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魔劫戦記アグラオフォティス エピソード「Zero」

作者: ひら

魔劫戦記アグラオフォティスのラスボス「ゼロ」の過去。

 それは太陽系誕生から間もないある日。

 俺は第三惑星『地球』で、ある目的の為に生み出された。

 多くの実験機器が立ち並ぶ研究室。その一角にある培養カプセルから取り出された俺は、次第に意識が覚醒していくのを感じた。

 淡々とデータを刻む機械類の音や、研究員の会話がわずかに聴き取れる。

 その会話をより正しく聞き取ろうとした瞬間、頭上を大きな影が遮った。

「……どうだ? ”見える”か? 」

 研究員の間を割って出てきた男は屈みこみ、俺にそう尋ねた。

 男はとても厳しい顔つきをしていたが、俺への敵意は一切ないことはすぐに分かった。

 分からなかったのは、次に俺が発した言葉だった。

「あなたの名前は……ゼウス、そして……私の名前は……」

 俺はこの男を知らない。知るはずもない。が、知っている。

 頭の中を何かが駆け巡ろうとした時、それを静止するかのように男は言った。

「よし。我が最高傑作『グラウンドゼロ』よ。今日からお前は……ゼロと名乗るがよい」

 男は笑顔で静かに俺をみつめていた。

 周りの研究員は実験の成功を喜ぶのも束の間、次なる研究に向けての準備に動き始めていた。

「分かりました……、ゼウス……様」

 俺はすぐに全てを理解した。

 自分の成すべき事、そして、決して越えてはならない一線を……。

 

 研究室を出て、俺はゼウスと2人で通路を歩いていた。

 右手の分厚い窓の向こう側には、生まれたばかりの星と隕石が激しく衝突を繰り返していた。

 その様子は激しかったが、どこか寂しさも秘めているのではないかと思い馳せようとした時、ゼウスが俺に語りかけてきた。

「いいか。ゼロ。これからお前はこの地球で起きること全てを見、そして、伝えるのだ」

 そう言うゼウスの目線は俺を見ることも、外の地球の様子を伺うこともなく、ただ前だけを向いていた。

 

 しばらく通路を歩き続けると、突き当りの部屋の前でゼウスは立ち止まり、俺に告げた。

「ここが今日からお前が過ごす部屋だ」

 と同時に扉が開き、ゼウスは中へと消えていった。

 後について部屋に入ると、扉は自動で閉まり始めた。

 俺はふと振り返り、窓の向こうの地球を見ようとした。

 しかし、一瞬の衝突のまぶしい光を最後に、分厚い機械の扉に遮られてしまった……。

 

