八代専用
俺はゆっくりと階段を降りる。
ガルムの一挙一動に注意を配りながら、使ったこともない武器に魔力を流し込む。
ヴィルモールの話が本当であれば、魔力がこの銃の弾代わりになるはずだ。
もしもガルムがこの武器を俺から奪うつもりなら、俺はこの武器に全てを懸けるしかない。
剣術や身体能力では圧倒的に俺が不利なのだから。
「俺がそっちまで行くからガルムは一歩も動くんじゃねーぞ」
「なんで急に切迫してんの。もう上級魔人は動かなくなったんでしょ?」
それよりも厄介なお前がいるからだよ!
と、言いそうになったがギリギリ喉元で抑える。
「いいから。俺がそっちに行くから」
「わかったよ」
俺は一歩、また一歩と階段を降り、ガルムの前にとやって来た。
近くには上級魔人が膝をついて固まっている。
動く気配はない。
こんな奴と最後まで戦わなくて良かったよ全く。
「………………………ほらよ、見てみろよ」
俺はガルムに銀色の銃を手渡す。
結局手渡さない方法が思いつかなかったので観念した。
「おお……これが魔王の遺した伝説の武器……見たことないなこれ……。どういう武器なんだろう? これで殴るわけじゃないよね」
「これは俺の世界で使われてる武器……つーか兵器の一つだな。なんか武器の形は魔王が勝手に決めやがったんだけど」
「魔王? ヴィルモールのこと?」
「知ってんのかよ」
俺は武器を受け取った際の状況を詳しく説明した。
「叡智の魔王なんて呼ばれてたこともあったらしいけど……魔力の使い方に関してはやっぱり人間よりも詳しいな」
「もういいだろ。返せよ」
「えー僕にも使わせてよー。伝説の武器なんだよ?」
「俺がまだ使ってねーんだって」
「ああそっか。じゃあ先にどうぞ」
そう言ってガルムは俺に武器を返した。
そのまま奪うことなく俺に返したのだ。
俺の考え過ぎか……?
「どうやって使うの?」
「魔力をこの銃に込めて撃つんだとよ」
「じゃあちょっとやってみせてよ。あの動かなくなった上級魔人に向かって」
魔力を銃に流し込むと、体から吸い込まれていくのが感覚で分かる。
これで弾の装填が完了したことになるのだろう。
「じゃあ撃つぜ」
俺は上級魔人に狙いを定め、引き金を引く。
バン!!
という音と共に上級魔人の近くの床がエグれた。
普通の拳銃は音も凄ければ反動も凄いってのは聞いたことがあったが、少なくともこの銃はどちらも大したことはなかった。
俺自身、実際に本物の拳銃を撃ったことがないからその影響がこれにも出たのか、元々そういう仕様なのか。
どちらにせよ、これなら練習すればすぐに当てられそうなので助かる。
それに床のエグれ方からみても、俺の世界の拳銃よりも遥かに威力がありそうだ。
「飛び道具系なのか……。僕達のこの世界に飛び道具っていったら弓ぐらいしかないからかなり有効的だね。まぁそもそも魔法があるから飛び道具がそんなに必要ないってのはあるかもしれないけど」
「魔力が弾になってるから、魔力が切れない限りは連射できることになるのか」
「じゃあ僕にも使わせて!」
「ほらよ」
ガルムが銃を構えて魔力を流し込む。
「あとは引き金を引くだけだ」
「引き金ってこれ? よーし」
カチッとガルムが引き金を引いた。
しかし何も起きない。
銃からは何も発射されない。
「あ……あれ?」
「魔力がねーんじゃねーの?」
「いや、そんなことはないと思うんだけど……やっぱりミナト専用なのかな」
「あーそんなようなことをヴィルモールも言ってたような言ってないような……」
「なんだ、残念」
そう言ってガルムは銃を俺に返した。
どうやら本当に使ってみたかっただけのようで、そのまま奪って俺を殺すようなことはなさそうだ。
やっぱり俺の考え過ぎか。
「それより、話によるとその武器の本来の用途は魔人を使役することができるってことらしいんだけど、その点は確認した? 僕が武器を使えないとなる以上、ミナトを召喚した本来の目的通り、その武器を使ってこの世界の魔人達を使役してほしいんだ。魔王達の戦力をむしろこちら側に引き込むという形で」
「そんなことも言ってたなぁ。魔力を多く込めれば弾の代わりに魂が装填されて、それを撃ち込むことで魔人を使役できるとかなんとか」
「じゃああそこの上級魔人に使ってみてよ」
「いや、なんか瀕死の状態の魔人にしか使えねーんだとよ。あれはもうダメなんじゃねーの?」
「やっぱり縛りがあるのか……」
でもとりあえず撃ってみる。
ものは試しっていうしな。
俺は魔力をさっきよりも多く銃に流し込んだ。
キィィィィンという音と共に、銃が光を放ち始める。
一発弾を撃つ20倍ほどの魔力を込めたのだろうか。
魔力供給が打ち止めとなり、カチリと何かが変わった感じがする。
恐らくこれで弾から魂に変わったのだろう。
「いくぜ」
今度は外さないように超至近距離で上級魔人に向かって撃った。
ドンッ!!
