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誓いの場所にもう君はいない



私は間違っていた。




     反乱は今ではない。




     時代を見よ。




     時は満ちていない…。






「帰るぞ…。」


リーダーが下を向いたまま、静かにそうつぶやいた。


「リ、リーダー!!」


反乱軍の他のメンバーは、ざわつき始め、動揺を見せている。


「帰るぞ!!」


今度はみなに聞こえるよう、力強くリーダーが号令をかけた。

そして、その号令の通り、反乱軍達は元来た道を引き返し始めた。


「あ、ありがとうございます!!」


天音は思わず目の前で佇んでいた、リーダーに向かってお礼を大声で叫んだ。


「…。」


リーダーはただ何も言わずに、少し顔を上げて、天音の方を見た。


「よかったやないかー。てん…じゃなくて京司!!」


そう言って、いつの間にか、京司の隣にいたりんが、思いっきり、京司の背中をバシバシと叩いた。

しかし、京司は浮かない表情を浮かべて、地面を見つめているばかりで、何の反応も示そうとしない。


「オイ。」


そして、リーダーは歩を進め、少し離れた所にいた、辰に声をかけた。


「私に何か…?」


辰は、ただ傍観していただけだったが、やはりその兵士の格好はめだちすぎたのか…。と思ったが、どうやら、リーダが彼に声をかけたのは、違う理由のようだった。


「あんた。一番隊長だろう。」


リーダーは小さな声で、辰にだけ聞こえる声で、そうつぶやいた。


「反乱軍一番隊長。ジャンヌの右腕…。」

「なぜそれを…?」


そう、それは以前の、辰が兵士になる前の肩書き。

リーダーはその男の事をよく知っていた。そして、今目の前に立つその人物こそ、彼である事に、とっくに気がついていた。

そう、忘れるはずなどない。

辰はリーダーの憧れだった人物なのだから。


「あんたが、なぜそんな格好をしてるのか…。今は聞かないでおくよ。」


リーダーは、きっとそれには何か訳があるのだろうと察して、それ以上は何も聞こうとはしなかった。


「にしても、あの子。」

「受け継がれていく…。」


辰は天音の背中を見つめ、その言葉をそっとつぶやいた。


「やられたな。俺はまだまだ未熟だったってわけか。」

「…そういう事だな。」

「しかし、あの坊主も面白い奴だな!度胸はあるようだし。」


リーダーは、自分の落ち度をしっかりと理解していた。そしてまた、リーダーは自分に臆する事なく、歯向かってきた京司の事も気に入ったようだ。


「ああいう奴がこっち側にいたら、変わるのかもな…。」


リーダーは、京司の度胸を買っていた。

そして、彼のような人物を反乱軍にも欲しい、とまで考え始めていた。

しかし…


「彼は無理だ。」


それを阻止せざるを得ない。

それは辰には明らかだ。


「ん?」

「そんな事になったら、本当にこの国は終わるかもな…。」


辰は先ほどよりも小さな声でまたポツリとつぶやいた。






「わいは感動した!!」


そう言ってりんは、馴れ馴れしく、今度は京司と肩を組み出した。


「うん!私もだよ!」


京司の隣にいた天音も、いつものように、キラキラ眩しい笑顔を見せて笑った。

天音もりん同様に、痛いほどに感じていた。京司の強い思いを。


「なあ、月斗!」

「…。」


まだ、1人後ろの少し離れた所にいた月斗に、りんはわざとらしく話しを振ったが、答えは返ってはこない。


「何かしゃべれや。」

「お前の土下座、無様だったぜ。」


しかし、やっぱり月斗の口から出た言葉は、京司を罵倒する言葉だった。


「月斗…。」


天音はやっぱり気になっていた。

月斗がなぜそんなに、京司の事を邪険に扱うのか。

この2人の間には、天音の知らない大きな壁がある事を、天音は気づき始めていた。


「付き合ってられねー。」


そう言って月斗は、天音達に背を向け去って行ってしまった。


「まー、ああ言ってるけど、月斗はホンマは悪い奴じゃないと思うで。」


りんは苦笑いを浮かべながらも、月斗をフォローするようにそう言った。

なぜなら、りんも月斗の気持ちを、なんとなく察していた。