 ゼウスの後に続いて入ったその部屋の中は、とても殺風景でベッドと机以外は見当たらなかった。

 1つだけある小さな窓から星空が見えるが、地球の様子は方角が違っていたので何も分からなかった。

「さて……ゼロよ。ここでお前が何をすべきか、言ってみろ」

 ゼウスは何もない机の上に手を置き、俺に尋ねてきた。

 その目は俺をじっと見据えていたが、優しさも厳しさもない、ただ見つめているだけの瞳だった。

 俺はその瞳の奥に向かって答えた。

「すべてを見ます」

 それまで表情を微動だに変えなかったゼウスが、少しだけ険しい表情で言った。

「そうだ。それでいい」 

 それが……俺とゼウスの交わした……最後の会話だった……。


 それから多くの月日が流れた。

 星と隕石の衝突はいつしか止み、地球に最初の生命が誕生した頃、俺は部屋の外に誰かの気配を感じた。

 「私よ。いるんでしょ? 開けなさいよ」

 扉の外から声がした。

 扉を開けろと言われても、あれ以来俺はこの部屋でただ"見ている"だけで、開け方など考えたことすらなかった。

 何もない机の上に目を戻し、どうしようかと考え出そうとした瞬間、扉の開く音がした。

 目をやると、そこには長身で細身の女性が立っていた。

 彼女は眉間にシワを寄せ、けだるそうにこちらを見ながら言った。

「やれやれ……報告どおりか」

 扉は閉まり、狭かった部屋は彼女の存在感でさらに狭く感じられた。

 初めて出会う女性の姿と、彼女から漂ってくる柔らかく滑らかな香りがゼロの頭の中で一致し始めた時、彼女は続けて言った。

「アンタ。今"見えて"ないでしょ」

 俺は彼女の蔑む眼光の意味が理解できないでいた。

 そんな俺を意に介さず、彼女は話し続ける。

「はぁ……。結論から言うわね」

 彼女は机に座る俺の前にゆっくりと足音もなく近寄り、膝を落として俺の顔を覗きこんだ。

 それまでの香りが一気に強くなり、一瞬頭がクラリとした。

 それを察知してか、彼女の眼光から鋭さが消え、変わりに妖しい微笑みが顔を覗かせた。

「あなたは今日から私の元で新しい『訓練』を始めることになったわ」

「訓練……? 」

 聞きなれないが、嫌な予感を彷彿とさせる言葉だと認識し、俺は自分の頭を覚醒させて尋ねた。

「そ。今のままじゃ……グラウンドゼロの力を100%発揮できないからね」

「アタシが鍛えてあ・げ・る」

 戸惑う俺を他所に、それまで以上ににこやかな笑みを浴びせる彼女の名は、アテナといった。


 それはアテナと出会ってから数億年後のある日。

 恐らくは俺が生まれた研究室と同じ外宇宙居住スペースでの戦闘訓練中のことだった。

 ドーム状の部屋は天上が分厚い透明樹脂で覆われており、その先の暗い宇宙空間には、数える程の星の輝きがみつけられた。

 が、背中から強く叩きつけられた際の衝撃が全身を駆け抜けたせいで、俺は数えるのをやめてしまった。

 アテナは汗一つ流す様子もなく、冷徹で感情のない視線で俺をせかした。

「さっさと立ちなさい」

 普段俺といる時は年下をからかうような言動もする彼女だが、今はまるで機械か何かを相手にしているような気にさせられる。

 俺はその目を睨み返しながら、かろうじて立ち上がった。

 すでに打ち込まれた全身のダメージのせいで、どこにどれだけ力が入っているのかすら分からず、俺は次の一手を選びあぐねていた。

 そんな俺に対して距離を詰めるでもなく、アテナは棒立ちのまま見つめ続けていた。

「はぁ……何度言えば分かるの? 」

 それまで俺を封じ込めていた視線を普段の世話焼きな瞳に戻し、アテナは言った。

「"情報"は集まってるはずよ。ダメな原因は、それに頼りすぎてること……」

 アテナは歩みを進め、俺の側に辿り着くとポンと肩を叩いた。

 期待を捨てきれないアテナの落胆した表情をみながら、俺は再び膝から崩れ落ちた。

 彼女の言葉にどう返していいか分からず、ただやるせなさが募る俺を察することもなく、アテナは続けた。

「グラウンドゼロの力を得たことによって、アナタには銀河系全ての情報が無選別に集約される……」

「はずなのよ」

「アナタは生まれた直後であるにも関わらず、私の父を"ゼウス"と呼んだ。 ゼウスは通り名で、天界人の中でもごくごく限られた者しか知らないのにね……」

「それからアナタが見てきたもののデータは、まさに驚愕の一言だったわ」

「第三惑星地球の誕生から安定、そして外洋の形成から微生物の誕生に至るまで、あらゆる時系列がコンマ1秒途切れることなく中央のコンピューターに送られてきた……」

「ところが……ん?」

「はぁ……聞こえてない……か……」

「やれやれ……次に目が覚めるのは何百年先かしら」

「よっこい……しょっ……っと」

「ほんっと、図体だけは一人前になりつつあるわね、コイツ……」

