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第三話

本当に私を離さない勇者。

腕で押してもびくともせず、足を蹴ろうにもあちらは防具、こちらは素足、逆にこちらがダメージを負う。

同じく急所攻撃も効かないし、そもそも抱きつかれているので、腕が上がらない。

腕が上がれば、頬を打ったり目つぶししたり、方法はあるのだが、隙間をなくすようにぎゅーっと抱き潰されているので、顔も上げられなくて、ただ微笑ましく見守るヴィクトルと王女に助けてと目で訴えるのみだ。


なにこの状況。

訳が分からない。


神様ー! どういうことー!


神様に呼びかけるも返事がない。

そりゃ、呼びかけても相手は神様だもの。いつも応えてくれるわけではない。

だけど、神様が考えた物語のクライマックスなのよ⁉︎

見守ってくれててもいいじゃない!

心の中で文句を並べるが、応える声はない。


えーと、落ち着け自分。ちょっとおさらいしよう。


私は公爵令嬢で魔王役よね。

目の前の勇者に迫力負けしてるけど、魔王役を勇者に譲ってないわよ。

で、勇者と王女の逢瀬を邪魔して、勇者に嫌われると。


・・・嫌われてるかな、この状況。むしろ・・・いやいやそんな事あるわけない。

で、魔王として王女を攫って、助けにきた勇者に魔王は倒される、と。

一応、倒されたのよね。

バッサリやられたけど、勢いあまって中身の私が出ちゃったと。


あれ? 私が魔王だってばれちゃったよね。

ここは「貴様が魔王か! 成敗してくれる!」って、中身の私が斬られちゃう場面?


そこまで考えて体がぶるりと震えた。

魔王の着ぐるみがなくて斬られたら私死んじゃうよね。


逃げようと体に力を入れるが逆にさらに力を込めて抱きしめられた。


うぎゅ!

そろそろ本当に潰れるから。

もしかして圧死させるつもり⁉︎


「あの、勇者、さま?」

「名を呼んで下さい。リディアーヌ様」

「セ、セルジュ様・・・苦しいのですが」


勇者の抱きしめる腕が少し緩んだ。


「すみません。つい力が入ってしまって」

「いえ」


緩んだけれど、離すつもりはないらしく、勇者の手が背中に回ったままだ。

手袋越しの手は、この冷えた広間の中で暖かく、私にその存在を示す。

勇者を見上げると、青い目と目が合う。

勇者ははにかんだ。


「夢の様です。あなたが俺の腕の中にいるなんて」


よし、これは夢だ。私は今、ベッドの中でぐっすりと眠っているのだ。

私は悟った。

この勇者様の蕩けるような顏。王女といる時だって見たことがない。

こんな顔をこの見目麗しい勇者がしたら。

むしろもう悪だ。

この顔を至近距離で見たら、老若男女全ての人が勇者に跪く。

かくいう私だって、全力で広間の端まで後ずさり、ごめんなさいごめんなさいと謝りたい。

下がろうとした瞬間に腰に手を回され阻止されたが。


「あのう、離し・・」


私は伺う様に上目遣いで勇者を見上げる。勇者は笑みを深めた。


「嫌です」

「・・・嫌って」


私は絶句した。

言葉もそうだし、勇者の眩い笑みにも言葉を失う。


「やっと、やっとあなたが俺を見てくれたのです。俺の腕の中にいるのです。離しません」

「・・・」


誰、これ?

そして私も誰?


私って悪役の意地悪公爵令嬢よね?

勇者と王女の邪魔を散々したよね?

二人がこっそり会ってるところを騒ぎ立てて会えなくしてたよね?

嫌われてる筈だよね?


横を見ると、ヴィクトルとアンジェリーヌが抱き合い、見つめ合っていた。

あっちもあれ?

色々とおかしい。


「勇者様、あれ、放っておいてよろしいのですか?」


私はヴィクトルとアンジェリーヌを見たまま、勇者に問いかけた。


「勇者ではなくセルジュです。ーー仲がよくていいではないですか。あの二人は少し前から恋仲なのです。

周りにバレると大変なので隠していましたが」


なんですと⁉︎


私は二人をまじまじと見つめた。

いつからそんな事に?

昨日もヴィクトルと会ったけれど、そんな事は言ってなかった。


「勇者様、ちょっと離していただけます? 」


私は勇者の胸をぐっと押す。

アンジェリーヌとの事を黙っていたヴィクトルを殴らねば。

ヴィクトルがアンジェリーヌとの事を私に言っておけば、今回の苦労はなかったに違いない。

でもあれ? そうなると、勇者と王女は恋仲ではない?

英雄伝説どうなるの?

神様の力で無理矢理勇者と王女をくっつけちゃう?


つらつら考え事をしていると、勇者にまたぎゅっと抱きしめられた。

うぎゅ。


「なにを考えているのですか。ヴィクトルの事ですか?」

「それもありますけど」

「・・・・」


さらに力強く抱きしめられた。

うぎゅー。


「あいつの事は忘れてください。あなたは俺の妻になるのです」

「は?」


潰されて苦しいとか、勇者はやはり私の圧死を狙っているのだとか考えていた頭が真っ白になる。

妻?

誰が?

誰の?


勇者が腕の力を緩めたので見上げると、真剣な目と合った。


「妻・・ってなんでしたっけ?」

「・・・」


新種の動物だったっけな?

そんなボケは勇者には通用しなかったらしい。


「あなたは俺と結婚するのです」

「なぜ⁉︎ そんな事、誰も許す筈がありません」


勇者と王女の恋は、王城だけでなく下々の者にまで知れ渡っていると聞いている。

それなのに嫌われ者の令嬢と結婚するなど誰も望んでないし、許さない。

そうだ。

それに勇者と王女が身分差で許されなかった様に、勇者と私だって許されない。

腐っても私は王弟の娘。王族なのだから。


「今回、王女殿下は魔王に攫われました。

陛下は仰られたのです。

『姫を救った者に姫を娶る権利を与える』と」

「それは・・ですから、あなたとアンジェリーヌ様がご結婚なさるのでしょう?」

「いいえ、王女殿下を救ったのはヴィクトルです。ですから彼が王女殿下と結婚できるのです」


確かにアンジェリーヌの横にいた最後の魔物もどきを倒したのはヴィクトルだけど、それは違うのではないだろうか?


「魔王を倒したのはあなたですよね」

「そうです。俺です。そして魔王の中に囚われていたあなたを救った」

「え?」

「だから、俺はあなたと結婚する権利を得ました」

「・・・・」


ちょっと待て!

私は呆然と勇者を見上げる。

私って、勇者に救われたの⁉︎ 魔王の中の人ではなくて⁉︎





お読みいただきありがとうございます。

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