彼の国に対する気持ち、それはイコール天使教へのもの。それは月斗の心の奥底にある、憎しみという闇。


「そうだよね。」


天音もりんのその言葉に頷いた。

天音には、月斗のその闇はわからないが、彼がやっぱり悪い人には思えなかった。


…あいつの言う通りだな。


そして京司もまた、心の中でそうつぶやいていた…。



************



ギ―


かずさが手をかけると、その仰々しい重い扉は、不気味な音を立てて、いとも簡単に開いた。

それはまるで、天音の時と同じように…。


「ただいま。」


すると彼女は、まるで自分の家の部屋のように、ずかずかと部屋の中へと入っていき、ベッドの方へと声をかけた。


「おかえり。楽しかった?」


そのベッドに横たわる青が、弱々しい笑みを浮かべて、かずさに答えた。

どうやら、かずさと青は顔見知りのようだ。


「まあね。」


かずさは、少しだけ口端を上げたものの、そっけなくその一言だけで返した。

あの場にいたかずさは、反乱軍が引き返して行ったのを見届け、そそくさとこの城へと帰って来ていたのだ。


「あなたも行けばよかったのに。」


かずさは、青のベッドの横の椅子に腰かける。

そこはいつも天音が座る場所だ。


「そんなに月斗に会いたくない?」


青をからかうように、かずさがわざとその名を口にした。この名前に青がどんな反応を見せるのか、かずさは知っていた。


「ちがう…。」


青がいつもとは違う、彼には似つかわしくない、低い声を出してそう言った。


「アイツは関係ない…。」


それは、今まで聞いた事のない程の低い声だった。



************



「やっぱ、ホンマやったんやなー。」


リーダーと反乱軍達は、この町を後にし、引き返して行った。そして、天音と京司は城へと帰って行き、

そこに残ったりんは、まだ辰に聞きたい事がるようで、その場に2人だけが残っていた。


「にしても、なぜ天音は天師教の事を知っているんだ?」

「…さあ、な…。」


辰が口にしたその疑問に、りんは、わざと知らないふりをして見せた。


『天音は知らない…。俺が天師教って事を。』


りんはその言葉を自然と思い出し、この時ばかりは、深く考えてはいけないような気がして、その事実を見て見ぬふりをしてみせた。

それはまるで、開けてはいけないパンドラの箱に、そっと蓋をするように…。


「あの人を引き付けるカリスマ性は、母親譲りなんやろ?」


そしてりんは確信していた。その先に待つであろう、天音の過酷な運命を。

そう天音の母親は、その昔、反乱をたった1人で率いた女性だった。彼女はみなにジャンヌと呼ばれていた。それは、約1000年前に彼女と同じ運命を辿った「ジャンヌダルク」から取った名前だと言われている。


「ああ、それだけじゃない。」


辰は天音の言葉を聞いて、驚いた事があった。


「さっきの天音の言葉、あれはジャンヌの最期の時の言葉だ。」

「え?」


りんは辰の言葉に眉を思いっきりひそめた。


「天音は覚えているんだ。」

「…それは…。」


りんは、辰の言葉をなんとか整理しようと、脳をフル回転させた。


「天音はジャンヌの最後を見ていたっちゅう事か?」

「ああ…。」


振り向いた辰の顔を、夕日の赤が染めていた。




************




「天音…。」

「ん?」


夕日がこの城全体を赤く染めている頃、天音はもうすでに、自分の部屋へと戻って来ていた。

そしてあの場所にいた星羅も、天音よりも一足先にこの部屋へと帰ってきていたようだ。

星羅は、何とか今の状況を整理したいと思っていても、頭はうまく動いてくれない。とにかく、あの場にはそれ以上居たくはなくて、さっさとこの部屋へ帰って来ていた。

しかし、この部屋に帰れば、嫌でも天音と顔を合わせる事になるのはわかっている。

やはり先程の事を天音に聞くべきか…。

いや、何をどう聞けばいいというのだろうか…。

そんな考えが、ぐるぐると星羅の頭を回っていた。


そして気がつくと、そこいる天音を呼んでいた。


…何を聞くっていうの天音に?

…反乱軍の事…?

…それとも京司の事…?


天音は、確かに京司の名前を呼んでいた。そして、二人はどう見ても顔見知りのようだった。



――――天使教とあなたがどうして…?



