冗談
「お爺ちゃんが出産するので帰ります」そう言って僕は学校を早退した。
冗談だけどね。
僕は冗談と言うものが好きだ、どのくらい好きかと言えば三食の飯より、真珠や高価な宝石より、そのほかの何をおいても冗談が好きだ。勿論これも冗談。
ただ、そこまではいかないまでもやっぱり冗談が好きなのである、冗談のどんなところがいいかと問われれば、それは儚くて美しい所という他ないだろう。
儚くて美しい、と言うかその儚さこそが美しさを助長させていると言えるのかもしれない。真実をいつバレるかもわからない薄い人為的なベールで隠す、その様は美しい物もあるしそうでない者のもあるだろう、しかしそのベールには故意的な意思が必ず織り込まれていて、ほとんどの確率で同じ感情で作られた同じ冗談は存在しない、あったとしても必ず受け取られ方に微弱の差異が存在するはずだ。
いつ壊れるかもわからないのに、人々を信じさせるもの。それが僕の考える儚くて美しい冗談の正体である。
だから、政治とは冗談の塊で、宗教とは冗談の塊で、人間の心とは冗談の塊で、この世の多くは多種多様な冗談によって構成されており、冗談まみれの世界に僕たちは生きている。冗談みたいなこの話を、僕は冗談半分に信じている。
とどのつまり、儚く美しい冗談を、僕は冗談みたいに愛しているのだ。
いつかはばれる儚さに、取り繕う美しさに、心を奪われてしまっているのだ。
僕がこんな冗談狂いになってから、はや百年が経とうとしている。冗談さ、精々五年ぐらいの話のはずだ。正確には憶えていないけれど。
あれは五年前の夏の日、そんな月並みの表現で回想シーンへの突入をお知らせしたいと思う。以下過去話を冗談十割でお送りしよう、冗談だけど。
五年前、つまり十三歳の僕はおじいちゃんが出産するらしいという事で、田舎の祖父母方へ「遊んで来い」と一人預けられていた。冗談の個所はもう指摘しなくともわかってくれることを願う。
そこで出会ったのがおじいちゃんの恋人の源三郎さん、ではなく、田舎の僕のいとこにあたるらしい一人の可愛らしい女の子だった。名前はもう覚えてない、まぁ冗談。でも言いたくはないので仮に源三郎とでもしておこうか。
そこで、僕と源三郎は出会った。始めはお互い異性という事もあり、いらない意識をしていたのだけど、子供の少ないど田舎だったためか、一度、川でバカ騒ぎを起こしてからというもの、僕と源三郎の間にあった気まずい何かを僕たちは忘れてしまった。
あの時の事は印象的で、今も割と鮮明に覚えていたりする。
あの濡れた源三郎の、透けて肌に引っ付いた白ティーシャツ姿、それは年不相応に色っぽかった。
おぇぇぇぇぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇぇええぇえ
笑えない冗談。
やっぱりあの子の名前を適当に源三郎と置いた事はよくなかった、筋肉ムキムキのオジサンがずぶ濡れになった図しか思い浮かべることができない……、僕のあの甘酸っぱい思い出を返せ、源三郎。
源三郎は気持ち悪いので、以下なんと示せばいい物か。普通に女の子であるから、彼女、でもいいのだが、結果的に言えば僕はその女の子と恋人に成れたわけではないから、とどのつまり、彼女は彼女であっているのだがそれでも彼女は彼女ではない、という事で彼女という表記はすこし彼女を彼女にする事が出来なかった後悔の念がよぎるため、是非とも避けたいのである。
ので、他の呼び方を探したいのだが、本名は放送コードに引っかかってしまうので不可能、冗談なことに残念なことだ。
まぁ、あまり考えることも無駄なような気がしてきたので、頭文字を取り、ちゃん付けし「チーちゃん」とでもすることにしよう。昔読んでいた呼び方だ、懐かしい。なんて、中学生に入っている年で女をちゃん付けで呼んでいた自分よ、勿論冗談だろ?
話を戻そう。チーちゃんと僕はひと夏の間ほとんどの時間を共有していた、一緒に遊んでた、とかそんなレベルではなく、二人して爺ちゃんの家に泊まり、二人して食事し歯を磨き寝る。風呂は……憶えていない。冗談だが、そういうことにしておこうと思う、お互いの為に。
そんな生活を共有していた仲で、僕は出会い初めとは違った意識をチーちゃんに抱くようになっていた。
それは、誰しも解るような、憎しみと言うもので隣で寝ているときに蹴ってくる、何かと突っかかり小突いてくる、隙を見てはくすぐってくる、といった行動に対するもので、日々僕は憎しみを募らせていった。なんてのは冗談冗談。
初恋だった。
手癖の悪いすぐに何かする子だったけど、僕が気づいたときにはどうしようもなく好きになっていた。
それこそ冗談みたいに。ころっと、僕は惚れこんでいったのだ。
その気持ちに気付いた後、過ごした夏休みの後半は彼女を意識しっぱなしの日々だった。あと何日この笑顔を見れるだろう、そんな事を考えながら過ごした日々はちょっと刹那的で、成長しきっていない僕にとってはちょっと切なすぎる日々だった。
田舎から住んでいた町へ帰る前日は、夏祭りの日だった。浴衣姿のチーちゃんの手を引き祭りへ足を急かしたあの日は、生まれてこの方一番充実していた日だと言えるだろう。
世界一幸福な人間にでもなった気分を感じた。なぜなら、意中の相手に告白されたから。
空に大輪が咲く瞬間。真っ赤にした顔で。
「私ね、〇〇の事、好きだよ」
そういってとても柔らかい、唇を当てた感触を僕の頬に頂いた。
そして。
「冗談だけどね」
「えへへっ」と照れた口調で、口付けした僕の頬に今度は二度、つんつんとつつき「また、来年会おうね」と約束を交わした。
それは儚い冗談だった、そして美しい冗談だった。その冗談は僕の心を魅了しきってしまうには、あまりにも十分で、今も僕は魅了され続けている。
なーんて。
全部冗談だけど。
「おーい、カズ、何でこんなとこで寝てんの」
チーちゃんではなく、源三郎でもない影が、屋上で寝っ転がっていた僕の頭部に射した。これはちょっとだけ冗談。
「うっせぇ、早退が却下されたからここに居んだよ」
「あぁ、おじいちゃんが出産するって奴か、そりゃ却下されるでしょ」
「教師共はユーモアとカルシウムが足りないっつーの、あんな怒鳴ることねーだろ、あいつらの机の上牛乳まみれにしてやろうかな」
あきれ顔の友人に向って、ははっ、と一つ笑って見せた。
「冗談?」
「勿論」
それなら笑う、と友人も声を上げた。
「なぁ、千鶴」
呼びかけに答えるように、チーちゃんでも、源三郎でも、彼女でもない彼女は、こちらを向いて「どうしたの?」と問い返してくる。
「僕は、千鶴の事、好きだよ」
「冗談?」
「さぁな」
困惑しそして頬を染めたその姿をみる、五年越しのリベンジを果たしたことを確信し、僕はまた大空へ笑いを零した。