4日目 消したほうが早い
風薫る幻想郷の夏の朝日が差し込む小屋の中、葬儀はつつがなく行われようとしていた。
「ME……エム、イイイイイ……」
チルノさんの嗚咽が六畳一間の掘っ立て小屋にこだまする。
ここはチルノさんとわたしの住処、ここで5日の付き合いだったPCがつぶれた。
……それだけのことなのに。
「あ、あのたかだかPCがぶっ壊れたくらいで、他の妖精集めて葬式まで行わなくても……」
「なんだと!こいつはただのPCじゃないんだ。MEなんだよ!」
うわぁ、本気で泣いてる。これは本気で引くなぁ。
呼ばれて仕方なくやってきた妖精5匹は一体なんで集められたのかと、ざわざわしている。
遺影の写真にPCが写っているのを見て困惑を隠せない様子だ。
どうしよう、なんて状況なんだ。チルノさんは正気なのだろうか。
「手のかかるほど子ほどかわいい」なんて言葉を聞いたことがあるが、これもその範疇に収まる出来事なのだろうか……。
もうわたしだけでもトンズラこいて逃げてしまいたい、例えば紅魔館に……あ、そうだ。
「チルノさん、MEが本当のゴミになったことを咲夜さんにも伝えたほうが、よろしいのではないかと」
「ん、ああそうか、あいつも呼ぶか、親だもんな。焼香あげに来てくれって伝えに行ってくれるか」
「え、は、はい。別に親ではないと思いますけど、わかりました」
思い通りに麗しの咲夜さんに会いに行く切っ掛けを作ることが出来たので、わたしはこの異常な環境からさっさと逃げ出すことにした。
しかし彼女に用件をそのまま伝えたら、わたしは狂人扱いされてしまうだろう。どうしようかな。
「は?PCの葬式に立ち会って欲しい?」
「……仰りたいことはわかります、わたしも文句の一つでもチルノさんに言いたい気持ちです」
結局何も思いつかないまま紅魔館に着いてしまったので、そのまま伝えた。
またも紅魔館の玄関先で会話が始まったことになる。何度目だろう。
「文句一つで済むんですか、あなた。つきあう妖精を間違えたんじゃないですか」
「えっ、つ、つきあうだなんて……わたしたちそんなんじゃないですよ!」
「なにバカなこと言ってるんですか。私は仕事もありますので、そんなアホな集まりに行っている暇はありません。お帰りください」
「あら、楽しそうじゃない。行って来なさいよ」
お、なにやら綺麗な声が聞こえたぞ。
「お嬢様、悪い冗談は止めてください。そんな集まりに参加すれば、私の正気が疑われます!」
「あなたがうちのメイドにつきまとっているストーカーさん?今晩は、いい夜ね」
咲夜さんの叱責を無視しながら、ゆっくりと扉が開き、怜悧そうな声の主が厳かに日の元へ姿を見せた。
「……まだ昼じゃない。かえる」
そして、帰っていった。
「……咲夜さん、今の変な方は一体」
「うちのお嬢様です。私の雇い主ですね」
「館内には日光が入ったり、時計があったりしないんですか?」
「うちは空間を弄っているので、その気になれば全く入りません。ですので時計を確認しないと、さっきみたいなマヌケなことも起こります」
「だれがマヌケなのよ」
扉の向こう側からくもぐった声が聞こえる。この状態で会話を続ける気だろうか。
「あたしは時計を確認したわよ。たぶん妹がイタズラしたのよ!」
「わかりました、それで先ほどの冗談はなんだったんですか」
「冗談でなく、あんたはそのPCの葬式とやらに行くのよ。今日はたいした仕事もないでしょう」
おお、救いの女神か。しかし、どうしてこんな珍妙な催しごとに乗り気なのだろう。
「理由をお聞かせください、場合によっては暇を出させていただきます」
「そんなことできっこないくせに。このままずっとつきまとわれるくらいなら、こっちから行動して消したほうが早いでしょう?冥途の土産に1度だけつき合ってあげなさい。メイドだけに」
「……。」
わたしは急に背筋が寒くなった。いや、親父くさいギャグのせいではなく、命の危険を感じたからだ。 「消したほうが早い」……そこまで彼女を怒らせていたとは……。
満ち溢れる妖気は彼女が本気で言っていることを感じさせた。
「え、わ、わたし……」
「お嬢様、妖精の血なんかスカスカのショボショボだって前に仰っていましたよね」
「そ、そんな子供みたいな感想は言ってないわよ。でもあたしの我慢にも限度があるの。わかるでしょ」
痛いほどの沈黙、もし今が夜ならわたしはどうなっていたのだろうか。
「わかりました、彼女には、もう来ないように私から言っておきますので」
「そう?ならいいんだけど、面白そうだから葬式には行きなさいよね。それじゃ、ストーカーさん。もう会うことはないでしょうね」
扉から気配が消えた。わたしは自分の体が震えているのを今になってから気づいた。
「ご、ごめんなさい。そんなにご迷惑だったなんて……わたし、わたし」
「いや、そりゃ前みたいに1晩中扉の前でウロウロされたら迷惑でしょうよ」
「で、でもあなたに会いたかったんです!」
言ってしまってから、しまったと思ったがもう遅かった。
「私に?それじゃお嬢様の言った通り本当にあなたはゲームパッドじゃなくて、私に会いに来ていたんですか」
咲夜さんは唖然としている。そりゃあ、そうなるか。
「は……はい」
「どうしてですか」
ついに、追い詰められてしまった。
体の震えがのど元まで伝播するのを感じながら、わたしは声を搾り出した。
「あ、あなたに恋してしまったからです」
朝、チルノさんがMEの葬式をするなんて言い出した時には、今日が告白の日になるなんて思わなかった。