「あなたは…どうして妃になる事を選んだの?」

「え?」


しかし、星羅の口から出てきた言葉は、本当に彼女が天音に聞きたい言葉ではなかった。

なぜか聞けなかった。いや、聞いてはいけない気がした。

聞いたらそこで、終わり…。

何かが星羅に警告音を鳴らしている。

それを聞いたら今まで星羅が守ってきたものが、音を立てて崩れ落ちて行く。なぜだか、そんな気がした。


その代わりに、口から絞り出した言葉は、彼女が妃になる理由だった。


「私も聞きたい!」


もちろんその部屋にいた、華子も話に参加してきた。話好きの彼女が、この話題に食いついてこないわけがない。


「…私のいた村は輝夜村っていう、とっても小さな村だった。村の人達はみんなとってもいい人で、私に親切にしてくれた。」

「へー、小さい頃からずっと、その村で暮らしてたんだね。」


天音はどこか懐かしそうに、村のことを話し始めた。ついこないだまでそこに居たはずなのに、村で暮らしていた事が、今では、なんだか遠い昔のように思えるのはなぜだろう…。


「うん。私は、赤ん坊の頃村の入り口に捨てられてたの。」

「え…。」


天音は、星羅と華子にも、その事実を包み隠さず伝えた。それは隠しておいても仕方のない事。

天音は、2人にはちゃんと話しておこうと思っていたのだ。


「そんな私を拾って育ててくれたのが、じいちゃんだった。」

「そうだったんだ。」

「私はじいちゃんと、あの村に感謝しているの。だから妃になって、村のために恩返ししたいの。」


そこで、華子と星羅は、天音の生い立ちを初めて知った。それは、村でのびのびと育ったであろう、元気で明るい天音からは、想像もつかなかった事実であった。

天音は、自分の揺ぎ無いその思いを、笑顔で2人に伝えた。2人なら、ちゃんと聞いてくれると思ったからだ。


「へー。」


華子は、始めは少し驚いた様子を見せたものの、正直に全てを話してくれた天音に、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

生い立ちはどうであれ、彼女が真っ直ぐに育ったことには、変わりない。

一方星羅は、どこか腑に落ちないような、そんな表情を見せていた。



―――本当にそれだけ?



まるでそう言いたいかのように…。


「でも、妃になったら、帰れるの?」


しかし華子は、そこで、そもそもの単純な疑問を口にした。


「え?だめなの?」


そう、天音の単純な脳は、そんな事を1ミリも考えていなかった。

妃になったその後の事など、今まで考えた事はなく、妃になったら村に帰れると、信じてやまなかった。


「ま、でも、きっと妃になったら、おじいちゃんや、村の人は大喜びだね。」


そんな天音をフォローするように、華子が優しく天音に微笑む。


「うん!そしたら、ちゃんと帰れるように、天師教さんに頼むよ。」

「え…。」


天音が何の気なしに、口にしたその言葉に、星羅は目を大きく見開いた。

“天師教”その言葉に大きく反応したのだった。


「天音…。」

「ん?」


星羅は自分を落ち着かせるように、静かに天音に語りかける。

…ここで取り乱すわけにはいかない。

しかし、星羅は自分の鼓動が、いつもよりも早く脈打っているの嫌というほど、感じていた。


「天師教がどんな人か知ってるの?」


手に汗にぎる星羅には、この言葉を天音にぶつけるのが精一杯だった。


「ん?知らないよ?」



…やっぱり…。




その瞬間、星羅は一瞬で、血の気が引くのが、自分でもわかった。

やはり、どこかでわかっていた。その警告音が鳴る意味を。

だって彼が天師教だって知っているなら、彼の名前など知るはずがない。


…聞きたくなかった。だってそれは…。


「星羅は?」


しかし、華子は青ざめた星羅の様子に気づく事なく、何の気なしに、星羅にも、妃になるその理由を尋ねた。

今までの、星羅の妃になりたいという、気迫からして、何か大きな理由があるに違いない。

そして、好奇心旺盛な華子は、その理由を尋ねずにはいられなかった。


「え?」

「なんで妃になりたいの?」


華子に話を振られた星羅は、脈打つ鼓動を抑え、ふと我に返った。


…私がここへ来たのは…。


「私は約束したの…ずっと昔…。」


そう言って星羅は、遠い昔に思いを馳せるかのように、遠くを見た。

そして、自然と心が穏やかに戻っていくのを密かに、感じていた。


「約束?何の?」


しかし能天気な天音は、それが妃になる事と、どう関係があるのかわからず、首を傾げて星羅を見た。

まさか妃になる事を、誰かと約束したとでも言うのだろうか?


