8.Fly in the ...
「納得できないな」
沈黙を破ったのはブレイヴだった。
「消化不良だ。こんな終わり方なんてありえない。そもそもこれは悲劇でいいのだろうか? 作者はそんなつもりで書いたのか? いいや、僕にはそうは思えない」
彼は饒舌に語る。
「彼女は報われるべきだ。はっきりいって、こんなラストはつまらない。これじゃあ衝撃の展開だとのたまいながら、むやみに登場人物を殺すだけの駄作だ。なあ、君はそうは思わないかい?」
何故か、俺に投げかけられた。
はあそうですか、とはならない。さすがに言い過ぎだと思った。しかし、納得できる部分もある。納得してしまえる自分もいた。
「そこで思うんだが、彼女の話にはまだ続きがあるはずだ。それは必ずしも、同じ作者が書いたとは限らない。そう。"空人の本ならば、また違った視点の物語が見える"と――君はそうは思わないかい?」
「………………」
ブレイヴが見上げる。その本が高いところにあるかどうかはわからない。しかし、彼の視線の先には何か、答えが存在するような気がした。
「なあ、"それなら自分がやってやろう"とは思わないか?」
「ちょうど、僕もそう思っていたところだ」
顔を下げると、ブレイヴと目が合う。彼はニヤリと口を歪めた。
「うん、やはり見込んだ通りだよ。君はとても綴りがいがある。ロマンチストの生きざまだ」
「男は大体そうだって言うだろ?」
「初耳だ。だが、なるほど。同意しよう」
ブレイヴは大きく笑い、胸元から紙を取り出す。そしてペンをクルクルと一回転させてから、紙に何かを書き始めた。
「コダルさん? ブレイヴさん?」
大丈夫だ、と俺は告げた。カタカタとレコーが肯定する。
俺はブレイヴがやろうとしていることを、なんとなく気づくことができた。これも翻訳魔法の効果なのだろうか。
「心配するだけそんじゃねーか?」
アスタがわかったようなことをいう。彼はくあと大きな欠伸をして、昼寝タイムに入っていった。つくづくマイペースな野良猫だ。
その間にもブレイヴは書き進める。渾身の文章を紡いでいく。彼の世界では作品が魔物になると、聞いてもないのに説明された。
ふふふ、と怪しげに彼は笑う。ぺラっと紙が捲られていく。
「過去作の使い古しで悪いが、我ながらかなりの傑作でね。ジャンルは人情《ヒューマンドラマ》、文字数は3982字。タイトルは――」
やがてブレイヴは書き終える。
間もなく短編は発光した。
「――"折鶴と紙飛行機"」
そして、赤翼の美しい魔物が現れる。
□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □
「おいおい、シートベルトとかはないのか?!」
「はーはっはっは! ……なんだいそれは?」
「物騒なんだな!」
「カタタ!」
魔物の乗り心地は最悪だった。
まっすぐ進むだけでもかなり揺れるのに、先程から上昇や下降を繰り返していてさらに揺れる。さらに右にいったり左にいったりすれば、揺れのほどはお察しのものだろう。
シートベルトがないということも辛い。魔物に捕まっていないと、今にも落とされてしまいそうだ。
「というか、本の目星はついているのか?」
「はーはっはっは! ……全然?」
「行き当たりばったりか!」
もしかしてと思い聞いてみれば、ブレイヴは前を向いたまま、予想通りの返答をした。おいおい、まじか。
辺りを見回せば、本、本、本……。この多すぎる本の中、目的の本を勘だけで選びとる。
それは、つまり、
「けっこう無理があるか……?」
「尻込みするのはいけないな。適当でいい、君なら掴み取れるさ!」
彼の言葉に根拠はない。
しかし、やってみようという気になれる言葉だ。
手を可能な限り伸ばして、本を掴もうとする。一度空を切ってから、指先が何かを捕らえた。
確認すると、一冊の絵本。
しかし――これは違うと、不思議とそう思った。
本を近くの棚に戻す。バランスを崩して落ちかけたが、ギリギリで体勢を整えた。
「ヒントとかはないのか」
「そんなものはないだろう」
ブレイヴが断言する。
「しかし、いつの時代も大抵の物語の主人公には、ある程度ご都合主義が備わっているものだよ」
彼は一瞬だけ振り返る。そして眼鏡を正してから、言葉で戯れる。
「そして――君は主人公の器がある」
こいつは何を言っているんだ。普段ならばそう思っただろう。
しかし、俺はこの不思議な図書館に心酔していた。
だからか、そういうこともあるのだろうかと、案外すんなり納得してしまった。
「いい迷惑だな」
きっと後で恥ずかしさに頭を抱えるだろう。でも、今それをするのは、無粋なだけだ。
ふと、遠くに何かが見えた気がした。何か、といっても、ここにあるのは本ばかりだ。
目を凝らす。ご多分に漏れず本だった。分厚い本が、前にどこかでみた本のように、ぱたぱたと羽ばたき飛んでいたのだ。
それを通りすぎそうになり、俺は慌てて声をかけた。
「ブレイヴ! アレだ!」
「ん? ああ! 僕もそんな気がする!」
魔物がぐるりと旋回する。振り落とされないように、腕に力を込めた。
少しずつ本に近づいていく。しかし、本は逃げるように離れていった。
ブレイヴはスピードを上げた。揺れがまたひどくなった。これ、降りた後はもっと大変そうだな……。
やがて本の隣に出る。レコーが掴め! と視線で訴えてくる。わかってる、と頷いて、俺は手を思いっきり伸ばす。
「ちっ! 届け……っての!」
掠りはする、しかし取れない。
腕をぶんぶんと縦横無尽に振る。レコーもカタカタと応戦しているが、この骨のリーチは俺よりも短い。
後少し、だ。後少しが足りない。俺は段々身を乗り出していって、ついに指先が本を捕らえた。そのとき――、
「コダルくん。一度離れるぞ!」
「は!?」
突然のことだった。
本が離れていく……いや、違う。俺達が本から離れていった。
後で聞いたことによると、前方に本棚の壁が迫っていたらしい。
「ぐっ!」
咄嗟に本を掴んでしまった。
それは、つまり魔物から離れるということ。
そうなれば空中にいる手段は当然なくなり、俺は重力に逆らえなくなる。
「うらああああ! があっ!」
恐怖に叫び始めてすぐに、飛んできた白をバシンッと掴んだ。
瞬間、俺は浮遊感を取り戻す。
「はあ…………。…………なんというか、前にもこんなこと、あったよな……」
「カタカタ」
俺はレコーの足に捕まって難を逃れていた。ありがとう、と上にいる骨に伝える。
「無事でよかったよ。コダルくん」
ブレイヴも見下ろしてきた。ああ、と俺は頷いて、そして骨と反対側の手に、しっかりと掴んだ本を示す。彼は満足げに頷いた。
「さあ、本を渡しにいこう」
お読み頂きありがとうございます。
すこし詰め込み気味な展開からお察しいただけたかもしれませんが、このお話は次回で一度、更新を止めさせていただきます。