伝えられぬ言葉、受け継がれる思い
―――この世に叶ってはいけない願いはあるの?
『京司お前はこの国が好きか?』
『うーん。わかんない!!』
『あはは。そうだな。まだ4歳だもんな。』
『お父さんは?』
「ハッ!!」
京司は布団をはいで、飛び起きた。
「夢…?」
何事かと飛び起きた京司の背中は、なぜかぐっしょりと汗をかいていた。
そして、こんな夢を見たのは初めて…。
「お父さん?何なんだこの夢…。」
夢にしては、鮮明なものだったが、京司の記憶の中にはないものだった。
なぜなら京司は、父親の事をお父さんと呼んだ事は、今まで一度もなかった…。
************
その日、城下町では、誰が作ったのかわからない、号外と書かれた紙が、町の見回りをしている兵士の目を盗んで、配られていた。
その号外の内容は、この町にも反乱軍が攻め込んで来るという、なんとも物騒なものだった。
そして、この号外を配っているのは、きっと反乱軍側の人間だと、誰にでも容易に予想はできていた。
今や反乱軍は、少しづつ勢力を増して、この国を脅かす存在となりつつあった。
「へー、天師教のお膝元にも、反乱軍が来るって事かいな。もしこれで国が反乱軍に負けたりでもしたら…。」
りんもその号外を手に取って、そんな不吉なことをブツブツつぶやきながら、町を歩いていた。
「それも、面白いわね。」
「…また、どっからともなく現れたなー。」
すると、またも神出鬼没なかずさが、いつの間にか、りんの隣にいて同じように、その号外を手に取っていた。
しかしりんは、もう慣れっこだった。今では、どこからかずさが現れようと、驚かなくなった。
彼女が何のために、町にひょっこり現れるのかは、わからずじまいではあったが…。
「あなたは、どっちがいいと思う?このままか、それとも…。」
「わいが決めるんか?」
するとりんのその鋭い視線が、かずさを捕らえた。
しかし、かずさもまた、その視線から逃れるような事はせずに、ゆっくりと彼の方へと視線を向けた。
「それを決めんのは…。」
ゆっくりと口を開いたりんは、今度はかずさから視線を外した。
「時代や。」
りんはそう力強く答え、城の方へと視線を移した。
************
「で、俺に何しろって?」
京司は、この国の政を行う重鎮達、老中や士官達が集まる会議室のような、だだ広い部屋に呼び出されていた。
この国の政権を握っているのは、実質的に老中だ。表向きは、老中は天師教の補佐的役割だったが、彼がこの国の決定権を持っている。そして周りの者達も、ほとんどが、その老中の言いなりだった。
「天師教を信じろって?ハハハ。」
京司はバカバカしいと言わんばかりに、心なく笑った。この部屋に呼ばれた京司が、彼らから提案されたのは、天使教に反乱を止めるように、演説をしてもらう事だった。
この国は、天師教が絶対。天師教に背く事など許されない。反乱を起こすなど、もってのほか。
その事を、国民達に釘を刺すための演説を企画していたのだった。
「何がおかしいのです?」
老中は、京司のバカにするようなその笑い声に、思わず眉をひそめた。
この場で老中に歯向かう事が出来るのは、彼1人。
「嫌だね。」
京司は、彼らには簡単に従おうとはぜず、席を立ち、扉の方へと向かった。
京司にはわかっていた。反乱軍がそんな事で、止められるわけがない事を。そして、そんな事をしても何の意味もない事を。
「天師教様!!」
老中の隣に座っていた士官が、怒りを露わに天師教の名を呼ぶが、京司にはその声は届かない。
バタン
扉は大きな音を立てて、無常に閉じられた。
「まったく。あの坊ちゃんは、どこまで子供なんだ!」
「まったくだ。あの者が天師教では、収まるものも収まらない。」
士官の怒りは、収まる事はなく、声を荒げて怒り出した。また、老中の言いなりである、その場にいた他の者達も、京司のいなくなった今、本音を口にし始めた。
天使教の前では、ご機嫌をとっていても、本音では、自由奔放な京司の存在は、目の上のたんこぶでしかない。
京司の味方など、ここには一人もいない。
「黙って、こちらの言う通りにしていればよいものを…。」
とどめの一言を、老中が低い声でつぶやいた。
************
「反乱…。」
「え?」
星羅もその号外と書かれた紙を見ながら、ボソッとつぶやいた。そんな星羅のつぶやいた言葉を、天音は聞き逃さなかった。
「そうなんだよ!この町にも反乱軍が来るらしいよ!」
どうやら噂好きの華子が、さっそく町からこっそりと号外を仕入れて、部屋に持ち込んでいたようだ。
「反乱…。」
天音も星羅同様、その言葉を口にした。
しかし、どこかその言葉には、実感がわかない。反乱なんて、村で育った天音には、無縁の言葉であった。
それはこの町の人間も同じなのだろうか…。そんな事を考えながら。
「ま、でもここは、天師教様のお膝元!まー大丈夫っしょ!」
楽天的な華子は、そんなにたいしたことではないと思っているらしく、危機感を全く感じられない。
天使教がいれば大丈夫。それがこの町の考え方。
ただ星羅は、そんな華子とは対照的に、何かを考え込むように、その号外をじっと見つめていた。
「ねえ、反乱軍が来たら、ここはどうなるの?」
いまいち反乱という言葉に、ピンときていない天音は、そんな疑問を口にした。
「そりゃ、超ーー大変!」
「…超ーー大変って?」
しかしそれに対する華子の答えは、相変わらず適当で、よくわからないものだった。
もちろん、そんな単純な言葉では、天音は納得できない。
「天師教が殺されるかもしれないわね。」
「へ?」