「わ、私の事はいいのよ!」


自分でも無意識のうちに、そんな遠い昔の事を口にしてしまった星羅は、その場を取り繕うように、慌ててその話を終わらせてしまった。

この話は他の誰にもするつもりなどない。そう決めていたはずなのに…。


「えー、ケチ!そうだ!天音。星羅すっごい歌がうまいんだよ。」


自分の事はあまり多くは語らない星羅に、華子は不満気に、口を尖らせていた。

しかし、突然名案を閃いた子供のように、ニッと笑ってみせ、星羅への腹いせとばかりに、彼女が今まで秘密にしていた、歌がうまい事を簡単に天音にばらしてしまった。


「そうなんだ!」


天音はそれを聞いて、目を輝かせながら星羅を見た。

星羅のそんな新たな一面を聞かされて、なんだかとても興味が沸いた。

いつもはクールな星羅の歌声はどんなものなのか、とても気になる。


「ねえ、また歌ってよ!」


華子は、星羅に満面の笑みでそう言ってみせた。華子もあの日以来、星羅のあのきれいな歌声が忘れられず、またぜひ聞いてみたいと思っていたのだ。


「…そんな簡単に、人前では歌わないの。」


しかし、星羅はプイッと横を向いて、相手にしてくれず、歌ってくれる様子など微塵も感じさせなかった。

歌う事を断ったのは、ただの照れだけではなかった。

そこには、星羅の決意がこめられていた。

あの約束を果たすまでは、簡単に人前で歌う事はしないと決めたんだ。


「えー。ケチ。」


華子が不満気に、また口を尖らせ、ブーブー文句を言い始めた。


「ねえ、華子は?なんで妃になりたいの?」


そして、天音は当然のように、華子にもその理由を尋ねた。


「私?」


天音の方を、ニコニコしながら華子が見つめた。

よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに。


「もちろん玉の輿に決まってるじゃん!」


華子が自身満々に笑顔で答えたその答えは、やっぱり華子らしいものだった。

それを聞いて、天音はまた、クスクスと笑い出した。

まあ、確かに天音も初めは、華子と同じような考えがきっかけだった。

そんな昔の事を思い出しながら…。


「バカ…。」


そして星羅は、やっぱりいつものように呆れた顔で華子を見て、ため息をついていた。


「でも、華子らしいね。」

「一生遊んで暮らせるんだよ。ずーっと好きな事して生きていけるんなんて、最高じゃん!」


華子は自分の理想を、目を輝かせて2人にうったえる。そんな所がやっぱり、華子らしい。天音はそう思いながら、また笑った。


「今やりたい事やらなきゃ損でしょ。」

「そうだね。」


呆れかえる星羅の横で、天音も華子のその意見を、すんなりと受け入れ、大きく頷いた。

それぞれ動機は違えど、この城に来て、同じ部屋になった2人に天音は、やっぱり何かの縁を感じていた。


そして星羅は黙って、沈みかかったその夕日へと視線を移した。



*****************



「え!本当に!!」

「うん。」


天音が飛び跳ねそうに、嬉しそうな声を上げたのは、日はすっかり沈み、辺りは闇に包まれた、夕食後だった。

その要因となったのは、青の一言だった。

天音は夕食の後、今日あった出来事を報告しに、青の部屋を訪れていた。

そんな天音の話を一通り聞いた後、青は天音に、あるお願い事をする事にした。


「明日の夜、外に出たいんだ。姉さんのお墓参りに行きたくて。もちろん誰にも内緒で。」


青が外に出たいと言ってくれた。

天音は青が少しでも、前向きな気持ちになってくれたのだと思い、とても嬉しく思った。

やっぱりこの部屋に閉じこもったままなんて、体に悪いに決まってる。

きっと外の空気を吸えば、青の気持ちも楽になるはずだと考えていた。


「うん!もちろん協力するよ。」

「ありがとう天音。」


天音は、もちろん二つ返事で了解した。

青のためにできる事があるなら、なんでもしたいと思っていたのだからそれは当たり前。

そして、青はいつものように、優しい眼差しで天音を見つめた。


それから、夜が更けるまで、2人は明日の段取りについて、話し合った。




*****************


ーーー次の日


「…。」


京司は、今日も城の前にある石段に腰かけて、ボーっと町を見ていた。

昨日あんな事があったと思えないほど、この町は平穏だ。

人々はいつものように広場を行きかい、子供達の笑い声が聞こえる。

それが、この町のいつもの光景だ。


「ホンマに自由奔放やな。」


その声の主は、京司の事を見つけると、当たり前のように京司の横に腰掛けた。

その行為に、もちろん京司は何も言わなかった。


「なんだ。お前か。」

「ええのか?こんな所で油売ってて。」


京司もりんが隣に座る事に、今はもう何の違和感も感じなくなっていた。

りんの特有の人懐っこさが、そうさせているのかもしれない。


「お前だって、見てただろう。誰も俺が天師教なんて気づかない。それに、城の奴らだって、俺がどこに行こうが、これっぽっちも興味なんかねーよ。」

「ふーん。」

「俺は、ただの飾りなんだから。」


京司はどこか寂しそうな目を、また町の方へとゆっくり向けた。

その時ばかりは、さすがのりんも茶化す事ができずに、その横顔をじっと見つめていた。

やはり、昨日何もできなかった事を、今もまだ京司は気にしているのだろうか…。


「俺だって好きで天師教になったわけじゃない…。」


そして、京司は我慢できずに、ポツリと本音を漏らした。

彼が誰かに弱音を吐いた事なんて、一度もなかった…。そう、その思いは胸に閉まってきたはずなのに…。


それがりんが目の当たりにした、天使教の本当の姿。


