8日目 他の人のプレイを笑ってはいけません
「いやー。紅魔館での会食は楽しかったですね」
「うん、ごはんたっくさん食べられたもんな」
「いやですね、チルノさんったら。ごはんのことばぁっかり、おほほ」
「ふふふ、なんだよぉ大ちゃんなんて4杯もおかわりしたくせー」
「おほほほほ、チールノさん」
「ふふふふふ、だーいちゃん」
傍目に見てもわたしたちが気色の悪い会話をしているのはわかっている。
しかしこの高揚感は2匹ともしばらく収まりそうにない。
久方ぶりにおなか一杯おいしいものを食べられたからだ。
しかもテイクアウトした食材は当分保存のきくものばかりだ。
御呼ばれした食卓では足が速そうなものばかり選んで食べ、チルノさんにもそうする様指示しておいたのが効いたようだ。
この作戦のおかげで暫くオカズの心配をせずにすむのかと思うと、万物をも赦そう、と言わんばかりの微笑が浮かんでくる。
ビバ!食べられるもの!
「こんにち……わ!?すみませんお邪魔でしたか!?」
例によって咲夜さんがいきなり小屋にやって来た。
時間帯からして今日は普通に遊びに来たようだ。
いや、それより何を固まっているのだろう?咲夜さんらしくもない。
「おほほ、まさか咲夜さんが邪魔になんかなるわけないですよ。ね、チルノさん」
「ふふふ、ねー大ちゃん」
「気持ち悪っ!そういう関係に私を巻き込もうとしてたんですか!?」
「え!?い、いやそれは」
微妙な話題を振られてわたしはハッと我に返った。
ご、誤解だ。あまりの幸福につい調子に乗ってしまったのだ。
冷静に考えると咲夜さんには、こんな狭い六畳一間の小屋の中で、女妖精2匹が微笑みながら両手をつなぎ合ってクルクル廻っている光景がかなり異常に見えたのだろう。
わたしとチルノさんの関係を誤解したのかもそれない……。
「ち、違うんです!そんなんじゃありません!これは……その……召喚に必要な儀式なのです……」
「何を呼ぼうとしているんですか!お二人の手の輪からなにか出てくるとでも言うんですか!結局気持ち悪いですよ!」
「そ、そうだったのか!?召喚しようとしてたのか大ちゃん!あたい笛なんか持ってないぞ」
「え、ええ……?笛?だ、ダメじゃないですかチルノさん、笛がないと……と、とにかくダメなんです。台無しです」
そう言って手を放すと、チルノさんに恨めしげな目で睨まれてしまった。
「事前に言ってくれよ、そんな面白そうなこと!ううーエロイノゼッタイメー!……だめだ、こないぞ」
「や、やはりダメでしたか……元々、わたし達に手に負えないものだったのかもしれませんね……これでよかったんです」
な、なんとか誤魔化せただろうか?
「……」
咲夜さんの心底呆れた、という思いを込めた視線がわたしに突き刺さる。
うう、なんて美しい、でも無機質に冷たい瞳なんだ。
氷でできた造花のようだ。
もし本当に目に花が咲いていたら前衛芸術みたいだけど。
「あなたたち巷では『頭のおかしい妖精コンビ』と言われているみたいですよ。自重しては?」
「……はい。反省します……」
「誰の頭がおかしいんだアホメイドー!」
ああもうどうしてこうなるんだか。
昨日はうまくいったのに……。
………
わたしは紅魔館に入り「お嬢様」に再び顔を合わすや否やすぐに頭を下げた。
「すみません!咲夜さんに会いたい気持ちが強すぎて、館の皆様にはご迷惑をおかけしました!」
「え……」
「お嬢様」に会うのは二度目だが、開口一番に謝ろうと事前に決めていたのだ。
怒られる前に先手を撃って謝り倒す作戦は成功のようで、予測通り彼女は呆気にとられている。
「もう二度と!紅魔館の玄関先に日がな1日たむろするなんて暇なことしませんから、咲夜さんをわたしにください!」
「え。は?結婚するの?」
「お嬢様、大妖精さんは所謂お客様ですが少々失礼いたします」
咲夜さんは言いきる前からかなりの速度のボディーブローをわたしに放っていた。
その手にナイフが握られていなかったのはご主人様に見苦しいものを見せたくない、という理由だけだったのかもしれない。
「ぐぇ……」
「あ、咲夜そんな激しいブローを打ち込まなくても……あたしはもう怒っていないわよ。
妖精の血なんてヌルヌルのギトギトだし……あんたが被害を受けたと思ってないならそれでいいのよ。
この前のは『脅し』。あのまま続いていたら、わからなかったけどね」
「そうでしたか、それは気が付きませんでした。良かったですね大妖精さん。お嬢様の心が広くて」
「大ちゃんはバカだなー」
「う、ぐぐぐ…」
みぞおちに咲夜さんの腕がめり込みながらも、わたしはなんとか許してもらえたようだと安堵していた。
良かった、お嬢様もわたしと咲夜さんの仲を応援してくれているようだ。
「大妖精さん今何か、気持ちの悪いこと呟きました?」
「う、ぅえ?い、痛いです咲夜さん!みぞおちであなたの柔肌のぬくもりを感じてしまいます!」
「だ、大ちゃん……」