 失われていく意識の中で、俺は温かく柔らかな何かに包み込まれていくのを感じた。


 それから膨大な月日が流れた。

 ここでアテナと過ごした数億年間は、俺にとってとても価値のある時間となった。

 しかし、その価値は、あの日を堺に一変することとなる……。

「ハァッ!」

 アテナが掛け声と共に剣を振り下ろす。

 以前は何かが光ったようにしか見えなかったその切っ先も、今ははっきりと見える。

 なんなく避けた俺はそのまま距離を取り、アテナの次の出方を待った。

 広い空間は静まり返り、にらみ合う2人の間には空気すら割って入れない緊張感が漂っていた。

「やーめた」

 アテナは剣を鞘に収め言った。

 それまでの厳しい表情から一気に緊張が解け、今はどこか満足げに俺に笑いかけている。

 きっと俺の発動したグラウンドゼロの力を感知し、戦う気が失せたのだろうと俺は察した。

「で、私は何手先でやられたの? 」

 グラウンドゼロの力によって集められた情報により、アテナとの戦いの結末はすでに"見えて"いた。

「四手先……、お前が半歩後ろに飛んだ際に一瞬のぐらつきを突いて、俺の勝ちだ」

 それを知ってか尋ねるアテナに、俺は自分がみたありのままを答えた。

「四手かぁ……」

 アテナは首をかしげ、少し思惑とは違った表情で続けた。

「五手まではいけると思ったんだけどなぁ……」

 そう言うと彼女はくやしそうに顔をふくらませてみせた。

 それを見た俺は不覚にも笑みをこぼしてしまう。

 何もない無風な空間だが、二人の間を一瞬の風が通り抜けた気がした。


 アテナとの修行の成果により、ようやく俺はグラウンドゼロのコントロールが出来るようになった。

 この力の特徴はなんといっても「全ての事象が自らの意思に関係なく自動で集約されてくる」という点だろう。俺の場合、全ての事象とは「地球の進化」を指した。

 しかし、無尽蔵に集まる情報も"分別"できなければ意味がないものになってしまう。俺にできなかったのはその分別だった。そのせいで、地球の理想的な進化のサポートが長らく出来ないでいた。

「情報というのは、得ることを前提としたものなの。でも、アナタはその前提を無視できる唯一と言っていい存在……それが災いしてか、その情報がなぜ自分の中に存在しているのかをまるで考えてこなかったんでしょ」

 かつて、アテナは俺がグラウンドゼロの力をコントロールできなかった原因をこう言った。

 確かに俺は、自分の意思とは関係なく"すでに知っている"事柄に対して、どう接していいか分からず、ただ身を潜めていただけだった。

「そういうのほほんとしたアナタには、生死をかけた勝負にどっぷり浸かってもらうのが手っ取り早かったのよ」

「だって、考えなきゃ死ぬだけなんだからね♪」

「あと、大体アナタはねぇ……」

 戦闘訓練を終え、研究区画の職員用食堂の列で彼女は他人事のように無邪気語っている。

 こうしている時の彼女からは戦闘中の凍りつくような覇気は一切感じられない。そのギャップには流石の俺もいつも調子を崩されてばかりだった。

「ったく……実際、何度死にかけたと思ってるんだ……」

 俺は無邪気なアテナに釘を指したくてぼやいてみた。

 アテナは俺の言葉に反応しこちらを向くと、キョトンとした表情をしていた。かと思えば次の瞬間、ニンマリと笑顔を見せ、再び自分の好きなメニューばかりをトレイに重ねていく。

 確かに、アテナとの過酷な修行の甲斐あって、今では自分の中に自らの意思とは関係なくどのような情報が溢れていても平静を保っていられるようになった。

 そして、地球で起こっている事象をくまなく見渡し、それら全てを中央のコンピューターへと転送することが出来るようになっていた。

 転送された情報は、研究管理室で地球の進化に必要か不要かで分別され、必要な情報は地上を形成し、不要な情報は魔界へと隔離されていった。

 俺はそれをただ見続けるだけだった……。


 それからさらに何億年かの月日が流れたある日のこと。

 自然と減っていたアテナとの修行の日々は気がつけば終わっており、俺は一人の時間を淡々と過ごしていた。

 ただひたすらに地球の進化を見続ける日々。そこには多くの命が生まれては消え、生まれては消えを繰り返していた。そんな命を俺は消える前から知っていたし、生まれる前から知っていた。

 これから自分がやるべきことは、そういう意味ではすでに終わっている。

 これから自分が見るものは、見るはずの物としてすでに見終えている。

 俺はだんだん退屈になってきていた……。

 いつしか俺には、何も見たくないと思う時間が増えてきた。思っても無駄なのにだ。他の天界人たちは皆忙しそうに働いている。彼らには一体何が見えているのだろうか? 地球のめざましい進化の様子? 滅んでいった種の愚かな末路? 俺にとってはどちらも大した魅力は感じなかった。


