スサノ町
「ミナト…………」
「なんだ?」
馬車に揺られること約30分。
睡魔がここぞとばかりに俺のまぶたをシャッターアウトしようとしていたころ、シーラが声をかけてきた。
「………………」
「? なに、どうした」
シーラの方を見ると顔色が悪い。
なんか青ざめてる。
「おいおい、大丈夫かよ」
「気分悪い…………」
これはまさか………………世に言う乗り物酔いか!
俺は車の中で本を読んでいても全く酔わない人間なので、乗り物酔いする人の気持ちは全く分からないが、シーラの顔を見る限りかなり苦しそうだ。
『やったー』の声に覇気がなかったのはこういうことかぁ……。
「ヤバい? 吐く?」
「………………うん」
「バレルさん、ストップリーズミー!」
「は? いや…………は?」
「ちょっと一旦止まってもらってもよろしいでしょうか」
バレルさんが馬車を止めてくれる。
俺はゆっくりとシーラを外へと下ろした。
小さくハァハァと苦しそうに呼吸をしながら歩くシーラを連れて、近くの木陰に座らせてやった。
「どうした? 体調が悪いのか?」
「ちょっと乗り物酔いしたみたいなんだ」
「小さい子にはよくありがちだな。特に馬車は揺れが激しいから珍しくはない。お前さんは大丈夫なのか?」
「そりゃあもう。ミキサーにかけられても酔わない自信があるぜ」
「何を言ってるのか分からん」
結構な距離走ってきたと思うが、未だに左右は森が続いている。
ダンジョンから出てきた時は、こんなにも広いとは思わなかった。
「そしたらここらで一旦休むか。メナードホースも休憩させたいしな」
「そしたらちょっとこの辺り散策してきてもいいかな」
「この子はここで休ませといて大丈夫か? 一応俺が見てるが……」
「そんなに遠くまでは行かないさ。何かあったら大声で呼んでくれればすぐに戻ってくるよ」
俺はシーラをバレルさんに任せて、少し森の中へと入る。
この辺りに魔物はいないといっていたが、魔物とそれ以外の動物の違いが正直まだよく分からん。
単純に、俺達を襲ってくるのが魔物って認識でいいのかな。
もしくは食べられるのが動物で、食っても不味そうなのが魔物とか。
結晶獣のダンジョンにいた昆虫型の魔物なんて絶対食いたくねーし、ニーナさんを襲っていたワニレオンも不味そうだ。
意外とこの推測当たってたりして。
それはそれとして、日課のトレーニングしないとな。
ガルム曰く、1ヶ月の間に行ったトレーニングを欠かさなければ、成長は止まらないって話だから、なんだかんだと1日も怠っていない。
俺は『雷鳥』を抜き、ガルムに教わった独特の剣術の型を反復練習する。
もはや頭ではなく身体が理解して動くようになっている。
自分の命を守るためだから必死に覚えた。
じゃないとガルムのやつに何本骨を折られたことか、今でもたまに思い出して骨が痛む。
人間の記憶ってすごいね。ゴイスー。
そのうち覚えたい戦術としては、剣術に銃を絡めてオリジナルな戦い方を編み出したいけど、そもそも銃を使う機会がなさすぎて、宝の持ち腐れ感がヤバい。
元々は伝説の武器って話なのに、俺が使わなすぎて別の意味で伝説になってしまってる気がする。
そもそも魔物とか魔人と戦う機会がそんなにないから、武器を使う必要もそんなにないんだよな現状。
いや、悪いことじゃないんだよ?
別に好きで戦いたいわけじゃねーし。
平和に楽しく異世界満喫できるならそれでいいんだよ。
でもさ、せっかく異世界来てさ、苦労してさ、反則レベルの力つけたのにさ、後から来たぽっと出の二番煎じがチヤホヤされてるのってなんか腹立つじゃん?