そこで発した星羅の一言は、天音の想像を超えたものだった。しかし、反乱軍の目的は、この国を変える事。そして、それに天師教は、明らかに邪魔な存在なのだ。それを星羅は、的確に理解していた。
「星羅ー。そんなさらっと、怖いこと言わないでよ。」
そんな事が現実に起こってしまったら、この国はどうなるのだろうか?それは誰にも想像のつかない、恐ろしい事であった。しかし、そんな恐ろしい事を、いつもと変わらず冷静に口にする星羅に、華子はつっこまずはいられなかった。
「それじゃ、妃になれないの…?」
「いや、いや、天音そっちの心配?」
しかし天音は、星羅のその言葉の真意がよくわかっていないのか、どこかズレた考えしか頭に浮かばない。
「ま、でもこの町や城で戦いが起きたら、確かに妃どころじゃないし、私達もここにはいられなくなっちゃうよねー。」
しかし、天音の言う事にも一理ある。やっぱり一番に考えなければいけないのは、自分の身の上だ。
「そうだよね…。」
天音は話をしていくうちに、急に不安にかられていった。
やっぱり今一番大切なのは、国の事より自分の事。妃になれないのなら、ここにいる意味はなくなってしまう。
「…その先は?」
「え?」
そんな天音の考えを見透かしたように、星羅が天音の方をじっと見て尋ねた。しかし天音は、その真意がわからず、キョトンとした顔を見せるだけ。
「もし、反乱軍が勝利したら…。」
「だったら、反乱が始まる前に、妃になっておかなきゃー!!」
しかし星羅がそう言いかけた時、そこに割り込んできたのは、やっぱり空気を読まない華子だった。
華子は、なぜか自分の決意を大声で叫び始めて、その場の空気をぶち壊した。
「…そ、そうだね。」
その気迫に天音は、たじたじになって、華子を見つめるしかできず、星羅は呆れた様子で、これ以上話しても無駄。と言わんばかりに、窓の外へと視線を移した。
*****************
「よし、誰もいないっと。」
天音は自分の部屋を後にし、青の部屋へと向かっていた。城の中を歩くのは、もうすっかり慣れたものの。しかし、誰にも見つからないように、青の部屋へ向かうのは、気苦労が絶えなかった。
「おい。」
「!?」
充分注意しながら歩いていたはずの天音だったが、その時誰かに肩を掴まれ、ビクッと肩を震わせた。
「どこへ行く?」
天音はしまった。。と思いながらも、そこから逃げ出すわけにはいかず、恐る恐る後ろを振り向いた。
「…あなた…。」
天音はその人物を見て、思わず顔をしかめた。
そこにいたのは、あの日、薬をかがされたあの兵士だった。
天音は正直、彼とはもう会いたくなかった。
「私の名は辰。」
「ああ、辰さんね。」
天音は今すぐこの場から立ち去りたい一心で、辰を適当にあしらうとする。
「で、どこへ行くつもりだ?」
「いや、別に…。気分転換の散歩だよ。」
そんな天音の考えとは裏腹に、しつこく辰は聞いてくる。天音は仕方なく、苦し紛れの嘘をつくしかないが、おそらく彼にはバレバレに違いない。
「少しいいか?君と話しがしたい。」
「…。」
どうやら辰は、天音に話したい事があり、天音を探していたようだったが、天音はもう彼と話す事なんてなく、明らかに不機嫌そうな顔になっていた。
しかし、人のいい天音は、その真剣な辰の眼差しから逃れる事ができなくて、仕方なく、また彼と話しをするしかなかった。
「反乱を止めて欲しい。」
「ハ?」
辰が開口一番言った言葉に、天音はまた眉のしわを増やすしかなかった。唐突に言われたその言葉に、天音は何が何だかわからず、混乱するばかりだ。
「反乱?止める?私が?なんで?」
「反乱が今、各地で起こっている。この町にも反乱軍が来るという噂は知っているか?」
もちろんその話は、天音もつい先ほど聞いたばかりだ。
「聞いたけど…。」
「明日、この町にも、反乱軍の一陣が来るという極秘の情報がある。今この反乱を止めなければ、大きな犠牲が出る。」
天音は口を尖らせ、そう答えるしかなかった。
しかし辰はしっかりと、天音に訴えかけるように、天音をじっと見つめていた。やっぱりその眼差しからは簡単に逃れる事はできない。
「…じゃあ、あなたが止めればいいじゃない。」
「…天音。君に止めてもらいたい。君しかいない!」
天音は、そんな辰の熱い視線からなんとか逃れたいと、下を向いてそうつぶやいてみたが、そんな天音と正反対に、辰はさらに熱く訴えかけてくる。
「…それは、私が選ばれた何とかだから?」
また不機嫌そうに、天音は下を向いたまま、そう言ってみた。まるで拗ねた子供のように。
『そう、そして、石は選ばれし伝説の少女と共にある。』
そんな天音の脳裏に浮かんだのは、かずさに言われたあの言葉だった。
しかし正直、この話はもう、うんざりだった。石なんて知らないって言ってるのに。
「そんなの私には無理だよ。だって、みんな不満があるんでしょ…。」
「反乱によって多くの血が流れる。」
自分には、そんな事はできっこないと、辰に訴えかける事しか、天音にはこの場を回避する方法が見つからない。しかし辰は全く引こうとはせず、簡単には納得してくれそうもない。
「わかってるよ。そんなの間違ってるって。だからあなたが!」
「私は、今はこの城の兵士だ。何を言っても反乱軍には届かない。」
「だからって、私みたいなただの田舎者が言って聞くと思うの…。」
天音は、また口を尖らして、だんだんと声は小さくなっていく。
この人には、何を言っても言いくるめられてしまう…。
…どうしてこの人はこんなに…。
「ハハハ。」
すると、突然今まで怖い顔でしかめっ面だった辰が、口元に笑みを作って笑った。
「へ…?」
「変わってないな。不満があると、そうやって口を尖らせて下を向く癖。」
「え…。」
―――なんであなたがそんな事知ってるの?