 グラウンドゼロの力を常時コントロールできるようになった俺は、生まれてから修行に励んだ天界人の研究施設が混在するコロニーとは別のコロニーへの行き来も認められるようになった。

 地球ではすでに人類誕生から長い年月が経っており、地上の人口は50億を突破し、文明も安定期に入っていた。

 天界人は地球周辺にいくつものコロニーを建設し、衛星軌道上を周回しながら地球の監視活動に務めていた。ただ、天界人といっても余暇は必要らしく、今俺がいるコロニーはそんな余暇などが過ごせる多目的コロニーだ。

 最近そこにお気に入りのスポットを見つけた。

 緑化された公園スペース内隅っこにある巨木の枝の上で、俺はいつものように物思いにふけっていた。

「やめなさいよー!」

 子供同士の言い争いらしき声が遠くから聞こえてきた。

 天界人の子供だろうか? よく考えたら自分が生まれてからただの一度も子供に会ったことはない。それなのになぜ子供かと思ったか。言うまでもなくグラウンドゼロの力だが、この力が働くということは……?

 声が聞こえた方へ進むと、見慣れない施設が建っていた。それは天界人の施設ではなく、地上に多数建造されている施設と同じものだった。

 地上でそれらは「病院」と呼ばれている。

 しかし、俺の考えはすぐに改められることになる。

 そこが地上の病院とは似ても似つかない、おぞましい天界人の悪意が渦巻く場所だったからだ……。


 施設の中に入ると、中は広く開けた空間になっており、窓やオブジェといったものは少なく、とても殺風景で暗かった。

 目が慣れた時の光景に俺はギョッとした。沢山の人間の子供達が床に多く寝そべり、壁際に列になってうなだれていたからだ。

 例えば、地上の戦地で被災した子供ら、病院で瀕死の症状の子供らなどは何百万人と見てきたが、ここに居る子供達はまた少し違った様子だった。

 目は宙をみつめているかと思えば、突然回りの子供同士で笑いあったり、泣きあったり、中にはグループで遊んでいる子供達もいる。しかし、事の最中で突然全員立ち止まり、何もしない時間が始まるのだ……。

「こんにちは……」

 あたりの異様さに身動きが取れないでいる俺に、目の前の少女がまるで今俺の存在に気がついたかのように挨拶してきた。

 それを合図としたかのように、1人、また1人と俺の周りに集まってくる。

 しかし、集まるだけで物を言うわけでもない。俺の力を持ってしてもこの子らが何なのかが全く見えてこなかった。

 どうやらこの施設内には特殊な力が働いているのか? しかし、そんな力が存在することなど、今の今まで聞いたことがなかった俺はますます困惑していた。

「お前達は……、ここで何をしているんだ? 」

 物言わぬ少年少女らに俺は尋ねた。

 彼らはその質問の意味が分からないのか、俺を警戒しているのか。しばらく答えは返ってこなかった。

 ただ、何人かは何か言いたげに俺のことをじっと見つめ続けていた。

「わかった。質問を変えよう」

「今度ここに天界人がやってくるのは、いつだ? 」

 俺がそういうと子供達は急に態度を変えて部屋の隅に離散していった。

 残ったのは2人の女の子だけだった。どちらも怯えた目でこちらを見ている。

 しかし、2人は固く手を握り合い、それを合図としたかのように一歩俺に近づいてこう言った。

「分かりません……」

 ここには自分の知らない”何か”がある。

 そう感じた俺は、しばらくこの施設に通い詰めることになる。

 

 初めて「病院」を訪れた日からどれくらいの年月が経過しただろう。

 最初は俺のことを恐れていた子供たちも今ではすっかり馴染んでいる。

 いや……、慣れただけなのだろうか。俺の目の前で大勢で遊びごとに興じている。

 そして、どうも俺の知っている様々な知識がとても珍しいらしく、俺がひとたび誰かと話を始めるとどんどんと人だかりが出来ていった。

 そしてその度に子供同士のつまらない言い争いに発展し、それをなだめるといった単調な日々が続いていった……。

 ある時は、リンゴとオレンジのどちらが美味しいか? といったテーマや、水と氷のどちらが冷たいか……など。

 俺にとってはどっちでもいい内容でも、子供達は一生懸命自分の意見をぶつけ合う。長い地球の進化からみれば、些末なこの光景も、俺には少しずつ大切なものに思えるようになってきた。


