9日目 日常回 高圧力鍋パーティー
『他の人のプレイを笑ったりしてはいけません』
昨日、咲夜さんが言った言葉をわたしはまた思い返していた。
「その通りだ……」
思い返すのは、子供の頃に笑われた記憶。
彼は○電Ⅱをいとも容易くクリアしようとしていた。
わたしが何度やっても抜けることができなかった3面の海をヒラリ、ヒラリとかわしてボスをも倒す。
見ていられない。わたしを否定しようとしている。
……でも本当にそうだったか。彼の真意はもしかして……。
いや、そんなはずはない。あの笑みは……笑いは……。
「大ちゃ~~~ん!」
「ぐぉっ!」
わたしが小屋の裏にある畑で作業をしながら回想していた最中、チルノさんがでかい声と共に体ごとタックルしてきた。
「な、なんですか!いきなり」
「大変だ!てーへんだ!ついに届いたんだよ!」
息せき切って飛んできた様子のチルノさんが、ぜぃぜぃ喘ぎながら続けてまくし立てる。
手を後ろに回して何かを隠しているようだ。
「な、何が届いたんですか?」
「これだよ!『光のスピード栗鼠ニング』だよ!」
と言って後ろ手に持っていた小さな小包をこちらに回してジャン、とわたしに見せた。
スピード……栗鼠ニング……どこかで聞いたような、ってああ!!
「な、何考えてるんですか!チルノさん!それってお高いんでしょう!わたしたちの貯金の無駄遣いはあれほど……!」
「いやいや、今ならなんと高圧力鍋が付いて来るんだよ!それはもう小屋に置いてきた。あたいはその鍋が欲しかったんであり、こんなもんオマケだ」
と言って『光のスピード栗鼠ニング』が入った小包をバンバン叩いている。
「だったら単品で買えばよかったでしょう!里に下りれば鍋なんかいくらでも売ってるでしょうに!」
「ふふふ甘いな大ちゃん。こんな言葉を知っているか?」
わたしはゴクリとつばを飲み、次の言葉を待つ。
な、なにを言うつもりだ。
「『クーリング・オフ』だ!これを開封せず返品すれば、あたいたちは1週間はタダで高圧力鍋を使えるぞ!」
「ええっ!あの高圧力鍋をタダで!?」 エー!ワー!パチパチパチ!!
……お、おおお!?これは悪くない思い付きでは!?それに1週間という期間は……。
「ち、チルノさん、まさか先日紅魔館からお持ち帰りした食材のことを考えて……」
「ああ、あれほどの食材を普通に食べるのはもったいない!ごはんをおいしく頂くのは妖精の義務だからな!」
そんな義務初めて聞いたけど、わたしは感動のあまり目の奥がツンとして、我慢できずチルノさんに飛びついた。
「え、えらいです!チルノさん!」
「わ!き、急に抱きつくな!!バカか!」
「ええバカでした!怒鳴ってしまってごめんなさい……今回はチルノさんの発想に感服しました!素敵です」
「ん……そ、そう?」
抱きついているのでチルノさんの顔は見えないが、間違いなくドヤっているだろう。
「チルノさん!今日は気前よくパーティにしましょう!高圧力鍋で味がどれほど変わるか皆で確かめるのです!」
「お、おう皆も呼ぶのか……皆って?」
まず、咲夜さんは決定だ、他はお嬢様と……先日(嫌々ながらも)葬儀に参加してくれた妖精3匹にも声をかけてみよう。
「よーし楽しくなってきましたよ!」
「う、うん。あたいもだ!きっとほっぺがべロッと落っこちるぐらいおいしいぞ!」
「いやですね、チルノさん。そんなグロテスクな表現は止めてください。おほほ」
「いっけねぇ……ふふふ」
見つめ合いながら微笑むわたしたち。
ああ、おいしいごはんのことを考えるとこんなにも心が満たされる……。
ビバ!高圧力鍋!
………
わたしたちは二手に分かれて他の方々を誘うことにした。
わたしが紅魔館のメンバー、チルノさんが例の妖精3匹という分担だ。
霧の湖をぷかぷかと飛んでいき、紅魔館に着くと、わたしはその扉を堂々と叩けることを嬉しく思った。
もうストーカー扱いされず普通に友人として訪ねることができる間柄なのだ。
「すみませーん!麗しの咲夜さんに会いにきましたー!」
……返事はない。留守なのだろうか?
