6.たべられるタイプの魔法
「こんなに沢山の本を目の前にして、言いたいことはもちろん沢山あるのだが、それを全てひっくりざっくり纏めると、この一言に尽きるだろう。"ここはとても素晴らしい所だ"と!……君もそうは思わないかい?」
「はぁ、そうですか……」
白髪メガネのイケメンお兄さん――ブレイヴと名乗った――は悪い人ではないようだが、なんというか……うん、まあ、あれだ。
彼は今もグイグイと押せ押せに話しかけてくる。正直、長ったらしくて半分以上頭に入ってこない。
「そうそう! 素晴らしいといったらそのルーペ! いやはやいやはや、いやあ、はやあ。世界にそんなものがあるだなんて! 興奮するじゃないか! ロマンがあるじゃないか! まさに"夢とロマンの副産物"だと、君はそうは思わないかい?」
「はぁ、そうですか……」
なんだろう。俺も同じような理由で盛り上がったはずなのに、なぜついていけないのだろう。
あれか。もしかして、同族嫌悪ってやつか? いや、まさか。このお兄さんと一緒にはされたくない。
というか、なんで俺にしか話しかけないんだよ。ハジメならもっといい反応を得られるんじゃないだろうか。
代わってくれと期待を込めてハジメに視線を向けると、苦笑いだけ返された。無情。
「君、さっきから"はぁ、そうですか……"しか言わないよねぇ。まるで、壊れた録音再生機みたいだ……。はっ、そうか! もしかして "人は機械になり得る" のかもしれない。大発見じゃないか! なあ、君はそうは思わないかい?」
「はぁ、そうですか……」
「はっはっは。こりゃ、一本取られてしまったな!」
全然一本取ってない。
この人、少しメンタルが強すぎると思う。
踵を返して迂回しようとした俺達に、この人はめざとく気がついた。後ろから猛ダッシュで近づかれたときは、とても逃げ出したかった。
しかし、この優しい司書さんは真面目に応答。ようこそ、と歓迎してしまった。
それ以来、よくわからないハイテンションな語りを、何故かもう一時間以上聞かせ続けられている。念仏を耳元で唱え続けられる哀れな馬の気持ちになった気分だ。
初対面で危険人物認定したことは失礼過ぎたかもしれないし、悪い人じゃなさそうなのもわかったけれど、それでも逃げたい。頭痛い。
「よーし、乗ってきた。ここはさらさらりんのさらりんりんと、一筆書いちゃおうじゃないか! タイトルは……そう! "虫眼鏡"!」
彼は胸元から紙とペンを取り出して、歩きながら何かを書き込んでいく。
すると……、
「ム、ム、ムシシィメガアアアア!」
「……………………!?」
「はっはっは……。どうやら失敗したようだ」
う、嘘だろ……。特にその鳴き声はないだろう。
ブレイヴが何かを書いた紙から、化け物が現れた。紙の表面が例のごとく眩い光に覆われて、そこから化け物が召喚されたのだ。
化け物の姿はレンズの集合体のようだ。大きさは3メートル弱といったところか。口はないようだが、どこから鳴き声を出しているのだろう。
先ほどの鳴き声といい、ブレイヴが書く前に言っていたことといい、虫眼鏡の化け物なのかもしれない。
「これは……」
「僕の書いた掌編だね。のべ747文字で、ジャンルはホラー」
「この化け物が……?」
「ノンノーン! 僕の世界ではこいつを魔物と呼んでいる」
……この人はやはり危険人物だったようだ。
「えーと。お客様の中にアレと戦える方は……」
ハジメが笑顔をひきつらせながら、一同を見回す。さすがは不思議図書館の司書。対応が慣れている。
戦えるお客様……異世界広し、どこかしらにはいるのだろう。しかし、今ここにいるのは……、セーラー服の少女、中高生くらいの姉弟、猫、骨犬、白髪のお兄さん、そして俺。
ハジメは声をかけたということは、おそらく戦えないということだろう。
「…………!」
姉弟は『逃げないの!?』と目で必死に訴えている。俺も同感だ。
「ZZZZZ」
アスタは今、ハジメの腕の中で寝ている。俺は癒される。
実はアスタもブレイヴの被害者だった。寝てしまってもしょうがない。
「カタカタ!」
レコー……。やめておけ。
ほら、けっこう体格差があるから……。
「はっはっは。君、逃げないのかい?」
元凶お前な?
「た、戦える方は…………」
そして俺はもちろん現代っ子。子という年ではないが。化け物と戦う術なんて、学校では教えてもらえない。
「いないようですね。逃げましょう!」
また鬼ごっこかとうんざりしながら走り出す。はぁ、腹減ったな……。
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「んあ? あー、やっと来たのか。ふぁあ」
「うぃ? おー、マジだマジだ。ひっく。あんたら、遅かったなー」
大きな欠伸をするジャージ姿の女性と、しゃっくりをするドロドロとしたゲル状の化け物が迎えて……くれてはいないな。彼女達はものすごくぐうたらしている。というか、辺りに酒の臭いが充満している。
……なんたる混沌だ。なんたりあん。
「そうだ。おじさんもアレ、言っとこーかなー? ほら、ようこそトッカン図書館へー! ってやつ」
「アレは司書だけにしか、口にすることを許されないんじゃなかった?」
「そんなことはありませんよ。どしどし言っちゃってください」
突貫図書館ってなんだ。そこには突っ込まないのか。それとも翻訳魔法のミスか。
俺達はレンズの魔物をなんとか撒きながら、広いテーブルのある場所へへと辿り着いた。ハジメ曰く、ここは食事に使われているらしい。
しかし、今はテーブルの上に空き瓶や空き缶が転がっているが、このまま食事が断行されるのだろうか。
それにしてもこのゲル状の魔物、どこかで見たような……そう、アレは確かゲームの……。
「スライム?」
「おぅ? 正解正解。ひっく。もしかして兄ちゃんの世界にも、おじさんのお仲間さんとかいるんけ?」
「いや。いない……はずだ」
もしかしたら俺の知らない所でいたりするかもしれない。……さすがに無いか。
「あのさー。あたし、さっさと寝たいんだけど」
「遅れてすみません。ノエルさん、お客様が食べやすいものをお願いします」
「ん。りょーかい」
彼女はのんびりと立ち上がり、ぐでーっと数冊の本を取ってくる。
本をテーブルの上に並べると、指差して説明してくれた。
「そこの本は直接たべられるヤツ。嫌ならそっちの本から召喚する。あたしは全力で前者をオススメするよ」
直接たべられるとは一体。
どこの世界の物好きがそんな本を作ったんだ。
「その本は美味しいのか?」
「少なくともヤギには好評だった」
"紙の味しかしない"と翻訳魔法が訳してくれる。何故そんなものを勧めるのか。……まさか、面倒くさいだけだったりするのか?