 そんなこの病院内の構造だが、調べてみると至ってシンプルなものだった。

 上下8つのフロアからなる箱型の建物で、子供1人につき小部屋が1つ配置されており、各フロアに大きなホールが1つだけ。眠りにつく以外の時間、全ての子供はこのフロアで過ごしているようだ。

 恐らく天界人によって何らかの指示がなされてのことだろうが、俺がここを訪れて以来誰一人としてやってきていない。

 もう一つ分かったことがある。

 それは、この病院はどんどん大きくなっているということだ。

 俺が初めてここを訪れた時は、地上2フロアの建物だったが……

「ねね!ゼロ様!」

 それまで目の前で遊んでいた集団から、1人の少女が飛び出してきて俺に呼びかけてきた。

 俺が初めてここを訪れた時に出会ったあの2人の女の子のうちの1人だ。

 普段は温和な彼女が、今は少し興奮した様子で息を荒げている。

 どうせまたつまらない言い争いでも始まったのだろう、と俺は直感的に察してうんざりした。

「どうしたんだ? 」

 俺は彼女に手を引かれ、集団の中に連れて行かれながら問いかけた。

「いいから!」

 彼女は俺の問いに耳を貸さず、頬と耳をタコのように赤く膨らませて俺を引っ張り続けた。

 連れられた先では男の子と女の子の2人が言い争いをしていた。女の子の方は俺が初めてここに来た時に会話した2人の女の子のうちの1人で、彼女の妹らしい。

「なれるわけないだろ!」

「やってみなけりゃわからないでしょっ!」

「やらなくたってわかるさ!むりにきまってるよ!」

 取っ組み合いに発展しそうだったので、俺は2人の間に割って入って両手で抱きかかえた。

 それでも2人は睨み合って言い合っている。

「やれやれ……何になる話だ? 」

 俺はため息混じりに尋ねた。

「花になるの!だってさ。バカじゃないの!」

 男の子は、俺に抱きかかえられたまま腕組をして妹の真似をしながら言った。

「……花? 」

 いつもの子供同士の言い争いかと思ったが、何やら違う雰囲気を俺は感じ尋ねた。

 ここにいる子達は地上界で言うところの「魂」。

 といっても実際は天界人に管理されている「実体」だ。彼らは地上で何らかの病気にかかり生命活動を停止した人間で、ここでは改めて「子供の姿」を与えられている……。

 そんな彼らが花になるとは一体どういうことなのか。

「バカじゃないもん!だって……だって……」

 妹は泣きじゃくりながら俺を見て続けた。

「花になれば……、笑ってもらえるもん……」

 普段は割りと強気な妹が、ここだけはといった様子で目にいっぱい涙をためていた。

 らちがあかない俺は2人を下ろすと、男の子は駆け出していった。

 残った妹に姉が駆け寄ってくる。

「ゼロ様……わたしたちは花にはなれないの? 」

 泣きじゃくる妹を慰めながら、姉が俺にそう尋ねてきた。

「花って……一体なんのことだ? 」

 俺は分けが分からないのでそのまま姉に聞き返した。

 姉が言うには、自分達には生前の記憶が少しあるのだという。彼女達は双子の姉妹だったが死産だった。原因不明の難病に母親がかかったせいらしい。彼女達はそんな母親の悲しんでいる顔しか覚えていないのだという。

「私、見たの。お母さん、ベッドの上で笑ってた。お花を見て笑ってたの……」

「だから……、だから私も花になればお母さんに笑ってもらえると思って……」

 妹は姉の胸に顔をうずめて泣きながら言った。

 慰めながら姉が続ける。

「そうしたらさっきの子が、『花になるには太陽が必要なんだぞ~。お前には太陽がないじゃないか~』って……」

「ゼロ様……私達の太陽になってくれませんか? 」

「そうすれば私達、花になって……」

「今度こそ……」

 妹の頭をぎゅっと抱きしめた姉は困った様子で俺の方をうつむき加減で尋ねてきた。泣き止んだ妹と共に俺を見つめ答えを待つ2人に、出来ることなら了解してやりたかったが、俺にはこれまで見てきたものがある。俺の答えは最初から決まっていた。

