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特急図書館と見聞録(更新休止中)  作者: 続木乃音
1章.巨大図書館に迷い子
3/5

6.たべられるタイプの魔法

 

「こんなに沢山の本を目の前にして、言いたいことはもちろん沢山あるのだが、それを全てひっくりざっくり纏めると、この一言に尽きるだろう。"ここはとても素晴らしい所だ"と!……君もそうは思わないかい?」

「はぁ、そうですか……」


 白髪メガネのイケメンお兄さん――ブレイヴと名乗った――は悪い人ではないようだが、なんというか……うん、まあ、あれだ。

 彼は今もグイグイと押せ押せに話しかけてくる。正直、長ったらしくて半分以上頭に入ってこない。


「そうそう! 素晴らしいといったらそのルーペ! いやはやいやはや、いやあ、はやあ。世界にそんなものがあるだなんて! 興奮するじゃないか! ロマンがあるじゃないか! まさに"夢とロマンの副産物"だと、君はそうは思わないかい?」

「はぁ、そうですか……」


 なんだろう。俺も同じような理由で盛り上がったはずなのに、なぜついていけないのだろう。

 あれか。もしかして、同族嫌悪ってやつか? いや、まさか。このお兄さんと一緒にはされたくない。

 というか、なんで俺にしか話しかけないんだよ。ハジメならもっといい反応を得られるんじゃないだろうか。

 代わってくれと期待を込めてハジメに視線を向けると、苦笑いだけ返された。無情。


「君、さっきから"はぁ、そうですか……"しか言わないよねぇ。まるで、壊れた録音再生機(レコーダー)みたいだ……。はっ、そうか! もしかして "人は機械になり得る" のかもしれない。大発見じゃないか! なあ、君はそうは思わないかい?」