「…君の母親にそっくりだ。」
「また、その話…。私にお母さんはいないって…。」
天音はもう聞きたくないと言わんばかりに、また目を伏せた。
自分には母親なんていない。
そんな話はもう聞きたくなんてない……。
*****************
「あなたはどうするの?反乱軍はもうすぐそこまで来てるわよ?」
かずさはなぜか、懲りもせず、また月斗の元を訪ねていた。
「あ?またお前かよ!たく何者だよ。」
月斗は、やっぱり威嚇するように、かずさを睨みつけた。ここまで彼女を邪険にしているのに、それでも彼女が月斗に構ってくる理由は、月斗にはまったく心あたりがない。その事がさらに月斗を不機嫌にさせていた。まあ石に関する話なのは、確かだが…。
「あなたは、石が欲しいわけじゃないみたいだし、じゃあ、誰のためにこの国を壊したいの?」
「ハ?」
かずさは、まるで全てを見透かしたような口調で、月斗を挑発しだした。
そして月斗は、まんまとその挑発に乗せられ、ますます不機嫌な声を出した。
「まあ、いいわ。明日面白いものが見れるわ。午後4時この町の入り口に来て。」
「あ?何だそれ。」
どうやら、かずさはその事を伝えるために、ここまでやって来たようだ。しかし、月斗は真面目に取りあおうとはしない。こんな素性のしれない女の言う事を間に受けるほど、彼もバカではない。
「来るか来ないかはあなた次第。」
かずさは、意味深な言葉を巧みに操り、相手を惹きつけるのが上手い。それが彼女のやり方だと言う事はわかっていても、その言葉に誰もが引き込まれていく。
「お前…何を知ってる…。」
そして、月斗もかずさの事を警戒をしているはずだった。全てを見透かしているようなそのかずさの目を。しかし、やはり彼女の言葉に、耳を傾けずにはいられない。
「…青いうさぎは、彼女のお気に入り…。」
「あ?」
かずさがポツリとつぶやいた言葉に、月斗は意味がわからず、また不機嫌な声を出し、眉をひそめた。
「この世には知らない方が、幸せな事もたくさんあるわ。でも、それじゃあ、また大切なものを失うだけよ。それじゃあ、明日。」
そう言ってかずさは、そそくさと、その場を去って行った。
彼とまた明日会う事が当然。と言わんばかりの言葉を残して。
「…あの女。何知ってやがる。」
そんなかずさの不可解な言動に、月斗の警戒心はますます強くなるばかりだった。
*****************
「私のお母さんを知っているって人に会ったの…。」
天音は辰と別れた後、当初の予定通り、青の元へ足を運んでいた。
そして、青にさっきの事を話してみようと思った。
青だってお姉さんの事を話してくれた。だから青になら相談できると思った。
「お母さん?」
青はその言葉を不思議そうに聞き返した。
「私にはお母さんも、お父さんもいない。私ね、捨てられたの赤ん坊の時に…。」
青なら、きっと真剣に聞いてくれる。そう天音は確信していた。
だから真実を話した。
「そう…だったんだ…。」
青は少し寂しそうに天音を見つめる。
「別に寂しくないよ。私には私を拾って育ててくれた、じいちゃんがいるし!でも…。」
天音は目を伏せた。
「その人は私のお母さんを知ってるみたいで、なんでかわからないけど、私に反乱を止めて欲しいって。」
「天音は、自分の母親の事、知りたくないの?」
「知りたくなんかない…。私を捨てた人の事なんか…。」
天音のその気持ちだけは、頑固として譲らないものだった。
青はそんな天音の言葉にじっと耳を傾けた。
「だから、自分を捨てた母親の知り合いの言葉は、信じられない?」
「…。」
天音は、下を向いたまま何も答えられなかった。
彼はただ、母親の知り合いなだけ。天音を捨てた張本人ではない。
「僕も両親を幼い頃亡くしたんだ。」
今度は青が自分の事を話し出した。
「そう…なんだ。」
この間はお姉さんの事をきいたが、まさか青も両親がいなかったなんて…。
「それからは、姉さんと2人だった。でも、姉さんはいつも優しくて、僕の母親変わりだったんだ。」
「そっか。」
青がお姉さんの話をする時は、穏やかな顔になる。青が本当にお姉さんの事が、大好きだった事がよくわかる。
「でも、姉さんは殺されたんだ…。」
「え…。」
青は力一杯唇を噛みしめ、その顔は、先程の穏やかな表情から一変した。
天音はその事実に、言葉を失うしかなかった。
「それから僕は独りになった。」
