契約
目の前に映し出された光景に、思わず頭を抱えたくなった。
そもそも、優人と香奈が巻き込まれている時点で、魔王からの「勇者のライバル役を演じて欲しい」という依頼を、俺は引き受けざるを得なかった。
だから、魔王と交渉しつつ、有利な条件で引き受けるようにしたかった。…少なくとも事の成否に関わらず俺達の安全を確保したいところだった。
そのためにまずは今の状況を確認させて欲しいと頼んだ。すると魔王は水晶球を取り出し、過去のとんでもない映像を見せてくれやがった。
「~~というのが、召喚されてからの勇者一行の動きなの。ほんの2時間で自動車作るとか、どういう頭の構造してるの、彼…。
そのまま、近くの街まで向かったみたいだけど…、本来こっちにはその道中に色々イベントをしかけてたのに…。」
残念魔王が何か言っているが、それどころではない。こいつら馬鹿神共は自分達が何をしでかしたのか、真剣に分かっていない。
「というかねぇ~。金とか重要そうなアイテムは生半可な理解じゃ、創れない様にしてたんだけどね。そっちも何で出たんだか…?」
それは、明らかにお前らの設定ミスだ。俺は叫びたいのをガマンするので一杯だった。
経緯はこうだ。
◇◇◇
召喚された優人は、以前俺が話をした通りに自分の状況を確認したはずだ。写し出された映像から察するに、そこまでは問題無いように見えた。
淡々と状況が進んでいく中で、次に優人は【物質創造】という、残念魔王曰く"今度の勇者の一押しスキル"の確認に移った。これが問題だった。
まず、優人は"ライター"らしきものを創り出した。らしきというのは、傍から見れば動作に問題は無さそうなのに火が点かなかったからだ。
だが、そこは優人にとっては、問題では無かったらしく。
『お、ある程度イメージを補足してくれてるね。じゃあ、アレもいけるかな・・・。』と言ったかと思うと5分ほど瞑想し、今度は20cmほどの黒い棒を創り出した。
その棒には、見覚えがあった。化学の時間で使った炭素棒である。
優人は創り出したその炭素棒を暫く観察した後、『えっと、コレが12だからアレは79か……』と呟き、自動車のタイヤ位ある金の塊を創り出した。
『うわっ!!ユウ君、どうしたのソレ!?』
香奈が叫び声を上げる。当然だ。突然金塊が目の前に出てきたんだからな。俺もかなり混乱はしているが、大よそ優人が何をしたか推測できる。
あいつがイメージしたのは、原子核と電子だ。
化学でも習うが全ての物質は目に見えない極小の粒、原子から成り立っている。その原子ってやつは、プラスの電気を持つ原子核とマイナスの電気を持つ電子の組み合わせでその性質が変わる。
例えば、水素原子は+1の原子核1個と-1の電子1個の組み合わせになる。これが炭素原子だと+12の原子核1個と-1の電子12個といった具合だ。
そうして出来た原子の粒を途方も無い数集めることで物質は成り立っている。
話だけ聞くと、イメージするだけなら簡単そうに聞こえるし、実際に難しくは無いはずだ。
ただし、最初にイメージするプラス幾らかの原子核は実際に作ろうとするだけで膨大なエネルギーが必要になる。1個作ろうとするだけで恐らくレーザー砲とか、物によっては超新星爆発とかそんな攻撃に匹敵するエネルギーのはずだ。消費MP5のスキルで出来て良い事ではない。
『う~ん、金が創れるのはすごいけど。こっちとしては、大量の剣とか作って発射したり、敵の攻撃の前で、突然巨大な盾とか出して戦って欲しかったんだけど~。』
黙れ、残念魔王!!そういうのをやる時は、創る物に応じて消費MPを変動させるんだよ!!一律消費MP5でやれたら攻撃が終わらんわ!!
後、優人には【MP自動回復】も付いているらしい。余計に歯止めの利かないスキル構成だ。
ふーっ、落ち着けぇ、俺……。
ここまで来れば分かるが、同じ要領でイメージして金を作り出した訳だ。金は原子核は+79であれば良い。ん、待てよ。アイツ、1回で塊を創らなかったか?
………ぬおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!!!馬鹿神共、質量の制限もつけてねぇ!!何が巨大な盾だ、その気になれば山脈すら出現させられる可能性があるじゃねぇか!!
『でねでね、この次なのよ!!』
残念魔王が叫ぶ。映像に目をやると優人はカバンからタブレットを取り出した。……その瞬間寒気が走った。スイッチを入れて表示されるタブレットの画面には、電子化された参考書の一覧があった。
優人は、その中から自動車のモデリング図を選択して、見ていた。あれは、武人兄さんがくれた……。
『何であんなの持ってるのぉ?学校じゃあ、使わないでしょ?』
ん、どういうことだ?
『あの~魔王様、優人……、勇者の家族構成とか確認されてますか?』
『…………ちょっと別案件のタスクに取り掛かりだったので、そちらはウズメちゃんの方に……』
『知らないんだな!!』
『………はい……。』
優人の家は、3人兄弟である。長男の正人(22)と次男の武人(19)はそれぞれ専攻は違うが大学に通っている。
家業は長男の正人兄さんが継ぐそうなので、武人兄さんは幼い頃から興味のあったデザイン工学の道に進んでいる。
俺も優人も、武人兄さんが持っていた自動車や飛行機なんかの内部構造を描いたCGデータは、興味があったので端末に貰っている。
というか優人の奴、タブレット毎こっちに来てるのか、ますます不味いな…。
『あれは、アイツの兄貴がくれたデータです。他にも戦車とか飛行機、お城やロボットのデザインも入ってたはずです。』
『うそぉ!!…でも、まぁ向こうが強い分には問題ないか……後は…だし……戦力も…で調整……・』
ん、また何かブツブツ言っているが、こちらもそれ所ではない。映像の中の優人はこうしている間にも着々と自動車のパーツを創り出していた。
『うわぁ、合成素材もイメージで創れるのかよ……。』
スキルによる補足の力もあるのだろうが、原子からイメージで創れるのであれば大概の物は作り出せる。例えば、有名どころの水は水素原子2個と酸素原子1個のから出来ているのだからイメージは簡単だ。
実際の飲み水にはここにナトリウムやカリウムなどのミネラル成分が入ってくるのだが、優人のスキルの場合、これもイメージで解消できる。
1000個の水の粒の中に、ナトリウムの粒1つとイメージするだけで濃度の調整が出来るからだ。
自動車のタイヤのゴムや、金属のスプリングも思いのままみたいだな。
ただ、これならイメージする時間がネックになるからバランスが取れるな。素材をイメージしてから出ないと効果的な道具は創り辛そうだ。……そう思った矢先目の前でさらに信じられない事が映し出された。
『よっと!』
その一言と共に完成した自動車が出現した。さっきまで作っていたパーツはそのまま、地面に残っている。
『ま、魔王様!!ア、アレは一体どういうことでございましょうか!?』
『ん?ああ、勇者君は一回創っちゃえばラグ無しで創ることが出来る様になってるのよ。当然、頭の中で合成しても出すとかも出来るようにしてるの。
そうしないと戦闘になった時、テンポ悪くなるでしょ。』
ば、ば、馬鹿か~~~~!!!!!!!!開始わずか1時間で超絶チートが判明するってどんな仕様だよ……。
ふいに、パーツを手に入れて、自由に換装して戦うロボットゲームが思い浮かんだ。
『それでレギュラーガソリンは、オクタンベースの化合物だっけ。成分表とかあったかな…。』
そして、優人はガソリンの創造を始めたが、もはや俺の思考は停止していた。
威力 S、汎用性 SS、効率 SSSのチートスキルである。
個人戦から軍対軍まで戦闘面での問題は無い。使用者本人に戦う意思があればだが……。
◇◇◇
「でねぇ~。この後、大きな街まで移動して金塊の一部を売却して、服装を整え、宿を確保し、本を買ったりしながら一向に動かなくなっちゃったの~。」
「えっと、さっきの映像は…」
「2ヶ月くらい前のものかしら。」
「2、2ヶ月!?」
元の世界と異世界の時差がここまで酷いとは……。