「俺は……お前達の太陽には……なれない」

「グラウンドゼロとして生まれた俺には、ただ見続けることしか出来ない」

「"何かを照らし導くような存在"には……なれないんだ」

 一瞬は彼女達をなぐさめようと優しい嘘の一つでもつこうと思ったが、俺は正直に告げた。

 すると2人は残念そうに落ち込んだ顔でその場で立ち尽くした。

 やがて病院は夜を向かえ、2人は自分の部屋へと去っていった……。

 静寂の中、広いホールで俺は1人佇んでいた。

 地上でよくある子供のいる家庭の夜とは似ても似つかない静けさ。

 この広い病院に一体どれほどの子供があの姉妹のような過去を抱えているのだろうか。

 相変わらずグラウンドゼロの力は働かない。やはりここには何かある。そう確信しながらも、それが何か分からないまま、さらに多くの月日が流れた……。


 いつものように、病院へ向かうと何やら様子が違っているのが外観からすぐに見て取れた。

「なんだ……あれは……」

 思わず声が出てしまった。病院の屋上付近に飛行物体が隣接している。とても巨大だが物音は一切していない。そのせいか、耳をすますと屋上の方から人の話し声が聞こえてきた。

「大人の声……? 天界人か……? 」

 中に入るといつもは大ホールに居るはずの子供達の姿が一切ない。そればかりか、各個室にも誰もいないようだ。

 まるで最初からここには誰もいなかったといわんばかりの静寂が溢れ、俺を不安に駆り立てた。

 なぜこんなことになったのか。理由を考えるよりも、確かな答えが屋上にあると確信した俺はひたすら階段をかけ登った。

 8フロア目、9フロア目、……前来た時より確実に、いや、圧倒的に病院の規模が拡大している。

「なんだ……? 何が起こっている……? 」

 俺は意識をかつてない程研ぎ澄ました。地球の陸地、空、海、動物の営みや人々の暮らしまで細かく情報が流れ込んでくる。しかし、この建物内の情報だけが一切更新されない……。

「グラウンドゼロの力は機能している……か。……クソッ!」

 30フロアを越えた辺りから異変に気付く。外から見た光景より明らかに自分が登ってきた階層の方が多い。焦りはすぐに俺を臨戦態勢へと導いた。

「……面白い。そっちがその気なら……!」

 俺は久しぶりに全力を出して駆け上がった。グラウンドゼロの力は及ばなくても発揮することは出来る。

 階段の形、形成している材質、硬度、幅、段差数などの情報を瞬時に収集し再構築。最も無駄なく素早く動ける方法を見つけ出し実行に移した。

 そして1000フロア目、ついに俺は屋上へたどり着いた。

 そこはもうコロニーを遠く飛び出し、外宇宙との境界層スレスレのところまで来ていた。

 眼前には数多の子供達がうごめいており、その先に例の飛行物体が見える。ハッチが開き、昇降台が降りてきており、子供達はそこから飛行物体の中へ入っていっているようだ。それを先導しているのは……。

「天界人か!? 」

 俺は大声で叫んだ。すると、遠くで先導している何人かが俺の声に気付いたらしく近づいてくる。その姿に俺は見覚えがあった。それは俺が生まれた研究施設の研究員の服装とよく似ていた。

 研究員の集団から一人が割って出てきた。小柄で白髪だが、全身は凛としており風格というより奇妙な近寄りがたさを携えていた。

「……おぉ。これはこれは、「実験体003」じゃありませんか。大きくなりましたねぇ」

「お久しぶりですね。といっても面識はないし、私はあの力からは外れているので知りはしないでしょうけど……」

「じゃ……、そういうことで」

 初老の研究員はこう発するなり立ち去ろうとした。

 俺は彼を引き止めて事態の説明を求めようとした。

「そういうこととは一体……」

 すると、初老の研究員は立ち止まり、こちらに背を向けたまま喋りだした。

「ここならある程度は見えているんでしょう? 流石の私達もグラウンドゼロの力を完全に封じられるとは思ってませんしね」

 そう言うと、初老の研究員は再び歩き出した。

 なぜ彼はグラウンドゼロの力のことを知っているのか。やはりあの実験施設に関わりの深い人間なのだろうか。疑問が頭の中をぐるぐると回りだした時、聞き覚えのある声がそれを遮った。