という、音も衝撃も先程よりも強くなり光の固まりが上級魔人に当たった。
すると魔人の体が光に包まれ、まるで圧縮されていくかのように縮こまれていく。
ギュルギュルと回転しながら魔人だったものは変化し、赤いビー球のようなものになってそれは地面に転がった。
「ありゃ……? なんか成功したっぽいなこれ」
「命令式が切れただけで、死んだわけじゃなかったんだ」
「でもなんだこれ? どうやって使うんだよ?」
「さぁ…………?」
赤いビー球を俺は拾って眺める。
中で何かが渦巻いているようにも見えるが、これをどうしたら魔人として呼び出せるのか分からない。
とりあえずは一応持っておくか。
「なにはともあれ結晶獣の洞窟、完全攻略完了かな?」
「みたいだな」
俺の1ヶ月の集大成は大成功で幕を閉じたようだ。
これでやっと異世界生活を楽しめるようになれたっぽい。
それから俺はガルムと一緒にダンジョンを逆走した。
入り口まで転移して戻してくれるような親切仕様はさすがになかったようだ。
肩の傷に関しては、戻ってくる途中で魔力が回復したガルムに治癒してもらった。
初めて異世界の外へ出た俺は、新鮮な空気を吸い込もうと息いっぱい吸い込んだら変な虫が口の中に入ってきて咽せた。
最悪だ。
出たところは森の深部のようなところで、木々が生い茂っているせいで陽の光があまり届いていない。
まるで富士の樹海のようなところである。
「虫系の魔物が多かったのは森の中にダンジョンがあったからか?」
「さぁ?」
「知らんのかい」
「そんなことよりも八代 湊、君は見事この1ヶ月間厳しい修行に耐え、伝説の武器を手に入れた」
「なんで急に師匠感出してくれてんの」
「いいんだよこういうのは雰囲気が大事なんだから。そしてミナトには最初に話した通り、その武器を使って魔人を魔王の手から奪いとってほしい。今この世界がどうなっているのか簡単に説明するから」
「そうだよ。魔王がどうとか言われても何も分からねーし。ドラクエかっつーの」
「この世界は現在、人類と13人の魔王による人魔戦争が起きている状態にある。この戦争はおよそ100年前から始まり、現在まで人類は常に劣勢の状況にあるんだ」
ええ…………ガチシビアな世界じゃんか。
魔物がいるのはまだ分かる。
魔王とかいうのがいるのもまぁ分かる。
でも100年も前から戦争状態で緊迫状態とか、そういう時の人の心って荒みまくってるんじゃねーの?
街に行ったら余所者は死ね! とか言われんのやだよ俺。
「ああでもそんなに心配することないよ。この100年で人類と魔族はある程度棲み分けができてて、激しく戦争起こしまくってるのは一部の魔王と国だけだから。魔王ヴィルモールみたいに人類の領地を奪ったりするのに興味ないやつもいるし」
「そういや魔王ヴィルモールって死んでるけど、最初は何人魔王っていたんだ? つーか100年ずっと魔王は代わり映えしないのかよ。寿命なげーな」
「約100年前、この世界にやってきた魔王は全部で15人。魔王達はそれぞれ独立して国を作り始め、それと同時に魔物と呼ばれる生き物や、魔王と同じく魔族の人種の魔者があらわれたんだ」
「ん? 〝まもの〝と〝まもの〝? 読み方がダブってっけど?」
「魔物と魔者だよ。イントネーション的には、〝お城〝と〝刃物〝みたいな」
「雨と飴みたいなもんか」
「〝魔の者〝で魔者と〝魔の者が連れてきた生き物〝だから魔物っていう付けられ方らしいけどね」
「もうちょっとなんとかならんかったのか…………」
センスがないですよセンスが。
「それで15人のうち2人の魔王は倒されて、その内の1人が魔王ヴィルモールだったかな確か」
なんだあいつ人類に殺された割に、全然恨んだりしてなかったな。
ドライというかなんというか……。
「それで?」
「それで? それ以降のことはあまり知らないけど……」
「お前知識乏しすぎでしょ!!」
「しょうがないだろー。僕だってそんな昔のことわざわざ調べたりしないし。ミナトは自分の世界の歴史の流れ詳しく覚えてるの?」
む。
