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短編小説

うつろな家

作者: 黒田明人
掲載日:2016/07/25

描写が下手だとこういう作品は無理ですね。

 

 ただいま……と、誰も居ない暗い家の中に彼の声が寒々しく響く。


 いや、彼は分かっていた。分かっていたけどそう言ったのだ。言わないと本当に、彼の心の中から消えてしまいそうで。

 彼は……桂木かつらぎ幸次郎こうじろうはこの家の長男だ。いや、長男になってしまったと言うべきだろう。

 だって彼の名は次男を示唆するような名前、だから聡い者は不思議に思うだろうから。

 確かに彼には兄がいた……それどころか姉も妹もいた。けれど今の彼にはもう誰も……親すらもいないのだ。

 どうしてこんな事になってしまったのか、彼はまた今日もかつての日々に思いを馳せる……


~☆~★~☆


 彼は高校に入ったが、クラスには馴染めなかった……いや、彼は馴染もうとはしなかった。

 それにはある理由があり、その為に彼は殊更に親しい存在を作らまいと思っていたのだ。


 当時、彼にはかつて彼を溺愛していた兄がいた。

 数年前からその兄と同居していた彼は、当初こそその兄の決断を恨んだが、今ではかえってありがたかったと思っていた。

 中学に入って変わると思っていた彼の思惑は大きく外れ、予想の斜め上の兄の言動に逆らうのを止めた。

 一つ上の兄……総一郎はかつての長男であり、中学では生徒会長でもあり、そして幸次郎の庇護者でもあった。

 いやこの場合は過保護と言うべきか、彼に対して僅かな挑戦も戒め、全てを自分が肩代わりすると言わんばかりに過ごしていた。

 そんな兄を持った彼は当初こそ当てつけのような態度を取っていたが、その心底を知ると共に全てを諦めて兄に委ねた。

 両親はもっと努力しないと後で困るのにと、彼に努力を押し付けた……いやそう総一郎は思い込み、そんな親に反発し、殊更に彼を甘やかした。


(困ったら兄ちゃんだけど、怒らせたら怖いんだから仕方が無いだろう)