「もちろんね、こっちからもアプローチとして、ウズメちゃんやエロスちゃんから神託をしてもらってね。勇者として動いてってお願いしたんだけど反応ゼロなの…。」
そりゃ、そうだろう。だって……。
「魔王様、優人の将来の夢ってご存知です?」
「え?何それ…?…知らないけど、何!?それが問題なの?」
「ええ、大問題です。何せ、アイツの夢は獣医になることです。だから、どうしてもという理由が無い限り、アイツは生き物を殺しません。
おそらくこの世界のモンスターも野生動物の一種としか見なしてないでしょうね。」
「……ウ、ウソでしょう……。あ、でも、私達魔王軍の方は魔族という扱いだから、名目上は無意味な殺しじゃなくて、異なる種族同士の決戦にならない。」
「余計、無理ですよ。それこそアイツからしたら無意味な争いですからね。訳隔てなく助けるなら兎も角、一方に加担して戦うなんて自分からはしないですね。」
「じゃ、じゃあ、無理やり巻き込む流れに持っていけば……。」
「あの万能スキルのせいでそれも無理になったけどなぁあ!!!おそらくある程度の厄介事でもあのスキルで乗り切れる上に、倒すじゃなくて逃げる、回避するに主眼を置いたら手が付けられないんだよ!!」
マジで、制限なしのチートスキルすぎるだろうよ。
「ひっ、ま、まぁ、落ち着いてよ。」
「恐らく、今は帰還する方法を探し回ってるだろうよ。俺にライバル役をやらせるにしてもどういう理屈で絡んで行くんですかねぇ!?まだ、スタートラインにすら立ってないのに!!」
「……!!き、君が操られているからそれを助けるためにって言うのはどうよ。それなら彼も動いてくれるんじゃない。」
「状況が不自然すぎるでしょうし、場合によってはこちら側の味方をするとか言ってきますよ。」
「突っぱねちゃえば?」
「どういう理由で?おそらくですけど、貴女の思ってるゴールって、勇者が配下を倒しながら旅をして、魔王城まで到達。最後は死闘の上で、決着ってオチでしょう?」
「まぁ、そうね。」
「だとしたら突っぱねるとか無理でしょう。味方になるって、言ってる勇者に"いえ、今回は戦って下さい"ってどっかのコントですか!?」
「ふ、古いネタ知ってるわね。」
そっちもな。
「で、でも、だとしたらどうするの?もう最後のチャンスなのよ。何とかなんないのぉ~~~。」
「ようやく、状況を理解して頂けましたか?こちらが引き受けるにしても、ほぼ詰みの状態からのスタートなんですよ。」
「目、目の前が真っ暗になってきたわ……」
「………ただ、手がまったく無いというわけでもないです。」
「ほ、本当!?」
「ええ。……ただし、それなりに条件を付けて貰いますよ。」
「き、聞くだけ聞くわ。」
「ほぼ、不可能に近いんですから、重いですよ。1つ目ですが、もしこの世界が消滅することになっても俺と優人、香奈の3人は強制的に元の世界に戻して下さい。例え、死亡したとしてもです。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。叶えられない願いじゃないけど、そっちがワザと死んだら帰れちゃうじゃない。」
チッ、まぁ気付くか。
「いや、死んだ場合は、一度魂を神様達で預かって頂いてOKです。ワザとするようなら消滅させてしまえば良い。そのリスクがあれば下手な真似はしないでしょう。」
「む、……まぁ、それ位なら……ただし、こっちにも制限を付けさせて貰うわ。その事実は君だけが知る事、相手に漏れたらその約束は無しにして。」
「分かりました。」
……ふぅ、ようやく、こっちの安全確保は出来たか。さて、もう1つの問題をどうするか?
俺は自分のステータスを確認する。
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[名前] スズキ リュウジ
[種族] ヒューマン
[HP] 145
[MP] 50
[筋力] 75
[耐久] 50
[魔力] 40
[精神力] 95
[素早さ] 55
[幸運] 10
[称号] なし
[スキル]
【鑑定】【収納空間】【口先の魔王】
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……これでどう戦えと?