新訳桃太郎 犬の巻
鬼ヶ島。その名の通り鬼の住まう悪の巣窟。
村々や集落を襲い、強奪、殺戮、悪略非道の限りを尽くす"鬼”。それらがついに隣村を襲ったと聞いた時、桃太郎は鬼ヶ島を目指すと心を決めた。
決意を受け入れた父は、桃太郎に装備を与え、母はきびだんごを作った。
「いいですか、桃太郎。お前は強い。しかし人は一人では生きていけぬ定め。仲間を、志を分かち合う友を見つけるのですよ」
桃太郎は母の言葉に従い、旅の仲間を探すことにした。港町に立ち寄り、酒場の門をたたく。
「鬼を退治する? そんな命知らずな……」
しかしそう簡単にはいかなかった。鬼の脅威は、人々の心をも恐怖で縛り付けていた。街の警護に当たるる者、屈強な海の男達でさえ、申し出に答えるものはいない。このままでは仲間などつくれぬ、と諦めかけていると、
「鬼を倒す? ばかな、そんな細腕で何ができる」
一人の男は酒の入った杯を床に叩きつけ、怒りをたたえた目で桃太郎を指差した。
「お上が俺達を見捨てた瞬間に、鬼を倒す術は失われた。お前の様な子供が行った所で無駄死にだ」
腰に刀をさげる男はこの町に来た国の武人だという。
「怖いのか」
「なんだと」
「国が動かなければ、勝てぬと決めつけただけではないか。そなたは人のせいにしているだけだ。負け犬のように」
「いってくれるな、小僧」
男は怒りに任せ、抜刀し桃太郎に切りかかった。横を向いたまま動かない桃太郎の首筋を狙い、一閃。酒を飲んでいるとは思えないほど鋭く、無駄のない動きにその場にいる者が息を飲んだ。
しかし剣は、床に突き刺さる。驚く一同をよそに、桃太郎はその峰に軽く足を掛けた。彼は剣筋を見極め、半歩身を引いて剣をよけて見せたのだ。
「覇気の無い剣で私を退けられぬ」
不意打ちを狙ったにもかかわらず、とらえきれなかった男は信じられないと剣を落とす。
「そなたは本当は、鬼を倒したいのだろう?」
桃太郎は男に落とした剣を手渡した。男は剣を受け取ると同時に、彼の言葉にひどく動揺した。
「国が捨てたというのに、武人のそなたがここにとどまっているのが何よりも証拠。母が言っていた。人は一人では生きられぬ定めだと。共に来るか?」
桃太郎の申し出に男はのり、二人は契を立てる証としてきびだんごを頬張った。
彼は己を戒める決意として、「犬」と名乗り、桃太郎の仲間となった。
いつもの1000文字制限の描写練習です。
今回はテーマを桃太郎にしてみました。きびだんごを与える、ってなんだが兄弟の契りを立てるお酒みたいですよね?