「ゼロ様!」

 声の主は、あの姉妹だった。彼女達は今までみたことがないような笑顔をしていた。よく見ると、どの子供達も静かに飛行物体の中へと消えていっているが、その姿はどこか明るく朗らかなものをしている。

「ねぇ聞いて、ゼロ様!私達、お花になれるんだって!」

 姉の後ろについていた妹が飛び出してきて、嬉しそうに俺に話す。

 花とは、以前に言い争いとなっていたあの件のことだろうか。

 もしかしたら、彼らは再び人間として生を受けるのか? その為の準備としてここから連れ出されるのか? 俺は推察した。

「そうだよ。お嬢ちゃんたちは花になるんだ」

「今度こそ、みんなを笑顔にしてくるんだよ。さ、行きなさい」

 脇から残っていた研究員達が言った。

 その顔はいたって普通の笑顔だったが、俺には何かどす黒いものが隠れているように見えた。

 他の研究員が姉妹の手を取り飛行物体へと進んでいった。

「あの子達は……これからどこへ行くんだ? 」

 最後の1人が立ち去る間際、俺は彼を引き止めて尋ねた。

「ふむ……また何かあったのか。見えていないようですねぇ……」

 研究員は近づいてきて俺の全身をじろじろと見つめながら言った。何かモノの状態を観察するかのような、熱心だが心のない表情だった。

「ま、いいでしょう。彼女達はこれから再び人間として生まれ変わります」

「もっとも、その後すぐに死んでしまうんですけどねぇ……」

 研究員は顔をくしゃっとしながら笑っている。

「死ぬ? どういうことだ!」

 彼女達の命に関わる話以上に、その男の顔に芽生えた嫌悪感を消し去れないまま俺は声をあらげた。

「おぉっ。怖い。殺さないでくださいよ? 私はそういうのではないので……」

「あの子達は全て、地上で何らかの病気によって生命活動を停止した。そこまではご存知ですよね? 」

「この施設は地上で発生した病気の情報を集約するセンター……のようなものなんです」

 語り出すと同時に、研究員の顔はだんだんと冷静で知的で、そしてますます人らしさが無くなっていった。あれは紛れも無く天界人の顔だったと今なら思える。

「ただ、やっかいでしてね。病気というのは。だってそうでしょ? 死んでしまったらその病気がなんだったのか、全て分からなくなってしまう……」

「そこで彼らを再び地上に戻すことで、もう一度その病気について知るチャンスを与えようと。そういうわけです」

 誇らしげに語る研究員にいいえぬ衝動が湧いてくるが、俺は今はそれを納めた。

「何度目だ」

 俺は研究員をにらみ付け尋ねた。

「へっ? 何度目? これですか? う~~ん。私も最初から参加しているわけではありませんからねぇ」

 研究員は腕を組み、頭をかしげながら一生懸命考えていた。まるで他人事のように……。

「いずれにしても、病気の原因が解明され、治療法が確立されるまで続くことは確かですからね。回数を数えるなんてナンセンスじゃないですか? ハッハッハ」

 この時、笑顔で答える研究員を見て、俺の中で何かが動き出したのを感じた。

「お前は、ここで過ごす子供達がどんな日々を送っているか知っているのか? 」

 高ぶる衝動を抑えて俺は研究員に尋ねた。

 しかし、そんな俺とは対照的に研究員は無関心な表情で眉一つ動かすことなくうつろに観察していた。

 ほぼ同時に彼の右腕にある腕時計のアラームがけたたましくなり始める。

「おっと……いけないいけない。また予定に遅れるところだった」

 研究員は右手の腕時計にふと目をやると、一瞬慌てたそぶりを見せ、こう言った。

「まぁ、そうですねぇ……。せいぜい次は金持ちの家に生まれることを祈ったらいいんじゃないですかねぇ? 」

「地上の医療も年々進歩しているようですから、今度は助かるかもしれないでしょ」

「貧しい家に生まれたら……、ま。残念だったということで。へっへっへ……」

「我々もそこまで管理させてもらってるわけでは……」

 彼の言葉を最後まで聞き終えることなく、俺はその場にいた全ての研究員をねじふせた。

 事態が変わったことに気付いた子供達が飛行物体から次々と降りてくる。どうすればいいか分からないまま彼らはいつものように身動きがとれずにどよめいていた。

