでその名を口にしたのだろう…。
星羅のその思いは、ますます強くなるばかり。
「わいは、あいつ嫌いやない!」
「え?」
りんは、唐突に、なぜか自信満々にそう言ってみせた。
「天師教っぽくない所がな」
「そう…。」
そう言ってりんは、また悪戯っ子のような笑顔を見せていた。
そんなに何度も、りんは京司と会っているのだろうか。と星羅はぼんやり考えていた。
「星羅には悪いけど、わいは天音が妃になると思うで!」
「…。」
「勘やけどな!」
そう言ったりんの顔に浮かぶ笑顔を、やっぱり星羅は、好きになれそうにはなかった。
今はまだ……。
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「天音…。」
「んん…?」
「こんな所で寝ていたら、風邪を引くぞ。」
天音は今日も、ジャンヌの墓の前へとやって来ていた。そして、そこにある大きな木にもたれかかって座り、ボンヤリしているうちに、どうやら眠ってしまったようだった。
そこへ現れた辰が、そんな天音を見かねて、声をかけた。
「あれ、辰さん…。」
「もう夕日が落ちる。時間じゃないのか?」
天音はここの所、毎日のように、このお墓のある場所までやって来て、夕日を見ていた。
しかし、今日はもうだいぶ夕日が落ちている。そろそろ帰らなければ、夕食の時間に間に合わなくなってしまう。
「…辰さんは、どうして城の兵士をしてるの…?」
しかし天音は、辰の心配をよそに、ずっと気になっていた事を、彼に問いかけた。
辰がジャンヌの知り合いだという事は、きっと彼もまた、反乱に加担する立場の人間だったに違いない、と天音は推測していた。その考えが正しいなら、国に反発していた彼が、今は城の兵士となっていることは、どこか腑に落ちない。
「…。」
夕日の赤で染まっている辰は、口を閉ざしたまま、そこにひっそりと佇むお墓を見つめていた。
その表情は、どう答えていいのか、思案しているようにも見える。
「憎くないの…?」
天音が、少し低い声で、ポツリとつぶやいた。それは、自分でも無意識のうちに口に出た言葉。
「さあな。私もジャンヌと共に、反乱軍の一員として国と戦った。でも、本当の意味で、彼女の力にはなれなかったのかもしれない。」
辰は、どこか寂しげな顔を少しだけ上げた。
そして、そこにあるお墓を、鮮やかな赤に染めている夕日を見つめた。
「…。」
「天音。」
「え?」
辰の夕日に照らされた顔が天音の方へと向き、どこか寂しそうに少しだけ微笑んだ。
「ジャンヌが最後に君に伝えたかった言葉…。」
「…。」
「天音。君に生きてほしいと…。」
『生きて!天音ーー!』
天音はその言葉に何故だか、瞳を伏せた。
「すまなかった。もうこれ以上は何も言わない。」
まるで自分の子供を見守るような、辰の優しい瞳が、天音の後頭部を見つめていた。
「辰さん…。」
天音はゆっくりと顔を上げて、そんな辰の方へとまた視線を戻した。
「これ以上、君を困らせるわけにはいかない。…そんな事したら、ジャンヌに怒られるしな。」
そういって辰は、彼女が眠るその墓の方へと、そっと笑いかけた。
その目は、天音が今まで見た中で、一番優しい目だった。
彼がそこに眠る彼女を、どう思っているのかは、その眼差しで、簡単に理解できる。
「これを…。」
そう言って辰は、自分の首にかかっていた、十字架のペンダントを外し、天音の前へと差し出した。十字架の真ん中には、夕日のように赤い、綺麗な石が埋め込まれていた。
「え?」
「このペンダントは、ジャンヌの形見だ。」
「え、でも…。」
「君に持っていてもらいたいんだ。」
辰がそれを大事にし、肌身離さずに身につけていたのは、天音にも容易に想像できる。
天音は、ここにはもういない、そのお墓で眠る彼女を、まだ母親だとは認めてはいない。
そんな自分が、辰が大事にしていた物を、簡単にもらうわけにはいかないと思っていた。しかし、辰はそんな天音に、有無を言わさず、そのネックレスを彼女の手の中へと無理矢理握らせた。
「君に会えてよかった。」
辰はそう言って、天音に背を向けた。まるでそれが最後のように…。
「あの!私が捨てられたのは…。」
天音はその大きな背中に向かって、思わず叫んだ。
「魔女の子供だって言われないように…?」
「…。」
辰は一瞬足を止めたものの、その答えが返ってくることはなかった。
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――― 次の日
「士導長様!!」
天音がすごい剣幕で、士導長に詰め寄った。
「天音?どうしたんじゃ?今日はずいぶん威勢がよいな。」
そんな天音とは対照的に、士導長はいつものように、穏やかに天音に笑いかけた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
天音は全速力で走って来て、息を切らしているため、言葉がなかなか出てこない。
「お、お願いがあります!!」
そして、勢いよく、天音は頭を下げた。