「はぁ、そうですか……」

「はっはっは。こりゃ、一本取られてしまったな!」


 全然一本取ってない。

 この人、少しメンタルが強すぎると思う。


 踵を返して迂回しようとした俺達に、この人はめざとく気がついた。後ろから猛ダッシュで近づかれたときは、とても逃げ出したかった。

 しかし、この優しい司書さんは真面目に応答。ようこそ、と歓迎してしまった。

 それ以来、よくわからないハイテンションな語りを、何故かもう一時間以上聞かせ続けられている。念仏を耳元で唱え続けられる哀れな馬の気持ちになった気分だ。

 初対面で危険人物認定したことは失礼過ぎたかもしれないし、悪い人じゃなさそうなのもわかったけれど、それでも逃げたい。頭痛い。


「よーし、乗ってきた。ここはさらさらりんのさらりんりんと、一筆書いちゃおうじゃないか! タイトルは……そう! "虫眼鏡"!」


 彼は胸元から紙とペンを取り出して、歩きながら何かを書き込んでいく。

 すると……、


「ム、ム、ムシシィメガアアアア!」

「……………………!?」

「はっはっは……。どうやら失敗したようだ」


 う、嘘だろ……。特にその鳴き声はないだろう。

 ブレイヴが何かを書いた紙から、化け物が現れた。紙の表面が例のごとく眩い光に覆われて、そこから化け物が召喚されたのだ。

 化け物の姿はレンズの集合体のようだ。大きさは3メートル弱といったところか。口はないようだが、どこから鳴き声を出しているのだろう。

 先ほどの鳴き声といい、ブレイヴが書く前に言っていたことといい、虫眼鏡の化け物なのかもしれない。


「これは……」

「僕の書いた掌編だね。のべ747文字で、ジャンルはホラー」

「この化け物が……?」

「ノンノーン! 僕の世界ではこいつを魔物と呼んでいる」


 ……この人はやはり危険人物だったようだ。


「えーと。お客様の中にアレと戦える方は……」


 ハジメが笑顔をひきつらせながら、一同を見回す。さすがは不思議図書館の司書。対応が慣れている。

 戦えるお客様……異世界広し、どこかしらにはいるのだろう。しかし、今ここにいるのは……、セーラー服の少女、中高生くらいの姉弟、猫、骨犬、白髪のお兄さん、そして俺。

 ハジメは声をかけたということは、おそらく戦えないということだろう。


「…………!」


 姉弟は『逃げないの!?』と目で必死に訴えている。俺も同感だ。


「ZZZZZ」


 アスタは今、ハジメの腕の中で寝ている。俺は癒される。

 実はアスタもブレイヴの被害者だった。寝てしまってもしょうがない。


「カタカタ!」


 レコー……。やめておけ。

 ほら、けっこう体格差があるから……。


「はっはっは。君、逃げないのかい?」


 元凶お前な?


「た、戦える方は…………」


 そして俺はもちろん現代っ子。子という年ではないが。化け物と戦う術なんて、学校では教えてもらえない。


「いないようですね。逃げましょう!」


 また鬼ごっこかとうんざりしながら走り出す。はぁ、腹減ったな……。



 □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



「んあ? あー、やっと来たのか。ふぁあ」

「うぃ? おー、マジだマジだ。ひっく。あんたら、遅かったなー」


 大きな欠伸をするジャージ姿の女性と、しゃっくりをするドロドロとしたゲル状の化け物が迎えて……くれてはいないな。彼女達はものすごくぐうたらしている。というか、辺りに酒の臭いが充満している。

 ……なんたる混沌だ。なんたりあん。


「そうだ。おじさんもアレ、言っとこーかなー? ほら、ようこそトッカン図書館へー! ってやつ」

「アレは司書だけにしか、口にすることを許されないんじゃなかった?」

「そんなことはありませんよ。どしどし言っちゃってください」


 突貫図書館ってなんだ。そこには突っ込まないのか。それとも翻訳魔法のミスか。


 俺達はレンズの魔物をなんとか撒きながら、広いテーブルのある場所へへと辿り着いた。ハジメ曰く、ここは食事に使われているらしい。

 しかし、今はテーブルの上に空き瓶や空き缶が転がっているが、このまま食事が断行されるのだろうか。


 それにしてもこのゲル状の魔物、どこかで見たような……そう、アレは確かゲームの……。


「スライム?」

「おぅ? 正解正解。ひっく。もしかして(あん)ちゃんの世界にも、おじさんのお仲間さんとかいるんけ?」

「いや。いない……はずだ」


 もしかしたら俺の知らない所でいたりするかもしれない。……さすがに無いか。


「あのさー。あたし、さっさと寝たいんだけど」

「遅れてすみません。ノエルさん、お客様が食べやすいものをお願いします」

「ん。りょーかい」


 彼女はのんびりと立ち上がり、ぐでーっと数冊の本を取ってくる。

 本をテーブルの上に並べると、指差して説明してくれた。


「そこの本は直接たべられるヤツ。嫌ならそっちの本から召喚する。あたしは全力で前者をオススメするよ」


 直接たべられるとは一体。

 どこの世界の物好きがそんな本を作ったんだ。


「その本は美味しいのか?」

「少なくともヤギには好評だった」


 "紙の味しかしない"と翻訳魔法が訳してくれる。何故そんなものを勧めるのか。……まさか、面倒くさいだけだったりするのか?


「彼女はとある世界で宮廷料理人をしていたんです」


 宮廷料理人が紙をオススメしてたんだが……。

 俺は言い知れぬ不安を押し殺して、腹にたまるものを、とノエルに注文した。


「あいあいさー」


 彼女が本を片手に持ち、もう片方の手をテーブルの空いたスペースにかざす。

 すると、ぶおん、と淡い魔法陣が現れた。

 おお! これぞファンタジー!


「『ブックでシックなちんからぷい』」


 ……え。今のが呪文なのか? 無性に心がざわつくんだが。

 あー、そうか。これこそ翻訳魔法のバグだな!

 ぶいん、と魔法陣が回転する。そのスピードは最初はゆっくりと、やがて少しずつ速くなっていく。

 そして回転が最高潮に達したとき――、


「チン♪」


 ホットドッグが現れた。

 音が完全に電子レンジだ。……ふざけているのか?