「うわぁ……すごいわね」
その後咲夜さんにこってり絞られてしまったが、昼食は過去チルノさんに付き合わせられた多種多様なバカ話を話すことで和気藹々と進行した。
お嬢様は腹を抱えて笑い、咲夜さんマナーが悪いとたしなめられていた。
チルノさんはわたしの話にうなずきながら、楽しそうにその時の事や、当時わたしに思っていた事をぶちまけていた。
その中にはわたしを激怒させる内容もあり、またそこでわたしと言い争うことになった。
お嬢様は笑顔を、咲夜さんは苦笑顔を最後まで絶やさなかった。
………
……うん。いい感じの回想だった。
おおむねこんな感じだった。
「そういやお前は今日もゲームしに来たのか」
チルノさんは咲夜さんにつっけんどんにこう言った。
「ええ、あなたまだクリアしていないようですし、貸してくれないでしょう。ここで遊ばせてください」
「いいよ、お前のプレイ見てるの面白いしな」
え、面白い?そんなに上手いのか……。
いや、その前に言うべきことがある。
「ねえチルノさん、もし咲夜さんがクリアまでいくのを見てしまったら、楽しみがすこし減りませんか?」
「ん、それはかなり先になると思う。見てみなよ」
促されプレイ中の画面に目を落とすと、咲夜さんの動かす自機である霊夢さんが敵の撃った弾に高速で向かって行くのが見えた。 あわや、と思う一瞬の後、驚くべきことに普通に被弾してミスとなった。
「あ、あれ?どうしたんですか咲夜さん」
「……私の操作ミスです、不甲斐ないですね」
しかし今の動きは完全に弾を避けようとするものでなく、わざわざ当たりに行っていた。
もしかして自機の当たり判定を確認するためなのか?だとしたら……恐ろしい子!
霊夢さんが半透明に点滅しながらヌッと画面下部より復活する。
残機はまだあるのでその場で再スタートとなったのだ。
その無敵時間を利用してまた敵弾に向かう霊夢さん。
パワーアップアイテムなど見向きもしない。
そして彼女は敵弾にツッとかすり、また別の敵弾へと向かって行った。
「さ、咲夜さん……」
「ふふふ……な、こいつ面白いだろ」
「失礼ですね、人のプレイを批判するのはマナー違反でしょう」
確かに他の人のプレイを貶めるのはよくない……笑うなんてもっての他だ。
後でガツンとしばいておこう。
……しかし、咲夜さんのプレイはその……なんというか。
「あの……どうしてグレイズに拘るんですか?クリアが遠のくと思うのですが」
「知っていますよ、このゲームは昔私が遊んでいたゲームと同じジャンルのものでしょう。その影響で大量の弾を見るとつい……我慢できなくなってしますのです」※
「ううん……よほどおやり込みになられていたのですね」
「レベラッ!」
「うわ、なんだよお前急に……こわいぞ」
「失礼、つい興奮してしまいました」
「……」
咲夜さんは相当そのゲームをやり込んでいたようで、かなりstg慣れしているようだ。
1面で既に500グレイズを突破している。
つまり約五百回以上かすったことになる。
回数が見れるのは面白いな……。
「あ、また当たってしまいました。ゲームオーバーですね」
「咲夜さんクリアは目指さないのですか」
「それは最後の目標です。今は1バズでも多く稼ぎたいのです。わたしはクリアラーやスコアラーでもなく、バズラーなので」
バズ?ああ、咲夜さんの言うゲームではグレイズと言わないのか。
「そんな名称初めて聞きました。グレイザーではダメなのですか?」
「ダメです。なにやらカッコいい響きですが、それではダメなのです」
「ふふふ……な、こいつ面白いだろ」
「失礼ですね、人の二つ名を批判するのもマナー違反でしょう」
眉をキッと寄せたバズラー咲夜さんは次のプレイをチルノさんに譲ろうと、パッドを差し出した。
「あなたはクリアを目指しているんですよね。人のプレイを貶すほどですから魅せてくれるんでしょう?」
「ほほー。その喧嘩買った!パーフェクト……」
チルノさんの両腕に冷気が集っていく……!って止めなければ。
「ゲームで喧嘩してくださいチルノさん!ここが吹き飛べば路頭に迷ってしまいますよ!」
「その時は一緒に紅魔館へ行こう」
「な……!それもいいですね」
バズラー咲夜さんの両目にも冷気が集っていく……!ってもう止めよう。
「冗談は止めて早くどうぞ」
「ああ。みせてやんよ」
「ほっ」
パッドを受け取りチルノさんは意気揚々とプレイを始めた。
そういえばチルノさんのプレイを見るのも久々な気がする。
どれだけ成長しているのか、すこし楽しみだな。
「い、いくぞ!」
む?妙に上ずった声だったな。
……可愛くないと言えないことがないこともない。
1面は順調にクリアした。
もうここはバッチリのようだ。
しかし続く2面、チルノさんはアイテムに意識を割き過ぎたのか、その近くを飛来する弾に被弾した。
「うっ!」
あ、ひょっとして観客を意識して好プレイしようと力んでいるのかな?