その話の結末は、やはり悲しいものだった。そして、青の表情も悲しみに満ちていた。
『反乱によって多くの血が流れる。』
その時天音は、なぜか辰の言葉を思い出していた。
「誰かが死んだら、悲しむ人がいるのに…。」
そして、天音の口から自然とその言葉がこぼれ落ちた。
「お母さんの事抜きにしても、ただその人は、天音に協力して欲しいだけなんじゃないの?」
青は天音の言葉を聞いて、また、元の穏やかな表情に戻っていた。
「…どうして私なんかに。」
「天音。私なんかって言わないで。君には他の人にはない素晴らしい所が、たくさんあるんだよ。」
「え…。」
天音は、青にそんな風に面と向かって褒められて、ポカンと口を開けて固まった。
「なんでかわからないけど、もしかしたら、その人もそんな天音の魅力に気づいてるんじゃないかな?」
「…そんなはず…。」
そんなはずない。彼と出会ったのはつい先日の事。
『変わってないな。不満があるとそうやって口を尖らせて下を向く癖。』
…そんなはずない…。私は赤ん坊の頃に捨てられたんだから…。
天音は心に浮かんだその疑問を、慌てて消し去るように、そう自分に言い聞かせた。
*****************
『飾りだけの妃はいらないって。』
京司は、その天音の言葉を思い出していた。
飾りだけの天使教もいらない…。
それを気づかせてくれたのは天音だった。
この国に必要なのは…。
*****************
「反乱…。」
星羅は1人いつものその部屋で、考えごとをするように、窓の外をぼーっと眺めていた。
『どうしてみんなケンカするんだろう?』
『うーん』
『そうだ!星羅の歌を聞いたら、きっとみんなケンカ止めるよ!』
『そうかな!』
それは、遠い昔の記憶…
「♪ ~♪~♪」
すると星羅は一人の部屋の中で、小さな消え入りそうな声で、自然と歌を口ずさんだ。
…なぜだろう、もう、歌う事なんてないと思っていたのに……。
パチパチパチ
すると、歌が終わったとたん、星羅の耳に突然、拍手が聞こえた。
「え?」
星羅は、まさかそこに人がいるとは思わず、驚き、勢いよく振り返った。
「歌上手いね!そんなに驚かなくても。私だよ。」
「華子…。」
部屋にいないと思っていた華子が、いつの間にか戻って来ていたようだ。
どうやら華子は、星羅に気づかれないように、そーっと部屋に入り、星羅のその口ずさむ歌声を聞いていたらようだ。
「星羅がこんなに歌上手いなんて、知らなかった!」
華子は興奮気味に、星羅に向かってそう言った。
そう、華子はわかっていた。自分がいる事がわかったら、彼女はきっと歌う事を、すぐやめてしまうだろう。
星羅の歌声は、いつまでも聞いていたくなるような、そんな素敵で人を魅了する、歌声だった。
「…ただ口ずさんでいただけよ…。」
星羅は素っ気なくそう言って、視線を華子からそらした。
「口ずさんだだけでこんな上手いなんて、本気で歌ったらもっと上手いじゃん!!」
星羅の歌声に魅せられた華子は、尚も興奮気味に星羅を褒めちぎった。
「…。」
「誰のために歌ってたの?」
「え…。」
華子の口から出たその質問は、星羅の意表をつくものだった。
「どうせ男じゃないの!」
やっぱり、華子は華子だ。悪戯っ子のような顔でそう言ってニヤニヤと笑い出した。
華子はこの手の恋愛話が本当に大好きのようだ。
「何言ってるのよ。」
そして星羅は、いつものようにクールに返すだけで、まともに取りあおうとはしない。
「そうでしょ!照れないでよー。」
「そんなわけないでしょ。」
このやり取りがこの後、しばらく続いた事は言うまでもない…。
*****************
「どうしたんじゃ?」
「聞きたい事があって。」
天音は、青の部屋を出た後も、やはり心のモヤモヤは解消されず、士導長の所へ足を運んだ。
「何じゃ?聞きたい事とは?」
士導長は今日も快く、天音の話を聞いてくれた。
「どうして、反乱は始まったんですか?誰がいつ考えたの?」
天音はいつしか、反乱の事が頭を離れなくなり、ついには反乱についてもっと知りたいと思うようになっていた。いや、知らなければならないと思った。じゃなければ、彼が言った反乱を止める、その真意を理解できないと思ったからだ。
「んむ…。難しい質問じゃな。」
しかし士導長は、その質問に眉をしかめて、難しい顔を見せた。
その質問に簡単に答えるなんて、到底できるわけない。
「え?士導長様は何でも知ってるんでしょ?」
