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第一話

私には役割がある。

公爵令嬢である私は、ある男性に懸想し、周囲も憚らず言い寄るのが役割だ。

その男性とは平民出身の見目麗しい勇者。

神に選ばれたその人は、大精霊の力を借り、さらに自身の強大な魔力をもって敵を打ち払う。

魔族とその配下である魔物に蹂躙されていた村々を救い、希望の光である勇者と仲間達の勇名は国を超え、世界に轟く。


そんな国の英雄たる勇者は、自国の王女と心を通わせていた。

身分違いの二人は人目を忍び、逢瀬を重ねる。

そこに現れるのがこの私、嫌われ者の公爵令嬢、リディアーヌ。

焦げ茶色の髪につり上がった緑の目の悪役顏な私は、仲睦まじい二人の邪魔をする。

庭園の片隅、人目のない廊下の柱の影。

二人がともにいるのを見つけだしては勇者に相応しいのは自分だと言い募る。


元々、王も城の人々も勇者と王女が結ばれるのを望んでいる。

ただもう一押し、勇者は王女を娶るに相応しいと誰もが反論できないような手柄を立てれば、王は喜んで王女を勇者と添わせるだろう。

そんなびみょーな空気を撃破する勢いで二人を引き剥がそうとする私。


二人の逢瀬をいい頃合いで邪魔し、さらに勇者に懸想する令嬢たちと協力し、二人の仲を引き裂く。ーー様に見せかけ、私は、二人が障害を乗り越え、さらに絆を深めるようにもっていく。


それが私が神様から与えられた役割。

神様は、世界を救った勇者と美貌の王女をくっつけ、後々の世まで語り続けられる英雄伝を作りたいのだそうだ。

その為の私の役割が二人の仲を引き裂く公爵令嬢。そして、なぜかもう一つ、王女を攫う魔王役もやらされる。


嫌われ者の公爵令嬢だけでも大変なのに、魔王役とは超過労働。

神様に抗議したが、魔王の着ぐるみを動かせる程の魔力を持つのは私だけだというので、渋々了承した。


ただ最近、王女を攫う準備が大変なので、二人の邪魔をするのはなおざりになっている。

だって、本物の魔王ではないから、魔族の配下なんていない。

神様と協力して、魔王城っぽいものを作って、獰猛そうに見える魔物のハリボテを土をこねこねしながら何体も作ってーー動かすのは私の魔力だーー、派手に王女を攫いつつ誰も怪我なんてしないようにシュミレーションして。


もう本当に超過労働。


最近は城で二人を見かけても気づかない振りをして、さっさとその場を後にする。

だって、二人の邪魔をするのも、一人でいる勇者に突撃して媚びるのも私のキャラじゃないから疲れるんだもの。


そんな大変な日々。やっと報われる日が来た。


魔王城の玉座の前、私は黒くてデカくてぶよぶよしている魔王の着ぐるみの中で、勇者とその一行を見下ろしていた。

玉座の横には私が動かしている魔物もどきと、金髪碧眼の愛らしく楚々《そそ》とした少女ーー勇者の想い人の王女がいる。

広間には死屍累々、せっかくこねこねと作った魔物もどきが無残にも、あるいは剣で、あるいは魔法で倒されている。

広間には勇者と勇者の仲間が5人。


勇者は金髪碧眼の見目麗しい青年で、白銀の鎧に装飾のなされた剣を持っている。

他の5人も伝説に名を残すに相応しく、優れた魔法使い、剣士が揃っている。

その中の一人、勇者のすぐ横にいるのは、私の一応婚約者の青年だ。

詳しく事情を話してはいないが、私が勇者に迫っているのは演技だと知っている人で、よく愚痴を聞いてもらった。

彼は王女の事が好きだ。

今日この戦いが終われば、王女は皆に祝福され勇者と結ばれる。

彼はもれなく失恋だ。心の中でめげるなよとエールを送っておこう。


さて、勇者だ。

私は勇者と対峙した。

これから勇者と戦い、私は勇者の一撃を腹に受け、果てる。

魔王は滅び、勇者は王女を救ってめでたしめでたしとなる。


しかし私は死ぬわけではない。

腹を強化した分厚い着ぐるみが剣を受け止めてくれるので、私は死んだ振りをするのだ。

勇者たちが魔王城を去ったのち、私はここを去り、王城で勇者一行を歯ぎしりしながら出迎える。

嫉妬に狂った私は王女を剣で刺し殺そうとして捕まって、表向きは病死、秘密裏に生涯幽閉される。

そして邪魔者のいなくなった二人は結ばれ、めでたしめでたし。

私も役目を終えて、幽閉先から逃げ出し自由になってめでたしめでたしだ。


神様から報酬として宝石を幾つか貰う約束をしているので、それを売って海辺に家を買うのだ。

そこで朝日、夕日を見ながらのんびり暮らす。

ああ、その夢がもうじき叶う。


さあ、物語のクライマックスだ。張り切っていこう!




ーーって、勇者こわっ!


当たり前だが、真剣なその顔が恐い。

私は人に向けて魔法を放ったことなどないし、剣を向けられたこともなかったのでわたわたと慌てる。

魔力を練って、いかずちを落としても火の竜を向けても、勇者は剣の一閃で振り払う。

戦いが始まって少しもたたないうちに、もう勇者が目の前にいた。


予定ではもっと派手な戦いを長時間繰り広げる筈だったのにもう終わり⁉︎


私は展開についていけず慌てたが、勇者が剣を振り上げるのを見て、目を瞑った。

なんだが予定よりあっさりとしているがまあいい。やっとひと段落だ。


「・・・・」


あれ?


私は違和感を感じた。

勇者に刺されたら、腹を押されたような感覚がするからそのまま倒れろと神様に言われているのだが、その感覚がない。

そのかわり、バサっという音を聞いてから、体の周りがスースーするのだが・・・。


私はそっと目を開けた。

目の前には、白銀の鎧の胸部分?

顔を上げると、勇者の麗しい顔があった。


近い!! それに、あれ? 魔王の目越しではない? やけに鮮明で・・・


「!?」


私は唐突に悟り、後ずさった。

周りを覆っていた魔王の着ぐるみがない。

下を見ると、何か黒い物体が落ちている。多分それは魔王の着ぐるみだ。急激に乾いてカサカサとしたものになり、やがて崩れて砂になった。


どういうこと?


もう一度、勇者を見上げる。

目があった勇者は、笑みを浮かべた。


「助けに参りました、姫」


私の手を取り、手の甲に口付ける。


「・・・え?」

「もう大丈夫です。ともに帰りましょう」

「え? え〜と・・」


微笑む勇者の言葉が理解できなくて、私は助けを求めて首を動かす。

勇者の向こうには、勇者の仲間たち。

皆一様にポカーンとした顔をしている。

さらに横を見れば、呆然としている王女と、いつの間に王女の元に行ったのか、私の一応婚約者。

彼も口を開けていたが、私と目が合うとハッと覚醒した様で、目でどういうことだと訴えてくる。

私は分からないと目で訴えた。

ーーと、


「いたっ」


私は手に痛みを覚えて、向き直る。

目の前で勇者が眉間に皺を寄せ、私を見下ろしていた。


「よそ見をしないでください。あなたを助けたのは俺です」

「え? あれ?」


怒った様な勇者の顔の意味も分からない。言ってることも分からない。

ついでに今の状況も分からない。


神様!! どうなってるの⁉︎







お読みいただきありがとうございます。

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