向こうは公式でこっちは非公式みたいな。
なんだよ、同人誌扱いかよ俺は、的なね。
愚痴れば止まらないわけですよ。
ということで、この黒い感情は全て周辺の木々にぶつけさせてもらいやす。
俺は『雷鳥』で人間の胴体ほどある木の幹を、横に一刀両断する。
まだまだ俺の成長は限界に達していない。
天井が見えるところまでは、階段ではなくエレベーター並みの成長率のはずだ。
例え勇者だろうが俺は超えてみせるぜ。
充分に身体を動かせた俺は、スッキリとした顔で馬車に戻った。
「いやー楽しかった」
「さっきから森で凄い音が鳴っていたが、お前さんの仕業か?」
「さぁね。それよりシーラ、少しは良くなった?」
「うん。もう大丈夫」
「とか言って、また乗ったら気分悪くなるんじゃないの?」
「う……頑張る」
「安心しな。あと10分もすればスサノ町に着くはずだ」
「だってさ。あと少しの辛抱だってよ」
「迷惑かけない。辛抱する」
俺はクシャクシャとシーラの頭を撫でた。
なんか少し違和感。
いや、ホントに微妙な違和感なんだけど……。
う〜ん、よく分からん!
特段気にする事項でもないのでスルー。
次の町で一番すべきはやっぱり、資金集めだよな。
次点で情報収集。
シャンドラ王国ではヘマッたから、今度は慎重に行動するよう心掛けよう。
バレルさんが話した通り馬車に揺られること約10分、前方に家々が見えてきた。
シャンドラ王国とは違い、壁に囲まれていることも、大きな門があるることも、兵士が常駐しているわけでもなく、普通の町といった印象が見受けられた。
「あれがスサノ町?」
「ああ。見た限りでは、こっちまで魔物や下級魔人が攻め込んできている様子はなさそうだな」
突発的に出てきた下級魔人という言葉。
恐らくは、俺が戦った上級魔人の下位互換とも考えられるものだろう。
ヴィルモールが創ったダンジョンにも配置されているという話らしいが、上級魔人とどれだけ違うのか気になる。
それに、そいつらを俺は自分の手駒として使うことができるのだ。
期待せずにはいられない。
「シーラ、着いたぜ。もう揺られることはないんだ」
「……はぁ……はぁ……ホント?」
再度瀕死になってしまっているシーラをなんとか元気付ける。
今度からはどうしてもって状況じゃないと乗り物系にはのれないな…………。
馬車はタカタカと町の中に入っていった。
流石にシャンドラ王国と比べると、人の賑わいも町の大きさも規模は小さくなってしまうが、それでも決して小さくはないように見える。
バレルさんが適当な辺りで馬車を止めた。
「おう、着いたぞ」
「いやぁ、すいませんね。結局魔物とかも出なくて護衛としては何も仕事してない、タダ乗りみたいになっちゃって」
「いいさ。護衛なんてのはそういうもんだからな。あくまで保険として雇うものだ」
めっちゃ良い人やないかい。
「じゃあ俺達はこれで」
「おう。嬢ちゃんの面倒しっかり見てやれよ」
「そりゃもちろん」
俺はグロッキー寸前のシーラをおぶりながら、ここまで運んでくれたバレルさんに深く頭を下げながら、その場を後にした。
さて、当面の目標としてはまず、資金の調達に勤しまなければなるまい。
なんだかんだ馬車の中の商品を、バレルさんの許可を頂いて食べることができたが、今後もそんな乞食みたいな愚かしいことをシーラにもさせるわけにはいかない。
え? 乞食王?
何の話だか分かりませんな。
そういうことで、資金の調達方法として普通の仕事をしてお金を稼ぐなんて、リアルの世界となんら変わらないことをするつもりなんてない。
こういう所でのお金の稼ぎ方なんて一つでしょ。
クエストクリア報酬。
シャンドラ王国で見た討伐ギルドと呼ばれる存在が、恐らくはクエスト受注をこなす役割をしているだろう。
少し恥をかきながらも受付嬢に聞いた話だとそうなる。
シャンドラ王国は総本部とあったが、ここにも支部のようなものはあるだろう。
でなければギルドに加入している奴はみんなそっちに流れていってしまうはずだ。
魔物とかを討伐する人間がいなくなっていまう。
だからまずは討伐ギルドなるものを探して、俺も加入することにしよう。
俺はシーラをおぶったまま、町の中の景色を楽しみながら、討伐ギルドなどと書かれた看板がないか探し歩くことにした。
そしてちょいとここで疑問。
「なぁシーラ……………………少し重くなった?」
「なってない!」
シーラは少し怒ったように言い、ポコポコと俺の頭を叩き始めた。
ふくれっ面になっているのが目に浮かぶ。
「いてっ。でもなんか前より少し重く……いてっ。痛いって」
「なってないもん! なってない!」
「いいじゃん、成長したって証拠だぜ? 誇れ!」
「ミナトのバカ! もういい下ろして!」
「下ろしていいの? 唯一酔わない、俺という名の乗り物を下りていいの?」
「下ろして!」
シーラは飛び降りるように俺の背中からどいた。
奴隷として捕まっていたときよりも、ご飯を食べて健康的になったっていうことなのに、そんなに反発しなくても良くない?
