脅迫
2話目です。
失恋して、荒れていた主人公は、彼女が出来たことであっさり立ち直りました。
「…へっ??」
目の前の魔王から漏れる間の抜けた声が漏れた。
「え?えっ??ちょっと待って、ちょっと待って。じゃ、じゃあ何。キミはあの子のこと恨んでないの!?」
魔王は、玉座から飛び跳ねる様に、立ち上がり、もの凄い勢いでこちらに近づいて来る。
見た目だけなら極上の美女に詰め寄られ、思わず後ずさってしまったが、ここは素直に伝えよう。
「はい、正直最初は憎んでいたんですが、自分にも彼女が出来たら落ち着いちゃいましたね。」
◇◇◇
ここで唐突だが、俺の彼女、山下 結衣 について触れさせてもらいたい。
というか、目の前で魔王が崩れ落ちて、オタオタし始めたので立ち直るまで待ちたいと思う。その合間の彼女語りだ。
相手がパニックを起こすとまとまる話もまとまらないし。このまま話して1、2時間取られるより、10分待って10分で片を付けた方が早く帰れるしね。
コホン、結衣も同じ幼稚園のに通っていた俺や優斗の幼なじみで、その上香奈の親友でもある。
性格はのほほんとしていて、ちょっと内向的だと思う。運動神経はお世辞にも通っているとは言い辛い。何も無い所で転んだりするのは当たり前で、酷い時には、自分でしゃがんだ拍子に膝を腹部にねじ込むという荒業を披露してくれた。
学校で行われる定期健診では、視力には問題がないとの結果なので、極端に自分の体の制御が下手くそなんだと思う。そんな理由も相まって部屋でじっと本を読むのが好きな子だった。
香奈の親友だと言ったが、幼なじみの俺から見ても活動的な香奈と、内気で物静かな結衣とでは、活動範囲がそもそも重ならないはずである。
しかし、不思議なもので、これで中々どうしてウマが合うようである。香奈に四六時中連れまわされて、ヘトヘトになった結衣を俺や優斗がおぶって連れて帰ったことは数えきれない。
これで懲りてくれるかと思えば、次の日には香奈にべったりの結衣の姿を見ることになるのだ。疲れるだけならまだしも、香奈のとばっちりで怒られたことが多々あるのにだ。
先に言った幼い頃の香奈の無鉄砲な行動のフォローをしていたもう一人の幼なじみとは、巻き込まれた結衣のことである。
俺はというと、結衣と一緒に頭を下げながら、いつも泣きそうな彼女のことも慰めたりしていた。
そんな訳だから、俺にとって結衣とは、正直香奈に輪をかけて護るべき対象だった。半ば妹の様な扱いである。ただ、結衣に言わせると、この頃から俺に惚れていたとのことで、何とも照れくさい。
「え、ちょっとマジでどうしよう。もぉおおお、リア充死ねよぉおおお!!!」
目の前でチョロチョロ慌てる魔王がうるさい。最初に感じた恐怖心を返して欲しい。
やはりというか、最初の如何にも魔王といった振る舞いは演技だったらしく、素はまさしく残念美人を地でいっている。
何か仕事に疲れた親戚のお姉さんを見ているようだ。ここから酒に逃げ出し始めたらその時は止めよう。
ええっと、横道に逸れたが、そんな妹の様に思っていた結衣と、俺が何故付き合う様になったのかというと、俺が失恋した日を遡る事になる。
「ええっと、こんな時は、こんな時はそう!ウズメちゃんに電話!」
ファンタジー世界で電話?落ち着け魔王。ったく……。
◇◇◇
あの日な流れをもう少し詳しく話すと、朝のHRが終わった際に香奈から相談したいことがあると、放課後呼び出された俺は、これはチャンスだと逆に告白しようとしていた。
どうも、このHR後の呼び出しを結衣は見ていたらしく、放課後になってこっそり後を付けていたらしい。
以前から優斗が好きだという、香奈の気持ちを本人から聞いていた結衣だったのだが、授業中も意気込む俺の様子を見て"これはマズい"と少々不安になったようなのだ。
どの時点からかというと、正直俺の精神ケアの観点から聞けないのだが。俺が香奈のことが好きだということは、結衣からすれば自明のことだったらしい。
そんな訳だから、俺の不穏な行動を受けて。結衣は悪いと思いながらも放課後教室を監視することにし、教室のベランダから事の次第を伺っていたそうなのだ。
