プロローグ ~召喚~
初投稿になります。拙い文ではございますが、読んで頂ければ幸いです。
「私ね、ユウ君のことが好きなんだ。」
夕暮れの教室で、俺、鈴木 流司 は幼なじみの少女 水野 香奈 にフラれた。
いや正確に言えば、相手に告白も出来ていなかったので一人で勝手に失恋していた、というのが正しいのだろう。
思えば香奈とは、物心がつく頃からいつも一緒にいた気がする。
幼稚園位の頃は、太陽の塊の様な熱量と輝くような笑顔を携えて、よく言えば天真爛漫、正直無鉄砲な彼女の行動に何時もヒヤヒヤさせられていた。
幼くして並居る町の不良よりも問題行動の多かった彼女のフォローは、彼女の両親に次いで俺ともう一人の幼なじみがしていただろう。
ただ、厄介な事に彼女の問題の多くは、自身の思う正義を貫いた結果起きたということだろう。
"おばあさんをひきかけて、逃げたスクーターに石を投げつけたり(もちろん、攻撃された相手が反撃しようとして、周りの大人を巻き込んだ大乱闘になった)"
"前日から風邪をひいたせいで、うまくお別れができなかった友達のために、300km離れた引っ越し先にメッセージカードを届けに行く(捜索願が出され、パトカーに乗っての帰宅となった)"
など結果は大問題なのだが、事情が事情だけに大人達も叱り切ることができなかった。むしろ、町の中では人気者の部類に入っている。
かくいう俺も悪態はついていたが、毎度の騒動で頭を下げることに嫌悪感は無かった。ただ、そんな関係だったから同年代の異性というより、口うるさい兄の様に扱いだった。ただ、邪険にされることも無く、それなりに頼られ、慕われていたと思う。
「こんなこと、リュウ君にしか相談できなくって。」
そんな彼女も中学校の半ばを過ぎれば、不思議と女性らしさというものが出てくるようになった。無鉄砲さは影を潜め、人を引き付ける明るさと笑顔だけが際立つ様になり、
高校に入る頃には、髪形をちょっとしたオシャレとして栗色に染めたふんわりショート・ボブにしていて、町ではちょっと目を引く女子高生となった。
スタイルの方も上背は155㎝ほどしかないが、出るとこは出ている。幼なじみの目から見ても、いわゆるトランジスターグラマーと呼ばれる美少女だと思う。
その頃には、俺はすっかり彼女に惹かれていて、彼女からも慕われているのだから、こんな関係のまま、高校生くらいには自然に告白すれば付き合えると思っていた。
だが、一大決心した告白の前に、彼女の口から親友への想いを聞く羽目になった。
「だったらはっきり伝えてやれ、アイツはあの調子だから言われなきゃ、いつまでも気づかないぞ。」
心は真っ白のはずなのに、我ながら上手く取り繕えたものだ。窓から差し込む夕日を背にしていたのも幸運だった。向こうからはこっちの顔は影になっていて、よく見えていないはずだから。
「そ、そうだけどさ、、、こうさ、なんか失敗したりゃ、怖いというか。」
「落ち着け。ちゃんと言えてないぞ。告白の時も噛むつもりか?」
笑いながら、いつもの様に軽いやり取りを。
「うぇ、そんなことない。ちゃんと言える。」
「そうか。なら、よし行ってこい。」
「うん!!って今から行くの? 無理無理無理。」
「いいから、思い立ったら即行動する。ほら。」
そうして、彼女を俺の親友にして、もう一人の幼なじみである 河口 優斗 の元へと送り出す。
「あ、ありがとう、リュウ君。」
いつもの様に彼女のフォローをして、俺は一人残った教室でちょっと泣いた。
こうして、高校2年の5月、俺は幼馴染二人の恋のキューピットになったわけだ。
滑稽で、情けなくて、今思い返しても目を背けたくなる有様だった。
◇◇◇
それから4ヶ月が経った。
人の心とは単純なものだと思う。数十年分の思いが砕けたというのに色々あって、どうにか俺も落ち着いているのだから。
正直、あの日から数日は荒れていた。表面上はいつも通りの自分を演じてはいたが、心の中では常に"こんなはずは無い"、"どうにでもなれ"という思いが渦巻いていた。
親友のはずの優斗を恨む、呪うは当たり前。それどころか、八つ当たり気味にその辺の不良を襲撃して、金品を強奪したりしていた。奪った金を戦利品と呼び、我ながら自暴自棄も極まったと高笑い、なんとも俺の心はボロオロだった。
段々、アイツ等と顔を突き合わせるのに吐き気がして、学校に行くのも面倒くさくなっていた。そのままフェードアウトしかけたが、人は2ヶ月もあれば、そんな淀んだ想いからも立ち直れるものだという事を、俺は学んだ。
