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第九話

すみません、まだ続きます。

私がこれからの事に不安になっていると、陛下からの使いが来た。

動けるようならすぐに顔を見せるようにとの事で、向かったのは陛下の私的な応接間。


瀟洒なテーブルや椅子が並ぶその部屋には陛下と父、それとなぜか勇者もいる。

私と父が陛下の元へ向かう為に部屋を出ると、勇者は当たり前のようについてきた。

そして当たり前のように私の隣に座っている。

陛下も父も勇者の同席を咎めない。


・・・嫌な予感がする。

まさか私のしてきた事が全て無駄になったりしないわよね?


勇者を横目で見上げれば、優しく微笑まれる。

しかし私には微笑み返す余裕も理由もない。

無言で視線を下ろし、陛下からの言葉を待った。


陛下と父はよく似ている。陛下もがっしりとした厳めしい顔で、くすんだ金髪に同色の見事な口髭が威厳を醸し出していた。


「リディアーヌ、体調はよくなったか?」


陛下の優しい声に私は頭を下げた。


「ありがとうございます。もうよくなりました。ご心配をおかけして申し訳ございません」

「うむ。そなたまで攫われていたとは気付かなんだ。よく無事に帰ってきた」

「ありがとうございます」


陛下も私が攫われたと思っている。

勇者に助け出されたと思っているのだろう。

こうなると隣国との政略結婚はどうなるのだろう。


私は気が気ではなく、陛下の言葉に耳を傾けた。


「アンジェリーヌも今朝方無事に戻ってきた。

攫われてから一日も経たずに救い出すとはさすが勇者だ」


アンジェリーヌを攫ったのは昨日の昼過ぎ。

精霊様は騒ぎが大きくなるまでアンジェリーヌを隠すつもりだったらしいが、私が異を唱えた。

アンジェリーヌの精神面健康面を考えて、すぐ救出させて、限度は一日、と。

その為、精霊様は勇者一行をすぐに魔王城に案内した。

思惑通りのすぐの救出劇だった。

私がポロリと魔王から出ちゃったのが想定外だったけど。


「アンジェリーヌ様を救い出したのはヴィクトルです、陛下」

「おお、そうであったな。ランツ候の長子ヴィクトルか。

彼も勇敢な男だ。

彼にならばアンジェリーヌを嫁がせても安心だ。

アンジェリーヌは幸せになれるだろう」


勇者と陛下の会話に、私はぱちくりと目を瞬かせる。

ヴィクトルにアンジェリーヌを嫁がせる。

陛下は確かにそう言った。


アンジェリーヌは好きな人と結ばれて幸せになるのだ。

私の胸にじわじわと喜びが広がった。

陛下と目が合う。

陛下は真剣な顔をしていた。


「リディアーヌ、私はそなたにも幸せになってもらいたいと思っているぞ」

「分かっております、陛下。

わたくしは幸せでした。陛下や皆様によくしていただいて。

その思い出があればどこにいてもわたくしは幸せです」


微笑み、陛下に答える。

もうナボルに嫁ぐ覚悟ができている事を伝える為、陛下を見つめ返すと、陛下は疲れたように長い息を吐いた。


「本当だな、勇者の言った通りだ。

そなた、自分がナボルに嫁ぐのだと思っているらしいな。

誰に聞いた? そんな話はないぞ」

「・・・え?」


私は言われた言葉をすぐに飲み込めなかった。


「え、 でも、ナボルとの和平交渉の中で、結婚の話があると聞きました。

戦争を避けるには婚姻で絆を結ぶしか」

「確かに結婚の話はあった。だが、断ったぞ」

「断った⁉︎ では、戦争になるのですか?」


私は慌てて腰を浮かす。陛下は手でそれを制した。


「戦争にはならん。今の我が国に戦争を仕掛ける馬鹿な国はない」

「? それはどういう?」

「我が国は現在の勇者の生まれ故郷だ。

勇者も我が城を拠点に活動しておるし、魔族退治の依頼も我が城にくる。

神の使いである勇者が我が国にいるのだ。

そんな国に戦争を仕掛ければ、たちまち他の国から制裁を受ける。

