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特急図書館と見聞録(更新休止中)  作者: 続木乃音
1章.巨大図書館に迷い子
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1.本の香りに包まれて


 がたごと揺れる車内の中、本の匂いが鼻腔をくすぐって、木足(こだらし)は違和感に目を覚ました。

 古本屋の店内にあるような、少し埃っぽいあの匂いだ。


 目を開けると、そこには見慣れた地下鉄の車内――ではなく、ぼろぼろの布のシートに、千切れかけた吊り革と、古ぼけた内装は数十年の時を経た電車のようであった。パイプには錆さえ見受けられて、軽い危機感を与えてくる。

 そしてなにより、そこら中に本が散乱していることが現実感を無くしていた。

 その本に統一性はない。ペラペラと薄い本から、鈍器に使えるほどに分厚い本、文庫サイズの小さなものから、図鑑サイズの大きな本まで、数多の本が無造作に置かれていた。


「なんだこれ……?」


 目を擦り、そして丸くしながら、彼は記憶を探ってみる。

 この日は何の変哲もない日だった。

 普段と違うことがあるとすれば、帰りの時間が通常より遅くなって、終電でギリギリで間に合ったことだ。何時、眠りこけてしまったのかも覚えていないので、それも違いのひとつだろう。

 乗ったときに見落としていたのだろうか。いや、いくら慌てていたとはいえ、この大量の本に気がつかないはずがない。

 木足はこめかみに右手を当てて、記憶の中から答えを探っていた。


 ふと、違和感を感じて、窓の外へと目を向ける。そこにも見覚えがない景色があった。

 トンネルの無機質なコンクリートの壁ではく、一面に本の背表紙が色とりどりに並んでいて、それは紛れもなく本棚だ。等間隔の電灯の代わりには、淡く橙に灯るランプが並んでいる。

 彼はあまりにもの本の量に、ゲシュタルト崩壊に似たものを覚え、頭をずきりと痛くした。


「はあ……。なんなんだよ、一体」


 先ほどと同じような呟きと共に、魂の抜けるような溜息をつく。このまま考えていても、拉致はあかなそうだった。

 試しに本を一冊取ってみて、パラパラと中を覗いてみる。

 その本では、本来文字があってしかるべき所に、日本語でも、英語でもない、妙な記号が並んでいた。だというのに、木足には本の内容が読み取れてしまった。文字化けに埋まる画面を見たときのあの嫌悪感と、その内容が理解できてしまった恐ろしさが同時に襲ってきて、彼は「ひっ」と情けない声をあげた。

すぐに本を元の位置に戻して――といっても電車が揺れればズレてしまうのだが――木足は鳥肌を押さえながら、再度溜息を吐き出した。


 しばらくがたごと揺られながら、ぼんやりと天井の蛍光灯を眺めていると、電車が減速していくような気がした。停車するのだろうか、と木足は思いつく。

 果たしてその予想は的中していたようで、窓の外の風景が本棚から駅のホームへと移り変わった。

 壁が本棚になってなどいない、いつもの地下鉄の駅のホーム。ただし、床やベンチに本が散乱していなければ、の話だが。


 ぷしゅー、と音を立てて電車が止まり、数拍遅れてドアが開く。いつまでも閉まる様子のないそのドアは、「降りておいで」と誘っているようであった。

 いつも駅名を告げてくれる声は、今は何故だか聞こえない。駅名がないかと観察してみると、『カナミヤ』と書かれた看板があった。木足は小洒落た名前だなと感心しながら、見たことも聞いたことない名前に困惑する。


 彼は、まるで別世界に迷い混んでしまったようだと思った。

 そして、奇しくもそれは正解だった。

 木足がやってきてしまったのは、本と魔法のファンタジー世界。異世界中の本が集まってくる、広大すぎる世界だ。


「うわっ、と」


 不意に木足の足元から、一冊の本がふわりと浮かび上がった。

 そして羽化したての蝶々のように軽やかに羽ばたき始めて、木足の周りをくるくると飛び回る。

 魔法の本はひとしきり木足を驚かせると、開いたドアの向こうへいってしまった。


「あ。これ夢か」


 彼がそう思ったのは、無理もないことだろう。

 現代人が魔法を見せられて、素直に信じろというほうが難しい。訳がわからない事態が続き過ぎたことも相まって、木足はこれを夢だと決めつけた。


「……どうしようか」


 次に彼は顎に手を当てる。

 ここは素直に、夢なら楽しもう! と行きたいところだが、木足は乗り過ごしを気にしていた。

 しかし自身に目を覚ませと念じてみても、一向に起きる様子はない。


「しょうがない、行ってみよう」


 楽しんでいる暇は多分ない。だけどもちょっとは楽しみたい。さっきの本の行方も気になるし、なによりこのまま車内にいるのも退屈だ。どうせすぐには起きれないだろうし少しだけ……。


 自分を納得させる言葉を選びながら、鞄の持ち手をしっかりと握る。

 その表情は不服そうにしながら、けれども確かな期待を胸に抱いて、彼は本だらけのホームに踏み出した。


 その背後から忍び寄る気配に、彼はとうとう気がつかなかった――。



お読みいただきありがとうございます。

そして、特急図書館へようこそ。こんな世界へ行ってみたい! と思っていただければ幸いです。

どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。見切り発車気味ですが、よろしくお願い致します。

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