今では初々しいカップルの片割れとなったカナをからかったり、逆にからかわれたりと、いつも通りくだらない話をしている。
余談だが、巻き上げた金は本来の持ち主が居たらしい、そいつ等に返してやるとえらく感謝された。結果的にちょっと校内の評判が上がったが、冷静にならなくてもガッツリとした犯罪行為である。本当にどうかしていたと思う。
危うく壊しかけてしまったが、俺と優斗、そして香奈との関係は、形は変わってしまったけれど、これからも続くとそう思っていた。
そんなある日、一人ウキウキしながら学校からの帰り道を進んでいると、黒い扉が立っていた。
造りは豪華で、竜や悪魔の彫刻が至る所に施されている。一見しただけでは何で出来ているのか分からないが、その漆黒の色合いに映える様に金色の取手が付けられていた。まるで何かの絵画で描かれた地獄への扉のように感じた。
そんな扉が目の前に立っていた、学校から家まで続くアスファルトの道路上に、である。
突然のことに完全に呆然としていた。だが、気付くと自分の手がその金の取手を握っている。開けようとしているのか、"嫌だ、止めろ、開けちゃいけない"と心が警鐘を鳴らしている。だが、意思に反して、手は扉を開けようとしている。
そして、扉が開き、目の前が闇に包まれた。
◇◇◇
気が付くと広いホールのような場所に立っていた。ロウソクだけで照らされたいるのか、ぼうっと薄暗い空間である。
目を凝らしてみると、足元には先まで敷かれた豪華な赤い絨毯が、高い高い天井からシャンデリアの様なものがぶら下がっているのも見える。左右には等間隔で太い柱が並び、死神や竜の描かれた旗が飾られている。
造りだけ見ればゲームやアニメで見た玉座の間そのものである。いや、この雰囲気だと、魔王との決戦の間と呼んだ方がしっくりくるか。
「呆けていないで、早くこちらに来い。」
そんな風に考えていると奥の方から厳かな声が聞こえる。どうやら声の主は女性の様だ。
「来い、と言っておる。」
再び呼びかけられ、内心ビクビクしながら声のする方に進むと、玉座と呼ばれる物の上にソレは座っていた。
「ふむ、よう来たな。ズズキ リュウジよ。」
妖艶。その言葉を形にした様なモノがそこにはいた。不自然なまでに白い陶磁器の様な肌と、男を惑わす豊かな双丘は、赤と黒を基調とした扇情的な衣装に包まれている。
絶世の美女と呼んでも差し支えはないだろう。しかし、それはヒトではありえない。
さらさらと流れるような金色の髪から覗く、黒色の牛と羊を思わせる角がそれぞれ左右から伸びている。
それに美しい貌を形作る目は、白目となる部分が紅く、金色の瞳を輝かせている。
そして、何よりその姿を一目見た時から、心の底に湧き上がる恐怖心が、そのことを訴えていた。
「あ、貴方はいったい…?」
「脅えずともよい、余はアスモデウス。この世界の魔王じゃ。」
そう、自分の事を空想の産物であるはずの悪魔であると告げた。
「そなたを呼んだのは他でもない。この世界に呼ばれた勇者をそなたの手で倒して欲しいのじゃ。」
「な、なんで、俺、……私がその様なことをしなければならないのですか。」
いきなり本題から切り出す魔王。上手く言葉にはならないが、それでも殺されないように敬意だけは払う俺。この相手には、湧き上がる恐怖を決して表に出してはいけないのだ。
「なあに、この世界の理でな、今はまだ直接我の手では殺せぬのよ。」
ふと違和感が、こんな時なのに。
「それにヌシにも関係の無い話ではないぞ。何しろその勇者はヌシの親友だった男、カワグチ ユウトなのだからな、クッククッッ…。」
優斗もここに来ているのか、驚きと共に違和感も強くなる。
「知っているよ、お前は彼を恨んでいるのだろう。大切な女を取られたんだものねぇ。彼女もここに来ているよ。お前が協力してくれるなら彼女を取り戻すことも出来るんだよ。」
違和感の正体が判った。何か目の前の魔王が、そのキャラが、ブレブレなんだ。自身の呼称や口調に統一感が無さが引っかかっていたのか。
不自然さが増すにつれて、急速に恐怖心が薄れていくのを感じた。何か安い物語を見ているような気になったからだ。
「さぁ、余の手を取り、憎っくき勇者を倒すのだ。」
落ち着いたのなら大丈夫だ。目の前で盛り上がってる方に言うべきことは言おうと思う。
「あのぉ、お取込み中の所大変失礼いたします。ワタクシとしては……、彼女がいますので、元の世界に今すぐ帰して頂きたいのですが…。」
「…………へっ??」
お読み頂き、ありがとうございます。
というわけで、「プロローグ ~(間違った人を)召喚~」から始めさせていただきます。