目
心境の変化は難しいですね。人は簡単には変わらないから分かりにくくて仕方ない。
死を目撃した後、私とその周りにいた人たちは警察に事情を聞かれた。隣にいた私に対して女が行くのを止められなかったのかという非難は無かった。ただただその状況を言わされた。
家に着いたのは夜だ。電話で事情を聞いた母は心配そうに私に声をかける。
「大丈夫?」と。
私はそれを無視して自分の部屋へと逃げ込んだ。うるさい。本当は私のことなど本気で気にしてないのだろう。形式上、母親としてふるまっただけなのだろう。
自室で私は震えていた。ベッドの上でうずくまり、ただあの光景だけを思い出す。
死ぬ姿を思い出しなんども自問する。あれは私に止めることができたはずなのだ。しかし私はそれをしなかった。だって死ねばいいと思っていたから。
あぁ私はなんて醜いのだろう……。
次第に意識が薄れていく。このままもう寝てしまおう。今日は疲れた。
朝。私は学校を休んだ。お風呂にも入っていないし服も着替えていない。こんな姿では外にはでれないし、なによりも心が軋む。まだあの死は私の中で浄化しきれていない。
風呂に入り、母が用意した朝食をとる。母は何も言わない。私も何も言わない。
何か言ってくれればいいのに。そうすれば気も紛れるというのに。
ふと母は私に言った。
「晶子が考え込んでも仕方ない。あれは事故だったんだから。忘れてしまいなさい。」
なんて無責任な女なんだ。私がこうも頭を捻っているというのに簡単に忘れろだなんて言ってしまう。慰めているつもりなのだろうがはっきり言って慰めになっていない。
「うん。」
とりあえず返事はしておく。でないと母まで機嫌が悪くなってめんどうだから。だけども正直、救われたとも思う。誰かに私は関係ないと言われることで責任逃れができた気がする。
あぁ私はどうしてこうも卑怯なのだろう。
部屋に戻り私はベッドに身をなげる。仰向けになり白い天井を見つめる。じっと見つめる。
今、ようやく落ち着いた。結局のところどっちでもあるのだ。関係ないと思えば関係ないだろう。私が死なせたと思えば私が死なせたのだろう。
どちらの道を行くかは私が決めるのだ。
母は関係ないという道を進めた。
私は…私はどうしようか。
これまでの私なら関係ないと言って忘れ去りまた日常へと埋もれていくだろう。けれども今はもうそうは思えない。
何かが以前と違う。
私が死なせた。あの時、手を伸ばしさえすればこんなにも辛くないだろうに。あの時、手を伸ばしさえすればあの女も生きていただろうに。
手を伸ばしさえすれば…。
私は白い天井に不意に手を伸ばしていた。その手は空を切り下へ下へと落ちていく。もう一度手を伸ばす。白い天井に届いてしまうほどに手を伸ばす。
あぁいつか本当に手を伸ばしてみたい。これまで地面にばかり向けてきたこの手を人に。