「ホッホッホ。私は何でも知っているわけじゃないよ。」
やっぱり無知で純粋な天音は、なんでも知っている士導長なら、すぐに答えてくれると思っていたらしい。
「そうなんだ…。じゃあ、どうしたら反乱はなくなるんですか?」
それでも天音は尚も質問を続ける。
「これは、また難しい質問じゃ…。」
士導長はさらに顔をしかめ、低い声でそう答えた。
「…そんな簡単な答えがあれば、反乱は今起こってはいないじゃろうな。」
そして、士導長が真剣な声つきでそう言って、窓の外を見た。
「…そうですよね。」
確かに士導長の言う通りだ。これはそんな簡単な問題ではない。
天音は改めて、この問題の難しさを感じていた。
この世には簡単に答えが出る問題ばかりではない…。
天音はその事を初めて知った。
「では、ひとつ話をしよう。きっと参考になるじゃろう。」
「え?」
そうして士導長はある話を始めた。
「昔、大きな反乱が起きた事があった。民衆は一つとなりこの国を変えようとした。」
「へー。」
…昔から反乱はあったのか…。
「この城の者達は、この反乱には敵わないのではと思ったほど、大きな反乱だった。民衆が何故それほどまでに、脅威となったのか?」
士導長が天音に問いかける。
「え…?」
しかし、天音は、すぐにその問いに答える事ができなかった。
「その反乱を率いた人物。上に立つものだ。」
士導長の真剣な眼差しが天音を見つめる。
「民衆を率いたのは、たった1人の女性だった。」
「女の人?」
天音にとって、その答えは意外なものだった。
反乱を起こす人なのだから、きっと強い男の人だろうと、天音は勝手に想像をしていた。いや、天音でなくとも、そのように想像するに違いない。
「彼女は恐ろしいほどの、カリスマ性を持っていたそうじゃ。誰もが彼女を信じ、民衆は1つになった。」
そう言って士導長は少し間を置いた。
「しかし、その反乱は失敗に終わった。」
「え?どうして?」
天音は間髪入れずに、士導長に聞いた。
その先の答えが早く知りたくてたまらない。
「さあ、詳しくはわからないが、その反乱は失敗に終わり、彼女は命を落とした。」
「えー!そこが肝心なんじゃないの!?」
士導長は、なんとも歯切れの悪い結末しか教えてはくれなかった。
天音はがっかりして、思わず大声で叫んでしまった。それがわかれば、反乱を止めるヒントになったかもしれないのに…。
「じゃあ、どこら辺が参考になるんですか?」
天音には、その話のどこが反乱を止める方法と、関係があるのか、いまいちピンと来なかった。
「さーな。」
指導長はニッコリと笑顔でそう答えた。
「へ?」
*****************
―――そして次の日
「天音……。」
辰は村の入り口で天音を待っていた。きっと彼女は来るだろうと信じていた。
辰には、確信に近い何かがあった。今この反乱を止められるのは、彼女しかいないと。
「アレー?1番乗りがおった!」
そこに現れたのは、辰の待っていた人物ではなかった。
「何者だ。」
「わいは、ただの一般町民。反乱が来るっていうから、見学しに来たんや。おっさんは、その格好からして、いや、どっからどー見ても兵士やな。」
そこに現れたのは、りんだった。
りんもどこから仕入れたのか、反乱軍が来るという、極秘情報を掴んでいたのだった。
そんなりんは、いつものようにヘラヘラと笑いながら、辰に近づいていった。
しかし、そんなりんに辰は身構えた。ただの一般町民が、そんな極秘情報を知っているはずない。
「で、あんたは何しに来たん?あんた1人にこの反乱止められるんか?」
「止めなければ…。」
「それは、国のために?」
りんの表情はいつの間にか、笑顔から真顔にすり替わり、辰にそう尋ねた。
「ああ…。」
その辰の言葉には、強い意志が感じられた。
「んな簡単にいくんかなー?」
しかし、りんはいつものように、呑気にそう言って、空を見上げた。
「彼女はきっと来る。」
辰はそう自分に言い聞かせるように、ポツリとつぶやいた。
「…やっぱり、天音…か…。」
りんがまた、密かに口元に笑みを浮かべた。
りんは、しっかりと聞いていた。先程、辰がその名をつぶやいていた事を。
***************
「あなたは、誰のために歌うの?」
「え…?」
城の中を歩いていた星羅の背後から、見知らぬ声が聞こえ、思わず振り返った。
その言葉は、昨日と同じ言葉。
それはデジャブ?
