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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第七章 真実は小説よりも奇なり
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 『金の少女と銀の騎士』の挿絵を確認をしながら、グレンにあらすじを説明してもらった。

 主人公の名はサーシャ。彼女が思いを寄せる男の名はエルドレッド。話は、男が王の騎士団で不始末を起こし、少女の父親に命を助けられて、城に連れてこられたところから始まる。

 どこかで聞いたような話だが、あくまで、架空の国の、想像上の人物たちが繰り広げる、夢物語、である。

 ……はずなのだが。

 私は挿絵を見つけるたびに動悸にみまわれ、焦燥をつのらせていった。

 少女が若い男に本を手渡していたり、乗馬を教えてもらっていたり、ダンスで足を踏んでいたり、一緒に釣りにいったり。そのへんは恋愛小説として普遍的な場面と考えられなくもないと思うのだが、男が中身がからっぽの甲冑を戦斧で殴り倒していたり、枕の上に足がのったベッドの傍らで立ちつくしていたり、に至っては、恋愛小説に(うと)い私でも、普通ではありえない展開だとわかる。

 ……だというのに、その全部に対して身に覚えがある、というのは、どういうことなのだろう。もしかして、ではなく、挿絵どころか話の内容すら、これは私たちがモデルではないのか。

 それも、わかる者はわかるなんてレベルではなく、およそ私が騎士団を首になったことを知っている者ならば、これが私たちだと気付くぐらいに。つまり、知り合いだけでなく、貴族連中と王都に住まう者は誰でも。

 それどころか、サリーナの指示で、吟遊詩人たちが、騎士団を首になった顛末を、私に都合のいいように国中に吹聴してまわってくれている。サリーナが自信満々に、あの件を引け目に思うことはないのよと、太鼓判を捺してくれたぐらいだ。おそらく国中の人間が知っていて……。

 私はそこまで考えて、思考を止めた。それ以上考えたくなかった。これを読んだというグレンの前にいるのが、急にどうにも耐え難くなった。

「グレン、サリーナがそろそろ目を覚ますだろう。彼女のための軽食の用意を頼む」

 本に視線を落としたまま、脈絡もなく彼に用事を言いつける。とにかく一人にしてほしかった。明らかに不審な態度だが、それに対してグレンは一切感情を見せず、バトラーの鑑そのものの対応で、すみやかに部屋を出ていってくれた。

 足音が遠ざかって、完全に彼の気配がしなくなったところで、私は膝に肘をついて、その間にがっくりと頭を落とした。深い溜息がこぼれ出る。

 騎士団の同僚たちに、面の皮が厚く心臓に毛が生えているにちがいないと厭味を言われ続けた私でも、今回ばかりは羞恥心に身がよじれそうだった。

 手に持ったままの本を、ちらりと見遣る。はああああ、と長く深い溜息が、またこぼれるというか、腹の中からはみだしてくる。

 ……私は、本当にあんな顔をして、サリーナを見ていたのだろうか。……嘘だろう? 嘘だと言ってほしい。

 かーっと顔が熱くなってきて、片手で目元を覆った。

 本を開いて、もう一度挿絵をよく確かめてみたかったが、どうしてもそれだけの気力がわいてこない。ずいぶん迷った末に、結局見ずに、テーブルの上の積みあがった本の一番上に戻した。

 挿絵の男は、鎧を殴り倒しているもの以外、どれもそれは甘い表情で少女を見つめていた。実際にそんな奴を見つけたら、背中がむずがゆくなって、即座に見なかったことにするだろうという代物だ。

 私は鏡で自分のそんな表情を見たことはない。たいてい面白みのない仏頂面で、あんなに甘い表情ができるとは思えない。思えないが、実は彼女を目にすると、それだけで心の中がぱあっと明るく温かいもので満たされるので、それが漏れ出ていたとすれば、無いとは言えないというか、あれはまさに、サリーナに対して抱く気持ちそのものな表情で。

 ……ジェンの奴め~っ!! これは手抜きではないのかっ。プロだったら、モデルを丸写しするのではなく、自分で創造した人物を描くべきではないのかっ!!!

 胸のうちで罵ってみたが、それでも羞恥は少しも減ったりはせず、なぜかよけいに増す。

 もう、この部屋から、一歩も出たくない、と私はさっきから本気で思っていた。

 こんなものを多くの人たちに読まれ、見られておいて、どんな顔でその人たちの前に出て行けばいいというのか。

 私だって、人並みの感覚はある。特にサリーナに対する想いは、私の中でも一番柔らかく繊細な部分だ。大切で、愛しくて、かけがえのない気持ち。それをあばかれ、人にさらして見せたいなどと、どうして思うだろう。

 もちろん、サリーナが理由もなくこんなことをするとは思わない。

 メディナリーがこの小説を初めて持ってきた時、彼女が彼と言い争いをしていたのを覚えている。原稿を尻の下に敷くなどという、普段なら考えられないようなこともした。

 それに、あの日の夜は、確か、遅くまで思い悩んだ様子で、だから気分転換にと、首吊るしの塔まで散歩しようと彼女を誘ったのだ。……でも、翌日の朝には、『この小説にライエルバッハの命運を賭ける』と、彼女は言った。

 いったい、この小説の何が、それほどライエルバッハにとって必要だったのか。それを聞いて納得できないうちは、私はこの部屋の外に出る勇気を持てそうになかった。

 今思えば、王女が口にしていた小説がどうこうというのも、バレンティン医師が笑っていた小説どおりだというのも、全部この本のことを言っていたにちがいない。あの時は、てっきり、『銀月の騎士』のことを指していると思っていたのだが。

 『紫の瞳』の方は、もう見る気もしなかった。書いたのは、あのマイクロフト・ハリスンだ。人の枠に収めておくには大きすぎる才能を持って生まれた変人の傑作だというなら、本からあの女の何かが滲み出している気がして、触りたくなかった。

 なにより、架空のこととはいえ、あの本の中に自分の写し絵を見つけるのが嫌だった。それでは、まるであの女の体内に自分が取り込まれてしまっているようではないか。

 私は拒否感を覚える理由にいきあたって、そのおぞましさに鳥肌を立てた。

 ……どうしてこんなことをしたんだ、サリーナ。

 彼女が目を覚ましたら、開口一番に責めてしまいそうで、私は苦悩に頭を抱えた。

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