 ホットドッグも微妙に注文から外れている気がするし。


「ジャージの嬢ちゃん。ローブの嬢ちゃんに頼まれてたもんはどうした?」

「さっぱり忘れてた」


 スライムがノエルに何かを思い出させる。するとノエルはどこかへ行ってしまうと、一冊の本を取り戻ってきた。

 彼女はハジメに本を差し出す。


「これ、ムジンが渡しとけって」


 すかさず表紙を虫眼鏡越しに見る。

 タイトルは"異世界の写し方・シレンティア"だ。


「あいつ怒ってたぞ。おそいって」


 ムジンはしばらく待った後に帰ってしまったらしい。

 仕事が早かったのか、俺達が遅かったのか。後者だとしたら九割がたブレイヴが悪い。


 その後ノエルは、アスタに刺身御膳を、レコーに動物ビスケットを召喚する。ハジメとブレイヴ、姉弟にはホットドッグを同時召喚した。考えるのが面倒くさくなったらしい。

 なんというか、アスタのメニューが納得できない。


「んじゃ。渡すもんは渡したから。あたしはそろそろ寝るわ」

「おじさんはもうひと飲みしちゃうぞー。ひっく。あ、あんたらも飲むけ? 特にそこのカワイコちゃんとかさー。ひひっく」


 ぐうたらな女性とダメスライムは、フリーダムに己を突き通していく。

 ……ここには濃いヤツしかいないのか。


「ノエルさん、おやすみなさい。ガラダさん、お酒はほどほどにしてくださいね」


 ハジメは律儀に挨拶を送った。彼女らしい。

 常識人が一人でといると、それだけで妙な安心感がある。

 それと、スライムにも名前があったのか。

 まあ、こんな図書館だ。おかしくはないだろう。



 □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



 食事が終わると、いよいよムジンが残した本についてだ。

 ハジメがこれも司書の仕事だと読み上げてくれることになった。まあ、回して読むより効率がいいかもしれない。


「"異世界の写し方"は、レインという人が様々な世界を旅するノンフィクションのシリーズです。作者のレインさんが直接撮った写真は、特にみどころなんですよ」


 "この世界には空人という翼を持った人々と、凪人(あるいは地人)という言葉を持たない人々がいた"


 "言葉を持たない人々" ……この姉弟がそれにあたるのだろうか。

 もし、そうなのだとしたら、(ことわり)の力が翻訳魔法を打ち消したということだ。


 "例えば文字を書いたとしても、書いたそばから消えていってしまう。話を語ろうとしても、それが発音されることはない。もちろん聞き取ることもできない"


 まるで呪いだな……。レインさんも書内で"まさに呪いだ"と述べている。


「……………………」


 姉弟を見やる。相変わらず静かだ。

 言葉が無いとは、どのような気持ちなのだろうか。


 "しかし、彼等の優れた絵画や音楽のセンスや、手話で意志疎通をする独特なコミュニケーションは、それがなければ生まれなかった文化だ"


 レインさんはそうも述べている。

 なるほど。さすがは異世界を旅しているだけあって、視野が広い。その考え方には、見習うべき所もあるだろう。


 やがて、本は読み終えられた。

 ハジメはパタンと閉じると、すくと勢いよく立ち上がる。


「行きましょう。シレンティアへ!」


 無論、シレンティアという世界へ直接行くわけではない。

 シレンティアという駅名がついた、その世界の本が集まる場所へと向かうのだ。

 この姉弟の探し本とやらを見つけるために。



お読み頂きありがとうございます。

その。また、ほんの少しだけ長くなりました。

くっ。これもすべてブレイヴお兄さんが……!


そして、姉弟の出身である、空人と凪人の世界シレンティアを舞台にした短編を投稿しました。姉弟は登場しませんが、よろしければお読みください。

http://ncode.syosetu.com/n3328dx/

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