「誰…?」
星羅の背後に立っていたは1人の女。
フードを深く被って、いかにも怪しい佇まいから、妃候補でない事は容易に想像できた。
「天師教のため?」
その女は当たり前のようにそう尋ねた。まるで全てを知っているかのように。
「誰なの。答えて。」
さすがいつも冷静な星羅は、簡単にうろたえたりしない。
しかし星羅は警戒し、それ以外の言葉は発しようとはしなかった。
「天音…動くわよ。」
しかしその女は、星羅の質問には答えずに、どんどん話を進める。
まるで自分が、何者かわかってるでしょう?といわんばかりに。
「あなた、能力者ね。」
そして星羅は確信していた。
「能力者ね…。そう呼ばれる事もあるけど、私はあなたと同じよ星羅。」
全てをお見通しのその女はもちろん、星羅の名も知っていた。
そう彼女は全てを知っている。
「天音、面白いでしょ?」
「…。」
何を言っても無駄だと思ったのか、星羅は口を固く閉ざした。
「そんなに身構えなくても、取って食ったりしないから、安心して。あ、あなたにも教えてあげなきゃね。」
星羅は警戒したまま、その女をじっと見つめていた。
掴み所のないこの女とまともに取り合っていいものか…と…。
「今日あなたの思い人に会えるわよ。」
「え…?」
しかし彼女はどこか面白そうに、少しだけ笑みを浮かべた。
「あなたには全てお見通し?」
星羅はその言葉の真意を掴むために、そんな事を言ってみた。
「…反乱はどうやったら止まる?」
「…何が言いたいの?」
脈絡のない彼女の問いに、星羅は何と言って返したらいいのかわからず、眉をひそめた。
「答えが知りたければ、今日の授業の後、町の入り口に来ることね。」
そう言ってその女は星羅に、背を向けて去って行った。
***************
「え…?」
あれから一体どのくらいの時間が経ったのだろう。人懐っこいりんは、すっかり辰と打ち解けて、二人で話し込んでいた。
辰も最初は警戒していたものの、彼はどうやらこの反乱に手を貸す事も、止める事も考えていないと知り、少し気を許し始めていた。
「今何て…。」
しかしそこで、りんは衝撃的な事実を知った。
「娘だ。」
「なんやて…。天音が…彼女の実の娘やて?んな話…。」
りんはあまりの驚きに言葉を失った。辰から聞いたそれは…。
「それが彼女がここにいる意味なんだ。」
天音が反乱を止める、その真意。
辰は力強く前を向いていた。
「んな偶然…いや…偶然やないか…。」
りんは、気がついていた。それが…
「運命。」
「なるほどなー、だからおっさんは、天音は必ず来ると信じているわけか!」
「ああ。」
「運命ちゅうのは、よくできとる…。」
りんは確信していた。これから、ここで起こる事がこの国を変えることを。
やはりそれは、りんの直感にすぎないのだが。
「なんや、お前も来たんかいな?」
「…。」
そして、そこに到着した、新たな人物を見て、りんはまたヘラヘラと笑った。
「あんたも使教徒なら、見とかないとな。」
「は?」
そこに現れた月斗は、やはり今日も機嫌が悪く、しかめっ面だった。
どういう風の吹きまわしか、いや、ただの気まぐれか、月斗は昨日かずさに言われた通り、この場所へとやって来ていた。
りんは、何故か月斗がここへ来た事へは、全く驚きを見せず、ましてや来るのが当然くらいに思っている。
そして、彼は予感している、これから起こる事の重要さを。
タッタッタッ
その時、彼らの耳に聞こえてきたのは、誰がかけてくる足音だった。
「ん?」
その足音が聞こえてくる方向を振り替えり、りんが眉をひそめた。
なぜなら、その足音は町の外ではなく、中から聞こえてきたからだ。
「ナ…。」
その光景を見た辰は言葉を失って、固まった。
「お前…。」
りんもその姿を見て目を見開いた。
「なんでお前が…?」
そしてもちろん月斗も、彼を見て怪訝な顔を見せている。
***************
「ハァ、ハァ、ハァ。」
その頃、天音は町の入り口へと走っていた。天音には、やはり、見て見ぬふりなんてできなかった。反乱は確実に、この町にやってくる。
『今この城下町は、平和で栄えている町だが、この国には貧しい町や村が沢山あり、不満をかかえている人々はたくさんいる。』
『変わったんだよ…この国は…。』
『反乱によって多くの血が流れる。』
『誰かが死んだら、悲しむ人がいるのに…。』
…だって私は…。
『私は知らなきゃいけない気がする。』
『それが出来なければ、妃になる事はできない。』
…妃になるために、ここへ来たんだから!
