第六話
広間には私と勇者が残っていた。
皆が帰ると言った時、私は少し一人になりたいから後で帰ると言った。
当然皆は反対した。
攫われた女が魔王城に一人残ると言ったら当然そういう反応をするだろう。
だから、私は魔法を使ってみせた。
部屋を覆う真っ白な霜や雪を消し去り、ついでに倒れている魔物もどき達も消し去ったら皆びっくりしていた。
それでも一人で残ることは許されず、勇者と二人で残ることになった。
むしろ勇者と二人で残される方が危険だと思うのだけど。
それに勇者がいなくて他の人はちゃんと帰れるのかしら?
魔法使いの女性は疲れきってたけど。
私は玉座へと進む。
全てが終わったら、この玉座を壊すことになっている。
この玉座が魔王城を支えているそうで、これを壊すと魔王城が崩れる。
玉座を壊したら、私は神様の作ってくれる移動陣で城へと帰る事になっている。
実はさっきの魔法でほとんど魔力を使い切った。
魔王の着ぐるみを動かすのに膨大な魔力を消費したみたいだ。
私だけではもうこの城から出られない。
「あなたの待っている者はきませんよ」
後ろから勇者の声が聞こえた。その声はどこか冷たい響きだった。
「え?」
振り返ると、離れたところにいる勇者は笑みを浮べている。でも目は笑っていなかった。
「あなたが神様だと思っているのは精霊です。その精霊はあなたを唆して俺に魔王退治をさせた」
「精霊? 神様ではないの? それにあなたは、その事を知っていたのですか?」
私は驚き、目を瞬かせた。
勇者は自嘲の笑みを浮かべた。静かに歩いてくる。
「たった今、他の精霊から聞きました。
あなたを唆した精霊は俺を主役にした物語を作りたかったそうです。
だけど、どうも話が変な方向に進んでいるので、混乱して逃げてしまったそうです。
その精霊は強い力を持つけれどまだ若いので、物事がよく見えないのだろうと大精霊が言ってました。
コッテリお仕置きされるそうですよ」
「・・・」
精霊にもいろいろいるのね。
それにしても、そうか。神様じゃないのか。
だから勇者とアンジェリーヌが恋人同士じゃないって見抜けなかったんだ。
私も誤解していた。
アンジェリーヌは勇者の事が好きなのだと思っていた。
アンジェリーヌはよく勇者の事を見ていたから。
でも違った。
多分アンジェリーヌが勇者を見ていたのは私が勇者を見ないのと同じ理由だ。
勇者はアンジェリーヌの兄に、私の婚約者だった亡くなった王太子ーーフランシス殿下に似ているから。
顔形が似ているというより、ふとした表情が似ている。
笑ったり、困ったり。
勇者の顔を見ると、殿下を思い出す。
だから、アンジェリーヌは見ていたのだろう。
それを私も精霊も勘違いしたのだ。どっちも見る目がないことだ。
「ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
滑稽だ。
勘違いの末に仕出かすには事が大きい。
大変な労力だったけど、私としてはまあまあ満足な結果に終わった。
目的は果たしたといえる。
アンジェリーヌが愛する人と結ばれるのだから。
だけど、精霊の計画は大失敗だ。
物語として、魔王は倒せたけど王女は他の者と結ばれました、では格好がつかない。
「なにを笑っているのですか?」
目の前まで来た勇者は憮然とした顔をしている。
「なんでもありません。それよりあなたには全て分かってしまったのですね」
「今ショックを受けているところです。あなたが俺と王女殿下が結ばれる様にいろいろ画策していたと聞いて」
「ええ、その通り。わたくし、頑張りましたわ」
微笑んでから、私は表情を引き締めた。
私の勘違いから勇者にはたくさん迷惑をかけた。
私は勇者に頭を下げる。
「あなたには迷惑をかけました。お詫びいたします」
「っ、やめてください、あなたに謝られたくない。俺は・・」
私は顔を上げた。
勇者は顔を歪めて泣きそうな顔をしている。
さすがに殿下はこんな顔はしたことがなかった。
似ていないところを見つけて自然と私の顔に笑みが浮かんだ。
「わたくしが魔王です。囚われていたのではありません。わたくしがあれを動かしていたのです」
「っ!」
「だから・・」
「だからあなたは俺のものにはならない、と?」
私はにっこり笑った。
「そうです。わたくしは誰のものにもならない。わたくしの心はただ一人の方のもの」
「それはあなたの婚約者だった王太子殿下のことですか?」
「!」
私は目を見開いた。勇者は静かに続ける。
「あなたが婚約者を亡くされた事はヴィクトルに聞きました。
あなたは当時、感情をなくし食事もせず部屋に籠りきりだったと」
「・・・」
四年前、他国に出かけたフランシス殿下は、船が嵐にあって難破し、帰らぬ人となった。
殿下が17歳、私が13歳の秋。
報せを受けたのは月の綺麗な夜だった。
殿下が亡くなった後、私は自分の悲しみに囚われて、周りを見なかった。
家族やアンジェリーヌ、ヴィクトルや他の友人にも随分心配をかけた。
「でも、王女殿下が根気よくあなたに話しかけ、あなたはやがて外に出るようになって、笑顔をみせるようになったと」
「そうね、アンジェは毎日見舞いに来てくれてたわ。自分だって、兄を亡くして辛い筈なのにね。
わたくしは本当になにも見えていなかった。
その事は反省しています。
殿下だって呆れていた筈だわ」
「あなたはやがて、前のように笑うようになったとヴィクトルが言っていました。
心の整理を少しずつつけているのだろう。
前に進もうとしているのだろう、と。
でも、あなたはその方を忘れていないのですね。
あなたの心は今でもその方のもの。
俺はその方が憎いです。あなたを置いていき悲しませた事が。今もあなたの心を離さないことが」
勇者は辛そうな顔で言い募る。私はただ微笑みを返した。
勇者は続ける。
「あなたの計画では、あなたはこれから嫉妬に狂った女を演じ、城を追い出されるように仕向けるのでしょう?」
「・・・そうね」
「ならっ」
勇者は私の肩をぐっと掴んだ。
「なら、あなたが自由になった後、側にいさせてください。
俺のものになってなんて言いません! ただ側にいさせてくれればいい!」
必死に懇願する勇者。
私は目を伏せ、首を振った。
「それはできません」
「そんなこと・・」
「それに」
なおも言い募る勇者の言葉を遮る。勇者を見上げると、勇者は口を噤んだ。
「わたくしは城を追い出されません。
この先の計画はただの夢なのです。
実現しないただの夢。
わたくしはほんの少し、その夢に浸りたかっただけ。
神様ーー精霊様はその通りにすればに自由をくれるって言ってたけれど、そんな勝手はわたくしには許されない。
この身は王家のもの。
その宿命には従います」
「どういう・・」
戸惑い顏の勇者。
この国は現在、昔から幾度も戦争をしている隣国から、和平の条件として王家の娘の輿入れを要求されている。
これは王や外交官など一部の人間しか知らない事で、私も魔法を使っていて偶然耳にした事だ。
順当にいけば王女が輿入れをする。
しかし今回の事で、王女を助けたヴィクトルが王女を求めれば、輿入れの話は他の王族の娘にーー王女の次に位の高い自分へと向くだろう。
ヴィクトルとの婚約の口約束や私の悪い噂が難点だが、そんなものはうまく隠してしまえばいい。
私は隣国に嫁ぐ。
でも心は殿下とともにあの海にある。
お読みいただきありがとうございます。
リディの行動の理由。
精霊に唆されただけでなく、彼女なりの理由がありました。