誰が想像しただろうか。みんなに崇められ、何不自由なくあの城でぬくぬくと暮らしていると思っていた人物が、そんな事を言うなんて。


「じゃあ、辞めればいいんちゃうん?」


そんな京司の悲痛な思いに、りんは何ともあっけなくそう言ってみせて、視線を京司から町へと移した。


「…。」


京司は、簡単にそう言ったりんを、ギロリと睨み付けた。



ーーーー簡単に言いやがって。



それができないから、今まで苦しんできた。

だから誰にも言わなかった。

言ってもどうにもならない事くらいわかってる。

もちろんその思いは口にしなくても、りんには伝わっていた。


「ハハ、冗談や!そんな怖い顔せんといて。」


りんはそう言って、京司のその苦しみを吹き飛ばすかのように、大きく笑った。

そしてりんもわかっていた。

京司がその運命から簡単には、逃れられないことを…。


「なー、京司はまだ天音に言ってないんやろ?自分は天師教やって。」


いつの間にか当たり前のように、彼を京司と呼ぶようになったりんは、空を見上げて、何の気なしに、聞いてみた。京司の話を聞いて、少し触れてみたくなった。

そのパンドラの箱に…。


「好きでやってるんじゃないんで!」


京司は、皮肉を込めて、拗ねた子供のように、空に向かって、そう叫んでみた。


「ブハハ。面白い奴やな。なんでや?天音に妃になって欲しくないんか?」


その答えにりんは思わず吹き出した。

隣に座っていたのは、やっぱり自分と同じ、ただの普通の青年だった。

そしてりんは、京司の気持ちに何となく気づいていた。

だから、わざと少しからかうように、そう言ってみた。


「…アイツには帰る場所がある。俺とは違う。」


…天音と俺は違う…。いや、違う…。

俺と天音は同じなんだ…。


天音に妃になって欲しいなんて言えるわけがない…。

彼女をこの城に、閉じ込めておけるはずなんてないのだ。


「そうや!天音は村から来たっちゅうてたな。」


りんは、黙りこくってしまった京司を気遣い、そう言って話題を変えた。


「ああ。」

「天音は、ずっと村で育ってきたんかなー。」


りんは、昨日辰から聞いた話が、どうも引っかかっていた。

それもまた、パンドラの箱の底に眠っていて、触れてはいけないものかもしれない。

そう思いながらも、りんはやはり、自分の好奇心を抑える事は出来ない。


「ああ。幼い頃から村で育ったって。」

「…。」


今度は変わって、りんが急に黙りこくった。

りんは、何かを考え込んでいるように見えたが、あのお調子者の彼が黙っている姿に、京司はすぐに我慢ができなくなった。


「何だよ。急に黙って。」

「…天音の記憶は…。」


そして、りんは急に真面目な顔つきになり、ポツリとつぶやいた。


「え?」

「いや、こっちの話や。今日は、京司と話せてよかったわ。」


りんはそう言って、またいつものように、ニッと人懐っこい笑みを見せ、立ち上がり、大きく伸びをして見せた。

その姿は、自由にこの町を走り回る、野良猫のようだ。と京司は密かに思った。


「わいは、天音が妃になると思うで?ピンときたんや!わいの直感はよう当たるで。」

「…。」


そう言ってりんは、雲ひとつない空を見上げた。

それを見て、京司もつられるように、青く眩しい空を同じように見上げた。




*****************




「京司はもう気づいているわ…。天師教は、もう必要ないって事。」


窓もなく、薄暗い、ほとんど光の入らないその部屋で、かずさがポツリとつぶやいた。

自分と、その部屋にいるもう1人の人物にしか聞こえないほどの声で。


「自分はこの国には、必要ないか…。」


かずさのその言葉を聞き、その部屋にいた男が口を開いた。


「それでも、この国をなんとかしたいみたいだけど。」

「…。」

「誰かさんと同じね…。」


そう言って、かずさは薄っすらと笑みを浮かべた。

男は、やはり口を閉じたまま、それ以上は何も話そうとはしなかった。




*****************




「天音、こんな夜中にどこに行ったんだろうね?」


華子が布団に入ってすぐに我慢できず、星羅に話しかけた。

その日の夜中、天音は約束通り、青に会いに行くため、部屋を出た。

そして、それには2人の協力が不可欠だった。

2人には、大事な用事があるから、夜中に出かける事を見逃して欲しいと頼み込んだ。もちろん、2人は何も聞かず、天音を送り出してくれた。


「まったく、無茶な事ばっかりして、本当に、妃になる気あるのかしら…。」


星羅は、ベッドから天井を見上げたまま、呆れたようにつぶやいた。





*****************




「よし!誰もいない。」


人々が寝静まり、周りがシンとした中、天音は青の部屋の扉の外を確認し、そう小さく口にした。

そして、その天音の後ろに立つ青の手には、この城の裏門の鍵が、握られていた。

天音は、何故その鍵を青が持っているのかはわからなかったが、今はほとんど使われていない裏門がある事を青に聞いて、昼間になんとかバレずに、その場所を見つける事ができた。

今ではすっかり地図の読めるようになった天音は、青にもらった地図を頼りに、その場所を探り出していた。

あとは、見張りの兵士に見つからないよう、進むだけだ。


「天音、手を握ってくれる?」

「え?」

「…少し、怖くて。」


天音の後ろから聞こえてきたのは、か細い青の声だった。

彼が心細くなるのも、無理はない。彼はずっとあの部屋の中にいて、外に出るのは久しぶりに違いない。足がすくみそうになるのも当然だ。そんな思いを察し、天音は後ろを振り返り微笑んだ。