しかし、いざ結果を見れば、堂々と他の男の元に向けて、香奈の背中を押す自分の想い人の姿を見て。
"ひょっとして自分は盛大に勘違いをしていたのでは?"そう思った結衣は羞恥心のあまりその場に暫く蹲っていたらしい。
そんな時教室の中から俺が号泣する声が聞こえたのだという。
……この涙の量に関しては、結衣と俺の認識とが違うので、その後何度となく話し合ったのだが、結果は平行線をたどっている。
その後、教室から出ていく俺を見送り、結衣も泣きながら家に帰ったそうだ。当然である。
何故なら彼女も俺とまったく同じように告白出来ないまま失恋したのだから。
後でその話を聞いたとき、俺には痛いほどに気持ちが伝わった。
「そう!そうなの!!ライバル役の子がね、ライバルじゃなくってね。ウズメちゃん、この場合どうすればいいの~。」
何か雑音が聞こえる。まだ、時間がかかりそうだ。続きを話すとしよう。
その後、結衣は1ヶ月経つというのに何時までもウジウジとしていた俺に思いの丈を爆発させた。
これもまた当然と言えば当然である。鏡越しの様に失恋した相手が取った行動は、下種の極み・屑の本懐まっしぐらなのだから、それを見ている方はたまったもんじゃないだろう。
思い立った後の行動は迅速だった。あの告白の日からちょうど1ヶ月後の夜、結衣は俺の家を訪ねてきた。
俺は応対にでた親に、適当にでっちあげた理由を伝えて、彼女を家まで送るように仕向けた。正直会う気はしなかった。
そして、ダラダラ漫画でも見ようとベットに横になった所で、突然自分の部屋の扉が蹴り開けられた。扉の先には、目に涙を溜めた結衣がこちらをにらみつけていた。
……ここから先は、あまりにもよく見る光景で、実際に自分の身に起こったとは今でも信じられない出来事だった。
結衣はベットから起き上がろうとした俺に近づくと、まずはビンタから入り、
『いつまでもウジウジとそんなリュウ君、見たくない!』
と一言。返す形で俺も
『うるせぇ、お前に何が判る!!』
と一言。思い返せば、我ながらとっさの応答として最低の部類だと頭を抱える。
『判るよ!!!だって、だって、私はリュウ君のこと、ずっと好きだったから!!!!』
とアニメや漫画のテンプレートをなぞった様な青春の応酬を経て、……結衣はその場から駆け出していった。
残された俺はと言うと、その場にベットの上で呆然としたまま朝を迎えていた。そして、物の見事に風邪をひいた俺は、そこから2日間学校を休んだ。
突き付けられた思いの強さもさることながら、まさに黒歴史と呼ぶべき最近の自分の行動、そして熱も合わさって、俺は大いに悩み、悶え苦しむ羽目になった。
「うん、そうする。バレちゃうけど、しょうがないよ。エロスちゃんにも伝えておいて、ごめんねぇ…。」
ん、向こうもそろそろ落ち着いてきたか。こちらもそろそろ話を締めよう。
「勇者の子もキチンと闘ってくれないし……、……どうしてこんな、、アタシだけ、、……グスッ。」
なんか、愚痴り出したな。こっちに向いてこなければ良いけど…。
そうして悩みに悩んだ俺は、日曜日に見舞いに来てくれた結衣に自分の気持ちを伝えようと思った。今まで妹の様に見てきたこと、今の有様では到底向き合うことなどできないことを。
『正直、結衣の気持ちは嬉しかった。でも、今のこんなままの自分じゃ…。』
『リュウ君!!』
『は、はひ。』
『そんな事が聞きたいんじゃないの!私も覚悟は決めてきた。……私と付き合ってください。』
『よ、よろしくお願い致します!』
そして、イザという時の女性ほど強いものは無いことを知りました。
こうして、俺にカノジョが出来た。
思えば、結衣はこれと決めたら決して譲ることは無い子だった。
香奈との付き合いも、保育士や先生といった大人達には何度か止められたそうだ。香奈や俺達と一緒に居ない時、香奈は一人で本を読んでいた。
そんな時、決まって話しかけられる内容は、"ユイちゃんは悪くないのだから、あまりカナちゃんと一緒に遊ばない方がいいと思うわ"、といったものだった。
それは、年が上がるにつれ同世代の女の子達のイジメに形を変えていた。"あなたはカナちゃんにふさわしくない"だの"調子に乗って、優しさに甘えるな"、"カナから離れろ"だの凄まじい暴言である。