はっ!
もしかしてこれが誰しもが通るという噂の…………反抗期!
俺にもあったなー反抗期。
お袋に飯ができたって呼ばれても、『うっせー! 誰が食うかそんなクソ不味い飯!』って。
その後親父に袋叩きにあったのはいい思い出です。
お袋だけにね。
なんつって。
「…………少しはデリカシーを持ってよ」
「おお、デリカシーなんて言葉知ってんの? 物知りじゃんシーラ」
「バカー!」
超元気。
こんだけ大声出せるようになったなら、乗り物酔いも心の傷もだいぶ治ったみたいだな。
「じゃあシーラも討伐ギルドみたいに書いてある看板探して」
シーラはプイッとそっぽを向いた。
小さな反抗期だ。
可愛い。
しばらく歩くとそれらしき看板を見つけた。
『討伐ギルド』
予想通りここにもギルドはあった。
少しこじんまりしたような所ではあるが、それでもギルド登録などはすることができるはずだ。
扉を開け、中に入ると受付嬢が1人だけいた。
冒険者らしき格好をした人間はシャンドラ王国と比べると全然少ない。
たかだか数人がテーブルについて話をしているだけで、他には受付嬢1人しかいなかった。
それにやっぱり本部の人と比べると受付嬢が…………そこまでね?
「すいません」
「どーぞ」
「ギルドに討伐者として登録したいんですけど」
「ではこちらの用紙に必要事項をお書き下さい」
差し出された用紙には、登録する人物の名前とチーム名を決める欄などがあった。
住所やら何やら書くのかと思っていたのだが、思いの外登録は簡単らしい。
「これだけでいいんですか? 住所とかは書く必要は……」
「討伐者の方は基本旅している方々ばかりですので、住所不定の方が多いのです。なので必要ありません」
そうするととりあえず俺とシーラの名前を書き込んで、後はチーム名をどうするかだな。
「シーラ、俺達で討伐チームが組めるみたいなんだけど、名前とかは何か希望ある?」
「…………特にない」
「あそう……」
………………そーだな。
俺はこの世界で勇者になることも、異世界人というアドバンテージを得ることもできなかった。
完全に影に隠れている存在だ。
だから俺を暗喩した影と、シーラの特徴でもある真っ赤な髪色をくっつけて『紅影』としよう。
「じゃあこれでお願いします」
「…………そちらのお子さんも討伐者に?」
「ダメですか?」
「いえ、それでは討伐者IDを作成致しますので、こちらに手を置いて下さい」
突然、俺の目の前の宙に掌サイズの魔法陣が浮かんだ。
「こちらに魔力を流し込んで下さい。その魔力によって個人を識別することができますので」
「魔力で個人を特定することができるんですか?」
「はい。魔力は人それぞれ異なり、万人不同、終生不変となります。ご存知ありませんでしたか?」
まるで指紋と同じだな。
俺は魔法陣に手を置いて、銃に魔力を流し込む要領で魔法陣に魔力を送り込んだ。
魔法陣が淡く光ったかと思うと、そのまま霧散して消えてしまった。
「登録完了です。では、次の方」
シーラも同じように魔法陣に手を置いて魔力を流し込んだ。
魔法陣が霧散して消えた。
「はい。完了です。それではID作成に少々時間がかかるので、1時間後にまたこちらにいらして下さい。それまでには出来ていると思いますので」
「分かりました」
俺はシーラとギルドを後にし、IDが出来るまでの間にこの世界の基本的な情報を調べることにした。