「そうだよね。大丈夫!私がいるから!」


そう言って天音は、力強く青の手を握った。


…最後に外の土を踏んだのは、いつだっただろう…。

青はそんな事を思い出そうとしたが、もうハッキリとは思い出せなかった。

いや、思い出したくなった。

なぜなら、それは決していい思い出ではないからだ。


「行こう。」

「うん。」


天音のその掛け声で、青は現実に引き戻され、天音に答えるように、つないだ手を強く握り返した。




*****************



ポチャ


「ここ…。」


星羅は寝付くことができず、華子が寝た後、こっそり部屋を抜け出していた。

フラフラと城の中を歩いていた所、この中庭のある、鯉の池までたどり着いた。

そして、この城にこんな場所があるのかと、興味本位で星羅は足を止めた。

ここからは、月がよく見える。そして、空を見上げていた。

もちろんこんな夜中のため、みな寝静まり、そこには誰の姿もない。


「月の印が2人を引き裂く?」

「!?」


後ろから突然誰かの声が聞こえ、思わず星羅は身構えながら、後ろを振り返った。


「また、あなた…。」

「こんな夜中に、珍しいお客だこと。」


そこに立っていたのは、城の見張りの者ではなく、かずさだとわかり、星羅は少し安堵した。

もし見張りの者に見つかっていたら、処罰を受ける、もしくは城を追い出されかねない。


しかし、やはり今でもかずさの正体はわからないまま。同じ使教徒とはいえ、彼女の狙いは、わからないまま。星羅のかずさに対する警戒心は、強いままだった。


「…京司に会いに来たの?」

「…どうして京司の名を、知っているの…。」


かずさのその問いに、星羅はうろたえる事なく、少し眉をひそめただけだった。

しかし、星羅の脳内では、様々な考えが頭の中を駆け巡っていた。

なぜ彼らは、京司のその名を軽々と口にする事ができるのか…。

自分はもう二度とその名を口にする事が許されないその名前を…。


「天音には聞けなかったのに、私には聞くのね…。」

「え…。」


かずさは、まるで見ていたかのように、星羅がそれを天音に問う事ができなかった事を、言い当ててみせた。やはり、彼女は只者ではないのは、明らかだ。


「天師教に名前はない。彼の幼少期の名は玄武の宮。」


そんなかずさは、星羅の戸惑いの声に気づいていながらも、構う事なく1人で話を進めていく。


「それでも彼は捨てられなかったのね…。」

「…。」


そしてかずさはこの中庭を見下ろしている、大きな月を見上げた。




*****************




ガチャ


その門は天音が鍵を刺すと、鈍い音を立てて開いた。幸いそこに兵士はいない。


「やった!成功!」


天音は、無事に外に出る事ができ、思わず嬉しそうに声を上げてしまった。

そして、青は久々の外の空気に触れ、緊張からとき離れたのか、大きく息を吐いた。


「姉さんのお墓は、町の東側にあるはずなんだけど…。」


そして、天音と青はお姉さんのお墓へと向かおうと、とりあえず東の方向へと歩いて行くが、彼の記憶は曖昧のようだった。


「どこかな?」


天音は暗がりの中、青のお姉さんのお墓を見逃さないようにと、周りのをキョロキョロ見回しながら歩いて行く。


「あ…。」


その時、青がおもむろに声を漏らした。


…あの、香りだ。


「天音!こっち!!」


すると突然、青が今までにない弾んだ声で叫びながら、天音を追い抜き走り出した。


「え!ま、まってー!」


天音も慌てて、青の後を追いかける。

青は、そんな体力がどこに眠っていたのかと疑うほどの全速力で駆けて行き、天音もそれについて行くのがやっとだ。


「はぁ、はぁ、ここ…?」


天音は息を切らしながら、青になんとか追いついた。そして、青が足を止めたその場所を見渡して、天音は思わず息を飲んだ。


「うわー!すごいね!」


そこには、目を見張るような、一面の花畑が広がっていた。

その美しい花は、天音が今まで見たことのない花で、暗闇の中で白く輝いて見える。


「この花は月下美人。夜にしか咲かない花で、姉さんが好きな花…。夜にしか咲かないから、この場所にこんな花が咲いているなんて、知ってる人はほとんどいない穴場なんだ。」