 それでも表向き彼は兄にひたすら甘え、そんな弟を愛おしく思った総一郎は最大限の努力をしていた。

 桂木家には離れがあり、そこに総一郎と彼が住んでいた。

 そして他にも離れがあり、そこでは彼らと同じ境遇の姉妹……彼にとっては姉と妹が暮らしていた。

 桂木家の家訓と言うべきか、古いしきたりと言うべきか、はたまた男尊女卑の名残と言うべきか。

 女連中は離れで暮らすというものがあったが、それを総一郎が破壊したのだ。


「幸い、うちには離れが2つある。僕とコウがひとつ使うから、サワ姉とエミはもうひとつを使いなよ」


 そう、佐和子と恵美子が離れに追いやられようとした時、総一郎のその言葉で家のしきたりを壊し、新たなものに変えた。

 もちろん当時、まだ家の権力を握っていた彼らの祖父は猛反対した。

 しかし総一郎は一歩も引かず、逆に祖父に対して恫喝のような事を言って反撃した。


「それなら僕を勘当する? 構わないよ、僕なら何処でも生きていける」


 頭脳明晰と、将来の総領だと他ならぬその祖父こそが一番期待していた彼の爆弾発言……それでなし崩しとなった。

 本宅では彼らの両親と祖父が住み、二つの離れでは兄弟と姉妹が住む。

 男尊女卑だったしきたりを、総一郎は子の自立へと書き換えたのだ。

 甘えん坊だった彼は当時、親と離れるのを厭い、そんな宣言をした兄が嫌いだった。

 しかしそれから総一郎はひたすら彼を甘やかし、自分はひたすら努力した。


 早朝、まだ暗いうちから総一郎は起き、朝の雑事の後に軽いトレーニングをする。

 これは元々総一郎の日課だった事で、忙しくなっても続けていた。

 そして自分の分と弟の分の朝食作りに取り掛かると共に、彼らの昼食の弁当も作る。

 それから彼を起こしに行き、寝ぼけている彼の服を脱がし、裸にして風呂まで連れて行く。

 半分眠っている彼を洗ってやり、ようやく目覚めた彼を拭いてやり、そして服を着せてやる。

 朝食を食べさせながら脱いだ服と自分の服を洗濯している最中に、それぞれの学校の支度をする。

 彼の時間割に沿った教科書をカバンに入れてやり、昨日彼が解いた宿題も忘れずに入れてやる。

 そして洗濯物を干した後、食後に二度寝をしている弟を抱き上げ、耳元で囁くように彼を目覚めさせる。

 学校までの少し遠い距離を総一郎は自転車の後ろに彼を乗せ、一日も休まずに送迎した……それこそ熱が出ようと怪我しようと。


 昼休みに昼食を食べながら放課後にやるはずの生徒会の仕事をこなし、放課後はすぐさま彼を迎えに行く。

 そうしてまた自転車の後ろに乗せ、帰りの店屋で買物をして帰っていた。

 家に着いて総一郎がまずする事は、彼の着替えとお風呂であった。

 当時既になすがままになっていた彼は何も逆らわず、兄のやりたいようにさせていたが、心の中ではこう思っていた。


(過保護と言うか、ブラコンだよな。しかもヤンデレが混ざっているから下手に逆らえない。どうしてこんな兄なんだろう)


 夕方の風呂では共に入り、彼の身体を洗うと共に発散もさせてやっているつもりであった。

 それが自分の欲望の発露であるとは気付かず、また彼が心底嫌がっているなどとは思いもよらず、なすがままにさせている彼をいとおしんでいた。

 脱力した彼を優しく洗って浴槽に入れ、そそくさと自分の身体を洗った後に共に中に入る。

 後ろから彼を優しく抱きしめて、学校であった事を聞く。

 そこで少しでも不満を言えば、この兄はすぐさま行動に移す。

 それを知る彼は何も無かったと答えるだけだった。


 そうして殊更に馴染もうとしなかった彼だが、そんな彼に想いを寄せる存在がいた。

 そして夏休み直前、彼はその想いを告げられる。

 実は彼も気になっていた存在ではあったが、兄の事があった為に諦めていた。

 そんな彼女からの申し出に、彼は兄の事を忘れてつい返事をする。


「僕もずっと好きでした」


 その日はたまたま彼の兄がどうしても生徒会の用事で抜けられず、彼に待つように告げられていた放課後の教室。

 すぐさま相思相愛になった2人だが、彼のほうは兄を思い出す。


(ヤバい)