*****************
「何しに来た…。」
月斗はいつものように、彼を冷たく睨む。
できれば、もう一生彼の顔など見たくはなかった。
「まったく…。あんたの脱走癖は相当やな。」
さすがのりんも、この時ばかりは、苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「天師教…様?」
辰が彼の顔を見て、その名を呼ぶ。
辰は城の兵士の中でも、かなり上の地位にあるため、天師教である彼の顔を見たことは数回ほどあった。
そんな彼の顔を、まさかこんな場所で見るなんて、そんな事あるはずがない。辰は信じがたい、と言わんばかりに、顔をしかめた。
しかも、彼はふらっとたった1人でやってきた。
「いや、まさか…。」
「いや、ホンモンやろ。」
辰は、未だ信じられないという様子だったが、りんはそんな辰に、さらっと真実を告げた。目の前にいる彼こそが、天使教に間違いはないと。
「何しに来たってんだよ!」
やっぱり、こんな時でも月斗は、京司に相変わらずくってかかる。
「決まってんだろう。反乱を止めに来たんだよ。」
とりあえず、月斗のその問いには答えたが、3人に目もくれず、京司のその目は、真っすぐと前を向いていた。
そう、この町の外へと。
「待て!」
「は?急いでるんだけど。」
京司が一歩、歩を進めると、それを真っ先に止めたのは、月斗だった。
先を急いでいるというのに、それを阻まれた京司は、うざったそうに、睨みをきかす月斗の方を見た。
「笑わせんな。天師教のお前が反乱を止めるだと?」
さらに月斗は、ケンカごしでつっかかる。
「だから、急いでるって言ったの聞こえなった?」
しかし、京司はそんな月斗に構っている暇はない。
イライラし始めた京司も、ケンカごしになるしかない。
「チンピラとケンカしている暇はないんだよ!」
「ハ?」
そう言って、京司はグダグダ文句をいってくる月斗を振り切って、また歩き出した。
「なんや面白そうやん!!」
そんな2人を見ていたりんは、また面白そうに笑って京司の後ろをついて行く。
正直、りんも天師教の彼が一人で反乱を止めに来るなんて、思ってもみなかった。
そして、彼がこんなにヤンチャな、口の悪い青年だったなんて事も、今になってやっと分かった。
「わいは見たいわ。どうやってあんたが反乱を止めるのか。」
りんがニコニコしながら、じっと京司の背中を見て言った。
「…。」
京司はそんなりんの言葉に、思わず足を止め、少しだけ振り返った。
そしてどこか嘘っぽいような違和感のある、りんのその笑顔を見て、眉をひそめた。
「あんたにそれができるんか?」
「…。」
りんは口元に笑みを浮かべたまま、しかし声のトーンを低くしてそう言った。そして、その鋭い瞳で京司を見た。
パカパカ
その時、沢山の馬の足音が町の外から聞こえた。
「さあ、おでましやで。」
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「京司…。」
そして、その光景を目の当たりにしていた人物がもう1人いた。
「やっぱり。来たようね。」
「…。」
そう、その光景を木の陰からそっと見ていたのは、星羅だった。
そして、星羅にここへ来るよう伝えたかずさもまた、見物にやって来たようで、いつの間にか星羅の横にいた。
星羅はかずさを見て、また怪訝な顔を見せた。
「まだ名乗ってなかったわね。私はかずさ、あなたと同じ使教徒。」
「…使教徒。」
星羅は、その言葉に心当たりがあるのか、噛み締めるように、つぶやいた。
…やはりこの女もそうだったか…。
星羅にはわかっていた。かずさもそうであるにちがいないと。
「会えたでしょ?あなたの会いたかった人に。」
「…。」
その言葉に星羅はまた、口を硬く結んだ。
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「くっそ。もうここまで着ちまったじゃないか。」
京司は町の外で彼らを止めたかったが、町の入り口でごたごたしているうちに、反乱軍はもうそこに到着してしまった。馬に乗ってやって来たその集団は、思ったよりも小規模で、人数はざっと30人くらいだろうか。
「止まってくれ!」
そして、京司はその集団の前に駆けて行き、大声で叫んだ。
「あ?なんだ坊主?邪魔だ!」
その集団の先頭にいた男が、京司に向かって叫んだ。京司が天師教だなんて、彼らは知らない。簡単にあしらわれて当然だ。
「ここから先に行かせるわけにはいかない!」
しかし京司は間単に引くわけにはいかない。
「何なんだ?お前?」
「反乱を止めてくれ。今すぐ。」
「どけって言ってるのが聞こえないのか?」
その先頭の男が一人、前に出て来て、馬から下り、威圧的に京司に迫る。その男は京司よりも、おそらく一回り以上、上の年齢だろう。体つきはがたいがよく、辰といい勝負だ。そんな男の前に立つ京司は、まるで幼い少年だ。
「リーダー。放っておきましょう。」
1人の別の仲間が、先頭の男に声をかけた。
どうやらこの男は、この反乱軍のリーダーのようだ。
「どくわけにはいかねんだよ。」
しかし京司は、先を急ごうとする彼らに、尚もつっかかっていく。これ以上先に進ませるわけには、いかない。
「坊主。これは、遊びじゃない。」
リーダーと呼ばれるその男が、腰に刺さる剣を抜いた。
「待って!!」
「やっと到着やな。」
後ろで傍観していたりんが、ぽつりとつぶやいた。