我が国に勇者がいる限り戦争はない」

「・・・・」


確かに・・・。


私は目から鱗が落ちるとはこういう事かと思った。


「それに今回の結婚話は王太子とナボルの姫の話だ。

ウチから嫁がせる話ではない」

「フェルディナン様の?」


現王太子フェルディナン殿下はフランシス殿下の弟で16歳。

確かにそろそろお相手を決めてもいい年齢だ。


・・・と、いうことは、全て私の勘違い⁉︎


私は二の句が継げなかった。

勘違い、そして思い込みだ!

ナボルとの結婚話をこちらから姫を出すと勘違いし、アンジェリーヌと勇者が恋仲であると勘違いし、ナボルとの力関係が昔のままだと思い込んで、挙句に精霊様の計画に乗って魔王を演じアンジェリーヌを攫った。

私の勘違いと思い込みの所為でどれだけの人に迷惑をかけただろう。


私は血の気が引くのを感じた。


「リディアーヌ。確かに昔、アンジェリーヌをナボルに嫁がせるという話があった。

フランシスが亡くなる前だな」


陛下が気遣うように優しく言った。


「フランシスが亡くなり、その話はいったん宙に浮いた。

やがてまた話し合われる筈だったが、その間に情勢は動いたのだ。

勇者の台頭、大国との同盟。

もうナボルに人質のように姫をやる必要はない。

もう、そなたがフランシスと考えていた未来とは、違う道に進んでおるのだぞ」


陛下のその目は全てを見透かしているようだった。

私のフランシス殿下への思いも、私が仕出かした事も。

父を見ると父は厳めしい顔を緩め、気遣うような笑みを浮かべている。


私はちゃんと、今を見なければならない。

今を見て、先の事を考えなければ。


二人の顔を見て、私は決心した。


正直に全てを告白しよう。

私が魔王を演じた事、アンジェリーヌを攫った事。

全て話して、そして頼もう。

私がした事によって不利益をこうむる人が出ないよう。

本当は精霊様が全てなんとかしてくださると言っていたけど、精霊様は神様ではなかったし逃げちゃったし。

私にできる事は少しでもしなければ。


しかし、私が口を開くより先に陛下が動いた。

陛下はこほんっと咳をし、身を乗り出す。


「それで、だな。

そなたは勇者の事を慕っているとの報告を受けている。

勇者もそなたを愛しているそうだ。

そなたをナボルに差し出すのかと言い、怒鳴り込んできた勇者はまことに恐ろしい・・・。

こほん。それはいいとして。

私はそなたと勇者の婚姻を認めよう。

正式な決定は議会を通してだが、なに、そこは今回の魔王退治の功績をかんがみれば、満場一致で可決されるだろう」


どうだ、と言わんばかりの陛下の笑顔。

その笑顔を曇らせるのは心苦しいが、これは譲れない。


「申し訳ございませんが、わたくしは勇者様と結婚できません」

「・・・なぜだ? そなたと勇者は愛し合っているのだろう?」


戸惑うような陛下の声。私は首を振る。


「いいえ。わたくしは確かに皆様の前で、勇者様を好きな振りをしておりました。

しかしあれは・・嘘です」

「嘘? ではリディアーヌは勇者の事をなんとも思っていないのか?」

「はい」


陛下の顔は引きつり、目線が私と隣とを行き来した。


「わたくしは勇者様にもアンジェリーヌ様にも、他の方々にも多大な迷惑をおかけしました」

「それは、攫われた事を言っているのか?」

「いいえ、陛下。わたくしは攫われておりません。

わたくしが攫ったのです」

「?」


陛下も父も意味が分からないという顔をしている。

動きのない勇者を見れば、彼は私を見ていたらしい。

目が合うが、止められるでもなく促されるでもなく成り行きを静観してくれるようだ。

私は陛下に向き直ると、はっきりとそれを告げた。


「わたくしが魔王なのです」





お読みいただきありがとうございます。


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