「季節の匂い」ショートショート
僕は季節の変わり目に流れる風が好きだ。心が新しい季節に向けて動き始める感じ。そんなドキドキ未満の妙なはがゆい感じが好きだ。別に節目の時期とか卒業とか入学とかそんなのはなくても、季節の変わり目の風の匂いを嗅ぐとちょっと心が躍ってしまう。
とりわけ春は匂いが強いと思う。
花が咲き始めるからなのか、空気の変わり目なのか、よくわかんないけど、4月中旬ぐらいに来るあの風、あの空気、そして匂い。
「あ、季節が変わった」って思える瞬間。そんなのがたまらなく好きだ。
そんな風が動き、好きな匂いがフッと顔を横切った時、僕は丁度昔通っていた中学校の前を通り過ぎるところだった。もう卒業して随分と経つ。ここに通っているときは何度もこの匂いを嗅いだ。その度にドキドキする。
そして懐かしい校門を通り過ぎて少し、お気に入りの場所。よく見上げていた、あの頃と変わらず。少し背が伸びた僕は、あの時と同じように見上げる。
そんなとき目があった…ような気がしたんだけど…。
私はこの季節があまり好きでは無い。
一生懸命頑張ってもまたリセットの繰り返し。
もうそんな日常は嫌になる。
そしてまた始まってしまう季節。
一様に、みんな同じようにはじまる、憂鬱な季節。
私はそんな季節も、そんなことを考えてしまう自分もキライだ。
褒められることはある。
自分をその度好きになりたいなんて思っている。
でも、やっぱり無理だった。
私はこの街から出たことが無い。
出る気もないけど…。でも、ずっと待っているんだと思う。
あの人に。あの数年間、こんな私にずっと話しかけてくれた人。
今どうしているんだろう。
そう思ってふと校舎の隅から目線を落とした時…。
その人はしばらくぶりに私の前に現れた。
そして私に言った。
「久しぶり。」
そこには少し背が高くなって大人びたあの人がいた。やっと来てくれた。込み上げる想い。あの人は続けて言う。
「なんかさ、ドキドキするこの季節はってさ…君を見てから始まったんだとおもうんだな、僕は。」
そう言ってあの人は私にそっと触れる。そして私に言う。
「今年も咲いてくれていたんだね。うれしいよ。」
私はこの季節が嫌いだ。
でも、来年は少し好きになれそうだ。
「君ががんばって咲いてるんだったら僕も頑張ろう。また来年来るね。」
私はこの季節が…
僕はこの季節が…
きっと好きなんだと思う。