「え?」
そして、京司はその声に思わず後ろを振り返った。
「天音……?」
その様子を木の陰から見守っていた星羅も、また目を見開いて驚いた。
そう、そこに現れたのは紛れもなく彼女だった。
天音は一歩、また一歩と京司の近くへと歩を進めた。
「天音…?」
京司も、まさか天音がここへ来るとは思わず、困惑の表情を見せていた。
「なんなんだ?子供は引っ込んでろ。俺らは行かなきゃいけない。」
1人の少女が加わった事に、リーダは剣を構えたまま、いらだち始め、声を荒げた。
その剣がいつ振りかざされても、おかしくない。
「この町を壊すな。」
京司は、天音を守るように彼女の前に立ちはだかり、リーダーを真っすぐ見て、そう言った。
ここで彼らを止めなければ、彼らはこの町に入り、この町をめちゃくちゃにするはずだ。それだけは阻止しなければならない。
「京司…。」
天音は足を止めて、目の前に立つ京司の背中をじっと見つめた。
「坊主。これは戦いだ。」
しかし、彼らが簡単にそれに応じるはずなどない。
「頼む!」
京司はリーダーの前で突然深々と頭を下げた。
「な…。」
辰はこの光景に言葉を失った。
この国のトップに立つ天師教が、反乱軍のリーダーにこんな簡単に頭を下げるなど、誰が想像しただろうか。
「お願いします!私からも!」
天音も京司の横に立ち、リーダに懇願して、彼と同じように頭を下げた。
「お前らに何がわかる!こんな裕福な城下町で、何も知らず暮らしてるお前らに!」
しかし、彼がそんな簡単に話の通じる相手ではないのは、当たり前だ。そんな風に簡単に話しができるならば、反乱など起こるわけがない。彼らの不満は一言では表せられない。その不満が頂点に達した結果、今この反乱が起ころうとしているのだから。
そんなリーダーの怒りは、もう限界に達していて、今にも剣を切り付けそうな形相だ。
「頼む…。」
そう言って、京司は地面にひざをついて、土下座をし始めた。
「京司…。」
隣にいた天音は、京司の強い思いを感じていた。
彼は、何としてもここを守りたいんだ…。
天音も感じていた。この町には、天音の村にはないお店や食べ物があり、確かに裕福な町だが、それがこの町の魅了でもある。そんな町が壊されるのは、胸が痛む。
「お前の土下座に何の価値がある!」
しかし、そんな京司を見てリーダーは、罵声を浴びせるだけだ。京司の思いは天音にしか届かない。
「…。」
りんは固唾を呑んでその様子をじっと見つめていた。
価値?
俺の価値?
天使教の価値?
なんだそれ?
「アハハハ!」
その瞬間、突然、後ろでその様子を見ていたはずの月斗の笑い声が、その場に響き渡った。
「傑作だな。」
京司の無様なその様子を馬鹿にするように、月斗が言葉を吐き捨てた。
お前一人に何ができる?
その立派な名前には何の価値もないんだよ。
まるでそう言われているも同然だった。
「月斗…?」
しかし天音には、月斗のその笑いの意味はわからない。
「お前に俺達の苦しみはわからない。」
するとリーダーが、先程とはうって変わって、落ち着いた様子で、静かに口を開いた。
「そうだよ。わかんねーよ。」
そして、京司がゆっくり顔を上げてリーダを見た。
「なんだと?」
その言葉に反応したリーダーは、眉をひそめた。
「あんた達の苦労は知らない!でも、あんた達だってこの町のいい所は知らない!」
「何…?」
そして、またリーダーの表情は一変した。
「あんた達にこの町を壊す権利があるのか?この反乱には、この町の人間の生活を壊す価値があるのか?」
この城下町で反乱を、戦い起こせば、確かに国を脅かす事はできるかもしれない。しかし、それによって、この町の人間が被害を被る事は、免れないだろう。
「…。」
リーダーは思わず口を噤んだ。
「反乱だかなんだか知らないけど、あんた達はちゃんと考えてんのか?この町の事を!この国の事を!」
ーーーー それは誰への言葉?
「ここで今、反乱を起こしても、この国は変わらない。」
京司は力強くそう言った。
「…。」
そこで初めて、その熱い視線がリーダーに突き刺さった。
「血を流せば変わるの?」
その時おもむろに、天音が口を開いた。
「町を壊せば、城を壊せば変わるの?あなた達の不満は解消されるの?」
リーダーは天音の方へと視線を移した。
「…ああ。」
「ウソ!!」
今までにない強い口調で天音が叫んだ。
「天音…。」
辰は天音に熱い視線を送り、その様子を見守る。
「この町のいい所も知らないで、どうやって変われるの!」
「…。」
思わず、リーダー達、反乱軍達はその言葉に聞き入る。
「あなた達だってわかってるはずでしょ?どんなに貧しくったって、苦しくったって、しちゃいけないんだよ…。人の命を奪う事はしちゃいけないんだよ。」
天音は真っすぐとリーダーの方を向いてそう言った。
「…どんな悪人でもか…?」
リーダは天音に問いかける。
「そんな権利は、人間にはない…。」
いつしか、その目は天音の目の色ではなかった。
そしてその言葉は天音のものなのか?
「あなた達に…この国は変えられない…。」
彼女のその目は何を見ているんだろうか…
「人は死んだら悲しむ人がいる…。」
「…。」
「反乱は…。」
その瞳に映るものが何なのか、誰も知らない。
「反乱は今じゃない…。」
ーーーー!?
「え…?」
「時は満ちていない…。」
「ジャンヌ…。」
辰がその名を口にした。
口にする事を禁じられたその名前を…。