「彼女はとある世界で宮廷料理人をしていたんです」
宮廷料理人が紙をオススメしてたんだが……。
俺は言い知れぬ不安を押し殺して、腹にたまるものを、とノエルに注文した。
「あいあいさー」
彼女が本を片手に持ち、もう片方の手をテーブルの空いたスペースにかざす。
すると、ぶおん、と淡い魔法陣が現れた。
おお! これぞファンタジー!
「『ブックでシックなちんからぷい』」
……え。今のが呪文なのか? 無性に心がざわつくんだが。
あー、そうか。これこそ翻訳魔法のバグだな!
ぶいん、と魔法陣が回転する。そのスピードは最初はゆっくりと、やがて少しずつ速くなっていく。
そして回転が最高潮に達したとき――、
「チン♪」
ホットドッグが現れた。
音が完全に電子レンジだ。……ふざけているのか?
ホットドッグも微妙に注文から外れている気がするし。
「ジャージの嬢ちゃん。ローブの嬢ちゃんに頼まれてたもんはどうした?」
「さっぱり忘れてた」
スライムがノエルに何かを思い出させる。するとノエルはどこかへ行ってしまうと、一冊の本を取り戻ってきた。
彼女はハジメに本を差し出す。
「これ、ムジンが渡しとけって」
すかさず表紙を虫眼鏡越しに見る。
タイトルは"異世界の写し方・シレンティア"だ。
「あいつ怒ってたぞ。おそいって」
ムジンはしばらく待った後に帰ってしまったらしい。
仕事が早かったのか、俺達が遅かったのか。後者だとしたら九割がたブレイヴが悪い。
その後ノエルは、アスタに刺身御膳を、レコーに動物ビスケットを召喚する。ハジメとブレイヴ、姉弟にはホットドッグを同時召喚した。考えるのが面倒くさくなったらしい。
なんというか、アスタのメニューが納得できない。
「んじゃ。渡すもんは渡したから。あたしはそろそろ寝るわ」
「おじさんはもうひと飲みしちゃうぞー。ひっく。あ、あんたらも飲むけ? 特にそこのカワイコちゃんとかさー。ひひっく」
ぐうたらな女性とダメスライムは、フリーダムに己を突き通していく。
……ここには濃いヤツしかいないのか。
「ノエルさん、おやすみなさい。ガラダさん、お酒はほどほどにしてくださいね」
ハジメは律儀に挨拶を送った。彼女らしい。
常識人が一人でといると、それだけで妙な安心感がある。
それと、スライムにも名前があったのか。
まあ、こんな図書館だ。おかしくはないだろう。
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食事が終わると、いよいよムジンが残した本についてだ。
ハジメがこれも司書の仕事だと読み上げてくれることになった。まあ、回して読むより効率がいいかもしれない。
「"異世界の写し方"は、レインという人が様々な世界を旅するノンフィクションのシリーズです。作者のレインさんが直接撮った写真は、特にみどころなんですよ」
"この世界には空人という翼を持った人々と、凪人(あるいは地人)という言葉を持たない人々がいた"
"言葉を持たない人々" ……この姉弟がそれにあたるのだろうか。
もし、そうなのだとしたら、理の力が翻訳魔法を打ち消したということだ。
"例えば文字を書いたとしても、書いたそばから消えていってしまう。話を語ろうとしても、それが発音されることはない。もちろん聞き取ることもできない"
まるで呪いだな……。レインさんも書内で"まさに呪いだ"と述べている。
「……………………」
姉弟を見やる。相変わらず静かだ。
言葉が無いとは、どのような気持ちなのだろうか。
"しかし、彼等の優れた絵画や音楽のセンスや、手話で意志疎通をする独特なコミュニケーションは、それがなければ生まれなかった文化だ"
レインさんはそうも述べている。
なるほど。さすがは異世界を旅しているだけあって、視野が広い。その考え方には、見習うべき所もあるだろう。
やがて、本は読み終えられた。
ハジメはパタンと閉じると、すくと勢いよく立ち上がる。
「行きましょう。シレンティアへ!」
無論、シレンティアという世界へ直接行くわけではない。
シレンティアという駅名がついた、その世界の本が集まる場所へと向かうのだ。
この姉弟の探し本とやらを見つけるために。
お読み頂きありがとうございます。
その。また、ほんの少しだけ長くなりました。
くっ。これもすべてブレイヴお兄さんが……!
そして、姉弟の出身である、空人と凪人の世界シレンティアを舞台にした短編を投稿しました。姉弟は登場しませんが、よろしければお読みください。
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