「すいませーん!眉目秀麗な咲夜さんに会いにきましたー!」
……またも返事がない。立て込んでいるのかもしれない。
残念だけど、次で返事がなければ諦めるか……。
「咲夜さーん!結婚し」
「うるさい!」
「ぶ!」
扉が急に開けられて、わたしの顔に直撃した。
あまりの衝撃に、顔面が平らになるかと思った。
「普通に呼べば現れますよ、大妖精さんは大切なお客様ですからね」
「で、では、ふぁにか鼻血を止めるものをくだふぁいまふか」
「あら、丁度きらしていまして。前に差し上げたハンカチでもお使いください」
「うう……」
仕方なく愛用の手提げ鞄から言われたハンカチを取り出し、鼻を拭う。
咲夜さんに貰ったものだから大切にしようと思っていたのに……。
まぁ、これもハンカチの宿命か。
安物じゃないらしいが、彼女にこんな姿長く見られるよりマシだ。
「……本当に持っていらしたんですね」
「ふぁ、ふぁい。ふぉひふぉんでふ」
「上を向いてはいけませんよ、うつむいて小鼻を押さえていてください」
そういってわたしに介錯してくれる咲夜さん。
ああ優しい。あなたになら切腹の介錯をされてもいい……。
でもこんな見っとも無い顔を見られるなんて……痛くて、恥ずかしくてジワっと涙が出てしまった。
「暫くその姿勢でいれば止まりますよ。あなたが変なことを言い出さなければこんな目にあわなかったので、私は謝りませんからね」
「い、いえあなたに優しくされて幸せです」
「……めげない妖精ですね。わたしは女性とそういう関係になるつもりはありません。あなたは恋人未満で友達未満です」
「と、友達ですらないんですか……」
せめて、近くにはいさせて欲しい。
「で、なにか用なんですか?先ほどの言葉を言いに来ただけでしたなら、どうぞお帰りください」
「い、いえ!実は先日の昼食のお礼に、高圧力鍋パーティーをしようと思いまして、お誘いに来たのです」
「鍋パーティーでいいのでは?でも珍しいですね、そんな催しを起こせるほど財力に余裕があるのですか?鍋に霞が入っていた、なんてオチは嫌ですよ」
わたしは涙と鼻血を拭き、フフンと微笑んだ。
「ええ!その点はご心配なく!先日食材をたくさんお持ち帰りさせていただきましたので!」
咲夜さんはたっぷり5秒は固まっていた。
「……よく呼ぶ気になりましたね。その面の皮の厚さでどうやって表情をコロコロ変えてるんですか」
「……言われてみれば……確かに……もともと紅魔館の食材ですものね」
「バカですねぇ、本当に、もう」
やれやれ、とため息をつく咲夜さん。
苦虫を噛み潰したような顔だが、口元を見ると僅かに口角を上げている……ようにも見える。
「いいですよ、そのバカな集いに参加します。お嬢様もいらっしゃると思います。お持ち帰りされた食材を振舞われるなんて貴重な経験だ、って喜ばれると思いますよ。変なお方ですから」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!!」
わたしは喜色満面といった表情でお礼を言う。
たしかに面の皮の厚さには自信があるが、咲夜さんが来てくれるならわたしの表情筋も全力を出すってもんよ。
「で、では夜食の時間に、わたし達の小屋へいらしてください!お待ちしております」
「はいはい、また鼻血が出ていますよ。気をつけてお帰りください」
今度こそ咲夜さんは本当に笑顔になってくれた。
見送られながら今日の高圧力鍋パーティは絶対に成功させようと心に誓った。
そして夕食時、言葉通り来てくれた咲夜さんとお嬢様を交えパーティーが行われた。
チルノさんはサボって東方を遊んでいたようだ。
まぁ……あの3匹は誘っても来てくれるか微妙だったと思うし、いいか。
そしてパーティーはつつがなく進行して……。
「へ?クーリングオフって使用したものでも可能なの?」
宴もたけなわ、といったところでお嬢様がきりだした。
何故高圧力鍋があるのか聞かれ、わたしが事情を説明したのだ。
「え?でもこの『光のスピード栗鼠ニング』はまだ開封していませんよ」
「でも……この鍋もう使っちゃってるし……付帯商品の返品ってそもそも可能なのかしら?」
な、なんだと?すごく嫌な予感がしてきたぞ。
「え、ち、チルノさん!その辺の確認はしましたよね!?」
「……」
チルノさんの顔にダラダラと汗が流れていく……。
これは鍋の熱さの所為だけでは、ないのか!?
「チルノさんってば!」
「いやあ!美味しかったごちそうさま!食後の腹ごなしにその辺の蛙を凍らせてこよう、そうしよう」
「ああっ!」
逃げやがった……。
いや、今はそれどころではない。
小包に記載されていた電話番号を確認し、すぐに問い合わせてみる。
「……そうですか、ダメですか。いやそこをなんとか……なりませんか……本当に?」
10分間の押し問答の後、わたしが諦めて受話器を置いたガチャリという音を機に、シン……と気まずい沈黙が訪れた。
「……ご愁傷様です。大妖精さん」
「ま、まあ、あたしはこの鍋の高圧力は良いと思うわよ。圧力が高いのは低いより良いわよね……うん、そうよね?」
「わたしの貯金でもあったのに……」
野菜などを里に売って手に入れたお金は共有財産としてわたしが管理しており、必要な分はお互いに相談して出していたのに……。ううーあの氷精いい!
「どちくしょおー!」
わたしは自棄になり『光のスピード栗鼠ニング』が入った小包をベリベリ開封すると、中にはテープが12本入っており、手近にあったカセットにその一つを挿して使用してみた。
「うわぁ、ヤケクソってこのことなのね」
「そもそもこの商品はどういった効能が見込めるのでしょうかね」
しばしの間流れる音声を聞き、わたしはこう断定した。
「絶対役にたたない……」
スピーカーからズールー語の解説がやたら早口で流れてくるのを、わたしはただ聞き流すことしかできなかった。