確かにそう言われると、9年間義務教育を受けてきたはずなのに大まかな流れしか思い出せない。
この頃に戦争があったとか日本が勝ったとか……。
「分かった。ガルムの言い分も一理あるわ。申し訳ない」
「人間、素直に自分の非を認められる人はそういないからミナトは偉いよ。気になるなら王国にでも行って自分で調べてみて」
「それで、この後どこにいくんだ? 魔王を倒せ的なニュアンスを言われてるのは分かるんだけど、個人的にはもう少しこの世界でゆっくりしたいんだけど」
「全然ゆっくりしてもらっていいよ。どうせここから僕とミナトは別行動になるし」
「あ、え、そうなの? お前はついてきてくれないのか」
「なに? 僕におんぶに抱っこのほうが良かった?」
ガルムがククッと笑う。
誰がお前みたいな奴と行動したいと思うか。
可愛い女の子になってから出直せ。
「それならそれで全然構わねーよ。俺にはこの銃があるからね! 怖いものなんかないやい!」
俺は腰に挟んでしまっている銀色の銃を取り出す。
魔力を込めない限り暴発はしないと思うが、ズボンに挟むのはどうにもダサいので、早急に拳銃入れを仕立てる必要がある。
「…………そういやその武器の名前とかって決めたの?」
「ん? 名前? いる?」
「そりゃいるでしょー。武器に名前つけるだけでかなり愛着湧くと思うよ」
「んん……確かに。ちなみにお前がくれたこの剣にも名前あんの?」
「言ってなかったっけ? それは『雷鳥』。雷魔法しか使えないミナトにはぴったりでしょ」
「まさかこいつのせいで俺は雷魔法しか使えないんじゃないだろうな……」
こういう偶然の産物はどうにも勘繰ってしまうな……。
「そんなことないと思うけど。それで名前はどうするの?」
「急にそんなん言われてもなぁ」
思い浮かぶのは厨二病患者が考える名前ばかり。
『雷鳥』なんてお菓子みたいな名前もあるが、この世界で厨二病的な名前は普通なのか判断に困るな……。
ということで。
「じゃあガルムが決めてくれよ」
「え? 僕?」
丸投げだ。
面倒いことは全部投げとけば誰かがどうにかしてくれる。
人間はみんな責任転嫁の生き物だい。
「本当に僕でいいの?」
「いーよ別に」
「そうだなぁ…………」
『龍殺しの大剣』なんて大層な名前つけてたし、きっとマシなものになるだろう。
多少アレな名前でも、「いやこれ他の奴につけられてさー。仕方なく! 仕方なくこの名前なんだよー。カーッ」みたいな言い逃れもできる。
うん。我ながら最低だな。
「よしっ! 決めたよ」
「なに?」
「ミナトの名前からとって『ヤシロン』!」
「おっけ。今度また自分で考えてみるわ」
「なんでよ!」
あぶねー……。
ガルムの奴ネーミングセンス0だ。
剣の名前も多分作製者とかがつけたんだろうな。
「それじゃあここで一旦お別れだな」
「まったくせっかく考えたのに……。そうだね。それじゃあ君がこの世界に召喚された目的をくれぐれも忘れないようにね」
「はいはい。メンドーだなぁ」
「ご飯はしっかり食べるのよ」
「おかんか!」
「あ、そうそう。国に寄るならここから1番近い『シャンドラ王国』に行くといいよ。そこで僕の名前を出せば、色々優遇されると思うんだ」
ほう……ここでもイージーモード要素がさらに追加されるか。
「あとこれ。ダンジョンにあった結晶あげるよ。かなりのお金になるから当分は困らないと思うよ」
さらに上乗せっっっ!
倍プッシュ!!!!!
「すまんねぇ何から何まで」
「勝手にこの世界に呼んだせめてもの詫びだからさ。なるべく苦労しないようにね」
「ありがたやー」
俺は素直に袋に入った結晶を頂く。
金はあっても困らないものナンバーワンだ。
「じゃあ、本当にこれで」
「ああ。またどこかで会うんだろ?」
「その機会があればね」
「ま、せっかくだから楽しませてもらうよこの世界を」
「勇者なんかもいるからさ、そういうのも目指すのもアリだし」
「ここに来て新情報!?」
まぁ魔王がいるくらいだし勇者もいるか……。
「じゃあな」
「元気で」
そして俺達は別々の道を進んだ。
じゃあまずは、目指せ! シャンドラ王国かな。