ただ、どんな時も結衣が首を縦に振ることは無かった。その人が大切であれば、あるほど、結衣はその手を離そうとはしないのだ。
ウジウジと悩む俺程度が敵うはずもなかったのだ。
こうした経緯を経て、付き合い始めたのだが、最初の1ヶ月はギクシャクしていた。結衣曰く、俺が不自然の塊だったせいだ、とのことだが…。この辺りも未だに話が合わない。
ただ、元々長い付き合いだったこともあり、自然と落ち着くところに落ち着いた。
その後は、わりとトントン拍子に進んだと思う。二人で優斗と香奈に付き合いだしたことを伝え、夏休みになる頃にはダブルデートで遊園地に行ったりもした。
高2の夏、理想的なステップアップである。
そして、今日休み明けテストの最終勉強の名目で結衣の家に泊まるつもりだった。
狙い済ましたかの様に結衣の両親は家を開けるようだ。
幼なじみとはいえ、家に男と二人っきりにさせるとは、本当に彼等は年頃の娘を持つ親なのだろうか。
というより、付き合っていることを報告した時もそうだが、「やっとか」という顔をされた。
まぁ、そうは言いつつも、夜10時には戻ってくるらしいが、こちらにしては渡りに船である。
最低でもキス、イケルならその先へとの思いが湧き上がった。上がったのに、何故こんな目にあっているのだろうか。
うむ、やはり一人語りをする様に自分を見返すのは良いことだ。俺にはこの世界でやるべきことなど何一つ無い。早く帰ろう、それがいい。
そろそろ魔王も落ち着いて来ただろう。何時までも通話させておくわけには行かない。きっぱりと自分の要求を突き付けよう。
「あの~!!そういう訳なんで、元の世界に返してもらっても良いですか!」
内心イラつきながら魔王に呼びかけた。
「あ、うん。呼んでるから、あ、はい。じゃ、またねー。」
軽いなぁ、ノリが…。
「コホン、改めて余が、いや我が」
「あ、もう今更なんで普通に話してもらえますか。」
「あ、そ、そう。じゃ、改めまして、私がこの世界の魔王 アスモデウスよ。
ズズキ リュウジさん、単刀直入に言います。あなたには、この世界で勇者のライバルを勤めて欲しいの。」
「嫌です。帰して下さい。」
ここで引くわけにはいかない。幸い相手も混乱から立ち直って無い様だ。押しの一手でいくべきだ。
「うっ、そ、そんな強気に出ても無駄よ!帰れないの…。帰れませんので、諦めてライバルキャラになって下さい。」
今、俺の時計は午後4時30分を指している。夕飯を食うことを考えると、リミットは2時間だ。
2時間後には、結衣の家に居ないとその後のスケジュールが進められない。俺は語気を強める。
「おい、あと2時間以内に俺を元の世界に帰せ。その後、1日経ったら改めて話を聞いてやる。」
「ま、魔王相手に何故一般人がそんな強気に出れるんですか。」
当たり前だ。高2男子の夢の前に、残念魔王如きが立ちはだかるんじゃない。
「最終勧告だ。今すぐ元の世界に帰せ!」
「ちょ、分かりました。すべてが終われば、あなたが元いた世界の午後5時あたりに戻すから!そ、それでどうよ。」
ん、妥協案を出してイニシアチブを取りにきたか。
「だが、断る。」
この世界で死ぬ可能性もあるわけだし。果たせず死ねるか漢の夢である。
「お願いよぉ~。こっちにも時間がないのよぉ~。今度失敗するとアスモデウス様にこの世界が消されてしまうのよぉ~。」
……………
………
…
えっと、……何を言ってるんだろう。
というわけで、2話目「(魔王を一般人がまさかの)脅迫」をお送りしました。
主人公は恋愛面ではヘタレですが、こういう非常事態には強いという設定です。
幼いころから幼なじみのフォローを繰り返したことで、修羅場耐性が付き、彼は目上の人でも容赦なく攻めていくことが出来ます。そして培われた交渉術っぽい何か、今後活かせればいいなぁ。
アスモデウス様のイメージは、20代後半の頑張るOLです。
無理して威厳を出そうとしたり、テンパると途端に使えなくなるところが彼女の魅力になれば…。
さて、また最後が意味不明で終わってしまいましたが、次回更新で、この話の背景と共に説明したいと思います。