 そして彼女を引き剥がし、兄が来る前に事情を話していく。

 聡明と思われていた彼の兄のヤンデレ振りに、信じられない想いで聞いていく彼女。

 少し前に兄に対して干渉を止めてくれるように頼んだ時、周囲の者達への狂気的なまでの攻撃意識。

 誰が彼を変えたのかと、まずは祖父に詰問を開始して、激しいやりとりの結果、祖父は脳溢血で倒れた。

 そんな祖父を放置して両親に攻撃を開始し、またもや攻防の果てに両親が折れた……彼の事は任せるからと。

 なんせ寝食を問わない一方的な物言いに、家の事が何もやれなかったからである。

 折れた後に祖父が倒れているのに気付き、救急車を呼んではみたが既に死亡していた。


 それを言っても総一郎は何も気にしないように、ただただ弟をいとおしむばかり。

 さすがにそこまでになると精神を疑うようになるが、普段は聡明で前途有望を思わせる言動。

 事ここに至り、彼の両親は家の未来の為に彼を人身御供にしようとした。


 親に見捨てられたと思った彼は、殊更に逆らわないようにした。

 それと言うのも姉妹達すらも彼の兄には敵に映っていたようで、少しでも親しい会話をすると邪推をして姉妹に攻撃しようとするからだ。

 かつてはその姉妹達の為に提案したはずの離れでの暮らしなのに、そんな事を忘れたかのように姉妹達を責め立てる。

 だからこそ彼は全てを兄に委ねると共に、姉妹達への攻撃を止めさせた。


 そんな彼が恋をした時、全てを忘れたのを軽率と言えるだろうか。


 親の愛は早々に尽き、姉と妹ともロクに口も利けなくなった。

 毎日、押し付けられる兄からの一方的な愛情に辟易すると共に、彼は愛に飢えていた。

 そんな彼は兄の攻撃相手を作らないように、クラスに殊更に馴染まないようにしていたというのに、どうしても気になる子がいた。

 その子からの想いを告げられ、それでも兄の事を思い出して断れと言うのか。

 早々に概要を告げた後、彼女との後日の逢瀬を約束して別れた。


 そして夏休みが訪れた。


 例年なら朝から晩までひたすら愛情漬けになる、彼にとっては地獄の季節。

 心を閉ざしてただ兄への恋慕の言葉をつぶやく人形……そして心底では早く終わって欲しいと願いながらも、諦念につつまれていた季節。

 彼はノーマルであり、普通に女に興味があった。だから諦念の後に兄を女と思い込むように努力をして、それでなんとか精神の平衡を保っていた。

 それでもどうしても好きになれなかった兄の行動であり、彼は未来が変わる事を心底望んでいた。

 そして本当に変わった時、彼はそれを喪うのを怖れ、行動を開始した。

 甘えれば生活費を削っても、自分の小遣いを削っても出してくれる兄。


 明るい未来の為に、彼が始めた僅かな反抗。


 未来貯金と彼がそう名付けた貯金額はかなりの額になっていて、彼の計画の後押しをした。

 彼女のほうもそんな彼を応援しようと、彼女の実家への誘致。

 そして彼は実行した。


「こー、どうしても行くのかい? 」

「うん、僕ももう16才なんだし、いつまでもこのままじゃいけないと思うからさ」

「僕は心配だよ。ねぇ、僕も付いて行ってはいけないかい? 」

「僕はもう高校生だよ、兄貴」

「もう総兄と呼んでくれないんだね」


 彼は保険の為に行き先を偽っていた。

 隣県の健康増進センターでの体力作りのセミナーに参加したいと兄におねだりをして、すぐに戻ってくるからと何とか許可は得たものの、心配だからと同行を願う兄を何とか押し留め、単独参加を許可させた。

 しかし、彼女の実家はその正反対の方向。

 3日で戻るからと……本来は2週間の予定だったが彼の兄はそれをどうしても嫌がり、同行すると言って聞かなかったのだ。

 なので日時を少しずつ縮めた結果、たった3日の猶予になってしまっていた。


 兄の尾行を阻止する為に、タクシーを拾って隣町の駅での待ち合わせに変更し、彼女を駅で待つ。

 そして合流の後にそのまま列車で彼女の実家まで。

 旅は順調に進み、2人はそれを楽しんだ。

 そうして実家に着き、彼女の両親に挨拶をすると共に、誰にも出来なかった相談をするに至る。

 そんな彼の言を信じたのかどうなのか、愛娘の相手だからと彼は歓迎されてそこで過ごす事になった。

 新鮮な日常の中で、彼は彼女の両親に感謝を告げると共に、彼の家の有様を語る事になる。


 歪んだ家の構図。


 その人身御供な位置取りの彼の言は、とても痛ましいものだった。

 彼女の両親は念の為にと伝手から探偵に調査を依頼し、結果を少しずつ得ると共に行動を開始した。

 確かに彼はそれを望み、愛娘も望んでいる。

 ならば何の遠慮が要るものか……少し子煩悩な父親は、娘の恋人の解放をしてやろうと決意した。

 それに適していた職業が自信に繋がり、娘の好意を得られると信じていた。

 調査の結果を書類にまとめ、法的根拠を示した書類も完成する。

 そして彼に一度帰宅しての行き先を教え、そこで保護されるように伝えた。


 攻撃手段を手に入れたと信じた彼が、家に戻った時には全てが終わっていた。

 行方不明の兄は一家皆殺しの殺人犯として、そして彼はその共犯と疑われた。

 普段の行動は家の内外にも及び、溺愛する兄とそれを慕う弟という、歪んだ兄弟という周囲の噂による結論。

 彼は必死に無罪を主張し、彼女の親の弁護士の関与を告げた。

 当局はただの言い逃れだと思っていたが、念の為にと連絡を入れてみた。

 当の弁護士との連絡は付かなかったが、探偵のほうから当局に連絡が入り、彼の言は認められた。

 彼は釈放に至ったが、彼女と連絡が付かない。

 そうこうしているうちに彼の兄は捕縛され、そこで彼は全てを知った。


 すなわち、彼女の両親とその娘の死。


 偏愛の果てに兄は、彼の両親を疑い殺し、姉妹も疑い殺し、どうして知ったのか彼女の両親も殺し、そして彼女も殺した。

 そして兄は死刑を求刑されても平気な顔をして、そこで精神鑑定の結果がクロと出る。

 彼を見つけた総一郎はにこやかに、もう心配は要らないと彼に告げる。

 そして彼は思い知った……この兄を甘く見ていた事に。

 確かにおかしいとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 そんな彼の兄は病院に収容される事になるが、彼が現地で待っていると言えば逆らう事もなかった。

 そして兄は世間から消えたが、彼の周囲の人達も消えていた。


 うつろな家に彼の言葉が今日も響く……ただいま、と。

 

どうにもストーリーが無理矢理になってしまいました。

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