「すごーい!素敵だね!」


そして、その花畑の隅には、ポツリと1つのお墓がたたずんでいた。


「青、お姉さんと2人っきりで話したいでしょ?私はこの辺探検してくるね。」

「うん。ありがとう。」


天音は気を利かせ、青を1人残し、その場を離れて行った。



「姉さん。」



ザ―

優しい風が青の髪を揺らす。

そこにまるで彼女がいるかのように…。


「姉さん心配しないで。僕はちゃんと外に出られたよ。」


青は、姉が眠るそのお墓に向かって、優しく語りかけた。


「1人で?」


その時、青の背後から声が聞こえ、彼の背筋が一気に凍りついた。

それは天音ではない低い声。そして、青のよく知る声。


ザ―


その時、強く風が吹き荒れた。


「どうして、あの女と一緒にいた?」

「お前に関係ないだろ…。」


その声は、青が二度と聞きたくない男の声。


「天音には二度と近づくな。」

「だから、お前には関係ない。月斗。」


その声の主は、いつものように、冷たい視線を送る月斗だった。


「…あいつは」

「帰れよ!!」


青は我慢できず、今までにない程、声を荒げ、その声は辺りに響き渡った。


「何しに来たんだ!」


もう月斗とは、二度と会いたくない。話したくもない。

そんな青は、闘争心を露わに月斗を睨みつけた。


「…今日が命日だろう。」


そう、今日は青の姉の命日。

だから青は、どうしても今日ここへ来たかった。

それは月斗も同じ。

青と青の姉の事を、月斗もよく知っていた。


「どうしてここに来れるんだよ…。」


青は下を向いたまま唇を噛みしめる。


「…。」

「お前が姉さんを殺したんだろ!!」


ザ―


青の声と風の音だけが、その場所に響き渡った。


「風花…お前の弟はずいぶん生意気になったな。」


お墓の方へ向かって、月斗がポツリとつぶやいた。

“風花”それは、青の姉の名前。


「…。」


青は下を向いたまま、顔を上げる事はない。


「いいか、アイツ、天音には絶対関わるな。」


そう言って月斗は去って行った。



「お前に…何がわかる…。何もわかってないのは、お前なんだよ。」


青はまだ下を向いたまま、その言葉を吐き捨てた。そんな青の足元で、月夜草が激しく吹く風に、煽られるように揺れていた。





「ただいまー!」



青が月斗と別れてしばらくして、天音が青のもとへ帰って来た。

もちろん天音は、そこに月斗がいた事には全く気がつく様子はなかった。


「おかえり。」


青は天音の声を聞き、安堵の表情を見せ、何もなかったかのように、いつも通り笑いかけた。


「お姉さんとお話しできた?」

「うん。そろそろ帰ろうか。」


そう言って、青がその場を離れようと、一歩足を前に踏み出した。


「お姉さん、よかったですね。」


その時、天音がもう一度お墓に向かって振り返り、ニッコリ笑ってそうつぶやいた。


「天音…ありがとう…。」


青の声が風の音に混ざり合い、天音の耳に心地よく響いた。


「青…。」


…青のお姉さんは幸せだ…。

こんな素敵な場所で眠っていられる。


そして

青が会いに来てくれる。

人は死んだら悲しむ人がいる…。



でも、生きている人の記憶の中で生きていける。




いつまでも…。




************



――――― 次の日



「天音…。」

「え?」


授業後、天音は今日も町に行こうとして、城を出た。そんな天音を呼び止めたのは、町を巡回していた兵士の辰だった。

町に異常がないかどうか、巡回する事もこの城の兵士の仕事であった。


「君に…。」


辰は神妙な面持ちで、天音の前に立っていた。

彼は決めていた。やっぱり天音には話さなければいけない。