「ゼロ様……、どうしちゃったの? 」

「私達、お花になれないの? 」

 その中から、例の姉妹が心配そうな顔で俺に言い寄ってきた。

 無垢で何も知らされていない彼女達に真相を語れるはずもなく、俺は一瞬言葉を失った。すると姉妹たちは益々心配な様子を見せ始めた。

「なれるさ。お前も俺も……」

 俺はその時の精一杯の笑顔で姉妹に答えた。

 すると、心配そうな顔をしていた姉妹の顔がいつもの明るい笑顔になった。

「よかった!」

「じゃあ、ゼロ様が私達をお花にしてくれるのね? 」

「楽しみだなぁ、私、今度こそお母さんを笑顔にしてみせる!」

「だめだよ、お姉ちゃん!私が先よ~!」

 笑いあいながら会話する姉妹を見ながら、俺の中には一つの計画が着々と構築されていっていた。

 俺は子供達を連れて病院ごとそのコロニーから離脱した。 

 天界人には知られざる裏の顔があると確信した俺は、そのままとある暗黒物質が眠る研究コロニーを目指した。その暗黒物質の名は「アグラオフォティス」と言った。


 暗黒物質アグラオフォティスのことを俺が知ったのは、生まれて間もない頃、天界の仕組みや施設といった情報を得ていた時のことだった。

 暗黒物質とは、「ダークマター」とも呼ばれ"宇宙に存在する他の物質とはほとんど反応しない"などともされており、どのような正体なのか、何で出来ているか、未だに確認されておらず、不明のままの物質の総称だ。

 アグラオフォティスは天界人がこの太陽系の管理者になる前、銀河間戦争の混乱に乗じてどこからか手に入れてきたが、その性質解明には流石に手を焼いたらしく、当初莫大な人材と研究施設を投じていたが、成果が出ない日が続き、段々と規模は縮小され、今ではこのコロニー内の保管施設を兼ねた建物を残すのみとなっている。


「……あったぞ。アグラオフォティスの種。これを使えば……」

 研究施設内のデータをかき集め、俺はアグラオフォティスの種を発見した。

「ゼロ様、ここで何をするの?」

 周りの見慣れない機械類にキョロキョロしながら、姉妹が俺に尋ねた。

「お前達は、花になりたいと言ったな? 」

 俺はかがみこみ、2人の肩に手を置いて尋ねた。

 目の前の2人の少女はこれから起こることに何の不安も感じていない様子だった。

「うん!」

 2人は笑顔で元気に答えた。

「これは……アグラオフォティスという"花の種"だ」

「これをこれから、お前達2人に与える」

 期待を胸に話しに耳を傾ける2人に、俺は罪悪感と虚無感を押さえ込むのに必死だった。これから起こることがどんどん頭の中でリアルになっていく……。

「花を咲かせる方法は一つだけ。願い続けることだ」

「何があっても……な」

 なんとか紡ぎだした言葉に俺はひどく疲労した。もう後には戻れない。前に進むしかないことへの覚悟と、怒りが俺を支配し出す。

「何があっても? わかった!」

「私、早くおかあさんに会いたいなぁ……」

 この子達はいつもこうだった。ずっと2人で、ひたすらに母を思い続ける。

そんな2人の気持ちを踏みにじろうとした天界人と、今の俺。

 一体何が違うのか……。

 答えはやがて分かるだろう。

「さ、これから少し準備をするから、向こうで待ってな」

 2人を一旦研究室から出し、俺はコントロールルームへと入った。

 目の前には2つの培養カプセルが空のまま放置されている。


「光と闇……、アグラオフォティスの力……」


「示してみろ……俺の道を……!」


(終)


この話の続きは「魔劫戦記アグラオフォティスプロローグムービー」で視聴いただけます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 投稿時に作者名を記入すると、ユーザー名とは別作者名と認識されるので(作者名から作者ページにリンクされなくなる)、ユーザー名のままで投稿したい場合は何も書かないのが正解です。よく間違える人いる…
2014/10/03 21:22 退会済み
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