い、いや、チルノさんが他の目を気にしたことが今まであったか……全く無い!
「あ、あぁくそっ!」
2面ボスの終盤の攻撃はいつもボムで捌いているチルノさんだが、そこで先のミス挽回しようと考えたらしい。
ボムを我慢していたがあえなく被弾。
ボス最後の攻撃であっけなくまたミス。
残り奇数1機になり、チルノさんの手は震えていた。
「ぐうぅ」
結局3面序盤で終わってしまった。
「ん……」
なんと声をかけるか……本当に観客を意識していたようだ。
これはわたしも遊戯場に入り始めた当初味わったなぁ。
「良いプレイを意識しすぎましたね」
と言って忍び笑いする咲夜さんに、わたしはムッときて声を上げそうになった。
しかし、チルノさんの方が早かった。
「なんだよ笑うなよ!」
「お返ししたまでです。『他の人のプレイを笑ったりしてはいけません』……これは遊戯場のマナーです。ここは違いますけど、それがなぜダメなのかわかりましたか?」
……!!この言葉を言うためだったのか。
も、もう人が悪いと言うか、お美しいというか……。
でも咲夜さんも笑ってたじゃん。
やはり悔しかったのかな?カワイイ!
「う……そう、か……悪かった」
ペコリ、と頭を下げるチルノさん。
な、なんだと!?
「おぅえ!?どうしたんですかチルノさん!気でも狂ったんですか!」
「普段の素行がよっぽど悪い方なんですね」
「だって、こんな気持ちになるとは思わなくて……知らなかった。自分がこんなことしてたなんて、悔しいよ」
「は、反省していただければよろしいのです。お互い子供だったかもしれませんね、仲直りしましょう」
咲夜さんはあわててフォローしている。
本当に優しくて、いい人だ。結婚してくれ。
……それにしても、へこんでいるチルノさんはなんだか妙な感じだ。
らしくない。あれじゃあまるで……そう、昔のわたしみたいだ。
……違う、チルノさんはわたしじゃない。
「チルノさん、似合わないですよ」
「え?」
「悔しかったからうな垂れるなんて、似合わないって言ったんです」
「……それもそうか」
チルノさんはスクッと顔を上げ、でかい声でこう言った。
「ごめんな!あたいもう人のプレイをバカにしないから、お前の顔と腹を特にボコボコにさせてくれ!」
「は?仲直りするんじゃないんですか?何故私が殴られるのですか」
「正論を言うから!!」
そう来るとは……。
しかし、やはりチルノさんはこうでなくては。バカだけど元気だ。
返り討ちにあってチョーパンを決められているチルノさんを見ながら、やはり彼女とわたしは違うんだと、どこかホッとしていた。
※「昔私が遊んでいたゲーム」
2000年に稼動した弾幕stg。アーカイブスでも配信中で最近新作がiosで出ました。
思いっきりバズって書いてますが果たして……。
敵弾を一定回数以上かするとほんの間無敵になり、さらに何度も続けると自機がパワーアップする独特なシステムが特徴です。
いやーバズ楽しすぎて全然クリア出来ない。
弾幕ゲーには「弾消し」というものがあり、字のまんまボム含むなんらかの手段やシステムにより弾を消すことを指します。
これをシステムの根幹におき、要所要所で弾を消して進んでいく弾幕ゲーは多い気がしますが、「無敵時間を積極的に作って進めていく」のはあんまり知らないので、上記のゲームは独特の遊び心地があり、癖になる良作です。