反乱軍を止めたあの日に、辰は決心していた。

それが自分の役目であると。


「ねえ、…辰さん…。聞きたい事があるの…。」


しかし辰が話を始めるより先に、天音が話しを切り出した。

天音も決めていた事がある。

それは昨日青のお姉さんのお墓に行った時から。


「なんだ?」

「私の……お母さんは今どこにいるの?」


天音はためらいながらも、その言葉を口にした。

もう二度と口にする事はなかったはずの、“お母さん”という単語を…。

やはり、今知らなければいけない…。

天音はそう感じ始めていた。


―――もう逃げてはダメだ。







「まだ!?」


天音は辰に案内すると言われ、言われるがままについて来ていたが、その道のりは簡単なものではなく、険しかった。

険しい山道を、もう20分は登っている。

月斗のいる裏山よりも、さらに険しいこの道に、天音はギブアップ寸前のうなり声を上げていた。


「もう少しだ。」


しかし普段から鍛えているであろう辰は、こんな山道を、ものともせず、平然とした顔で天音の前をズンズン歩いて行く。


「まったく、何でこんな山の中なの!!」


天音は文句をいいながらも、必死に辰について行く。もう後戻りはできない。


―――― 私は知らなくちゃいけないんだ。


いつしかそんな思いが、天音の心を支配していた。

そして、その思いが天音の足を何とか前へ進ませている。


「ほら。もうそこだ。」


そう言って、辰が今まで見たことのない優しい笑顔で、天音に手を差し伸べた。


「え…。」


天音はその光景に目を奪われながらも、黙って辰の手を取った。辿り着いたそこは、山が開けていて、景色を一望できる、絶景スポットだった。


「ここは、夕日が一番きれいに見える場所なんだ。」

「…。」


夕日が少しだけ顔を出した時刻。

そこにはうっすらと赤く染まった、小さなお墓がポツンとひとつたたずんでいた。


「…。」



天音は口を固く結び、下を向いた。




…やっぱり……。




天音はなんとなくわかっていた。


「君のお母さんのお墓だ。」


天音の母親は、もうこの世にはいない。

それは天音がなんとなく予期していたものだった。


「ジャンヌ、天音だ。」


辰は、そのお墓に向かって目を細め、優しく話しかけた。彼がこの場所を、そして彼女を、大切に思っているのは一目瞭然だ。


「ジャンヌ…?」


天音は、いまいちピンと来ないその名前に、眉をひそめた。

その名前が本当に自分の母親の名前なのか…?と疑うかのように。


「ああ、彼女を、君の母親の事を皆そう呼んでいた。」

「…。」

「彼女は反乱軍のリーダーとして、国に立ち向かい、力尽きた。」

「…それって…。」


天音は辰のその言葉を聞き、大きく目を見開いた。


『民衆を率いたのは、たった一人の女性だった。』


その瞬間、士導長から聞いた話と、なぜかリンクした。

そう、確かめなくてもわかる。


…それは、きっと自分の母親だったこの人に違いない…。


天音の無機質な目がそのお墓だけを映し出していた。




――――知らなければいけない真実がそこにあった。





************





「運命は面白いように人をもて遊ぶ…。」

「…。」

「その運命が作りものだとも知らずに…。」

「何が言いたい…。かずさ…。」


かずさはいつもと変わらず、淡々と喋り続けた。




「全てあなたのシナリオ通りに…。」




光の入らないその部屋で、彼女のその表情は、誰にも見えない。















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